今のところナーベラルとルプスレギナが推薦されております。
何故こんな事になってしまったのだろうか?
エ・ランテル冒険者組合長であるプルトン・アインザックは頭を抱えたい気持ちを抑えて姿勢を正したまま座り続ける。
確か一週間前だっただろうか…久しぶりにモモン君が依頼を受けに顔を見せたのだ。いつもの礼儀正しい態度で依頼を受ける為に受付にパートナーのナーベ嬢と立っていた。私は少し挨拶しようと近付くとどうもモモン君も私に用事が合ったとの事で手紙を渡された。王都に行った際にあのアルカード伯から預かったそうなのだ。
内容は要約すると少し話があるとのことだ。それも周りに聞かせれない類の話ではなく本当に話をしたいだけと見る。指定されたカフェはオープンカフェで隠すべき話は出来ない。魔術師組合長テオ・ラケシルも呼んでいると言うことはアルカード領での依頼内容や仕事の仲介を頼みたいのだろう。
当日になり身なりを整えた後、ラシケルと合流して意気揚々と話しながらカフェに向かう。
カフェでは護衛としてアダマンタイト級と謳われるマイン・チェルシーを入り口付近に待機させて席についていた。私達以外にも人を呼んでいたらしく10分ほど待つことに。コーヒーを飲みながらゆっくりとした時間を味わう。
そんな数分前が懐かしく感じる。隣に座るラシケルも同じ心境なのだろう。尋常ではない冷や汗を掻いている。
ラケシルの正面には女王付きの相談役であり王国の英雄であるアルカード伯爵。
そして私の正面には一体で国を崩壊させる事も出来ると言われるデスナイトを少なくとも100体使役しているアインズ・ウール・ゴウン魔導国の王であるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下。
本当に何故こんな事になってしまったのだろうか?
周りの席には誰もおらずに貸しきり状態になっている。原因は入り口に立っているゴウン陛下の護衛であろうデスナイト四体が並んでいる為に人々が怯えて近寄らないからだ。
店の奥からこちらを覗いている店主にこの状況をどうにかしてくれと願った所で無駄か…
「ええ…魔法では帝国の方が何歩も先を進んでおります」
「現在知識だけでも上位者と思われる者は何名いますか?」
友人で昔は同じチームで冒険者をしていたラシケルはアルカード伯と話をしている。私はと言うと目の前のアンデット…ゴウン陛下と会話をする事に。
「アインザック冒険者組合長には少々聞きたい事があって来てもらったのだが良いかな?」
背筋が凍りつくような相手に恐怖を植え付ける笑みを向けながら紳士的に話してくる。
必死に表情が崩れないように気をしっかりと持ち思考を回転させる。
「立場上話せることと話せないことがありますがご了承ください」
「ええ、構いませんよ。立場、と言う物がありますからね」
「ご理解頂き何よりです」
平静を保ったまま話をするがすでに握ったままの手の平は冷や汗でいっぱいだった。
冒険者組合は元農民から元貴族、流れ者に盗賊などいろんな過去を持つ者の集合体でもあり、そこのトップであるアインザックは発言に気を付けねばならないことも多い。だからこその発言…と言う訳でもなかった。『立場上話せることと話せないこと』と言うのは方便で実際には相手が欲している情報を知らない可能性のほうが高い。今、自分の目の前に居るゴウン陛下がただのアンデットとは思えないし、エルダーリッチには見えない。昔から蓄積された知識を総動員しても陛下が何なのかも分からない。それどころか何度か見た従者であろうデスナイト以外のアンデット達すら見た事も聞いた事も無い物ばかりだ。
エ・ランテルの冒険者組合長であるプルトン・アインザックが『まったく知りませんでした』などと言えるはずも無い。これは自分のプライドだけではなく後の事を考えての手である。冒険者のまとめ役が舐められたり、頼りの無い人物と思われればエ・ランテルを拠点にしている冒険者達が他の町へ移ってしまうかもしれない。そんな場合になったらあのアダマンタイト級冒険者であるモモン君はどうするだろう?当然他の街を拠点にしてもう一匹の吸血鬼を探すだろう事は容易に想像出来る。それだけは何とか避けたい。
「アゼルリシア山脈の事なのだ」
「アゼルリシア山脈?それならばアルカード伯の方が詳しいのでは?」
