ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。
作品には一応念のためのつもりで、R-15と残酷な描写のタグつけてましたが、今回はちょっとそこに触れるかもです。


第72話「その涙を見ることに、彼は耐えられなかった」

『しーちゃーん!いつまでやってるのー!?』

延々と続いた天音のリハビリは、外から真香が呼びかけによってようやく止まった。真香がモールモッドのプログラムを停止させたところで、天音がキョトンとした様子で口を開いた。

 

「えっと……気がすむまで?」

『気がすむまでって……しーちゃん、もう延々3時間はやりっぱなしだよ?張り切るのはいいけど、初日から飛ばし過ぎ』

「もう、3時間も、経ったの?」

天音はいつものように無表情で、なんてこと無いように言った。

 

外部からトレーニングルームをモニターする真香は、そんな天音を見てため息を吐いた。

『呆れた。時間の感覚無くなるくらい没頭してたんだ』

「集中してたから、かな」

『その集中力を勉強にも発揮してくれたら助かるんだけどね』

軽く笑いながら紡がれた真香の言葉に、天音は気まずさを覚えて慌てて話題を変えた。

「真香、その……休憩いらない、から、モールモッド、また、動かしてよ」

『まだやるの?やりすぎてもいいこと無いし、今日はこの辺で上がりなよ』

「うー……でも……」

物足りなさそうに駄々をこねる天音だが、その反応を見た真香は1つため息をついた。そして1つ、天音に脅しをかけた。

 

『私の手元にしーちゃんが大好きな苺のショートケーキがあるけど、今すぐ出てこないと食べさせてあげない』

 

「うん分かった、今すぐリハビリ切り上げて食べに行くね」

 

喜んで脅しに屈した天音は普段よりはるかに滑らかな口調で答え、いそいそとトレーニングルームを後にした。

 

 

 

転送されてトレーニングルームから作戦室に天音が戻って来た、その瞬間、

パーンッ!

と、火薬が弾ける音と色鮮やかな紙テープが天音の視界を覆った。

 

「ひゃっ……」

いきなりの出来事に対して流石の天音も無表情を崩して、わずかながらに驚いた表情をみせた。そこへ、

「神音ちゃん!復帰おめでとっ!」

「おかえり、神音」

「待ちくたびれちゃったよー、しーちゃん」

彩笑、月守、真香の3人がそれぞれ手にクラッカーを持ちながら温かい言葉を天音に送った。

 

「地木隊長に、月守先輩まで……。え、でも、なんで」

予想外の出来事に戸惑う天音を見た彩笑はクラッカーをポイっと投げ捨てて(床に落ちる前に月守がキャッチした)、穏やかで優しげな笑みを見せた。

「なんでも何も…。やっとみんな揃ったんだから、お祝いしなきゃだよ」

「お祝い、ですか?」

「そうそう!本当はねー、大規模侵攻のやつとか、特級戦功貰った時のやつとか、神音ちゃん退院祝いとか、ランク戦ラウンド1勝利記念とか色々お祝いしたいことあったんだけど…」

1つ1つを指折りで数える彩笑は心底楽しそうに言葉を続けた。

「今日はそういうの全部!メンバー全員揃ったから、神音ちゃん復帰記念に合わせてお祝いするよ!」

 

屈託無く心底楽しそうな笑みで話す彩笑だが、それを見た天音の心の中には罪悪感が現れた。

(たくさんの、お祝い、あったのに……私が、いなかった、から……)

罪悪感の正体を自覚した天音は無意識に顔を下げ、謝罪の言葉を口にしようとした。

「あの、地木隊長、ごめんなさ……」

しかしそれを言い切る前に、

「はいストーップ!」

彩笑は素早く天音の前に移動し、その口を塞ぐように人差し指を天音の唇に当てた。

 

