自爆モードに入ったイルガーの爆発はとてつもない威力であったが、本部はなんとか持ち堪えていた。
本部作戦室で爆発の衝撃により倒れた鬼怒田が机に手をかけながらなんとか態勢を起こしつつ、
「この前の外壁ぶち抜き事件以降、装甲の強化にトリオンをつぎ込んで正解だったわい」
と、呟いていた。
鬼怒田を始めとして本部作戦室にいたメンバーは無事だったが、敵の攻撃はまだ終わらなかった。
「第二波来ます!三体です!!」
モニターを見て本部長補佐である沢村が追撃を知らせる。
それを聞いた忍田本部長の判断は素早かった。一般職員を避難させる指示を出しつつ、本部に突撃してくるイルガーの内の1体に基地からの砲撃を集中させた。
しかし、
「忍田本部長!耐え切れるのはあと1発分までじゃ!2発は保証せんぞ!」
装甲の耐久度を把握している鬼怒田が必死の形相でそう叫んだ。
だが忍田本部長は動じる事なく、
「いや、これで大丈夫だ」
そう断言した。
そして次の瞬間、
ズバッ!!
モニターに映っていた2体のイルガーの内1体が、X状に切り裂かれた。
「……!?」
何が起こったか分からないと言った様子の者が何人もいるが、イルガーを斬り伏せた人物はすぐにモニターに映った。
黒のロングコートに2本の弧月を携えたその人物はソロランク1位の強者、太刀川慶だった。
「太刀川!」
「おお!」
本部の窮地を救ってみせた太刀川に向け、鬼怒田と根付は思わず声を上げる。だがイルガーはまだもう1体いる。それを警戒して、
「もう1体が直撃します!ショックに備えて下さい!」
本部長補佐の沢村が再度注意を促した。
だが、
『はっはっは。大丈夫ですよ、沢村さん』
太刀川が本部へと繋いだ通信で笑いながらそう言い、
『
と、確信に満ちた声でそう言った。
すると、
ズパンッ!
残る1体のイルガーが本部に直撃する直前、その身体を真一文字に切り裂かれ、落下していった。
窮地を完全に脱した本部作戦室には安堵したような空気が流れたが、すぐに、
「い、今のは誰じゃ!?」
鬼怒田が今の斬撃の主を尋ねた。
一瞬、太刀川が2体斬り裂いたのかと思ったが、それにしてはタイミングが明らかに遅かった。
叫ぶような鬼怒田の問いかけに答えたのは、
『あ、あの……、私、です』
イルガーを一刀両断した者とは思えないほどの、自信の無さそうな、か細い声だった。
その声が聞こえたと同時に、モニターにその斬撃の使い手の姿が映った。
黒を基調としたジャージタイプの隊服に、柔らかな黒髪。その黒と対をなすような、雪のごとく白い肌。左手に弧月を携えたその人物は、やはりか細い声で申し訳なさそうに、
『天音、です。ごめんなさい、遅刻、しました』
名前と謝罪の言葉を口にした。
*** *** ***
「はっはっは。いやー、やっぱりいい腕してるぜ天音ちゃん」
「上手くいって、よかった、です」
「ああ、いい太刀筋だったぜ。ま、そんなわけで、今度ランク戦どう?10本勝負でいいんだけど」
「え……、それは、遠慮、します。太刀川さん、10本じゃ、終わらない、ですから」
本部上空でイルガーぶった斬りをやってのけた2人は重力に従いながら落下しつつ、そんな会話をしていた。
「いやいや、そう言わずに。本当に10本で終わるからさ」
「うー……、でも……」
一度天音にランク戦を断られた太刀川は粘り強く交渉を続けていたが、
『太刀川さーん。嫌がってるボクの部下にあんまりちょっかい出さないでもらえますー?』
天音の上司である隊長の彩笑が2人へと通信回線を繋いで、笑いながらそう告げた。
「地木か」
『はい、地木です。太刀川さん、ランク戦ならこの戦いが終わった後にボクがいくらでも付き合いますから、神音ちゃんに絡むのはその辺にしてください』
「お!マジか!」
約束だからな!と、太刀川が念を押すように言ったところで、
『慶!無駄話はそこまでにしておけ。おまえの相手は新型だ。斬れるだけ斬ってこい!』
防衛戦の指揮官であり、太刀川の師匠でもある忍田本部長から太刀川へと命令が下された。
