『彩笑。どう出る?』
両手を構え新型トリオン兵を見据えつつ、月守は彩笑と直接通信回線を繋いで問いかけた。
彩笑は右手に展開していたナイフ状のスコーピオンを、細剣状に展開し直しつつ月守の問いかけに答えた。
『とりあえずさっきの延長。ボクはアレの反応速度の限界を探るから、咲耶は強度を探って』
『了解』
行動指針を決めた2人は同時に行動に出た。
「アステロイド、メテオラ」
月守は両手からトリオンキューブを2つ出し、それを周囲に散らせるようにバラ撒いてから放った。
新型はそれを両腕を交差させるようにして防ぐ。
(出会い頭より威力に割り振ったけど、それでも腕にダメージを与えるのはキツイ、か)
新型が防御のために足を止めたその隙に彩笑は足元にグラスホッパーを展開し、新型トリオン兵へと細剣による刺突を繰り出すべく踏み込んだ。
最初よりも鋭い踏み込みでありスピードも十分に乗っていたが、弾丸を防ぎきった新型トリオン兵はそれにすら反応し、その硬い腕を使ったカウンターを繰り出してきた。
「ちっ」
それを見た彩笑は刺突をキャンセルしてステップを踏み、新型を撹乱するように動き回った。新型は動き回る彩笑に攻撃しようと腕を振るうが彩笑はそのことごとくを躱してみせる。
(……?)
躱しながら彩笑は何か違和感を覚えた。攻撃にしては何かがおかしいと感じたのだ。
(なんだろ、この感じ)
その違和感の正体に気付くより早く、
『彩笑、そのままバックステップで距離開けて』
月守からそう通信が入った。
新型の注意を惹きつけた彩笑は、徐々にだが新型の視界から月守が外れるように意識した立ち回りをしていた。そして今や、月守は完全に新型の背後を取っていたのだ。
『ん』
返事とも言えない返事を返して彩笑は後方へ跳んだ。当然新型もそれを追おうとするが、
「徹甲弾(ギムレット)」
その背後から月守が弾丸を放つ。彩笑が稼いだ時間で用意したのは、アステロイド同士の合成弾である『ギムレット』であった。
アステロイドよりも高い威力を誇るギムレットだが、それでも新型の装甲は削りきれなかった。多少表面を穿ったが、貫通までには至っていない。
「背中とかも硬いけど、腕ほどじゃないね」
薄っすらと微笑み、月守はそう言った。
新型の標的は彩笑から月守へと移り、一直線に突進を仕掛けてきた。
それを見た月守は、
「……、三雲くん、ちょっと技借りるよ」
と、この場にいない修に許可を求めるように呟き、右手にトリオンキューブを生成した。
そこから小粒で低速ながら、膨大な数の弾丸が月守と新型との間に放たれた。
『低速散弾』
修が以前、風間と模擬戦を行った際に編み出した技だ。大量の弾丸で相手の動きを制限することを目的とした技である。
しかし、今の状態でそれを選択するのは悪手であった。ここまで月守の弾丸は新型の装甲を貫いていない。いくら弾幕を展開しようが、新型の腕部分の装甲の前では月守の弾丸など有って無いようなものだ。よって、月守のこの選択には意味が無い。
新型はその硬い装甲を活かして月守の弾幕に躊躇なく突撃した。
すると、
ガギンッ!
