警戒区域での戦闘が激化する中、本部内の研究区画ではあるものの解析が進められていた。
何人ものエンジニアが見据える先にあるのは、1つのトリオンキューブだった。しかしその中身は、ラービットに捉えられた諏訪である。ラービットは捉えた隊員をキューブの形にして体内に格納しているらしく、風間隊が討伐したラービットから諏訪キューブを奪還し、諏訪隊の隊員である堤と笹森が本部の研究区画に運搬した、というのが現状である。
今は諏訪キューブの解除に向けてエンジニア達が必死に解析を進めている。
そしてそんな中、堤と笹森は研究室の外の廊下でその結果が出るのを静かに待っていた。
そこへ、
「ほう。堤くんがここにいるって事は、諏訪くんのキューブ化の解除はここでやってるのかな?」
レディースの黒スーツに白衣を羽織った不知火が現れ、飄々とした声で堤に問いかけるように言った。
「し、不知火さん!?」
堤は驚いたような表情を見せて立ち上がった。
「やあ、久しぶりだねぇ。新年会以来だ」
「お、お久しぶりです……。あの、なんでこんな所に不知火さんが?」
「うん?流石の緊急事態ともなればワタシだって動くよ。今回はポン吉……、もとい、鬼怒田さん直々に命令されたのさ。『キューブにされた諏訪を解除しろ』とね」
そう言って不知火は薄く笑った。
そこへ会話に取り残されていた笹森が加わった。
「堤さん……、この人は?」
「そうか、日佐人は会うのは初めてだったな。この人は……」
と、堤が紹介しようとしたところで2人の間に不知火が割り込んだ。
「どうも、笹森日佐人くん。ワタシは不知火花奈。本部のしがない女性エンジニアだ」
「は、はあ……、どうも……って、あれ?オレ、フルネームを言いましたっけ?」
不思議そうに言う笹森を見て、不知火はやんわりと微笑んだ。
(……この人の笑い方、誰かに、似てる……?)
笹森は内心そんな疑問を抱くが、不知火はそんなのお構い無しといった様子で言葉を投げかけた。
「君のことは諏訪くんから聞いているよ。堤くんにもだが、君は大層可愛がられているそうじゃないか」
「え、ええ、まあ」
どう反応すればいいのか若干戸惑う笹森に向かって、不知火は言葉を続ける。
「ふふ、いいねぇ。なんだかんだで諏訪くんも面倒見が良い」
楽しそうに言った不知火はそこで笹森との会話を止め、解析が行われている研究室の入り口へと足を進めた。不知火が研究室に入る直前、堤が尋ねた。
「不知火さん……、諏訪さんは戻せるんですか?」
入り口の取っ手に手をかけたまま、不知火はやんわりとした笑みのまま、ゆっくりと堤の方を見て答えた。
「戻す。エンジニアの意地にかけて、ね」
そしてすぐにその表情を至極真面目なものに変え、
「そして何より、諏訪はワタシの酒飲み仲間だ。うまい酒を飲むために、ワタシは何が何でも諏訪を戻す」
そう言葉を続けた。
それを見た笹森は内心、
(セリフと表情が逆な気がする……)
そう思いつつも口には出さず、そのまま研究室に入っていく不知火を横目に、堤に声をかけた。
「堤さん、あの人大丈夫なんですか?」
「はは……。そう思うのは仕方ないけど、大丈夫だよ。あの人、腕は確かだからさ」
「そうですか……」
まだ信じきれず、笹森は釈然としない様子でそう言った。
そして不知火が研究室に入った瞬間、中にいたエンジニア達が、
「お疲れ様です!不知火副開発室長!」
そう挨拶をしたのだが、堤との会話に意識を向けていた笹森の耳にはその不知火の地位は聞こえなかった。
*** *** ***
「3体目!」
彩笑はそう言うと同時に、レッドバレットによって動きが鈍くなったラービットの目に細剣状のスコーピオンを突き刺して止めを刺した。一応の警戒は解かず、軽くステップを踏んでラービットのリーチから外れ、そのまま後方にいた月守と天音のそばに移動した。
「色が付くと攻撃パターン変わるね」
何気なく彩笑が呟き、
「みたいだね」
「そう、です、ね」
月守と天音も同意見だったためそれに同意した。
ラービットの傷口から噴出するトリオンが止まったのを見て、彩笑は真香に1つ連絡を入れた。
