ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

92 / 121
前書きです。
活動報告にも書いてますが、「GOD EATER 3」にどっぷりハマってます。買ってすぐにあった出来事ですが、
「あー、ちょっとゲーム休憩…。ユーチューブ見よう」
と思ってユーチューブを開くと、追いかけてた歌い手Vチューバーの方々がそろって同じ曲をアップしていて、世間がクリスマスだと気付きました。そっ閉じして、ゲームに戻りました。
そして気づけば2018年も終わりますね。今年ラストの更新です。


第86話「天音旋空」

真香から攻めのオーダーを受けた月守は2つのキューブを生成し、それらを無造作にぶつけるようにして合成を始めた。

 

「トマホーク」

 

完成した合成弾は爆発するメテオラと思い描いた軌道を走るバイパーの特性を兼ね備えたトマホークであり、月守は完成したそれを8分割した。

 

(威力はまずまず、弾速は遅め、射程は長く……)

 

彼は望む成果が出るように威力弾速射程を調整し、狙うべき場所へとリアルタイムでコースのイメージを引いていく。そして、

 

『んじゃ、いくよ』

 

その一言とともにトマホークを放ち、薄雪が残る工業地帯に向けて一気に駆け出した。

 

*** *** ***

 

月守が放った8発のトマホークの内の1発は、荒船と柿崎が戦う工場の一角へと向かい、着弾した。当てるつもりではあったが、直視しておらずレーダーと立体マップ頼りのトマホークは2人に直撃せず、工場のフロアと壁をわずかに破壊するに留まった。

 

外から来た一撃を受けて、2人の視線は一瞬外に向いた。続いてくるかもしれない攻撃を警戒してのことだったが、それぞれの視界に飛び込んで来たのは弾丸ではなく、

 

「バッグワーム、オフ」

 

跳躍して(なび)くバッグワームを解除しながら、鞘に収めた弧月の柄に左手の指をかけた天音の姿だった。2人が立つフロアに着地した天音はその反動を活かして踏み込み一気に間合いを埋める。たまたま近くにいた柿崎に天音は居合のように斬りかかり、柿崎はその一振りを弧月でしっかりと受け止めた。

 

「ぐっ……!」

 

激しく鳴り響く甲高い音は、小柄な身体に似つかわしくない重い攻撃を示しており、柿崎は奥歯を噛み締めて両足できちんと踏ん張った。

一撃を防がれた天音は次の攻撃に繋げることはせず鍔迫り合いをやめて、軽い足取りで数歩下がって弧月を構え直す。視線と身体は柿崎へと向いているがそれは半分は誘いであり、それが意図して作られた隙だと分かっていても天音の左横に回り込んだ荒船は斬りかかる。天音は素早く受太刀に転じて荒船の弧月を防ぎ、力負けしないように弧月の峰に右手を当てた。

 

力比べに持ち込むものかと荒船は思ったが、その眼前にキューブが現れる。

 

超至近距離で用意された攻撃手段を前にして、荒船は反射的に全力で飛び退いた。間合いを取る荒船を追うように、天音は言葉を続ける。

「ハウンド」

言葉がトリガーとなり、ハウンドは細かく分割されて放たれて荒船に襲いかかる。

 

「はっ!いい攻めっぷりだな!」

 

言いながら荒船はシールドを展開してハウンドを防ぎきり、一息開けた。距離は空いているが荒船と柿崎は並び立つ形で天音を見据え、逆に天音はまるで2人同時に相手取る気があるかのように弧月を構える。

 

この局面を前にして、柿崎と荒船は判断に迷った。

得点的には地木隊がリードしているため、ここは何としても…、一時的に共闘してでも天音を倒して地木隊の得点力を下げなければならない。理屈の上では、そう認識している。しかし、相手が自分たちより幼い後輩であり、女子であるという点が、2人の心情に待ったをかける。戦いの場で緩い考えだと言われるかもしれないが、そう考えずにはいられない程度には、戦いに理性を持ち込んでいる2人だった。

