ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前話から時間が空きましたが、よろしくお願いします。


第48話「2人の先輩」

三門市立総合病院の中の、とある個室型の病室。

 

「………」

 

「………」

 

その病室にて、1組の男女が向かい合っている。まだ20歳そこそこといった容姿の青年はベットに腰掛け、大人と子供の境目を思わせる年頃の少女はパイプ椅子に座って足を組みながら無言で向かい合っていた。やがて、

「一応弁解の機会はあげるよ。何か言いたいことはある?」

少女の方が、冷たい声色で青年へと問いかけた。

 

「………」

切り揃えられた黒の短髪に、強い意志を伝える鳶色の瞳。入院着姿にもかかわらず、あまり痩せ細っていない身体つきのせいか、病人らしい印象を全く受けなかった。

 

青年は、精悍さを感じさせる顔立ちに真剣さを帯びた表情を浮かべ、口を開く。

「悪かったとは思ってる。そりゃ、オレにも非はあったと言わざるを得ない」

 

「うん」

 

「だが、オレは間違ったことはしていないと思ってる。……シロ。お前に入院中してる患者たちの、時間を持て余してしょうがないこの気持ちが分かるか?」

 

シロ、と呼ばれた少女は思案する素振りを見せる。

しっかりと手入れされた長い黒髪に、赤みを帯びた黒の瞳。スラリとした体型に、知的さを思わせる整った顔は青年に言われたことを考えているためか真剣そのものの表情になっていた。

 

やがて、

「……うん。まあ、マー坊の言うことは一理あるとは思う。確かに、退屈そうだね」

少女は青年の言葉に同意したようにそう言った。すると青年は、ニヤリと笑みを浮かべた。

「分かってくれたか……」

 

「多少はね」

 

「そうかそうか。だったら、今後、この退屈を忘れるために定期的にご近所の病室に赴いての麻雀大会の許可を……」

青年は安心したようにそう言いかけたが、

「それとこれとは話が別よ!バカ!」

少女は自然な動作で青年の頭を叩いた。

 

叩かれた部分を抑えつつ、青年は抗議を始めた。

「痛ってぇっ!だからシロ!お前はなんで病人の頭を叩くんだよ!オレは病人だぞ!?」

 

「うっさいバカ!だいたい、入院中に大人しくしてないで麻雀やる人がどこにいるのさ!」

 

「ここにいる」

 

「ドヤ顔で言わないでよ!」

少女は激怒しつつ再度青年の頭を叩いた。

 

そんな言い合いを続ける彼らを、病室の入り口から見ている人物がいた。その人物は、お見舞いに持ってきたフルーツの詰め合わせを片手に、クスクスと笑いながら病室に足を踏み入れた。それに対して言い合いをしていた2人は気づき、同時にその人物を見ながら声をかけた。

「お、咲耶じゃん」

「つっきーちゃんだ」

 

名前とあだ名を呼ばれた月守は苦笑しながらもそれに答えるように、

「どうもです。夕陽さんに白金先輩」

と、彼らの名前を呼んだ。

 

青年の名は『夕陽柾』。少女の名は『白金澪』。

 

かつて月守と彩笑が所属していた『夕陽隊』。

部隊結成において絶対に欠かすことのできない隊長とオペレーターを担っていたのが、この2人であった。

 

*** *** ***

 

2人の喧嘩を途中からしか見ていないため、月守は何が発端で喧嘩になったのかという経緯を知らない。そのため月守は喧嘩を続ける2人をなだめてそれぞれを病人用ベットと備え付けのパイプ椅子に座らせて話を聞くことにした。

 

「……つまり、夕陽さんが勝手に近くの病室に麻雀しに行った挙句に騒ぎすぎたってことですか?」

そして一通り話を聞いた月守は、お見舞いに持ってきたリンゴを果物ナイフで剥きながら、要約してそう確認した。

 

