半ば生存報告を兼ねた投稿になります。
月守と天音はお化け屋敷を出た後、3年Bクラスのクレープ屋に来ていた。
「チョコクレープ1つください」
「イチゴクレープ、1つ、お願いします」
2人がそれぞれ注文すると、
「チョコとイチゴだね。オッケー、ゾエさん頑張って作っちゃうよ」
注文を受けた影浦隊所属のガンナーの北添尋がクレープを作り始めた。
北添は190センチに届きそうな高い身長とがっしりとした体型を持つが、その実走れて踊れる上に生身での戦闘能力も玉狛のレイジと並ぶだけの性能を併せ持つハイスペックな人材である。加えて誰にも分け隔てなく優しいという性格も相まって、老若男女から支持を得る愛されキャラである。
そんな北添が今、クラスの出し物であるクレープを作っている。
(ゾエさん先輩、なんでもできるなぁ)
(イチゴクレープ……。イチゴクレープ……)
そんな北添の後ろ姿を2人はそれぞれそんなことを思いながら見ていた。すると、
「今日は2人でデートなのかな?」
制服にエプロン姿で売り子役をしていた3年Bクラスの生徒であり、東隊のオペレーターを務める人見摩子がニコニコ(というよりはニヤニヤ)とした笑みを2人に向けてそう言った。
「人見先輩、こんにちは」
天音がペコっと頭を下げて挨拶し、
「今日は地木隊でも別行動なんですよー」
月守がやんわりとした笑顔で答えた。
2人の反応から本当にデートでは無いと察した人見は少し頬を膨らませた。
「あらら、つまらないわね」
「あははー、ごめんなさい」
月守が申し訳なさの欠片も込めずに言い、
「あの、人見先輩。あそこの、オブジェは、加賀美先輩が、作ったん、ですか?」
天音が教室の入り口付近を指差しながら尋ねた。
そこには人の腰程度の高さの、どこか独創的で不思議と人目を集める奇妙な人型のオブジェが複数体あった。
その奇妙な人型のオブジェを製作したのは、今この場にいないが3年Bクラスに所属している、荒船隊のオペレーターである加賀美倫だった。美大への進学を志望している彼女は作戦室の机の中にカラー粘土を常備し、日頃から創作に勤しんでいる。
天音は普段の加賀美が作る作品と、視線の先にあるオブジェにどことなく共通する何かを見出して、人見へと尋ねた。
それを見ながら人見は小さく笑みを見せた。
「あー、まあね。正直私にはよく分からないけど、さっきここに来た荒船くんはあれを見て、
『文化祭を楽しんでるようでなによりだ』
って言ってたから、多分上出来な作品だと思うよ」
「荒船先輩はあれの良し悪しが判るんですね」
「日頃から見てるからかしらね」
月守はそのオブジェをじーっと見つめた後、呟くように言った。
「俺には良し悪しとか判らないです」
「なんでもそつなくこなしそうな月守くんにしては意外だね。美術は苦手なのかな?」
「この学校で俺が留年する可能性が唯一存在するのが美術ですので」
苦笑しながら言う月守を見て、天音は月守の美術センスのひどさを思い出していた。
そんな会話をしている間に、
「できたよー」
ゾエさんがチョコとイチゴのクレープを完成させた。
「ゾエさん先輩ありがとうございます」
「ありがとう、です、ゾエさん先輩」
2人はそう言い、月守は笑顔で、天音は無表情ながらもほんの少しだけ目を輝かせてクレープを受け取った。なお、地木隊メンバーは北添のことをある種の親みを込めて「ゾエさん先輩」と呼んでいた。
2人は混雑している教室を出て校内の所々に設けられた休憩スペースに移動し、そこにあるベンチに座りそれぞれのクレープを食べた。
(美味い)
チョコクレープを食べた月守は正直に思った。
午前中に食べたお好み焼きを始めとして文化祭だと思って甘く見ていたが、どこも値段から予想される味を軽く凌駕するものばかりであった。
月守が高評価をしつつ隣に座る天音を見ると、夢中になってイチゴクレープを食べていた。
「神音は美味しそうに食べるね」
「ふぁい?」
話しかけられた天音は口の中に少しクリームを含みつつ月守を見て答えた。
「だって、美味しい、です、から」
