ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第77話「開幕直前」

B級ランク戦ラウンド3昼の部。ずっと後になって『那須隊の大勝負』として語られる戦いが繰り広げられている頃、月守咲耶はボーダー本部の屋上にいた。

 

初めは無人だと思った屋上だったが、そこには先客が1人いた。

「柿崎先輩、こんにちは」

「月守か…。どうしてここに?」

「気ままに散歩してました」

屋上の淵で黄昏ていたのは、今夜地木隊が戦うチームの1つを率いる柿崎国治だった。

 

「隣、いいですか?」

月守が柿崎の横に並びながら尋ねると、

「別に構わない…、というか、もう隣にいるじゃないか」

柿崎は苦笑しながら答えた。

 

青空を一度見上げてから、月守は世間話しのつもりで話しかけた。

「1人で屋上にいるの、珍しいですね」

「まあ、たまにはな…。1人になりたい時とかあるだろ?」

「ありますねえ。彩笑の機嫌が悪い時とかは、よくここに逃げてきますよ」

「あの地木ちゃんに、機嫌が悪い時なんてあるのか?」

少し驚いたように柿崎が質問すると、月守は乾いた声で笑ってから答えた。

「ありますよ。学校で先生に説教食らった時とか、クラスの誰かと喧嘩した時とか…」

「普通な理由だな」

「はい。…まあ、アイツの場合、大抵の不機嫌はポーズなんでその気になれば機嫌を直すのは難しくないんですけどね。それをしなくても、1時間も放っておけばそれなりにネガティブなことを消化するみたいで、アッサリと復活しますよ」

「ああ、それは地木ちゃんらしいな。…ん?ってことは今、地木ちゃんは機嫌が悪いのか?」

「みたいですね。さっき会った時は怒鳴られたんで、今ちょっと距離取ってます。お陰でランク戦を会場で観れなくて残念です」

肩をすくめながら月守はそう言い、それから思い出したように一言付け加えた。

 

「屋上といえば…。あの人も…夕陽さんもよく、1人でここに来てましたね」

「…そうか、あの人もか…」

不意に出て来た懐かしい名前に、柿崎は同期入隊だった夕陽の事を思い出した。過去を懐かしむ柿崎に向けて、月守はかつての隊長の事を語り始める。

「あの人、よく柿崎さんのこと話してましたよ」

「そうなのか?」

「はい。話してた、というか羨ましがってました。特によく話題に出してたのは、柿崎さんと嵐山さんがテレビに出た時のことですね」

「ああ、基地完成3ヶ月の広報イベントか…。でもなんで、その時の事を?」

どちらかと言えば苦い思い出である出来事を羨ましいと言われた柿崎は、不思議そうに尋ねて月守の答えを待った。

 

月守はあっけらかんと、夕陽が羨ましがっていた理由を答えた。

「単に、目立てたから、らしいです。ほらあの人、良くも悪くも目立ちたがり屋ですから」

「なるほど、あの人らしいな」

「ですよね。そんなに目立ちたいなら、嵐山隊に無理矢理にでも加入すれば良かったのに」

「確かに、それが一番手っ取り早い」

話しながら柿崎は当時の広報イベントの事を思い出していた。

 

 

 

 

『次に大規模な侵攻があったら、街の人と家族のどちらを守るか?』

ボーダーに批判的な記者から飛んで来た、悪意ある質問を咄嗟に答えられず、柿崎は言い淀んだ。答えに迷う間に、彼の隣にいた嵐山は躊躇いなく『家族だ』と答えた。

会場の一瞬のざわめきの後、嵐山に記者からの質問が集中した。

 

『いざという時には街を守らないのか?』

『先の侵攻で家族を亡くした人たちのことを考えろ』

 

いい歳した大人が15歳の少年2人に投げかけた容赦ない質問に、柿崎はどう答えても揚げ足を取られると感じ取り、身動きが取れなくなった。

 

(どうすればいい?)

(どう答えるのが正解なのか?)

(どう答えても間違いじゃないのか?)

 

冷や汗とともに自問自答する中…、やはりと言うべきか、嵐山は迷わず答えた。

 

-家族の無事を確認したら、戦場に引き返します-

-この身がある限り、全力で守ります-

-家族さえ無事なら、最後まで、思いっきり戦えます-

 

その答えは柿崎にとって、後にも先にも正解がそれしかないと思えるものだった。そして同時に、それが嵐山准だからこその答えだと悟った。

 

 

 

 

一通りの回想を終えて、意識を現在に向けた柿崎は物思いにふけった。

(あの時、もし俺があの答えを言ったとしても、嵐山ほどの説得力は無かっただろう…、むしろ、さらに難癖を付けられて揚げ足を取られたかもしれない。かと言って…、俺の中にあの場を切り抜けるだけの、説得力がある答えがあるわけでもない…)

