ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第17話「お詫びのケーキとレプリカ」

「くしゅん!」

「神音、風邪?」

 

12月31日の夕方、防衛任務を終えた地木隊は三門市内を歩き、帰路についていた。月守は隣を歩きながらくしゃみをした天音に向かって、心配そうに尋ねた。

 

「あ、はい……。大丈夫、です。ちょっと、寒くて……」

天音は寒そうに手に息を当てながらそう答える。

 

「まあ、なんだかんだでもう年末だからね〜。神音ちゃんも真香ちゃんも受験生なんだし、風邪は引かないようにね」

「はい」

「ありがとうございます、地木隊長」

先行する形で歩いていた彩笑が反転してにこやかな笑みを見せながら天音の言葉に答えた。

 

「あ、ついでに咲耶も」

「ついでって何だよ」

「あはは、ごめーん」

思わず小突きたくなる気持ちを月守は抑えながら、寒さに耐えるようにマフラーをしっかりと巻きつけ直した。

 

いつものようにメンバーが会話を広げる中、不意に彩笑が、

「……もうすぐ年越しだけどさ、確か遊真にとっては初めての日本での年越しなんだよね?」

と、呟くように言った。

 

「ずっと色んなネイバーの国を巡ってたらしいから、そうなんじゃないかな?」

「ですねー」

「……遊真くん、元気、かな?」

4人はそれぞれそう言い、謝罪に行った先日のことを思い出していた。

 

*** *** ***

 

「おれはそこまで気にしてないよ」

 

修との防衛任務から数日たった後、地木隊は全員で玉狛支部へと謝罪しに行った。重苦しい空気の中、意外にも遊真はすっきりとした表情でそう言い放った。

 

「……思ったより、あっさりとしてるんだね」

頭を下げて謝っていた彩笑は、ゆっくりと頭を上げてそう言った。

 

「うん。過ぎたことだし、むしろオサムの方が気にし過ぎなくらいだよ」

「そ、そうかな……」

遊真は隣にいた修にも話題を振ったあと、言葉を続けた。

 

「親父の教えなんだけど……。

『兵は常に上の命令で動くものだ。受けた被害の責めを、その兵士だけに向けるのは筋違い』

だから、おれはここで恨むのはおかしいし、それに、ちき隊ってあの『重くなる弾の人』たちの補佐だったんでしょ?だったら、なおさらおれがちき隊を責める理由はないよ」

 

そもそも、ちき隊じゃあの時のおれは倒せなかったしね。と、遊真は付け加えるように言った。

 

合理的な、無理やり納得させられるような遊真の言葉を聞き、

「……ぷっ!アッハハハ!きみは面白いね、空閑くん!」

 

「建前とかじゃなくて、本心からそう言ってるのがまたいいね」

 

「はい」

 

「取り越し苦労で助かりましたね」

彩笑、月守、天音、真香はそれぞれ安堵したような色を含んだ声でそう言った。

 

笑い終えた彩笑は遊真の瞳を真っ直ぐに見つめて、口を開いた。

「許してくれてありがとう。あらためてちゃんと自己紹介させてもらうね。……ボーダー本部所属ランク外部隊地木隊隊長の地木彩笑です」

そう言って差し出された右手を遊真は握り返し、

「今はボーダー訓練生だからそんなにかたくるしくしなくていいよ。おれは後輩なんだし、遊真でいいよ、ちき先輩。これからよろしく」

同じように彩笑の瞳を真っ直ぐに見つめながら答えた。

 

「うん、わかった。じゃあこれからよろしくね、遊真」

 

その後地木隊全員が自己紹介をした。その頃には最初の重苦しい空気がまるで嘘だったと思うような、和やかな雰囲気がその場に広がっていた。

 

 

 

 

それからは、地木隊がお詫びとして持ってきたケーキをみんなで食べることになった。なお、防衛任務によりレイジ、烏丸、宇佐美はおらず、個人的な用事で小南は外出、会議のため林藤支部長と迅も本部におり、陽太郎もそれについて行ったため、メンバーは地木隊4人と遊真、修、千佳だけだった。

 

 

 

 

「へぇ、そっか。遊真はボクと同じスコーピオンでアタッカー界隈に殴り込みにくるわけだ」

 

「まあね。ちき先輩を追い抜くいきおいで頑張るよ」

 

「はっはー。アタッカーランキング7位のボクを抜くのは簡単じゃあないよ?」

 

「ほう。ちき先輩は本部で7位なのか」

 

「あ、正確には元7位ね。でもランクなんてあくまでポイントの多い順だし、ポイントと実力がマッチしてない人なんてたくさんいるよ」

 

「ふむ、そうなのか……。じゃあ、本部でちき先輩以上のスコーピオン使いっているの?」

 

「いるよー。影浦さんとか、あと、ボクの師匠もだね」

地木隊と遊真たちはすっかりと打ち解け、ケーキを食べながら談話をしていた。

 

遊真と彩笑がアタッカー同士の会話をする中、

「月守先輩、どうすればシューターであそこまで正確な射撃ができるようになるんですか?」

 

