ランダム機能によって選ばれた最初のステージは市街地Aだった。
(市街地A。この景色からすると、中央よりちょっとだけ北東あたりかな)
慣れ親しんだステージの1つでもあり、彩笑は周りの景色を見ただけで現在地を把握した。
彩笑が自身の状況を把握したと同時に、上空から山なりの軌道の弾丸が無数に飛んできた。
「ハウンドで速攻?咲耶にしては珍し……」
言いながら彩笑は最小限の動作でハウンドを回避したが、外れた弾丸が地面についた瞬間、それが爆発した。
「ハウンドじゃなくてサラマンダー!?」
爆撃をモロに受けた彩笑のトリオン体は大きく損傷し、そこかしこからトリオンが漏れ出ていた。
(頭から合成弾にもビックリだけど、それより合成を完成させるのがいくらなんでも速すぎ……っ!)
傷口を覆うようにスコーピオンを彩笑は展開するが、ダメージが大きく、カバーが明らからに追いついていなかった。スコーピオンの展開と並行して彩笑はその場から大きく飛び退く。サラマンダーによって居場所が割れていることを考えるより先に理解したためだが、
「コブラ」
その彩笑の行動を先読みし、なおかつ死角となる場所に位置取った月守が、アステロイドとバイパーの合成弾であるコブラを放った。
彩笑の着地地点へとピンポイントで放たれたコブラは、小柄な彩笑ですら避けきれる隙間がないほど密集したコースを引かれており、防御も回避もさせずにとどめを刺した。
あっさりと一敗し、ブースのマットに叩きつけられた彩笑だが、すぐに身体を起こしてブース間の通信機能を使って月守に話しかけた。
「さっきまでとトリガー構成どころか、戦闘スタイルも違うね。不知火さんのとこで何してきたの?」
『噛み癖が酷い駄犬と遊んでた』
「あは、答える気は無いってことね。……次行くよ!」
完敗した悔しさから闘志を剥き出しにして彩笑は言い、
『よしきた。かかってこい』
余裕を持った声で月守は答えた。
*** *** ***
「あー、こりゃだめだ。やればやるほど勝てなくなるなー」
「よしよし、だんだんわかってきた」
30戦というキリが良いところで一度勝負を切り上げ、緑川と遊真がそれぞれブースから出てきた。
「遊真先輩さ、なんか戦い方が地木先輩っぽかった」
「そう?ちき先輩から教わった技使ってたからかな」
「かもね。遊真先輩もスピード系だし、地木先輩の戦い方は参考になると思うよ。スコーピオンでスピード系って限定すれば、多分地木先輩が本部で1番だから」
「ふむ。じゃあまた、ちき先輩と手合わせしてみるか」
そうして意見を交わしていると、近くのベンチに米屋、古寺、修、荒船、そして真香の5人が座っているのが目に入り、2人はトコトコと歩いて彼らの近くに寄って行った。
「ねえ、よねやん先輩。今のオレと遊真先輩の勝負、トータルで何対何だった?」
「今の試合か?トータルで21対9だな」
「えーと、それ10本勝負だったらどのくらい?」
「あー……7対3…だな。荒船さん、合ってますよね?」
意見を振られた荒船は迷わず答えた。
「合ってる。というか米屋、そのくらいの計算で不安になるな」
「すんませーん」
頭に手を当てて謝る米屋に向けて小さくため息を吐いた後、荒船は遊真へと向き合った。
「空閑遊真、だったな」
「うん。ゆうまでいいよ、あらふね先輩」
「お、そうか。それじゃ、遊真。今日の試合はしてやられたが、次はこうはいかねえぞ」
「ん、わかった。でも次やるときも、うちが勝つよ」
挑発するような小生意気な態度の遊真だが荒船は嫌な思いはせず、むしろその態度が気に入ったようで口角をわずかに上げた。
「はは、言ってくれるな、遊真。お前みたいな面白いアタッカーに会ったのは久々だぜ。地木のやつが目をつけるのも頷けるな」
「ほうほう、ちき先輩か……」
そうして彩笑の名前が出たところで、遊真はキョロキョロと周囲を見渡した。
