骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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第100話 「国家を脅かす黒い騎士」

 深い霧が出ている。

 馬車内から外を睨むが5メートル先も見えないほどの霧。何度見てもその光景が変わる事はない。

 王国と帝国が一年に一回行なっているカッツェ平野を一台の馬車と34名ほどの武装した集団が進んでいた。

 馬車は荷物を運ぶだけの質素なものでも、移動司令部として使われる軍事的なものでもなく、ただただ装飾品で飾られた貴族の馬車だ。それも無駄に多すぎる装飾品から大物貴族であることが分かる。

 豪華な馬車の中で一般庶民では決して手が届かない金額のワインをため息混じりに飲む男が居た。彼こそこの馬車の持ち主で武装集団を雇った六大貴族のリットン伯爵である。

 

 「何故私がこのような…」

 

 何度目になるか分からないぼやきを漏らしつつ自分の…自分たちの立場を考える。

 反国王派。

 王都内で最も広い領地と王を上回る軍事力を持ち、娘を第一王子に嫁がせた六大貴族のボウロロープ候が盟主を勤める派閥。国王派閥を凌駕しておりいずれは王国自体が支配できるであったろう派閥。

 “あったろう”

 もはや過去形となりつつある事実に歯軋りをして過去形へと追いやった元凶の名を忌々しく呟く。

 

 「おのれアルカードめ!!」

 

 商人上がりの貴族で身の程を弁えない新入り貴族。

 資金に武勇に民からの支持率と反国王派閥だけでなく国王派閥も凌駕する男。

 目障り極まりない。

 何度と悪評をばら撒き奴を陥れようとした事か。だがその度にラナー王女や民草に邪魔をされこちらの計画や悪事が露見したことか。

 今でさえ強大な奴はたった数日でもっと大きく力を得て帰ってきたのだ。

 統治が難しいと言われた領地の民や野盗共からだけでなくその地に住み着いているケット・シーから多大な信頼を得て来たのだ。それも3日でだ。ありえない。この話は尾ひれに尾ひれが付き、王国内で持ちっきりの話題となっている。3日で信頼を勝ち取った話は金や物量で何とかしたのだろう。それぐらいはなら良かった。問題はあの葡萄畑だ。

 一週間で完熟した葡萄を生やす。

 葡萄畑には回復効果を持った聖なる泉が沸き続けると言う。

 盗みに入った盗賊達はユニコーンと呼ばれる聖獣が守護している事で近付くことも出来なかった。

 これらの話が何処からか法国へと流れて国王を通して是非ともアルカード伯と話がしたいと会談要請が来たのだ。長い間関係が切れていた法国とのパイプ役としての期待が高まっている。

 どうしたらそれだけの力を得ることが出来るのだろうか。

 再びため息を付きつつ肩を落とす。落ち込みたくないが落ち込まざるえない。

 カッツェ平野では何度も戦をした為に多くの死者が出る。死体を放置しておけばアンデットが発生する事は子供でも知っている事実。王都も帝国も死体の回収に力を入れるが目に付かずそのまま放置になりアンデットが生まれることが多々ある。

 もしもこれを10人も満たない戦力で貴族自ら先頭に立ち、多大な戦果を挙げたらどうなるだろうか?むろんリットン伯の評価は上がるだろう。アルカード伯が力を付けて行く中で自分たちが手を拱いている訳には行かない。王都を出発した時は十人の護衛を引きつれ、カッツェ平野付近で多額のお金を払って雇ったワーカー24名と合流した。勿論の事だが情報漏えいを避ける為にワーカー達には死んでもらう予定だ。

 

 「…はぁ…何故…」

 「伯爵様!!」

 「何事かぁ?…うひゃああ!?」

 

 外から自分を呼ぶ声がして警戒心の欠片もなく外に出ると深い霧の中で視認出来る5メートル以内が数多くの死体が転がっていた。腰を抜かしながら見渡してみるとどれもこれも帝国の騎士の鎧を纏っていた。

 ワーカー達が辺りを警戒する中、護衛の一人が近くの死体に近付き傷口に触れた。人差し指と中指に付着した血を親指に擦り合わせ感触を確める。

 

 「これはアンデットがやったのか?」

 「いや…アンデットではこんな傷は見た事がないな…剣か斧の類だろうか?」

 

 兵士に問われたワーカーの一人が傷跡を見て答える。答えと疑問を聞いた兵士は首を横に振った。

 

 「フランベルジュだな」

 「フラ…なんだって?」

 「フランベルジュ。刀身が波打った形状をしていてな、肉を抉りながら斬る為に血が止まらなくなるんだ。片手剣から長剣までサイズがあるんだがこの傷を見る限り…刀身1メートル以上ってとこか」

 「ならこいつらは野盗にでも襲われたのか?」

 「王国兵士なら分かるんだがこいつらは帝国騎士。冒険者で言う銀相当の連中をコレだけやるとなるとかなりの大部隊のはずなんだがこの場に野盗らしき死体はない」

 「確かにこれだけの人数が死んだなら相手にも死者がでるわな」

 「それにアレを見てみろ」

 

 指差された方向にはどう見ても圧死したであろう死体が転がっていた。

 

 「フランベルジュじゃあどうやってもあんな死体なんか出来ない。潰れたところには下から上まで模様が繋がり、直線状の線で模様が収まっている。推測だが大きな盾か何かで潰されたんだろう」

 「盾って!?ば、馬鹿な事言うなよ。人ひとり潰せるってったら2メートルぐらいはある盾だぜ?」

 「そうだ。だから俺は聞きたい。一メートル以上の剣を持ち、2メートルの盾を持つモンスターに心当たりは?」

 

 俯き考え込むワーカーから一旦距離を置いて馬の様子を見る。

 

