ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

86 / 121
第80話「加速する戦場」

開戦直後に、とにかく1人倒す。そう事前に打ち合わせしていたとはいえ、天音の笹森撃破の早さは流石に予想外だった。

 

『絶好調かも、じゃないでしょ!しーちゃん!!』

 

「『ふぇ?』」

報告に対して帰ってきた真香の荒い声に驚き、天音の口から思わず気の抜けた声が出てきた。

『こっちから散々呼びかけても通信切ってたから連絡取れなかったし!そもそもしーちゃん、今どこにいるか分かってる!?そこフィールドのど真ん中!危ないからさっさとバッグワーム展開して移動しなさい!』

 

「『う…、わかった…』」

真香に窘められ、天音は素直にバッグワームを展開する。しょぼんと意気消沈する姿からは、とても単騎でアフトクラトル最精鋭と渡り合った隊員には見えない。

 

天音がバッグワームを展開しきったと同時に、

「神音ちゃん見っけ!」

見慣れた黒い隊服に身を包んだ彩笑が重力を感じさせない軽やかな動きで天音の隣に降り立った。

 

「神音ちゃん、まずは移動しよっか!あの辺とかあの辺とかあの辺とかから荒船隊が狙ってるかもしれないし、そうじゃなくても目立ってるからね!」

 

「りょうかい、です」

天音に続きバッグワームを展開した彩笑は周囲をキョロキョロと見渡したあと、巨大な煙突と大量のパイプで繋がれている建物を指差してから移動を始め、天音もそれに続いた。

 

軽量系攻撃手ならではの圧巻のスピードで移動しながら、彩笑は真香へと通信を繋いだ。

『真香ちゃん、ひとまず大っきい工場の中に入ればいいんだよね?』

 

『はい。入ってしばらくはバッグワームを展開したまま、隠れてて下さい』

 

『オッケー!でも、しばらくってどれくらい?ボク、トリオン少ないから、あんまり長い時間バッグワーム使うのは厳しいよ?』

彩笑はバッグワームを展開しながら軽い口調で冗談めかして言うが、彩笑のトリオン量は正隊員ワーストファイブを争うレベルであり、割と深刻な話題であった。

 

『相変わらずトリオン少ないのな』

彩笑の質問に答えたのは月守だった。無意識にだが彩笑は月守の声を聞くと同時にニヤリと笑い、そのまま楽しそうに言葉を回線に乗せた。

『少なくて悪かったね!ってか、咲耶の方はどう?最初の方はなんか動き止まってたけど…』

 

『柿崎隊が何をしたいのか読めなくて考えてたんだよ。でもこれ、考えても分かんないタイプのものだなって思ったから考えるのはやめた。今は柿崎さん追いかけてる』

 

『ザキさん先輩見つけたの?』

 

『見つけた。どうも柿崎さんの動きを見てる分にはこっちに攻めてくる感じは無いから、諏訪隊狙いかな』

 

『諏訪隊狙い?すぐに始まりそう?』

 

『いや、まだ距離はあるし、今はまっすぐ工場に向かってる。あとついでに、柿崎さんから少し離れたところでチラチラとバッグワームの端が見える時があるから、それが多分、虎太郎と照屋』

 

『あー、柿崎隊もう揃ってるんだ。出遅れちゃったね』

会話をしながらでも移動を続けていたため、2人は目的の工場に辿り着いた。安全そうな物陰に身を隠し、周囲に敵の気配がないと判断した彩笑は背中を壁に預けた。

『さてと…。真香ちゃん!今の状況を、ざざっと説明して!合流と移動に気を配ってたから、イマイチ全体がどうなってるのか分かんない!』

たはは、と笑いながら質問をされた真香は釣られて小さく笑ってから全体の状況の説明を始めた。

『まず、開戦と同時に5人がバッグワームを展開しました。恐らく荒船隊と柿崎隊2人です』

 

『キト先輩とポカリ先輩とハーフザッキーとこったんとてるるんがバグワってるんだね!』

 

『月守先輩。暗号解読お願いします』

 