 

だが逆に、天音はそうは考えなかった。

 

視界の中で2人が並び武器を構えていること。

戦いに身を置くことで燃え盛るように高まる戦闘意欲。

この2点で天音はごちゃごちゃ考えること無く、シンプルに2人を一括りに敵だと認識して、弧月を振るう。

 

「旋空弧月」

 

か細く呟かれた言葉と共に揺らいだ剣先がリーチを伸ばし、柿崎と荒船に牙を剥いた。

 

*** *** ***

 

残り7発のトマホークは遅めの弾速で工場地帯を飛び、いくつかの建物を爆破した。その爆撃を見ながら、身を潜めていたスナイパー半崎義人は思った。

 

(危な……。いつも通りの考えで配置についてたら、確実に今の爆発に巻き込まれてたな)

 

スナイパーは、位置取りの重要さの比重が他のポジションよりも高い。

視野・射線の確保、対象までの距離、高低差、攻撃後の逃走ルートの良し悪し、自身の力量、仲間との連携の取りやすさ、etc……、あらゆる要素を加味して、現状に対してのベストな位置が変わる。

 

今回ならば確実に人が集まっている工場の一角、荒船、柿崎、天音の3人が戦っている場所を狙えるような位置に着く必要があった。

 

しかし、本来なら陣取るべきベストポジションに半崎は着いていなかった。荒船が(というよりチーム全員が)元スナイパーである地木隊オペレーターの真香にベストポジションを見抜かれることを予想し、次善とも言える位置に潜んだのだ。結果としてそれは功を奏し、月守のトマホークを免れることに成功した。

 

トマホークが飛んできた方向に半崎は目を向けるが、そこにあるのは密集して複数の工場が立ち並ぶ地点であり、狙撃で狙うのは不可能な場所だった。

(レーダーで見る限り、狙撃どころか射撃戦自体向いてないくらいの場所か…。そんなところに点取りに行くのはダルい…、ん?なんかあいつ動いてないか?このまま行くと開けた場所に出るな)

居場所が割れる覚悟で荒船を援護するか、移動してる敵が運良く狙えるまで粘るか、開けた場所に出た月守を狙うか。半崎が悩んでいたところで、通路の奥から人影が現れた。

「げっ、諏訪さん」

「見つけたぜ半崎ぃ!」

現れたのはバッグワームを纏って隠密行動をしていた諏訪だった。

 

真っ直ぐな通路で、射程はまだショットガンの外。逃げ道は確保しているが、日頃から動いて射線や射程を確保している諏訪との機動力勝負は正直旗色が悪い。

 

そう判断した半崎は素早く通信で呼びかけた。

『穂刈先輩、そこからオレの援護できますか?』

『キツイな、ここからだと。戦うのか?諏訪さんと』

『ダルいっすけど、逃げ切れないっぽい距離なんで。援護、出来たら頼みます』

援護を頼んだ半崎は素早くイーグレットを構え、同時にバッグワームを解除してシールドをスタンバイした。

通信の間にも諏訪は接近を続けており、すでにショットガンの間合いに入っていた。確実に仕留められてしまう、半崎はそんな致命的な距離に入り込まれる前に、攻撃に出た。

 

 

 

 

諏訪はダッシュで接近し、その視線は半崎と、彼が構えるイーグレットにピッタリと合っていた。半崎同様に諏訪もバッグワームを解除し、半崎が撃った瞬間に急所である頭を守れるようにシールドを展開するだけの状態にスタンバイした。

 

そんな中、構えていた半崎のイーグレットの銃口が動き、諏訪は反射的に範囲を狭めたシールドを眼前に展開した。諏訪としては、これで脳が守れれば儲けもの…、足や心臓が狙われては仕方ないが、それを代価として更に接近して確実にショットガンで仕留めるつもりでいた。

 

しかし、展開したシールドにも、心臓に当たる供給器官にも、足にも、どこにも、弾は当たらなかった。それどころか、銃を撃った時に生ずるマズルフラッシュも、弾が音速の壁を超えた時に生じる音すら、しなかった。

(まさか、半崎のやつ…っ!)