「ねえ、あらふね先輩。ちき先輩見なかった?もうとっくにここに来てたと思ってたんだけど……」
彩笑の所在を訊かれた荒船は気まずそうな表情を浮かべながら、モニターの方を指差した。
「地木なら今、ランク戦してるが……。このスコアは、少し意外だな」
「……?」
荒船の言葉に引っかかりを覚えつつ、遊真は指差されたモニターへと目を向けた。するとそこには、戦闘の様子と対戦のスコアが記されており、それを見た遊真は瞬時に荒船の言葉の意味を理解した。
「…なるほど。」
そう言いながら遊真の目線は、激しく息を切らせながら対戦相手である月守を睨みつけている彩笑と、その下に記された、
『8対1』
という大差で彩笑が負けているスコアを、しっかりと捉えていた。
*** *** ***
ランダムによって再度選ばれた市街地Aの住宅地の真ん中に、月守はいた。
「スコアで見れば勝敗はとっくに決まってるけど……まだやる?」
月守の言葉は、近くにてバッグワームを展開して身を潜めている彩笑に向けてのものだった。10戦目開始早々に遭遇した2人は戦いの中でこの住宅地へと移動し、膠着状態へと陥っていた。
状況からすれば彩笑は月守の言葉に答えずにひっそりと行動するべきだったが、あえて彩笑はそれに答えた。
「やるよ……やるに決まってる!」
答えると同時に彩笑は足音を立てず、それでいて素早く移動を始めた。
彩笑とは異なり月守はバッグワームを使わずにいるため、レーダーで月守の位置を把握しながら彩笑は隙を突くべく物陰を移動して回った。
速度を維持したまま、彩笑は思考した。
(やるとは言ったけど、正直今の咲耶は倒せる気がしない。さっきは1勝もぎ取ったけど、あれは完全に偶然だったし……)
だがその思考を遮るようにトリオンキューブを生成する音と分割する音が続けて響き、レーダーに映る月守の反応が動いた。その動きは驚くことに、まるで彩笑の位置が分かっているかのようにピンポイントで向かってくるものであった。彩笑は慌てて距離を取ろうとしたものの、その逃げ道を塞ぐように大量のバイパーが飛んできた。
「ムカつくくらいに冴えてるじゃんっ!」
居場所がバレたため彩笑はバッグワームを解除し、右手にスコーピオン、左手側にシールドを用意してバイパーの迎撃に当たった。大半を回避しながら、避けきれないものをスコーピオンで切り落とし、手が回らなければシールドで防ぎ、彩笑は全てのバイパーを防ぎきった。しかしバイパーの雨が終わると同時に、
「見つけた」
淡々とした声で言いながら、月守が追撃に現れた。
最短のルートで無駄なく間合いを詰めて躊躇なくアタッカーの領域へと踏み込んできた月守めがけて、彩笑は横薙ぎにスコーピオンを振るった。
しかし月守はその一撃を躱さずに剣の軌道に左手を割り込ませ、
「シールド」
その一言と共に手の先に極小のシールドを展開して防ぎ、そのまま最低限のモーションで攻勢に移った。
「アステロイド」
月守は右手に展開したキューブを分割せずに放ち、彩笑はそれをワンステップで躱してから足元にグラスホッパーを展開し、上に跳び民家の屋根に着地した。月守は彩笑を追う形でグラスホッパーを展開して跳躍したが、同時に彩笑も民家の屋根を踏み込み、スコーピオンを構えて月守に肉薄した。
カウンターの要領で攻守を一瞬で入れ替えて空中戦を仕掛けた彩笑だが、
「甘えよ」
月守は呟くように言いながら、彩笑が振るったスコーピオンを空中で身体を捻り無理やり躱し、その右手首を掴んだ。
「ちょっ……!?」
トリオン体とは言え無茶な体捌きを見せた月守に対して彩笑は驚愕したが、月守はそれに構うことなく、彩笑が踏み込んで生じた空中での運動エネルギーと一撃を躱した自身の身体の捻りを合わせて、彩笑の小柄な身体を地面目掛けて投げ飛ばした。
一連の動きは淀みが無く、彩笑は空中での対応が間に合わずコンクリートの地面に激突した。
