骸骨と共にぼっちが行く   作:チェリオ

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 さて、今日はモミがデミウルゴスに、デミウルゴスがユリに口止めをした事です。


第095話 「アインズの実験」

 静かな執務室内でアインズはただただ遠隔視の鏡を眺めていた。付近にはアルベドなど守護者各員が詰めていたがいつもは居る筈のプレアデスはこの部屋内の何処にも居なかった。

 大きなため息を付きながら見続ける。

 遠隔視の鏡にはナザリック大墳墓の入り口が映し出されていた。そこには兵士ではなく冒険者のようにそれぞれが違う防具を着用した五人の男達とナザリック・オールド・ガーダー五体が戦っている。今その内の一人が死んで4対5になった。

 二度目の大きなため息をする。

 今回アインズは実験を行なっていた。内容はこの世界においてのナザリックの防衛能力の確認なのだが…

 一方的過ぎて話にならない。彼らが戦っているナザリック・オールド・ガーダーはオールド・ガーダーの上位版で魔法が付与された武具を身につけ、多少のスキルを使用するナザリック専用のオールド・ガーターである。

 

 「マサカコレホドトハ…」

 「これって確か逃げ出した奴らを対処出来るかって実験だったよね?」

 「その通りだよアウラ。しかし挑むとはまったく何を考えているのやら」

 「か、彼らは相手との実力差が分かってないんでしょうか?」

 「人間如きにそれほどの知恵があるとも思えないけど」

 

 守護者たちの言葉を聞き流し鏡から何処からか持って来た椅子に腰掛けたモミへ視線を移した。この実験を伝えた時からヤル気無さそうだったがまさかどうどうと寝るとは思わなかった。アルベドは不敬と叫んで殴りかかろうとしたが乗り気ではなかったモミを叩き起こした所で良い意見を出す訳も無くそのままにしておいた。

 視線を鏡に戻すと現場で観察しているユリとナーベラルを除いたプレアデスが映った。ルプスレギナが手を振るとそれに気を取られたのか一人がルプスレギナに視線を向けたまま死んだ。

 

 「あー…今のは良いのでしょうか?ルプスレギナに気を取られていたように見えたでありんすが」

 「構わん。どうせこれ以上のデータは取れなかっただろう」

 

 前のめりだった体勢から全体重を背もたれに移す為に身体を後ろへと倒す。

 この実験の為にナザリック内に入っている者達は冒険者ではなくワーカーと呼ばれる者達だった。ワーカーとは冒険者に定められたルールに縛られることを拒んだ者達である。

 今回は大きく動きすぎた。この実験を行なう為に王国ではなく帝国の者と接触を図る事から始めた。バハルス帝国の主席宮廷魔法使いであり、帝国魔法省最高責任者のフールーダ・パラダインに目をつけた。フールーダはこの世界では異例の第六位階まで使える魔法詠唱者で大掛かりな魔法を使用して200年も生き続けている。こちら側に取り込むのは思いのほか簡単だった。彼は『魔法の深淵を覗きたい』と言う本心を持っており、それが叶うならそれ以外はどうなっても良いと考えていた。見ただけで相手の魔力を測定できるタレント持ちだったから魔力を隠しているアイテムを外して見せ付けたら一発で取り込めた。

 次に居なくなっても困らない武装集団を探してもらう。帝国の兵士や冒険者組合に登録している冒険者は居なくなるとすぐに問題になる為に却下され、ルールや組織に捕らわれていないワーカーなら問題無いと言う事で中でも選りすぐって優秀なのを選出させた。

 最後に冒険者モモンとして道中の警護任務について自らの目で確認した。今ナザリックからナーベが離れているのは警護の為にモモンは移動してきた馬車近くで待機していることになっているからだ。モモンの変わりはパンドラズ・アクターに任せてある。

 背もたれに身を任せて思い返しているといつの間にか一方的な戦闘が終了しており無傷のナザリック・オールド・ガーターと無残な肉塊しか映ってなかった。

 遠隔視の鏡を操作して他のワーカー達の様子を見るが入り口の者達と然程変わらなかった。

 『ヘビーマッシャー』と言うワーカーチームは転移トラップにて部隊を二分され、片方がニューロニストの拷問部屋で聖歌隊(痛みで叫び苦しむ事)にされ、もう片方は恐怖公のブラックボックスへ飛ばされ無数のGに埋め尽くされて内部から食い荒らされて行く。出来れば見たくなかった。特に後者は見たくなかった。デミウルゴスとコキュートスを除く全員が完全に引いていた。

