ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。

今回のお話で、不知火さんのぶっ飛びっぷりが伝われば幸いです。


第60話「ケルベロス」

月守の視界が戻ると、そこは街中の景色が広がっていた。

 

(市街地系のステージ……だけど既存のものじゃないな)

周囲を見渡してステージの把握に努める月守だが、記憶にあるステージと符合せずに軽く戸惑った。そこへ、

『あ、あー。テステス。やあ月守、聞こえてるー?』

やたら陽気な声で、不知火からの通信が入った。

 

しぶしぶと言った様子で月守は耳に手を当て、通信システムを起動した。

「聞こえてます。音声クリアです」

 

『おっけー、こっちもクリア』

 

「なら、質問いいですか?」

 

『ウエルカム。バッチコーイ』

とにかくノリノリな不知火に対して月守は苛立ちつつも、いくつか質問を始めた。

「このステージ、どこですか?おそらく初見なんですけど」

 

『ステージ?ワタシお手製のオリジナルステージだよ。名付けて『不知火タウンX』さ』

 

「……まさかとは思いますけど、AからZまであるんじゃないですよね?」

 

『惜しい。それプラスαからΩだ』

暇人か、と、突っ込みたい気持ちを堪えつつ、月守は次の質問に移った。

「とりあえず、俺はこの不知火タウンXで何をすればいいんですか?まさか探索するだけでいい、なんて言わないですよね?」

 

『はは、まさか。でもまあ、やることは単純だよ。ただ出てくる敵を倒せばいい』

 

「敵、ですか」

 

『そそ。待ってて、今すぐ君の眼の前に送ってあげる』

言い切ると同時に、道路の真ん中に立つ月守の前方に英数字の羅列が現れ、1体のトリオン兵を形どった。

 

人型でありながら3メートル強の体躯。

白いボディながら見るからに硬さを感じさせる頭部と腕。

頭部から生えた耳を思わせる触覚。

 

そして月守はその姿に、見覚えがあった。

 

先のアフトクラトルとの戦いで圧倒的な戦闘力と捕獲力を発揮した、新型トリオン兵。

 

「……ラービット」

 

トリガー使いを標的にしたトリオン兵、『ラービット』だった。

 

(……ああ、てことは、さっき不知火さん達が話してたのはラービットのことだったのか。多分、前の戦闘で残ったラービットの残骸から行動データを拾い集めて繋ぎ合わせて、ボーダーのトリオン兵のデータに組み込んだんだろうけど……で、大方これは、正式実装前のプロトタイプってとこか)

そこまで瞬時に推測した月守は無意識に口元に笑みを作り、

 

「悔しいけど、これは確かにモルモット役だ」

 

皮肉げにそう呟き、構えて戦闘態勢に入った。

 

 

実体化が完了したラービットは、早速月守に攻撃を仕掛けた。

10メートルほどあった間合いを数歩で詰め、その頑強な腕を存分に活かして殴りつけてきた。

 

「おっと!」

 

だが月守はそれを難なくバックステップで躱す。そのまま右手からアステロイドのキューブを8分割して放ったが、ラービットはそのまま腕でガードし、追撃にかかった。

 

硬く、リーチのある両腕を存分に振るいラービットは月守へとラッシュを仕掛けるが、月守はそれすら躱す。

 

(やっぱり大振りな分、読みやすいな。彩笑の攻撃に比べたら、出だしを見てからでも充分躱せる)

 

数発見て、次の攻撃のためにラービットが腕を引いた瞬間、

「アステロイド」

月守は素早くアステロイドを放った。1発目と違い分割しなかった上に威力と速度に重点を置いたその一撃は、ラービットの動きを確実に止めた。

 

その隙に月守は左手側のグラスホッパーを展開し、後方へと大きく跳んだ。硬い外装を持つラービットを射抜くためにかなり距離を詰めていなければならないが、その近距離はもろにラービットの間合いでもある。一旦ラービットの間合いから外れて様子見をしようと思った月守だが、

 

「……ギ、ギ」

 

駆動音とも取れそうな声に似た何かがラービットから発せられ、次の瞬間には再度月守へと突撃をかけてきた。

 

(なんか、違和感あるな)

 

高い膂力を持つラービットは距離を開けようとする月守に追いつき、殴りかかってきた。相変わらず回避してみせる月守だが、その顔には疑問の色が浮かんでいた。

 

「不知火さん。このラービット、ちょっと追撃がしつこいです。アフトクラトルのオリジナルラービットと行動パターンが微妙に違うのは、そういう仕様ってことでいいんですか?」

 

『鋭いね。今感じてる差異は、ワタシのアレンジによるもので間違いない』

 

