ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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前書きです。
今回ちょっと長めです。


第41話「紐解く秘密」

大規模侵攻を終えて一週間。三門市はまだその傷跡を残しつつも、それ以前の日常が戻ってきていた。そして当然、正隊員の大多数を占める学生たちは当たり前のように学校にいた。

 

「「……はぁ」」

1つ授業を終えて、彩笑はため息を吐いた。唯一月守に成績で勝てる程の得意科目である英語の授業だったが、入院していて意識が戻らない天音のことを思うとどんな授業であっても身が入らなかった。月守も同様であり、彩笑と同タイミングでため息を吐いていた。

 

そこへ、

「月守」

1人のクラスメイトが月守に声をかけた。

 

「天羽……」

声をかけてきたのは、天羽月彦だ。ボーダーに3本しかないブラックトリガーの内の1本を所有するS級隊員であり、月守と同じく三門市立第一高等学校の1年Aクラスに籍を置くクラスメイトだった。

 

天羽を見て、月守は疲れた声で言った。

「……あんま学校サボるなよ」

 

「今、登校してるだろ?」

 

「大規模侵攻の後、普通にサボってたじゃん。その間、俺と彩笑でクラスメイトに質問攻撃に対応してたんだからな」

月守がそう言い、

「あもっちゃん、お久〜」

彩笑もその会話に混ざった。

 

それをあまり気にすることなく、天羽は会話を続けた。

「……で、質問攻めってなんだ?」

 

「んー、ほら……、今回はいつもより規模がずっと大きかったし、ボーダー内部に死傷者出したくらいだから、みんな面白半分……、とまでは言わないけど、色々知りたがってね……」

彩笑がそう答え、

「あとついでに……。多分C級あたりから、今回の論功行賞の情報が漏れたんだろうな……。大金の使い道を聞かれた。誤魔化したけどさ……」

月守がげんなりしてそう言った。

 

「……大変だったな」

天羽は少々他人事のように言った。クラスメイトである2人には、これが天羽の平常運転だとわかっているのであまり気にしなかった。

 

そして、今度は天羽が質問した。

「……まだ、あの変わった色の子は目を覚まさないのか?」

と。

 

天羽の言っているのは天音のことだ。色というのは、天羽の持つサイドエフェクトによるもので、天羽はどうやら人やトリオン兵のトリオンを色として強さや性能を認識できるらしい(月守や彩笑はその事について踏み込んだ質問はしないため、これは定かでは無く詳細は分からない)。

 

その天羽の問いかけに対して2人は顔を見合わせて、力なく頷いた。

「そうか……」

天羽がそこまで言った所で休み時間を終えるチャイムが鳴り、3人は急いで授業の準備にかかった。

 

 

 

授業は古典だった。どちらかと言えば文系の彩笑にとっては得意な方であり、成績が1年生で上位にいる月守にとっても苦手ではない科目である。尚、天羽はぐっすりと寝ていた。

 

そんな天羽の後ろ姿を見た月守にも眠気が若干伝播してきた頃、

 

『ピピピッ!』

 

と、音が鳴った。一瞬、誰かのスマホが鳴ったのかと思い、授業をしていた教師も、

「誰のだ?」

と言いかけた。だがそれを遮るかのように、

 

「咲耶っ!早退して病院直行!!」

 

月守の前の席にいる彩笑が声を張り上げた。鳴ったのはボーダー正隊員に支給されている端末だったようだ。

ギョッとしたクラスメイトの視線が集まる中、驚いた月守はとりあえず抗議した。

「ちょっ、彩笑!んな理由も無しに早退とか……」

 

「神音ちゃん起きたって!」

 

「授業なんて受けてられるか!」

2人は素早く意思疎通をして、テキストやらなにやらを各自リュックやバックに詰め込んだ。

 

「2人とも、一体何が……」

古典の教師が事情を尋ねようとしたが、荷物をまとめた2人は止まらない。

「すみません!ボクたち早退します!」

「天羽!あと頼んだっ!」

彩笑と月守はそれぞれそう言って教室を後にした。

 