 ワーカーチーム『天武』のリーダーはガゼフに匹敵すると豪語していたリーダーがハムスケにあっさり殺された。しかもその後連れていたエルフ三名は死んだリーダーに何度も何度も蹴りを入れて動かなくなった。こちらはこちらで意味が分からん。

 

 「見ているのにも飽きたな…」

 

 全部で4つのワーカーを迎え入れて三チームが壊滅。残る『フォーサイト』を映し出してみると転移した結果、第六階層の闘技場へと向かっていた。

 近くに置いていた杖を手にして立ち上がったアインズに視線が集まった。

 

 「さて、そろそろ実験も仕舞いにするか。アルベド。シャルティア。付いて参れ」

 

 名指しされた二人は短く返事をするとアインズの後に続いて闘技場に向かって行った。

 

 

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 第六階層の木々の間を一人の少女が息を切らし駆け続けていた。

 アルシェ・イーブ・リイル・フルトはどうしてこなったかと思いを巡らせていた。

 彼女の家は元々帝国貴族のひとつであったが皇帝が行った貴族の大粛清により貴族の位は取り上げられた。両親は働くこともせず借金までして貴族の暮らしを続けている。貴族の暮らしをし続けることでいつか貴族に戻れると心から信じているのだ。ワーカーになってから二年間その借金を返し続けてきたが、両親への義理立ても済んだと判断して両親と暮らしている妹二人を連れて三人で暮らすつもりでいた。妹達にもその事を話しており、今回の王国にある大墳墓の調査の仕事を終えたら『フォーサイト』の皆と別れて妹を迎えに行く。

 筈だった…

 走り続けて体力を使いきり木々の一本に寄りかかる。そして天井を覆う夜空を見上げる。そこには星が散らばり、月が姿を現した夜空。何度見てもアレが夜空ではなく天井だと言う事が理解できない。

 闘技場でエルダー・リッチの上位版と思われるモンスターと出合った。アルシェはフールーダと同じ相手の魔力を測定できるタレント持ちであり、目の前に現れたモンスターの魔力を見た。いや、見てしまった。絶望的な魔力量の多さ。以前見たフールーダと比べると小人と巨人ほどの差があった。勝て無い事は一目瞭然であまりのことにその場で嘔吐してしまった。

 リーダーのヘッケランはアインズと名乗ったモンスターと言葉を交わしてアインズの仲間の許可を得たと嘘を付いて何とかしようとしたが最後に発した「ナザリック地下大墳墓に居るアインズに宜しくと言っていましたね」の一言が逆鱗に触れてしまったらしい。何が起こったか理解する暇もなく彼は死んだ…

 

 「アルシェ行きなさい!!」

 

 闘技場でかけられた言葉が脳内に響いた。

 ヘッケランの恋人のイミーナは別れの際にそう叫んだのだ。『フォーサイト』の皆には離れることや家の事を話していた。だからイミーナもロバーデイクも私を逃す為に今も闘技場に居るのだろう。

 二人が願った事であるとしても私は二人を見捨てて逃げた。逃げて、逃げて、逃げてあの天井に触れた。夜空が見えるのだから外だと思ってフライにて飛んで逃げようとしたのだ。あっけなくその希望は打ち砕かれた訳だが…

 体力も魔力も切れたアルシェの前に一人の少女が降り立った。黒いふわふわとした上等な衣類で露出を控えた同年代か少し年下の少女。目は赤い事とその雰囲気から吸血鬼だと分かるがもはや抵抗する気も起きなかった。

 

 「さて、逃げないの?」

 「逃げれるの?」

 「それは無理よ。逃がすつもりなどありんせんから」

 「…そう」

 

 少女はゆっくり近付いてくる。フライで逃走中に一度は刃向かったのだ。けれど自分の魔法はまったく通じなかった。絶望の色で塗り固められた瞳で見つめる。少女は残念そうにため息をついた。

 

 「殺さないでと泣きながら縋り付いてくる事を期待したでありんすが…ま、良いでありんす」

 

 手の届く位置で立ち止まった少女は酷く楽しそうに笑っていた。

 

 「アインズ様の命により痛みを負わさずに殺してあげる」

 

 振り上げられた手が風を斬りながら振り下ろされる。今までの記憶が走馬灯として流れて行く。

 

 「…?」

 

 目を閉じて死を待っていたアルシェは何も起きない現状を不思議に思い目を開ける。そこには顔の直前で止められた少女の手と少女の腕を掴んで振り下ろせないようにしている仮面の男が居た。