「そういうこと。バカでしょ?思わずナースステーションに突き出すところだったよ」

白金が呆れたような表情で言い、

「退屈で仕方なかったんだ」

あっけらかんとした表情で夕陽は答えた。

 

2人にウサギカットしたリンゴを渡した月守は少しだけ唸った後、

「うーん……。元患者として夕陽さんの言い分は分かりますけど、悪いのは夕陽さんですかね」

と、軽く笑いながら言った。

 

「咲耶までそう言うのかよ!」

夕陽が思わず詰め寄るように言うが、月守は表情を変えずに答える。

「病院は静かにしないとダメです。というか夕陽さん、ボードゲームとか全般的に弱いのになんで麻雀するんです?」

 

「強いから遊ぶんじゃなくて、楽しいから遊ぶんだよ」

 

「そう言われるとそうですけど……。前に『あやつり人形』でボロ負けしてスネた人が言うセリフとは思えませんね」

 

「アレはお前が悪いだろ!」

 

「『天文台』と『図書館』を建築するのにどれだけ運とコストが必要だと思ってるんですか?それよりも、『大学』と『ドラゴンの守り』を引いてそれを建築した白金先輩の方が俺はビックリでしたけどね」

月守は苦笑しつつ目線を移すと、クスクスと笑った白金が口を開いた。

 

「あの時は引きが良かったから。……負けてスネるで思い出したけど、マー坊は『ニムト』でもスネてたよね?」

 

その確認するような言葉に月守は反応して、当時のことを思い出した。

「そうですね。俺と白金先輩の無言の連携で毎回夕陽さんに55とか得点の高いやつばっかり押し付けてたらスネてバックれたんでしたっけ?」

 

「そうそう!」

楽しそうに2人が言い、

「お前ら!やっぱりアレはグルだったんだな!おかしいと思ったよ!」

夕陽はその事実を目の当たりにしてベットに倒れこみ、2人はそれを見てケラケラと笑った。

 

隊長イジリが済んだところで、白金が月守へと話しかけた。

「B級ランク戦の開幕試合の動画見たわ。圧勝だったね」

唐突な話題だとは思ったが、月守は白金という人間がどういう人間なのかを知っているためそこには触れずに、会話することを選択した。

「耳が早いですね。ボーダー引退したのにどこからそんな情報が届くんですか?」

 

「そこは企業秘密……、って言いたいけど、現役オペレーターの子とか、沢村さんとかのツテがあるから、それ経由だよ。というか、私は引退じゃなくて休隊だから」

 

「そうでしたね。白金先輩から見て試合の出来はどうでした?」

月守が白金に意見を求めようとしたところで、

「ちょっと待て!オレはそれ聞いてないぞ!」

倒れていた夕陽が起き上がり、軽く抗議した。

 

((器用に起き上がるなぁ……))

2人は同じことを思いつつ、ひとまず白金が夕陽の抗議に答えた。

 

「だって、マー坊には言ってないし」

 

「教えてくれても良かっただろ」

夕陽の言葉に対して白金は、

 

「……言おうとして今日来たのに、病室に居なかったのはどこの誰かな?」

 

冷たく淡々とした声と表情で、そう問いかけた。

 

「うっ……」

夕陽隊時代の経験から、夕陽は半ば反射的にたじろいだ。そこへ白金は言葉を重ねる。

 

「病室に居なかった挙句、近くのおじさんたちと楽しそーに麻雀やってたのは、どこの誰かな?」

 

「ううっ……!」

そう言い放つ白金の機嫌が悪いのは火を見るよりも明らかであった。月守は物音を立てずにそっと離れつつ、2人のやり取りを見守った。

 

「ど・こ・の・だ・れ・か・な?」

一音一音はっきりと白金が尋ねたところで、夕陽が観念した。

 

「す、すみませんでした……。悪かったのは、病室に居なかったオレです……」

夕陽は年下である白金に対して申し訳なさそうに謝り、それを見た白金は楽しそうに笑った。

「うんうん。分かれば良し。さてと。つっきーちゃん、どんな話だったっけ?」

 