 

「柿崎さん、大丈夫ですか?」

思考に没頭して口を閉ざした柿崎に向けて、月守は顔を覗き込むようにして話しかけた。

「ん、ああ、大丈夫だ。少し、考え事をな」

「そうですか」

やんわりとした笑みを浮かべる月守を見て、柿崎は何気ない態度を装って質問した。

「…なあ、月守。もしその…、あの時、夕陽さんがあの広報イベントに出てたとしたら、あの質問にはどう答えてたと思う?」

「質問…、あー、あの意地の悪いやつですか?」

「ああ、そうだ」

「うーん…」

問いかけられた月守は顎に手を当てて考えた。

 

そして数秒後、

「きっとあの人は、答えないですよ。自分の中にある答えをあの場所で言ったところで記者の反感を買うだけだって判断して、すぐに柿崎さんか嵐山さんに丸投げしたと思います」

月守は困ったように笑いながら、そう答えた。

 

「そうか」

その一言を柿崎は疑う事なく受け入れ、小さくため息を吐いた。残念がる柿崎を見て、月守は咄嗟にフォローを入れた。

「まあ、俺は夕陽さんじゃないんで、あくまで予想です。本人に聞くのが、一番確実だと思いますよ」

「…それもそうだな。近々、お見舞いに行くよ」

「行ってあげてください。基本暇してるっぽいんで、きっと喜びます」

月守はかつての隊長が嬉しそうにする様子を頭に思い描きながら、そう言った。

 

夕陽への見舞いを勧められた柿崎は、いつ見舞いに行こうか日程を考える一方、1つの好奇心から月守に問いかけた。

「…ところで、月守ならあの質問にどう答える?」

「俺ですか?」

 

不意にされた質問にも関わらず、月守は迷うことなく答えた。

「あの頃の俺なら、『街の人を守ります』って答えたと思います」

「嵐山とは逆か…。でもきっと、そっちで答えても記者の人たちはきっと難癖つけてきたと思うぞ。『家族を省みなくていいのか』とか、『ご両親に育ててもらった恩は無いのか』とかさ」

「やっぱりそうですよねえ…」

柿崎が予想する記者からの反論を聞いた月守は、自然と笑みを浮かべた。

 

しかしそれは、彩笑が見せるような明るく純粋なものではなく…、擬態していた聖者の仮面を外した悪魔を思わせる、仄暗さとほんの少しの邪悪さを孕んだ笑みだった。

 

その笑みのまま、月守は言葉を続けた。

「そしたら、こう答えてやりますよ。

 

『ご心配無く。僕はあの大規模侵攻の日に、全てを…、血の繋がった家族も、今まで生きてきた証も、何もかも無くしてます。省みる家族もいませんし、両親に育ててもらった恩もありません。だから脇目も振らずに、全力で皆さんを守ります。この身体が動く限り…、最後まで思いっきり戦います』

 

…ってね」

 

その笑みを向けられた柿崎は一瞬戸惑いつつも、すぐに落ち着いて言葉を返した。

「月守ならではの答えだな。あと、お前のそんな表情を見たのは随分久しぶりだよ」

表情を指摘された月守はゆっくり深呼吸をして、それから会話を再開させた。

「あはは、そうですか?」

「ああ。ここ一年くらいは見てなかった気がするな」

「うーん…。特別意識はしてませんけど、多分、神音と真香ちゃんが入隊してきてからは、ほとんどしてなかったんじゃないですかね」

そう話す月守の表情は、すっかりいつも通りのもので、人当たりの良いやんわりとした笑みだった。

 

柿崎はその月守の笑みを見ながら、お節介なのは承知の上で口を挟んだ。

「…月守の事情はわかってるが…、その、家族がいないってのは、言い過ぎじゃないか?」

「んー…、言い過ぎましたかね。でも柿崎さん、きっとあの人は、俺の助けなんていらないと思いますよ?仮にネイバーが攻めてきたからって助けに向かったところで、むしろ、

『君がここに来る意味なんてないよ?』

ぐらいは、言いますね」

キョトンとしながら月守がそう言ったところで、タイミング良くポケットに入っていたスマートフォンが小刻みに揺れた。

「あ、すいません柿崎さん、電話失礼します」

小さく会釈して柿崎に一声かけてから、月守は電話に出た。

 

『もしもし?』

『あ、咲耶?ボクだよー、ボクボク!』

『俺の知り合いにボクなんて名前のチビッコはいないんだけど?』

『嘘つきー!絶対分かって言ってるじゃんっ!』

『あっはっは。なんのことやらさっぱり』

 

電話して来た彩笑の機嫌が回復していたのをいいことに月守は軽くいじってから本題を切り出した。

 