「んー、どうすればって言われてもな……。強いて言うなら、正確な射撃が必要になったからかな?」

 

「な、なるほど……。あの、具体的なコツなどもあれば、ぜひ教えてほしいです!」

 

「あー、コツ、ねぇ……」

 

「月守先輩、あの、私も、聞きたいことが……」

修と月守、そして天音はシューター同士の会話を広げていた。

 

そして仲間がいないと思われたスナイパーの千佳だったが、こちらはオペレーターでありながら元スナイパーの真香が話し相手になっていた。

「私、まだイーグレットしか使ったことがないんですけど……、イーグレットとそれ以外のスナイパー用トリガーって、撃った感覚とか違いますか?」

 

「うーん、まあ、多少はね。でも、3つのスナイパー用トリガーは全部コンセプトが違って、撃つ状況自体がそもそも異なることも多いから、私個人としてはあんまり気にならないよ」

 

「そうなんですね。あの、ちなみに、和水先輩のお奨めするトリガーとかありますか?」

 

「お奨めっていうか、好みになっちゃうけどアイビスかな」

今までレイジからしかスナイパーのノウハウを教わっていなかった千佳は、新鮮な気持ちで真香と話をしていた。

 

そんな中、不意に彩笑が、

「ああ、そういえばなんだけど……。結局、あの時千佳ちゃんが出したトリオンキューブって何だったの?」

その小さな口にケーキを運び咀嚼してから、そう言った。

 

彩笑が言ったのは、地木隊があの時旧弓手町駅で戦闘をするきっかけになったトリオンキューブの事だ。

つまり、

『あれはトリオン能力をキューブの形で視覚化したものだ。実害があるようなものではないので、安心したまえ』

レプリカのことだった。

 

「うわっ!?なにこれ!?」

突然の登場に彩笑は驚き、

 

「……黒い、炊飯器?」

「美味しいお米が炊けそうだねー」

天音と月守がのんびりとしてそう言い、

 

「いえ、でも……、あのサイズじゃ2人分炊けるかどうかじゃないですか?」

真香が至極真面目な表情で疑問を口にした。

 

『チキ隊の諸君、はじめまして。私はレプリカ。ユーマのお目付役だ』

レプリカは地木隊全員を見渡せるところにフヨフヨと移動してから自己紹介をした。

 

そんなレプリカを月守は興味深そうに見つめ、

「……トリオン兵?」

そう問いかけた。

 

『正解だ、サクヤ。よく分かったな』

 

「いえ、他に考えられるだけの知識と選択肢が無かっただけですよ」

月守は困ったように笑いながらそう言ったが、

 

「つきもり先輩、つまんないウソつくね」

 

それを刺すような、静かだが鋭い一言が遊真の口から放たれた。

 

月守は驚いたように、目を数回パチパチと瞬きしてから遊真に質問した。

「んー、まあ確かに、レプリカさんがトリオン兵だって予想できた知識はあったけど……。でも遊真、なんで俺がウソついたって思ったんだ?」

 

遊真はケーキを食べながらそれに答える。

「おれはそういうサイドエフェクトを持ってるんだ。『他人のウソを見抜く』っていう、サイドエフェクトをね」

 

「ああ、サイドエフェクトか……。なるほど。じゃあ遊真の前じゃウソついてもバレちゃうわけだ」

気をつけよう、と、月守はニコニコと笑いながらそう言ったが、

 

「いや、咲耶のウソなんてボクでも分かるよ?」

 

「あ、私も、分かります」

 

「私もです」

直後に他の地木隊メンバー3人が口を揃えてそう言った。

 

「え、なんで?」

予想外の事実に月守は一瞬椅子から腰を上げかけたが、すぐに戻した。

 

彩笑は一瞬だけでも狼狽えた月守を見てケラケラと笑いながら、疑問に答えた。

「気付いてないんだね。咲耶さ、嘘ついたり何かを誤魔化す時に癖があるんだよ。ボクたちはそれを知ってるってだけのこと」

 

天音と真香も付け足すように、

「でも、あれは、言われないと、分かんないと、思います」

 

「そうかもね。多分、気付いてるのは私たちと、夕陽さんと、白金先輩と……、あとは不知火さんくらいじゃないですか?」

と、言った。

 

「えー……。じゃあみんなの前でウソつけないじゃん」

月守はどこかわざとらしく言い、それがどこか可笑しくて3人はクスクスと笑った。

 

3人の笑いが収まったところで、月守は遊真の指摘に答えた。

 

「……さて、俺がレプリカさんがトリオン兵だって分かった根拠なんだけど…。本部で俺がよく知ってる、とあるエンジニアが簡易的なのだけどレプリカさんみたいなのを作ってるのを見たことがあってさ。それにちょっとだけ似てたから、トリオン兵かなって思ったんだ」

 

『ほう。それは興味深いな』

気のせいか、レプリカが一瞬笑ったようにみんなには見えた。

 