「痛ったいなあ、もう!」
思わずそんな言葉が口から出るが、月守が空中でトリオンキューブを生成したのが視界の端に映り、彩笑は即座に態勢を立て直してその場を飛び退いた。その動作から一瞬遅れる形で、月守は右手を振るいメテオラをばら撒くように放ち、複数の民家もろとも破壊した。
「………」
月守が無事な民家の屋根の上に降り立って爆煙を無言で見つめていると、その中から彩笑が飛び出し、月守とは別の民家の上に着地した。
睨みつけてくる彩笑に対して、月守は右手をかざした。その右手には小さな穴が複数開いており、そこに一瞬視線を向けてから月守は口を開いた。
「さっき掴んだ時、一旦スコーピオン解除してブランチブレードに切り替えた?」
「そーだよ。さっき試合でゆまちが使ってたの見て頭に残ってたから、すぐに使えた」
「なるほど」
納得した月守は小さく笑った。
その笑みを見て、彩笑は舌打ちをした。
「勝ってるからって、随分余裕そうじゃん」
「余裕ってわけじゃないけど……まあ、気持ちにゆとりはある」
「それを余裕って言うの!」
月守の言葉が癪に触った彩笑は右手に再度スコーピオンを展開し、素早く踏み、跳んだ。空中でグラスホッパーを展開して二足目を踏み、加速した彩笑はレイピア状のスコーピオンを月守めがけて突き出した。
速さはあれども直線的な動きは読みやすく、月守はその刺突をあっさりと躱した。彩笑の攻撃はそこで終わらず連撃を繰り出した。
攻撃のことごとくを躱す月守に向けて彩笑は内部通話を繋いだ。
『咲耶さあ!そんだけ強くてなんで負けるの!?』
『負けるって……いや、今勝ってる……』
『今じゃなくて!さっきのランク戦!!』
言葉に合わせて彩笑の動きがブレたが、月守はあえてその隙を突かずに回避を続けた。
『それだけ……それだけの実力あるなら!さっきの試合負けなくて済んだよ!……勝てなかったとしても……あんな……、あんな情けない終わり方しなくて済んだじゃんっ!!』
『実力って言っても……。これ、不知火さんのところで特訓したから身についたもの……』
月守はどこか申し訳なさそうに答えたが、
「『違うっ!!』」
彩笑はその答えを、喉が裂けんばかりの声で叫び、否定した。
その声に月守は思わずたじろぎ、慌ててバックステップを踏んで屋根から路地に降りた。距離を開けようとした月守だが、彩笑はほぼアタッカーの間合いを保ったまま追跡し、月守に反撃を許さぬまま再度攻撃を仕掛けた。
「『確かに不知火さんのところで身につけたものはあるよ!ボクの知らない動きあったし、見たことない技も使ってた!!』」
言いながら速さが乗った刺突を繰り出した彩笑はそこで一旦手に持ったスコーピオンを解除し、右脚へと再展開して身体を捻り蹴りへと繋げた。
「『だけど!今の咲耶の実力が、全部新しく身につけたものじゃないっ!ほとんどは…、咲耶が元から持ってたものだよ!!』」
月守は剣戟とは違う足技による独特の攻撃を全て避けた上で、黙って彩笑の言葉を受け止める。
「『本当は咲耶、すっごく強いんだよ!!それこそボクが…、必死にならなきゃ置いてかれるくらいに、強いんだよ!!』」
一際大きな薙ぐような蹴りを放った後、彩笑は脚に纏っていたスコーピオンを解き、右手側に最も愛用するナイフ状に再度形成して斬りかかった。容赦無く放たれる下段からの斬り上げを紙一重で躱した月守は、閉ざしていた口を開いた。
「もし彩笑の言う通りなら、俺は今までランク戦とかで手を抜いてたことになるな」
「そうかもしんないけど、そんなのどうでもいいよ!!」
普段彩笑が無意識に保つ最適なリーチより更に入り込み、2人は言葉とトリガーを交わし合う。
「隊長が部下の手抜きを認めていいんだ?」
「どうでもいいって言ってんだろ!!」
荒くなる怒気に同調するように彩笑は強く踏み込んでスコーピオンを振るい、