『んで?要件は何?』

『試合、終わったよ!4対3対2で玉狛の勝ち!』

彩笑の要件はランク戦昼の部の結果報告であり、スコアを聞いた月守は首をわずかに傾げて思案した後、予想を口にした。

『鈴鳴が3点で那須隊が2点?』

『ブッブー、外れ!得点は逆で、那須先輩が3点の村上先輩と来馬さんが1点ずつ!』

『那須先輩3点で村上先輩と来馬さんが1点…。那須隊は上手く連携がハマって、鈴鳴は鋼さんが追い詰めた敵を来馬さんが倒したって感じ?』

 

各チームの戦闘スタイルやこれまでの得点傾向から月守はそう予想したが、その予想を聞いた彩笑は電話越しで笑った。

『咲耶、今日は全然冴えないね!那須隊は合流失敗したけど那須先輩は1人で3点取ったし、来馬さんは村上先輩と別行動で1点取ったんだよ!』

『…え、マジで?』

『マジマジ』

『嘘ついてない?』

『なんでそんな頑なに疑うのさ!』

電話越しに憤慨する彩笑に疑惑の目を向けつつ、月守は今一度空を見上げた。

 

『まあ、兎にも角にも試合が終わったんだし、合流しようか』

『ん、りょーかい。お昼食べてから、作戦室ね。試合前の連携確認するよ』

『わかった。んじゃ、後でな』

『はいはーい』

電話を終えた月守は柿崎に視線を向けると、彼もまた正隊員に支給される端末に目を落とし、仲間からの呼び出しを受けていた。

 

柿崎が顔を上げるのを見てから、月守は声をかけた。

「柿崎さんも、仲間に呼ばれたんですか?」

「まあ、そんなところだ。今、こっち向かってるらしいから、俺はまだここにいるよ」

「そうですか」

わざわざ柿崎隊の面々が揃うまでここにいる意味は無いとした月守は両手を組んで伸びをした後、軽やかな足取りで屋上の出口に向けて後ろ向きに一歩踏み出した。

「では柿崎さん。またランク戦で」

「ああ。ランク戦でな」

 

2人の視線がぶつかり、月守は宣戦布告のつもりで、わざとらしい好戦的な顔付きを見せてから口を開いた。

「負けませんよ」

「こっちこそだ。…もう、俺たちは下位に落ちるつもりは無い。俺たちの…、いや、あいつらの正当な評価に相応しい順位まで、行かせてもらうぞ」

 

その一言に、月守は今までとは少し異なる柿崎の覚悟を感じた。

(下位に落ちて、何か変わったのかな…)

月守はその覚悟に敬意を払った。

 

「なるほど、わかりました。…お互いにベストが尽せるような、いい試合にしましょうね」

 

その覚悟を受け取った上で月守はそう言い残し、屋上を去っていった。

 

 

 

月守が去り、再び屋上に1人になった柿崎は、どこまでも広く青い空を見上げていた。

「……街の人を守る、か…」

自然と柿崎は月守とのやり取りを頭の中で反芻し、そして彼をほんの少し羨ましく思った。

 

何故自分が戦うのか。内容は問わず、それを即答できる人間は強い。普段から強くその思いが渦巻き、信念としてその人の中に在るからだ。

 

(肝心な理由はちょっとアレだったが…。月守は嵐山と同じで迷わないで…、それでいて記者を黙らせるような答えを、持ってんだな)

 

ある種の恐怖を思わせる笑みと共に放たれた月守の一言を噛み締め、柿崎は長く息を吐いた。

 

自分とは違い、迷いがない信念を持ち合わせた月守に…、彼が所属する地木隊に勝てるのか。

 

その疑問は、戦う前から負けているような感覚をもたらし、柿崎の心に一筋の不安が差し込む。しかしそれが心を覆い尽くす前に、

「あ、隊長。やっと見つけましたよ」

背後にあった屋上の扉が開き、柿崎隊のメンバーが姿を現した。初めに声をかけた照屋文香に続き、巴虎太郎が柿崎に声をかける。

「柿崎さん、なんでまた屋上にいたんですか?」

その問いかけはさっき月守にされたものと同じであり、柿崎は内心苦笑してから答えた。

「ちょっと空を見ながら空気を吸いたくてな。…俺が屋上にいるのは、そんなに意外だったか?」

淵から降りて、3人の元に柿崎は近寄る。

 

柿崎の疑問を聞いた3人は顔を見合わせて、それを代表する形でオペレーターの宇井真登華が口を開いた。

「屋上にいることより、柿崎さんが1人でいることの方が意外ですね〜〜。いつも私たちとか、スポーツ組とか大学組とか、誰かしらと一緒にいるので」

 

