「アステロイド」
月守は周囲に展開したアステロイドを放った。
ヒュースはそれを見て冷静にランビリスを盾のように展開して対応し、アステロイドを全て弾いた。そしてその弾いたアステロイドは幾つかのランビリスのパーツを経由して月守へと牙をむいた。
「おっと。あやうく自分の弾丸でダメージ食らうところだったな」
月守は戻ってきたアステロイドを難なく躱し、考察を始めた。
(反射盾……。跳弾を繰り返して撃ち手に返すって感じか)
考察している月守に対して、今度はヒュースが攻撃を仕掛けた。
「ランビリス」
磁力によって細かなパーツを幾つも結合させてクナイのような形状をとり、それを土台となる大量のパーツと反発させて弾丸のように放った。
月守はそれを見切って躱す。ボーダー内で弾バカと言われる出水や、1発1発が高い威力を誇る二宮、変幻自在な弾道のバイパーを操る那須、本部屈指のハウンド使いの加古といったシューターとの戦闘経験を待つ月守からすれば、この程度の回避は造作も無かった。そのまま反撃しようと思ったがその前に、オペレーターの真香に連絡を入れた。
『真香ちゃん。この辺のマップデータとかってある?』
『ええ、ありますよ。転送しましょうか?』
『うん、頂戴。あ、できれば立体のやつがいいな』
真香にマップの提供を要請しつつ月守はアステロイドを牽制のように放ち、手を叩きながらヒュースから距離を取った。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
「ちっ!逃さん!」
わかりやすい挑発だが、ここまで先手を取られ続けているヒュースはそれに乗り、月守を追った。
受け取ったマップデータをもとに移動しつつも月守の考察は続く。
(射撃じゃなくて間合いを詰めにかかるのか……)
徐々に徐々に、月守の頭の中にはヒュースとそのトリガー「ランビリス」についてのデータが蓄積されていく。
ある程度彩笑たちと距離が取れた月守は再度真香に連絡を入れた。
『マップデータありがとね、真香ちゃん。こっちの情報支援はこのくらいでいいよ。ここから先は余程の事がない限り俺から連絡入れないし、真香ちゃんからも入れなくていい。彩笑たちの支援に集中して』
『了解です。ご武運を』
『あはは、ありがとね』
月守は笑いながらお礼を言い、通信を切った。
月守の目の前、といってもそれなりに距離がある地点に陣取ったヒュースはランビリスを周囲に展開しながら口を開いた。
「随分余裕のある態度だな、ミデンの射手」
ミデンってなんだろうと月守は一瞬思ったが、おそらく向こうの国からみたこっち側の名前だろうと判断して会話に応じた。
「焦ってもいいことはないからな。君こそ、やけにあっさり分断に応じてくれたじゃん」
「ふん……、貴様は分かっていないのだ。あの方の……ヴィザ翁の実力をな」
「……」
月守は黙ってヒュースの言葉を聞いていた。
「あの方は国宝『星の杖(オルガノン)』の使い手だ。お年を召されて全盛期に比べると一歩劣るが、それでも今回の遠征部隊では随一の実力者となる」
「オルガノン……。星の杖、ね……」
月守の呟きなど関係ないと言わんばかりに、ヒュースの言葉は続く。
「貴様の部下も大層な実力者なようだが、所詮はノーマルトリガー……。2人がかりとは言え、ヴィザ翁に勝てはしない。オレは貴様を倒せるようなら倒す。それが無理なら、ヴィザ翁と合流するまでに時間を稼げればいい。だからこの稚拙な分断に応じた。それだけの話だ」
言い切ったヒュースの言葉を受け、月守はようやく言葉を返した。
「……まあ、君の言い分はわかったけど、その上で3つほど訂正をさせてくれないか?」
月守は話しながら左右の手からトリオンキューブを出現させ、ヒュースもそれに応じるようにランビリスを動かした。
「まず1つ目……。君はやたら向こうのおじいちゃん……ヴィザ翁さんの実力を押すけどさ。こっち側の2人だって実力者だよ。そう簡単に勝負は決まらないぜ」
「……」
先ほどとは逆に、今度はヒュースが黙って月守の言葉を聞いていた。
「2つ目…。君はあの2人を俺の部下って言ったけど……残念ながら逆。俺たちの隊長は向こうの小ちゃい茶髪の奴だよ」
「……!」
ヒュースは驚いたように目を見開き、
「人選ミスじゃないのか?あんなのに隊長が務まるとは思えない」
と、言った。
彩笑の随分な言われように月守は思わず笑った。
「あっははは!はっきりと言うなぁ、君は。……うん、どうやら俺と君とじゃ、隊長に求める条件が違うみたいだな」
楽しそうに笑ったあと、月守は一呼吸取り、ヒュースに伝えるべき3つ目の訂正を口にした。
「3つ目の訂正だ。君は俺を倒せれば倒すし、無理なら引いて戦って時間を稼げばいいと思っているみたいだけど……」
月守はそこで1度言葉を区切り、笑みを浮かべた。
楽しそうにも、虚ろにも、邪悪にも見える、言い知れぬ何かを覚える笑みを浮かべ、言葉を繋げた。
心底不思議そうに感じてる声色で、
「どうして君は、俺に負ける可能性を考慮しないんだ?」
と。
途端、ヒュースの背に寒気が走った。
(……っ!?コイツ、さっきまでと雰囲気が違うっ!)