キョロキョロと見渡して月守を見つけた白金が問いかけ、月守はそれに答える。

「白金先輩から見てどんな試合だったのかっていう話ですね」

 

「あー、そうそれ……。うーん、私が今講評してもいいんだけど…」

そう言いながら白金は椅子の傍に置いていたバックを探り、タブレットを取り出して、

「どうせならコレで試合をみんなで観てからにしよっか」

先ほどのように有無を言わさぬ笑顔を浮かべてそう言い放ち、

「「……はい」」

男2人は大人しくそれに従うことに決めた。それを見た白金は、嬉しそうにセットしたタブレットを慣れた手つきで操作し、昨日の地木隊の試合のムービーを再生させた。

 

その画面を見つつ月守は、

(もうコレ観てる白金先輩はとにかく……夕陽さんには対戦相手の情報を教えた方がいいかな)

と思い、隣にいる夕陽に向けて対戦相手の情報を伝えようとした。

 

「夕陽さん、対戦相手は……」

だがそこまで言ったところで、月守は言葉を止めた。ログを見る夕陽の表情は、先ほどまでのどこかとっつきやすい人とは思えぬほど真剣なものであり、声をかけることを躊躇わせるには十分だったからだ。

 

月守は視線を画面に戻し、ログを見ながら思った。

(戦線を離れても、夕陽さんは変わんないな……)

と。

 

 

 

一通りログを見終えたところで3人は画面から目を離し、夕陽は軽く伸びをして、白金は病室の冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出した。白金がそれを紙コップに注いで配るまでの間に、夕陽が月守に向けて問いかけた。

「この試合の作戦立てたのは和水ちゃんか?」

 

「まあ、半分くらいはそうですけど……。なんで分かったんです?」

軽く驚きつつ月守はそう質問を返した。配られたお茶を一口飲んで夕陽は質問に答える。

「少なくとも一から十まで全部お前が立てた作戦じゃないってのは、見てわかる」

 

「だね。つっきーちゃんは対スナイパー戦術は『釣り』か『炙り』を取ることが多いから、序盤のスナイパー位置予測は見てて、『アレ?珍しい』とは私も思ってたよ」

白金からも意見された月守は苦笑した。

 

「一見しただけでよく分かりますね」

 

「おいおい咲耶。オレはお前の師匠だぜ?そんくらいはわかる」

夕陽は若干ドヤ顔で言ったが、

「え?俺は夕陽さんを師匠だと思ったことは無いですよ?」

「つっきーちゃんに明確な師匠はいないでしょ?」

月守と白金は真顔で言い返した。

 

「あっれぇ!?」

その返しに夕陽は驚き、

「俺、技術は色んなシューターの人たちから教えてもらったり、協力したりして磨きました」

「戦術は私と不知火さんで教えたよ」

2人はやはり真顔でそう言い返した。

 

「というか、夕陽さんは俺とポジション全然違うのに師匠もなにも無いでしょう?」

 

「それにマー坊って感覚派だし、基本指導とか向いてないよね?感覚派の人は指導とか連携の精度に難アリの傾向にあるし」

 

「ですね。でも白金先輩、俺も一応感覚派です」

 

「つっきーちゃんはほら、自分の感覚をちゃんと他の人も分かるように伝えられる感覚派だから大丈夫。マー坊みたいに、

『ここはこうズパッと来て、ガッとやってからドンっ!』

みたいな意味不明な説明にならないでしょ?」

 

「そうですね。夕陽さんの説明は本当に意味不明で……」

 

「意味不明だよね。勉強はそこそこできるのに……」

2人はどこか哀れむような目を夕陽に向けつつ会話を続け、

「もういい!寝る!」

若干スネた様子で夕陽はベットにモゾモゾと潜って行った。

 

その様子を見て、月守と白金はクスクスと笑った。

 

