ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第3話「旧弓手町駅の戦い」

彩笑は最初の踏み込み以上の速度で遊真へと肉迫し、スコーピオンを振るった。並みの目ならば消えたと錯覚しかねないスピードだったが、遊真はそれに素早く反応し身体を捻って彩笑の1撃を回避する。遊真の回避により彩笑のスコーピオンは虚しく宙を斬ったが、

「いい反応!」

むしろそれを楽しむような声を上げ、追撃に移った。

 

素早いが1撃1撃の重さは大したことなさそうな彩笑の連続技を遊真は回避するが、その態勢が僅かに崩れる。彩笑はその隙を見逃さずにスコーピオンを右足に纏うように再展開し、遊真の肩を狙ってハイキックを放つ。なんとかそれすらも回避を試みた遊真だがほんの少しだけ擦り、その傷口から戦闘体のエネルギーとなるトリオンが漏れ出す。

「……」

遊真はひとまずバックステップで距離を取ったが、彩笑はすかさずその距離を詰める。

「まだまだ!」

そして笑顔のまま再度斬撃を繰り出した。

 

その戦いを見ている三雲や雨取からすれば、スコーピオンの切っ先がかろうじて見えるかどうかの速度になる彩笑の連続技を、遊真は対処する。だが、

 

(この人、速いな……っ!)

 

決してそれは余裕があるものではなく、むしろギリギリに近かった。

 

彩笑の斬撃はほぼ即興で繰り出す連続技であり遊真の回避動作に合わせて技を組み替えてしぶとく追撃してくる。それにスピードと手数の多さが相まって、遊真にしてみれば厄介なことこの上なかった。

 

彩笑が斬撃を繰り出し、遊真が回避する。その応酬がしばらく続いた頃、遊真の回避行動の精度が高まりだした。最初はそのスピードこそ驚いたが、徐々にスピードと攻撃のリズムに目も身体も慣れてきたのだ。

(よし、これなら……)

これなら捌ける。遊真がそう思った瞬間、

 

キィン!

 

遊真の目の前にいる彩笑の後方から、甲高い音が響いた。

(来るっ!)

直感的に攻撃が来ることを察知した遊真は、

盾印(シールド)!」

防御用の印である盾印を展開した。

 

遊真のトリガーは直接の武装は無いが、特殊な効果を持つ『印』というものを発動させて戦うというものだった。

 

展開された盾印は半球状に遊真の前方へ現れた。そこへ、

ガガガッ!

数え切れない程の大量の弾丸が彩笑の背後から放たれ、シールドに直撃した。

 

ここで1度彩笑はバックステップを取り遊真と距離を開けた。

それにより遊真の視界が開け、状況を把握することができた。

 

「おー、本当にやるじゃん。防がれるとは思わなかったよ」

そう言ったのは月守だ。周囲に小さなトリオンキューブを大量に配置していた。遊真はおそらく、それら1つ1つが弾丸なのだと予測した。

 

月守の隣にいる彩笑が口を開く。

「ちょっ、咲耶!防がれてんじゃん!」

「そうだねぇ。当たったと思ったんだけどさー」

少し不機嫌そうに言う彩笑とは対照的に、月守は苦笑いで答えた。

 

(仲間割れか?)

一瞬、遊真がそう思った矢先、

「バイパー」

月守が苦笑いを浮かべたまま、前触れもなく弾丸を放った。

 

不意打ちに等しい攻撃だったが、遊真は冷静に弾丸の初速からさっきと同速程度だと判断し、再度盾印を展開した。十分速いが問題なくシールドで防げるものだった。

しかしそれを見た月守は、困ったように笑いながら、

「さっきと同じだと思ったかい?」

そう言った。

 

「?」

遊真はすぐにはその言葉の意味が分からなかった。分かったのは月守の弾丸が遊真の展開したシールドにぶつかるその直前だ。

直線的な弾道が遊真のシールドにぶつかる直前に、カクカクっと弾道が曲がったのだ。

 

「おっと!」

遊真は慌てて回避に移ったが、あまりの弾数、不規則な軌道に圧倒され躱しきれずに被弾した。

ズガガガっ!