諏訪が1つの可能性に思い至ると同時に、視線の先にいる半崎が小さく笑った。

 

 

 

シールドを展開した諏訪を見て、半崎は内心ガッツポーズを取った。

(よし、諏訪さん引っかかった。ってか、フェイクで確かめといてなんだけど、予想通り頭を守ってたな)

 

接近する諏訪に対してイーグレットを構えていた半崎の脳裏には、前回の戦闘がよぎっていた。撃った瞬間にヘッドショットが来ると予想されてピンポイントで眼前にシールドを展開され、即死必至の1発を防がれた場面だ。

 

否応でもあの場面を連想されるこの状況で、半崎は1つ手を打った。

 

といってもそれは複雑なものではなく、銃口をあたかも撃った反動で跳ね上がったように動かすという単純なフェイクだ。動きだけで音や光は無くとも、一瞬の遅れがミスに繋がるこの局面で入れた半崎のフェイクに諏訪は攻撃が来たと錯覚し、シールドを展開した。

 

展開されたシールドを見て半崎は素早くトリオン供給器官の位置…、心臓めがけて構えて、引き金を引いた。

 

今度は正真正銘、偽りのないイーグレットの一撃が諏訪の心臓めがけて、吸い込まれるように向かい、諏訪のトリオン体を穿った。致命的な一撃と言ってもいい攻撃だったが、

「痛ってぇな!」

諏訪はそう叫んだだけで足を止めず、ショットガンを構えた。

 

半崎の狙いは正確だった。しかし、狙撃とは言い難い状況と、ここで1点を取って無得点で終わらないという諏訪の覚悟、何より咄嗟に半崎のフェイクに気付き次弾が来ることを直感した諏訪がギリギリのところで本命の一撃に反応し、当たる寸前に身体をわずかに捻った。

結果としてイーグレットは供給器官に当たらず、多大なトリオンを漏出させる一撃に、即死だったはずの攻撃を限りなく致命傷に近い攻撃へと変えた。

 

放っておけば大量のトリオンが漏れ出る傷に構わず、諏訪は射程内に捉えたショットガンの引き金を引いた。近距離戦闘に自信を持つ彩笑ですら苦手意識を持つこの間合いのショットガンに、近距離での戦闘手段を持ち合わせていなかった半崎が対抗できる道理もなく、数回シールドで防いだところでそれはひび割れ、避けようの無い散弾が半崎のトリオン体に届いた。

「あー…、こりゃダルい…。あとは頼みます」

2人に後を託す言葉を残し、半崎の戦闘体は限界を迎えてベイルアウトしていった。

 

ベイルアウトの光跡を目で追った諏訪は、内心ガッツポーズを取った。

(しゃあ!とりあえず無得点は避けたぜ!)

ランク戦というシステムは失点するより得点を取ることが優先しなければならない作りになっており、1つの戦いを無得点で終わるというのがかなり厳しいものになることを知る諏訪は点を取れたことに喜んだ。だが、

 

「悪いな、諏訪さん」

 

遠くの工場から諏訪のそのわずかなの停滞を捉えた穂刈が、引き金を引いた。狙撃の一言に相応しいその1発は諏訪のこめかみを居抜き、頭部を貫通して、今度こそ即死の一撃とした。

 

射抜かれた諏訪が素早く頭部を動かし、一瞬だけ目があったような気がしたが、直後に諏訪はベイルアウトとなったため、気のせいだと穂刈は割り切った。

『穂刈先輩、もうちょっと早く撃っても良かったんですけど?』

ベイルアウトして作戦室に戻った半崎が通信で問いかけてきた。

『ギリギリだったんだ、すまんな。お前が撃たれてたんだ、俺が配置に付いたときは』

『了解っす』

 