隊長である夕陽を隊員である月守、白金、彩笑の3人が協力していじり倒し、それに根負けした夕陽が軽くスネて、それを見た3人がしてやったりと言わんばかりに笑う。夕陽隊時代からの恒例である流れを一通り終えたところで、白金は1つ咳払いを入れてから話題を元に戻した。

 

「今後の対スナイパー戦術はこの位置予測方法をメインにするつもりなの?」

 

「いえ。毎試合この精度の予測を立てると真香ちゃんの負担が大きいので、基本的に俺と彩笑での釣りと炙りの補助として組み立てていくつもりです」

 

「うん、それでいいと思う。あと序盤はともかくだけど、珍しく今回は力押しというかゴリ押しに出たね」

 

「それは彩笑のリクエストですね。久々のチームランク戦だから暴れたいって言ったので、後半は彩笑に伸び伸びやらせるように作戦立てたんですよ」

 

「あははー、相変わらずお転婆なんだねぇ、彩笑ちゃん」

 

「ええ、本当にそうです。まあ、俺も初戦だしちょっと派手に行こうかなっていう狙いはあったんですけど……。白金先輩はこの試合に評価をつけるとしたら、どんな感じですか?」

 

「うーん……」

白金は視線を一瞬だけ明後日の方向に向けてから、

「内容には合格点あげるけど、個人的には後半の乱戦がちょっといただけなかったね。乱戦・混戦になるとイレギュラーも起こりやすくなるし、格上相手はともかく格下相手にそれ仕掛けたのだけがちょっとマイナスポイントかな」

と、評価を下した。

 

評価を受けた月守は、自分もまだまだだなと思いつつ口を開いた。

「評価してもらって、ありがとうございます」

 

「うん、どういたしまして。マー坊は何かある?」

お礼を言われた白金はベットに潜ったままの夕陽へと意見を振った。潜った時と同じようにモゾモゾとベットから出てきた夕陽は、

「シロの言ったことと大体同意見だな」

どこかユルさを感じさせる口調でそう言った。

 

それを聞いた月守は苦笑した。

「味気なさすぎますよ、夕陽さん」

 

「思ったことそのまんまだったしな。戦闘技術に関しても、まあ、2人とも腕上げたなーとは思ったぜ」

なんとも甘口である夕陽のコメントを聞き、月守と白金は、大雑把だと言わんばかりに苦笑した。それに釣られて夕陽もほんの少し笑みを零すが、すぐにその笑みを消して白金に向けて口を開いた。

「シロ」

 

「ん?なに?」

 

「……ワリーんだけど、下の売店から缶コーヒー買ってきてくれるか?」

夕陽はそう言って白金にいくらか金額が入った小銭入れを渡した。

「……」

白金はそれを黙って受け取り、

「すぐ戻るから、待ってて」

そう言って席を立った。

 

コツ、コツ…、コツ……。

 

白金の足音が遠ざかった所で、夕陽は1つ意図して息を吐いた。

「さて。シロがいなくなったし、サシで少し話すぞ」

 

真剣な口調で言う夕陽を見て、月守は呆れたような表情を浮かべた。

「素直に席外してって言えばいいのに、また回りくどい方法使いましたね」

 

「バレてるのかよ」

 

「元相方を舐めないでください、怪物レイガスター」

 

「はっはっは。言うじゃねぇか、腹黒シューター」

お互いに挑発するようではあるものの、楽しそうな口調で言い合い、会話は進んでいく。

「というか、わざわざ白金先輩に席外してもらう意味あったんですか?」

 

「あいつがいると、なんでかオレがしたい話から脱線していくからな」

 

「確かにそうですけど……、ちなみに夕陽さんがしたい話ってなんですか?」

 

「色々あるが、とりあえずはランク戦についてだ」

 

「言うことないって言ってたじゃないですか」

 

「今回の試合はな。言い方悪いが、Aにいたお前らが下位グループ相手に負けることなんて万が一にも無いし、言うことなんてもっと無い。オレが聞きたいのは次っつーか、今後のことについてだよ」

