ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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今回は今まで名前だけ出ていたオリキャラが1人登場します。


第22話「研究室」

正式入隊日から数日経ったある日、月守は本部の研究区画のとある一室に足を運んでいた。

 

壁一面の棚には埋め尽くさんばかりの研究資料。

至る所に設置されたよく分からない機器やパソコン。

いかにも研究者、エンジニア然とした部屋に月守はいた。

 

この部屋には今、月守の他にもう1人いる。この部屋の主である女性だ。

その女性は月守に背中を向けながら、一心不乱とまではいかないが真剣な面持ちでモニターを見ながらキーボードを叩いていた。

 

「月守は弟子を取らないのかい?」

その女性が月守に対して質問してきた。特別大きな声というわけではないのだが、よく通るアルトボイスだった。

 

「……いや、弟子ってなんのことでしょう?」

 

「うん?いやほら、噂だと和水ちゃんが弟子を取ったと聞いたからさ」

モニターを見ながら、月守を一瞥もせずにその女性は世間話のように月守との会話を続けた。

 

「さすがに真香ちゃんのアレはレアなケースだと思いますよ。普通、俺たちの年ならまだ師匠に指導を受ける段階ですし」

 

「指導を受ける、ね……。和水ちゃんは誰の弟子だっけ?」

 

「……賢とかと同じだった気がしますから、東さんじゃないですか?」

月守はそう答えて、この部屋に入った時に出された缶コーヒーを一口飲んだ。

 

「かなり弟子が居るんだね、東は……。というか、賢って誰だっけ?」

 

「賢はアレです。嵐山隊のツインスナイパー」

月守は説明を聞いて、その人物は納得したような声を出した。

「ああ、佐鳥くん?そういえばそんな名前だったね。忘れてた」

 

「……他言無用にしましょうか?それ。あいつ、日頃からなんか影薄いとか思われるの嫌ってる節がありますから」

 

「ランキング5位の嵐山隊にいて影薄いって、ある意味才能だとワタシは思うよ」

 

「よく言いますね。忘れてたのに」

月守のたしなめるような声を聞き、モニターに向かうその女性の肩が揺れた。声には出さないが、笑っているようだった。

 

「人間は忘れる生き物だからねぇ。まあ、その際たる例が君だけどさ」

女性はそこで言葉を切った。

 

月守はどう答えるか迷い、困ったように笑った。

「……さて、何のことか俺にはサッパリです。それより、トリガーの調整、あとどのくらいで終わります?」

そして強引に話題を変えて、女性が取り組んでいる作業の進捗状況を尋ねた。

 

「すぐ終わるよ。君の今回のオーダーはそんなに手のかかるものじゃなかったし、確認を兼ねたちょっとした微調整だけだから」

 

「楽でした?」

 

「多少はね…。と、よし、終わりっと」

女性はそう言い、小気味好い音を鳴らしながらエンターキーを押した。

そしてそれが合図だったかのように月守は立ち上がり、女性の近くまで歩みよった。そしてその傍らには、月守のトリガーホルダーがパソコンに接続された状態で置かれていた。

月守はそれを指差しながら、

「トリガーからコード、外しても大丈夫です?」

と、尋ねた。

 

すると、今までモニターに向かっていた女性が月守の顔を見た。

肩まで伸ばした黒髪に、本人曰く遠い先祖の隔世遺伝だと言うエメラルドグリーンの瞳。日常的に着ているためか、白衣がとても似合う美人さんだった。

その女性はニコッと笑いながら口を開いた。

「スマートフォンの充電器外す感じでブチっとどうぞ」

 

「それ、分かりやすい例えですね」

それに反して月守は丁寧にコードを外してトリガーを手に持った。

 

「根が真面目だねぇ。ワタシはブチっとやって良いって言ったのに」

 

「20分もかけて調整してもらったのにそんな雑に扱えませんよ」

月守はやんわりと微笑みながらトリガーホルダーを懐にしまった。

それを見て女性はゆっくりと右手を伸ばして月守の頭の上にポンと置いた。

 

「良い子だねぇ、月守は」

そう言いながらその女性は月守の頭を撫でた。年の離れた姉弟を思わせる光景だった。

 

「はは。どうも。調整ありがとございました、不知火さ()

月守は褒められたことと頼んだ作業を無事に完遂してくれたことに対して、その女性の名前を呼びながらお礼を言った。

 

「……んー、どういたしまして」

お礼を言われた不知火はニッコリと笑い、とても楽しそうに言葉を続けた。

「でも月守。残念だけど、会話しりとりはワタシの勝ちだ」

と。

 

 

*** *** ***

 

 

不知火花奈。

本部所属のエンジニア。若いがその実かなりの古株メンバーであり、古参メンバーの1人である小南が言うには、

「あたしが入った時にはもう研究室に当たり前みたいな顔していたわよ」

とのこと。

 

広いジャンルの専門知識を持っているが、今はトリオンとトリガーの研究に重点を置いている。

特にトリガーに関しては、『カメレオン』や『レッドバレット』などの強力だが一癖あるトリガーの開発には必ず携わっているという凄腕のエンジニアだ。

 