 黒いスーツの上に赤いスーツを羽織った貴族を絵にしたような男は威圧感を露にしていた。その男を見ていた少女の表情が見る見るうちに真っ青へと変わっていった。

 

 「ぼ、ぼっち様!?領地へ赴かれたはずでは…」

 「・・・急ぎ戻った」

 「そ、そうでありんしたか」

 「・・・シャルティア」

 「は、はひ!!」

 「・・・止めよ」

 「いえ、これはアインズ様のご命令でして…」

 「ヤメロト言ッテイル!!」

 「っ!?か、畏まりましたぼっち様」

 

 化け物としか表現できなかった少女は男が腕を離すと同時に平伏して許しを請い始めた。この事からこの男は少女よりも上位に位置する化け物なのだろう。それも化け物である少女が可愛く見えるほど強大なアインズの命令を取り消させると言う事はアインズと同格かそれよりも上位者なのか…

 それが分かっても絶望的な状況は変わらない…筈だった。

 男はアルシェの前で片膝を付いて視線を合わせた。片目だけ覗いている瞳から敵意のようなものは感じられなかった。

 

 「・・・生きたいか?」

 「―っ!?」

 

 絶望しかなかった状況に希望が生まれた。妹達を両親から離して一緒に暮らしたい。ここから逃げたい。生きていたい!!そう思ったアルシェは声に出す事無く頷いた。

 

 「待っておくんなんし!それは…」

 

 慌てて止めようとした少女に男は人差し指を立てて唇に触れた。静かにしろと言う事なのだろう。理解した少女は口を閉じた。

 

 「君が・・・条件を飲んでくれたら・・・助けてあげよう」

 「条件?」

 「これは・・・契約だ・・・条件を飲めば・・・君を助け・・・願いを叶えてやろう」

 「願いを叶えて?だったら私は帰りたい。妹達と暮らしたい。フォーサイトの皆を助けたい!!」

 「わかった。聞き届けようその願い」

 

 差し出された手を取ってアルシェは立ち上がった。

 

 

 

 ヘッケランは覚悟を決めてアインズと名乗った骸骨のモンスターと対峙していた。

 あのアルシェが危険と言ったモンスターに敵うわけも無く、何とか騙せないかと出来る限り頭を働かせたが相手を怒らす結果となってしまった。

 無防備に近付いて来る。絶対何かがあると判断して警戒していると姿が消えた。何が起こったのか分からずに振り返ると後ろに居るイミーナの背後に居た。イミーナの近くに居るロバーデイクは気づいてない。急いで彼女を弾き飛ばして剣で斬りかかる。

 無傷…

 奴が言うには俺達程度の物理攻撃を無効化出来ると言う。信じない。信じたくなかった。そんなものが存在して俺達を殺そうとしているなんて。絶望しかなかった。

 骨の手が俺の肩に触れて…俺は…

 

 「…ケラン…ヘッケラン」

 「んあ…」

 

 誰かに身体を揺らされ顔を上げる。

 ぼんやりとした視界が徐々にはっきりとした世界へと変わって行き、イリーナの姿が鮮明に見えた。

 

 「………っ!?」

 

 カバッと立ち上がり辺りを見渡すとそこにはあのモンスターは居らず、円形の闘技場ですらなかった。

 『歌う林檎亭』と言うヘッケラン達が利用している宿屋であった。目の前の円形テーブルにはステーキやケーキなどいつもは口にしない豪華な料理が並んでいた。備え付けの椅子にはイミーナ、ロバーデイク、アルシェが腰掛けていた。

 皆をまじまじと観察する。

 長く伸ばした紫色の髪を左右で束ね、エルフ特有の尖った耳を露にした凛とした女性のイリーナ。

 一番の年長で神官を務める揉み上げから顎鬚までうっすらと生やしているロバーデイク。

 『フォーサイト』内で妹的存在で魔法詠唱者としては代わりが居ないほどの実力を持つ幼さを残した少女のアルシェ。

 何処にも変わって所は無くアルシェを除く二人が心配そうな顔をしていた。一息ついて額に掻いていた汗を拭って席に付く。

 

 「どうしたの?」

 「いや、何でもない…。少し怖い夢を見ていたようだ」

 

 先程の非現実的な夢を頭から払い除けるように目の前の現実を理解しようとしている。俺達は何をしているのか?考えたところでどこまでが現実でどこからかが夢なのか解ってない頭では答えが出るはずも無く口にする事にする。

 