「あはは、だよね。……神音のクレープ、一口食べていい?」
月守が自然にそう問いかけ、
「あ、はい、どう……ぞ……?」
天音もいつものように深く考えずにクレープを差し出しつつ、その許可を出した。
そして天音がその許可の持つ意味に気付きかけたところで、
「じゃあ、いただきます」
なんの躊躇いもなく、月守は天音のクレープを持つ手を空いてる左手で支えつつ、小さな口で齧られた跡のあるクレープを一口食べた。
「あ…」
天音が無意識のうちに意味の持たない言葉を発したが、その間に月守はイチゴクレープを味わい、
「甘いけど、ちょっとだけ酸っぱいね」
と、感想を言った。
天音は食べられたクレープと月守の顔を落ち着かない様子で交互に見た。
「ん?どうしたの?」
「え、あ、いえ、その……」
月守の問いかけに対して天音は口ごもり、うつむいた。
それを見た月守は小さく首を傾げた後、何かを察したようで、
「一口食べる?」
と、言いながら自身の持つチョコクレープを天音に差し出した。
「え……?」
無表情ながらもほんの少し動揺したような神音を見て、
「あれ?てっきり、チョコの方も食べてみたいのかなーって思ったんだけど…、違った?」
やんわりと微笑みながら月守はそう言った。
「………っ」
声にこそ出ないが天音は慌てふためいたようにパタパタとした動きをしてみせた後、
「……じゃあ、一口だけ、もらい、ます」
いつも以上にか細い声で言い、差し出されたクレープをパクッと一口だけ食べた。いや、食べたと言うには齧ったという方がしっくりくるくらい、小さな一口だった。
それを見た月守は苦笑しながら口を開いた。
「神音、そこはクレープの皮だけだよ?味無いでしょ?」
「そ、そんなこと、ない、です……」
「ダメ。ちゃんとチョコとかクリーム付いてるところ食べなさい」
苦笑したまま、月守は再度天音にクレープを差し出した。
天音は月守の顔とクレープを何度も見て、瞳の奥には大きな動揺の色を覗かせて、かなり躊躇った素振りを見せたものの、
「……ん」
パクン、と、今度こそちゃんとクレープを食べた。
「美味しい?」
モグモグと口を動かす天音に向かって月守は尋ねた。天音はクレープを飲み込んでから答える。
「……ごめん、なさい。味は、今、ちょっと、わからない、です……」
「そう?だいぶ分かりやすい、甘い味付けだと思うけど……」
月守が不思議そうに言い首を傾げ、天音は月守から顔をそらしつつ残ったクレープをパクパクと食べ進めた。
しばらく無言で食べ進めたところで月守が問いかけた。
「神音、次はどこ行きたい?」
「えっと……あと、知ってる人、いるクラスとか、ありますか?」
「ある程度まとまってるってなると、三輪先輩のクラスかな。でも、確か2年Dクラスは確か演劇だから、俺行けないや」
「え……?あ、月守先輩、ドロボー役だから、行けない、でしたっけ?」
「そー。ごめんねー」
やんわりと微笑みつつ、月守は天音に謝った。
月守が所属するクラスの出し物であるケードロにおいて月守が担うドロボー役の人間は基本的に文化祭の会場内ならばどこにいてもいいが、体育館で行われる出し物には参加してはいけないという制約があった。人がごった返すため、中に入られては見つけるのが困難になりケードロの難易度が上がるという理由であった。
「だいじょぶ、です」
天音はいつものように無表情でそう言い、そのまま言葉を続けた。
「あの、じゃあ、月守先輩の、行きたいところに、行ってみたい、です」
「……俺が行き先選んでいいってこと?」
「はい」
頷きながら天音はそう答えた。
すると、月守は困ったような表情を浮かべ、
「とは言っても行きたいところはもう回ったし……。あとは校庭でやってる屋台系くらいなんだけど、そこは彩笑も行きたがってたし、まだいいか……」
ブツブツとつぶやきながら行き先を思案し始めた。
行き先の定まらない月守を見て、天音はぼんやりと考える。
(月守先輩、珍しく、悩んでる)