そうして天音の言葉を止めてから、彩笑はにこやかに笑った。

「神音ちゃん、多分今謝ろうとしたと思うけど!今日はそういうの禁止!ごめんなさいとか、すみませんとか、そういう謝る系の言葉は、今日禁止だからね!」

「き、禁止、ですか……?」

「うん、禁止。これは隊長命令だから!」

自信満々に宣言する彩笑に続き、月守が苦笑しながら補足する形で会話に参加した。

「神音の謝りたいって気持ちは、分かるよ。でも今日はみんな、神音の無事をお祝いしたいから、そういうのはナシにしよう」

「そういうこと!湿っぽくなっちゃうような謝る系の言葉は、全部明日に後回しにしようってことで!」

 

先輩2人に諭され、天音は顔を上げた。

「……わかり、ました」

心の中にある罪悪感は消えたわけでは無いし、きっと明日になったら沢山謝ってしまうと思う。でも2人が言うように、今だけは謝るのを止めようと思った。

 

謝ることが出来なくなった天音は、何を言おうか少し考えた。そうして、1番初めに浮かんだ言葉を素直に選んだ。

 

「ありがとう、ございます」

 

天音の飾らない感謝の言葉を受け取った彩笑は、今一度ニコリと笑った。

「どういたしまして!」

「言わせた感があるけどね」

「咲耶その一言いらない!ノーサンキュー!」

憤慨しながら抗議する彩笑に対して、月守はそれを軽く受け流した。

 

見慣れた2人のやり取りを見た天音は、心の底から安堵した。

(……ああ。やっと……やっと、ここに戻って、これたんだ)

温かい気持ちが天音の中を満たしたところで、テーブルの前にいた真香が手を叩いた。

「はーい、ケーキ切れましたよー。みんなで食べましょう」

「わーい!ケーキだケーキ!」

真香の声につられて彩笑は素早く席に着き、それを見た3人は小さく笑ってからそれぞれの席に座った。

 

少々小ぶりだが、ふわふわな雲を思わせるクリームと色鮮やかな苺のコントラストが映える苺のショートケーキを見て、天音の口元がほんの少し緩んだ。

「ケーキ、本当に、あったんだ」

「その言い方だと、しーちゃん疑ってたんだ」

「うん、ちょっとだけ」

会話をしながら真香は5等分されたホールケーキを一切れずつ皿に乗せて、それぞれの席に配った。

「ありゃ?真香ちゃん、この残った1切れ分は誰の分?」

不思議そうに彩笑が尋ねると、真香はハッとした表情を見せた。

「あー…、つい、いつもの癖で5等分してました。5人家族なので…」

「癖だとしても、丸いのをここまで綺麗に5等分するの凄くない?」

上にあるデコレーション部分で多少の誤差はあるものの、スポンジの体積に限ってはほぼ等しく区切られた5切れのケーキに、彩笑は今更ながら驚きを示した。

 

「この1つ、どうしよう……」

真香が途方に暮れるが、彩笑はすぐに意見を出した。

「不知火さんにあげよっかな。なんか最近、助けてもらってばかりだし。お礼的な意味を込めて。どうかな?」

 

彩笑の提案を受けて、天音と月守は同時に頷いた。

「不知火さんには、今回、たくさんお世話に、なったので……。いいと、思います」

「うん、そうだね。俺この後夜間に防衛任務入ってるから、その前にでも持っていくよ」

残る1切れの処遇が解決したところで彩笑は両手を合わせ、3人もそれに倣い、手を合わせた。

 

「えーと、それじゃあ!神音ちゃんの復帰を祝って!かんぱーい!」

 

