カッツェ平野とカルネ村の攻防を終了し、平野では勝利を収め村では大敗北を喫した。
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誤字報告ありがとう御座います。
リ・エスティーゼ王国 王都リ・エスティーゼ ロ・レンテ城
王国の首都にして王が住まう王宮前には多くの国民と兵士が詰め寄せていた。
集まった者を一望出来るバルコニーに居るクライムはガチガチに固まっていた。こういう状況になれてないと言うのも大きいのだがどうしていいかまったく分からないのだ。
バルコニーの手すりの前で王が民や兵に向けて話している。内容はこの前の戦争で王国が勝った事と戦死者に対する謝辞である。しかし本人も息子を二人も失って心ここにあらずの話は誰の胸にも届かなかった。
緊張で硬くなっている事に気付いた隣の椅子に座っているラナー王女がクライムの手の上に優しく手を乗せて微笑んでくれる。
今日はいつもの鎧ではなく純白のスーツを着ている。
『姫様の騎士ではなくブラウニー家の一員として出席して貰う』
朝早く来られたと思ったらいきなり言われた一言には面を喰らった。意味を理解させてくれる補足文も無しに上等なスーツを渡して帰っていったのだ。
ラナー王女を挟んだ反対側に居るスーツを渡してきた義父を見ると同じようにニッコリと笑みを返してきた。
どうしてあんなに落ち着いて…と言うか何故このような場で仮面をつけているのだろうか?
「次に貴族会議議長に任命されたアルカード・ブラウニー伯爵。どうぞ」
疑問を抱いている間にアルカード伯爵が呼ばれて席を立つ。仮面に気付いたのか外して懐に仕舞う。
あの戦で多くの貴族を失った。その中でも最大の力を持っていた六大貴族の内二名と国を運営するに辺り必要だった経験豊かな貴族当主を失ったのは大きな痛手である。ほとんどが家を継いだ経験どころか当主候補ですらなかった次男三男になってしまいまともに国自体が機能しないのだ。そこで貴族の中で力の大きいアルカード伯を中心とした議会を作ったのだ。これで若手の貴族達は経験豊富な貴族からの指示を受けて動く為に国が機能する。
バルコニーから地面を覆い尽くすような人々に臆する事無く堂々とした態度で手すりの前まで移動したアルカード伯は大きく息を吸い込んだ。
「我々は多くの英雄を失った。これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ!」
腹の底から発せられた力強い言葉がバルコニーから民衆全体に響き渡る。
「数多の戦で帝国軍に比べて我が王国の兵力は5倍以上であった。にも関わらず今日まで戦いで勝利らしい勝利を得られなかったのは何故か!諸君!我が王国の戦争方法が間違っていたからだ!
王国の貴族のほとんどは農民と兵士の区別もつかない者ばかり。戦う術を知らない農民を無理やり戦に連れて行っては多くの戦死者を出す。こんな戦いを挑んで神が我らに味方してくれる筈も無い!」
今まで貴族達が決して触れてくることの無かったことを堂々と大声で言い放ったアルカード伯にクライムだけでなく王の護衛で横に居たガゼフ戦士長も目を見開いて驚いていた。
心ここにあらずだった王の瞳が伯を捉えた。
「これから私、貴族会議議長に任命されたアルカード・ブラウニーがここに宣言する。王国そのものを皆が暮らし易い国に造り替えると!
まずは農民を戦になったら徴収する制度を廃止して農民と兵士を分ける。これにより王国内の農作物が安定的に生産され、兵士は兵士として訓練を受けて質を高める。
次に税を統一する。領主達の中に居る私腹を肥やす為に馬鹿みたいな税をかける輩を廃する。そして税は領地の整備や医療制度を主に当てるようにする。
他にも数々の事を実施する用意が今の王国にはある。帝国に睨まれている王国は本来ならこれだけの事をする余裕は無い。だからと言って後伸ばしに出来る問題でもない」
確かに納得の出来る話だ。
農作物の大半は食料であるから不足している食糧事情だけでなく戦争時の兵糧も十分となる。しかし食料事情が改善されるだけでは農民は高い税に苦しんで買うことは出来ないだろう。中には人買いに子を売って金にする親もいるのだ。高い税を軽減する事で民も恩恵に与ることが出来る。
しかし帝国がそのような隙を逃すだろうか?
「それに今や帝国軍主力の半数が先の戦によってカッツェ平野に消えた。決定的打撃を受けた帝国軍に如何ほどの戦力が残っていようとも、それは既に形骸である。敢えて言おう、カスであると!
それら軟弱の集団が、このエ・ランテルを抜くことは出来ないと私は断言する」
聞き入ってしまう。ただ原稿を読む演説ではなく手を振りかざし、身体全体を使って感情を表現している。彼の動作の一つ一つにここにいる民衆も魅せられているだろう。
「帝国は王国が戦争に農民を連れて行くことを理解して何度も攻めて多くの農民を殺し、王国の農作物の生産量を減らして内部から死滅させようとした。その皺寄せを受けて死んで行くのはいつだって立場の弱い農民からだ。
諸君の父も兄も、帝国の無慈悲な戦略の前に死んでいったのだ。この悲しみも怒りも忘れてはならない!
されど人はいずれ死ぬ。ならば人生の意味とは?そもそも生まれてきた意味は?死んだ者達は無意味だったのか?」
間が開く。
民衆の視線がアルカード伯に強く集まる。
「否!断じて否である!あの者達に意味を与えるのは我々だ!あの勇敢な死者を!哀れな死者を想う事が出来るのは我々生者である!!