彩笑ほどではないにしろ、割と普段から即決する傾向にある月守であるため、悩む姿は少しだけ珍しく思えた。
と、そこへ、
「しょくん、ちょうどいいところにいたな!」
聞き覚えのある、幼い声がかけられた。
「おー、陽太郎じゃん」
「陽太郎くん、こんにちは」
座る2人の目の前にいたのは、林藤陽太郎という5歳の子供だ。ボーダー玉狛支部所属のS級お子様であり、ボーダー在籍歴に関しては2人の先輩にあたるお子様である。
普段は玉狛支部で飼っているカピバラの雷神丸と共に行動しているが、今日は居なかった。月守は椅子から降りて陽太郎に目線を合わせつつそのことについて問いかけた。
「陽太郎。雷神丸は留守番か?」
「うむ。レイジにいわれてきょうはらいじん丸はるすばんなのだ」
「そっかそっか。ところで、そのレイジさんはどこにいるのかな?陽太郎が1人で来たわけじゃないだろ?」
月守がそう質問すると、陽太郎は腕組みをしながら答えた。
「レイジといっしょにきた。けど、レイジがまいごになった」
と。
その一言で2人は状況を理解し、
(いや、迷子なのはお前だ)
(迷子なの、は、陽太郎くん、だよ……)
同じことを思った。
「んー、そっかそっか」
月守はやんわりと微笑みつつ言いながら天音にアイコンタクトを送り、意思疎通を図った。
(神音。迷子になった陽太郎を玉狛支部の誰かに預けるよ)
(了解、です)
行動指針を決めた2人はすぐに動いた。天音も月守と同様に椅子から降り、陽太郎に視線を合わせて口を開いた。
「陽太郎くん、じゃあ、迷子になった、レイジさん、探そっか」
「おう!」
元気よく陽太郎が答える傍らで月守はスマートフォンを操作し、レイジ、烏丸、小南、宇佐美、林藤支部長に迷子になった陽太郎を保護した旨の連絡を回した。
すぐに返事は届かず、月守はスマートフォンに気を配りつつも制服のポケットに入れて天音と陽太郎に目を向けた。
すると早速目が合った陽太郎がいつもの調子で口を開いた。
「さくや!まずはどこをさがすんだ?」
「んー……。レイジさんとか玉狛の人が居そうな場所が何個かあるからさ、とりあえずそこに向かってみてもいいかい?」
「よし!いいだろう!」
許可を得た月守はやんわりと微笑んだ。
意気揚々と陽太郎は1歩を踏み出したが、
「おっと。陽太郎、ちょっと待て」
そんな彼の手を月守は掴んだ。
「む?なんだ?」
「あー、ほら。今日は人が多いだろ?もしかしたら俺たちが陽太郎を見失っちゃうこともあるかもしれない(また陽太郎が迷子になるかもしれない)から、手をつなごうか」
実際、陽太郎は迷子になっているのだから月守が言うような可能性は十分にある。だが、
「しんぱいむようだ!おれがそんなへまをするわけがない!」
当の本人は自信満々にそう言ってのけた。
(いや、実際にヘマしてるから)
月守は内心苦笑しつつも、このS級お子様をどう説得するものかと思案した。すると、天音がタイミング良く助け舟を出した。
「あ、じゃあ、陽太郎くん。君を、肩車しても、いい?」
「?」
「むむ!?なぜだ!?」
頭にクエスチョンマークを浮かべる2人に対して、天音はいつものように無表情で理由を口にした。
「えっと……、陽太郎くん、本部に来た時、米屋先輩に、肩車してもらう、でしょ?それを見て、私も、やってみたいって、思ったんだけど、ダメかな?」
陽太郎は本部に来くると米屋が面倒を見ていることが多い。これは米屋が玉狛所属の宇佐美の親戚であることに加え、名前に「陽」の字がつく「陽仲間」だからだ。そしてその2人が本部を移動する際には、天音が言うように陽太郎を米屋が肩車していた。
天音の申し出を受けた陽太郎は少しだけ唸ったあと、
「……だめだ」
と、否定した。
「そっか…、残念。でも、なんでかな?」
天音は小首を傾げて問いかけ、陽太郎はそれに答える。
「おんなのこにせおわれるなど、おとことしていっしょうのはじだからだ……」
その答えを聞いた月守は、
(俺にはイマイチよく分からんけど……。まあ、そういうお年頃なんだろうなぁ…)
ぼんやりとそう思っていた。