「なんでパターン変えたんですか?」

 

『変えたっていうか、変えざるを得なかったんだよ』

ラービットの動きを観察し、攻撃を回避し続けながら月守は不知火の説明に耳を傾ける。

『今戦ってるラービットはこの前の大規模侵攻で討伐した残骸からデータを拾い集めて継ぎ合わせたものなんだけど……、ラービットの肝とも言える捕獲機能の『キューブ化』を司っていたであろう部分の欠損が、どの個体も損傷が大きすぎてね。上手く再現出来なかったのさ』

 

「上手く、ってことは、部分的には再現出来たんですね?」

 

『まあね。ただ、キューブ形成まで時間がかかりすぎるんだ。で、少しでもそれを短縮しようとした結果、絵面が酷くなったから保留にした』

 

「不知火さんでも出来ないことがあるんですね」

 

『仕方ないだろ。君ら、ほんとキレーにキューブ化を司る部分をぶっ壊してたんだから。主に太刀川くん』

どこか拗ねた雰囲気を漂わせる不知火の声を聞き、月守はほんの少し笑った。

「……なるほど。つまり、ラービットにとって1番の行動理念になる捕獲が出来ないから、行動プログラムを変えなきゃならなかったってことですね」

 

『そゆこと。今戦ってる個体は、攻撃的な性格を設定してみた個体だ』

 

「了解です」

必要な情報を得た月守は素早く息を整え、ラービットを倒すための策を練った。

 

(ラービットが相手って分かってたら、メテオラとかレッドバレッドを入れとけば良かったな)

 

少し手札に不満を持ちつつも、ひとまずの策を月守は立てた。

 

ラービットのラッシュの合間を縫うように、鋭いバックステップを踏み瞬間的に間合いを開けた。当然、ラービットはその間合いを詰めにかかるが、距離が詰まるより早く月守は攻撃に転じた。

 

(右アステロイド、左バイパー)

 

アステロイドを四角錐方式で6分割して直接ラービットめがけて放ち、正四角形方式で27分割したバイパーをラービットの側面を抜けるようにそれぞれ放った。ラービットは腕を交差して防御の構えを取り、アステロイドを確実に防ぎにかかった。

 

動きが止まったのは、ほんの一瞬。すぐさまラービットはガードを解除して追撃にかかろうとした。たが、ピクン、と、レーダーの役割を果たす耳が反応し、続く第2波を察知した。

 

ラービットは瞬時に身を屈め口を閉じ、先ほどよりも強固な防御姿勢を取った。防御姿勢が完成すると同時に、月守がアステロイドと同時に放ったバイパーがラービットに着弾する。一度わざと当てずに死角を取ったところで曲がるようにコースを設定したバイパーだったが、タイミングを合わせるために射程を長く設定していたがために威力が足りず、ラービットの足をほんの数秒止めただけだった。

 

アステロイドとバイパーで稼いだ数秒で、月守はグラスホッパーを使いさらにラービットとの距離を開けて左折し路地に入り、ラービットの目から一時的に逃れた。そしてそこで一度足を止めて両手を構え、キューブを生成し、

 

(アステロイド+アステロイド)

 

すぐにその2つの合成を開始した。

 

月守の合成弾生成速度はその日の調子にもよるが、およそ3秒から5秒。合成弾の始祖であり名手である出水には劣るものの、使い手の中ではトップクラスの速度を持ってして月守はアステロイド同士の合成弾である『徹甲弾(ギムレット)』を完成させる。

 

(完成、あとはタイミングだな)

 

いつでも撃てる用意を整えた月守は身を屈めて、タイミングを計る。タイミングを計った次の瞬間、月守を追う形でラービットが路地に入り込んで来る。そして、それこそが月守が望んだタイミングだった。

 

対象を視認したのと同時に月守は、踏み込んで間合いを一気に埋めにかかる。ラービットは迎撃のために拳を振るうが、月守はそれをしっかりと見た上で、あえてスレスレの紙一重で躱す。

もはやアタッカーの間合いと言ってもいいほど接近した月守は、続くラービットの一撃が来るより早く、

 

「ギムレット」

 

その手に構えたギムレットをラービットの顔面に向けて投げつけるように放った。要領としてはお笑い芸人がやるようなパイ投げに近く、8分割されたギムレットはラービットの顔面を正確に捉えた。ラービットはとっさにコアでもある『目』を守るために口を閉じたが、ギムレットはその装甲を穿ち、ヒビを入れた。

 

そこに月守は勝機を見出し、追撃をかける。

 