 「思い当たるモンスターは居る…」

 「勝てる相手か?」

 「分からない。何せ伝説級のモンスターだからな。勝てないと思う」

 「す、すぐにここを離れよう!!」

 

 腰を抜かしていたリットン伯がやっとの事で立ち上がり兵士にすがるように訴えてきた。自分だってそうしたいのだが首を横に振るしかなかった。

 

 「私もそうしたいのですが馬が何かに怯えて言う事を聞いてはくれません。これでは馬車での移動は不可能でしょう」

 「そ…そんなぁ…だ、だったら徒歩でも良い」

 「下手に動かない方が良いですよ」

 「何故だ?」

 「死体の死の感触を確めたのですがまだ血が固まってなかった。それどころかまだ温かかった。一時間も経ってないでしょうね。この霧の中下手に動くよりも…」

 「ぎゃあああああああああ!!」

 

 霧の中から叫び声がして視線が自ずと集まる。霧の中から今まで目にした事のない化け物が現れた。

 身長2メートル以上の大柄で禍々しく刺々しい鎧を纏った騎士。右手には1.3メートルはあるフランベルジュに、左手には2メートルのタワーシールドを持っていた。頭には兜を被っているが顔である髑髏を隠していない為にひと目でアンデットだと理解する。

 そのアンデットの横にはまん丸と太ったゴブリンが立っていた。服は上等な白いスーツを着こなし、白い顔には瞳を隠すだけの丸眼鏡がかけられていた。

 ゴブリンは南瓜の刺さった傘を下に立ててシルクハットを脱ぐ。

 

 「これはこれは王国騎士様と冒険者達ですかな?」

 

 やんわりと笑みを含んだ言葉に誰も反応することが出来なかった。不思議そうに首を傾げたゴブリンはシルクハットを被りなおし傘をさした。

 

 「まぁ、どうでも良いんですけどね。さぁて狩りの時間ですよ♪。やってしまいなさいデスナイト」

 

 命令を受けた大柄のアンデット…デスナイトが歩み始めた。震えながらもワーカーの二人が斬りかかった。だがその刃が届く前に一刀で二人は絶命した。あっさりとやられた二人を見た何人かが武器を捨てて逃げようとする。そんな事許してくれるはずもなかった。馬車の後ろよりもう一体のデスナイトが現れたからだ。

 

 「伯爵は馬車の中へ!!応戦せよ!!」

 

 兵士が叫ぶと同時に皆が攻勢に出た。生き残りたい一心で…

 馬車の中に逃げ込む中でデスナイトと目が合った。相手は興味を失せたのかすぐに視線から外して回りの者を斬り殺す。逃げようとすれば目にも映らぬ速さで駆け抜け距離を詰める。こちらの攻撃は届かず相手に一方的に弄られるだけ。

 駆け込んだ馬車の扉を閉めて床に倒れこみ頭を抱えながら事態が過ぎるのを待った。

 叫び声と悲鳴が続いていたが急に静かになった。しばらくの間はその場から動けなかったが足元から風が吹いてくる事に気付いて恐る恐る振り返る。

 

 「見ぃつけた♪」

 

 目が合った。

 扉を開け放って足元付近で中腰でこちらもにこやかに見つめるゴブリンと。そして開いたドアから覗き込むデスナイト二体と…

 カッツェ平野に大きな悲鳴が響き渡った…

 

 

 

 とある帝国騎士は地に伏して馬車に入って行ったゴブリンを見つめていた。

 その瞳には憎しみしか無かった。自分が預かった部下が無残に殺されていったのだ。なんとか三名だけ生き残ることは出来たが他の21名は…。

 ギリリと歯軋りの音を立てる。一瞬だがデスナイトがこちらを見たが気付かなかったようだ。少しでも心を落ち着かせようとするが背の上に居る部下のことを思い出して怒りがぶり返してくる。

 2週間前に転属してきた奴でいっつもおふくろさんの事を心配してた優しい青年だった。ただ優しすぎる所がありとても兵士が勤まるとは思えなかったが「俺が出世して楽させてあげるんです」と笑顔で語った相手にそんな事は言える筈がなかった。過去に戻れるなら殴ってでも兵士を辞めさせる。でなければこんなところで死ぬことも無かっただろう。 

 生き残った奴らも仲間の死体で身を隠してやり過ごそうとしている。あいつらはそれで良い。だが、隊長である自分はやり過ごすだけなど出来ない。デスナイトには敵わないとしてもそれらを従えているゴブリンに一太刀で良いから浴びせたい。たとえ己の命と引き換えだとしても一矢報いてやらねば気が治まらぬ。

 馬車から降りたゴブリンは何かを命じてデスナイト達は霧の中に消えて行った。ため息を付きつつ岩場に腰を降ろした奴は隙だらけだった。このチャンスを逃したらもう二度とないと判断して背の部下の死体を降ろして斬りかかる。

 斬った。

 確かに手応えあった。狂喜を含んだ笑みを浮かべながら振り返ると傷ひとつ無いゴブリンが目をぱちくりして見ていた。

 

 「…あー…しまったなぁ。油断大敵ってやつかぁ。はぁ…」

 「ば、馬鹿な…斬ったはずだ…斬った筈なのに!?」

 「そんな弱小攻撃なんて簡単に遮断できるでしょうに、って君らじゃ無理か…」

 「遮断?何のことだ!?」

 「…んん!!あー…あー…コホン。理解できなくて結構ですので君にはメッセンジャーになって貰いましょうか?そこの三人と共に♪」

 

 不意打ちに失敗したばかりか部下の居場所まで晒してしまったのか。

 いつの間にか戻ってきたデスナイトに囲まれ絶望に飲まれた騎士は両膝を付いてその場に座り込んだ。


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