しかしその答えを受けた天音は、まるでその答えが分かっていたかのように言葉を続けた。
「うーん。じゃあ、その代わりに、手なら繋いでくれる、かな?」
陽太郎は葛藤の末に、
「……かたぐるまよりなら、手をつなぐほうをえらぶ」
そう言って天音の提案を受け入れた。
「ありがと」
天音はそう言い、陽太郎の小さな手をそっと掴み、同時に月守へとアイコンタクトを送った。
(……ん、ああ、なるほど)
すぐに月守はその意図に気付き、陽太郎の空いている片手を掴んだ。
「なぜさくやも手をにぎるのだ!」
陽太郎は少々憤慨するが、
「はっはー。男たるもの油断する方が悪いんだぜ、陽太郎」
月守はケラケラと笑いながら陽太郎の意見を受け流し、
「よし、じゃあ行くよ」
普段見ることのない組み合わせで文化祭を歩き始めたのであった。
*** *** ***
そして早速結果となるが、月守の当てにしていたレイジが居そうな場所、もとい、玉狛所属の誰かが居そうな場所は、全て外れだった。
中でも一番当てにしていた、烏丸が所属するクラスの出し物である喫茶店に烏丸が居なかったのは大き過ぎる誤算だった。彼は午前中と昼間に莫大な売上を叩き出すことに貢献して、午後は文化祭をエンジョイしているらしい。
校舎の外を歩きつつ、月守と天音に挟まれる形で手を握られる陽太郎が口を開いた。
「さくや、つぎはどこだ?」
「うーん、そうだなぁ……」
困ったように笑う月守は思案するふりをしつつ、
(誰からも連絡来ないし、こうなったら生徒会本部に行って迷子の放送をかけてもらうしかないか……?)
内心は最終手段を取るべきかどうか、割と真剣に悩んでいた。
言い淀む月守を見て、天音が再び助け舟を出した。
「陽太郎くん、お腹、空かない?」
「すいてきたぞ」
「食べたいもの、ある?」
「たいやきがたべたい!」
陽太郎がそう言うと月守は半ば反射的に、
「確か校庭の屋台にあったかな」
たいやきが購入できる場所を口にした。
すると天音は陽太郎へと向けていた視線を月守へと向けてから言った。
「じゃあ、私、買ってきます、ね」
「んー、まあ、いいけど。大丈夫?場所とか分かる?」
「はい。大丈夫、です」
天音はそう言い、ててて、と歩きながら高校の中庭に展開されている屋台エリアへと向かって行った。
残った2人は文化祭用に設置された近くのベンチに座って天音を待つことにした。
「さくやさくや!」
しかし座るなり、陽太郎は元気よく月守の名前を呼んだ。
頻繁にではないが玉狛支部に顔を出す地木隊は陽太郎にも覚えられており、玉狛メンバーほどではないにしろ、陽太郎は地木隊にそこそこ懐いていた。
「どうした?」
そして名前を呼ばれた月守はそれに応える。
どちらかと言えば子供が苦手な月守だが、何度かコミュニケーションを取れた甲斐があってか陽太郎はそこまで苦手ではなかった。
そしてそんな陽太郎は月守に向けて、
「さくやはしおんのことが好きなのか?」
そう言った。
意外な問いかけに月守はパチパチと数回瞬きをしたが、すぐに口を開いた。
「んー、そうだね。好きかな」
と。
そしてそのまま陽太郎を見据えつつ、言葉を繋げた。
「あ、神音だけじゃなくて、彩笑も真香ちゃんも、地木隊の皆が好きだよ」
「むむ。さくやはみんなが好きなのか。よくばりだな」
「陽太郎だって、玉狛のみんなが好きだろ?」
「あたりまえだ!たまこまはさいこうのメンバーだからな!」
「それと一緒。彩笑とはボーダー入った時からの仲だし、真香ちゃんは細かいとこまで気を配れるいい後輩だ。神音は……」
天音のことを言おうとして月守はほんの少し言葉を詰まらせたが、やがて、
「…、可愛い妹みたいな感じかな。実際にはいないから分かんないけど…。でも、少なくとも俺の後輩にしては勿体無いくらいにいい子だよ」
と、困ったように笑いながらそう答えた。
しばらくそうして2人は会話をして時間を潰していたが、なかなか天音が戻って来なかった。
「しおん、おそいな」
「そだね。……捜しにに行くか?」
「おう!」