景気良く音頭をとった彩笑だったが、それを聞いた月守は思わず苦笑いを浮かべてツッコミを入れた。

「乾杯するなら手を合わせるんじゃなくて飲み物持てばよかったのに」

「あはは、それもそうだね!あれ?というか飲み物は?」

「すみません、準備してませんでした」

率先して動き出す真香を見て、月守は冷蔵庫を指差した。

「飲み物、冷蔵庫の中のココアで良いよ」

「了解です」

冷蔵庫を開けてココアを取り出す真香だが、テーブルでは彩笑が月守に向けて抗議を始めた。

「ちょっ、咲耶!それボクのココアじゃん!」

「これだけ買い込んでるんだし、4本くらいいいじゃん」

「別にいいけどさ!そもそも、咲耶用意してないの?お祝い用のやつ買ってきてって言って、樋口さん1人渡したよね?」

「あー、アレって飲み物も含めてだったんだ。ケーキしか買ってこなかった」

「ケーキだけって……。まあボクの言い方も悪かっ……って待って待って!?咲耶、ケーキしか買ってきてないのに、お釣りさっきので全部なの!?」

「全部。平等院鳳凰堂一軒でお釣りは全部」

「バカじゃないの!?」

「だったら俺に任せないでくれよ」

彩笑と月守との会話からケーキの値段を察した真香は体の動きが止まり、天音は瞳の奥に驚きの感情を浮かべてた。そして3人はケーキを凝視し、

 

(((これ、絶対美味しいやつだ……!!!)))

 

心の中で全く同じことを思った。

 

*** *** ***

 

入院生活というのは退屈との戦いだと、夕陽柾は半年近い入院生活を経て理解した。

 

朝の診察を終えれば、リハビリやらの一部の用事を除けばやることはほとんど無く、食事の時間までどうやって時間を潰すものかと頭を悩ませる。読書やテレビが専らの暇つぶしなのだが、それだけではどうしても飽きてくる。自発的に行動することが制限されているため選択肢が狭いのだ。

そんな入院患者にとって1番の退屈しのぎが、お見舞い客の訪問である。自分が知りえない外部のことを聞けるのは楽しいし、担当医や同室の入院患者と言った慣れ切った面子以外との会話による刺激はことさら脳が喜ぶからだ。

 

そんなことを脳裏に浮かべながら、夕陽は口を開いた。

「オレは基本的にお見舞い客は大歓迎なんだが、貴が来るのはちょっと意外だったぜ」

 

夕陽の病室を訪れていた二宮匡貴は足を組んでパイプ椅子に座りながら会話に応じた。

「ここに来たのは2回目だしな」

「薄情だよなぁ。ボーダーであんなにしのぎを削った中なのにさ」

「お前が競ってた相手は太刀川だけだっただろ」

「慶が一方的に絡んで来ただけだよ。同期だし、入隊前からの付き合いだったからよくバトってただけ。まあ、ポイントは持っていかれ気味だったけどな。あいつ、どうせ今でもバトルジャンキーなんだろ?」

「ソロポイントが4万越えたぞ」

「うっわ!どんだけバトってんだよあいつ!」

 

かつての同僚の武勇伝に驚きながらも、夕陽はかつての同僚であり同級生へと質問した。

「つか、貴はどうなんだ?」

「ソロポイントか?」

「いや、それもそうだけど……。オレが訊きたいのはチームランク戦の方だよ。どうせ、貴のとこは相変わらずB級1位だろうけどさ」

「当たり前だ」

「んで、カゲのとこが2位」

「合ってる。影浦隊が2位だ」

 

B級上位2チームを確認した夕陽は肩を揺らして笑みをこぼした。

「Aにいても十分通用するお前らがトップ2にいるなんて、他のB級上位にとっちゃキツイな」

「かもな」

二宮は静かな声で答えた後、1つため息を吐いた。

「それでもまだ、A級レベルが混ざってる中位グループに比べればまともな方だろう」

中位グループにいるA級レベルと聞き、夕陽は嬉しそうな表情を浮かべた。

「あいつらか」

「ああ。お前が手塩にかけて育てた、地木と月守のチームだ」

かつての部下の顔を思い描きながら、夕陽は答える。

「手塩にかけた覚えは無いな。オレはただ、あいつらをおちょくってただけだ」

戯けた言葉を選んだ夕陽だが、それを聞いた二宮は一瞬だけ眉間にしわを寄せた。

「お前は遊び半分であいつらをあのレベルまで引き上げたのか?」

「さあ、どうだろうな。でもきっと、オレがいなくてもあいつらは今の強さには届いてたと思うぜ。差があるとすれば、それは早いか遅いか……それと()()()()()()()()()()()()()……その2つだ」