2人の後ろ姿を、眠たげな目で見た天羽は呟いた。

「やっぱ、あの2人はあの色じゃなきゃな…」

 

*** *** ***

 

意識覚醒後の診察やら何やらを全て終えた天音は、ゆったりとした足取りで1人屋上へと向かった。辿り着くと、そこには見知った2人がいた。

「三雲くんと、遊真くん……」

声をかけると2人とも気付き、

「天音さん」

「お、アマネだ」

それぞれ挨拶を返した。

 

天音はやはりゆったりとした足取りで2人に近づいた。

「あ、2人とも、聞いたよ。三雲くんは、一級戦功。遊真くんは、特級戦功、貰ったん、だよね」

修の隣にちょこんと座りながら天音は尋ねた。遅れながらも「隣、いい?」と聞いたところ、修は「どうぞどうぞ」と許可をくれた。

 

そして天音の言葉に対して、

「特級ってすごいの?おれ、よく分からん」

 

「寝てる間に貰ったから、全然実感無いんだよね…」

2人ともそれらしい事を言った。

すると今度は修が天音に向けて言った。

「それを言うなら、地木隊もだよね?」

 

「あ、うん……。一応……」

 

「宇佐美先輩が褒めてたよ。

『部隊単位での特級は久々に見たよ』

って」

 

「ん、ありがと……」

天音はどこか気恥ずかしそうな、か細い声でそうお礼を言った。

 

 

天音もついさっき不知火から聞いたのだが、今回の大規模侵攻にて地木隊は特級戦功をもらっていた。

 

ラービットにより浮き足立つ中、どの隊よりも素早くラービットを討伐した彩笑と月守。

その情報を広く伝達した真香。

太刀川と共に、本部へのイルガー特攻を防いだ天音。

部隊合流後も手早く交戦に移り、計5体のラービットを討伐。

ブラックトリガー含む2体の人型ネイバーと交戦して1体を撃破し、もう1体を無力化して捕虜化できたこと。

人型撤退後も、残った月守は最後までトリオン兵殲滅に当たり、殲滅後は民間人の救助活動に加わった。

というのが、戦功をもらった理由だと天音は聞いていた。

そして紆余曲折を経て、天音が実質単騎でブラックトリガーを倒したということになっているらしい。

 

「正直、個人の手柄もあるが、それらを分割するのが手間だったろうからまとめて特級にしたんだろうねぇ……」

というのが、天音に報告した不知火の見解だった。

 

 

 

「アマネ。質問いい?」

戦功の話によって、ある疑問を思い出した遊真が天音に問いかけた。

「うん、いいよ」

天音は質問の内容を聞かずにそれを承諾し、

「その代わり、後で、遊真くんには、ちょっと、協力、してもらうね」

という条件を付け足して、遊真の質問を受けた。

 

前置きなどせず、遊真は、

「アマネって、トリオン過剰活性症候群?」

と、いきなり核心をつく質問をぶつけ、

「うん、そうだよ」

天音もごまかすことをせず、遊真の予想を肯定し、そのまま言葉を繋げた。

「……なんで、そう、思ったの?」

 

「アマネが、実質1人でブラックトリガーを倒したって聞いて、もしかしてと思った。普通のトリガーでブラックトリガーを倒せたとなると、よっぽど相性が良かったか、アマネが普通のトリガー以外の切り札を持ってたか、その2択だった」

 

「……それで、その結論に、なったんだ」

 

「これが1番それっぽい理由だったからさ」

 

「……そっか」

このやり取りで、2人の疑問は解消した。

 

だが、

「く、空閑……、なんだ、今のその……、トリオン過剰活性症候群って……」

修だけは現状を理解できず、遊真に向けて素直な疑問を口にした。

 

修の疑問には、当の本人である天音が答えた。

「三雲くん。結論から、言うとね……。私、そういう、病気なんだよ」

と。

 

「び、病気……!?」

 

「うん」

当たり前のように天音はそう言い、説明を始めた。

「んー……、すごく簡単に、言うと……」

 