「真香ちゃん、今の全体の状況を大雑把に教えてくれる?ちょっとラービットに意識割きすぎてわかんなくなっちゃった」
『分かりました。まず各方面の防衛状況ですが、西と北西は天羽先輩単騎で完封してます。人的被害は無いですけど、更地が拡大しているそうです』
真香はそれを初めとして、情報を伝えていった。
迅が天羽に西の防衛を任せて何か動いていること。
C級の避難誘導状況。
各地で色違いのラービットが現れていること。
地木隊と同じく風間隊と嵐山隊がラービットを狩っていること。
太刀川が東部地区に向かって移動していること。
南西地区のC級の援護に向かった木虎と三雲がトリオン兵と交戦していること。
そういった情報を真香が通信を介して3人に伝える中、月守は2人に気付かれないようにそっと離れつつ、レプリカを手招きで呼んだ。
『なんだ?』
「あー、えっと……、ちょっと聞きたいことがありまして……」
月守は歯切れ悪くそう切り出し、言葉を続けた。
「……レプリカさんと遊真って、この前まで近界(ネイバーフット)にいたんですよね?」
『そうだが……、それがどうした?』
「……向こうの世界にはたくさんの国があるってのは、理解してますけど、その上での質問です」
月守はレプリカの目をしっかりと見据えて、
「ここ1年以内で、どこかの国が強力なトリガー……、それかブラックトリガーを手に入れた……、とか、そういう話を聞いたことがありますか?」
と、問いかけた。
『……』
レプリカは自身の記憶を手繰り寄せるような沈黙を挟んだ後、
『すまないが、ここ1年でそういった情報は無いな』
そう答えた。
月守はそれを聞き、ほんの一瞬だけ表情を歪めてゆっくりと1つ呼吸をした。
「そうですか」
『ああ。だが、私もネイバーフットの全ての国を知っているわけでは無い。もしかしたら私の知らない国ではそういったことがあったかもしれないな』
補足するようにレプリカはそう言い、
『しかし、なぜそんな質問を?』
続けて疑問の言葉を口にした。
月守は苦笑しつつ、その質問に答える。
「……探し物です。大切な人の形見というか、大事な物、なんですよ」
探し物が強力なトリガー、ブラックトリガーであり、それが形見にも等しい大切な物だと月守は言った。
それを聞いたレプリカは考える。
(身内や大切な人が遺したブラックトリガー、か?)
と。
しかしそれを尋ねるより早く、月守が口を開いた。
「あと、それとは別の質問を1つ、いいですか?」
『ああ。構わない』
「まあ、多分無いと思ってますけど……。こっちの国よりも技術が……具体的には、医療方面で発展してる国ってありますか?」
二つ目の問いかけに対してレプリカは即答した。
『無い。あれば私とユーマは先にその国に向かい、ユーマの身体の治療をしていた』
と。
遊真の身体は普通の生身の身体では無い。生身の身体は以前参加していたネイバーの戦争中に瀕死の状態になっており、遊真の父親が遺したブラックトリガーによって生身の身体は封印され、普段の遊真の身体はそれに代わるトリオン体であった。
月守は以前玉狛支部に行った時に遊真の身体の事情を聞いていた。
前置きで「無いと思っている」と言ったように、月守はその考えには至っていた。だから今の問いかけは、確認だったのだ。
自身の予想が正しかった事を知った月守は、
「……そう、ですか」
そうお礼を言って頭を下げた。感謝の気持ちがあったからだが、何より今の表情をレプリカに見られぬように、頭を下げた。
そして月守が頭を上げると、そこにあるのはいつものやんわりとした笑みだった。
「質問に答えてもらってありがとうございました、レプリカさん」
『どういたしまして、サクヤ。……今の2つの問いかけが、君の戦う理由かね?』
「まあ、そんな所です。あ、この話、出来るだけ内緒でお願いしますね」
『心得た』
2人の会話が落ち着いたと同時に、一方的な通信として聞いていた真香から、
『たった今、木虎から新しい情報が回ってきました!敵の狙いはC級隊員です!』
一際大きな声でそう連絡が入った。
(C級……?……っ!まさか、C級はベイルアウト出来ないのがバレてるのか!?)
