天音の病気が発覚したのは、去年の5月末だった。
その時の地木隊は全てが上手くいっていたと断言できるほど順調であった。
元々チームメイトであり、高いレベルの連携を持つ彩笑と月守を軸として、急成長を続けるルーキーの天音の戦闘力が加わり、地木隊は結成からワンシーズンでA級入りを果たした。
そんなある日、防衛任務を終えた天音が、まるで糸の切れた人形のようにパタリと倒れた。
彩笑も月守も真香も、何が起こったか分からなかったが、みるみる顔色が悪くなる天音を見て医療班を呼び出した。最初は医療班も不知火も何が起こったか分からずなす術が無かったが、かつてネイバーフットに行ったことがある林藤がこの病状に見覚えがあった。
「これは、トリオン過剰活性症候群だな」
林藤はそう言うなりかつての記録を探し出し、それを基にして医療班と不知火が治療に当たり、病気の悪化を遅らせつつ一命を取り留めることに成功した。
一命を取り留めて意識が覚醒した天音は、メンバーに向かって申し訳なさそうに言った。
本当は、ちょっと前から違和感があったこと。
訓練室で個人練習している時、たまにトリガーの性質が変化したこと。
言おうにも、チームの空気を壊しそうで言えなかったこと。
この、楽しい時間をずっと過ごしていたかったこと。
そんなことを、天音はボロボロと泣きながら何度も何度も言った。
だから地木隊は決めた。
天音がそういう病気を持っていることは忘れない。だが、それを忘れてしまうくらいに楽しい毎日をみんなで過ごすことを。
現状では遅延が精一杯のこの病気を、何が何でも治療できるための手がかりを探し出すことを。
そしてこの日から、これが地木隊の活動方針となった。
*** *** ***
月守が天音の病室に戻ると、どうやら3人は仲良く会話をしていたようで、いつものような雰囲気が病室に漂っていた。
「咲耶おそーい」
開口一番に彩笑がそう言った。
「途中で不知火さんに会ったんだよ」
そう言いつつ、月守は彩笑にココアを渡し、真香にアップルジュースを渡した。
両手にスポーツドリンクを持って月守は尋ねた。
「神音、どっち飲む?」
「えっと、左の、方です」
月守は言われるまま左手に持った飲み物を差し出したが、
「あ、ごめんなさい、月守先輩。私から見て、です」
「ん、ああ。普通に考えればそうだよね」
天音の指摘を受けて、月守は右手の方の飲み物を天音に渡した。
それぞれが一口飲んだところで、彩笑が口を開いた。
「どこまで不知火さんから聞いた?」
と。
軽く驚いて月守はスポーツドリンクを吹き出しそうになるのを、なんとか堪えた。小さく咳をしてから言葉を発した。
「ストレートすぎる聞き方だな」
「うん。だってもう、咲耶が飲み物買いに行ってる間に、ボクらは神音ちゃんから全部聞いたもん」
「全部って……、病気の悪化とアスターについて?」
月守がそう言うと、なぜか3人に笑われた(天音だけはクスッとした小さな微笑みだった)。
「ちょっ……、なんで笑うんだよ……」
月守としては、暗い話題なのに笑われたのが理解できずにそう言ったのだが、
「ああ、ごめんごめん。不知火さん、咲耶にキツイ部分しか言わなかったんだなーって思ってさ」
「キツイ部分?」
「うん、そう」
彩笑はそう言い、ボーダー正隊員に支給されているタブレットを取り出した。しかも背面に地木隊のエンブレム付きのタイプだった。
「……何するの?」
月守が問いかけ、
「動画を見る」
と、彩笑が答えた。
何故に動画?と、月守は思ったがとりあえず彩笑の行動を見ていた。
テキパキと準備を済ませた彩笑は動画を再生した。タブレットの画面を4人で見る。月守は今さらだが、このタブレットは天音のものであったことに気付いた。
(彩笑、自分の使えばいいのに……)
どうでもいい事を思いつつも動画に意識を向けた。