どうやら陽太郎はじっとしてるのが苦手なのだなと月守はなんとなく思い、その小さな手を握りながら校庭の屋台エリアの雑踏へと足を踏み入れた。
屋台をやっているのは月守たちがこれまで見てきた学年別のクラスとは違い、主に運動部だった。中には文化部もチラホラいるが、基本的に屋外屋台は運動部が多くを占めていた。
そんな中を、月守は陽太郎の小さな手を引きながら歩きつつ、キョロキョロと見渡して天音を探す。
そして、
(あ、見つけた)
月守はあっさりと天音を見つけた。だが、
(……なるほど。だからなかなか戻れなかったんだな)
同時に天音が戻って来れなかった理由を理解した。
天音のもとに向かいながら、そのそばにいる見慣れぬ数人の(不良っぽい)男たちの会話を月守は意識して拾った。
「あの、ですから、困り、ます……」
「ちょっとくらいいいだろ?オレらと遊ぼうぜー」
「てか君さ、無表情だし言うほど困ってないんじゃないのー?」
「……どいて、ください。先輩を、待たせてる、ので」
「へー、先輩?それって女の子?」
「もし男だとしたら後輩にたいやき買いに行かせるとか最低じゃね?」
聞こえてきた会話の内容からすると、おそらく天音がこの数人の男たちにナンパされているのだろうということが月守には容易に想像することができた。
そんな男たちの1人が手を伸ばし、ニヤニヤと笑いながら天音の華奢な肩に手を置いた。咄嗟に天音は身体を身構えて口を開きかけたが、それより早く、
「その手、放してもらっていいですか?」
月守が男の手を掴み、冷さを感じる笑みを浮かべつつ、鋭い声で言い放った。
その挑発的な言動を受け、男たちの視線が月守へと向いた。
「お前だれ?」
「この子の先輩」
「チッ。先輩って男かよ」
月守は彼らの言葉を聞き流しつつ、その手に力を込めて天音の肩に置かれた男の手を無理やり退かした。
天音は素早く月守の背後に隠れるように回り込み、
「月守先輩……、その、ごめんなさい」
そのか細い声で呟くように言った。月守はチラッと天音に目を向け、
「あははー、気にしなくていいよー」
優しい声でそう答えた。
細身な腕にしては予想外の腕力であり、腕を掴まれた不良は忌々しげにそれを払った。
「いきなり現れて喧嘩腰とか舐めてんな」
「先にちょっかい出したのはあんたらだろうが」
今の月守は普段の穏やかさの欠片もない、まさしく喧嘩腰で彼らに対峙していた。
その荒っぽい空気を感じ取ったのか、周囲の視線が徐々に彼らに集まる。その中で、月守は言葉を繋げる。
「…女の子1人相手に複数で声かけるとか、情け無いな」
「ああ!?」
分かりやすい挑発により激怒した男は月守の胸ぐらを掴みあげた。月守はそれを振りほどくことはせず冷たい笑みを浮かべたまま、
「情け無い上に短気ときたか」
更に挑発するような物言いを続けた。
足元では陽太郎が、
「さくやをはなせー!」
と喚いているがその声にだれも答えることはせず、月守の胸ぐらを掴んだ男の拳が無情にも殴りかかろうとするように動いた。
だがその瞬間、
「狙いがあからさますぎだ」
そう言いながら、とある人物が殴ろうとした男の手を掴み止めた。
その人物に見覚えがあった月守は、さっきまでの冷たい笑みが嘘であったかのように、いつも通りのやんわりとした笑顔でその名前を呼んだ。
「あ、二宮さんこんにちは」
そこにいたのはボーダーの同期入隊であり、非凡なトリオン能力と高い攻撃力によりNo.1シューターの座に君臨する二宮匡貴だった。
月守の挨拶に対し、二宮は男の拳を掴み止めたまま応えた。
「月守。お前は相変わらずだな」
「なんのことでしょうか?」
「トボけるのか?」
しかし2人の会話に、拳を止められた男が無視するなと言わんばかりに口を挟もうとした。だが、
「陽太郎。こんなところにいたのか」
このタイミングで騒ぎを聞きつけたのか、月守たちが探していたレイジが現れて男の言葉をかき消した。
「レイジ!どこにいっていたのだ!まいごになるとはなさけないぞ!」
「迷子になったのはお前だろ」