諸君!自らの道を拓くため、国民の為の暮らしを手に入れるために!あと一息!諸君らの力を私に貸していただきたい!!すべては我らが王国に住まう者達の為に!!
グローリー・オン・ザ・キングダム!!」
力強く掲げられた腕と共に発せられた『グローリー・オン・ザ・キングダム』と言う言葉を民衆全体が口にする。一人一人が叫んだ言葉が合唱のように重なりこの場を包んで行く。
その活気と熱気を背で受けながら仮面を付け直したアルカード伯は元居た席に腰を降ろした。
次に席を立ったのはランポッサ陛下とラナー王女だった。熱気止まない民衆の前に出た王は横にずれてラナーを皆に見えるようにする。
「これより私は政治の世界から身を引いて、ラナー第三王女に王座を譲ろうと思う」
ガゼフ戦士長は知っていたのか驚かずに聞いていたがこれは驚くべき事だと思う。王国で女王が君臨した事は過去一度も無い。そんな前例が無いことではなくラナー王女が女王として政治を主として導いたらこの国はどれほど良い国になるんだろうと期待を含んだ驚きをクライムは抱いていた。
王位を継ぐ事を言い渡されたラナーは民衆に対して優しい笑みを浮かべて挨拶をしてこちらへと振り向く。
「クライムこちらへ」
ラナーに招かれてラナー女王の前で跪く。
「クライム・ブラウニー。これからもわたくしの騎士として忠誠を誓ってくれますか?」
「はい。私の肉体も魂もすべてはラナー陛下に捧げております」
「ふふ、騎士としてだけではなく私と居て下さいね」
「ハッ!……ぇ」
一瞬意味を理解できなかったクライムはすべてが終わった後にアルカード伯に「男から言うものだろうに」と軽く怒られたのであった。
意味を知ったクライムは一日中顔を真っ赤にして放心状態だったと言う…
演説も終了した後、レエブン候はアルカード伯に呼び出されてロ・レンテ城に置かれたアルカード伯の執務室に来ていた。
良く考えれば王国に現れた商人の一人に過ぎなかった男がいつの間にか六大貴族より力を持ち、今では貴族会議議長であり王家と強い繋がりを持つ。噂では将軍の地位も与えられるとか。帝国との戦を考えれば当然の結果とも言えよう。だが、それらを知らない新参者の貴族達は役職の独占と思っている奴も少なくない。その辺りはどうするつもりなのだろうか?
「失礼致します」
軽くノックをしてドアを開けると中にはガゼフ戦士長に王女になったラナー陛下が先に座っていた。もちろん騎士のクライムも居る。アルカード伯は集まった皆にコーヒーを振舞っていた。
「レエブン候もコーヒーで構いませんか?私の領地の葡萄酒があるのですがどうします?」
「あ…コーヒーでお願いできますかな」
一瞬、立場的にアルカード伯の方が上なのだからそのような気遣いはと思い浮かぶ前に本気でアルカード領で作られた葡萄酒と言う事でどちらを選ぶか悩んでしまった。これからの算段だと思いコーヒーを頼んでしまったが少し後悔している。
すでに豆は挽いていたらしくすぐに出来上がったコーヒーをカップに入れて渡された。そのまま席についたアルカード伯はコーヒーを口に含んだ事を確認して話し始める。
「レエブン候に貴族会議議長をお願いしても」
「ブフゥ!?」
思わず噴出してしまった。失態を晒してしまったが誰にもかかること無かったのが幸いだろう。
「大丈夫ですか?」
「えぇ…大丈夫です…コホッ、いきなりどういう事でしょうか?私を貴族会議議長にされると言うのは?」
「適材適所。レエブン候こそ向いている役職と思うのですが」
「それならアルカード伯の方が向いておられると思いますが」
「私は伯爵。議長を務めるには侯爵くらいの地位が必要でしょう。あ、先に言っておきますが侯爵になる気は無いので」
少し悩みながら確かに議長ならば貴族としての地位も重要だろう。以前王が地位を上げると言った時も『伯爵が良いので』と断った事があった。王が言って駄目だったのだから私が言っても無駄だろう。
「分かりました。貴族会議議長の役職、謹んでお受け致します」
私の返事に満足したのか大きく頷いて視線をガゼフ戦士長に向ける。
「ガゼフ戦士長には将軍をお願いしようかと」
「なっ!?私が将軍!?」
「現場を知る人間が上に立った方が下の者もやり易いでしょう」
「しかし…」
「戦争時にはアルカード伯爵に参謀を勤めて貰います。これは私からの頼みでもあります」
「………」
「もちろん将軍であると同時にお父様の護衛部隊隊長も兼任してもらいます」
「…ラナー陛下とブラウニー殿のお頼みとあらば全身全霊で勤めさせて頂きます」
ここで気になった。これではアルカード伯は得た役職をすべて放棄した事になる。戦の一番の立役者がそれで良いのかと疑問が浮かんだ。まぁアルカード伯とラナー陛下の事だから別の物を用意しているのだろうが。
「クライムは陛下を守る親衛隊の構築が急務かな?」
「私はクライムがいれば何でも良いのですが」
「ひ、姫様///」
「そこノロケない。そして姫ではなく女王。コーヒーブラックの方が良かったか…」
親衛隊結成の話から今後の話、後は他愛の無い雑談をして話は終了した。これから忙しくなるな。あぁ、早く帰って我が子に会いたい…
今日は早めに帰路につくのであった。
ちなみにあの戦争後アルカード伯が褒美として得たものはアルカード領の独立性と王家の相談役、戦争時の参謀などである。宰相の話もあったのだがそれは断ったそうだ。そもそもラナーには必要ないし。
ぼっち 「よし。すべての職を投げてぼっちフリーに」