投球の要領で右腕を振るったため引いていた左手にキューブを生成し、素早くアンダースローの動きで左手を振るいアステロイドを放ち、ヒビ割れた装甲を完全に破壊した。

 

「よし、壊れたな」

 

淡々とした声で言った月守は、ラービットが両手で合掌する要領で握りつぶすような攻撃を仕掛けて来るのを察知し、すぐさま後退した。

 

パァン!と、大きな音を立てて攻撃を空振ったラービットを見て、月守は勝負を決めにかかった。両手からそれぞれハウンドとバイパーを生成し細かく分割し、ばら撒くようにそれらを放つ。本来、硬い装甲を持つラービットにとって細かく分割したハウンドやバイパーは効果が薄い。だが今はコアでもある『目』を守る装甲が破壊され弱点が露呈しているため、ラービットは四方八方から襲いかかる弾丸の全てを防ぐべく、目を硬い両腕で覆い隠す。

 

確実で堅実な防御姿勢で攻撃を凌ぐラービットだが、月守の追撃は止まらない。

 

ラービットが視界を覆うと同時に間合いを詰めながらギムレットを合成し、強固な腕…、正確には動きの支点となる肩関節の部分めがけてギムレットを放った。至近距離でラービットの足が止まっているがゆえに、速度と射程を大幅に削ぎ威力に割り振った分割無しのギムレットは、鉄壁の守りを発揮していた腕に大きなヒビを入れた。

 

損傷し、パフォーマンスが落ちるであろうラービットを見て、

 

「念のため、もう1本壊すか」

 

月守はそう言って静かに笑った。

 

*** *** ***

 

ピンポーン

 

来客を知らせるインターホンの音が作戦室に響いた。それとほぼ同時に部屋の主はリビングルームから移動して扉を開き、来客に応じた。

「どちらさま……ってあら。地木ちゃんのところの和水ちゃんじゃない」

 

「こんにちは、加古さん」

にこやかな笑顔で真香を迎えたのは、A級6位部隊を率いる加古望だった。3年の経験を持つ20歳のベテラン隊員であり、トリオンを球体状にして扱う独特なスタイルのシューターだ。加えて、身長168cmの真香からすれば珍しく自分より背が高い女性でもある。

 

物理的に上からの目線で、加古は穏やかに微笑みながら真香に話しかける。

「和水ちゃんがここに来るなんて珍しいわね。何か用事かしら?」

 

「用事というほどでもないんですけど……」

どことなく真香は不安そうな表情で尋ねる。

「先輩を探してるんです。昼のランク戦が終わったあと、どこかに行ったみたいで探してるんですけど、見ませんでしたか?」

 

顎に手を当て、加古は考えるそぶりを取ってから、その問いかけに答えた。

「……見てないわ。平日の昼だし、学校に向かったんじゃないかしら」

 

「学校には行ってないと思います。作戦室に、お財布とかリュックとか置きっぱなしだったので……」

 

「そう。でも荷物があるってことは、地木ちゃんは本部から出てないってことよね」

 

「はい、おそらく……。今はソロランク戦のブースとか、他の隊の作戦室とかを見て回ってるんですけど、見つからなくて。心当たり、ありますか?」

再度問われた加古は小首を傾げた後、

「無いことはないけど、私より普段地木ちゃんの近くにいる和水ちゃんなら、私が思いつきそうな場所はもう探されちゃってると思うわ」

と答えた。

 

もっともな加古の回答を受けた真香はしばらくの沈黙を経てから、納得したような表情を見せ、ぺこりと頭を下げた。

「わかりました。もう少し、捜してみます。お時間取らせてしまって、すみません」

 

「ううん、私こそ力になれなくてごめんなさいね」

生来の(突然変異的に生まれ持った)セレブオーラを纏った加古の謝辞を聞き真香は「いえいえこちらこそ」と丁寧に言い、踵を返し歩き出した。

 

しかし数歩歩いたところで真香は足を止めてクルリと振り返り、

「あ、それでも…」

どうでもいいことを思い出したかのような気軽さで、柔らかな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「もし先輩を……()()()()()()()()()()連絡してくれると助かります」

 

そしてその笑顔を見て、加古はクスリと笑い、

 

「ええ、分かったわ。()()()()()()()()()()()、和水ちゃんに連絡するわ」

 

なんてことないように、ごく自然な様子でそう答えた。

 

*** *** ***

 

「はは、完全に壊れたな」

数度の攻防を経て月守はラービットの両腕を完全に破壊した。厳密には肩部分にギムレットを数発撃ち込み、もぎ取った形である。

 

攻守の要を担う両腕と、コアを守る装甲の両方を失ったラービットに、月守は止めを刺しにかかった。

 