天音は自身の心臓の隣……、見えない内臓と言われているトリオン器官のあたりにそっと手を当て、言葉を紡ぐ。

「私の、トリオン器官は、すごく調整下手、なの……。放って、おけば、使いきれない、くらいの量の、トリオンを、生成、し続ける」

 

話す天音の口調はいつものように淡々としてものであり、悪い言い方をすれば機械のようであった。

「それで、そのトリオンは、とても活発。そのまま、使うと、トリガーと、トリオン体を、狂わせて、変質させて、改変しちゃう、くらいに…。純粋に、性能面で見ると、強力、だけどね……」

 

まっすぐに修と遊真の目を見て、天音の説明は続いた。

「……普段は、薬と、トリオン体に、組み込んだ『アスターシステム』で、抑えてる、けど…。今回、ブラックトリガー、相手に、その抑えを、外したの……。勝てたのは、それが理由、だよ」

 

そこまで言った天音は、

「……んっと。三雲くん、何か、疑問、ある?」

と、小首を傾げて修に問いかけた。

 

疑問と言われて、修は素直に質問した。

「……いやその、疑問は沢山あるんだけど……。この病気は、身体にどういった害が起こるんだい?」

と。

 

害、と言われて、天音はどこまで言うべきか迷った。だが迷ったのはほんの一瞬だった。

「私の、場合は……。そのトリオンが、毒、みたいに、になって、軽い頭痛とか、目眩……。時々、発作みたいなの、起こって、内臓が、上手く働かなく、なったりとか、だけど……」

そこまで言った天音は、修に気付かれない程度に小さく遊真に視線を送った後、言葉を続けた。

「……でも、そんなに、酷くは、ならないよ。無茶しちゃうと、今回、みたく、寝込んだり、するくらいは、あるけど…。1日2日で、死んじゃうとか、そういうは、ないから、大丈夫だよ……」

と。

 

そんな天音の言葉を受けた修はひとまず納得したようで、

「そうか……」

と、小さく呟くように言った。

 

「どう?納得、できた?」

 

「あ、ああ、うん」

 

「そっか、よかった……。私、説明、下手だから、上手く伝わって、安心、した」

そう言って天音は、本当に小さく、注目していなければ気付かれない程度に苦笑した。

 

ひとまず修への説明が終わってようで、そのタイミングを見計らって遊真が天音に声をかけた。

「……んでさ、アマネ。質問に答える代わりに協力してほしいことってなに?」

 

「あ、うん。その前に、ちょっと確認、なんだけど…」

それは天音が質問に答える代わりにと出したら交換条件だった。天音は、ボーダー正隊員に支給される端末を取り出しながら遊真に尋ねた。

「遊真くんの、サイドエフェクトさ……。記録動画、からでも、ウソって、見抜ける?」

 

問いかけられた遊真は天音に近寄りながら、答える。

「程度によるけど、できなくはないよ」

 

そして天音にだけに聞こえる小声で、遊真は言った。

「……アマネ、悲しいウソつくね」

と。

 

*** *** ***

 

学校を堂々と抜け出した彩笑と月守は途中で真香とも合流し、天音が入院している病院に到着した。

平日の昼間という事もあり、制服姿の3人はとても目立つがそんなの気にすることなく、ここ1週間毎日通った病室めがけて急いで移動した。

 

だが、そこには天音の姿は無かった。病室に入った3人は、この部屋に天音がいないことを確認した。天音がいない代わりに書き置きのメモがあり、

「散歩してきます」

と、書かれていた。

 

それを見た真香がため息をつきながら言った。

「とりあえずフラフラ歩ける程度には元気みたいですね」

 

「どこ行くと思う?」

彩笑がメモの裏側も確認しつつ問いかけ、

「お腹すいたから購買部に行ったか、電波が使える中庭、それか空を眺めに屋上……、くらいじゃないの?」

月守が即答した。

 

日頃のクセなのだろう。情報が揃った真香と月守は効率良く探すためのプランを立て始めた。

「月守先輩、とりあえず分担で探しますか?」

 

「だね。ひとまず3人バラけて、そこに天音がいたらそのまま天音と待機して、いなかったらここの病室に戻ってくる。そうすれば……」

 