半崎とのやり取りを終えた穂刈は移動しながらオペレーターの加賀美に尋ねた。

『荒船の援護に向かう、とりあえず。状況を教えてくれ、荒船の』

『わかったわ。今は…』

 

加賀美が荒船が置かれている状況を説明し、穂刈がそれに耳を傾ける、その少し前。見事としか言いようのない狙撃を穂刈が披露した、その直後。

 

「見つけたっ!」

 

バッグワームを纏って工場地帯を隠れながら移動していた猫が、嬉々とした笑みを見せていた。

 

*** *** ***

 

天音が繰り出した旋空弧月に、荒船と柿崎は激しい違和感を抱いた。

 

直感的に2人はその違和感の正体を感じ取ったが、天音は続けざまに攻撃を繋いだ。

 

天音が振るう旋空弧月を、荒船は躱す。

避けるのではなく、躱す。

屋内という狭い場所でありながら、荒船は天音の旋空弧月の間合いの外に出て躱して…、いや、躱せていた。

 

殆どの隊員は、旋空弧月の起動時間を1秒に設定して、15メートルのリーチを得ている。しかし起動時間を調整するとこで得られるリーチは変動し、ボーダー随一の旋空弧月の使い手とされる生駒達人がそれに当たる。彼は起動時間を0.2秒まで絞り、40メートルというブレードにしては破格の間合いを得ている。強力無比な技であるが、起動時間の短さゆえに取り扱いはシビアであり、大抵の隊員はこの技の習得を諦める…、というより、なんだかんだ言いながらも1秒で15メートルというのが、殆どの隊員に丁度しっくりくるのだ。

そのため、旋空を使える弧月使いは、15メートルという間合いに関しては大体感覚で捉えられる。

 

そして15メートルという長さは、屋内においてはひどく狭いものだ。開けたショッピングモールの広場や体育館のような場所ならまだしも、工場という設備の中で15メートルを問題なく振るえるだけの場所など、そうそうない。にも関わらず、天音が振るう旋空弧月を荒船は躱せている。部屋一杯に広がり、建物を切り刻んで破壊してしまうはずの旋空弧月を躱せている。

 

なぜか。

 

それは()()()()()()()()()()()1()5()()()()()()()()()()()()()()()

 

「旋空弧月」

 

淡々と呟いて天音が振るう弧月は、リーチが拡張され荒船と柿崎に襲い掛かる。横に薙ぎ、返す刃が柿崎に標準を合わせて向けられ、荒船は天音の視界から外れるように動いて、その弧月の軌跡を観察する。

 

2撃目を防いだ柿崎に天音は動いて距離を調整しつつ斜めに切り上げる斬撃につなぎ、そのまま振り下ろして素早く腕を引く。引ききった後に手首を捻って斬撃を継続させて周囲まるごと薙ぐような大振りを放ち、それの反動を乗せた突きで連続攻撃を終えた。

 

天音は今の旋空弧月が起動している間に、6度剣を振るった。

 

1秒間に6回も何かを振り回すというのは、簡単なことではない。闇雲であったり、決まった動きならまだしも、相手のリアクションを見て適切な選択をしながら6回の斬撃は、人の反応速度が追いつかない。

 

にも関わらず、天音はその連続攻撃をやってのけた。

 

そして二度の攻撃を経てその仕組みに確信を持った柿崎と荒船は、

(天音ちゃんは起動時間を…)

(2秒近くまで伸ばしてきたか)

同時にそう思った。

 

天音が旋空を起動しながら6連続の攻撃を可能にした理由は、単に1秒の起動時間を2秒に伸ばしたからだった。反面リーチは大きく失うが、それでも旋空を起動していない状態の弧月に比べれば十分優位が取れるリーチである。

 