「ハウンド!」

ラービットを囲むかのように、細かく分割したハウンドをゆったりとしたモーションで大量に放つ。1つ1つの威力としては微々たるもので、本来ならばラービットに対して牽制にすらならないような攻撃だ。しかし今は強固な両腕も堅牢な装甲も破綻しているため、ラービットにとっては襲いくるハウンドの全てが致命傷になり得る状態であり、否が応でもそちらに警戒を向ける。

 

ラービットの警戒心がハウンドに移ったその一瞬を狙いすまし、月守は左手からトリオンキューブを生成した。

 

(アステロイド)

 

そしてアステロイドを生成とほぼ同時に、ラービットに気づかれるより早くノーモーションで放った。

 

分割せず、それでいて威力は最低限。目測で割り出した距離から、弾丸の射程をラービットに届くギリギリに設定。そうして威力と射程を限りなく削ぎ落として弾速に特化したアステロイドは、狙撃用トリガーで最速を持つ『ライトニング』には劣るものの、十分な速度でラービットに放たれ、コアである『目』を穿つ。

 

「……っ」

呻き声に似た音がラービットから聞こえ、その動きが大きく鈍った。月守は念のためにキューブを再度生成しラービットの動きを注視した。だが数秒後にラービットはゆっくりと倒れたことにより、その警戒は杞憂に終わった。

 

「終わり、ですよね?」

 

キューブを霧散させつつ、月守は通信回線を使って不知火に尋ねた。

 

『討伐タイム、4分13秒。随分慎重じゃないか』

 

「大規模侵攻の時は見つけたら問答無用でレッドバレッド撃ち込んでたので、討伐目的の戦闘はこれが初なんですよ」

 

『ふーん。ならそういうことにしよう』

楽しそうな声で話す不知火だが、質問に答えてもらえなかった事に対して月守は溜息を吐いた。再度同じことを月守は尋ねようとしたが、

 

『ああ、ところで月守。ケルベロスって知ってるよね』

 

脈絡もなく不知火が奇妙な質問を放った。

 

「……?」

 

訝しみながらも、月守は質問に対して答え始めた。

 

「ギリシャ神話に登場する、3つ首の魔犬ですよね。冥界から逃げようとする死者を捕らえることから、別名『地獄の番犬』。冥府の王ハデスに対しては忠犬で、甘いもの好き。基本一頭、というかどれか1つの頭が寝てる状態ですけど、音楽を聴くと3頭仲良く眠るとか。確か某魔法学校でも賢者の石の……」

 

『オーケー月守、そのくらいでいい』

話し始めたことによりいい具合に記憶が刺激され、芋づる式に思い出してきた月守だったが不知火に止められた。

『中々語るじゃないか』

 

「このくらい一般教養じゃないんですか?」

 

『ま、それもそうか。………と思ってたけど、ワタシの後ろにいる2人が、「ケルベロスの生態が一般教養であってたまるか」みたいな顔をしてるから、どうやら一般教養じゃないみたいだ』

ケラケラと笑う不知火につられて、月守も微苦笑を漏らした。

「それで、ケルベロスがどうしたんですか?」

 

『ん?特別な意味は無いよ。ただ……』

言葉を紡ぎながら不知火はキーボードを叩き、別のプログラムを用意する。そして、

『冥府から逃げようとして、かの番犬を目の当たりにした亡者はどんな表情をするのかな……って思っただけさ』

その言葉とともに、次なるプログラムを起動した。

 

起動したことそのものに関して月守は気付かなかったが、先ほどと同じように目の前に英数字の文字列が生じたことにより、戦闘態勢の構えを取った。

 

構え方こそ同じだが、月守の警戒心と緊張度はさっきの比ではない。なぜなら、目の前に出現した英数字の文字列は等間隔に開いており、明らかに1体分ではなく3体分だったからだ。

 

しかしこの時点で月守は、

(ギリギリ倒しきれる)

と踏んでいた。

 

時間はかかるし、手傷は負う。腕の1本は飛ぶだろうし、トリオンも枯渇寸前まで使う。決して勝てたと堂々と言えるような出来にはならない。だが、それでも3体倒しきれる。

それが月守が実体化しきる前の3体を見た時の、正直な見立てであった。

 

しかし、

(……っ!ノーマル仕様じゃないっ!)