「戻ってこない人の所に、しーちゃんがいる事になりますね」

 

「そゆこと。彩笑、オッケー?」

 

「オッケー。じゃあ……」

探しに行くよ。そう彩笑が言いかけたその瞬間、

 

 

「あれ、今日、みんな、学校休み、ですか?」

 

 

と、この3人が今1番聞きたかった声が、病室の入り口の方から聞こえて来た。

3人とも反射的に入り口に目を向けた。するとそこには案の定、入院着姿の天音がキョトンとした様子で立っていた。

 

「神音ちゃん!」

「神音!」

「しーちゃん!」

 

それぞれが天音の名前を呼び、呼ばれた天音は軽く驚いた様子を見せつつ、何か言おうと口を開きかけた。だがそれよりも早く、彩笑と真香が天音をギュッと抱きしめた。

「ふわぁ!?」

今度こそ驚いて、そんな間の抜けた声を天音は発した。

 

驚く天音とは対照的に、抱きついた2人は嬉し涙を流していた。

「良かった……!目が覚めて、本当に良かった……!」

「ずっと起きないからぁ……!すっごくしんぱいしたんだから……!」

その2人の言葉を聞いて、天音は本当に心配をかけたのだと改めて自覚し、

「彩笑先輩、あの時、ワガママ言って、困らせて、心配もかけて、ごめんなさい」

「真香にも、迷惑、たくさん、かけたよね。ごめんね……」

それぞれに向けて、天音はそう言った。

 

天音を抱きしめる2人の後ろから月守が近寄り、手を伸ばして天音の頭を優しく撫でた。

「……とにかく、また会えて良かった……」

月守は安堵しきったような声で言い、

「……月守先輩、聞きました。最後まで、私の分まで、頑張ってもらって、ありがとう、ございました」

天音はそんな言葉を返した。

 

しばらくその体勢だったのだがやがて、

「……あの、真香、そろそろ、離れて、もらって、いい?」

遠慮がちに天音が言い、真香と彩笑が抱きしめていた手を離した。

「あ、ごめんね、しーちゃん。仮にも病人だもんね。苦しかった?」

 

「あ、うん。それも、ちょっとは、ある、けど……」

天音がそこまで言ったところで、

 

 

グゥゥゥ〜……

 

 

と、その天音のお腹からそんな音が鳴った。

 

それが聞こえ、思わずといった様子で真香と彩笑が軽く笑った。

「しーちゃん、お腹空いたの?」

真香が尋ねると天音は小声で、

「……ちょっと、だけ」

と、答えた。

 

「あはは、じゃあ、何か食べよっか?」

ここ1週間、他の誰よりも長くこの病室に見舞いに来ていた3人は病室の冷蔵庫の中を把握しており、彩笑が冷蔵庫から消化に良さそうなフルーツを取り出したが、月守が思い出したように口を開いた。

「あ、彩笑。この病院、あと1時間弱で昼食の時間になるよ」

 

「そうなの?」

 

「ここの元入院患者が言うから間違いない」

 

「むー。というかアレだよ。それ以前に、神音ちゃんは普通に食べても大丈夫?お医者さんから何か言われてる?」

彩笑が天音に問いかけると、

「あ、えっと……。とりあえず、お茶とか、スポーツドリンクなら、飲んでもいいって、言われ、ました」

思い出したようにそう答えた。

 

じゃあ、とりあえず何か飲もう。

 

そんな空気になった途端、3人が動いた。

「咲耶、ボクはココア」

 

「あ、私はオレンジかアップルジュースでお願いします」

 

「月守先輩、私は、スポーツドリンクで……」

彩笑、真香、天音の3人がさも当然のようにリクエストし、

「オッケー」

月守もそれを当然のように承った。

 

地木隊メンバーには暗黙のルールとして、

『作戦室のお菓子やジュースは各自が自由に補充する。ただし、緊急で必要になった場合は月守が買いに行く』

というルールが存在していた。

 

そして月守はそのルールに従い、4人分の飲み物を買うべく病室を出て購買部へと向かった。

 