『多分、荒船先輩と穂刈先輩と半崎と虎太郎と照屋がバッグワーム使ってるんだね、って言ってるんだけど…、荒船先輩だけ由来が分からん』

 

『下の名前の漢字から文字抜き出して、祈る人でキト先輩!』

彩笑はドヤ顔で言うが、

『…彩笑。「哲次」の「哲」に入ってるのは「折る」と「口」だ。祈るじゃない』

思いっきり漢字の読み間違いをしていた。

 

『うぇ!?違ったっけ!?』

動揺する彩笑に向けて、申し訳ない気持ちはありながらも、真香が追い打ちをかける。

『ぱっと見、似てますからね。でもテストだと間違いなく減点です』

 

『ふえぇぇ…。真香ちゃん、試合終わったら荒船先輩に謝りに行くから、付いてきてー』

駄々っ子のように懇願する彩笑だが、

『真香ちゃん、付いて行かなくていいから。彩笑一人で行かせる』

手厳しく月守が窘め、

『咲耶の鬼!悪魔!』

テンポ良く彩笑は反論した。その姿を隣で見ていた天音は、

(…怒ってる、子猫、みたい…)

弧月の柄に触れたまま、ぼんやりとそんな事を思っていた。

 

脱線した会話を真香は咳払い1つで元に戻し、現状の説明を続けた。

『バッグワーム使ってるのでレーダーでの確認はできませんけど、月守先輩が見た分には柿崎隊は合流が完了、諏訪隊もベイルアウトした笹森先輩は居ませんけど合流完了、そして恐らく荒船隊も既にそれぞれが狙撃地点に潜伏してると思います』

 

『ふむふむ。ボクら以外はもう、どこも戦闘態勢バッチリなわけね。荒船隊の位置予測は?』

 

『それが…、一斉に5人もバッグワーム使われたので、絞りきれませんでした』

 

『そっかー、まあそれならそれでオッケー!あれ?真香ちゃん、レーダー見てると、諏訪隊とザキさん先輩も、もうこの工場に入ってきてない?』

 

『そうです。どうやらどちらも…、というか私達もですけど、荒船隊の狙撃を警戒して屋内戦を選びました。レーダーの反応もだいぶ近くなりましたし、間も無く両チームぶつかります』

 

『3チームで屋内戦かー…。まあ、外は雪に足元取られるから動くのに気を使うし…。…ぶつけた鼻痛い…』

 

『ああ、もしかして、合流前に聞こえた「ぷぎっ!」って声と激突音って…』

 

『咲耶!いちいち言わないの!』

一言も二言も余計な口を挟む月守に彩笑は憤慨し、それを聞いていた真香は話が幾度となく脱線する2人に対して呆れ混じりの笑い声を届かせた。

 

そして現状を把握したところで、会話を聞くことに徹していた天音が意見を出した。

『えっと…、柿崎隊と、諏訪隊、挟みます、か?』

 

『挟む…。ああ、なるほど。こっちは合流しないまま、俺が仕掛けて、その隙に2人が背後に回って叩くってこと?』

 

『そう、です。分断、してるなら挟み撃ち、しやすいかなって…。どう、ですか?』

天音の問いかけに、月守は苦笑い混じりで、それでいてどこか戯けた様子で答えた。

『俺は有りだと思うけど…、今回の作戦は真香ちゃんに任せてるからね。…さて、どうしよっか?』

試すような月守の言葉を聞き、真香は小さなため息を吐いた。

『基本は、しーちゃんの案で行こうと思います。両チームが戦闘を始めた所で挟み撃ちをかけましょう。ただ、狭い場所なので諏訪隊のショットガンがかなりの脅威ですが…、月守先輩、メテオラの地形変更か、マップに合わせたバイパーで揺さぶってください。出来ますよね?』

 

『出来るよ』

指揮官のオーダーに月守は即答で肯定し、真香は無意識に頷いてから次の指示を出した。

『わかりました。では、月守先輩もバッグワームを展開して工場に潜入、地木隊長としーちゃんは移動していつでも仕掛けれるような距離まで接近してください。建物の中ですが、窓や壁が薄い所は壁抜きスナイプの可能性があるので警戒していてくださいね』