レイジは月守たちが言えなかった事をサラリと言ってのけ、陽太郎の小さな身体をひょいっと持ち上げて、「落ち着いた筋肉」の異名を冠する自身の肉体の肩に乗せた。
そんな彼らを見つつ、月守は思った。
(パーフェクトオールラウンダーのレイジさんに、ソロランク2位の二宮さん……。もしトリオン体でこの2人が敵として現れたなら、勝てる気がこれっぽっちもしない……)
だがすぐに、生身でも勝てる気はしなかったと月守は思い直した。
そんなボーダートップランカーのただならぬ雰囲気(主にレイジの筋肉)に圧倒されたのか、天音をナンパした男たちはこそこそと去って行った。去り際に小声で、
「覚えてやがれ」
と、言っていたのが聞こえた月守は彼らを一瞥だけしてすぐに視線を外して、ずっと背後に隠れていた天音に合わせた。
「たいやき、買えた?」
「はい……。あの、でも……、こんなこと、で、迷惑、かけちゃって、ごめん、なさい」
天音は申し訳なさそうに頭を下げ、月守も伏し目がちにして口を開いた。
「いや……。こういうのに神音は狙われやすいのに、1人にさせちゃった俺が悪かったよ」
どうしたものかと迷いつつ、月守は手を伸ばしてその頭を優しく撫でた。
「……次からはちゃんと気をつける」
「あ……私の方、こそ、気をつけます、から……」
すると天音はほんの少しだけ頭を上げて、上目遣いで月守の表情を見た。天音の碧みがかった瞳がしっかりと月守の黒い瞳と視線が合ったところで、
「その、えっと……。とりあえず、陽太郎くんに、たいやき、渡してきます、ね」
慌てたように天音がそう言い、月守のもとを離れて陽太郎とレイジの方に歩いていった。
「あの連中、放っておいていいのか?」
天音が月守から十分離れたところで、二宮が月守に声をかけた。
「あの程度のチンピラなら問題無いですよ。そのうち、札束持った小柄な中学生とかがボッコボコにするんじゃないですかね」
「予想が具体的すぎるな」
「他意も深い意味も無いですよ?」
月守はケラケラと笑いながらそう言った。二宮はそれに対して小さな沈黙を挟んだ後に、
「一応の確認だが」
と、前置きをしてから月守に尋ねた。
「……もし仮に俺たちが来なかったら、お前、あいつらの腕の骨くらいは折るつもりだったな?」
「さて、どうでしょうね?」
問いかけに対して、月守は困ったような笑顔を浮かべつつ、はぐらかすように答えた。
そんな様子を見て呆れたような反応を二宮は見せ、
「別にお前がどこで、どんな問題を起こそうが俺には関係無いが……。あの時のように、俺の手は煩わせるなよ」
まるで警告するようにそう言った。
「その節はお世話になりました」
月守は二宮に聞こえないほどの小声で言い、
「了解です」
それを打ち消すかのように、しっかりと言った。
会話は終わったと思ったが不意に二宮が何かを思い出したかのように口を開いた。
「ああ、そういえば月守。お前に用があった」
「用?なんですか?」
思わず月守は1歩近づくと二宮は何の躊躇いもなく、
「逮捕だ」
そう言って月守に手錠をかけた。
月守は思わず目をパチパチとさせたが、すぐに状況を理解し、笑った。
「まさかのケーサツ役が二宮さんでしたか」
「ああ。本当ならすぐに捕まえるつもりだったが……」
「……だった?」
言葉を詰まらせたのを見て月守は首を傾げ、二宮は吐き捨てるようにして言葉を繋げた。
「あの甘ったるいのを見せられると声をかけるのも億劫になった」
と。
「……?」
月守にはなんのことかピンと来なかったが、「甘い」というワードから二宮が言いたいことを予想した。
「もしかして二宮さん、俺たちがクレープ食べてた時から見てたんですか?」
「ああ」
「……甘いってあのことですか」
月守の言葉を受けて二宮は自分の言わんとすることが伝わったのだと感じた。
「多少は自重しろ」
「えー……、いやいや二宮さん、ダイエット中の女子じゃないですし、甘いものをどれだけ食べようが個人の自由に委ねてくださいよー」
「お前、何を言ってるんだ?」
二宮が割と本気で疑問の言葉を投げかけ、