そう思ったと同時にヒュースは動いた。
「くっ!黙れッ!」
先ほどと同じようにランビリスをクナイ状にして飛ばし、それと並行して自身の右腕にパーツを集めて銃の形状を模して銃弾を放った。
攻撃に移るヒュースを見て、月守は尚、笑う。
「さて、いくか……」
小さくそう言い、周囲に散らせていた弾丸を放ち、2人の撃ち合いが幕を開けた。
*** *** ***
少年2人の戦闘と並行して、剣士3人の戦闘も展開されていた。
激しく金属音を連続で打ち鳴らせ、目まぐるしい速度で攻防が繰り広げられていた。
(ふむ……)
杖のように見せかけた鞘からブレードとなるオルガノンを抜刀して2人がかりの連携攻撃を防ぎながらヴィザは思考する。
(茶髪のお嬢さんはとてもスピードに優れている。攻撃速度もさることながら、こちらからの攻撃に対する反応速度も高い。トリオン体の限界に迫る速度だ)
彩笑のスコーピオンを大きく弾くと、そのタイミングを補うように天音がヴィザへと斬りかかる。
(黒髪のお嬢さんはスピード寄りのバランス型…。もう1人と見比べるとどうしてもスピードには劣りますが、それを補うように一太刀一太刀が鋭く、的確……。使っているのは左手の刀のみですが、もう一振りあることも踏まえると、おそらく純粋な剣技のみならこちらのお嬢さんの方が上ですな)
ヴィザは天音の弧月も大きく弾くと軽くバックステップを踏み、オルガノンの能力を起動した。
キィィィン、という音を鳴らしながらオルガノンのブレード部分の周りに小さなリングが複数生成された、次の瞬間、
キンッ!!
と、鋭い音と共にヴィザを中心とした周囲に斬撃が走った。
アフトクラトルの国宝と呼ばれるブラックトリガー『オルガノン』の能力は、広範囲無差別瞬間即死斬撃。具体的には、周囲に伸ばした円の軌道上にブレードを走らせて斬る、というものだ。
言葉にすればそれだけのものだが、オルガノンから放たれる斬撃は威力、速度、射程、どれを取っても高い能力を発揮する。
しかし、広範囲に及ぶ必殺の威力と高速を誇るその斬撃を、彩笑と天音は躱していた。
「あっぶな!警戒して距離取って大正解!」
「……円を伸ばして、その上を、ブレードが、走る、トリガー、みたいです」
そして天音に至っては、今の一瞬でオルガノンの能力を見抜いてみせた。
能力を的確に言い当てた天音を見て、ヴィザは驚嘆する。
(バカな……。初見で躱してみせるだけでなく、性能まで言い当てた……?)
コンッ!と、オルガノンのブレードの切っ先を地面につけて、ヴィザは口を開いた。
「お嬢さん方……、どうやらただ者ではなさそうですな」
ヴィザの言葉を聞き、彩笑は右手のスコーピオンを逆手に持ち替えて答えた。
「お褒めの言葉をどうもありがとうございます、アフトクラトルのおじいちゃん」
「おじいちゃん……、ほっほっほ」
おじいちゃんと呼ばれて笑い出したヴィザを見て彩笑は小首を傾げ、ヴィザはそれを見て言葉を続けた。
「いや失礼。本国ではそのように呼ばれないため、ついつい微笑ましく思えて笑ってしまう……」
「じゃあ、なんて、呼ばれてるん、ですか?」
純粋な興味で天音はそう尋ねた。当然ながら、この会話の中でも3人とも微塵も気を抜かずに警戒心を張り詰めて構えたままである。
自身の呼び名を問われたヴィザは少し思案してから、
「……国宝の使い手、と、呼ばれておりますな」
そう、答えた。
「国宝の……」
「使い手?」
ヴィザの言葉を補足するように、2人に付いていたちびレプリカが言葉を加えた。尚、このちびレプリカは分断して月守の方にも1体いる。
『この老人が使っているブラックトリガーは「オルガノン」と言い、アフトクラトルでは国宝と言われているほど強力なトリガーだ』
『へぇ…。ちなみにオルガノンってどういう意味なの?』
『こちら風に言うなら……星の杖、だ』
『『星の杖……?』』
レプリカの言葉に彩笑と天音は同時に反応し、彩笑はクスッと笑いを入れた。天音はいつも通りの無表情だが、心なしか表情が緩んでいるような気がしないでも無かった。
『どうした?』
思わずレプリカが問いかけ、彩笑がそれに答える。
『いやー……、ボクたちがこのオルガノンと戦うのは、ちょっとした縁みたいなものかなぁと思いまして……』
『……?』
彩笑の言葉の意味が理解できず、レプリカは不思議そうな雰囲気を醸し出した。
そこで彩笑は右手のスコーピオンの形状を変えた。細剣からいつものダガーナイフへと変え、それを手元でクルリとまわす。
ニコリと微笑みヴィザを見据え、彩笑は天音に内部通話を繋いだ。