太刀川はその指示を素直に聞き入れた。
「了解了解。さっさと片付けて昼飯の続きだ」
そう言ってサブ側のトリガーをグラスホッパーへと切り替え、
「じゃあな、天音ちゃん。ほどほどに頑張りなよ」
天音を一瞥してそう言い、太刀川は斬るべき獲物を求めて警戒区域の空を駆けて行った。
1人上空に取り残された天音だったが、
『神音、聞こえる?』
先に防衛戦に参加していた月守から通信が入った。
「はい、聞こえ、ます……。あの、遅れて、ごめんなさい…」
『あはは、気にしなくて大丈夫だよ』
「はい……。あ、この後、ひとまず、合流、ですよね?」
『うん、そうだね。今、真香ちゃんに頼んで合流できそうなポイントを表示してもらってるから、とりあえずそのポイント目指して移動しよう』
月守からそう指示を受けた天音は頷きながら、
「了解、です」
と、答えた。
指示を終えた月守だが、ふと思い出したように、
『あ、もう聞いてると思うけど、戦闘力がやたら高い新型トリオン兵がいるから、合流するまでにそれに遭遇したら注意してね。無理に倒そうとしないで、俺と彩笑が合流するまで、引き気味に戦って時間を稼ぐこと。できる?』
そう指示を付け加えた。
「わかりました。先輩たちとの、合流、優先しますね」
『うん、よろしい。じゃあ、行動開始』
月守から行動開始の指示を受けた天音は、先ほどの太刀川と同様にグラスホッパーを展開して、警戒区域の空を駆けて合流地点めがけて移動を開始した。
*** *** ***
天音が移動を開始したのとほぼ同時に、彩笑と月守も嵐山隊や遊真たちと別れて移動を開始した。
その際、嵐山隊と遊真、そして地木隊は警戒区域内のラービットを討伐を優先して討伐する事、茶野隊はB級合同との合流、修と木虎は南西地区のC級の援護に向かう事をそれぞれ確認して各自行動に移っていた。
「ねえ、レプリカさん。ちょっと質問があるんだけどいいかな?」
移動の最中、不意に月守が呟くようにそう言った。
別行動に移る際に、
「連れて行って損はないよ」
と、遊真に言われて小型のレプリカを月守たちは受け取っていたのだ。
『なんだ?サクヤ?』
答えるレプリカに対して月守は、
「…敵の狙いはなんだと思いますか?」
そう問いかけた。
「え?トリガー使いの捕獲じゃないの?」
月守の言葉に、レプリカでは無く彩笑が口を挟んだ。彩笑はそのまま言葉を続ける。
「敵は前のラッド騒ぎの時と同じ国なんでしょ?その時のデータを基にしてこっちの戦闘力と人数に大雑把なメドをつけてトリオン兵を散らすように投入して、こっちを分断。バラけてトリオン兵の群れに対応するようにしてラービットを出して戦闘員を捕獲するのが、敵の狙いだってボクは思ってたけど……」
違うの?とでも言いたげな顔で彩笑は月守とレプリカを見た。
ボーダー内で多少誤解されてはいるのだが、彩笑は戦局を見渡して思考するのは苦手ではない。普段はその手のことが得意な月守や真香に丸投げするだけであって、内心ではしっかりと考えているのだ。
『確かにその可能性はあるだろう。だが……』
「それにしては攻め方も狙いも雑なんだよ」
彩笑の言葉を受けたレプリカと月守はそれぞれそう答えた。
「というと?」
キョトンとする彩笑に対して月守は自身の予想を口にした。
「基地に特攻したイルガーも、俺たちが討伐したラービットもだけど、多分かなりのコストをかけたトリオン兵だと思う。それに加えて、普段見るようなトリオン兵も相当数いるのに、それぞれの行動の狙いがバラバラなんだ」
『サクヤの言う通りだ。先ほどラービットを解析してみたが、あれ1体にとてつもないトリオンが投入されている。他のトリオン兵と合わせると、自国の守りがおろそかになり得るほどのコストをこの侵攻に費やしているのだ』
レプリカが月守の意見を補足したところで、月守は言葉を続けた。