という奇妙な音と共に新型の身体に被弾した弾と同じ数の
動きを止めた新型を見た月守は小さく笑い、
「うん、『鉛弾(レッドバレット)』は有効なんだね」
と、安心したように言った。
『レッドバレット』
威力の全て引き換えにして着弾した箇所に重石を生成して相手の動きを制限する効果を付与する、ガンナー・シューター用の汎用オプショントリガーだ。
以前、旧弓手町駅で戦闘を行った際に三輪が使ったのと同じトリガーである。
大量に生成された重石の重量に耐えかねて、新型の身体がその場に膝をついた。
そこへ、
「えげつないなぁ」
呆れ半分、感心半分といった様子でそう言いながら、彩笑が新型に斬撃を与えた。
触角のような耳を斬り落とし、腹部に深々とした傷を刻み、喉元を切り裂く。そして止めと言わんばかりにトリオン兵共通の弱点である目に細剣状のスコーピオンを突き刺した。
身動きが取れず勢いよくトリオンを漏出させる新型に一応の警戒を払いつつ、彩笑は口を開いた。
「倒せたけど、こいつちょっとヤバイね」
「だな。ギムレットで貫けないとか、二宮さんのシールド以来だよ。反応も良いし、まともに相手するだけ損だと思ってレッドバレット使ったけど……」
「ううん、咲耶の判断でいいと思う。今度からコレに遭遇したら今の方法でいこう」
「了解」
2人がそこまで会話したところで、新型からのトリオンの漏出が途絶え、完全に活動を停止した。
そこへ、
『すみません!やっと情報集まってきました!』
若干慌てた様子で真香が通信回線を繋げた。
「おつかれさま。それで、どうだったの真香ちゃん?」
彩笑の問いかけに対し、真香は1つ呼吸を入れてからそれに答えた。
『今交戦したトリオン兵の名称は「ラービット」。高い戦闘力を活かして
「捕獲用……?じゃあ、あの攻撃はパンチじゃなくて掴もうとしてたってことなんだね」
戦闘中に彩笑が感じた違和感の正体はどうやらそれだった。倒すためではなく、掴むための動きだったのだ。
彩笑の納得したような声に続けて真香は説明を続けた。
『先輩達なら問題なかったみたいですけど、今現在交戦している他の部隊ではすでに被害が出ています。出会い頭の戦闘で東隊が分断され、小荒井先輩がベイルアウト。そして諏訪隊に至っては、諏訪隊長が捕獲されています』
「……っ、諏訪さんが!?」
まさかの事態に月守が動揺したようにそう言い、
「救援状況は?」
意外にも彩笑が落ち着いた様子で真香に救援状況の詳細を尋ねた。
『大丈夫です。諏訪さんを捕獲したラービットとはすでに風間隊が交戦しています』
「師匠が行ったなら大丈夫だね。……それで、上はどんな判断をしてるの?」
彩笑が本部の意向を確認するようにそう言うと、ザザザっ、という雑音のような音声が混ざり、
『それについては私が直接話そう』
今まで話していた真香ではなく、今回の防衛戦の全体を指揮している忍田本部長の声が返ってきた。
まさかの声に彩笑は咄嗟に言葉が返せなかったが、一分一秒すら惜しいと言わんばかりに説明を始めた。
『現在の状況だが芳しいものではない。新型トリオン兵ラービットによって各部隊が足止めを食らい、防衛ラインが大きく崩れてしまっている。そこで当初とは防衛体制を変更し、防衛を大きく2つに分けた。B級部隊は全部隊合同で一箇所ずつの市街地防衛に当て、新型トリオン兵はA級部隊で相手をすることにした』
忍田の指示を聞いた2人は納得と疑問を抱いた。
納得したのは新たな防衛体制だ。東隊、諏訪隊で被害が出ている以上、B級単隊では新型の相手は厳しいことが伺える。それを踏まえてB級は合同で戦力を集中させラービットへの対策を取った上で市街地の防衛に回し、肝心のラービットはA級部隊で止める。それは2人とも納得した。
『防衛体制の変更は理解しました。その上で1つ質問があります』
『なんだ?』
彩笑は感じていた疑問を忍田本部長へと尋ねた。
『A級でもB級でもない、……ランク外のボクたちはどうすればよいですか?』
と。
その質問に対して忍田は即答する。
『どの部隊よりも手早く新型を屠った君たちを新型に当てない手は無い。今回の防衛戦に限り、君たち地木隊をA級部隊と同等の扱いとする。新型を優先して討伐してきたまえ』
と。