*** *** ***

 

迷うことなく購買部にたどり着いた月守はリクエストされた飲み物を購入した。

(ココア、アップルジュース、スポーツドリンク2種類……。神音が飲まなかった方を俺が飲めばいいか……)

買い物袋に入った飲み物を確認して、天音の病室に向けて移動したその瞬間。

 

「だーれだ?」

 

月守の視界は背後から誰かの手で覆われ、そんな問いかけを受けた。

 

「…………」

正直、声と手の感触で誰なのかはすぐに分かった。だが相手はそれを制するように言葉を重ねた。

「あ、名前を直接言うのは禁止。君が思うワタシがどんな人なのかをひたすら言えばいい。合ってたらちょっとずつ手を離してあげるけど、間違ってたりワタシが気に食わない答えが飛んできたら逆に手に力を込めるからそのつもりでー」

 

何の茶番だ、と、言いたかったが月守はそれに乗った。

「えーと、まずはボーダー本部所属のエンジニア」

 

「ピンポーン」

相手の手の力が少し緩んだ。

 

「今回の戦いで、ブラックトリガーを倒した」

 

「あー、相手に回収されてサンプルにできなかったのが残念だなぁ……」

力が強くなった。これはダメだったのだと月守は認識した。

 

「……お酒大好き」

これは力が緩んだ。

 

「白衣が似合う美人さんって言われてる」

これも緩んだ。

 

「年齢不詳」

これはなぜか力が強まった。やはり女性に年齢の話はダメだと月守は学習した。

 

「今回の戦いで、一応論功行賞を貰った」

これは緩んだ。小声で、

「このお金で美味しいお酒が飲める」

と、呟いていた。

 

「エンジニアでもあるけど、医学も齧ってる」

「一応、医大生でもあったからねぇ……」

しみじみと言いながら、力は緩んだ。

 

「トリオンを医学分野に転用する研究を進めている」

「おお、いいね」

これも緩んだ。

 

ここで、あと一息だと思った月守は油断し、

「……婚期を逃しかけてる事を一応気にしてる」

半ばふざけて地雷を踏みにいった。

 

すると、

「生意気言うじゃないか」

両目を抉られるのでは?と思うほど手に強い力が込められた。

 

「ちょっ!痛い痛い!」

 

「いいかい咲耶。女性に向かって年齢と体重と結婚……、この3つは大抵が地雷だ。学習したかい?」

 

「学習しました!」

 

「ならよし」

そう言って月守の目にかけられていた力は消えて、視界が明るくなった。

案の定と言うべきか、そこにいたのは地木隊が非常にお世話になっているエンジニアの不知火だった。

 

やんわりと笑った不知火は、痛そうにまぶたの上から目をさする月守を見て言葉を投げかけた。

「制服ってことは……。天音ちゃんが目を覚ましたって知らせを聞いてサボってきたな?」

 

「居ても立っても居られなくて……」

 

「……ん、まあ、今回は多めに見よう。というかここで多め見ないと太刀川くんを取り締まらなきゃいけなくなるね」

ケラケラと笑う不知火につられ、月守も笑っていた。

 

2人はそのまま天音の病室に向けて移動しつつ、会話を続けた。

「咲耶から見た、復活後の天音ちゃんはどうだい?」

 

「んー、ちょっと痩せたかな……」

 

「1週間ほど点滴だったし、そりゃそうさ。内面的にはどうだい?」

 

「普段通り……、と言いたいんですけど。…あれ、何か隠してます」

月守の考察を受け、不知火は、

「というと?」

続きを促すようにそう合いの手を入れた。

 

考えられるのは、と、前置きを入れてから月守は不知火にしか聞こえない程度の声量で言った。

「病気の悪化……、ですかね」

 

その言葉を受けた不知火は、

「半分正解だ」

と、答えた。

 

(半分?)

