結局、修は風間との模擬戦を受けた。
正隊員同士の戦闘が見られるかもしれないとC級は期待したが、残念ながら彼らが望むような戦闘にはならないだろう。
そのことを察したのか、嵐山隊の時枝がC級を移動させ始めた。
それを見た月守は、時枝へと通信回線を開いた。
『大丈夫か?』
『うん。ただ、正隊員同士の戦闘が見たいって子は何人かいるみたいで、残念がってる子が多いね』
『ふぅん……。なぁ、この後ってソロ戦用のブースとかにも案内するんだよな?』
月守は確認するように時枝へと質問した。
『そうだよ。ここは嵐山さんと木虎が残るみたいだし、地木隊はこっちについてきてもらってもいいかな?』
『了解だ』
今日の地木隊の役目は嵐山隊の補佐であるため、月守は時枝から受けた指示を2人に伝えた。
「ん、りょーっかい」
「はい、分かりました」
そうして3人は、修と風間の戦闘が始まった訓練室を後にした。
訓練室を出て、すぐに月守は彩笑へと個別の通信回線を繋いだ。
『彩笑。あの2人の模擬戦、どうなると思う?』
『風間さんの全勝で三雲くんの全敗でしょ?』
『はっきりと言うね』
『うん。だって、経験、トリガー構成、単純な戦闘力……。三雲くんが勝ってる要素なんて限りなくゼロだもん』
『なるほど』
残酷なことを言ってるようにも聞こえるが、月守もほぼ同意見であった。以前共に戦った時は成長の鱗片を感じ取ったが、それはあくまで最低限度の戦闘技術のことであり、今の修は平均的なB級隊員と比べてもまだ劣る。評価できるとしたら、射撃の精度が良いところだが、残念ながら今回の模擬戦でそれは武器にはなり得ないと月守は踏んでいた。
月守がそう思考をまとめたところで、
『で?咲耶、要件は何?』
彩笑がそう問いかけてきた。
『あ、なんか用事あるって分かるんだ?』
『こんなみんなでしてもいいような話を個別の通信回線でしてくるんだから、まあ、なんとなくそう思っただけ』
話が早くて助かる、と、月守は思った。
『うん、ちょっと提案があるんだけど……』
そう前置きをして、月守は彩笑に要件を告げた。
*** *** ***
「はい。ここがC級ブースね。1対1での戦闘ができて、勝った方が負けた方のポイントを少し奪えるところ。訓練生のみんなは、基本的にここでポイントを稼ぐことになると思うから、よく覚えておいて」
ソロランク戦用のブースに訓練生を連れてきた時枝は簡潔にそう説明をした。
「……ソロランク戦用の、ブース、久しぶりに、来ました」
「ボクらなんだかんだで、ここ1ヶ月くらいバタバタしてたもんね」
「そうだね」
天音と彩笑の言葉に月守は肯定を示した。
そうしてる間にも時枝の説明が続き、途中で質問を受け付けた。すると、
「すみません、あの大きなモニターは何に使うんですか?」
訓練生の1人がそう質問をした。
「お……」
「丁度いい質問だね」
月守と彩笑はどこか楽しそうな笑みを浮かべた。
「……?丁度、いい?」
隣にいた天音はその意図がよく分からなかったが、それはこの後すぐに分かった。
「ああ、モニター?」
時枝はブースにある大きなモニターを見ながら質問に答えた。
「ここのブースは正隊員も使うからね。正隊員同士とか、みんなの参考になりそうな戦いがある時はこのモニターでみんなが観れるようになってるんだよ」
時枝の説明を受けた訓練生たちは感心したように「へぇ」と言った。
そしてそのタイミングで、
「せっかくだから、実演してもらおうか。
……じゃあ2人とも、よろしく」
地木隊の方を見ながらそう言った。
「……え?」
なんのことか分からず戸惑う天音とは対照的に、
「了解!」
彩笑は嬉々としてそう言い、ブースへと向かって歩き出した。
「え、え?」
一層戸惑う天音に向かって、月守は苦笑い見せ、
「ごめんね。彩笑と
小声でそう告げてからブースへと向かった。
「え?これ何?」
「正隊員同士のランク戦?」
「確かに見たいかも……」
「つか、あの女の先輩普通に可愛くね?」
「男の先輩も、よく見れば…」
いきなりの出来事に対し騒つく訓練生の間を抜け、2人は時枝の近くまできた。
「前振りはこんな感じで良かった?」
と、時枝は尋ねた。
「バッチリ。いきなりの提案なのによく通してくれたな」
「トッキーありがと!」
月守と彩笑はそうお礼を言った。
この展開は最初からあったものではない。月守が途中で思いついた、イタズラのようなものだ。
