ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第25話「未知との遭遇」

トリオン兵は一見動物のように見える。

だが実際は定められたプログラムによって行動しているため、生物というよりはロボットに近い。

 

警戒区域に解き放たれた捕獲用トリオン兵『バムスター』は自らの使命である捕獲を遂行しようとターゲットを探す。

ギョロリ、と、視線を動かすと、人影を2つ捉えた。

バムスターはその2人を捉えるべく接近しようとしたが、

 

「アステロイド」

 

それよりも早く、人影の片割れである少年が右手をかざしてトリオンキューブを出現させバムスターめがけて放つ。

 

大型の捕獲用トリオン兵であるバムスターの装甲はそれなりに厚いのだが、少年のアステロイドはその装甲が脆いのではないかと錯覚しそうになるほど、あっさりと装甲を貫いていく。

グラリ、と、バムスターの態勢が崩れる。そこへ、

 

「はい、お終い」

 

いつの間にかバムスターの目前まで迫った片割れの少女が、トリオン兵の急所である「目」の部分めがけて高速でスコーピオンを振るった。

 

こうして、警戒区域に投入されたバムスターの1体はあっけなく活動を終えた。

 

 

 

 

 

 

「わかってはいたけど、多いな」

戦場となった警戒区域を走りながら、月守は呟くように言った。

 

「だね。ボクの記憶が正しいなら、4年半前より随分と多い」

隣を走る彩笑がそう答えた。

 

「そうなの?俺はわからないからなんとも言えないけど……」

 

「あー、そういえばそうだっけね」

彩笑はほおを掻きながら苦笑した。月守も釣られるように苦笑いを浮かべたのを見て、彩笑は言葉を続けた。

「ところで咲耶、久々のシュータースタイルの調子はどう?」

 

「うん、バッチリ。ここ2、3日、みんなに付き合って貰ったからいい感じに仕上がってるよ。ありがとね」

月守は両手をヒラヒラとさせながら答えた。

 

先日、月守は不知火の研究室にてトリガー構成を変更していた。その際、普段使っていた右手がガンナーで左手がシューターの『ダブルスタイル』では無く、太刀川隊の出水や二宮隊の二宮と同様の、両手共にシューターのスタイルへと変更していた。

 

月守がこのスタイルになるのはかなり久々であり、実戦投入に多少の不安はあったが、当の本人は問題無いと言った。聞いた彩笑はニッコリと笑い、

「気にしなくていいよー。むしろ大歓迎だったからね」

と、言った。

 

「大歓迎?」

 

「うん。咲耶が『ダブルスタイル』をどういう理由で使ってたかはもちろん知ってるけど…。ボクはやっぱり、普通の『シュータースタイル』を使う咲耶の方がいいな」

ボクの好みだけどね〜、と言って彩笑はケラケラ笑った。

 

「そっか……」

 

「うん。だからまあ、これは純粋な疑問なんだけど……何で今回はそのスタイルで戦うことにしたの?」

 

「理由、か……」

月守は一息入れてから言葉を続けた。

 

「今回の戦闘はいつもより規模が大きいし、敵の戦力だって未知数だ。本当に最悪な場合、俺たちがバラけて行動することだってあるかもしれない。もしそうなったら、連携向けの『ダブルスタイル』じゃなくて、火力と戦闘の幅が広いこっちの方がいいかと思ったんだよ」

 

そう答えた月守の表情を彩笑はじーっと見つめた後、小さなため息を吐いた。

 

「うん、まあ……、そういうのは事前に一言欲しかったなーとは思うけど、誤魔化してたりしてないみたいだからいっか」

 

「サンキュ。……っていうか、今更なんだけど、なんで彩笑たちは俺が誤魔化してたりするのがわかるの?」

月守は苦笑したまま質問を投げかけた。

 

すると彩笑はキョトンとした表情を見せ、

「うん?前に言ったよね?そういう時の咲耶、クセがあるって」

と、答えた。

 

「いや、そのクセを俺は知りたいんだよ」

 

「やーだー。教えないー。人のこと小っちゃい呼ばわりする咲耶には教えないー」

どうやら出現前のやり取りを根に持っているのだと月守は判断した。

 

「はぁ……。じゃあ後で神音に聞くからいいや」

 