 

『『『了解』』』

指示と警告を受けた3人は声を揃えて答え、一斉に行動に移った。

 

 

 

 

 

(バッグワーム、オン)

サブ側にセットしたバッグワームを展開しながら、月守は考える。

(真香ちゃんの判断に不満は無い。俺が考えても同じように指示を出すだろう。出すだろうけど…、なんか嫌だな)

レーダーに映らないステルス状態に移行し、指示の通りステージの中で1番大きなメイン工場に忍び込む。

(仕掛けた側の柿崎隊は、こうなる事も読んでるはず。きっと今は、向こうが書いた筋書きの上にいる…。だからどこかで、それを壊さなきゃな)

一松の不安と決意を抱いたところでレーダーに目を向けると、柿崎隊と諏訪隊だと思われる2つの反応が、今にもぶつかりそうなほど近づいていた。仕掛けるタイミングに遅れないよう、月守は急ぎつつ、それでいて物音を立てずに接近していった。

 

*** *** ***

 

彩笑と天音が工場に潜入したことを区切りにして、武富がどこか安堵したように口を開いた。

『地木隊に続き、諏訪隊、柿崎隊も工場内に侵入していきます。どうやら荒船隊を除く3チームは屋内戦を選んだようです』

 

『順当だと思います。私もよくやりますけど、射撃全般を避けるのに建物を盾にするのは確実な手段の1つですから』

 

『そうですね。チームにスナイパーが1人でもいれば、誰かを囮にしてカウンタースナイプを狙うのも手ですが…。3チームともスナイパーは居ませんから、こういった形の対策になりますね』

 

那須と烏丸からそれぞれ現状に対する意見を聞けたところで、武富は目まぐるしく動いていた序盤を振り返り始めた。

『今はどのチームも相手の出方を伺っているような状態ですが、出会い頭では天音隊員と笹森隊員との一騎打ちがありましたね。今回の試合が復帰戦だとは思えないほどの動きを見せた天音隊員ですが…、同じ弧月を使う烏丸先輩から見て、天音隊員の動きはどうでしたか?』

 

『かなりのものだと思いますよ。弧月使いとしてあそこまで速さを出せるのはそうそう居ませんし…、笹森の対応を見る分には攻撃もかなり重そうでした。あの動きがマグレでは無いなら、上位ランカーでも手を焼いてもおかしくないですね』

高評価な烏丸のコメントを聞いて会場のギャラリーが騒つく中、那須が不思議そうな表情を浮かべた。

『動き自体もそうですが、天音隊員は小柄なのにあんなに重い攻撃を持ってるのは凄いですね。あれは…、身体全体を上手く使っているからでしょうか?』

 

『そうですね。腕だけではなく、全身の動きを上手く斬撃に乗せています。アタッカーなら誰しもがやっていることですが、天音隊員はそれが特別上手いですね。以前からそれは上手かったですが、今は一層練度が上がっているように見えるので…大規模侵攻で、よほどいい経験を積んだんでしょう』

烏丸は素直に天音に賞賛の言葉を送ったが、それを聞いた武富は地木隊のみに話題が向かないよう、話の矛先を変えることにした。

『復帰直後にも好調ぶりを見せつけた天音隊員ですが、その一方で開始直後に笹森隊員を失った諏訪隊にとっては大きな痛手となってしまったように見えますね』

 

『痛手ですね。笹森は防御や奇襲の面で諏訪隊の戦術の幅を広げているので、開戦早々諏訪隊はいくつかの選択肢を失いました』

 

『となると、今のところ優勢なのは点数的にリードしてる地木隊でしょうか?』

武富と烏丸の会話に、那須が意見を挟み込んだ。

『点数のリードは地木隊ですけど、誰も欠けずに合流が成功した柿崎隊も気持ち的には優位にいると思います。何より…、今回は柿崎隊が仕掛ける側ですから』

改めて那須が柿崎隊が持つステージ選択権の優位性を主張したところで、まるでそれが聞こえていたかのようなタイミングで柿崎隊が次のアクションを起こした。

 