月守は内心そう思いつつも不知火の言葉を待った。

 

「目が覚めてすぐに検査をしたよ。昏睡状態の段階からある程度は分かっていたが、やはり、あの子のトリオン過剰活性症候群は悪化していた。戦闘中に活性したトリオンがベイルアウトの後に大きな負担をかけて、内臓の機能が危うくなっていたよ」

 

「どの程度、悪化したんですか?」

問うべきか迷ったが、月守は質問せずにはいられなかった。

 

不知火は隠すことなく、答えた。

 

「この病気で怖いのは、トリオンがまるで毒のように作用して引き起こされる、内臓の機能不全だ。病気の進行に合わせて、その度合いがどんどん酷くなる……。今はまだ、軽くて、頻度の少ないもので済んでいるが、このままだと……、あと5年もしないうちに、致命的な発作が起こるね」

 

と。

 

宣告されたのは、決して長いとは言えない時間の命だった。

圧倒的な力を持つブラックトリガーと渡り合えるだけの力を、何の代価も無しに得るなど都合のいい話など無く、今回の戦いでやはり病状を天音は悪化させてしまっていた。

 

トリオン過剰活性症候群である15歳の天音に残された時間は、不知火の言葉を信じるならあと5年も無かった。

 

 

不知火の言葉を聞いた月守は、心の中に芽生えた不安を不知火にぶつけた。

「そう、ですか…。不知火さん、その……。疑うわけじゃないですけど……、本当に治せるんですか?」

 

「……正直、厳しいかな。事例が天音ちゃんしかないから、治療にかけられる情報と時間が少ない。最善は尽くすが、こうなると運が絡むね」

偽ることなく、不知火は現状を月守に伝えた。

 

 

 

不知火と地木隊の関係は、トリガーを作り出すエンジニアとトリガーを使う正隊員というものだ。

だがそれとは別に、医者と患者という、また別な側面での関係も彼らにはあったのだ。

 

 

現実を受け止めようとしている月守に、不知火は言葉を重ねた。

「あと、天音ちゃんの病気関連で伝えとくよ」

 

「なんですか……?」

 

「アスターについてだ」

不知火は月守の返事を待たずに説明を続けた。

「知っての通り、天音ちゃんの病気は放っておけば一気に悪化する。それを防ぐために、ワタシが開発したのがトリオン抑制システム『アスター』だ。まあ、命名は君だけどさ」

 

「一応、そうですが……。それで、アスターがどうしたんですか?」

 

「うん。今まではアスターの解除・起動権限は当の本人である天音ちゃんと、咲耶、そして隊長の地木ちゃんの3人に一任されていた。だが、今回の件を受けてその取り扱いに慎重になろうって意見が出た。まだ決定までは至ってないが、おそらく今後は取り扱いに忍田先ぱ…、忍田本部長の許可も絡むだろうね。まあ、これは今後正式に通達が届くよ」

 

「分かりました……」

月守がそう返事をしたところで、不知火はため息を吐いた。

「湿っぽくなっちゃったね」

 

「ですね。でも、教えてくれてありがとうございました」

 

「……余命宣告だっていうのに、君たちは同じ事を言うね」

 

「君たち?」

月守が首を傾げてそう言い、不知火はそれに言葉を続けた。

「……天音ちゃんだよ。まあ、その辺は本人から聞きなさいな」

 

そこまで言った不知火は、ググッと伸びをした。

「ワタシが言うべきことは伝えたし、そろそろ戻ろうかな」

 

「本部にですか?」

 

「そう。事後処理が多いし、午後からの記者会見にポン吉が出るから、その分ワタシに仕事が回ってきたんだよ」

そこまで言った不知火はため息を吐いた。

「というか、ポン吉から回された仕事の量が尋常じゃない。いや、多分この量であの人は平常なんだろうけど……」

 

ブツブツと呟く不知火を横目に月守が苦笑したところで、それぞれの行き先に向かってタイミング良く別れた。

 

別れ際、どちらかと言えばいつも笑っている月守の表情がほんの少しだけ歪んでいた。

だが不知火は、悲しげに笑う月守に気付かぬふりをして、その歩みを止めることをしなかった。




ここから後書きです。
どうも説明がくどくなるあたり、まだまだ未熟者です。精進いたします。


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