月守がその考えに至ると同じタイミングで彩笑もその考えに行き着いたようで、
「C級の援護行くよ!」
よく通る声で叫ぶように言い、移動を開始した。
「了解」
「りょうかい、です」
月守と天音もすぐにそれに続き移動していった。
移動しながら天音が尋ねた。
「あの、どこの、C級の、援護に、行きますか?」
「ちょっと遠いけど三雲くん達のとこ!東は風間隊と太刀川さんいるから大丈夫!南はB級連合がいるから任せられる!でも南西は玉狛だけだし、敵が狙いをC級に絞ってるならケタ違いのトリオン能力持ってる千佳ちゃんに狙いが集まるから!」
「同感。それに南西は避難がなまじ進んでる分、援軍を送りにくいだろうし、狙いがC級ならラービットも集まる。それなら俺たちの任務だし、なおさら向かわなきゃね」
彩笑と月守の意見を聞いた天音は納得したように、
「そう、ですね。わかり、ました」
そう言った。
全員が意思の疎通をして針路を南西に向けたと同時に、真香から追加で連絡が入った。
『……っ!緊急事態!南西、南、東地区で人型ネイバーが確認されました!しかもこれは……!』
『角つきだ』
真香の言葉をレプリカは先読みした。南西地点にいる修と共にいる自身の分身と情報を共有したのだ。
『ラービットの時点でほぼ確定していたが、もはや疑問の余地はない。角を模したトリオン受容体による技術はアフトクラトルの軍事機密事項である以上、今回の敵はアフトクラトルだ』
アフトクラトル。『神の国』と呼ばれるネイバーフットの中でも最大級の国である。
南西に向けて移動する地木隊の前に、トリオン兵の群れが現れた。ラービットはいないようだが、数がとても多く、なおかつ進む道にいるので無視するわけにはいかず戦闘を始めた。
月守が両手からアステロイドとメテオラのトリオンキューブを生成し、群れを分断するような攻撃を仕掛けながら口を開いた。
「確か角があると、普通の人よりトリオン能力が高いんだっけ?」
月守が分断した2つの群れに彩笑と天音はそれぞれ飛び込み、スコーピオンと弧月を振るい猛烈な勢いでモールモッドやバムスターを駆逐していった。戦闘をおろそかにせずに彩笑は答えた。
「そう聞いてる。量とか質が変わるみたい」
「へぇ。じゃあ彩笑、つけてもらえば?」
「咲耶こそつけてもらえばいいじゃーん」
会話をしつつも、2人の戦闘は衰えない。そしてそれは天音も同様だった。
迫り来るモールモッドのブレードを難なく躱し、弧月を振るい致命傷を与えながら、
「角がある、人は、トリガーの造り、少し変わってる、みたい、です」
何てことないように会話に参加した。
そんな地木隊の戦闘ぶりを見つつレプリカは、
(若いのに大したものだな)
若干感心しつつ、
『付け加えると、角つきでブラックトリガーに適応していればその角は黒く変色している。そうでなくとも角つきの戦闘力は段違いと考えるべきだ』
と、言った。
それを聞いた彩笑は笑顔で返事をする。
「レプリカさんありがと!……ってか、このトリオン兵の群れ多すぎ!全然減らないんだど!」
返事をしつつ、駆逐が終わらないトリオン兵の群れに対して不満を言った。
群れの外にいて全体を見ていた月守は群れが減らない理由気付き、声を上げた。
「……っ!彩笑!神音!ちょっと聞いて!」
「なに!?」
「なん、でしょう?」
2人の反応を受け月守は言葉を紡ぐ。
「さっきからどうも、周囲のトリオン兵がこの辺に集まってる!このままペースだと、ここで足止めされる!」
月守の言うように、地木隊が最初に群れに突撃をかけた時より、トリオン兵は数を増していた。3人の処理能力より速く、周囲のトリオン兵がまるでここを狙っているかのように集まって来ているのだ。
『微力ながら私も手を貸そう。多少の攻撃なら可能だ』
このままでは動けなくなるのはレプリカも察したようでそう言ったが、
「あ、大丈夫、です」
意外なことに、彩笑でも月守でもなく、天音が否定するように口を開いた。
『……?』
訝しむレプリカとは対照的に彩笑は小さく笑いながら尋ねた。
「神音ちゃん、身体暖まった?」
「はい。なので、ここからは、私も、本格的に、動きます、ね」
天音はそう言いつつ、目前のトリオン兵たちから数歩下って構えた。そして、
「……サブトリガー、弧月、オン」
か細い声で呟き、戦闘直前に変更したトリガーを起動した。
