骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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 前回のあらすじ
 マインとレイルがそれぞれの決意を胸に精進する。
 
 約一名がフラグを立てた…


第110話 「教師役を任されただけなのに…」

 王国でも帝国でも次の戦争の準備を行なっている中、アルシェ・イーブ・リイル・フルトは今までに無いほど緊張していた。

 妹達と暮らすアルカード領でも召集命令が下され、王国の為ではなくアルカード伯の為にと出兵しようと若者が立ち上がろうとしたがアルカードから届いた手紙では無視しろと伝えられた。騎士ではない領民を危険に晒さしたくないとの事だった。それでも老い先短いとか言ってお爺ちゃん連中は付いて行くらしいが…。

 短く息を吐いて心を落ち着ける。

 領地に送られた手紙には私宛の物も入っており、臨時で家庭教師をして欲しいとの内容だった。短期ですぐに帰れるとのことで迎えに来たメイドに二つ返事で着いて言った事を今では後悔している。

 

 「あ…突き刺すようにじゃなくて下から上へとスプーンを横向きのままスライドさせて…」

 「こ、こうか?」

 「そう」

 

 テーブルに置いてあるスープをスプーンですくおうとしている黒いローブを纏った骸骨が居る。

 まさかあのアインズ・ウール・ゴウンに貴族としての作法を教えてやってくれと言われるとは思わなかった。この個室にはアルシェとアインズ、それと監視なのだろうかモミと言う少女がいるのだが…。

 

 「…まったくなにしてんの?」

 

 いや、あなたのほうが何をしているの?皿に口をつけて盛大に音を立ててスープを飲みだす人初めてみた。

 あえて突っ込まないのか余裕が無いのかアインズは黙って言われた事をメモ帳なる紙の束に書き記して行く。

 

 「貴方にも教えたほうが良いの?」

 「…ん?」

 「マナーを」

 「ああ、これ突っ込み待ちでやっただけだから気にせんといて」

 

 わざとだったんですね。

 呆れた眼差しで見つめていると書き終えたアインズが真剣な眼差しで見つめていた。次の作法の催促だろう。

 最初に作法を教えてくれと言われた時は何事かと思った。相手は伝説で聞いた八欲王に並ぶであろう化け物の王様。ぼっち様の配下となった際にあの堂々とした王としての振る舞いを見ていたから貴族などの作法は知っているものと思っていたからだ。

 モミ曰く、何をしても許される王だったから作法を気にした事が無いらしい。一応、私の家も元とは言え貴族だった為にマナーは知っているがそれは帝国式で王国はどうなのかは知らないのだが良いのだろうか。

 

 「次は魚介系のメイン料理を…」

 

 指示したとおりにナイフやフォークを使い食事を行なわせフルコースのマナーを教えて行く。しかし離席の際にはナプキンをクシャとして座席に置くと言った時にまるで鼻紙を捨てる動作で置いた事にはため息をついた。 

 これでも幾分マシになったのだ。昨日は食事の作法を一から教えたために大変な苦労だったが基本的に覚えは良いのでおさらいである今日は楽なものだ。

 と、考え事をしている間に食事を終えてナプキンで口元を綺麗にしていた。

 どう見ても空洞なのだが何処で消化しているか疑問を持ったが別に気にしてもここから帰れるわけでもないから疑問を放置して授業を進める。

 

 「次は社交ダンスをしましょうか…」

 「ダンスか…」

 

 ダンスと聴いた瞬間、彼の腰が重くなった気がした。あまり好きではないらしい。しかし、話では王国か帝国のどちらかが勝てば勝った方と同盟を結ぶ。その際には同盟を記念したパーティが開かれる。当然のように親睦を深める為にダンスは行なわれる。

 暇だったのかソファに寝っ転がっていたモミは起き上がり、端に置かれていたピアノの前に座りいつでも弾けるように待機する。

 やるしかないと覚悟を決めたのか重い腰を上げてこちらに向き直る。

 

 「姿勢はこうで手は…」

 「こ、こうか?」

 「違う。こっちは支えるように」

 