 

「ああ、なるほど」

 

「そういうことだ。2、3個質問するぞ」

納得した様子を見せた月守へと夕陽は質問を始めた。

 

「まず1つ目。次の対戦相手はどのチームだ?」

 

「鈴鳴第一、那須隊、漆間隊の4つ巴戦です」

 

「おーおー。これまた相性が悪い対戦相手と当たるな。まあでも、ステージと転送の運がよほど悪く無い限りは負けんだろ」

薄っすらと笑う夕陽に対して、月守は手に持った果物ナイフを手元でクルクルと回しつつ答える。

 

「逆に言えばステージと転送の運がよほど悪かったら負けるので、対策はしっかり立てますよ」

 

「良し。その考えができてるならオッケーだ。んじゃ次の質問行くぞ……つか咲耶、その前にその果物ナイフ回すのやめろ。危ないから」

注意された月守が果物ナイフを空いた皿に置いたのを見て、夕陽は質問を再開させた。

「今回の試合で天音ちゃんが出てなかったが……。例の病気のせいか?」

 

「……」

その問いかけに対して月守は無言を挟んでから、

「そうですよ」

肯定の言葉を返した。

 

「そんなに酷いのか?」

夕陽は素直に疑問に思ったことを口にして月守へと問いかけ、月守はそれに答える。

「いえ、不知火さんが言うには、だいぶ落ち着いてきたみたいです。ただ、まだ検査とか調整に時間が必要らしくて、しばらくは休暇って扱いにしてます。次の試合も、神音は休みです」

 

「不知火さんが言うなら大丈夫なんだろうが……。まあいい。お大事にって伝えといてくれるか」

 

「了解です。……というか、同じ病院についこの前まで居たんですし、その時に言えば良かったじゃないですか」

月守が何の気なしにそう言ったのだが、

「そりゃあ、そうなんだが……」

なぜか夕陽は口ごもった。

 

「…………?」

その言動に月守は違和感を覚え、夕陽はそんな月守を見て慌てて言葉を発した。

「あー、ほら。言いに行けなかったんだよ。オレって何でか女子隊員に警戒されるからさ」

 

「そりゃあ、夕陽さんが女子隊員にセクハラするからでしょ」

 

「その言い方だと語弊があんだろーが。オレが誰かと話してる所を迅の奴が狙っていくんだよ。オレは女の子に対して直接何かするような奴じゃねぇ」

 

「まあ、確かに…。夕陽さんは男子隊員同士の、『女子隊員の誰々が可愛い』とかの話題で盛り上がるような人ですけど…。それでたまに際どい内容の話とかしてましたよね?アレ、意外と女子隊員に筒抜けになってたんですよ?」

 

「マジで!?ちくしょう……、誰だよ情報をリークしてんのは…」

夕陽は悔しそうに言い、

「まあ、俺ですね」

月守は何食わぬ顔で答えた。

 

「お前かよ!」

 

「いやー、つい口が滑っちゃうんですよねぇ」

困ったような笑みを浮かべる月守に対して、夕陽は溜め息を吐いた。

「……やっぱ、お前を味方に置きたくねーわ」

 

「そうですか」

 

「でもそれ以上に、敵にはもっと回したくねぇ」

 

「あはは、褒め言葉として受け取っておきます」

夕陽の言葉に対して月守は笑顔でそう答えた。

 

 

そんな月守を見て、夕陽はとても自然に、

「……咲耶。お前、ちゃんと笑えるようになったな」

と、言った。

 

「……」

ちゃんと笑えるようになった。その言葉を月守は頭で反芻してから口を開いた。

「俺、ちゃんと笑えてますか?」

 

「少なくとも、お前をオレの隊にスカウトした頃のやんちゃだった時に比べたら別人みたいだぞ」

茶化すように夕陽は言い、

「あの頃の俺は荒れてましたから……」

月守はちょっとした黒歴史を掘り返されて遠くに視線を向けていた。

 