そこに映し出されたのは、大規模侵攻でのとある戦闘だった。
「これ…、神音と、あのおじいさんの戦い?」
月守が問いかけると天音がそれを肯定した。
「はい。不知火さんに、お願いして、動画にして、もらいました。……アスターを、解除してから、の、戦いです。もう、終盤、です……」
天音が言うように、画面には彩笑が写っていないことから戦闘はアスター解除後であるのは判断できた。
天音の視点から見た映像と音声を記録として動画としたものであり、戦闘の激しさが伺えた。
月守には正直この高速戦闘を目で追うには少々厳しかった。当の本人である天音と、高速戦闘を常日頃からしている彩笑はケロッとした表情で見ているが、月守と同様に真香は目が追いつかない様子だ。
途中、両者が相打ちのような形で互いの手を斬り飛ばした。生身では無いとはいえ、トリオン体の戦闘に慣れていなければかなりショッキングな映像だった。
「真香、大丈夫?」
天音が呟くように言った。月守がそれにつられて真香に目を向けると、若干嫌な汗をかいていた。
元戦闘員であるとはいえ、経験が浅く戦線を退いて長い真香にとっては辛い映像だったが、
「うん、大丈夫。続けていいから」
それでも真香は気丈に答えた。
動画はそのまま続き、やがて両者の対話が始まった。
すると、
「あ、あの、地木隊長……、この辺は、その、飛ばしても、大丈夫、ですから……」
急に天音がどこか慌てた様子で彩笑に提案した。
それを聞いた月守は、
(雰囲気的に俺以外はこの動画見てるみたいだし、天音がそう言うなら飛ばしてもいいのかな)
ぼんやりとそう思った。
だが彩笑は、
「そう?むしろここ大事じゃない?」
楽しそうに、いたずらっ子のような笑みを浮かべて天音に向けて言った。
すると、
「や、だめです!ここは、飛ばしても、いいんです!」
と、天音にしては珍しく声を張り上げて意見を主張した。
すると彩笑は観念したのか、動画にミュートをかけて音声を消した。
その状態で彩笑はニヤリと笑い、月守に向けて、
「あ、咲耶。あとでこの動画送るから、ここ、ちゃんと見ておいてね。神音ちゃん、可愛いこと言ってるから」
と、言った。
「ん、ああ、わかった」
月守がそう返事をしたが、
「月守先輩!あの!見ちゃ、だめです!」
それに被せるように、何故か顔を若干赤くした天音が言い、月守の言葉を塗りつぶした。
いつもとは違う天音に気圧された月守は思わず、
「り、了解……」
そんな返事をした。
そんな慌てる天音をよそに、肝心の動画に動きがあった。ヴィザがオルガノンを構え、それに応えるように天音も動いた。
剣士同士の一騎打ちを思わせる対峙だが、そのヴィザの背後からトマホークが襲いかかる。
(ああ、俺が撃ったやつだ)
自身が撃った弾丸だと月守が認識したのとほぼ同時に天音の視界が大きく切り替わった。
「テレポーター?」
「はい」
月守が問いかけ、天音が即答した。
動画はさらに進み、戦闘後に両者が交わした会話が始まった。
ここにきて月守が呟いた。
「……で、この動画は結局何なの?」
「咲耶黙って。大事なのはここだから」
彩笑がそう言い、動画の音量を上げた。
天音の視界に映るヴィザのセリフが、響いた。
『……もし貴女が私との再戦を望むのであれば、まずはギアトロスという国に行くといいでしょう。少々見つけるのが困難な国ではありますが……、もし辿り着けたなら、必ずや貴女の救いになるものがございます……』
と。
彩笑はここで動画を止めた。
「そういうことだよ咲耶」
自信満々に彩笑がそう言い、
「もうちょい説明してくれ」
月守が詳細を説明するように頼んだ。
2人の会話のテンションは普段通りのものであることに真香は苦笑し、天音も心なしか和んでいた。
彩笑はそんな空気の中、説明を始めた。
「説明も何もヴィザおじいちゃんが言ってるじゃん?」
(ヴィザおじいちゃん?)