「にも関わらず、敵が今までやってることはいつも通りの市民狙いの侵攻とトリガー使いの捕獲、それと本部への特攻だ。どれか1個に絞ればある程度の戦果が出そうなのに、ワザとかと思うほどに相手は色んな方面にコストを割り振って戦力を散らしてる。意図が読めない」
月守がそう言い切り、レプリカもそれに同意した。
『私もサクヤに同意だ。これらとは別に、敵の真の狙いがあると考えるべきだろう』
「あ、レプリカさんもそんな予想なんですね」
『うむ。力になれず申し訳ないな、サクヤ』
「いやいや、大丈夫です。考えの方向性が固まっただけで十分ですよ」
そんな2人の言葉を聞いた彩笑は、
「うーん、まあ、確かに…。そう言われたらそんな感じはするね」
納得したようにそう答えた。そして呆れたように、
「それにしても……。レプリカさんはとにかく、咲耶はよくそこまで考えられるよね。」
と、言った。
それを聞いた咲耶は軽く笑った。
「予想の域を出ないけどね」
「考えられるだけでも十分だよ。……ねぇ咲耶、隊長交代しようよー」
「えー……。なんで?」
2人と1機(?)は移動のペースを落とすことなく合流地点を目指しつつ、会話を続けていた。
『失礼を承知で私も言わせてもらうが、正直初めて君たち2人に会った時、サクヤの方が隊長だと思っていた。あとでコナミたちから聞くまで誤解していた』
レプリカの言葉に彩笑は反応する。
「ですよねー。ボクたちよく言われるんですよ。
『お前ら2人、隊長と隊員逆だろう』
って」
「最近はあんまり言われなくなったけど、地木隊結成時は毎日のように言われてたな」
月守は付け加えるようにそう言った。
苦笑いを浮かべる2人を見たレプリカは問いかけた。
『差し支えなければでいいが、なぜサエミが隊長なのか聞かせてもらっても良いだろうか?』
すると彩笑が口を開き、
「別にいいですよ。まあ、すごくバカらしい理由なんですけどね。……はい、というわけで咲耶、どうぞ」
理由の説明を咲耶に丸投げした。
説明を丸投げされた月守は、『俺がするのかよ』と言いたげな表情を一瞬浮かべつつも、一呼吸取ってから理由を語ろうとした。
「理由は2つありましてね。1つは……」
だがそこまで言ったところで、
『地木隊長、月守先輩。緊急事態です。合流地点の到着直前に、しーちゃんがラービットと遭遇しました』
通信回線を繋いだままの真香からそんな連絡が届いた。
「合流地点の付近だね。数は1体かな?」
彩笑が素早く現状把握にかかり、真香はそれに答える。
『1体です。そこからですと1分少々の距離です』
「「了解」」
そう答えると同時に、2人の視界に表示されていたマップに分かりやすく輝点が表示された。
場所が分かった2人は移動のギアを1段階上げ、一層速やかな合流を目指した。
*** *** ***
目の前に現れた新型トリオン兵ラービットを見据えて、天音は右腰に差した弧月の柄に指をかけた。
(合流するまで、無理は、しない。引き気味に、戦う)
月守に言われた指示を頭の中で反復しつつ、ゆっくりと弧月を抜刀して構える。ラービットも天音を標的として見ており、まだ様子見のように動かずに構えていた。
睨み合いのうような状態の中、不意に天音は呟いた。
「……それにしても、このトリオン兵、色、不思議。なんか、毒々しい色、してる」
と。
天音はラービットを見るのはこれが初めてであったため知る由もなかった。今対峙しているラービットの色が、これまで他の部隊が戦った白いものと違い、紫色をしている色違いであることに。
そんな膠着状態の中、動きがあった。
(来る)
天音は認識するのとほぼ同時にバックステップを踏み、その場を回避する。するとほんの一瞬前までいた場所に、下から生えるような形でブレードが生成された。
よくよくラービットを観察すると腕の一部が液体のように変質していて、そこから地面を介して攻撃したように天音には見えた。
(風刃、みたいな攻撃。でも、ゆっくり、してる)
構え直した天音はラービットの攻撃を暫定的にそう定めた。
同時に、
(……うん。今日は、すごく、調子が、良い。遊真くんと、戦った時よりも、