 姿勢を正して手の角度や位置を文字通り手取り足取り教えていく。ステップやターンなども教えなければならない。やる事が目白押しである。曲によってリズムも違うからメモを取りながら細かな所まで聞かれるんだろうな。早く妹達に癒されたい…

 それにしても先ほどから流されている曲は何だろう?気品があり優雅で…それとなく何か起こりそうな妙なワクワク感を彷彿させる。

 

 「あの…この曲は何でしょうか?」

 「エルダー・テイルのワルツって曲だよ」

 「知らない曲です。でもいい曲ですね」

 「フヒ♪でしょでしょ」

 「あー…聴いているところ悪いが続きをお願いできるかな?」

 「あ!すみません」

 

 深く頭を下げて続きを教える。

 教えている内に何となく分かってきた。この人(?)順応能力が高い。教えた事だけを実行するマニュアルタイプではなくどんなハプニングにも対応するだけの力がある。ただしそれは無意識で行なえる天才型ではなく短い時間の中で熟考や知識・経験などでカバーしている。しかも努力家でもある。チラッと見えたメモ帳には教えた事だけではなく自身が感じたことや失敗したことまでぎっしりと書き込まれている。文字が少しだが掠れていたので何度も見返している事が分かる。

 今日もみっちり書き込んだ事を見てお終いにしようと告げる。

 

 「ご苦労」

 

 昨日はその一言言われただけで解散となった。別にそれに対しては不満は無かった。むしろ相手はアンデットなのだから殺されても可笑しくなく、王としてその態度が正解だろう。けれど今日は違った。

 

 「ひとつ聞きたい事があるのだが」

 

 ゆっくりと椅子に腰を降ろすアインズに姿勢を正して向き直る。赤く輝く視線が真っ直ぐ私の瞳を見つめる。緊張と恐怖でのどがゴクリとなった。そんな私を彼はハハハと笑った。

 

 「そんなに緊張する事は無い。聞きたい事と言うのは帝国についてだ」

 「帝国…ですか」

 「そうだ、帝国についてだ。我々は王国についてはあらかた調べ上げているが帝国の情報は少ない。そこで元帝国に住んでいた者としてのお前の話が聞きたい」

 「…どのような事でしょうか。私の家は鮮血帝に潰された貴族ですので表向き程度のことしか分かりませんが」

 「かまわない。知っている限りでどのような風習があってどのような機関が存在するかを資料にまとめて提出してくれるだけで良い」

 「…畏まりました」

 「うむ、では今日はもう良いぞ」

 「失礼致します」

 

 一礼して扉からゆっくり退出する。出来ればこのまま家に帰りたいのだがそんな事してしまっては妹たちがどんな目に合わされるか分かったものではない。

 帝国でも見たことの無い豪華すぎる廊下をため息交じりで歩く。所々で掃除をしているメイドと出会うのだがこれ以上綺麗にしてどうするのだろうか?埃ひとつ無い所を心の底から楽しそうに掃除をしている彼女たちは気味が悪く感じた。

 

 「あら?久しぶりでありんすね」

 

 唐突に耳に届いた声に背筋が凍る。

 伯爵が居なければ私を殺していた吸血鬼。あの目、あの雰囲気、あの絶望感…絶対に忘れることの出来ないトラウマ。

 端によって道を開けて深々と頭を下げる。

 怖い…

 トラウマもそうだが吸血鬼としての格が違いすぎて心よりも先に身体が警戒してしまう。

 

 「お、お、お久しぶりです…」

 「そこまで畏まらなくても良いでありんすよ。えーと…アリス?」

 「ア、アルシェです」

 「そうでしたわね。貴方には質問してみたい事があったのよね」

 

 床だけを見ていた顔を上げさせる為に顎に手を当てられ、そのまま前を向かされる。

 見開かれた目が合った。声色と表情は笑っているけれどもその瞳は笑っていなかった。憎悪や嫉妬などが読み取れた。

 

 「あの御方の眷属になった感想は?」

 

 表情が険しい物へと変化して行く。その様子に歯がカタカタと音を立てて、身体が震える。さすがにここで失態をする訳にはいかないので失禁することだけは何とか耐えようとする。