驚くほどフレンドリーな呼び方に月守は疑問を覚えつつも、月守は言葉を返した。
「確かに『ギアトロスって国に行けば治るかもしれない』みたいなニュアンスで言ってたよ。でもそもそも、なんでこの人は神音が病気だって見抜いたみたいな、ピンポイントな情報を言ってくれたの?」
月守の疑問には天音が答えた。
「あの……、この動画では、言ってない、ですけど……」
「ううん、それはこの動画でも言ってたよ?しーちゃんが恥ずかしがってミュートかけた部分」
「あれ?そう、だっけ?」
「あ、しーちゃん疑ってる?地木隊長、もう一回動画流しましょう」
「よしきた」
真香の意見に賛同して、いそいそと動画の準備にかかる彩笑を見て、
「あの!流さなくて、いいです、から!」
天音がやはり止めにかかった。
そのやり取りを見た月守は、
(一体どんな会話なんだろう……)
俄然、その部分の会話が気になってきた。
ひとまずそれは後回しにして、月守は会話の流れを戻した。
「まあ、それで?」
「あ、はい。その……、どうやら、ヴィザおじいちゃんは、昔に、私と同じ、病気の人と、戦ったことが、あるみたい、なんです」
「だからそのヴィザおじいちゃん?は、神音の病気を見抜けた……、ってこと?」
「おそらく……」
天音の説明を受けて、月守は仮にそうだと頭の中で仮定して話を進めることにした。
「うん。じゃあそうだとして。これはどのくらい信憑性があるの?」
月守はこの時、内心かなり疑わしい話だと思っていた。
というのも、月守は大規模侵攻の最中にレプリカに尋ねているのだ。
「ネイバーフットに、ここよりも医学が優れている国があるかどうか?」
と。
それに対してレプリカは、
『ない』
と、即答していた。
その前提があった上で、月守は信憑性があるかと質問した。
すると、これにも天音が答えた。
「この動画、遊真くんにも、見てもらい、ました。そしたら、遊真くん、『このじいさん、ウソは言ってないよ』って、言ってました」
「それってどういう……。ああ、サイドエフェクトか」
月守は言いながら遊真のサイドエフェクトを思い出した。
かつて月守は身をもって遊真の『嘘を見抜く』というサイドエフェクトを経験していた。
その遊真が、ウソをついていないと言った。信憑性をより確実にするかのように、真香が付け加えた。
「月守先輩、ついでになんですけど……。遊真くんとレプリカさんが提供してくれたネイバーフットの軌道配置図には、『ギアトロス』という国はありませんでした。私たちが、完全に把握していないネイバーフットの国という可能性……、とは、考えられませんか?」
「……なるほど」
そう言われて、月守はレプリカとの会話を更に思い出した。
確かにレプリカは月守が探しているような国は無いと答えた。だがそれより前に、
『私もネイバーフットの国を全て知っているというわけではない』
とも、言っていた。
それを思い出した月守は決心し、それを実現するために必要な事を口にした。
「……じゃあ、まずはA級に上がんないとな」
と。
その答えを聞き、3人の空気がはっきりと明るく変わった。
彩笑がクスッと笑って言った。
「遠征部隊に入って、ギアトロスって国に行こうってことだね」
月守は頷き、やんわりと笑って答える。
「うん。今ある情報の中じゃ、そのギアトロスって国に向かうのが、神音を救けるのに1番良さそうだから」
真香も小さく微笑んで意見を加える。
「ですね。行き先がランダムなネイバーフット遠征ですけど、行っちゃえばこっちのもんです。行き先で得られるであろう多少の自由を使いましょうか」
当たり前のように意見を固めていく3人を見て、天音は口を開いた。
「……みんな、その……。ごめん、なさい……」
なぜか謝罪の言葉を口にした天音を見て、彩笑が問いかける。
「なんで神音ちゃんが謝るのさ?」
伏し目がちにした天音が、いつも以上にか細い声で答える。
「だって、その……。私、みんなに、いつも迷惑、かけてます、よね?」
「迷惑?ねぇ、咲耶、真香ちゃん。そんなことあった?」
彩笑が2人に向けてそう問いかけると、
「全然」
「これっぽっちもないですー」
2人はニコニコと笑って答えた。
そんな2人を見て、天音はかぶりを振った。
「……そんなわけ、ないです」
すると彩笑は、穏やかに微笑み、それでいて天音の言葉を否定した。
「神音ちゃん。確かにボクたちは神音ちゃんの病気を治したいと思って、今、色々考えてる。でもね、ボクたちはそのことに関して迷惑だなんて、一切思ってないよ」
「でも……」
「じゃあさ、逆に……。もし咲耶が変な病気にかかったとしたら、神音ちゃんはどうしたい?」
「助けたいです」
半ば反射的に、理屈など抜きにして気持ちが先走り、天音は答えた。
「そういうことだよ、神音ちゃん」
彩笑は穏やかに微笑んで、天音へと言葉を続ける。
「今の神音ちゃんはさ、きっと理由とか、理屈とか抜きで、ただ純粋に『助けたい』っていう気持ちがあって、それが真っ先に口から出たよね」
彩笑は自然に天音の手を握りながら、その碧みがかった黒の瞳を見つめて、言葉を紡ぐ。
「理由なんて、いくらでも言える。でもそれより前に、ボクたちはみんな、そんな理由とか理屈抜きで神音ちゃんとまだまだ一緒にいたい。だから、助けたいんだよ」
そう言われた天音は、
「……はい。……あの、さっきの、訂正、します……。その、ごめんなさい、じゃ、なくて……。本当に、ありがとう、ございます……!」
嬉し涙を浮かべつつ、そう、答えた。
それを見た月守は思う。
(こういう所は、ほんと彩笑に敵わないな…)
彩笑はその人柄なのだろうが、言葉が相手にまっすぐに届く。自身の気持ちを偽らずに相手に届けることに関しては、月守は一生彩笑に敵わないと思っていた。
天音に気持ちを届けた彩笑は、ニコッと笑って宣言した。
「よし!これからのボクたち地木隊の目標を発表するよ!