*** *** ***

工場に忍び込んだ諏訪洸太郎と堤大地は慎重に、それでいて足早に、曲がりくねった迷路のような通路を移動していた。

「ちっ、敵の反応はまっすぐこっちか…。完全に俺らを狙ってやがる」

「狙われてますね。このまま行くと…、部屋とかではなくて、通路でぶつかりそうですね」

レーダーで柿崎隊(柿崎)の動きを確認し、2人は戦闘の用意を進めていく。

 

メイン武装であるショットガンを展開し、サブ側ではいつでもシールドを張れるようセットしたところで、諏訪がもどかしそうに呟く。

「あの反応が誰なのかハッキリしないところが辛いぜ。ここで日佐人が残ってりゃ、バッグワームかカメレオンで奇襲に回せるのにな…」

その呟きは通信回線を通しており、ベイルアウトして作戦室にて待機している笹森にも聞こえていた。

『諏訪さん、すみません…。早々に負けてしまって…』

「あー?たらればが出ただけだから気にすんな」

 

笹森にフォローの言葉を投げかけたあと、堤が「しんどいですねぇ」と小さな声で呟いた。

「日佐人をこんなに早く倒すなんて…、今日の天音ちゃんは調子がいいみたいですね。村上くんレベルを想定しましょうか」

「ちょっと高すぎる気もするが、まあ、用心に越したことはねえ。…村上と違って、天音ちゃんには旋空やらハウンドやらの飛び道具がある。初戦でやった村上封じゃ、対抗できねえな」

「ランカークラスの近接戦ができて、中距離にも対応…。そこに地木ちゃんや月守くんも加わるとなれば、厄介ですね」

 

マップとレーダー位置を照らし合わせて柿崎隊と戦闘になりそうな地点を予測して備えていた諏訪だが、その予測に地木隊の姿がよぎり、思わず悪態をついた。

「あーもう!めんどくせえ!敵になればこんなに厄介になるのがわかってりゃ、1年前に何が何でも天音ちゃんスカウトしときゃよかったぜ!」

「一応、スカウト自体はしましたよね。ただ断られただけで」

「あれは断られてねえ!『ちょっと考えさせてください』だったから保留だ!」

諏訪は保留だと言い張るが天音はその直後に地木隊に加入しているため、結果としては完全に断られていた。

 

現場の2人が話しながら通路を移動している間、オペレーターの小佐野は絶えずレーダーに目を光らせていた。だから逸早く気付いた。2人がL字の通路に入り込み、突き当たる角に達して右に曲がろうとした寸前、レーダーに映っていた敵の反応が消え、その直後に2つの反応が2人を挟み込む形で現れたのだ。

 

『諏訪さん!つつみん!通路で挟まれてる!』

 

咄嗟に出た叫ぶような声を聞き、現場の2人は小佐野が伝えたいことを理解して行動に移った。諏訪は曲がり角の先、堤は今来た道を振り返り、互いに死角をカバーしてショットガンを構えた。

「見えました!照屋ちゃんです!」

「こっちは虎太郎だ!」

諏訪隊が報告するや否や、包囲した柿崎隊は攻撃に出た。

 

照屋はアサルトライフル、虎太郎はハンドガンの銃口を諏訪と堤に向けて引き金を引く。狭い通路に銃声が反響し銃弾が容赦なく襲いかかるが、諏訪と堤は事前にセットしていたシールドを冷静に展開してそれを防ぐ。防御を確立させた諏訪隊は反撃に転じる。円形に展開したシールドの一部を湾曲させ、そこから銃身を突き出しそれぞれが相手に向けてアステロイドを放った。

 

狭い通路でショットガンにより放たれる散弾式のアステロイドの回避は困難を極める。必然と照屋と虎太郎は回避ではなくシールドで防ぐことを選び、諏訪たちと同じように湾曲させたシールドを展開し、両チームの激突は盾を用いた銃撃戦となった。