とある事情で地木隊との繋がりがあり、度々手を貸している。逆に、地木隊も試作段階のトリガーのモニタリングを任されることもある。

 

両者の関係は今の所、持ちつ持たれつといった状態だった。

 

*** *** ***

 

 

そんな不知火は一仕事終えた後の一服と言わんばかりに、月守と同じように缶コーヒーを飲みながら研究室に備え付けてあるソファに移動していた。その向かいには、テーブル1つ挟んで月守が座っていた。

「いやでも、どっちにしろ俺の負けですよ。俺は所々悩んで止まるのに、不知火さんは仕事しながらなのに淀みなく答えるんですもん」

月守は潔く『会話しりとり』の負けを認めて、勝者である不知火に対してそう言った。

 

「はっはっは。まあ、女性の方が並行作業に向いてるからねぇ。ほら、世の主婦達はテレビを見て内容を頭にしっかり入れてるのにも関わらず、夕食の用意だって問題なくこなせる方が多いだろう?それの延長」

 

「ああ、なんか聞いたことあります。確かそれが理由でボーダーのオペレーターは女性が多いんでしたっけ?」

 

「そうそう。まあ、君のよく知るあの子のような多少の例外はいるけれども、それが理由でボーダーのオペレーターには女性……というか女の子が多いね」

わざわざ不知火は『女性』を『女の子』と言い直した。

 

すると手にしていた缶コーヒーをテーブルの上に置き、空いた右手で自身の顔を覆った。そして、

「……はぁ。若い子が羨ましい……」

心底羨ましそうにそう呟いた。

 

正直、どう反応すればいいのか月守は困ったので、

「まあ、不知火さんだってまだ十分若いんですし、あまり気にしない方がいいんじゃないですかね?」

と、言ってみた。

 

だが、

「……月守。試験で満点取った人から、

『あなただっていい点数じゃない。少なくとも、平均よりはずっといいわよ』

って言われても嬉しいって思える?」

 

「……いえ。少なくともイラっとしますね」

 

「でしょ?つまりはそういうことよ」

と、若干恨めしそうに言われた。どうやら月守の発言はこの場に不適切だったらしい。

 

(どう答えるのが正解だったんだろう…)

世の中の理不尽さの1つを月守は学んだ。

 

月守が反省したような雰囲気を出したところで、不知火は何て事ないように口を開き、

「まあ、さっきの例え話は、ワタシが高校生だったころに実際に言ったセリフなんだけどね」

と、言った。

 

「嫌な高校生ですね」

 

「ワタシは試験前にノート燃やされるっていう先制攻撃食らってたんだ。その反撃だから無問題」

しれっとした態度で不知火は言い放ち、

「ああ、だったら無問題ですね」

月守は納得したようにそう言い、2人は互いに笑った。

 

 

落ち着くためにコーヒーを一口飲んだところで、不知火は話題を変えた。

「……ところで月守。なんでまたトリガー構成を変え…いや、前の火力型の構成に戻したの?」

と。

 

今回月守が不知火に頼んだ事は、トリガー構成の変更だった。月守は1つのトリガーを極めるよりは複数のトリガーをバランスよく磨いて、その状況に合わせたスタイルを選ぶタイプだった。そのため、トリガー構成をちょくちょく変更していてそれを不知火に頼んでいるのだが、今回は勝手が少し違った。

月守が地木隊において担う役割は、彩笑と天音のサポートだ。そのためトリガー構成もそれに見合ったものにするのだが、今回の構成はいつものそれとは異なり、サポートと言うにはいささか攻撃的過ぎる構成だった。

 

すっかりぬるくなった缶コーヒーをテーブルに置き、月守は口を開いた。

「理由は、まあ、何個かありますけど、1番は大規模侵攻に備えてですね」

 

「ん、ああ。近々、ネイバーが大量に攻めてくるんだっけ?」

月守に言われて不知火は思い出した。

 

先日、ボーダー内で1つの発表があった。それは、

『近日中にネイバーによる大規模侵攻が起こる』

というものだった。

 

迅が持つ『未来視』のサイドエフェクトと、遊真とレプリカが持つ情報からの予測であり、その精度は信頼の置けるものであった。

 

その発表以来、ボーダー内の空気は少しピリピリとしている。来たる敵に備えてか、ソロ戦用のブースには普段よりも多くの正隊員が連日集まってランク戦をしていた。

 

地木隊の隊長である彩笑もここ数日はソロランク戦に顔を出していた。表向きには、

「つまんないイタズラをした駿の根性を叩き直してる」

と言っていて、毎日緑川のポイントが徐々に減っていた。

 

普段無表情でこういったことにも動じなさそうな天音も、訓練室で1人黙々と弧月を振るって個人練習をしたり、ソロランク戦に顔を出したりしていた。

 

そして月守もその空気に感化され、トリガー構成を変更しにきたという訳だった。

 

「……まあ、そういうことなら納得。実際、この構成ならサポートの面では劣るかもしれないけど、火力と攻撃の幅は今まで君が試した構成の中でも1番だ。()()()()()()()()()単騎でも問題なくいけるでしょ」

不知火はゆったりとした口調でそう言った。

 