「手抜きだったのとかは別にいいんだよ!ただ、それで……!それ以上に!そのせいで!!咲耶の実力がちゃんと評価されないのは嫌だよ!!」
涙を湛えた真剣な眼差しで月守の黒い瞳を見据えながら、心からの本音を叩きつけた。
言葉と共に駆り出された一撃はついに月守を捉え、胴体を切りつけ、刃が深く食い込んだ。
血の代わりに噴き出るトリオンには目もくれず、月守は彩笑の右手を掴んだ。しかし投げ飛ばした先程とは違い、しっかりと押さえつけるように手を当て、動きを止めた状態で会話を続けた。
「……まさか、
「3年前のお返しだよ」
「2年半だろ?」
「う…、し、四捨五入で3年前!」
そうしてゴネる彩笑を見て月守は思わず苦笑してから、言葉を紡いだ。
「……悪かった」
「その謝罪はなんの謝罪?」
「諸々だけど……1番は手抜きしてたこと」
「それはどうだっていいって言ってんじゃん、バカ」
彩笑はグイッと体重を月守に預け、刃をより深く食い込ませる。トリオン体の機能により自動的に塞がりかけていた傷口が広がるが、月守はやはりそれに構わず会話を続けることを選んだ。
「でも俺には、謝る以外どうすればいいのか分からなかった。謝る以外に正解はあるとは思ってたけど、どれだけ考えてもそれが見つからなかった」
「だから、謝るの?」
「うん」
「そっか。なら、許す」
「許すんだ?」
「うん。ムカつくけど許す。正解じゃないけど、咲耶が考え抜いた答えがそれなら、仕方ない。許してあげる」
瞳に溜まった涙を零しながら、彩笑は月守に言葉を贈った。
「許してあげるから、1つ約束して」
「守れる範囲で頼む」
「守れるよ。だって……これから先の戦い咲耶自身の価値を落とすようなことはしないでってだけの、簡単なお願いだから」
彩笑の願いを聞いた月守は、少し困った表情を浮かべた。
「簡単だけど、難しいな」
「どうして?」
「それをやろうと思ったら、周りに……彩笑に、神音に、真香ちゃんに遠慮しないで、戦わなきゃいけないから」
「うん、いいよ。遠慮しないで、咲耶がやりたいようにやっていい」
「お前はともかく、神音と真香ちゃんに嫌われるかも……」
「はー?2人とも、とっくに咲耶の性格悪いことなんて知ってんだから、今さら嫌われないよ?」
小馬鹿にするような態度の彩笑を空いた左手で小突いた後、月守は心から安心した表情を見せた。
「……わかった。ならそれ、約束するよ」
「破ったら、咲耶のある事ない事を学校とボーダー中に言いふらす」
「おいこら」
「大丈夫でしょ?だって破る日なんてこないんだから」
悪戯っ子のような笑みを浮かべる彩笑を見て、月守はため息を吐いた。
「……約束守るから、俺からも1ついいか?」
「守れる範囲でお願い」
「ああ、だったら問題ないな。……いつも笑っていてほしいっていう、いつもお前がやってることだから」
「あはは、そんなんでいいの?」
「できるか?」
「よゆ……気持ちにゆとりがある!」
「それを余裕って言うんだよ」
さっき使った言い回しを月守が返されたところで、傷口から漏れ出るトリオンが枯渇し、全身にひび割れが広まり始めた。
「限界だな」
「いえーい、ラスト勝った」
「スコアは俺が圧勝だろ」
「終わりよければ全て良し!」
自信満々にそう言い放つ彩笑を見て、
(やっぱ、こいつには敵わないな)
月守がそう思ったところで、
『戦闘体活動限界、ベイルアウト』
今日、何度も何度も聞いた無機質な音声が、響渡った。
後書きです。
唐突に勃発した喧嘩は、唐突に仲直りして決着です。
そしてやっとラウンド2が終わりました。次からようやく日にちを進められます。
本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。
これからも引き続き、地木隊を描いていきたいと思います!