「「『了解!』」」
2人は、いや、オペレーターの真香を含めた3人は力強く忍田本部長の指示を受け取った。
忍田本部長との通信を切ったところで、真香から現場の2人に指示が出される。
『それではこれより、ラービットの反応を優先してマップ上に表示します。それを元に移動及び戦闘を展開してください』
「オッケー!」
彩笑が答えるや否や視界のマップに一際分かりやすい輝点がポツポツと表示され始め、2人はターゲットの位置を確認しつつ素早く移動を開始した。
「どれから行く?」
民家の屋根を足場にしつつ、月守は前方を移動する彩笑に問いかけた。
「南西エリア!なんでか知らないけど、レーダー見る限りB級とC級で防衛してる!」
言われた月守は南西エリアの反応を確かめた。すると確かに、B級とC級がそれぞれ1名ずつで防衛している箇所を発見した。
そしてそこに近付くラービットの反応が1つ、あった。
「確かにそうだね」
「でしょ。運良くそんな遠くないから、まずそこ行くよ!」
目標を決めた2人は移動速度を一段階上げ、目的地へ向かった。
幸いにも本当に近くであったため、2人はすぐに目的地へとたどり着いた。だが、
「あーもう!戦闘始まってる!」
たどり着くなり彩笑が叫ぶようにそう言った。倒れる正隊員の上にラービットが覆うように立っていて、まさしく捕獲される寸前のように見えた。
それを見た2人はすぐに戦闘体制に入る。
「咲耶!まずは新型とB級を引き離す!突っ込むからフォローよろしく!」
「了解!」
月守は答えると同時に両手からトリオンキューブを生成する。そして月守が攻撃するより早く彩笑は動く。
「グラスホッパー!」
足元に展開したグラスホッパーを踏みつけ加速し、高速接近して右手に展開したスコーピオンを振り切った。
甲高い音と共にスコーピオンは弾かれるが、ラービットの意識は捕獲しようとしていたB級から彩笑へと向いた。そしてそこを突くようにして月守が弾丸を放つ、はずだった。
しかしそれより早く、
「ブースト・クインティ」
という静かな声と共にラービットへと蹴りを食らわせて、思いっきり蹴り飛ばした人物がいた。
「すごい蹴り……」
彩笑は思わずそう呟きながらその人物を見た。するとその人物は、
「あれ?ちき先輩じゃん」
何食わぬ顔で彩笑の名前を呼んだ。
そこにいたのは、普段の黒を基調とした訓練服では無く、黒地に赤のラインが入った戦闘体に換装した遊真だった。
「遊真?って、その格好、ブラックトリガー?」
「うん、そうだよ」
またもや何食わぬ顔でそう答えた。
と、そこでラービットに押しつぶされていたB級隊員が立ち上がった。
「空閑!ブラックトリガーを使ったら僕や林藤支部長じゃ庇いきれなくなるぞ!」
そしてそれは案の定、修だった。
「あー、なるほど。レーダーにあったB級の反応は三雲くんでC級の反応は遊真だったってことか」
そこへ月守もやってきてそう言った。抜かりなくと言うべきか、遊真蹴り飛ばしたラービットには事前に用意したアステロイドを打ち込んでいた。
「お、つきもり先輩もいる」
「やっほー遊真。それに三雲くん。とりあえず話すのは後だ。今はあのラービット狩るぞ」
月守はそう言って周囲に展開していた弾丸を放とうとしたが、
ドンドンドン!
と、銃声が聞こえ、銃弾が月守たちのそばにいた遊真を捉えた。
全員がその銃声がした方向を見ると、
「命中した!やっぱこいつボーダーじゃねーぞ!人型のネイバーだ!」
「本部!こちら茶野隊!人型ネイバーと交戦中!」
ボーダーB級19位の茶野隊2人がそこにはいた。
程よく整った顔立ちにそれぞれのイニシャルが刻印された缶バッチ、そして2人ともハンドガンがメインのガンナーという部隊だ。
月守と彩笑からすれば同い年であり割と話す程度の中だ。お世辞にも強いとは言えないが部隊全員根が真面目で、良い部隊である。
ただ、今に限ってだが月守はこう思った。
(こんな時に限って面倒な勘違いしないで!)
と。
重ね重ね言うが月守と彩笑は茶野隊を嫌ってはいない。コツコツ真面目に努力しているのは知っているし、いつか陽の目を見る日が来て欲しいとは思っている。
だが今だけは月守と同様に彩笑はこう思った。
(君らはいつもちょっとだけ間が悪い!)