 

どれだけ歪まずにいられるか、という言葉を受けて二宮は首を傾げた。

「どういうことだ?」

「うーん……ざっくり言えば、性格だな。あの2人、理由は真逆だけど変なところで脆いというか、不安定だから…。何かの拍子に歪まないか心配してたんだ」

「月守のやつはもう十分歪んでるだろう」

元部下に向けられた辛辣な言葉を聞き、夕陽は思わずといった様子で笑った。

「はは!貴にはそう見えるのか!」

「その言い方だと、お前は違うようだな」

「ああ、違うね。オレに言わせれば、あいつは不器用なだけの優しい奴だ。見返りなんか関係なしに誰かのために頑張れちまう、優しい奴。だけど時々、その辺の制御がおかしくなるだけさ」

 

夕陽の言葉から、二宮は2つの出来事を連想した。

「それは、あいつが起こした2回の暴力事件のことか?」

「違うよ、貴。あいつが起こした暴力事件は天音ちゃんの時だけだ。彩笑の時のやつは……、ランク戦中の事故だろ」

話しながら夕陽と二宮の頭には、当時の事件が鮮明に蘇っていた。

 

*** *** ***

 

チームランク戦の黎明期であった当時、1つのチームが注目を集めていた。隊員の数が今より少ない中で戦闘員4人を揃えている上に、対戦相手の弱みを徹底的に突くという戦闘スタイルのチームだった。個々の実力は平凡なものであったが、弱点を攻めることを徹底した結果、格上の相手を倒すことも珍しくなく、高いトリオン能力という才能を持つ相手をチームで打ち負かすという構図は『やれば出来る』と思わせるには十分であり、隊員や訓練生の中で話題となった。

 

しかしそんな彼らには1つ問題があった。

 

訓練生時代、彼らはいち早く正隊員に上がりたいが為に、手っ取り早くポイントを稼ぐ手段を実行した。特定の訓練生に狙いをつけ、物理的・精神的手段を問わずにソロランク戦のブースに閉じ込めて延々と戦闘を仕掛ける、早い話がイジメである。ブースに閉じ込められた者はいつ終わるかも分からない中、ローテーションで勝負を仕掛けてくる彼らと戦い続けポイントを奪われ続け、時間と共に戦う気力と歯向かう志しを折られた。

彼らはそれを繰り返し4人全員が正隊員へと昇格した。昇格後は彼らのイジメの頻度は落ちたものの、一度覚えた甘い蜜は止められるものではなかった。

 

しかしそんな彼らの仕業に、気付いた者がいた。当時、特定のチームに所属せずフリーの正隊員だった彩笑だ。彩笑は彼らのイジメを止めるために行動に出たが、それが原因で目をつけられ、ターゲットにされた。

「止めて欲しければ、実力でこい。お前が挑み続ける限りは他の奴を狙わないし、ソロランク戦で勝ち越せば、止めてやる」

そう言われた彩笑はそれを信じ、彼ら4人に挑み続け、そしてカモにされ続けた。今よりさらにトリオン量が少なく、短期決戦型の戦闘しか出来なかった当時の彩笑に、彼らはトリオン切れを狙った長期戦を仕掛け続け、ポイントを奪い続けた。

相手が1人だけなら、どうにかなったかもしれない。しかし相手は4人でローテーションを組んで挑んでくるため、度重なる疲労と不得意な戦闘によって精神的な疲労は彩笑の方が早く迎えた。