「言われてみればそうだな」

宇井の核心をついた指摘を聞いた柿崎はなるほどと思うと同時に、さっき会った月守も同じことを指摘していたことに気がついた。

 

「…よく見てるな」

思わず口をついたのは月守への一種の賞賛だが、

「いえいえ、それほどでも〜〜」

「隊長のことをきちんと見るのは当たり前じゃないですか」

「どうもです」

それを自分たちへの言葉だと受け取った3人は口々に答えて喜んだ。

 

3人の喜ぶ姿を見て、柿崎は思った。

(…ああ、お前たちは本当にいい奴らだよ)

いかに自分が良いクルーに恵まれているか。柿崎はその事に気付いた…、というよりは、改めて実感した。

 

(俺のことを慕ってくれるこいつらを、勝たせてやりたい。…月守、お前の中にある信念と比べたらささやかなものかもしれないが…、俺はそのために今日、戦うぞ)

 

そうして柿崎は今一度、そのことを強く決意した。

 

*** *** ***

 

太陽が沈み月が空を照らし始めた頃、ランク戦ラウンド3夜の部を始めるために、実況担当を買って出たオペレーターがマイクを取った。

『さあさあ!いよいよランク戦ラウンド3夜の部、中位グループの試合が始まろうとしてます!』

中位グループを担当するのは、ランク戦実況数ぶっち切り1位の竹富桜子だった。

 

もはやランク戦実況と言えば竹富桜子、竹富桜子と言えばランク戦実況、その境地に達しつつある。

『実況はわたくし竹富桜子!解説席にはボーダーが誇る精鋭玉狛第1の烏丸先輩と、昼の部の試合で素晴らしい活躍を見せてくださった那須先輩の2名にお越しいただいております!』

『『どうぞよろしく』』

 

2人が小さく会釈をしたところで、竹富が手慣れた様子で雑談を挟んだ。

『烏丸先輩は支部所属、那須先輩は体調面の都合で今まで解説をお願いしにくいところがありましたが、今回は念願叶ってお呼びすることが出来ました。今日はぜひ、よろしくお願いしますね!』

竹富の言葉に対して、やや間を開けてから烏丸が答えた。

『こちらこそ、よろしくお願いします。ランク戦の解説を担当するのは久しぶりですけど、頑張らせていただきます』

烏丸が丁寧な言葉で言い終えると、那須がどことなく緊張した面持ちで続いた。

『竹富さん、烏丸くん、よろしくお願いします。初めての解説で緊張してますけど、精一杯頑張ります』

 

そうして緊張していると話す那須の様子を、離れた壁側の席に座っている熊谷が不安そうに見つめていた。

「玲…、大丈夫かな」

思わず口をついた不安が聞こえたようなタイミングで那須は熊谷に視線を向けた。あまりのタイミングの良さに熊谷は驚きつつも、那須に向けて口の動きだけで、

(頑張って)

そう伝えると、那須は淡く微笑んで小さく手を振り、

(頑張るよ)

同じように、声には出さずに口の動きだけで答えて熊谷を安心させた。

 

尚この時、熊谷の後ろの席に座っていたC級隊員の少年が偶然にも那須に視線を向けており、その淡い微笑みに心を射抜かれていたのだが、それはまた別の話。

 

 

熊谷とのやり取りを終えた那須は今一度会場を見渡し、素直に思ったことを口にした。

『それにしても…。ランク戦って、思ったより沢山の人がこうして会場に足を運んで、モニターで試合を観てるんですね。席がほとんど埋まっていて、驚きました』

『まあ、そうですね。俺も会場に来ること自体久しぶりですけど、ここまで多かったかな…』

感心したように話す2人を見て竹富は、

(今日満席近くまで埋まってるのは、お二人が解説をやると聞きつけて来た先輩方のファンが多数いるからですよ)

と正直に言うべきか一瞬だけ迷った後、

『土曜日の夜の部ですから、他の時間帯よりは人が集まりやすいんですよ』

それっぽい理由で誤魔化すことを選んだ。

 

普段より数割増しのギャラリーに向けて、竹富は試合の対戦カードを発表する。

『本日のランク戦は、諏訪隊、荒船隊、地木隊、柿崎隊の四つ巴戦です。率直に、この組み合わせをお二人はどう捉えますか?』

率直にと言われた2人は、この対戦カードを初めて知った時の気持ちを思い出し、それをなぞる形で答えた。

『各チームのスタイルがバラバラなので、いかに自分たちの戦いに相手を乗せるか、といった戦いになると思います』

『私も同感です。付け足すなら、相手の戦いをさせない、というのも1つのポイントになると思ってます』

 

烏丸と那須の無難な回答を聞き、竹富はそこから話を発展させた。

『自分たちの戦いができるか、ということですね。そうなるとやはり、ステージ選択権のある柿崎隊がわずかに優位を取ってるように思いますが、それについてはどうお考えですか?』