今日の自身の調子をそう確信した。
天音は反撃と言わんばかりに踏み込み、ラービットとの間合いを詰めにかかった。下段からの斬り上げを放つが、ラービットはそれを硬い腕で防いだ。ラービットはそこから逆の腕を振りかぶり拳を放つが、
「これも、視えてる」
天音は小さな声で呟きつつ、それを身を引いて回避し、すぐさまオプショントリガーを起動した。
「テレポーター」
瞬間移動を可能にするオプショントリガー『テレポーター』により、天音はラービットの背後を取った。いささか弧月の間合いにしては遠かったが、天音の狙い通りの位置だった。素早くオプショントリガーを切り替え、弧月を構える。
「施空弧月」
弧月のリーチを瞬間的に拡張するオプショントリガー『施空』を使い、天音は高速の一閃を放った。腕を切り落とすつもりの斬撃だったが思った以上に硬く、切断までには至らなかった。だがそれでも、トリオンを漏出させるだけの切り傷を与えることが出来ていた。
(腕は、すごく、硬い。斬るなら、腕以外……。でも……)
天音はラービットの情報を1つ、また1つと頭で整理していく。
だがそこまで頭に入れたところで、戦闘に動きがあった。天音に意識の全てを割り振っていたラービットの背後から、
「レッドバレット」
大量のレッドバレットが撃ち込まれた。
そして撃ち込んだのは当然、合流にやって来た月守だった。
「あ、月守先輩」
「お待たせ、神音」
重さに崩れ落ちるラービットには目もくれず月守はそう答え、
「待たせちゃったね」
2本のスコーピオンをラービットの目に突き刺して止めを刺した彩笑がにこやかに笑いながら言い、地木隊3人(プラスアルファでちびレプリカ)がようやく合流することができた。
この後の行動を軽く確認し始めた3人だが、その動向が見られていることなど思ってもいなかった。
*** *** ***
「ラービット・モッド体、戦闘不能になりました」
防衛する側のボーダーでは無く、侵攻する側の国の遠征艇作戦室で、紅一点である女性が地木隊とラービットとの戦闘結果を報告した。その頭部には角のようなものが生えていた。
「ああ!?んなモン見りゃ分かんだよ!つーか、オレの能力持ってる割にはアッサリ負けすぎだろコイツ!」
女性の報告を受け、黒髪の若い男が不満そうにそう言った。この青年も先ほどの女性と同様に、形は多少違えど頭部に角が生えている。
「いやはや。先ほど戦闘員を捕獲したラービットを撃破した部隊と言い、
苛立つ青年とは反対に、この中で一際年を召した男性が感心したように呟いた。この老人は頭部には角は生えていないが、纏う雰囲気は歴戦の戦士のものだった。
「仰る通りです。今回の遠征任務は気を引き締めるべきでしょう」
老人に同調するように、この中で1番若い男性が口を開いてそう言った。まだ少年と言ってもいいような年齢に見えるが、その眼差しや纏う雰囲気はすでに戦場を経験している兵士のそれである。そしてこの少年もまた、頭に角が生えていた。
「油断大敵、というやつだな」
立派な体格の男性が豪快な声でそう言った。本当に油断していないのか問いただしたくなる男だが、それを問うものはここにはいない。
男は角のついた頭ごと動かし、まだ発言していない最後の1人へと視線を向けて口を開いた。
「兄……、いや、隊長。このまま作戦は続行か?」
隊長と言われた男性は、小さな小さな笑みを作り、
「ああ、作戦に変更はない。もう少し惑乱したところで、次の段階へ作戦を移行する」
そう指示を出した。
自身の頭部に生えた角にそっと触れたあと、男性は言葉を続けた。
「多少のイレギュラーがあろうと問題ない。ミデンが足掻いたところで、我々アフトクラトルの真の狙いを防ぐことなどできはしないのだから」
と。
ここから後書きです。
文中でもありましたが、私自身も書いてて何度も、
「彩笑と咲耶って隊長と隊員逆な気がする…」
と、思います。
なぜ彩笑が隊長で咲耶が隊員なのかは、この大規模侵攻編で書く予定です。