思いついたきっかけは時枝が言った、
『訓練生が正隊員同士の戦闘が見れなくて残念がってる』
という言葉だった。
(……なら、代わりに俺たちでやるか)
アイディアを閃いた月守はソロランク戦用のブースに行く途中に彩笑に話を持ちかけた。
『久々にソロランク戦やろう』
と。
幸いなことに状況から彩笑はすぐに月守の言いたい事を理解し、楽しそうな声で、
『いいね!やろうよ!』
月守のアイディアに便乗した。
そして2人は時枝へと通信回線をつなげ、半ば無理やり提案を押し通した、というわけだった。
ブースに入る前にトリオン体ながらも2人は軽く準備運動をしつつ、ルールを話し合った。
「咲耶、何本制にする?」
「んー、5……、いや、3本制。2本先取した方が勝ちで」
「オッケー。ステージは無難に市街地とかでいい?」
「いいんじゃない?あとは……、オプショントリガーはどうする?」
「全部有り」
「了解。……こんなところかな?」
「そだね」
一通りルールを定めた2人は準備運動を切り上げた。
その場でトントントンと、軽くつま先を叩いた彩笑は、
「ねぇトッキーからは何かある?」
一応、時枝からの意見も求めた。
時枝はあまり表情を崩さないまま、
「じゃあ、僕から一個だけ……。延長戦は無し。君たち、それを有りにすると延々とやるでしょ?」
と、言った。
「おっしゃる通りです」
「そだね」
2人は小さく笑ってから適当なブースへと入って行った。
ブース内で細々と設定を施す間、天音は時枝の側に移動して声をかけた。
「時枝先輩、これ、どういうこと、ですか?」
「見たまんまだよ。さっきの風間さんと三雲くんの戦闘が見れなかった代わりに、だってさ。せっかくだし、訓練生のお手本とか刺激になればいいかなって思ったんだ」
「……先輩たちの、戦闘は、ちょっと、変わってる、ので、お手本にならないと、思います」
天音は淡々とした声で言い、
「……言われてみれば、そうかもね」
今更ながらといった様子で時枝はそう呟いた。
「でも、僕も実際、久しぶりに見てみたかったからさ」
時枝はそう言葉を続けた。
「私も、です」
そう答えた天音は、最後に2人のランク戦を見たのはいつだったろうかと思い出そうとしたが、そうしてる間に2人の用意が整った。
訓練生はこの試合を浮き足立った、どこか軽い気持ちで観戦しようとしていた。
ほんのわずかではあったが訓練生から見た月守と彩笑の2人は仲の良いチームメイトといったものであり、事前のルールの打ち合わせも談笑しながら行っていたからだ。
軽い手合わせ程度のものだろう。と、思っていた。
だが、そんな考えは見積もりが甘かったのだと、試合が始まってすぐに思い知らされた。
*** *** ***
『ランク戦3本勝負、始め』
市街地に転送されると同時にアナウンスが響き、試合が始まった。
「「見つけた!」」
転送場所の関係上、2人は互いに視認できる場所にいた。
ほぼ同時に動き出したが、僅かに彩笑の方が速かった。身体を屈め、それをバネのように解き放ち月守へと接近する。それと並行して右に『スコーピオン』を展開し、左のサブ側から『グラスホッパー』を展開した。
彩笑から月守まで20歩ほど。その2人の間に彩笑は大量のグラスホッパーを配置したが、
「バイパー」
月守は構えた左手からトリオンキューブを生成しそれを細かく大量に分割して放った。『バイパー』は彩笑の展開した『グラスホッパー』を正確に撃ち抜いていくが、それは彩笑が月守の意識をそらしてその隙に接近するために仕向けた囮だった。
「フェイクだよ」
不敵に彩笑は笑いながら言うが、
「知ってる」
月守はあっさりと看破する。彩笑の狙いを見破り、次の手を打っていた。
放たれた『バイパー』の数は『グラスホッパー』の数より多く、撃ち砕くために放たれた『バイパー』以外は彩笑を攻撃するための軌道を引いていた。
(ありゃ、やっぱり読まれてる)
作戦が読まれてたことに彩笑は大して動揺せず、降り注ぐ『バイパー』に向かい、真っ向から突撃した。弾丸は細かく『グラスホッパー』を利用して回避し、避けきれないものはスコーピオンで斬り落とした。
「そっちで来たか」
月守はバックステップを踏みながら左手のトリガーを『メテオラ』に切り替えて放った。
放たれた『メテオラ』は派手な音と爆煙こそ巻き上げたが彩笑には当たっていなかった。
(っ!チャンスっ!ステルスオン!)