『確かに、ステージを選んだ柿崎隊は他の隊より動き出しが早く取れるので、そういう意味では優位ですね。ただ傾向として、柿崎隊は仕掛けるというよりは状況が整うのを待つことが多いので、開戦からいきなり飛ばしてくるというのは少し考え辛いと思います』

スラスラと答える烏丸を見て、彼が事前によく予習していることを感じ取り、会場での解説が初めてとなる那須としては頼もしさを覚えた。

 

『那須先輩は各チームの有利不利については、どう思いますか?』

自身の考えを話し終えた烏丸が同じ話題を那須に振り、やや間を開けてから那須は答えた。

『…そうですね。動き出しが早いのは確かに柿崎隊だと思いますし、そこの優位に関しては私も同じ意見です』

『関しては、ということは別の考えもあるんですか?』

言い回しに違和感を覚えた竹富が追求すると、那須はしっかりとした口調で答えた。

『はい。先ほど話した、自分たちの戦いができるかという点においては諏訪隊と荒船隊が、柿崎隊のステージ選択権に並ぶ優位だと思います。両チームともスタイルが特化しているので、一度乗せてしまうと中々抜け出せません』

『普段から試合をしているからこその意見ですね』

同じ中位グループで何度も戦っている那須の言葉には重みがあり、竹富も烏丸も、会場にいるギャラリーも自然とその言葉を受け入れた。

 

『では、残る1チームの地木隊についてはどうですか?』

竹富がここまで触れられなかった地木隊に言及すると、那須は困ったような表情を見せた。

彼らについて、何を、どう語ろうか那須は悩み、言葉を選んで語り始めた。

『地木隊については…。良くも悪くも予想できませんね。前回、地木隊と戦いましたが、あの一戦だけであのチームを図ることはできませんし…。何より今回から、今までお休みしていた天音隊員が復帰します。まず間違いなく、前回とは別物のチームになっています』

話しながら試合開始時間が迫って来たことに気付いた那須は、ほんの少し慌てて自らの意見を、

『…きっとあのチームは、この試合の台風の目になるでしょうね』

そう締めくくった。

 

*** *** ***

 

ボーダー屈指のバイパー使いにして、『鳥籠』の異名を持つ那須に「台風の目になる」と言わせた地木隊は、全員が開戦前にトリオン体に換装して準備万端の状態で待機していたのだが…。ひょんなことから彼らは、試合直前に1つのピンチを迎えていた。

 

「あのね、咲耶。ボクは今、めっちゃ拗ねてるよ」

作戦室にあるミーティング用テーブル(無駄にちょっと高級な北欧製のもの)に腰掛けながら、堂々とご機嫌斜め宣言をした隊長の彩笑に、相方の月守が呆れたような目を向けた。月守は彩笑の機嫌が悪い理由を知っているが、その理由がまたしょうもないものであり、それ故に呆れたような目を向けていたのだ。

 

試合開始までのカウントダウンが始まりつつある中で1つため息を吐いて、月守は彩笑を説得しにかかった。

「新しい隊服が試合までに届かなかったからって、拗ねるなよ」

 

そう。彩笑の機嫌が悪い理由は、先日制作を思い付いた3着目の隊服が、今、手元にないからだった。天音の復帰に合わせて新しい隊服を完成させ、今回の試合に臨もうと考えていた思惑が叶わなかったため、彩笑は試合前でありながら全力で拗ねていた。

 

月守にズバリ理由を言われた彩笑は、プンプンという効果音が見えそうな勢いで反応した。

 

「だーっておかしいじゃん!?デザイン画だってちゃんと描いて提出したし、『完成いつになりますか?』って質問して『土曜日には出来ますよ』ってあのデザイナーさん言ってたのに、まだ出来てないっておかしくない!?締め切り守れてない!」

「まだ土曜日終わるまで6時間くらいあるし、1日のスケジュールを24時じゃなくて30時まで組んでる人だっているから、そのデザイナーさんは嘘言ってるわけじゃないだろ?」

不満を月守はノータイムで裁き、彩笑は負けじと不満を重ねて口にする。

「へーりーくーつ!普通の会社は17時で仕事終わりなんだよ!?その時間までに仕事仕上げてなきゃおかしくない!?」

「それ言ったら一般企業は土曜日と日曜日は休みだし、そもそも彩笑だって土曜日の何時までって指定してないし確認もしてないだろ?」

「うぐっ…!」

怯んだ彩笑を月守は見逃さなかった。

 