新たにできた小さな傷口から、さらにトリオンが漏れる。

 

遊真はその傷口に触れながら、冷静に思考する。

(……弾丸のコースを自由に設定してるのか。速いし多いけど、1発1発は軽いな)

そしてその考察は的を射ていた。

 

月守が使用したトリガーは「バイパー」。

ボーダーの射撃戦用トリガーの1つで、事前に弾道を自由に設定できるトリガーだった。

 

思考した遊真はまだ戦う意思があるように構えた。そしてそれを見た彩笑は嬉しそうに笑った。

「ははっ!いいじゃん!いいじゃん!!やる気十分って感じでいいね!」

身体をググッと沈め、さながらそれをバネのように解き放つ。さっきよりも一層速い踏み込みを持って、彩笑は3度遊真に肉迫した。

 

*** *** ***

 

遊真と地木隊の戦いを見ていた三雲はある疑問を抱いた。

「……どうして空閑は反撃しないんだ?」

 

三雲はこれまで、遊真の戦闘を2回見ている。1回目は警戒区域の中で大型の捕獲用トリオン兵「バムスター」を粉砕した時、2回目は学校にイレギュラーゲートが開き「モールモッド」が現れ、三雲のトリガーを拝借して戦った時だ。どちらも遊真は高い実力を見せており、その遊真が反撃らしい反撃をせずに防戦一方であることに三雲は強い違和感を覚えた。

 

『ユーマが反撃に出ないのには2つの理由がある』

その疑問に答える形でレプリカが説明を始めた。

 

『1つ目は単純に相手の実力が高いことだ。個々の戦闘能力だけでも厄介だが、あの2人はそれに加えて攻撃の主軸を交互に切り替え、時に織り交ぜてユーマが対応しきれないようにしている。これほどの手練れは中々久しぶりになるな』

遊真は捌いているが、彩笑と月守の連携による攻撃力は高い方である。もし仮に三雲がこの2人の攻撃を受けたなら、なす術もなくやられてしまうだろう。

 

レプリカはそのまま2つ目の理由を話した。

『だがそれ以上に、ユーマはオサムの立場を気にして反撃に出ないのだろう』

「僕の、ため?」

レプリカが言うには、遊真はB級に昇格できた三雲が自分のことをかばっていたとなれば罰則を受けるのではないのかと考えている。遊真はそれを避けるために相手を傷つけることなく無力化し、出来るだけ穏便に済む道を模索しているということらしい。

 

「そんな……!」

『オサム、心配しなくてもいい。ユーマはかつて今よりも困難な状況を何度も乗り越えている』

レプリカはそう言うが、三雲は心配せずにはいられなかった。

「でも……っ!そ、そうだ!彼らがボーダーの部隊なら、迅さんに止めてもらえば……っ!」

三雲はすぐさま迅に連絡をとった。

 

『はいはい。こちら実力派エリートの迅悠一。どうした、メガネくん?』

迅悠一。ボーダー本部において屈指の戦闘力を持ち、高い発言力と影響力も併せ持つ正隊員だ。

 

「じ、迅さん!助けてください!ボーダーの部隊が空閑を…!」

『知ってる。ていうか見えてる。彩笑ちゃんと咲耶だな』

その言葉通り、迅はこの戦闘を少し離れた地点から見ていた。

 

「な……っ!それなら!」

慌てる三雲に対して、迅は冷静に返す。

『落ち着きなよメガネくん。あの2人は確かにいいコンビだけど、遊真を倒すまではいかないよ……。あいつは特別だからな』

そして迅が見守る中、戦闘は動いた。

 

*** *** ***

 

「こりゃ穏便にってのは無理かな」

戦闘の最中に遊真はそう呟き、頭の中で考えをシフトさせた。

無傷で穏便に、ではなく、手傷を負わせて大人しくさせて話を聞かせる。そう決めた遊真はすぐに行動に移った。

 

強印(ブースト)!」

遊真は印の中から「強印」を選んだ。トリオン体の性能そのものや、トリガーの出力を上げる印だ。それを自身のトリオン体に付与し、パワーとスピードを1段階上昇させた。

 

スピードに乗ってきた彩笑の攻撃を掻い潜り、遊真は反撃の拳を振るった。その斬撃にカウンターを合わせるような1撃だったが、

 

ブゥン!

 

彩笑はそれをバックステップ1つで回避し、遊真の拳は虚しく宙を切った。辛うじてではなく、しっかりと見えている、余裕を持った回避だった。

(……!)