 

勝ち目がないことなど、誰が見ても明らかであった。事実勝負を挑んだ日、当時の彩笑は為すすべもなく彼らに敗北した。だが、それでも彩笑は折れなかった。

 

ここで自分が折れれば、他の誰かが狙われるから。

彼らは間違ったまま、上に進んでしまうから。

 

それを止めなければと思っていたから、彩笑はその正義感を胸に、折れずに再び戦いを挑んだ。

 

何日も何日も、挑み続けた。

日々の防衛任務や彼らとの戦闘以外でソロポイントを手に入れ、それを勝負賃として何度も挑み、何度も負けた。

彼らは彩笑が挑み続けるように仕向けるために、時折わざと負けたり、負けそうになる演技をして、彩笑に『勝てるかもしれない』という仮初めの希望を与えた。

 

あと少しで、勝てる。

 

そう信じて彩笑は長い間1人で彼らとの戦い続け、緩やかに心を削られていった。

 

そして身も心もボロボロになった彩笑に、ある日彼らは唐突に言った。

「ソロポイントが2000を切ったお前で稼ぐのは、もう効率が悪すぎる。次のターゲットは決めたから、お前との勝負はもう受けない」

と。

 

その言葉は、長い時間をかけて傷つけられた彩笑の心を折るには、十分すぎるものだった。

 

ソロポイントが正隊員降格のラインである1500を間近に控え、膨大な敗北は勝ち方を忘れさせ、信じていた希望は全て砂上の楼閣だった。

 

積み重なったそれらを彩笑は一気に認識し、気付けば本部の中でも人がほとんど来ない所で、1人肩を抱いて泣いていた。

彩笑が負った傷は立ち直るのが困難だと思えるほど深いものだった。放っておけば、本当に心が壊れていてもおかしくないくらいに、深かった。

 

自業自得ではあるものの、そう簡単に自業自得と言って切り捨てられるものではなかった。

 

1人で泣く間に痛みは心を覆いつくし、彩笑の口からは知らず知らずの内に、

 

「…たすけて」

 

という言葉が漏れた。

 

誰にも頼らなかった彩笑が、手遅れ寸前になってようやく助けを求めた。誰にも届かないと思われたその声は、隊長のおつかいでたまたまその通路を通りかかった1人の少年に届いた。

 

「こんなところで、何泣いてんだよ」

 

その少年は、彩笑と同時期にボーダーに入り、訓練生となった。

その少年は、彩笑と毎日顔を合わせては、ソロランク戦を繰り返した。

その少年は、彩笑と共に正隊員へと昇格し、同時に夕陽柾という隊員にスカウトされた。

その少年は、彩笑がソロとして活動する間、夕陽柾と共にランク戦を戦い抜いてきた。

 

そして……月守咲耶という少年は、泣きながら助けを求める地木彩笑という少女の手を取った。

 

*** *** ***

 

それぞれが事件のことを思い出してきたところで、夕陽が沈黙を破った。

「あのクソガキ共がやってた、悪質なポイント集め。その最後の被害者が彩笑だった。それを知った咲耶はブチ切れて……あいつは、オレらがチームランク戦でそのガキ共とぶつかった時に、その報復をした。言葉にすれば、あれはただそれだけの事件だよ」

「何が……ただそれだけの事件だ。ランク戦記録上唯一の没収試合だろうが」

「あ、やっぱりあれ以降、没収試合って無いのか?」

「無い」

きっぱりと断言された夕陽は、起こしていた態勢を崩してベットに横たわった。

「まー、無いだろうな。いくらトリオン体とは言え、対戦相手の両目抉って耳千切って手と足をスパイダーで縛って動き抑えて、拷問まがいのことするような奴なんて、そうそういないだろうし」