このまま容赦無く、正論で殴るという口撃を仕掛けても良かったのだが、それをやった場合今以上に彩笑が拗ねる可能性が多大にあった。いやむしろ、100%拗ねる。

試合を目前にして拗ねるという最悪の事態を回避するため、月守は口撃を中止した。

「…だからまあ、文句を言うのは土曜日が終わってからだろ。今ここであーだこーだ言ってもしょうがないぞ?」

「…それはそうだけど……」

彩笑は尚も不服そうではあるが、ほんの少し冷静さを取り戻した。

 

「ちょっとは落ち着いたか?」

「ちょっとはね。まだ拗ねてるよ、拗ね度71%」

「やけにピンポイントなパーセンテージだな。…それゼロにするにはどうすればいい?」

「んー…、一発ギャグ」

「そういうのは生駒さんか佐鳥に頼め。代わりに…、試合終わったら彩笑が食いたいものリクエストして俺が奢るとかはどう?」

「拗ね度0%!回転寿司で手を打つよ!」

ぱあっとした明るい満面の笑みを浮かべて話す彩笑を見て、月守は彼女の不機嫌さを回復させることに成功したことを心の中で喜び、安堵の息を吐いた。

 

ムードメーカーである彩笑の復調を成功させた月守は小さな声で「よし」と前置きをしてから話題を完全に逸らしにかかった。

「んじゃ彩笑。そろそろ試合前の最終ミーティングやろうか。さっきから真香ちゃんが時間気にしてソワソワしてる」

クスっと月守が笑いながら言うと、今朝方に彩笑の地雷を踏み抜いた事を反省して会話に加わるのを遠慮して、椅子に座って沈黙していた真香がようやく口を開いた。

「べ、別にソワソワしてないです。…えっと、じゃあ…、地木隊長、ミーティング始めても、いいですか?」

「いいよー!いつでも始めちゃって!」

完全に調子を取り戻した彩笑が元気よく許可を出し、試合前最終ミーティングが始まった。

 

「では、ミーティングを始めます。…とは言っても、これ以上打ち合わせすることって多分無いですよね。昨日今日で訓練中、散々打ち合わせしてたので、話すことはもう無いかなと…」

「んー、それもそうだね!よし、最終ミーティング終了!」

 

試合前最終ミーティングは有り得ないほどの早さで終わった。

 

過去最短記録を更新し、今後二度と抜かれることがないであろう早さのミーティングに月守は思わず苦笑いした。

「確かに話すことはもう無いけど、初動だけ確認しようか。戦闘員3人は開戦直後に手早く敵の位置を把握して、1人…、できれば、各チームのキーマンに突っかかること。真香ちゃんは荒船隊の位置を予測しつつ、戦況の把握と対策に努めて。一通り落ち着いたら、状況に応じて真香ちゃんの指示に従うこと」

 

本当に必要最低限の事だけ確認を終えると、真香は不安そうな表情を見せた。

「…あの、本当に私が指揮してもいいんですか?」

「うん、もっちろん!」

疑問形で吐露した真香の弱音に対して、彩笑は椅子から立ち上がりながら、不安を打ち消すような明るい笑顔で答えた。

「今までは真香ちゃんと咲耶で指揮とか分析とか一緒にやってたけど…、前回2人とも、那須隊の作戦に全く同じ予想立てたでしょ?」

彩笑は視線を真香から月守に移しながら、言葉を続ける。

「それで、ボク思ったんだよ。『あれ?2人が全く同じ予想立てるなら、コレ1人でも良くない?』ってさ!」

 

彩笑の出した結論に対して月守と真香は気まずそうな表情を見せた。

真香の表情から僅かにだが不安さが取り除かれた事を察した彩笑は自然な足取りで真香に近寄り、優しい声で語りかける。

 

「不安かもしれないけど…、真香ちゃんはだいじょーぶだよ。ボクは真香ちゃんの指示が、ちゃんとした考えがあってのものだって分かってる。ボクよりずっっと頭がいい真香ちゃんが、一生懸命勉強して、みんなのためにって思って磨いてきたものだから、ボクは真香ちゃんの指示を、信じるよ」

 

手を伸ばせば届く距離まで近づいた彩笑は、今一度、ニコっと笑った。

 

「だから、自信を持って指示出して。ボクたちはそれに、全力で応えるからさ!」

 

笑顔を見せる彩笑の眼差しは真香をしっかりと捉えていて、その言葉は真香に強く突き刺さる。

 

隊長の言葉を受けて、真香は考えた。

 

 

 

今までこんなにも、自分を信じてくれた人がいただろうか。

ここまで自分に何かを、疑いなく任せてくれた人がいただろうか。

 

同時に、

 

今までこんなにも、期待に応えたいと思えた人はいただろうか。

ここまで自分が、誰かのためになりたいと思えた人はいただろうか。

 

そんな疑問が頭をよぎり、すぐに答えが出た。

 