そこへ夕陽は言葉を重ねる。

「あと、オレが()()()()()()()()()直後に比べたら、だいぶマシになったな」

と。

 

その言葉を聞いた月守は一瞬固まったものの、すぐに姿勢を正して頭を下げ、

「……すみませんでした」

そう謝罪の言葉を口にした。

 

謝罪を受けた夕陽は努めて冷静に言葉を発する。

「気にすんなって何回も言ってんだろうが」

 

「………」

 

「あの日、あの時の選択に後悔は無い。こうなる以外の選択肢は無かったって思ってるし…。迅の奴も、オレたちが()()()()を受けた時点でこうなる未来は避けられなかったって言ってた」

 

「………」

紡がれる言葉に対して無言を返し続ける月守を見て、夕陽は尚言葉を続ける。

 

「だからな、お前が気にする必要はねーよ」

 

「でも……」

 

「でも、じゃねぇ」

絞り出した月守の言葉を制するように夕陽は言葉を重ねた。

「オレなんかに気を使ってつまんねー生き方すんなよ、咲耶」

と。

 

つまらない生き方。

かつて夕陽の元で何度も何度も聞いたその言葉は、ある種の安心感を月守に抱かせるものであった。月守が安堵したのを夕陽は察した。

「吹っ切れたか?」

 

「とりあえず今は吹っ切れました」

 

「だったら、それでいい…。つーか咲耶。お前、オレを心配して気を使うくらいなら、その気づかいを天音ちゃんに回してやれよ」

意味深に言う夕陽に向けて、月守はほんの少し首をかしげた。

「どういうことですか?」

 

「いや、なんつーか……近くにいるからって油断してると、思わぬ見落としがあるかもなって話だ」

 

「はあ……」

月守は夕陽の意図が今一つ読めず、再度首を傾げた。困惑する月守を見て、夕陽は真剣な表情で言葉を紡ぐ。

「あの子はこの先、まだまだ成長するぞ」

 

「ええ、それは分かってます。大規模侵攻では披露する機会が無かったですけど、神音は着々と新しいトリガーと戦闘スタイルは身に付けてますよ」

月守はどこか嬉しそうにそう言ったが、何故か夕陽は、

「違う。そういうことじゃないぞ、咲耶」

そんな月守を諭すように、目をしっかりと合わせてそう言った。

「え?」

 

「え?じゃない、咲耶。オレが言いたいのはそんなことじゃあ無いんだ」

夕陽の言葉を聞き、月守は考えた。

(戦闘技術に向かって、『そんなこと』……?戦闘面以外で、それ以上に重要な要素があるのか…?)

 

考えても答えが出ず、月守はその疑問を解消すべく問いかける。

「じゃあ夕陽さんが言いたいことってなんですか?教えてください」

 

「聞きたいか?」

 

「はい。今後のために是非」

月守は自分に見えていないが夕陽に見えているものについて知ろうとした。

(俺は夕陽さんの事を師匠だなんて思っちゃいない。でも、この人が俺より上なのは確かなんだ。俺とこの人の差……。それを埋めるヒントがここにあるのかもしれない……)

 

そんな事を思い、月守は座っていた姿勢を正して夕陽の言葉を待った。

 

たっぷり10秒は間を空けてから、夕陽はこの上なく真剣な表情を月守に向けた。

 

 

 

「天音ちゃん……。あの子は……」

 

 

 

 

再度間を空け、月守が緊張感を1段階上げたタイミングで、夕陽は告げた。

 

 

 

 

「着痩せするタイプだから分かりにくいが、スタイル良いぞ……!」

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

「…………」

 

 

「…………」

 

 

静寂。そうとしか表現しようが無い時間が数秒流れたところで、月守は口を開いた。

 

「夕陽さん……」

 