ブヴゥン!と音を立てながら天音の左腰に2本目の弧月が現れ、それをを素早く抜刀する。二刀流となった天音は眼前のトリオン兵の群れへと突撃した。
その突撃に対して1番近くにいたモールモッドが反応するが、天音はそれよりも速く弧月を振るい、モールモッドのブレードのつけ根を斬り裂いた。
「ん」
そのまま天音は身体を捻るようにしてタメを取ってからそれを解放し、モールモッドをあっさりと両断した。そこから流れるようにモーションを繋ぎ、
「施空弧月」
リーチを拡張した斬撃で、自身より大きなバンダーやバムスター数体を首ごと切り落とす形で絶命させた。
落ちてくるトリオン兵の首を見据えた天音は、小さく膝を曲げて跳躍して手近に落下していたバンダーの首を空中で足場として大きく跳んだ。
そこから天音は空中で施空弧月を放ち、トリオン兵を切り刻む。
天音が二刀流になってからの動作は1つ1つが素早く、動作間の繋ぎが驚くほど滑らかで無駄がない。さっきまでとは、まるで別人の動きだった。
『ここまで豹変する戦闘員は初めて見たな。スロースターターというだけでは説明がつかない』
その差に驚くレプリカを見て、月守は2人への援護射撃を絶やさずレプリカに説明した。
「神音は本来、ポテンシャルは凄く高いんです。多分、才能とか今後の伸びしろなら、俺や彩笑よりずっと上です」
月守の説明の間にも、天音は静かに、それでいてとてつもない勢いでトリオン兵を屠り続ける。
「ちょっと不器用な所はありますが、神音は天才です。本人は否定しますけどね」
天音と同様に彩笑も持ち前のスピードを活かした戦闘で危なげなくトリオン兵を倒している。
「ただ、まだ神音は才能をフルに扱えるだけの経験が足りてないんです。だから今は、色んなトリガー構成を試して、その構成を使い熟したらまた構成を変える、それをずっと繰り返してます」
月守はアステロイドを細かく分割して放ち、トリオン兵を倒すというよりは動きを制限するような攻撃でサポートしつつ、2人が取りこぼした獲物を逃さず止めを刺していた。
「今使ってる『弧月二刀流』型は、神音が正隊員になってから1番最初に使い熟した型……。それと同時に、今現在使い熟した型の中で最大の戦闘能力を発揮した型です」
月守がそう言うと同時に、天音はトリオン兵の群れの中に潜り込み、両手の弧月に同時に『施空』を付与して振るった。
そして次の瞬間、天音の周りにいたトリオン兵に斬撃が走り、その全てが身体を両断され絶命した。
その光景を見た月守は、
「それと、今日は体調もサイドエフェクトも、調子が凄く良い日みたいですね。多分、いつも以上に
と、誰にも聞こえないほど小さな声でそう言った。
スイッチが本格的に入った天音の戦闘力を得た地木隊の殲滅速度はトリオン兵の合流による増加速度を確実に上回っており、進めるようになるのは時間の問題となっていた。
*** *** ***
地木隊が南西へと移動してトリオン兵の群れと接触した頃、警戒区域内を疾走していた迅の足が止まった。
「……なるほど。そういう未来か」
迅は自身の『未来視』のサイドエフェクトにより、この先の未来を視た。今まで無数に分岐していた未来だが、地木隊が南西に向かうことを決めた時点で幾つかに未来が絞られたのだ。
「どう動くか……」
絞られた未来から自身の取るべき行動を模索していると、戦場でまた動きがあった。
東部でブラックトリガーと戦闘をしていた風間がベイルアウトしたのだ。
迷っている時間は無く、迅は取るべき行動を選択した。
「あの3人がそっちに行くとなると、オレや遊真の動きが変わってくるな…」
変わった未来を受けて、迅は行動を開始した。そして小さな溜息を吐き、
「……あの時の夕陽といい、今の地木隊といい、どうしてしんどい未来を進んじまうんだろうな……」
陰りのある表情でそう言い、嵐山隊と共にいる遊真との合流を急いだのであった。
ここから後書きです。
地木隊の戦う相手がほぼ確定しました。
大規模侵攻で地木隊をどこで誰と戦わせようか、すごく悩みました。
改めて自分で書いた話を読み直すと、1話1話の文字数の割にストーリーの進みが遅いなぁと思いました。ゆっくりとしたストーリー進行であっても読んでくださる読者の皆様に、この場をお借りして改めて感謝の言葉を申し上げます。
これからも頑張ろうと、思いました。