アゼルリシア山脈は帝国と王国の中間に位置する山脈でドワーフやフロスト・ドラゴンが生息している。帝国はドワーフの国と取引をしているようだが王国側はしてなかったように記憶している。あの険しい山肌に頂上に近付くに連れて激しくなり雪、洞窟内は視界が悪いうえにどこからモンスターが襲ってくる可能性もある危険地帯。たどり着くだけでも一苦労だ。
チラリと横に居る友人に視線を向ける。
「このしゅ、水晶に第七位階魔法が!!いいいい、頂いてもよろ、宜しいので!!」
「これからもいろいろ聞くことになるだろうからそのお礼とでも思ってくれ。中には《ホーリー・スマイt…」
「いやっほおおおおおう!!」
駄目だ。今のあいつは役に立たない。
昔からの友人に思いっきり引きつつ再びゴウン陛下に向き直る。気のせいか陛下の表情も引いているように見える。…白い仮面を付けているからはっきりとは解らないがアルカード伯も引いているらしい。
「確かに彼は山脈の麓を領地にしているが山の中までの事は調べていないのだ。モンスター関連ならアインザック組合長なら詳しいだろうという事でな」
「まぁ、それなりにはと言うところですが」
「知りうる限り…と言いたい所だが組合長が話せる範囲でお願いしたい」
「アゼルリシア山脈に住まうモンスターの話…と言う事で宜しいのでしょうか?」
「うむ、その通りだ」
こうなるなら先に言って貰えれば資料を用意したものを。渡すだけで帰れたのに…
「有名なのはやはりドワーフでしょうか」
「ドワーフ?ある知り合いからフロスト・ドラゴンが居ると聞いたがドラゴンよりドワーフの方が有名なのか?」
「はい。フロスト・ドラゴンが生息している話は聞きますがまず目撃する事も少なく、冒険者に討伐の依頼もありませんから」
「ドワーフが有名な理由は何だ?」
「特殊な技術を持っていたり、王国を築いているなどありますが一番は作った武具を帝国に売っていた事でしょうか」
「ほう、特殊な技術と言うのが気になるな」
「ルーンと言う文字を武具に彫る事で魔力を持たせると言う物だったと記憶しています」
「ルーン!?」
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
なんでもないと言う表情ではない。目の奥の紅い目を輝かせ邪悪に嗤う表情を見せてなんでもない訳が無い。もしかしたらドワーフ達にとんでもない災厄を向かわせる発言をしているのではと思うが時すでに遅しという奴だ。
「帝国とは今も続いていると思うか?」
「それは無いと思います。細々としか売り買いを行なってないと聞いておりますし、道中は決して楽な道のりではありませんから」
「脅威と言うのはモンスターですか?」
「陛下の脅威にはならないとは思いますが我々人類にとっては脅威が多いのです。上空にはペリュトン、ハルピュイア、イツマデ、ギガントイーグルなどが襲ってくる上にフロスト・ドラゴンにフロスト・ジャイアントなどの手の出しようが無いものまで居ますからね」
「それはそれは好都合」
正直怖いんですが。物語で見る魔王などの笑みは陛下がしているような感じなのだろう。悪寒が止まらないんですが。隣で魔封じの水晶を舐めそうな勢いで見つめている友人には別の意味で悪寒を感じているが。
「アルカード伯」
「・・・ん?」
「一緒にアゼルリシア山脈に行きませんか?」
目の前で魔導国王と王国のナンバー2が散歩に行こうと誘うかのように気軽に言っているんですがこれは良いのでしょうか?
「良いですね」
良いんですか!?王国ナンバー2と言われている貴方が簡単に返事をして良いんですか!?
「他にも誰か誘いますか」
「じゃあ、私はお弁当でも用意しましょうか」
ピクニックに行く訳ではないんですよ。それにスケルトン系の陛下は食べれるんですか?そもそも誰を誘う気ですか?着いて行きそうな人なんて…
「ラナー王女やクライムに声をかけましょうか?親睦も兼ねてのハイキングと言う事で」
登らすな!!そんなハイキングがありますか!!命がいくつあっても足りんわ!!国の中枢を一気に消す気か!?
「それは国の運用に大きな影響が出ますから止しておいた方がいいでしょう」
「…そうですね。またの機会に他の事でと言う事にしますか」
何故国と直接関係の無い冒険者組合の私が国のことでこんなに冷や冷やしないといけないのか。冷や汗を流しつつホッと胸を撫で下ろす。
この後夕食をご一緒にと誘われたがいろいろ理由をつけて断った。これ以上は私の精神が持たない。早く帰ってゆっくり休みたい…