 

 「私でも飲まれた事はあっても血を頂いた事なんて一度も無いのに…お前のような人間がぁ!!」

 

 あまりの怒りに死を覚悟する。周りに居た筈のメイド達も怯えて逃げ出した。もう目を見ることさえ出来ずぎゅっと目を閉じる。

 助けて…

 

 

 

 「何ヲシテイル」

 

 聞きなれない声が聞こえてゆっくりと目を開ける。そこには大きな人型っぽい蟲が立っていた。腕は六本で身体は白銀と言ったらういいだろうか。吐息は温度差があって白くなっている。見た目と雰囲気から武人らしさを感じる。

 彼…で良いのだろうか?兎も角、彼の登場で彼女の動きは止まった。助かったのだろうか…

 

 「何でもないでありんす」

 「ソウハ見エナイガ?」

 「ってか怒鳴り声が響いてきたんだけど?」

 

 彼の後ろから少年の格好をしたダークエルフが現れた。彼女とは仲が悪いのか二人ともにらみ合っている。

 

 「何でもないでありんす!!」

 「まさかとは思うけどぼっち様のペットに手を出そうとしたんじゃないよね」

 「それはっ…」

 「至高ノ御方ノ物ニ手ヲ出ソウナド言語道断」

 

 ペットと言われた事はもうこの際だからどうでもいい。それよりここで戦闘を行ないそうな彼を誰か止めて欲しい。予想では余波で私が死ぬ。

 

 「そんなつもりはないでありんすよ」

 「ナラバイイ」

 

 拗ねた子供のように唇を尖らしながらそっぽを向く彼女を見た彼は取り出した刀槍をしまって戦闘態勢を解除した。

 

 「早くこっちに来るの」

 「え、あ、はい…」

 

 言われるがままダークエルフに着いて行く。その際、彼女は疎ましそうに私のことを睨んでいたがそれに気付いている彼がいつでも動けるように構えてくれている事に安心感を覚える。

 

 「気をつけたほうがいいよ」

 「え?」

 「あたしだってあんたの事が羨ましいんだから。ぼっち様から血を頂いて眷族になるって羨ましすぎるよ。シャルティアが殺気立つのも分かるんだよね」

 「…貴方も私を殺したいの?」

 

 腕を頭の後ろで組んだ状態で振り向き、眩いばかりの笑顔を向けてくる。

 

 「当たり前じゃない♪」

 「―っ!?」

 

 笑顔とは正反対の殺気が彼女から放たれた。見た目が小さな子供だからと侮っていた。ここに居る者はすべて化け物なのを実感した。

 

 「でも殺したりしないよ。だってぼっち様に嫌われたくないからね」

 

 部屋まで送って貰った後、扉の鍵を閉めたのを確認してその場にへたり込む。

 今の私が生き延びていられるのもぼっちさんの庇護下に入れて貰っている事を感謝しつつ今日も生きている事を実感する。

 少し衣類が濡れてしまったのは妹達には内緒である。

 

 

 

 

 「ふうむ…」

 

 執務室でアルシェから提出された資料に目を通しながら唸るアインズにアルベドが気にして近寄る。

 

 「どうかなさいましたかアインズ様?」

 「いや、少し面白い物を見つけてな」

 「面白い物ですか?」

 

 資料を置いて手を組んで思案する。思案と言っても長いものではなくすぐに済んだ。

 

 「少しの間は冒険者モモンは休みにするか。理由とナーベラルへの連絡を任せる」

 「畏まりました」

 

 深々と頭を下げるアルベドを横目で見つつ資料に視線を向けた。

 

 「帝国魔法学院か」

 

 アインズは少し楽しそうに微笑む。




 ナザリック一同のアルシェに対する思い
 実験とは言え至高の御方々が御創りになられたナザリック大墳墓に土足で踏み込んだ上にアインズ様に期待させて裏切った奴の仲間。
 罰するべき相手の筈なのにぼっち様により血を与えられ眷族になった女。
 怒りと羨ましさで憎しみ倍増…


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