「ふーん。……真香ちゃん、今の聞いた?」

 

『はい、バッチリです。しーちゃんに口止めしときますね』

 

「あっ!!」

迂闊なことに、月守はオペレーターの真香との通信回線を繋いだままな事を忘れていた。

 

彩笑はニヤリと笑い真香の意見を肯定した。

「うん、お願いねー」

 

『了解です』

 

「わーお。みんなのチームワークの良さに俺は感動しそう……」

月守がわざとらしくそう言ったところで、警戒区域内を走っていた2人の目の前に次の標的が現れた。

 

その瞬間、2人の雰囲気が豹変する。

『前方にトリオン兵!モーモッド2体にバムスター1体です!』

真香が素早くレーダーに写った情報を告げ、彩笑が指示を出す。

 

「咲耶、3体の装甲削って動き止めて。止めはボクが刺す」

 

「了解」

言うや否や、月守は両手を構えトリオンキューブを出現させる。

 

「アステロイド、バイパー」

右手から出現したアステロイドは真っ直ぐ3体の標的めがけ放たれ、左手から出現したバイパーは3体の視界から外れるように上空に放たれた後に急速に落下し、雨のように襲いかかった。

 

ガガガガガガっ!!

 

月守の放った弾丸はバムスターの装甲を穿ち、モーモッドの脚や胴体を抉る。

そこへ彩笑が高速で接近し、両手に展開したスコーピオンで目にも留まらぬ早業をもって3体に斬撃を刻み込む。

 

「ナイス、彩笑」

 

「咲耶もね」

あっという間に3体のトリオン兵を討伐し、2人は軽くハイタッチを交わした。

 

そのまま彩笑は通信回線を繋いだままの真香へ問いかけた。

「真香ちゃん、今の全体の状況、簡単に教えてもらえる?」

 

『はい、了解しました。……今のところ警戒区域全域に、主に北西、西、南西、南、東の5方向にトリオン兵が侵攻しています。西と北西はそれぞれ迅さんと天羽先輩が単独で防衛しています』

 

「おー、迅さんに()()()()()()か。あの2人ならノープロブレムだね」

彩笑は笑いの成分を含んだ声で言い、

「……天羽のこと『あもっちゃん』って呼べんの彩笑くらいだな」

月守は呆れたような声でそう言った。

 

通信越しの真香も苦笑しつつ、報告を続けた。

『残りの方向は先輩たちが今いるエリアも含めて、それぞれ部隊が到着しています。忍田本部長から各隊連携して任務に当たるようにと指令が出ています』

 

「ん、オッケー。じゃあとりあえず合流目標にしよっか。動いてる部隊、ピックアップしてもらっていい?」

 

『はい、了解です』

 

そう言うと同時に、2人の視界に表示されているマップに各隊の位置が輝点として表示された。

「真香ちゃんやっぱりいい仕事するね」

月守は素直に感心してそう言ったが、

『あはは、ありがとうございます。でも月守先輩?しーちゃんへの口止めちゃんとしますので褒めてもダメですよー』

真香はそれを深読みしてそう答えた。

 

2人のやり取りを聞いた彩笑はクスっと笑い、

「まあ、続きは移動しながらにしよっか。行くよ」

そう2人に言い、付近の部隊と合流すべく移動を開始した。

 

月守もそれに続くべく1歩踏み出したが、それと同時に、

 

 

バキリ……バキバキ……

 

 

という、何かを割るような音が聞こえた。

 

思わず2人はその音源に目を向けると、今しがた倒したはずのバムスターの腹部から、手のようなものが突き出ていた。

 

「……?」

「なに、あれ……?」

 

そう呟いた次の瞬間、それは全貌を2人の目に晒した。

 

 

*** *** ***

 

その頃、不知火の研究室では天音が落ち着かない様子でソファに座っていた。

「……ふふ、ちょっとは落ち着きなさいな」

パソコンのモニターに向かいながらキーボードを叩く不知火は、トリオン兵が大量に攻めてきているこの状況にも全く動じず、本当に落ち着いた声色で天音に向かってそう言った。

 

それに対し天音は、

「……な、……な、……なー……」

言葉を返そうとするが、うまく返せなかった。

 