(そんな人は、今までいなかった。今の地木隊長以上に、私を信じてくれた人も、期待に応えたいと思った人なんて、私にはいなかった)

 

 

 

 

一瞬の思考でその結論に辿り着いた真香は、変わらない笑顔を浮かべた彩笑に答える。

 

「わかりました。地木隊長が信じてくれるなら、私は自信を持って指示を出します」

 

そう答える真香には先ほどまでの不安は全く感じられず、吹っ切れたものがあり、

「うん、オッケー!じゃあ真香ちゃん!前の試合の失敗を帳消しにするつもりで、今日は頑張ってね!」

「任せてください。帳消しどころか、貸しを作るつもりでいきますから」

「あっはは!その意気その意気!頼もしいっ!」

2人はそうして、心底楽しそうに言葉を交わし合っていた。

 

 

 

(人を信じることにかけて、彩笑は天才だな)

そんな2人のやり取りを見て、月守は静かに思った。

(相手のことを真っ直ぐに信頼する。裏切ろうとか、逆手に取ろうとか、そんな考えが一切浮かばないくらいの、応える以外の選択肢が選べなくなるような…、いや、応えたいって強く思える。あいつの信頼には、そんな魅力がある)

それは紛れもなく彩笑の才能であり、月守には絶対に手に入らないものだった。

 

そのことを月守は羨ましいと思うが、すぐにそれを頭から追いやった。

(まあ、とにかく…。これで真香ちゃんは大丈夫。問題は…)

月守は視線を横に向けて、隣に座る人物に話しかけた。

「神音…、大丈夫?さっきからずっと喋ってないけど…」

隣に座っていたのは、今日が正隊員として公式な復帰戦になる天音だった。

 

彩笑が拗ねている時も、月守が宥めている時も、ミーティングが始まった時も、真香が不安になった時も、天音はずっと沈黙を保ち続けていた。

 

天音は月守の問いかけに、数テンポ遅れて答えた。

「あ、はい…。えっと…、多分、大丈夫、です」

どことなくぎこちない受け答えに月守は不安を覚え、心配して話しかける。

「復帰戦だから、緊張してる?」

「…緊張…、です、かね。落ち着かないのは、確か、なんですけど…」

自分でもわからない、とでも言いたそうに、天音は小首を傾げた。

 

表情こそいつもと変わらぬ無表情だが、天音が普段と違う状態なのは明らかであり、月守はそのことに直前まで気付かなかった事に対して悔いた。なまじ、ここ数日で見せたリハビリ中の天音の動きに違和感が無かっただけに、いつも通りなのだと思い込んでいたのだ。

 

(どうにかしてあげたいけど…、試合開始まであと1分ちょっとしかない)

 

天音が抱えている心の問題を知り、解決するには、試合開始まで100を切ったカウントダウンでは時間が足りなすぎた。

 

解決することはできない。しかし、このままで良い筈がない。せめて何か一言だけでも、伝えなくてはならない。

 

そう思った月守は迷わず、今天音に伝えたいことを素直に話すことにした。

 

「ねえ、神音」

「はい…。なん、ですか?」

「復帰戦だからってのもあるけど…、無茶だけは、絶対にしないでね。無茶するくらいなら…、試合の勝ち負けとか、戦況とか気にしないでベイルアウトして、いいからさ」

 

だから本当に、無茶だけはしないで。

 

月守が天音に伝えたかったことは、今もなお彼の脳裏に焼き付いて離れない、大規模侵攻の時に見た天音の姿に起因するものだった。

あの戦い以降、天音のトリオン体には手を加えられ、天音1人でASTERシステムを解除することは出来なくなっている上に、万が一誤作動や何かの拍子に解除されてしまったとしてもランク戦は仮想空間による戦闘であるため、天音の身体に負担は何1つかかる事はない。

 

当然月守もそのことは知っている。しかしそれでも…、というより、ASTERシステム如何に関係なく、月守は天音に無茶をしてほしくなかった。

 

月守の心からの懇願は天音にもしっかりと伝わり、彼女は首を縦に振って綺麗な黒髪を揺らして、肯定を示した。

「わかり、ました…。でも…」

そこまで言って天音は不自然に会話を途切れさせ、月守は無意識に言葉の続きを促した。

「…でも?」

 

「…無茶は、しません、けど…。ベイルアウト、する前、に…。月守先輩を…、地木隊長を…、真香を…、みんなを頼っても、良い、ですか?」

 

思いもよらず天音から提案された無茶をしないための条件を聞き、月守は答えるのが遅れた。しかしそれはあくまで驚いたからであり、答えに迷ったわけではない。だから月守は、躊躇わずに答える。

 

「うん、もちろ「あったり前じゃん!神音ちゃんは、みんなに頼っていいに決まってるんだから!」

 