月守の予想は実体化が完了した3体を見た瞬間に瓦解した。

 

先ほど月守と戦闘していたのはボディが白いノーマル体(月守が知るよしもなかったがアフトクラトルでいうところのプレーン体)だったが、今月守の目の前に現れた3体は色違い(アフトクラトルでいうところのモッド体)であった。

 

月守が知る限りモッド体は3種類存在する。

薄い黄色を基調としたボディの『磁力型』。

灰色を基調としたボディの『飛行・砲撃型』。

紫を基調としたボディの『液体攻撃型』。

 

先の大規模侵攻の際に開戦から終戦、その後の救助活動まで行っていた月守だがその3種類以外のモッド体は見ておらず、またボーダー全体でもその3種類以外のモッド体は把握していない。

 

にも関わらず、月守の眼前にいる3体のモッド体はそれぞれ、()()()()()()()のボディの個体であり、既存の3種類に当てはまらない個体であった。

 

完全な新種が3体同時という事態に面し、月守の内心に動揺が走る。しかしそんな動揺など知ったこっちゃ無いと言わんばかりに3体のラービットは戦闘態勢に入る。そしてその瞬間、月守の動揺がピークに達した。

なぜなら3体が戦闘態勢に入ると同時に、赤褐色の個体と紺色の個体からそれぞれ、

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

聞こえてはいけないはずの音声が発せられ形態変化を始めたからだ。

 

「ウソだろ……っ!」

言いながら、月守の身体は強張った。

 

冗談であってほしいと願った。笑った不知火から、「なんちゃって、音声だけだよ。これぞ不知火ドッキリ!」とか小馬鹿にしたような通信が届いてほしいと願った。

 

だがその願いは、明らかにさっきのプレーン体を凌駕する速度と脚力を持ってして、たった1歩で間合いを詰めて殴りかからんとして拳を振りかぶる紺色のラービットによって砕かれた。

 

「ッ!」

 

月守はその拳を、ほぼ反射的に回避した。回避しきったところで思考が身体の動きに追いつき、足元にグラスホッパーを展開して踏みつけ、大きく後方に跳んだ。

 

とにかく一度距離を取らなければ、という一心での行動であったが、距離を開けて広くなった視界に無数の弾丸が飛び込んできた。

「フルアームズの弾幕……っ!」

言いながら月守はシールドを展開し、防ぎにかかる。

 

しかし圧倒的物量を誇る弾丸を前にして、シールドはあまり期待できないと判断した月守は、対戦相手であるラービット達に背を向けて全速力で逃げた。紺色のラービットはしつこく追撃してくるが、月守は細い裏道のような路地に入り込みラービットを惑わせる。そして一時的にラービットの視界から完全に逃れたところでバッグワームを起動し、近くにあった民家の壁に背中を預ける。

 

(反則だろあいつらっ!)

 

内心毒づきつつ、無意識のうちに昂ぶっていた呼吸と鼓動を月守はゆっくりと落ち着かせた。

 

そして落ち着いていくにつれて、あの3体のラービットについて頭が半ば勝手に考察を始めていた。

 

(あいつらは多分、不知火さん独自のラービット……アフトクラトルのトリガーをそのまんま再現させられなかったのか、おふざけなのかは分からないけど、ボーダーのトリガーをラービットにくっつけたんだ)

 

月守の考察は、概ね正しい。3体のうち2体が使ってきた『フルアームズ』と『ガイスト』はボーダーのトリガーだ。

 

全武装(フルアームズ)は通常左右1つずつの計2つまでしか同時使用できない、という制約を突破するためのトリガーであり、装備しているトリガー全てを同時に展開することができる。

 

ガイストは莫大なトリオンの消費と時間制限でベイルアウトするというデメリットと引き換えに、白兵戦特化(ブレードシフト)、射撃戦特化(ガンナーシフト)、機動戦特化(スピードシフト)など、特定のスタイルに特化した戦闘体と武装を得ることができるトリガーだ。

 

どちらもボーダーのトリガーだが、月守は1つ疑問を抱く。

 

(問題は、なんで()()()()()()()()()()()()()を本部所属の不知火さんがラービットに搭載してんだってことなんだけど……)

 

フルアームズとガイストは、現ボーダー最強部隊とも言われる玉狛支部所属玉狛第1部隊の隊長である木崎レイジと、隊員の烏丸京介にのみ与えられた、彼ら専用の一点物である。このトリガーには玉狛支部の支部長である林藤が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の技術を使用しているため、本部では規格化・量産どころか設計のメドすら立っていないはずである。ゆえに、本部所属の不知火が作れるはずがないのだが、月守は疑問を抱くと同時にいくつかの仮説も立てていた。

 

(でもまあ、不知火さんだしなぁ……。大方「なんとなくそれっぽく作った」とかかもしれないし……。それか、飲み会とかで林藤さんとか玉狛エンジニアのクローニンさんとかとベロンベロンになるまで酒呑んで設計プロセス聞いたとか……それか案外、堂々と玉狛に取引持ちかけたのか……)