それに対して月守は、

「……例え人型がいても、やれます」

と、いつになく真面目な声で答えて俯いた。

 

「……」

そんな月守を見て、不知火は1つため息を吐いた。

「……月守。まだ夕陽くんの件を引きずってるのかい?」

 

「……引きずってないと言えば、嘘になります」

 

「まあ、だろうね。まだ半年そこらでどうにかなってる方がおかしい。でも月守。人生の先輩として言わせてもらうけど、もし君がその気持ちを持ったまま今回の侵攻に当たるなら、それはただの八つ当たりだ。4歳5歳の子供の癇癪となんら変わらない」

不知火はそう言って、まだほのかに温かいコーヒーを一気に飲んだ。

 

「何より、君が生きてるのは過去じゃなくて今だ。向かうのは未来なんだ。捨てろ、とは言わない。その気持ちはまだ持ってていい。ただ、それを清算するのは今じゃない。分かるね?」

諭すような、優しい声だった。

 

それを聞いた月守はゆっくりと顔を上げた。その表情は、いつものようにやんわりとした微笑みだった。

 

「わかってますよ、不知火さん。その…夕陽さんには悪いと思いますけど、今の俺にはそれよりも大切にしたい理由があるんです。だから俺は、そのためにここに来たんですよ」

その声もいつもの月守となんら変わらない、穏やかなものだった。

 

(心配しすぎたね)

不知火は安堵して月守の言葉に答えた。

「うむ、よろしい。というかね、夕陽くんはその辺あんまり気にしないと思うよ?むしろそっちを優先してたら、

『おまえ、つまんない生き方してんなあ』

って呆れ顔で言うんじゃないかな?」

 

「ですね。ってか、不知火さん今のマネ、ビックリするくらい似てました」

 

「でしょ?昔から誰かの声真似は得意なんだよワタシ。他には…、

『咲耶ー、ココア飲みたいー』」

 

「自分で買って……、って、似すぎです!思わずいつも彩笑と話してるノリで答えるところでしたよ!」

不知火の特技に月守はただただ驚いた。

そんな月守の反応を見て、不知火は面白そうに声真似を続けた。

 

「あとは……。

『おい月守。お年玉の借りはいつか返してもらうぞ』

とかかな」

 

「ああ、二宮さんも似てる……っていうか!なんでお年玉のこと知ってるんですか!?」

思わず問いかける月守だが、不知火はそんな月守が面白くてケラケラと笑っていた。

 

「あー、お年玉?あの後ボーダーで新年会があってね。二宮くんもそれに参加してて、酔い潰してみたらそんな事言ってたからねぇ」

 

「マジですか……」

射手の王はエンジニアに敗北していた。

「あとついでに太刀川くんと風間くんも酔い潰した」

ソロランキングトップ3人がエンジニアに敗北していた。

「あわよくば東も潰そうと思ったんだけどね。いやーさすがに無理だった」

最初のスナイパーだけが生き残ったようだ。

 

「ついでにで被害者増やさないでください」

月守は呆れたように言い、不知火はただただケラケラと笑っていた。

 

「……早く君たち地木隊も20歳になりなさいな。そうすれば君たちとも楽しくお酒が飲める」

不知火は何の気なしにそう言った。

 

「……」

僅かな沈黙を月守は挟んだ後、

「俺と彩笑……、あとまあ、真香ちゃんはともかく、神音には手心加えてあげてください」

と答えた。

 

それを聞いた不知火はニコッと笑って、

「安心しなさいな。ワタシがちゃんとお酒を飲めるようにしてあげるよ」

そう、答えた。

 

 

それから2つ3つ話題を交わした後、月守は不知火の研究室を後にしようとした。

 

「もう行くのかい?」

 

「はい。コーヒー、ご馳走さまでした」

 

「はっはっは。どういたしまして。…ああ、そうだ。最後に1つ、伝言を伝えるように言われてたんだ。いいかな?」

 

「伝言?」

不知火は残った缶コーヒーを飲み干してから、月守に対して言った。

 

「可愛い子には旅をさせよ、だってさ」

 

「それ、誰からの伝言ですか?」

月守の問いかけに対して不知火は肩をすくめながら、

「実力派エリートからの伝言だよ」

と、答えた。

 

実力派エリート。ボーダー本部でそう自称する隊員を、月守は1人しか知らない。

 

(……何か未来が、視えてるのかな)

そんな予想を立てつつも月守は

「……了解です」

とだけ答えた。

 

迅が託したことわざの意味を考えながら、不知火の研究室を後にした。




ここから後書きです。

最近、文章書いたり打ち込んだりしてるときに『弧』という文字が出ると、次の文字を自然と『月』と書いてしまう現象に襲われています。
試験勉強のためにルーズリーフを見直すと、不自然なところに『弧月』と書かれてます。

追記。
2016年3月4日発売のBBFより、佐鳥は東さんの弟子ではないということが判明しました。会話中のしりとりの内容がおかしいことになりますが、月守はスナイパー界隈にはあまり詳しくないため、しょっちゅうご飯を奢ってもらっている光景を見て誤解していたという扱いにします。

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