 

状況が止まった瞬間を見計らって、諏訪が通信回線を通して、舌打ちを1つした。

『くそ!柿崎が序盤でメンバーを分けてくんのは予想外だ!』

『してやられましたね。どうします?』

問いかけられた諏訪はどう現状を打破するか思考を巡らせようとしたが、考えるより先に確認しなければならないことがあった。

 

『オサノ!直前に消えた反応…、柿崎はどうなった!?』

 

柿崎隊との開戦直前、戦闘らしい物音も、ベイルアウトの音も無かった。そこから諏訪は、レーダーの反応の増減は柿崎がバッグワームをオンにすると同時に、襲撃地点で構えていた照屋と虎太郎がバッグワームをオフにした連携技だと予想した。

 

ならば、今この瞬間にも、どこかから柿崎が攻めてきてもおかしくない。そう考えた諏訪は小佐野に柿崎の位置を確かめさせたのだが、

『隠れっぱなし!柿崎さんはバグワったままだよ!』

案の定と言うべきか、柿崎はバッグワームを解いていなかった。

 

挟撃されていること。

地の利は向こうが持っていること。

こちらはもう増援は望めないが、向こうはまだ戦力を増やせること。

あらゆる要素が、諏訪隊の不利を、柿崎隊の有利を示していた。

 

柿崎隊が優位を取ってる以上、この戦況の停滞はこちらの余裕を向こうに奪われるだけだと諏訪は判断して、突破を計る。

声に出さずに会話できる内部通話に切り替えて、諏訪は堤に指示を出した。

『堤、合図を出したらトリガーを両方シールドにして、俺に付いて来い。前後をシールドで守りながら虎太郎の方に突っ込んでここを無理やり脱出するぞ』

『了解です』

 

作戦を共有した2人は、それを行動に移すためにタイミングを伺う。堤は照屋相手に牽制のような射撃をしつつ時折横に目線を配り、諏訪の動きを見る。そして3回目の目配せをした時、諏訪もまた堤を見て両者の視線が絡んだ。

 

「ここだ!」

「はい!」

 

合図と同時、堤はもう一度牽制射撃をしてからショットガンを解除し、トリガーを切り替えながら素早く後退する。一歩で諏訪の背後に付き、諏訪が展開しているシールドに自身のメイン側のシールドを重ね合わせる。

 

「しゃあ!行くぞ!」

気合いに満ちた声を諏訪が発し、鋭く踏み出す。諏訪はサブ側のシールドを解除してもう1つのショットガンを展開し、堤は諏訪に追従しながら2挺目のショットガンのためにもう一箇所シールドを湾曲させた。

片や両攻撃(フルアタック)、片や両防御(フルガード)の体勢で、諏訪隊は虎太郎に特攻を仕掛ける。諏訪は左右のショットガンを交互に放ってリズム良く攻め立て、堤は前方の虎太郎と後方から追撃をかけて来るであろう照屋を警戒して前後にシールドを展開して防御に徹した。

狭い通路だからこそできた攻守分業での特攻。打破するには強力な一発が必要だが、中距離での攻撃手段がハンドガンのみの虎太郎にはその一発が無かった。

 

行ける。突破できる。

 

諏訪と堤がそう思った瞬間、

 

『動いたな。みんな、次の作戦に移るぞ』

 

4人がいた通路の1つ上の階にいた柿崎が、動いた。

 

今の今まで諏訪隊がいた真上に陣取っていた柿崎は、虎太郎がいる方に向けて諏訪たちが動き出したのをレーダーで確認し、彼らの上方に向けて1発、メテオラを放った。

 

アステロイドとは比べものにならない轟音と共にメテオラはフロアを破壊し、その瓦礫が諏訪たちへと襲いかかる。

「んだよこれ!」

予期せぬ崩落に諏訪は怒鳴ったが、瓦礫そのものはあまり気にしていなかった。トリオン体はトリオン以外で損傷を負うことはほとんどないため瓦礫によるダメージの心配はなく、フロア1枚の一部を破壊した程度の量の瓦礫では埋まる心配もなかったからだ。