 

と、いくつか仮説を立てたものの、どれ1つとして確証はない。だが結論として、

『あの人なら作っても不思議じゃない』

という奇妙な納得感だけが月守の中に残った。

 

仮説を立てたことが丁度いいガス抜きになったのか、月守の呼吸と鼓動、そして動揺はだいぶ治まっていた。視界の右隅にデフォルトで表示しているレーダーを見て遠くにいる敵の位置を確認しつつ、意図してゆっくりと一呼吸取って思考を完全に切り替える。

(いきなりで驚きはしたけど……大丈夫。あいつらが玉狛のトリガーを搭載してるなら難易度は生半可じゃない。けど、一体ずつ、ヒットアンドアウェイで時間さえかければ、まだなんとか倒せる)

それは、だいぶ甘い希望的観測が含まれた、都合のいい作戦だった。かと言って他の作戦も思いつかず、月守はそれにすがるような気持ちで、戦うために1歩踏み出した。

 

『表情に余裕があるね。勝てると思ってるのかな?』

 

動き出すのを見計らっていたようで、不知火からの通信が入った。どこからモニタリングされているのか分からない月守はひとまず路地を伝い塀に潜みつつ、少し視線を上げて何もない宙空を見据えて、それに応じる。

「余裕なんてないです。1つしくじったらすぐに戦闘不能ですし」

 

『だろうね。それと1つアドバイスだけど、ラービットに搭載しているレーダー機能はボーダー式だからバッグワーム自体は有効だよ』

 

「お気遣いどうもです」

アドバイスを受け取った月守は、素早く動き出した。正直なぜ玉狛製のトリガーをラービットが搭載しているのか気になるところではあったが、その疑問を後回しにして月守は前を見た。

レーダーに映る輝点は2つ。離れた位置にあるため奇襲をかけて即撤退……という計画を立てたと同時。繋いだままの通信回線越しで不知火は笑った。

 

『君が言った通り、本来ケルベロスは3つ首のいずれかが眠っている』

 

「……?」

急に何を言い出すのかと疑問を覚えるが、不知火の言葉は途切れず続く。

 

『でもそれは、ギリシャ神話においてのケルベロスの話だ』

そして不知火はまるで宣言するかのように、

 

 

『ワタシのケルベロスは眠らない』

 

 

と、言った。

 

 

そしてその次の瞬間、内臓を揺さぶられるような鈍い音とともに、月守は()()()()()()()()()()()

 

「っ!!!?」

 

殴り飛ばされた月守は民家や塀をいくつか貫通したところで停止し、態勢を立て直した。生身ならば即死確実だったが、頑丈なトリオン体ゆえに軽い脳震盪に似た小さな揺らぎだけで済み、月守はなんとか立ち上がった。瓦礫の中に舞う粉塵を吸い込んだことにより咳き込みつつ、月守は思考を展開する。

 

(いやちょっと待てっ!なんで俺は今殴られたんだっ!?)

 

その疑問はもっともなものである。

戦闘の基本は、位置情報の把握だ。目視できればそれに越したことはないが、全方向360度をカバーするなどできるはずもなく、遮蔽物があれば尚更目視で全てを把握するのは不可能である。当然ながら視界が及ばない範囲に関してはレーダーや聴覚に頼るしかない。

 

そして月守は視界の右側に常時レーダーを展開しており、それの監視を怠っていない。一手を争う場面や複数の敵に対処する乱戦の最中ならまだしも、これから襲撃しようという局面で殴打が出来るほど接近した敵の存在に気付かないわけがない。実際、殴られる瞬間まで月守はレーダーを見ていたのだ。

 

だが、それでも月守は敵の接近に気付かず、殴られた。一瞬、

(小南先輩がそんな小技的なトリガーを使うかな……)

と考えたが、別に不知火製ラービットが全部玉狛トリガーを用いたものとは限らないと気づいた。レーダーに映る2つの輝点が接近してくることに焦りつつも思考を一旦白紙に戻し、リセットした思考で月守は柔軟に分析を始める。

 

(不意打ちされるとしたら背後からバッグワーム。次点で乱戦カメレオンと遠距離テレポーター。レーダーに反応なかったからバッグワーム機能を持ったラービットか。でも殴られたのは真横。見えるし気がつく。不知火さんとの通信に気を取られてたから拾い損ねた。違う、それで音を聞き流すことはあっても、見逃すなんてことは万に1つもないだろ)

 

接近を許した原因が掴めない月守は対策のメドが立てられず、焦りは加速する。そしてその焦りを嘲笑うかのように、

 

ジャリっ

 

と、月守の目の前でしっかりと地面を踏みしめたような足音が鳴った。

 

「ちょっ……!?」

 

音に乗った殺気にも似た何かを感じた月守は、咄嗟に腕を交差させてシールドを2枚重ねて防御の構えを取ると同時、そこに狙いすましたような一撃が繰り出され、再びいくつかの民家や塀を貫通するほどの勢いで飛ばされる。身体的ダメージそのものは薄いが、動揺が大きく態勢を立て直すのにもたついてしまう。

 

やっとの思いで立ち上がった月守は、今のラービットの仕組みを確信した。

(今のもレーダーにラービットは映ってなかった。なら、そういうことか……っ!)