すると不知火は肩を揺らして笑い始めた。

「なに、気にしなくていいよ。ワタシの研究室に来てもらったお客さんにはいつも仕掛けるこの『会話しりとり』だけど、大抵は天音ちゃんみたく言葉に詰まるのが普通だもの。だからまあ、もう普通に話そうか」

不知火はそう言いながら、今行っている仕事を急ピッチで仕上げていく。

 

「はい……」

会話しりとりを解除された天音はホッと一息吐き、不知火の言葉に答えた。

「あの、不知火さん……」

 

「んー?なにかな?」

 

「……トリガーの、変更と調整、検査のついでに、お願いして、ごめんなさい」

天音はか細い声でそう言った。

 

それに対して不知火は笑い声で答える。

「気にしない気にしない。……戦場に向かう子には、出来るだけ最善の装備を施してあげたい。だから、このくらい何てこと無いよん」

 

「……そう、なんです、ね」

 

「……出来ることなら玉狛支部みたいに正隊員1人1人に1点物のトリガー作るくらいまでしてあげたいんだけど……」

 

「……できない、ですか?」

率直な疑問を天音は口にした。すると不知火はケラケラと笑い、

「ちょーっと、厳しい……。やろうとすれば、ワタシが5人くらいいたら出来なくはないかもだけど……。ま、現実でやろうとしたらポン吉……、もとい、鬼怒田開発室長殿がストレスでヤケ食いを起こす可能性が濃厚だから、当面は無理だね」

と、答えた。

 

「鬼怒田さん、あれ以上、ふと……、丸くなったら、本当に、健康が、不安に、なります」

天音が呟くように言った言葉に対して、

「ずっと前からあの体型だし、よほどのことがない限り変化しないとは思うけど……」

不知火は昔のことを思い出しながらそう返した。

 

(ずっと、前から……。不知火さん、本当に、どれくらい前、から、ボーダーに、いるのかな……)

 

そんな事を天音が考えていると、

「よっし!変更と調整完了したよ天音ちゃん」

達成感すらある声と共に不知火が天音のトリガーを持ちながら振り返った。

 

天音はスクっとソファから立ち上がり、トリガーを受け取りに行った。

「ありがとう、ございます……」

心から大切な物のように、天音はトリガーホルダーを優しく手に収めた。

 

「……月守が言う通り、天音ちゃんはいい子だね」

 

「……?」

 

「いやなに。所詮トリガーなんてただの道具だろ、とでも言わんばかりにトリガーの扱いが雑な子が、たまにいるんだよ」

 

「そんな人、いるんですか?」

 

「うん、いる。そういうクソガキを見ると1発喰らわせたくなるんだが……。まあ、いいや。だから逆に、天音ちゃんみたいにトリガーを丁寧に扱ってくれる子を見ると、1エンジニアとしてはすごく嬉しい。つい、サービスしたくなるくらいにね」

不知火はそう言って、天音の頭を撫でた。

 

「……」

無言で見つめる天音に対して不知火はニッコリと笑う。

 

「……行っておいで。今頃、月守と地木ちゃんが天音ちゃんとの合流を待ってるはずでしょう?」

 

「……はい……!」

 

「うん、いい返事だ。でも、無茶だけはしないように。いいね?」

 

「わかり、ました」

送り出すような言葉を受けた天音は踵を返し、不知火に背を向けて歩き出した。そして部屋を出る前に1度だけ振り返り、

「……ありがと、ございました」

一言お礼を言ってから、天音は不知火の研究室を後にした。

 

 

 

1人研究室に取り残された不知火は、呟いた。

 

「……さて、と。……ワタシも、色々と準備しないとなー」

 

*** *** ***

 

パキン!

 

バムスターの腹部を破り現れたのは、月守と彩笑でも見たことのないトリオン兵だった。

 

「新型?」

 

「みたいだね。……ねえ真香ちゃん。レーダーの反応から種類の割り出しできる?」

月守は新型のトリオン兵の一挙手一投足を警戒しつつ、真香に尋ねた。

 

しかし数秒後、キーボードを叩く音と共に返ってきた答えは、

『……ダメです。過去の記録には無い、完全に新型のトリオン兵です』

だった。

 

「……ん、了解」

相手が完全な新型と聞いて月守はより一層、目の前にいるトリオン兵を観察した。

 