 

崩れた瓦礫が足場を多少悪化させることと、一瞬動きが止まる程度の妨害。しかしその一瞬で、柿崎は更なる一手を打つ。しかしその一手は単純明快だが、現状では危険極まるものだった。

 

「よっと」

 

柿崎国治はなんの気なしに、軽々しい風を装いながら、崩落によってわずかに距離が開いた諏訪と堤の間に上の階から飛び降りて割り込んできたのだ。

 

「は?」

「え…?」

予想外の柿崎の出方を見て、諏訪と堤の思考は一瞬止まった。

 

正確に狙う必要のないほど近く、必殺になる間合い。

そこへ柿崎は躊躇なく入り込み、着地と同時に事前に展開していた弧月を滑らかな動きで抜刀して諏訪へと斬りかかった。

 

「…っ!野郎!」

弧月の切っ先が鞘から抜けきったところで諏訪は判断力を取り戻し、咄嗟に半歩下がって柿崎の斬撃を躱した。躱したところで諏訪はショットガンの銃口を柿崎へと向ける。避けようのない超至近距離であり、諏訪にとって勝ったも同然の状態だったが、諏訪は引き金を引くことを躊躇った。

 

(今ここで撃てば、堤にも当たるっ!)

そう、諏訪が向けた銃口の先には当然ながら柿崎がいるが、その向こうにはチームメイトの堤もいる。さっきまではシールドを展開していたが、メテオラでフロアが崩落した際にそれは解かれており、今の堤は無防備だった。

 

柿崎の撃破を優先にしてこのまま引き金を引けば、堤も巻き込んでしまう。すでに笹森を失っている諏訪隊にしてみれば、柿崎隊に囲まれているこの状況で堤まで失うのは大きすぎる痛手だった。

堤に再度シールドを展開させるのが無難だが、再展開するまでに弧月を持った柿崎の攻撃を、瓦礫で足が取られるこの状況で捌き切れる確証は無かった。

 

堤もろとも倒す攻撃を仕掛けるか、安心して攻撃が出来るまで自らを危険にさらして凌ぐか。

 

柿崎が2撃目の攻撃を仕掛けてくるまでの一瞬で諏訪はそこまで選択肢を絞ったが、それを選びきることが出来なかった。

 

諏訪が迷い動きが止まったところを、柿崎は見逃さない。振り切った一振りの流れを止めずに、そのまま2撃目に転じた。

 

確実に攻撃が入るタイミングと間合いで、柿崎は勝ちを確信した。

 

しかし斬撃が諏訪に届く寸前、3人がいた通路の壁が、耳を覆いたくなるほどの爆音と共に破壊された。

 

「っ!!?」

 

その爆撃の余波で柿崎と諏訪は体勢を崩し、期せずして斬撃は逸れて空を切った。

 

3人それぞれ次の動作に移るより早く、壊れた壁から入り込む外の冷たい空気と共に黒い隊服を纏った中性的な顔立ちの少年が通路での戦場へと現れた。

 

「チームをバラしたり、奇襲したり…、色々とらしくないですね、柿崎さん。メテオラで建物壊すのは、俺の専売特許ですよ?」

 

やんわりとした笑みを浮かべた月守咲耶はキューブを生成した右手を前に出しながら、目まぐるしく戦況が動き回る乱戦の場へと踏み込んでいった。




ここから後書きです。

久々の投稿になりました。また長らく時間が空いて申し訳ありませんでした。6月以降はサッカーワールドカップやらプレステ4やら好きな漫画の新刊やら夏の異常な暑さやら三秋縋さんの新作やら夏の甲子園とか色々あって、更新遅れました。これからまたポツポツと投稿していくと思います。

あと少し前に、活動報告の方で天音と真香ちゃんの外見について言及たしたやつを乗っけました。読んでもらえると、2人の姿形についてイメージしやすくなると思います。

本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
次話も頑張りますので、皆さんもこの暑い夏を頑張って乗り切ってください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。