『神音ちゃん、連携のパターンを変えるよ。ボクが前衛を専門にやるから、神音ちゃんは中距離からの施空弧月とヒットアンドアウェイでボクのフォロー、よろしく』
『分かり、ました。……あの、おじいちゃんの、攻撃をもう少し、
『オッケー。回避優先ね』
天音のリクエストを受けて、彩笑は動き出した。
「グラスホッパー」
サブ側にスタンバイさせていたグラスホッパーをヴィザの周囲に乱雑に配置する。その内の1つを自身の足元に展開し、それを踏み砕かんばかりの勢いで彩笑は踏み込み加速して肉迫する。
グラスホッパーを踏み続け加速する彩笑を辛うじて捉えるヴィザは素直に思った。
(素晴らしい)
と。
何十年という戦闘の記憶を手繰っても、これほどの動きをしてみせた剣士は片手で数えるほどしかいない。
(それをこの若さで体得し、実戦に用いる……。いやはや、世界はやはり広い)
こういった経験ができるのか遠征の楽しみだと、ヴィザは思っている。
だが、
「それでも私にその刃が届くかは別ものですぞ、お嬢さん」
彩笑の全速力の『乱反射(ピンボール)』での斬撃も、ヴィザは全て防いでいる。視覚のみならず、経験則や第六感とも言われる感覚を駆使してヴィザは彩笑のスピードに対応する。
「まだまだっ!」
彩笑はそう言いスコーピオンを振るうが、ヴィザはその1撃を完璧に捉えて弾いた。態勢を崩した彩笑に向かい、オルガノンの広範囲斬撃を放とうとした。その瞬間、
「旋空弧月」
いつの間にかヴィザの死角に回り込んだ天音が必殺の威力を誇る一振りを放った。
しかし、
「伸びる斬撃とは、面白い」
ヴィザはそう言いオルガノンの軌道を直前に変更し、防御のための斬撃を走らせた。
ギャンッ!
と、激しい音と火花を散らした両者の斬撃だが、軍配はヴィザに上がった。天音の施空弧月は防がれ、彩笑にも紙一重といっていいほどに迫った斬撃を放たれていた。
一連の攻防を経て、
「……純粋に凄いって思ったのは、久々だなぁ」
彩笑はそう呟いた。
普段のランク戦でも、凄いと感じることは何度もある。
太刀川の二刀流。
二宮の圧倒的火力。
風間のステルス戦闘。
当真の狙撃。
いずれもボーダートップクラスの猛者の戦闘であり、これは確かに凄いと彩笑は日頃から思う。
だが、今のヴィザが見せた対応、攻撃、機転……。それは今までのものとは一線を画すような、何かがあった。
プロサッカー選手を目指す少年が観客席の最前線で憧れる選手のスーパープレーを見たような、感情。
同じ土俵、同じ道を進む者として、純粋な尊敬の念があった。
彩笑から見てヴィザの向こうに見える天音も、無表情ながらも彩笑と同じような感情を抱いていた。
畏敬に近い感情を抱いた2人だが、同時にこうも思った。
((だからこそ、勝ちたい))
と。
彩笑と天音は目を合わせただけでその気持ちを共有し、
『絶対勝つよ!神音ちゃん!』
『はい……!』
強大な敵であるヴィザに再度斬りかかった。
ヴィザは楽しそうな笑みを浮かべ、
「どこまでもお相手しましょう。ミデンの幼く、可愛らしい剣士たちよ」
堂々と2人を迎え撃った。
ここから後書きです。
30話になって、ようやく月守が本性を垣間見せました。ある意味、天音以上のスロースタートです。
先日発売されたBBF買いました。
読んだ上でここからいくつか思ったことなど色々書かせていただきます。
まず読んでショックだった(というよりはやらかしたー、と思った)ことを。
それは、別々の人同士で出した弾丸で合成弾を作るのが不可能だという事でした…。
黒トリガー争奪戦時に披露した月守と天音のトマホークは不可能だったという、この事実。一応、第10話は少々書き換えました。使った事実は変わりませんが、『使えたのが奇跡レベル』という扱いとしました。
次に嬉しかったこと。
各隊員の能力値のグラフ、数値化は嬉しかったです。その手の数字が大好きな人間ですので、感涙ものでした!
次に驚いたこと。
ヴィザ翁、能力値高すぎるっ!!?
圧倒的としか言えない、高い能力値。戦わせておきながらあれですが、彩笑と神音はとんでもない人と戦ってますね。しかもそんな人をおじいちゃん呼ばわり。
そして、「お?」と、思ったこと。
それはB級の吉里隊です。
苗字と家族構成の一致ぶりを見る限り、ゾエさんの弟さんと蓮さんの妹さんかな?
最後に、読んで思った総合的な感想。
買って良かった!ワールドトリガーを好きで良かった!もっとワールドトリガーを好きになった!
長々とした後書きを失礼しました!
次話は月守とヒュースのバトルになります!
執筆、頑張ります!