「思いつきはしても、ランク戦という舞台で実行に移す奴はいないだろうな。あの頃ら今ほど観戦や実況解説が充実してたわけじゃないが、大勢の観衆にモニターされている前だぞ」

「今思うとヤベー奴だな、咲耶。オレはその試合に出てたから後から聞いたんだけど、何人か試合の途中で出ていったり、気持ち悪くなったりした奴がいたんだって?」

 

面白おかしく尋ねる夕陽に対して、二宮は不謹慎だと言わんばかりに表情を険しくしながらも、問いかけには答えた。

「泣きながら謝る相手の顔面を容赦なく蹴りつけるような場面を延々と見せられたんだぞ。むしろ当然の反応だろう」

「だな。あ、でも1個訂正すると、あいつら泣いてはいたけど謝ってはないぞ。咲耶の奴、あいつらに拷問まがいのこと仕掛けながら謝れって言ってたくせに、いざ相手が謝ろうとした瞬間に顔面、というか口に蹴り入れて黙らせた上で『聞こえねえ』とかほざいてたからな」

理不尽極まりない出来事を夕陽はさらりと語った。

 

当時、観戦室でその試合を見ていた二宮はその時の出来事を思い出し、深いため息を吐いた。

「よくあいつはボーダーを辞めさせられなかったな」

「最初はその方向だったけど…、そこで奴らがやってたことが明るみに出てたんだよ。彩笑が、咲耶にあそこまでさせちまったことに責任感じて、声を上げたんだ。それをキッカケで被害に遭った奴らが団結して上に意見して、咲耶はクビだけは免れたんだよ。キツイ処分はあったけどな」

 

事件の全貌を知った二宮は、足を組み替えてから言葉を返した。

「それを聞けば、地木が頑なに月守を信頼してるのも頷けるな」

「まあな。……あいつらは互いに相手を尊敬してるし、それぞれが相手に恩がある。だから、あいつらの繋がりは強いんだ」

2人のことを思い出しながら話す夕陽の表情は穏やかで、夕陽と彼らの間にも信頼があるということを二宮は改めて感じた。

「……大した信頼だな」

「ああ。目には見えないけど、あの信頼は間違いなくあいつらの強さの1つだ。ランク戦で当たる時は厄介だぜ?」

 

忠告してくるような口調の夕陽の言葉を聞き、二宮は口元に小さな笑みを浮かべた。

「昨日、あいつらの試合を解説したが。あの手際の悪さなら、上に来るのは相当遅くなるぞ」

「ああ、聞いてる。来馬のとこと那須ちゃんのとこに負けたんだろ?」

「誰から聞いた?」

「昨日、望が見舞いに来てくれてな。差し入れてもらった手作りのチャーハンおにぎり食べながら昨日の結果を聞いたよ」

元チームメイトである加古が作ったというチャーハンおにぎりを想像した二宮の背筋に、寒気が走った。

「よく無事だったな」

どことなく心配そうに話す二宮を見て、夕陽は破顔した。

()()()()普通に美味かったよ」

「そうか。だが、昨日のは、ということは……まさか……」

「ああ、察しの通り。たまに外れのチャーハンおにぎりを貰うこともある」

 

愕然とした表情で話す夕陽を見て、二宮は心の中で手を合わせた。

「足が動かないから逃げられないんだな」

「おうよ。差し出されたものは食うしかなくてな。医者からは『食べなければ退院はもう少し早かっただろうに』って言われてる」

「だったら食べなければいい話だろう」

「病院食が続くと違うもの食いたくなんだよ。外れのリスクはあっても、望のチャーハンは食いてえ」

 

明るい声で入院生活の苦悩を話した夕陽は、話題を元に戻した。

「飯はさておき……。貴、あいつらは近いうちに上に行くぜ。昨日望から聞いたけど、上位と中位の境目は今のところ14点で、あいつらは今12点。勝ちチームは生存点込みで大体4、5点取るから、今の8位チームが仮に5点取って19点だったとして、あいつらが必要な点は7、いや、初期順位が最下位だから8点か」