(大きさは……3メートル強。

4メートルはない。

形は人型。

ぱっと見、腕と頭は硬そう。

頭には触角みたいな耳か)

そこまで観察したところで、彩笑が右手にスコーピオンを展開した。

 

「咲耶、とりあえず様子見行くよ。ボクが間合い詰めるから、それ合わせて1発撃ち込んで」

 

「オッケー。反応の速度とタイプを確かめるってことな」

 

「そゆこと」

意思疎通をしたところで、月守は両手からトリオンキューブを出現させ、フルアタック構えを取る。そしてそれと同時に、彩笑が鋭く踏み込み新型トリオン兵に突撃した。

 

新型トリオン兵はそれに対して、ピクリと反応してみせる。

 

((こいつ、反応速度が他のトリオン兵より高い!))

 

2人はこの1モーションだけでそれを察知し、行動に出た。

 

彩笑はサブ側にスタンバイさせていたトリガーにトリオンを込める。

「グラスホッパー」

足元に展開したジャンプ台オプショントリガーであるグラスホッパーを踏み、彩笑は大きく揺さぶるように右へ跳んだ。

トリオン兵の視線がそのまま彩笑を追尾した所で月守は分割したトリオンキューブを放った。

「アステロイド」

放たれた弾丸は容赦なく目標へと降り注ぐが、トリオン兵はそれに反応し、腕を交差させるようにしてその全てを受け切った。

 

(お、硬いのな、こいつ)

次からはもう少し威力に割り振ろうと月守が考えたところで、新型トリオン兵が動いた。攻撃してきた月守めがけて突進を仕掛けようとモーションを取るが、

(ナイス陽動)

そのトリオン兵の背後を彩笑が静かに取った。

 

隙だらけの背中に向かって彩笑は全速力でナイフ状のスコーピオンを振るったが、それはトリオン兵の装甲に切れ目を入れるにとどまり、切り裂くまでには至らなかった。

「硬った!何コイツ!」

彩笑が驚きつつそう言った。するとそのトリオン兵は攻撃モーションを変更して、背後にいる彩笑へと向かって上からの殴りつけを繰り出した。

 

「遅ーい」

攻撃自体は彩笑のスピードを持ってすれば難なく躱せる。彩笑は軽やかにバックステップを踏んでそれを躱したが、その殴りつけの威力は尋常では無く、アスファルトの道路をあっさりと粉砕してのけた。

 

「「……!」」

 

彩笑は仕切り直しのつもりで、月守の隣に戻った。

「そこらのトリオン兵とは、パワーもスピードも強度も桁違いだね」

月守が呟くようにそう言い、横目で彩笑を見た。すると彩笑は、

「ハハッ!そうだね!」

楽しそうにそう言い、笑っていた。

 

戦闘を楽しむ余裕がある彩笑の態度を見て、月守もつられるように小さく笑った。

「はしゃぎ過ぎて攻撃喰らうなよ?」

 

「わかってる。うん、よし。じゃあ、とりあえず、真香ちゃんはこの新型のことを上に報告して。それと現時点でこれに上がってる情報があったら、それ片っ端から集めて」

 

『了解です。少し時間を貰います』

通信越しの真香がそう答えたときには、すでにキーボードを叩く音が混ざっていて、早速仕事に取りかかっているようだった。

 

「さてと、咲耶。支援は真香ちゃんに任せて、ボクらはもう少し様子見しよう」

 

「なんだ。珍しく大人しいね。いつもなら『とりあえずコレ倒すよ』とか言いそうなのにさ」

月守がそう言うと、彩笑はキョトンとした表情になった。

 

「……なにその顔」

 

「いや、咲耶こそ大人しいんじゃない?倒せるようなら倒すよ?」

一般常識だよね?とでも付け加えそうな様子で彩笑はそう言った。

 

それを聞いた月守は一瞬間の抜けた表情をするも、すぐにいつもの、やんわりとした笑みを浮かべた。

「そうだよね。了解だ」

 

月守が気を引き締めるように言い、戦闘は再開された。




ここから後書きです。

本文中にも書きましたが、大規模侵攻にて月守の戦闘スタイルはシューターです。弾バカ族です。

彩笑はいつもと変わらずスコーピオン二刀流の高速白兵戦スタイルです。スピードバカ族です。

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