第19話「真香の狙撃」
正月休みの気分が抜けきった1月8日。この日は待ちに待ったボーダー隊員正式入隊日である。
入隊式の会場となるホールには、白を基調としたC級の隊服を着た新人たちがゾロゾロと集まって来ていた。
そんな将来有望な新人たちを、地木隊はホールの隅から見ていた。
「みんな初々しいね。この、ちょっと緊張してる感じが、ボクはとっても好き」
ホールの壁にもたれかかりつつ、彩笑は薄く笑いそう言った。
「……入隊式、私、ちょっとだけ、緊張、しました」
彩笑の隣にいた天音が、自身の入隊式のことを思い出しながら言葉を返し、
「あー、俺もそうかも」
月守は天音の言葉に同調した。
「そう?ボクは入隊式、緊張しなかったけど」
その言葉に彩笑はケラケラと笑いながら続けてそう言った。
「案外、そういうの気にしない子が上に上がっていくんじゃないかな。ほら、あんな子とかさ」
月守は、C級の白い隊服の中にいる黒い隊服の少年を指差して言った。
小柄な体格を包む黒い隊服に、それとコントラストを成すような白髪の髪。3人はすぐにそれが誰なのか分かり、声をかけることにした。
「やあ、遊真。元気?」
遊真の背後から彩笑はそう声をかけた。
遊真は振り返り、
「あ、ちき先輩。あけましておめでとうございます」
丁寧に一礼してそう言った。
「あはは、うん。あけましておめでとう。服装、似合うじゃん」
「そう?」
遊真は改めてといった様子で、自身の服装を見回した。小柄なせいか、その姿はどこか微笑ましく見えた。
月守はそんな遊真に向かって、
「まあ、なにはともあれ、今日から遊真も正式なボーダー訓練生だ。頑張れよ」
軽くエールを送った。
「頑張ります。具体的にはどうすればB級に上がれるの?」
素朴な遊真の疑問に、月守は答えた。
「左手の甲、見てみて。数字が入ってるだろ?」
「ん……、確かに。『1000』……?」
月守に言われるまま遊真は手の甲を確認し、そう呟いた。そのまま月守は説明を続けた。
「その数字は、C級が自分で選んだトリガー……、遊真ならスコーピオンか。それをどれだけ使いこなせてるかっていうのを示してるポイントだ。んで、B級に上がるにはそれを『4000』まで上げればいい」
「なるほど。ポイントを上げる方法は?」
「週二回の合同訓練か、ソロランク戦だな。遊真は戦闘経験十分だし、どっちでもポイントは稼げると思うけど、ランク戦の方が性に合うと思うぞ」
「ほうほう、なるほど。ご丁寧にありがとう、つきもり先輩」
遊真は再び丁寧に一礼をしてお礼を言った。
月守は小さく笑ってから、
「どういたしまして。……って言っても、お礼を言われるほどじゃないな。一応、これが今日の俺らの任務なんだし」
と、答えた。
「ほう?というと?」
「私たち、今日、入隊指導の、補佐、だから」
天音がそう答え、彩笑がそれに言葉を続けた。
「これから入隊指導があってね、それは主に嵐山隊が担当するんだけど、ボクたちはそのお手伝いなの。戸惑ってる訓練生に声かけて、説明してあげたりとかかな」
「なるほど」
納得したように遊真は腕を組んで頷いた。
ちなみに真香は元スナイパーという事もあり、スナイパー組の方の補佐を担当したため、ここにはいなかった。
彩笑は説明を続けた。
「あとは、まあ、態度の悪い訓練生を注意したりとかだね」
「へえ、やっぱりそういうのはいるの?」
何か心当たりがある様子で遊真は尋ねた。
「いるよ?……ちょっと前に、そういう子がいてね。その子は身動きできないくらいレッドバレット撃ち込まれて入隊指導が終わるまで放置されてたよ」
「それは怖いですな」
真面目な表情で答える遊真を見て、彩笑はケラケラと笑ったあと、
「でしょ?怖いよねー」
まるで他人事のようにそう言い、
「なー、本当に怖いよな」
月守もなぜか便乗し、同じく他人事のようにそう言った。
それから程なくして入隊式が始まり、忍田本部長のありがたいお言葉を経て、嵐山隊が担当する入隊指導が始まった。ボーダーの顔とも呼ばれる彼らはこの手のイベントはお手の物であるのか、淀みないスムーズな説明であった。
訓練生は嵐山の指示に従いポジション毎に分かれ、それぞれの訓練場所へと移動を開始した。
地木隊はその最後尾を担う形で訓練生について行った。具体的には、彩笑と天音が先行し、その更に後ろに月守が1人でいるといった状態だった。
そこへ、
「月守先輩。入隊指導補佐、お疲れさまです」
月守の更に後方にいた嵐山隊の木虎藍が月守に並びながら声をかけた。