単純な数字の足し引きとは言え、淀むことなくランク戦の得点計算をしていく夕陽を見て二宮は感心しつつも口を挟んだ。

「次の試合、あいつらは4つ巴。相手は諏訪隊、荒船隊、柿崎隊だ」

「動く点は3×3の9で生存点抜きにして6点取れれば、あいつらは上位に食い込めるわけだな」

「6人倒すのは厳しいぞ」

二宮はそう言いながらも1試合で6人倒したルーキーがいることと、地木隊が初戦でそれ以上のスコアを取っていたことには触れなかった。

 

チームランク戦黎明期から戦っていた夕陽には当然、二宮の言いたいことに対して理解があった。

チームランク戦において大量得点が難しいのは、実力に応じて3つの階級に分けられていることと、敵にも味方にもなり得る他のチームがいることだ。圧倒的な実力差があるならまだしも、自分たちと同レベルの相手を倒さなければならないことに加え、倒そうとしていた相手を他のチームに先に倒されてしまうこともある。

 

単純な自分達VS敵チームという構造にならないがための、難しさ。

 

そのことが夕陽の中には知識と経験という形で存在しており、6人を倒す難しさは身をもって知っていた。

 

しかし、それでも夕陽は断言した。

「確かに厳しい。でも動きとコンディションが噛み合った時の咲耶と彩笑は、ボーダー屈指の名コンビだし、そこに訓練生の時点でオレから1本取るレベルの攻撃力があった天音ちゃんが加われば、中位クラスじゃ止められない。だから、あいつらの攻撃が上手くハマれば、6点は不可能な数字じゃないよ」

と。

 

1つの疑いもなく断言する姿を見て、二宮の脳裏に現役だったころの夕陽の姿が蘇った。

 

どれだけ悪い状況でも夕陽柾は決して折れず、いつだって自信に満ちた表情と言葉で味方を鼓舞し、先陣を切って戦場を駆けていた。レイガストを携え勇猛果敢に戦うその後ろ姿を、二宮は共に戦った時は頼もしいと思いながら守ってきた。

 

「レイガスト1つで戦っていた頃と変わらないな。お前がそう言えば、本当にそうなりそうだ……」

 

「うん?何か言ったか?」

 

二宮が呟くように言った言葉が聞こえず夕陽は聞き返したが、二宮は首を振った。

「気にするな、ただの独り言だ」

「そうか、ならいいや」

追求することを夕陽はあっさりと止めたが、その代わりと言わんばかりに1つ提案した。

 

「なあ、貴。1つだけ頼みがある。引き受けてくれるか?」

「引き受けるのは構わないが、それは俺じゃなきゃダメなのか?」

「ダメだ。お前じゃなきゃ、ダメなんだ」

頑なに態度を変えない夕陽を見て、二宮はひとまず話を聞くことにした。

 

「……内容による。とりあえず言ってみろ」

 

「サンキュ。それでな、次にあいつらと対戦した時に……」

 

そうして夕陽柾は、二宮匡貴に1つの願いを託した。




ここから後書きです。

唐突でしたが、書けそうだったので月守と彩笑の過去のお話をちょこっと書きました。本来はもう少し書いていたのですが、お話の大筋を聞いた私の悪友が、
「月守がやってる拷問シーン、もうちょっとマイルドにした方が、いや、してください」
と言うのでその辺り削りました。

本来なら地木隊が美味しくケーキを頂くところまで書くつもりでしたが、キリが悪くなりそうなので、また次話に持ち越しです。最近どうも、苦手だった話の引きや切り方が輪にかけて下手になってきた気が。

いつもいつも、本作を読んでいただきありがとうございます。感想やお気に入り、評価を頂く度に頑張ろう!って思います。これからも本作のご愛読、ぜひお願いします!

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