 「今日は誰かの誕生日か何かだっけ?」

 「何を言ってるのよ。今日はアルシェとの送別会しようって言ったのは貴方でしょ」

 「え…ああ、そう…だったな」

 「大丈夫ですか?顔色が優れないようですが」

 「ちょっとまだ寝惚けてるようだ」

 

 顔を手で軽く拭い、自分の目の前にあるコップの中身を喉へと流し込む。酸味が強く残る葡萄酒が喉奥に染みて行く。

 仲間の送別会で寝込むほど飲むなんて俺らしくないなと呟きアルシェへと視線を向ける。分厚い手袋越しに指を擦っている。

 

 「にしても良かったわよね。妹さん二人と一緒に面倒見てくれるなんて」

 「まったくですね。しかも両親に多大なお金を払ってまで縁を切るように説得までされたのでしょう」

 「―本当にありがたい。願いをここまで聞いてくれるなんて」

 

 本当に嬉しそうに微笑むアルシェを見て何か裏があるんじゃないかと勘繰った考えを放棄した。

 そうだ。相手は元々力を持っており、今更魔法詠唱者を得る意味が無いと俺とロバーで調べらじゃないか。

 ……調べた?いつ誰に?相手の名前は?

 記憶に曖昧な点が多いことに気付き違和感を持つ。

 遠くから聞こえてきた馬の蹄の音が入り口で止まった。それに気付いたアルシェが立ち上がった。

 

 「―お迎えが来た。じゃあ、行くね」

 「ええ、妹さんと仲良くね」

 「風邪などの病気にはくれぐれも気をつけてください」

 「じゃあなアルシェ。また何処かで会えると良いな」

 「―うん。また何処かで」

 

 先の違和感を酒のせいにして忘れることにしたヘッケランは表に止まっている馬車に乗り込んだアルシェに手を振って見送る。

 

 

 

 質素な作りの馬車に乗ったアルシェは自分の主に深く頭を下げた。

 

 「―いろいろ願いを叶えて頂き感謝します」

 

 上等すぎるスーツとシルクハットを身につけ、片目だけ覗かせた仮面で顔を隠す男はニッコリと微笑んで答えた。

 

 「構いませんよ。それほど頭を下げることはありません。後、馬車内は揺れますのでどうぞお座りください」

 「―はい」

 「それはそうと御手を拝借」

 

 差し出された手の上に手を乗せるとするっと手袋を外される。中から現れた自分の指先には真新しくも消えること無い切り傷が各指先に刻まれていた。それは5本の指だけではなく両手の指先すべてに刻まれた主従の証。

 次に瞳を食い入るように見つめられ満足したように頷いて姿勢を正した。

 

 「瞳の色も問題ないですね。後は衝動はありましたか?」

 「―今のところは」

 「ふむ。少しでもおかしいと感じたらユリに報告を」

 「―了解しました」

 

 頷いたアルシェは指先の傷跡を確認してもう自分が人間ではない事を強く理解する。

 アンデットの一種である吸血鬼。

 血を吸うことで吸血鬼かさせる訳ではなく血を与える事と契約を行なう事で吸血鬼化させる変わった吸血鬼。それが目の前の男。化け物達にぼっち様と崇められ、王国では強大な力を持つアルカード伯爵と呼ばれる貴族。

 契約内容はアルカード伯に仕える事とナザリックの事を話すなの二点だけである。

 アルシェは強大過ぎる化け物に対して安心感を覚えていた。彼は力を誇示する暴君ではなく、紳士的でもの穏かで話の分かる人間でもそうはいない人物。

 彼は本当に願いを叶えてくれた。

 妹達と暮らしたいと願うと自分の領地に屋敷があるからそこで暮らすと良いと告げられた。そのうえいつでも一緒に居られるように使用人として屋敷で働かないかとも言われ住まいと職が与えられた。

 両親が追って来るかも知れないから縁を切りたいと言ったら両親へ説得しに行き、大袋いっぱいの金貨を手渡して縁を切ってくれた。

 フォーサイトの皆を助けてと懇願するとアインズと話し合い。生かしてあの墳墓から逃がしてくれた。ただし条件があり記憶改竄ともしもの為に魔法による監視は行なわれている。

 

 「―本当にありがとう」

 

 心の底から礼を告げると悲しそうな眼をしたアルカード伯は優しく頭を撫でてくれた。とても大きく、温かく感じた。




 無慈悲な実験を行なったに怒りを覚えたぼっちと実験の正当性を訴えるアインズが激突!?
 次回『アインズ陣営VSぼっち陣営』

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