ゆっくりと歩み寄るぼっちを危険と判断したトランジェリッタは数歩下がるが、そんな考えなどお構い無しに接近される。
「な、なにものだ貴様は!!」
高鳴る鼓動を抑えてやっとの事で口に出来たのはそんな一言だった。もはや彼には余裕をもった態度に出る余裕すらなくなってしまっている。
ぼっちはにやりと笑って立ち止まる。
「私はリ・エステーゼ王国のアルカード・ブラウニー伯爵と申します」
「そういうことではない!!名前を訊いているのではなくてなにものかと訊いているんだ!!」
なにものと問われて名前を答えたのだが納得してくれなかったらしい。が、それ以上の答えも持ってないから答えようも無いが…。
「私は私なのですが」
「―ッ!!このヤロウ…」
「そんな事よりも我らが盟に加わるつもりは有るか否かが重要だ。さて、どうする?」
「何様のつもりだ貴様!!」
せめての情けのつもりで選択肢を与えたのだが飲む気はないらしい。最初っから飲むとは思っても居ないが。
苛立ちを力任せにぶつけるように振り下ろされた手にさほど動く事無く、一歩だけ横に移動する。すると振り下ろされた手の指と指の間に立つ事となり、傷ひとつ負うことなく最小限の動きで回避する事が出来た。
「このドチビが!!」
握り潰そうとする意図が分かり易く跳んで避ける。握り締めた拳の上に手を着いて降り立つとそのまま肩の方へと駆け出す。不味いと思ったトランジェリッタは腕を振るって落とそうとする。別に抗う必要はなくその通りにしてやる。
腕から落ちた事を確認すると身体を大きく回して尻尾を振るう。直撃する瞬間に手を付いて力を逃がしつつ空中で回転しつつ、再び空中へ飛び退く。さすがにこれは予想外だったらしく攻撃が止まる。その間に地面に着地して服装を正す。
「貴様っ!!」
「その言葉は聞き飽きましたが」
服の乱れを整えながら答えた言葉とその余裕を持った態度に完全にキレたトランジェリッタは、なんとしても殺そうと横合いから左手を振るう。
迫ってくる壁のような手の平にため息をつきつつ、また指と指の間を通り抜ける。
「やはりこの程度か」
「ぶっ殺す!!」
牙が並ぶ歯を見せつけるように大きな口を開いて迫るが避ける為の動作すらしていない。目標に向かって口を閉じるが味わうはずの血肉の味を感じず疑問に思うと頭の上に何かが乗った感覚がした。
「こんなもんだろうな」
頭をぽんぽんと叩くと頭から跳び下りて、眼前に着地する。
「では、フロスト・ドラゴンの巣へ向かいますか」
何食わぬ顔で進んで行くぼっちを睨みつけながら立ち上がる。
「巣へ行くだと!?ふざけるなよ貴様!!まだ私との勝負がまだ…」
「・・・気付いてないのか?」
「なにを…ッ!?」
再び戦おうとするトランジェリッタは身体の異常を感じて崩れ落ちた。
自身に何が起こったのか?
何故地面に這い蹲っているのか?
何故足に力が入らないのか?
何故視界がぼやけているのか?
何故頭が痛いのか?
「頭痛がする。は、吐き気もだ。くっ…ぐう、な、なんてことだ…この俺が気分が悪いだと?」
ふらつきながらも立ち上がろうとするが踏ん張りが利かずに再び地面に顎から倒れてしまう。身体中が重くまったくと言っていいほど言う事を聞かない。
何が起こっているか分からないのは本人だけではなく、アインズもまたなにをしたのか理解できなかった。周りの目もある為に堂々と聞けない為にゆっくりとぼっちに近付いて小声で訊く事とする。
「…なにをしたんですか(ぼそぼそ」
「酒を血管に流した」
「何時の間に!?(ぼそぼそ」
「さっき」
ぼっちはトランジェリッタの攻撃を避ける時に触れ、一瞬だけ手の平から鋭利な針を形成して酒を流し込んでいたのだ。体内に蓄えていた9Lの酒を…。
※血管にアルコール類を注入すると飲むよりも超少量で強く酔いが回る。何の知識もなく行なうと急性アルコール中毒などで死んでしまうので絶対に真似をしないで下さい。
納得したアインズもニヤリと笑いつつ自分達を敵に回した酔っ払いを見つめる。その本人は自分の不利を理解して自ら頭を下げる。
「た、頼む…俺を盟に加えてくれ」
「もう遅い」
「どうか命だけでも助けてくれ。そ、そうだ!親父のところまで案内しよう!!」
「君より賢いヘジンマールが居るからいらない」
「お願いします!!何でも…何でも致しますのでどうか!どうか私の命だけはお助けください」
大きな巨体を持つドラゴンが文字通りの大粒の涙を流しながら命乞いをする。その姿にアインズはみっとも無いと思うばかりで同情などの感情は湧いてこなかった。目線で任せますと伝えるとぼっちが一歩前に出る。
「私は許そう」
かけられた一言に歓喜の感情を表情で表しながら表を上げる。が、とても許す雰囲気でない事を察した。
「だがこいつらが許すかな!!」
身体を斜めにずらした先には後ろについていたドワーフ・クアゴア連合軍だった。言葉の意味を知った連合軍の兵士達は己が武器を振り上げて駆け出していく。
「貴様らは彼らの事を想った事があるのか?
恩情を与えた事は?
温情の言の葉をかけた事は?
私は聞いたぞ。
同盟とは名ばかりの隷属。奴隷のように扱われていたと。
さてと、命は握られ、住処を追い出され、宝物を奪われてきた者達よ!!この者の対処は君らに任せる!!思いのままに行動せよ!!」
動けない事をいいことに両種族が一斉に襲い掛かる。自由に動かぬ身体ではどうする事も出来ずに成すがままにされて行く。彼にはもはや後悔の念しかなかった…。
クアゴアの王であるペ・リユロは眼前の光景に絶句していた。
今までのクアゴア至上至高の王とまで呼ばれる存在だがそれはクアゴア内だけなのは自身がよく知っている。自分達の種族より巨大なモンスターや強大な力を持つモンスターなど数多の数ほど居る。王と崇められプライドもある存在であってもドラゴンには勝てない。勝つ為にと…いつかは勝ってみせる為にプライドを捨てて頭を下げ、身近な者にはその屈辱に塗れた姿を見せ、必死に生き延びてきたのだ。
それがなんだ…たかが人間がドラゴンの攻撃をいとも簡単に避けて、よく分からないが行動不能な状態まで追い込んだ。下級戦士やドワーフの兵士が群がって攻撃を加えている。
心にかかっていたモヤモヤが晴れていく感覚が広がると同時に羞恥心が強くなる。
「私はなにをしているのだ…」
王として…一匹のクアゴアとして…一個の生命体としてなにをしているのだ!?
後ろを振り返った自分がどのような顔をしているかは分からない。ただ壊れた笑みを浮かべたレッド・クアゴアやブルー・クアゴアの表情ばかりが見える。
「これより我らはアインズ・ウール・ゴウン魔導王とリ・エステーゼ王国のアルカード伯爵につく!!総員あのドラゴンに切り刻め!!」
雄叫びを挙げながらペ・リユロ自身が先頭を駆けて行く。とても晴れ晴れとした表情で。