荒唐無稽な答えだか、これしか考えられない。

盛大な舌打ちをして、月守は通信回線の向こうにいる不知火に怒鳴りつけるように叫んだ。

 

「流石にカメレオンとバッグワーム機能の併用は反則じゃないですか!!」

 

と。

 

『あっははははっ!!』

月守の怒鳴り声とは対照的に、不知火は楽しそうな声で盛大に笑い返した。

『よく見抜いたね』

 

「ありえないとは思いましたけど、それしか考えられなかったので。にしても、マジでシャレにならないですよ」

 

『いや、そうでもない。2つのステルスを両立させる代償として機能自体の容量がめちゃくちゃかかるし、ステルス完全起動まで30秒はかかる。普通の戦闘体で使おうとすれば、スロットを6枠喰う規格になるし、起動中もとんでもない勢いでトリオンを使う。理論上は二宮くんであっても69秒しか保たないよ』

それを聞いた月守は、そこに勝機を見出す。

 

(トリオンの消費が激しいなら、ステルスが切れるまでなんとかしのげれば……)

 

『あ、ちなみに君と違って、今戦ってるラービット達は戦闘用トリオン無限仕様だからステルスは切れないよ』

 

「ちくしょうっ!」

月守が見つけた勝機を握りつぶされたのと同時、再び眼前で足音が聞こえた。3度めのステルスラービットの襲撃を察知した月守は、一か八かで右に跳んだ。跳んだ次の瞬間、月守がいた場所が大きく陥没し轟音が響いた。

 

かろうじて回避できた月守はステルスラービットがいるであろう場所を睨みつけつつ、今度こそ、そこに勝機を見出す。

(姿を消すカメレオンとレーダーステルスのバッグワームの組み合わせは反則だけど、音までは消せてないっ!音さえ拾えば……っ!)

戦える。

 

しかしその希望は、

『フルアームズ・オン』

『ガイスト・ガンナーシフト』

斜め後方の左右からそれぞれ聞こえた音声により、またもや潰える。

 

考えるより早く月守は振り返りシールドを展開する。

 

しかしシールドを生成しきるより早く、大量の弾丸が月守を襲った。

肩や腕にロケットランチャーやガトリングを装備した赤褐色のフルアームズラービットと、腕を巨大なライフルに形態変化させた紺色のガイストラービットの火力に為すすべ無く月守のトリオン体は撃ち抜かれ、そこで一度視界がホワイトアウトした。

 

 

 

 

 

 

 

『トリオン供給器官と伝達脳破損、ついでにトリオン多量流出の三重苦。豪華なワンキルだったね』

 

気づけば月守は仰向けに倒れており、憎らしいほどの青空を見上げていた。

「つぅ……」

視界が戻ると同時に不知火から通信が入り、確かに豪華な負けっぷりだったと月守は思った。実際のところ、月守が記憶している限り今回に勝る敗北はなかった。

 

態勢を起こすと再び眼前には三体のラービットがいたため月守は驚くが、動きが不自然なほどピタリと止まっていたため、不知火が外部からプログラムを止めているのだと判断して冷静さを取り戻した。

「…国近先輩風に言うなら、ムリゲーってやつですかね」

 

『くにちか……あ、太刀川くんのとこの柚宇ちゃんか』

 

「親しげですね」

 

『気晴らしがてら作戦室にお邪魔して、たまに一緒にゲームする程度だよ』

仕事中に何をしてるんだと突っ込むべきか迷ったが、月守はそれをスルーした(というよりも突っ込む気力がなかった)。

『うん、それはさておき…。ひとまず月守的には難易度が高いって認識でいいのかな?』

 

「少なくとも、俺にはキツイです」

 

『うんうん、そっかそっか』

にこやかな声で月守の意見を聞いた不知火は、

 

『さてと、それじゃあ月守。ワタシこれから会議やら何やらでしばらく席外すからさ。ワタシが戻ってくるまで、ひたすらエンドレスでラービットと戦っててくれるかな』

 