まずはB級最下位としてスタートする来シーズンのランク戦を、できるだけ早く勝ち上がってA級入りすること!」
その宣言に月守が言葉を繋ぐ。
「A級入りの後は、遠征部隊になるための選抜試験を突破することだな」
補足するように真香が口を開く。
「B級トップの二宮隊に影浦隊に加えて、昇級試験でもある現A級との対決も難易度高いですよ」
だがそれに怯むことなく、天音が告げる。
「大変、だけど……。また、みんなでランク戦、できると、思ったら…、ちょっと、楽しみ、です」
地木隊4人の意思が固まったところで、彩笑が言う。
「じゃあ、改めて地木隊始動だ!」
全員が次の目標を定めたのと同時、
「天音さーん、お昼ご飯の時間ですよー」
病室のドアを開けて看護師さんがそう言い、天音の昼食となった。
*** *** ***
1週間も寝たきりで点滴生活だった天音の昼食はお粥だった。幸いにも胃腸にダメージはあまり無く、明日には普通の食事がとれるとのことだった。
彩笑、月守、真香は元々学校だったので自前のお弁当で昼食となった。途中で天音が、
(一口欲しい……)
というのを3人に目で訴えかけたが、事情が事情なので3人とも心を鬼にして、
「「「だめ」」」
ちゃんとそう言った。
「もうすぐボーダーの記者会見だねー」
彩笑がそんな事を言いながらテレビのチャンネルを変えていく。
「あの……、すごく今更な質問、いいですか?」
不意に、呟くように天音がそう言った。
「いいよー」
リモコンを置いて彩笑が言い、天音はちょっと躊躇った素振りを見せてから、質問を口にした。
「その……。私の、トリオンを、抑えてる、『アスターシステム』、なんですけど…。『アスター』って、どんな意味、で、名付けたん、ですか?」
と。
病室内の空気がほんの少し変わったのを察しつつも、天音は言葉を続けた。
「えっと……、不知火さんに、聞いたら、命名は地木隊の、誰かだからって、はぐらかされ、ました……」
その言葉を受け、彩笑と真香はあからさまに月守に視線を集めた。気まずそうで、ほんの少し困った表情をする月守を見て、天音は尋ねた。
「……月守先輩が、名付けたん、ですか?」
「んー、まあね」
苦笑しながら月守が肯定した。
基本的に、新しく開発されたトリガーは、その開発者に命名権がある。故に天音のためだけに作られた『アスター』も、開発した不知火に命名権があるのだが、どうやらそれに反して命名したのは月守のようであった。
その月守の瞳を見つめながら、天音は問いかけを重ねる。
「あの……。もし、良かったら、教えて、くれますか?」
小首を傾げて問われた月守は小さな声で、
「大したものじゃないけど」
と、前置きをしてから、名付けたときのエピソードを語った。
「不知火さんが作った時に言ってたんだ。
『このトリガーは、天音ちゃんのためだけにあるトリガーだ』
って。それで、
『どうせなら、天音ちゃんにとって特別な意味を持つ名前にしてあげたいね』
とも、言ってたんだ。でもまあ、その……。あの人、ネーミングセンスが壊滅的で……」
月守はそう言って冷や汗を浮かべた。
「……あの、もし、不知火さんが、命名してたら、どんな名前、だったんですか?」
興味本位で天音が尋ねたが、
「「「聞かない方がいいよ」」」
かなり真剣な表情で3人は声を合わせて、それを拒否した。
「は、はい……」
素直に天音はそれを諦め、月守は由来の説明を再開した。
「それで、まあ…。そんなわけで不知火さんに代わって色々考えた結果、『アスター』にしたんだ」
経緯を説明すると、月守は病室にあったメモ帳の1ページを破り、ペンを走らせた。
「アスター。スペルはA、S、T、E、R…。これ、ある国の言葉で、2つの意味があるんだ」
「2つの、意味、ですか?」
「うん」
やんわりと微笑んだ月守は、1つ目の意味から説明し始めた。
「1つ目が、『星』。…神音さ、俺たちの周りにいる人たちの苗字に、不思議な共通点があるのは気づいてた?」