「なんだ、咲耶」

真剣さから一転し、自信満々のドヤ顔を見せつける夕陽に向けて、月守は、

「今すぐ両腕折られる。もしくはセクハラで訴えられる。この2択ならどっちがいいですか?」

無表情ながらも、トリオン体の時以上の殺気を漲らせてそう言った。

 

「ちょっ!待て待て待て咲耶!その2択は無いだろ!」

 

「2択は無し?じゃあ両方でいいですか?」

 

「それはもっと無しだっ!つか、お前は冗談抜きでそれやりかねないだろ!」

夕陽はベットの上で慌てふためきつつそう言うが、それに対する月守はとても冷静で、ただただ殺気を飛ばして言葉を投げかける。

「20歳になったような人が女子中学生の体型について語る時点で俺的にはアウトです」

 

「心は今でも17歳のつもりだっ!」

 

「黙ってください。せめてもの情けです。どっちの方を先にやるのかは選ばせてあげます」

 

「いつの間にか2択とも確定してるっ!?」

月守の殺気を受けてなんとか逃げようと夕陽は試みる。しかし夕陽に逃げ場は無く、今の彼は調理されるのを待つ食材のようであった。

 

そしてそんな食材に向けて月守は何気無く言う。

「……そもそも、そんなことは知ってますよ。去年の夏、地木隊みんなで海行きましたもん」

と。

 

「……海、だと……っ!?」

海。うみ。ウミ。

 

その単語が夕陽の頭を何度も巡った末に、彼は瞳を閉じて月守に対して足掻くのを辞めた。

「どうしました?夕陽さん」

 

「咲耶。オレのことは煮るなり焼くなり好きにしていい。ただ……」

 

「なんですか?」

言葉の続きを促された夕陽は頭を下げて、言い放った。

 

 

「その時のみんなの水着姿について詳しく説明してくれェ!」

 

 

それを聞いた月守は、

(ああ、この人もうダメかもしれない)

一筋の疑いも無くそう思った。そんな思いを込めて、月守は口を開きかけた。だがその瞬間、

 

「随分と楽しそうなお話をしてるねぇ」

 

そんな声が月守の背後から聞こえた。

 

月守と夕陽はその声に同時に反応し、その声の主を視界に捉えた。そこにいたのは、一見微笑んではいるものの見方によっては怒気を大いに滲ませたものにも見える、さながら般若の面のごとき表情を浮かべた白金だった。

 

((あ、やべぇ))

買い物から戻ってきた白金の機嫌がよろしくないのは火を見るよりも明らかであり、全く同じタイミングでそう思った彼らの行動は素早かった。

 

「ま、待てよシロ!話せば分かる!」

夕陽は彼女に和解するべく交渉を始めた。そして、かつて彼の相方を務めていた月守は夕陽がそういう行動に出るのを予測…、いや、確信していた。だからこそ、

「夕陽さん、説得は任せました。俺は逃げますね」

月守は夕陽にこの場を託した戦略的ベイルアウトを選択した。

 

「さ、咲耶ーっ!?」

自身の荷物を素早く掻っ攫うようにして回収した月守は、夕陽の悲痛な声を聞き流して病室から脱出した。

 

*** *** ***

 

その後、月守は悪いとは思いつつも夕陽の病室に戻らなかったため、何があったのかは知らない。ただ、風の噂程度ではあるものの、三門市立総合病院のとある個室病室から、

「絶壁を絶壁と言って何が悪い!」

 

「人のコンプレックスを連呼するなバカーッ!」

という、不毛な男女の言い争いの末に、そこの入院患者であった男性(20)が顔に打撲を負った末に意識を失ったらしい、という話を月守は聞いたのであった。




ここから後書きです。

今まで名前だけ出てた2人の紹介の回になりました。オリキャラばっかりな上に、書き直しをかなり重ねたので読みにくいかとは思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。

活動報告の方に、軽いアンケート的なものをのせましたので、ご協力いただけたら嬉しいです。

末尾になりましたが、更新を待っていただいて本当にありがとうございます。今後も、頑張ります。

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