と。
「茶野!落ち着け!今はまず新型を……」
月守はひとまず戦闘中のラービットを倒すべくそう声をかけたが、そのラービットが茶野隊の背後から忍び寄り2人まとめて掴み取った。
「新型……!?しまった!!」
緊張感を滲ませてそう言う茶野を見て、月守は用意していたレッドバレットをいつでも撃てるようにスタンバイして、
「茶野!藤沢!後で解除するから許せ!」
そう叫び、ラービットめがけて間合いを詰めた。
レッドバレットは強力な反面、弾速・射程も大きく下がるため、確実に当てるためにはそれなりに対象に近付く必要があった(桁違いのトリオンを込めた場合を除く)。
月守は茶野隊を体内に格納しようとしているラービットめがけてレッドバレットを放った。ラービットもろとも茶野隊2人にも当たるが、ラービットの手から2人を引き剥がすことに成功した。
「彩笑!止めは……」
任せた。そう言葉を月守が繋ごうとした次の瞬間、目の前にいたラービットに斬撃が走った。
だがそれは彩笑では無い。まだ彩笑は月守の後方にいるからだ。そして何より斬り裂いた人影は、地木隊の黒い隊服ではなく赤い隊服であったからだ。
「目標沈黙……。月守先輩、今度は訓練生ではなく正隊員にまでレッドバレットを撃ち込むようになったんですか?」
ラービットを斬り伏せた人物は月守に向かってそう言った。
それに対して月守は、
「木虎……今のは不可抗力みたいなものでしょ?シューターの俺に嵐山隊レベルの射撃の腕を求めないでほしいよ」
と、困ったように笑いながらそう答えた。ラービットに止めを刺したのは、嵐山隊の木虎だった。
そこへ、
「木虎ちゃんナイス!」
本来、止めをさすはずだった彩笑がやってきて、木虎にそう言ってハイタッチを求めた。
木虎は少々渋ったような間を空けてから、
「……ありがとうございます」
と、小声で言い彩笑とハイタッチを交わした。
そして彩笑とほぼ同時に木虎のチームメイトである嵐山と時枝も現れていた。
「嵐山さん、お疲れさまです」
月守が軽く頭を下げつつ嵐山に挨拶をした。
「ああ、お疲れさまだな、月守くん。上から今聞いたが、君たちもラービット討伐任務を受けているのかい?」
「ええ、まあ、そうです」
「そうか……。なら、手柄を横取りするような形になってしまったな」
どこか申し訳なさそうに言う嵐山を見た月守は、
「あはは、別に気にしてませんよ。まあ、今のは前に出番をもらった分の借りを返されたってことにします」
小さく笑いながらそう告げた。
月守がそう言うと同時に、
「お、オイ月守!早くレッドバレット解除してくれよ!そこにいる人型ネイバーに狙われる!」
レッドバレットを撃ち込まれたままだった茶野が叫ぶようにそう言った。
声を聞き2人の元に近付いた月守はレッドバレットを解つつ、やんわりとした声で言った。
「落ち着けって。確かにアレはボーダーのトリガーじゃないけど、あの子は俺たちの味方だ」
「み、味方!?」
「ああ」
月守と茶野隊とのやり取りを見つつ、嵐山隊は本部に連絡を入れた。
「本部!こちら嵐山隊!新型を1体排除した!」
ラービットを討伐した旨を伝えたが、まともな返事は聞こえず、ノイズががった音声の向こうからは慌てたような声が断続的に聞こえてきた。
その時、
「本部上空!」
いち早くそれに気付いた彩笑は本部の方向を指差しながら叫ぶようにそう言った。
全員が本部の方向を見ると、そこには巨大な魚を思わせる形を模した、爆撃型トリオン兵「イルガー」が本部へ特攻をかける姿があった。
(マズイ!)
誰もがそう思ったがイルガーは止まらず、内臓トリオン全てをかけた捨て身の爆撃を本部へと突撃し、目がくらむほどの閃光と爆音を警戒区域中に轟かせたのであった。
ここから後書きです。
本文中で書き損ねましたが、地木隊は普段、B級と同じ扱いです。作戦室の間取りや給料等、B級と同じです。
茶野隊にはいつか大成してほしいなぁと思ってます。