だがその答えは、途中から会話に割り込んできた彩笑に掻き消された。

 

横槍を入れられた月守は、ジト目で彩笑を見ながら口を開く。

「今俺が答えるところだったんだけど?」

「うん、わかってた!」

「わざとかよ…」

演技っぽく肩をすくめる月守を見て、彩笑はクスクスと笑った。

 

そうして彩笑はその笑みのまま、作戦室に暖かな雰囲気を保ったまま、なんて事ないように、それでいて唐突に月守に1つの確認を取った。

 

「3日前の約束、忘れてない?」

 

「守るから安心していいよ」

 

戸惑いも躊躇もなく月守が答える事で彩笑は納得し、

 

「うん!ならオッケー!ノープロブレム!」

 

今日一番の笑顔と右手で作ったグッドのサインを月守に送った。

 

 

2人のやり取りが終わると同時に、作戦室のモニターに表示させていたカウントダウンが60秒を切り、対戦ステージが映し出された。

「ステージ出ましたね。『工業地区』です」

「どこでも射線が通るようなステージじゃないから、荒船隊に照準を合わせた選択かな」

「はい、恐らく。加えてステージ自体が狭めなため合流は容易に出来ますから、柿崎隊としても手早く陣形を整えられるメリットがありますね」

「でもそれは俺たちも諏訪隊も同じなんだよね。単にコレはラッキーって思っていいのか、それとも…」

「何か罠があるかもしれませんね。この時点ではステージの天候までは表示されてないので、もしかしたら那須隊のように天候で仕掛けを仕込んでるかもしれません」

「昼の試合みたいに暴風雨だったら厄介かな。射撃しにくくなるし、足場にも不安が出てくる」

「暴風雨なら荒船隊の狙撃を大きく抑えることができるので、選んでくる可能性は充分にあります」

ステージ1つ見ただけで、スラスラと真香と月守は意見を出して柿崎隊の意図を予想し始めた。

 

そしてそのやり取りを、

「ねえ神音ちゃん。あの2人はどうしてあんなにペラペラって考えが出てくるんだろうね?」

「不思議、です、ね」

頭より身体動かしたい派の2人が、信じられないようなものを見るような目を向けてヒソヒソと話していた。

 

転送まで残り30秒を切ったところで、彩笑が小気味よく1つ、柏手を鳴らした。

「はい!気を抜くのはここまでにして…、じゃあ、行こっか」

1人1人に視線を送り、全員が自分のことを見ていること確認した彩笑はワザとらしく咳払いを入れた。

「えーっと、試合前に1個だけ、みんなに言っときたいことあるよ!」

着々とカウントが減る中、彩笑は試合前最後の激励を飛ばす。

 

「今日戦うチームは、みんな強い!火力とか狙撃とか万能性とか、ボクたちには無い強みを持ってるチームばっかりだけど…、それでも!ボクはこのチームが、どこよりも強いって思ってる!」

 

あわやカウントがゼロになってしまうかと思われた彩笑の激励だったが、

「だから!今日は絶対に勝ちたい!絶対に、勝つ!」

そう言い切って締めくくった瞬間、まるで狙い澄ましたかのようにカウントがゼロになり、3人の転送が始まった。

 

 

 

 

B級ランク戦ラウンド3夜の部、中位グループ戦、開幕。




ここから後書きです。

またか、またなのか、と思われそうなくらいに、久々の投稿になりました。申し訳ありません。

私の生活上、平日も休日も関係なく毎日同じような事を繰り返すような日々が続くので、私にはもう曜日の感覚が無かったりします。周囲の混雑具合で「ああ、今日は人が多いから土曜日か」みたいな感じで曜日を認識したりしてます。この曜日にこれがある、みたいに関連付けるものが無いので曜日の感覚は久しく無くしていたのですが…、最近、日曜日だけは感覚が戻りました。先日、例の悪友と電話してた時にその話になりました。
友「へえ、日曜日だけ…。何と関連付けしたの?やっぱり休日だから?」
私「No。アニメ放送が始まったSAOAGGOだ。レンちゃんが可愛すぎて『レンちゃん可愛いっ!』って言ってる間に日曜日だけは身体が楽しみにしてくれるようになった」
友「………」
電話なので悪友の表情は分からなかったのですが、多分きっと、憐れみとか呆れとか、そういうのが集約しきった表情だったんだろうなと思います。

あと毎度毎度の事になってしまいますが、本作を読んでいただきありがとうございます!更新が無い中でもお気に入り登録や評価をいただけると「よっしゃっ!」ってなります。しんどくても、頑張ろうと思えます。

そしてやっと始める事が出来ましたよラウンド3!書きたい事だらけなので、今まで以上に気合い入れて頑張ります!

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