「え?甘いクレープの食べる量を減らせってことじゃないんですか?」
月守はキョトンとしてそう答えた。
「……月守。俺をおちょくってるわけじゃないだろうな?」
「え!?違うんですか!?……まさか、二宮さんの前でクレープ食べるな、とかじゃないですよね!?」
真面目にそう言葉を返す月守を見て、二宮は心底呆れた表情で言った。
「地木の奴も、難儀な奴らを部下にしたもんだな」
「ええ!?これも違うんですか!?どういうことですか二宮さん!」
話せば話すほど正解から遠のいていく月守に二宮はこれ以上言う気が失せ、
「黙れ。もうお前を連行する」
手錠をかけたまま月守を引きずるようにして移動して行ったのであった。
*** *** ***
「……ん」
月守はまどろみから意識を覚醒させた。周囲を見渡すと、そこは見慣れた地木隊の作戦室の中で、当然のようにメンバーが揃っていた。
(……ちょっと懐かしい夢だったな)
そんなことを思いつつ少しだけボーッとしていたが、月守が起きたことに気付いて作戦室にいた天音が、ててて、と、寄ってきた。
「月守先輩、起きました、か?」
「あー、うん」
そう答えるものの、月守の声はまだ少し寝ぼけているようにボヤけていた。
「何か飲んだり、食べたりします?」
それを見て、オペレーター用のモニターに向かい合っていた真香が尋ねた。
「……クレープ?」
さっきの夢の影響で月守の口が半ば勝手にそう答えた。すると、
「ありゃ?咲耶、珍しく寝ぼけてるね?」
物珍しいものを見たような声で、彩笑が笑いながら言い、
「かもね」
月守もそれにつられるようにして笑った。
「えっと、クレープは、ないです、から、代わりに、なにか、持ってきます、ね」
天音はそう言い、作戦室にある冷蔵庫に向かって歩いて行った。
そんな天音の後ろ姿を見つつ、月守はぼんやりと思考する。
(……夢、中途半端なところで覚めたな。あの後はまた皆で文化祭回って……ああ、そうそう。あの時、二宮さん、貰った景品のインスタントカメラをいらないって言って、俺に渡したんだよな)
月守はそこまで思い出したところで、ゆっくりと首を動かして、作戦室に設置した資料用の本棚へと目を向けた。
そこにあるのはフォトフレームに納められた1枚の写真だ。
お世辞にも写真の出来が良いとは言えないが、そこに映る4人は混じり気の無い、楽しさしか含まれていない笑顔であった。
ここから後書きです。
3年Bクラス「クレープ屋さん」
ゾエさん、倫さん、摩子さんによるシンプルなクレープ屋さん。真面目に倫さんが作る作品を見てみたいです。
2年Dクラス「演劇」
三輪先輩、仁礼先輩、三浦先輩が所属するクラスによる演劇。内容はポピュラー作品のアレンジらしい。
1年Aクラス「ケードロ」
月守を追いかけていたのは二宮さんでした。ボツにした案で、二宮さんがケードロにガチになって二宮隊を招集して捜査線を組む案がありましたが、今以上に収集が付かなくなったので断念。
*** *** ***
お久しぶりになります。
「え?ゴールデンウィークって何?美味しいの?」
状態のうたた寝犬です。
4月半ばから生活環境が激変するという旨の事は以前書いたのですが、本当に激変しました。4月末に関しては、本作の執筆どころか本作のネタを頭で考えることすらできないくらいに困難な状態でした。
なんとかの思いで番外編の文化祭編を(無理やり)収拾しました。なんかもう、話が転がりすぎて読みにくいとは思います。ごめんなさい。
執筆ができない、進まないような状態ではありましたが、合間を縫ってハーメルンをチェックするとお気に入りが増えていたり、感想・評価も頂いていて、素直に嬉しかったです。
しばらくはかなりのスローペースになりますが、なんとか本作の投稿を続けます。
次回からは本編に戻って、B級ランク戦を始めます。
後書きで長々と失礼しました。
読んでくださる皆様には、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
めげずに頑張ります。