仕組みを看破したが、それを破る手段を2人はすぐに打てなかった。

柿崎は天音の旋空を見て、素直にリーチの外からの攻撃をしようと思った。柿崎には旋空やアサルトライフルによるアステロイドやメテオラなどの中距離攻撃のための手札があったが、それらを柿崎は使えなかった。使おうにも天音の攻撃の標準は柿崎に寄っており、切り替えるタイミングや攻撃の出所をとことん潰されていた。

その点荒船は柿崎よりもトリガーを切り替える余裕があったが、イーグレットやアイビスを使うためには弧月を手放さねばならず、この近距離でその選択をするのは躊躇うものがあった。普段ならば荒船も旋空をセットしているが今回はアイビスをセットしたため、外している。中距離攻撃手段を持っていない荒船は、天音旋空を掻い潜るしか攻撃手段は無かった。

 

(…掻い潜るしか、ないな)

やると決めた荒船はタイミングを計る。

天音は旋空を終えてからワンテンポ開けて状況を見てから旋空を再度起動することを繰り返している。柿崎に意識を割きつつ荒船に注意を向けているが、それでも隙がないほどではない。正直それが出会い頭の時と同じで意図して作られたものに感じられなくもないが、独走する地木隊を止めるためにも、数で優位を取っている今、勝負に出るべきだと荒船は判断した。

(旋空の合間と、天音の注意が俺から離れた瞬間が重なった時、迷わず突っ込むかしかねえか)

 

荒船が作戦を立てると、遠くでベイルアウトの音が続けて響いた。

『荒船くん、半崎くんがベイルアウトしたけど、すぐに穂刈くんが狙撃して諏訪さんを落としたわ』

『わかった』

加賀美が教えてくれた情報に手短な返事を返して、荒船はタイミングを計る。

 

天音の斬撃を避けつつ、意識と旋空のインターバルが重なる一瞬を荒船は探る。数回の旋空を経て、そのタイミングは訪れる。天音の弧月の振り始めと同時に視線が完全に柿崎に向いた瞬間、荒船は突撃をかけた。荒船が思い描いた理想的な状況とタイミングだったが、天音はそれに反応した。

 

意図して作られた隙だったのか、荒船の闘志を天音が捉えたのか、攻撃予知のサイドエフェクトが働いたのか。兎にも角にも、天音は荒船が踏み込んでから身体を反転させつつ左手に持っていた弧月を手放して迎撃を可能にした。

 

 

 

 

そこから天音が見せた対応は常識外れなものであり、後日、本人も、

「なんで、できたか、分かんない、です、けど……。多分、絶好調、過ぎたの、かなと。…もう一回って、言われても、出来ない、ですし……。あ、でも、お母さんなら、出来るかも、です。お母さんから、聞いた技、なので」

と語った。

 

 

 

 

踏み込みながら放たれた刺突を見て天音は右側にわずかに避けつつ、右手で腰につけていたワンタッチで取り外し可能な弧月の鞘を外して逆手で持ち、荒船の繰り出す突きの軌道に合わせて構えて()()()()()()()()()()()()()

「は?」

目の前で起きた信じられない出来事に荒船はフリーズしたが、天音は止まらない。フリーな左手で鞘の先を突き上げるのと同時に鞘をしっかり握った右手を真下に引き下げて荒船の手から弧月を奪い取る。そのまま右手を下にスライドさせて弧月の柄を掴み、左手で持った鞘を引き上げて投げ捨てた。天音の挙動の速さを物語るように遅れて『トリガー臨時接続』の音声が流れ、数瞬前に放っておいた自身の弧月を左手で掴み取り、まるで始めからこの装備だったと言わんばかりに自然と二本の弧月を構えた。

 

常識外れな動きと方法で武器を奪われた上に、より近距離に特化されたスタイルに変化した天音を見て、荒船は弧月を再度展開しながら、引き攣った笑みを見せた。

「…まさかとは思ったけど、これは化け物すぎるだろ…っ!」

誰にも聞こえない声量で呟いた荒船は数歩後ずさった。背後にあるのはメテオラとトマホークで壁を破壊された広い穴であり、当然外に繋がっている。そのため、外の動きが見えていた穂刈が、荒船に警告を促した。