さらりと、あっさりと。月守にそう言い放った。

 

「は?」

 

『ラービットの挙動の他にもステージそのもののデータも欲しいからさ、何戦か戦ったら別のとこにランダムで変わるように設定しとくよ。そうすれば飽きないだろう?』

 

「いや、ちょっと不知火さん……飽きるとか飽きないの問題じゃ……」

 

『んー、バトりっぱなしもしんどいだろうし、適当に休憩時間が入るようにもしてあげよう』

 

「ちょっ、不知火さんっ!」

無理やり会話の流れを止めるべく月守は鋭い声で叫んだが、不知火はさして特別慌てる様子もなく会話に応じた。

『何か不満でも?』

 

「不満も何も、むちゃくちゃじゃないですか、こんなの」

 

『あはは。こんなのって言うけどね、ぶっちゃけこの程度もこなせない奴に稽古をつける気はないよ』

 

「………」

笑いながら言う不知火の言葉を聞き、月守は再びため息を吐いた。

「……ってことは、これをこなせたら稽古をつけてくれるってことですね?」

挑発するような声と表情の月守に呼応するように、不知火も挑発するような声と表情を浮かべた。

『つけてあげるよ。ま、この子達を攻略した上で稽古が必要って言うなら、だけど』

 

「上等です。正直キツイですけど、何戦かやれば攻略の糸口ぐらい掴んで見せます」

胸の前で、右手で拳を左手の手のひらに打ち付けつつ、月守は気合いを入れた。

『はは、やる気になっただけで随分と余裕のある表情になるね』

クックと喉を鳴らした不知火は、やる気を見せる月守にとっておきの爆弾を投下した。

 

『でもあんまり長々と戦うのはオススメしないよ月守。今、その仮装空間は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を適用させてある。いつか勝てれば……なんて心構えで戦ってたら、あっという間にポイント持ってかれるよ』

 

と。

 

「…………え?」

冗談だろうと、嘘だろうと、月守は思った。

「……っ!」

しかし同時に、喉元に刃を添えられたような危機感を感じとり、慌ててソロポイントを確認した。

月守はトリガーのソロポイントやランキングは、記憶こそしているものの固執してはいない。一時期は訓練生に降格しないならいいや、と、思い全く執着しなくなったこともあった。だが先日の大規模侵攻で獲得した特級戦功にて左手のバイパーが久々にマスタークラスの目安である8000ポイントを越えたのが柄にもなく嬉しく、ここ最近は気にかけるようになっていた。

 

しかし、戦闘前には8104ポイントあったはずのバイパーが、

「7995……」

確かに、減っていた。

 

(待て待て待てっ!?一回の負けで109は減りすぎだろっ!いや違うっ!俺は一回ラービットに勝ってるから、その分も含めるとそれ以上のポイントが……っ!)

トリオン体に血液は通っていないが、血の気が失せたように月守の顔はみるみるうちに青ざめていく。

「……さすがに、()()は冗談……ですよ、ね?」

藁にもすがる思いで月守はなんとか言葉を絞り出したが、

 

『さあ、そう捉えてもいいよ。そう思うならそう思ってればいい。そんで訓練生からやり直せ』

 

突き放すように残酷さを滲ませた声で不知火はそう言い放ち、通信回線を遮断した。

 

「ちょっ、不知火さん?不知火さんっ!?」

 

月守は通信回線の接続を試すが、繋がる気配は全くない。再度接続しようと試みるが、

 

『フルアームズ・オン』

『ガイスト・オン。スピードシフト』

『パーフェクトステルス・オン』

 

まるでそれを拒むかのように、ラービット達が行動を開始した。

 

動き出した3体のラービットを必死の形相で睨みつける。

「……理不尽すぎんだろ……っ!」

この空間に放り込まれてから感じた全ての理不尽に対する感情をその言葉に押し込め、月守はトリオンキューブを生成する。

 

のちに『ケルベロスプログラム』と名付けられることになる、理不尽極まりない戦闘が、始まった。




後書きです。

私の記憶力はそれなりに歪です。
今回の話を書きながら、
(そういえば、ケルベロスみたいな名前のクリーチャーがデュエルマスターズにいたなぁ)
と思ったのですが、そのクリーチャーが闇文明で7マナでパワー8000でダブルブレイカーで種族デーモンコマンドで闇文明以外のクリーチャーの召喚コストを2マナ増やすという能力持ちということを思い出せても、肝心の名前を思い出せません。

次回のお話は説明回になると思われます。不知火さんのぶっ飛び行動の意図が多分語られます。

本作を読んでいただき、本当にありがとうございます。この日に投稿できて良かったです。

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