予想より彩笑の反応速度が高く、遊真は軽く目を見開いて驚いた。そして彩笑はやはり、楽しそうに言う。

「あっはは!やっと攻撃に出たね!」

一方的な攻撃だけでつまらないと感じ出した矢先の反撃であり、彩笑のテンションは上がる。

 

その彩笑の背後から、

「あんまり突っ込み過ぎるなよ彩笑!」

月守がそう忠告を発し、

「バイパー!」

攻撃に加わろうとしていた。

 

ここまで放った月守のバイパーは、遊真のシールドを巧みに躱し着実に遊真にダメージを与えていた。1発1発の威力が高くないため警戒の度合いが低かったが、ここまでの戦闘で遊真が受けたダメージの半分近くは月守のバイパーだった。

 

遊真はどうにかしてこのバイパーを防げないかと考え、そして1つの策を思い付き、実行に移した。

月守が周囲に散らしたトリオンキューブを放ったと同時に、遊真は掌を地面に叩きつけ、

強印+盾印四重(ブーストプラスシールドクアドラ)

印を2種類重ねて発動した。

 

遊真を中心にドーム状のシールドが彩笑ごと巻き込む形で展開された。

 

ズガガガガガっ!

 

さながら雨のように降り注ぐ月守のバイパーを遊真の全方位をカバーするシールドは全て遮断して防いでみせた。

シールドに閉じ込められた彩笑は周囲をキョロキョロと見回す。そんな彩笑を見据えて遊真は告げる。

「これなら、あんたの仲間の援護は届かない。連携は防いだぞ」

と。

 

しかし、彩笑は動揺することなく、

「……そう思う?ウチの咲耶を甘く見てると、痛い目見るよ」

不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

コン!

シールドの外で月守はノックでもするかのようにシールドを突ついた。

「……、やっぱ硬いな」

その確認をした後、盛大なため息を吐いた。

「だからあんまり突っ込むなって言ったのに……」

呆れたように言い、策を思案し始めた。

 

(内部は多分、彩笑とあの白い子がバトってるから内側から壊れるってのは無いな。外部から壊すってなると、バイパーの1点集中か……。いや、威力重視ならバイパーじゃなくて……)

月守の思考がそこにたどり着いたのとほぼ同時のタイミングで、

「月守!状況を説明しろ!」

事前に連絡した三輪と米屋が現着した。

 

すぐさま月守は、

「この中に例のネイバーと彩笑がいて、ソロで戦ってます」

手短に2人に説明をした。

 

「この中かっ!」

三輪はドーム状のシールドを見据えて言い、

「マジで!?人型ネイバーとソロ戦とか彩笑ちゃん羨ましいな!」

米屋は心底羨ましそうに言った。

 

2人を上手く乗せたと思えた月守は言葉を続けた。

「はい。今からこれ壊すために1発撃ちこむので、フォローお願いします!」

 

月守はシールドのそばで左手を構えトリガーを切り替えて、トリオンを込めて発動した。

 

「メテオラ」

(威力85の弾速10に射程5!分割無し!)

素早く設定を施し、狙いを定める。

 

「ふっ飛べ」

その一言と共にメテオラを放った。

 

メテオラ

炸裂弾の名前を貰うこの弾は、着弾と同時に文字通り炸裂する弾であった。

 

そして月守の放ったメテオラは、耳を塞ぎたくなるほどの轟音と共に炸裂した。

 

巻き上げた煙の向こうにあるシールドを月守は見据える。

(足りるか?)

一瞬だけ火力不足を心配した月守だったが、シールドに亀裂が入る音が聞こえた。

 

月守はそこからバックステップで距離を開けつつその場所を指差し、

「ここです!ここ目掛けてお願いします!」

頼れる先輩達に向かって言った。

 

「あいよ!」

「言われなくてもだっ!」

米屋と三輪はそれぞれそう言い、米屋は槍型の弧月を、三輪は通常の弧月を握りしめ、そのヒビが入った一点目掛けて全力で振るった。

 

バギンっ!

三輪隊2人の斬撃は脆くなったそのヒビを正確に捉え、シールドを破壊した。

 

シールドが破壊されたのは中にいた2人にも当然分かった。

「ね?痛い目見るっていったでしょ?」

崩れるシールドを見ながら、彩笑はいたずらっ子を思わせる可愛らしい笑みを浮かべてそう言った。

 

「なるほど。こりゃしんどい」

合流する彼らを見て、遊真は口元を拭いながら思わず呟いた。

 

その様子を察知した彩笑が遊真に問いかけた。

「まだやる?それとも大人しく投降する?」

戦力の上でボーダー側が増えたこのタイミングは、確かに交渉の上では有利だった。

 

しかし遊真の答えを聞く前に、

「その問答は意味がないぞ、地木。…ネイバーは、全て敵だ」

冷たく三輪が言い放ち、戦闘が再開された。




ここから後書きです。

久々に戦闘シーン書きました。
地木隊(主に彩笑)が存分(勝手)に動いてくれました。

遊真の印って思ってた以上に応用が利くなぁと、書いてて実感しました。


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