「おー、木虎じゃん。お疲れさま。嵐山隊は相変わらず説明がスムーズでいいね」
「普段の広報任務の賜物です」
やんわりと微笑む月守とは対照的に、木虎は澄ました表情で会話に応じていた。
「……どう?木虎から見た、今期の新人の手応えはどんな感じ?」
とりあえず適当な話題を月守は木虎へと投げた。
「事前にポイントを見る限りだと、2000ポイント台が数人いるようなので、まあ、そこそこ優秀なのはいるという印象です」
「……2000ポイント台でそこそこ優秀って、木虎は相変わらず辛口だね」
月守は思わずそう呟いた。入隊時のポイントが3600だった木虎からすればそういう判断にもなるか、と、月守は納得した。
ちなみに、月守と彩笑は入隊時の上乗せポイントはあったが、2人とも1000ポイント台であった。
「ですが……」
そんな月守の思考を遮り、木虎は言葉を続けた。
「……ポイントや、この後の戦闘訓練の結果だけが全てじゃないのは、よく分かってます」
「へえ」
意外だな、と、月守は思った。
「何か思うところがあるのか?」
「入隊時1000ポイント、戦闘訓練結果20秒」
「……」
木虎は唐突に、とある正隊員の記録を口にし、月守はそれを黙って聞いていた。
「私と同期入隊の隊員の記録です。入隊時のポイントだけなら私の方がずっと上ですし、戦闘訓練結果なんて、緑川くんの4秒に比べたら全然遅いです」
「……」
「でも、私はこの子が同期の中で1番だと断言します」
「その理由は?」
月守は木虎へと問いかけた。実際、月守はこの隊員の事を知っているが、あえて、木虎に問いかけた。
「ポイントは事前の仮入隊に参加しなければ上乗せなんてされませんし……、戦闘訓練に関してはあの場にいた誰もが認めると思います」
「というと?」
「……この入隊訓練用のバムスターは耐久力重視ですので攻撃能力はほぼ皆無です。でも、彼女は攻撃能力がないバムスターが動き出すのを
18秒間待機にも関わらず、戦闘結果は20秒。単純に考えて、その隊員の記録は実質2秒ということになる。
木虎は前方を歩いている、柔らかそうな黒のショートヘアの少女の背中を眺めながら、
「失礼、今は一応任務中でした。無駄話をしているヒマはありません」
その話を断ち切り、歩む速度を上げた。
月守のよりも数歩前に進んだ木虎だが、
「ああ、そういえば……」
不意に何かを思い出したように、月守に視線を向けて、
「今回は訓練生相手に『レッドバレット』を撃ち込むような事はしないで下さいよ、月守先輩」
と、警告した。
月守は苦笑しつつ、
「今はレッドバレットをセットしてないから、安心していいよ」
もっともな理由を口にした。
*** *** ***
その頃、月守たちとは別行動をしていた真香にも仕事が回ってきていた。
「ここがオレたちの訓練場だ」
嵐山隊のスナイパー佐鳥が10フロアぶち抜きの奥行き360メートルという、建物の中なのかと疑うような広さのスナイパー訓練場の説明をする後方で、同じくボーダーのスナイパーである東春秋、荒船哲次と並んでトリオン体の真香は立っていた。ちなみに、隊服は地木隊のものである。
『今期のスナイパー志望は8人で合ってるのか?』
佐鳥の説明の背後で、荒船が真香に向かって通信回線を開いて話しかけた。
『そうですよ。……ほら、小柄なのに後列にいるので見えにくいですけど、後ろにちゃんと女の子、います』
『ああ、ホントだな』
真香の指摘により隠れていた千佳を見つけた荒船は、腑に落ちたようにそう言った。
全体の人数を確認した東が真香に指示を出した。
『女の子が2人か……。じゃあ和水。すまないが女の子2人をメインに見ててくれるか?』
『了解です。……というか、私はそのために呼ばれたんですよね?』
『まあ、ぶっちゃけるとそうだ。最初は那須隊の日浦に頼むハズだったんだが、防衛任務が入ってしまってな。現役を退いた和水に頼むのはどうかと思ったんだが、……すまない』
東は少々申し訳なさそうにそう言った。真香がスナイパーを退いた理由を知っているだけに、東は心苦しいものがあったのだが、
『あはは、気にしなくていいですよ。別に、スナイパーが嫌になったわけじゃないですから』
笑い声で真香は東の心配を吹き飛ばした。
『そうか……』
東がそう言ったところで佐鳥の説明が終わり、8人の新人スナイパーはそれぞれ訓練に取り掛かった。
男子6人に比べて動き出しが少し遅くなった女子2人を、真香は手早く拾った。
「千佳ちゃん、出穂ちゃん、こっちおいで」
「あ!和水先輩!」
呼ばれた千佳は飼い主を見つけた子犬のように真香の元へと移動した。