月守が放った『メテオラ』の爆煙の中、彩笑は姿を消す隠密用トリガー『カメレオン』を起動した。
『カメレオン』は姿を消すことができる非常に便利なトリガーだが、制約がある。このトリガーを起動している間は他のトリガーが使えない。早い話が、姿を消したままスコーピオンでザックリ、といったことはできないということだ。そしてあくまでこれは姿を消すだけであり、レーダーには映っていることに加え、消費するトリオンが多い。
トリオン量が少ない彩笑は普段はセットしていても使わないが、だからこそ月守の不意をつけると思った。
レーダーで大雑把ながらも方向を把握した彩笑は、高速移動を維持したまま煙の中から飛び出して月守へと接近した。
(いける!)
反応がやや鈍い月守を見た彩笑はそう確信を持ち、その左後方を取った。『カメレオン』を解除し、その右手にスコーピオンを展開して月守へと斬りかかる。
完璧に決まるはずだった。
月守が気付いた時、背後の彩笑はもうすでに斬撃のモーションに入っていた。
「遅いっ!」「罠だよ」
2人の言葉は同時だった。
その瞬間、月守を中心とした周辺に『バイパー』が降り注ぎ、彩笑の右手にあったスコーピオンを弾き飛ばした。
威力は高くないが、不意打ちにも等しいその攻撃に彩笑は動揺した。
そこへ、
「1本もらい」
月守は右手に構えたハンドガンの引き金を容赦無く引き、彩笑のトリオン供給器官を撃ち抜く。
『戦闘体活動限界、ベイルアウト』
その音声とともに、3本勝負はまず月守が先制した。
ボフンっ!
と、ブース内のマットに背中から叩きつけられた彩笑はすぐに起き上がりブース間の通信機能で月守へと問いかけた。
「『メテオラ』で目くらましを決めたと同時に『バイパー』に切り替えて罠を張ったの?」
『正解。上手くいって良かったよ』
彩笑の問いに、月守はそう答えた。
メテオラで目くらましを決めたと同時に、月守は左手のトリガーを再度バイパーへと切り替え、それを彩笑の視界から外れるように真上に放った後、しばらくしてから落下するような軌道を引いた。高速で動き回る彩笑の動きを少し制限できればいいか、くらいのものであったが思った以上に功を奏した結果だった。
「なるほどね」
彩笑もベイルアウトしてからマットに叩き付けられるまでの間になんとなくその予想を立てて確認したが、それは正解だったようだ。
納得した彩笑はすぐに気持ちを切り替えた。
「よし!次行くよ!サクッと1本取り返してやる!」
『そう簡単にサクッとはいかせないよ』
楽しそうな声で月守は答え、第二ラウンドが始まった。
彩笑が転送されたのは市街地の路地裏だった。先ほどとは違い月守を視認することは出来ず、ひとまずレーダーに頼ることにした。
(咲耶はどこかな……、あ、見つけた!)
レーダーで月守を捕捉できた彩笑は早速移動を始めた。
路地裏を人目につかないよう(咲耶の目につかないよう)巧みに移動する。その間もレーダーで月守の位置を確認し続けていた。
(うん?動かない?迎撃態勢ってことかな?)