『荒船!飛べ、中に!来てる!月守がっ!…って、来たか、地木!』

警告の声と重なり、外からのトリガーを展開した音と、グラスホッパーを連続して踏む音が続いた。

 

荒船が慌てて後ろを振り向くと、残った隻腕に先にキューブを展開した月守の姿があった。

「ハウンド!」

跳躍しながら月守はハウンドを放ち、荒船はそれを避けながらシールドを展開して工場の奥の方に後退していった。天音はそこに追撃せず、工場に降り立つ月守の隣に並んだ。

隣に並んだ天音に一瞬視線を向けて、月守は尋ねた。

「あれ?神音、右にも弧月セットしてたの?」

「あ、これ、荒船先輩の、です」

「盗ったの?」

「…借り、ました……」

 

敵を前にして繰り広げられる緩い会話に荒船は苛立ちを覚え、隣にいる柿崎に声をかけた。

「ザキさん、ここだけは共闘してこいつら倒しませんか」

「乗らせてもらう」

迷いなく答えた柿崎に、荒船は少しの意外感を覚えた。声や迷いのなさに、なりふり構わない勝ちへの思いが満ちていて、温厚な柿崎から普段は感じ取れない闘志があるように思えた。

 

天音と月守がすぐに攻めてこないのを見て、荒船は続けて問いかける。

「珍しく好戦的っすね。何かあったんですか?」

質問に、柿崎は間髪なく答える。

 

「勝ちたいって思って、それに向かって手を尽くして、選ばないことは、悪いことか?」

 

と。

 

これまた柿崎に似つかわしくない答えであり、そのまま柿崎の言葉が続く。

 

「俺はもう、あいつらが不当な評価をされるのが嫌なんだ。もう、下位にだけは落ちたくない。それだけだ」

 

前回の試合、柿崎隊は下位グループでの試合だった。点数的には中位にいてもおかしくない得点を得ていたが、今季より参戦した地木隊と玉狛第二がラウンド1で大量得点したことにより上に行かれて、落とされた形で下位に甘んじた。

 

戦った上で点が取れずに順位が下がるならば、まだわかる。そしてその上で戦った内容について言われてしまうなら、それもまだわかる。だが、自分たちよりも良いパフォーマンスをしたチームの間接的な要因で順位が下がったにも関わらず、自分たちの力不足のような意見があったのが、彼の心に暗い何かを落とした。直接言われたわけは無い、単なる噂の1つという程度のものだったが、それでもそういう声があったのは事実だった。

 

だから柿崎は、この試合にだけは何が何でも勝つ気で臨んだ。

今まで築いてきたものを曲げてででも勝つ気で、彼はこの試合に出ていた。

 

荒船は柿崎の心のうちの全てを知るわけではない。それでも、柿崎が口にしたことが隊を率いる者ならば誰しもが思い願うことであり、それ故に彼の思いを汲んだ。

「いえ、何にもおかしく無いっすね」

「だろう?…さてと。じゃあ荒船、やるか」

「ええ。…ちょいと生意気なこいつらに、一泡吹かせてやりましょうか!」

弧月を構えた荒船は天音に向かって踏み込み、柿崎はトリガーを切り替えてアサルトライフルを展開して銃口を月守に向けた。

 

2人の動き出しは、急造とは思えないほど動きがあったものであり、勝ちを掴みかけたと思っていた月守と天音の気持ちを引き締めた。

「神音、やるよ」

「はい、りょうかい、です」

それだけ声を掛け合い、油断なく2人を迎え撃った。




ここから後書きです。
とりあえず書いてて、神音やべぇなってなりましたけど、多分それよりも神音母がやばい。
2018年も、読んでくださる皆様に大変お世話になりました。
2019年もまた、本作を読んでくださることを願って今年最後の更新とします。と言っても多分、これ読むのほとんど2019年ですよね(笑)。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。