月守に問いかけた天音は頷いた。
「水、金、地、火、木、土、天、海…、それと、月…。惑星と衛星、ですよね?ちょっと、欠けてます、けど…」
「そう。っていうか、気付いてたんだね」
月守がほんの少し意外そうに言うと、天音がどこか申し訳なさそうに口を開いた。
「あの、その……。前に、夕陽さんと、お話、した時が、あって……その時、聞いたんです。月守先輩は、地球より上に、衛星がいたら、ダメだから、彩笑先輩に、隊長を、任せてるんだ……、って」
すると今度は彩笑が笑った。
「でた!咲耶がボクに隊長任せてる下らない理由!」
「ちょっ、下らないは言い過ぎでしょ」
月守が抗議するも、
「いやだって……。実力とか適正とかなら分かるけど、名前が要因なのはちょっと、ねぇ……」
「珍しく地木隊長の意見がもっともです」
「実際、それを、話してくれた、時、夕陽さん、すごく、笑ってました」
残念ながら月守の意見は劣勢だった。
月守としては、
「彩笑は地球と木星の2つを持ってるから」
という意見もあったのだが、この空気では言っても通じないと諦めた。
わざとらしく咳払いをしてから、月守は口を開いた。
「まあ、とにかく……。1つ目が星なの。でも、どっちかと言えば2つ目の理由の方が本命の理由なんだ」
「2つ目の、理由、ですか?」
「うん。……1つ目の意味が星。それで、その星を思わせる形をしてるからって理由で、ある花のことを指してるんだ」
「花……。私でも、知ってるような、花、ですか?」
天音がそう言うと、月守は意味ありげに微笑み、
「知ってる。絶対に知ってるし、この部屋にもあるよ」
と、答えた。
「……え?」
この部屋にあると言われた天音はキョロキョロと部屋を見回す。しかしあるのは、土屋が飾っていった花しかない。
そして、お世辞にも花に詳しいとは言えない天音は見ただけで花々の名前を当てられる自信が無い。
それでも知ってる花があるかもしれないと思い天音は花を一輪一輪観察する。だがそんな天音を見て、
「あはは、しーちゃん。そんな所には無いよ〜」
楽しそうな声で真香がそう言った。
「え、でも……。他に花、なんて……」
無いよ?と言いかけながら天音が視線を花から外すと、
「本当に無い?」
彩笑が心底楽しそうな笑顔を見せつつ、タブレットの背面が天音に見えるように持っていた。
そこに描かれているのは、地木隊のエンブレム。
放射状に花弁が広がっている一輪の花。ただそれだけが描かれたシンプルなエンブレム。
そして、その花の名前を天音は知っていた。
まさか、と、思った天音の瞳は大きく見開かれる。
「あの、月守先輩……。その花の、花言葉とか、教えて、もらえますか……?」
すでに答えは分かったも同然だったが、天音は確認するかのように問いかけた。
「君のことを忘れない、だよ」
穏やかに微笑んだ月守が、当然のように答えた。
それを聞いた天音は、信じられないと言いたげな表情を見せた後、呟いた。
「私の、名前と、同じ響きの、花……、紫苑、ですね」
「正解」
月守が優しい声で神音を褒めるように言い、褒められた神音は、いつもの無表情の面影を全く感じさせない笑顔を見せた。
淡くとも可愛らしい、まさに花開いたかのような綺麗な笑顔だった。
とっくにボーダーの記者会見は始まっていたが、誰もすぐ気づかなかった。
ただ、紫苑の花をモデルにしたエンブレムを背面に描かれたタブレットだけが、まるでテレビ画面を見るように病室の棚に立てかけられていた。
ここから後書きです。
地木隊の今後の活動目標が定まりました。
後半の名前の部分は、いつかやりたいなーと、長々と構想していた部分でした。何人かまだ名前が足りませんが、書くタイミングを完全に失う前に書いちゃおうという気持ちで書きました。
ヴィザ戦での伏線も回収できたので、まあいいかなと。
多分、大規模侵攻編はあと1話か2話で終わります。
読んでくださる皆様には、本当に感謝です。