「正式入隊、おめでとう。これから色々あると思うけど、まあ、とりあえず今日は緊張しないで、気軽に訓練して行ってね」
「はい!」
千佳はしっかりとした声で返事をしたが、その一方、
「あの……、アタシ、先輩とお会いしたことありましたっけ?」
あまりにもフラットに名前を呼ばれたもう1人の新人スナイパーの夏目出穂は戸惑っていた。
そんな出穂の態度とは裏腹に、真香は明るい笑顔を見せて、
「ううん?初対面だよ?名前が分かったのは、手元の資料に名前が載ってるからだよ、夏目出穂ちゃん」
片手に持ったクリップボードをヒラヒラさせながらそう答えた。
「あ、なるほど……」
「うん、そういうこと。あ、私の名前は和水真香ね。まあ、ひとまず私なんか気にしないで、訓練どうぞ?」
真香は適当な場所を勧めて2人に訓練を始めさせた。
2人の視界に入らず、それでいて背後も取らない場所に位置どった真香は、全体を見回しつつ、
(やっぱり、師匠がレイジさんなだけあって、千佳ちゃんの実力はこの中じゃ頭1つ抜けてるかな)
そう感想を抱いた。
新人たちの中には思うように的に当たらない子もいるくらいだった。
そして、
「うにゃー?なっかなか当たらないね」
真香が担当した出穂もその1人だった。実際には当たってはいるのだが、隣にいる千佳の精度と比べるとどうしても見劣りしてるだけであり、初心者にしては十分であった。
「うん?どうしたの出穂ちゃん?」
真香は見ただけでそれが分かったのだが、それでも一応声をかけた。
「あ、えっと、その、上手く当たらなくて……」
「ふむふむ。……ねぇ出穂ちゃん、試しに、右目で狙ってみてくれる?」
真香はそう指示を出した。
「え?右目、ですか?……やってみます」
出穂は言われるまま、イーグレットを構え直し、今まで見ていた左目ではなく右目でスコープを除き、照準を合わせて引き金を引いた。
ズドンっ!
ズドンっ!
ズドンっ!
と、放たれた弾丸はどれもさっきよりもターゲットマーカーの真ん中に近い場所を射抜いた。
「うわっ!?なにコレ!狙いやすい!」
撃った出穂自身が驚いたように言い、真香は安堵の息を吐いた。
「あの!なんでなんですか!?」
出穂が真香に、精度が上がった理由を尋ねた。
「利き目の問題だよ。利き手とか利き足みたいに、目にも利き目ってあってね。出穂ちゃんはそれが右目なだけってこと」
「えっ!?見ただけでそんなこと分かるんですか!?」
「ううん。でも、構え方とかは変なクセとか無かったから、多分そうなのかな?って思っただけだよ」
「ほへぇ……」
出穂は感心したようにそう言い、続けて、
「あの、試しに先輩、撃ってもらっていいですか?」
「え?」
「その……、本職の人の腕前を見たいと思いまして!」
と、真香に頼んだ。
それが聞こえた訓練場のメンバーは、全員が思わずその方向を見た。
「うん、いいよ」
真香は今まで掛けていた眼鏡を外してから、イーグレットをその手に展開して構えた。凛とした雰囲気すら漂う構えに、思わず訓練生たちは目を奪われる。
真香は照準を合わせ、薄く唇を舐めた。そして、
「ああ、出穂ちゃん。……さっき君が撃った的、ちゃんとスコープで見てて」
そう出穂に告げてから、3度引き金を引いた。
しかし、
「……え?全然真ん中当たってなくね?」
と、訓練生スナイパーの1人が言った。
そう、確かに真香の放った3発の弾は的の中心を撃ち抜いていなかった。
「え……、なんかがっかり」
「あんなので正隊員まで上がったの?」
「俺らが撃ったのと、大して変わんなくね?」
訓練生スナイパー達は、その背後にいる東や荒船、佐鳥が意味深に笑っていることに気付かず、口々にそう言っていた。
しかし、
「う、う、……ウッソーーー!!!?」
その騒めきを掻き消すほどの大声で出穂は叫んだ。
訓練生達がギョッとする中、出穂は真香に問いかけた。
「せ、先輩!あれって狙ってやったんですか!?」
「うん。もちろん」
「ま、マジですか!?」
出穂は驚き、再度スコープで真香が撃ち抜いた的を見た。
訓練生達は出穂が驚く理由が分からなかったが、
「……お前たち。あの2人が撃った的をよーっく見てみろ」
背後にいた荒船がそう指示を出し、訓練生は出穂と真香が撃った的を注目した。
そこには、中心を射抜かれておらず、
「……あっ!?」
訓練生たちはようやくその異変に気付いた。
真香は出穂があらかじめ3発撃った的に、さらに3発撃ち込んだ。しかし、その的には3発しか撃たれた形跡が無い。何故か?