レーダー上の月守は細々と動いてはいるが、向かってくる彩笑に対して逃げる様子は無かった。
(うわぁ、これ、がっつり罠張ってるじゃん)
彩笑はそれを警戒しつつもその口元には笑みを浮かべており、楽しそうにしていた。
「よし、こんなもんか」
一通り仕込みを終えた月守は、そう呟いた。
月守が選んだのは廃墟倉庫だった。出入り口になりそうなシャッターすら壊れているような廃墟倉庫であり、中はちょっとした体育館程度の広さがあった。
月守もレーダーで彩笑が来る方向は把握しており、それに合わせた迎撃用の罠を張っていた。
出入り口の内側……、外から来る彩笑から見たら死角となる場所に、月守は
それが今回の月守の策だった。
万全とまではいかないが、凝ってないシンプルな仕掛けゆえに決まれば成功しやすい策だった。月守には成功させる自信があった。
(さてと、彩笑はそろそろ着くかな……)
月守はレーダーを確認し、彩笑の位置を把握しようとしたが、
(見つからない……?)
レーダーのレンジが狭いためか、彩笑を捉えられていなかった。
(んー、もう少し広げて……、あれ?まだいない?)
レンジを広げたが、それでもまだ彩笑を捉えることが出来なかった。
(ちょっと、待て。流石にこれはおかしいだろ?……まさか!)
月守が疑問を持ち、その答えに至ると同時に、倉庫の壁に斬撃が走った。
「っ!!」
「咲耶見っけ!」
スコーピオンで斬り刻まれた壁からは、『バッグワーム』を纏った彩笑がこの上ない笑顔で侵入してきた。
「ちゃんと入り口から入れよ!」
「罠ガッチリ張ってるのにわざわざ入るかっ!」
もっともなことを言い返した彩笑はバッグワームを解除し、ググッと身体を屈めてタメを作った。そのモーションから月守は彩笑の突撃を予測しハンドガンを構える。カウンターの要領で撃ち抜くつもりだった。
彩笑がタメを解き放ち、月守がそれにカウンターを合わせるようにハンドガンからアステロイドを撃った。
しかし、アステロイドを放った次の瞬間、月守の首は何故か宙を舞った。
「は……?」
月守は舞い上がった視点から、首のない自身のトリオン体と笑顔でその背後に立つ彩笑を見て何が起こったかを理解し、
「ああ、なるほど」
そう言ったところで、
『戦闘体活動限界、ベイルアウト』
敗北を知らせる音声と共にベイルアウトした。
1戦目の彩笑同様にブースのマットに叩きつけられた月守は、そのままの態勢で、
「間合いを詰めると同時にテレポーター?」
そう彩笑に問いかけた。
『うん、当たり。踏み込みと同時にテレポーターで咲耶の背後に飛んでからの首斬り』
月守の予想は正しく、彩笑からはそんな答えが返ってきた。
マットから身体を起こしつつ、月守は口を開いた。
「……負けを取り返そうとして焦って、考え無しに入り口から突っ込んでくると思ったのになぁ。バッグワームまで使ってくるのは予想外だった」
『あんな露骨に罠張ってるのに突っ込むわけないじゃん!』
通信越しの彩笑の声は笑っていて、それにつられるように月守も笑い声を返した。
「さて、これでスコアは1−1だ。最終戦、いくよ」
『アッハハ!負けないよ!』
心底楽しそうな声で彩笑は応え、月守はスタンバイする。
スピードの彩笑と、計略の月守。
月守の罠を全てかい潜りスコーピオンで斬りつけるか、彩笑のスピードをもってしても避けられない罠を張るか。
2人の勝負は、そういう勝負だった。
互いに準備が整い、
『最終戦、開始』
無機質な音声と共に転送され、勝者を決める最終戦が始まった。
ここから後書きです。
この2人はチームなので戦闘シーンは多いのですが、普段は共闘なので書いてて新鮮でした。
この作品を読んでいただき、本当にありがとうございます。これからも更新頑張ります。