答えは単純。
真香は出穂が撃ち込んだ3発の上に、狂いなく3発を重ねるように撃ち込んだのだ。
訓練生全員がその事に気付いたところで、真香は出穂へと声をかけた。
「こんな感じでいいかな?」
そう言う真香の表情は涼しく、爽やかな笑みだった。
*** *** ***
スナイパーとは別の、バムスターを討伐するという訓練をしていたアタッカー・ガンナー組は、いたって普通に進んでいた。
ただし、それは遊真の出番が来るまでだ。
遊真は速攻も速攻、1秒以下というタイムを叩き出し、さっきまでトップだったハウンド使いの58秒をあっさりと更新した。
「事情を知らない隊員がこれ見たら、スカウトが殺到するだろうね」
訓練室の階段の上からその様子を見ていた月守は、その鮮やかな動きに感心してそう言った。
「はい。すごく、速い、です」
「ね!言ったでしょ!」
遊真の戦闘を初めて見た天音も感心したように言い、逆に遊真の身のこなしをこの中で1番よく知っている彩笑は嬉しそうに言った。
そんな3人の元へ、
「地木、あれが迅の後輩か?」
風間が現れ、尋ねるようにそう言った。
「あ!風間さんこんにちは!キクリンにウタリョウも久しぶり!」
真っ先に反応したのは彩笑だった。声をかけてきた風間だけでなく、その背後にいた菊地原と歌川にも声をかけた。ちなみに彩笑は歌川遼のことを『ウタリョウ』と呼ぶ。
「命令守らない裏切りものがいるぞー」
彩笑を見た菊地原はわざとらしくそう言い、
「まともに出番来ないまま首を飛ばされた間抜けなA級隊員がなんか言ってる」
彩笑もわざとらしくクスクスと笑いそれに応戦した。
2人の間に歌川と天音が仲裁に割って入るが、しばらくこの口喧嘩は収まりそうになかった。
風間の問いには月守が答えた。
「ええ、そうですよ。あれが迅さんの後輩です」
「……なるほど。確かに使えそうなやつではあるな」
「風間さんも辛口ですね。でも、実際強いですよ?」
「だろうな。動きを見れば分かる。実力はおそらく、ポイント8000のマスタークラスはあるだろう」
新人でポイント8000相当。そんな人材が入隊するというのに風間はどこか不服そうであった。
「なにか不満でも?」
月守は風間ではなく訓練室でC級に囲まれる遊真を見ながら尋ねた。
「釣り合わんな、とは思ってる」
「というと?」
「迅が『風刃』を手放したことに加え、お前たち地木隊が命令違反をしてまで、あの迅の後輩とやらを入隊させるのは俺の中では釣り合わない」
「そうですか?でもポイント8000相当なんですよね?俺たち今、全員それに届いてませんし、丁度いいんじゃないですか?」
「とぼけたことをいうな、月守。命令違反のペナルティが無ければ、お前たちは全員マスタークラスだろう」
風間にたしなめられ、月守は苦笑した。
そんな月守を横目で見た風間は、階段を降りて訓練室に向かった。
「……?」
その行動に月守は疑問を覚えたが、どうやら風間の行動は下にいた嵐山も気付いたようで、声をかけた。
すると風間は嵐山に訓練室を1つ貸すように要求し、トリガーを起動させた。戦闘体へと換装しながら、
「迅の後輩とやらの実力を確かめたい」
と、言った。
C級は事情が掴めず困惑するが、嵐山は風間に対して模擬戦を取りやめるように言った。逆に遊真は受けて立つ気があるようだが、風間は遊真ではなく、
「俺が確かめたいのは……、おまえだ、三雲修」
修を指定した。
「………え!?」
その光景を見ていた地木隊に風間隊2人は、これは何かの冗談だと思いたかったが、この中で風間に意を唱えるものはおらず、修は選択を迫られる。
そして修が出した答えは……。
後書きです。
しばらくは正式入隊日や、大規模侵攻前までのお話を幾つか載せます。