「本部でも、レプリカみたいなトリオン兵が作られてるんですか……?」

月守の言葉に修は食いついたが、月守はそれを笑って否定した。

 

「レプリカさんほどしっかりしたのじゃ無かったけどね。作った本人も、

『研究の合間の趣味みたいなものだ』

って言ってたし」

 

「あの、それって、やっぱり、不知火さん、ですか?」

天音が控えめに挙手しながら問いかけ、月守は頷いた。

「うん、そうだよ」

 

不知火さんというのは本部所属のエンジニアであり、とある事情から地木隊と強いつながりのある、半ば地木隊専属と言ってもいいエンジニアだった。

 

「まあ、不知火さんの話はさておき……。それじゃあレプリカさん。良かったら俺のトリオンも測ってもらっていいかな?」

 

『いいとも。これを握ってくれれば計測ができる』

レプリカは口から計測用の機器を伸ばし、月守は椅子から立ち上がりそれを掴んだ。

 

「……」

 

『計測完了。キューブにして視覚化するぞ』

 

直後、レプリカの頭上にトリオンキューブが現れた。大型の洗濯機を思わせる大きさのトリオンキューブが、そこには浮いていた。

 

「ねぇ、これはどのくらいの大きさなの?」

指標が分からず彩笑が小首を傾げながら尋ねた。

 

『これは私が今まで見てきた中でも、トップクラスのトリオン量だな。チカには数歩劣るが、これだけあれば万が一他国に捕虜にされても重宝されるだろう』

 

「なるほどね。ありがと、レプリカさん」

思いもよらずトリオン量を褒められた月守は、ほんの少しだけ嬉しそうに頬を緩めながら計測器から手を離した。

 

「どうせだし、彩笑も測ってみる?」

月守は流れでそう言い、

「面白そう!やってみたい!」

すぐに彩笑はそれに食いついた。

勢いよく手を上げながら言った彩笑の元に、レプリカはフヨフヨと移動し計測器を差し出した。

 

「おー、なんか不思議な感触……」

彩笑は物珍しそうに計測器をモニュモニュと触りながらレプリカの結果を待った。

 

『計測完了。サエミのトリオンをキューブとして視覚化しよう』

再びレプリカの頭上にトリオンキューブが現れた。

 

「あはは。予想してたけどやっぱり小さいや」

キューブを見て彩笑はすぐにそう言った。先ほど見た月守のキューブと比べたら確かにサイズは小さい。以前計測した修よりは少々大きいが、

「確かに。ネイバーに狙われたいならこれの1.5倍くらいは欲しいね」

遊真が言うように、やはりトリオン量としては多くは無かった。

 

だがそれをフォローするように、

『量は決して多くは無いが、よく鍛えられた良いトリオンだ。トリオンの質ならば、私の記録の中にある熟練の戦士と遜色無い素晴らしいものだ』

レプリカはそう告げた。

 

「レプリカさん、ありがとう」

 

『どういたしまして』

彩笑は笑顔で計測器を離してレプリカにお礼を言った。

 

計測器を出したままのレプリカを見た修は、

「あの……、せっかくですし天音さんたちも測ってみますか?」

と、残る2人に問いかけた。

 

だが、

「あの、ごめんなさい。私は、遠慮、しても、いいです、か?」

「すみません、私も……」

天音と真香は計測をどこかバツの悪そうな様子で断った。

 

「別に噛み付きゃしないよ?」

ほんの少し冗談めかして遊真は言ったが、天音と真香はやはり気が進まないと言った雰囲気のままであった。

 

このまま最初のように重苦しい空気が漂うかと思ったが、奇しくもそのタイミングで、

「なんか甘い匂いがするわ!」

出掛けていた玉狛支部の隊員、小南が帰ってきた。

 

「あ、小南先輩こんにちは!おじゃましてます!」

 

「お久しぶりです小南先輩。甘い匂いの正体はケーキですけど、食べますか?」

間髪入れずに彩笑と月守は小南に挨拶をし、

「あら、つっきーに彩笑ちゃんじゃない……って、え!?ケーキ!?食べる食べる!」

不意打ちで現れたケーキに心を踊らせながら小南はそう答え、いそいそと用意にかかった。

 

それから流れるように玉狛支部の隊員が支部に帰ってきたため、そこからは再び楽しいケーキタイムとなった。

 

修や遊真、レプリカは天音たちがトリオン計測をなぜ拒否したのかは気になってはいたが、それを聞くような空気では無くなっていたため、理由を尋ねることは無かった。

 

*** *** ***

 

帰路につく4人はそんな回想をしつつ、ある丁字路に差し掛かった。

 

「ここから帰り道違うよね?」

一歩前を歩いてい彩笑が肩越しに振り返って3人に向かって確認するように言った。

 

「そうだね。俺と神音は住宅街方面で、彩笑と真香ちゃんは商店街方面だっけ?」

ほんの少し自信なさげに月守は言ったが、

「合ってますよ」

すぐに真香がそれを肯定した。

 

ここまでは帰り道が一緒だったが、この先は二手に分かれる。今日が12月31日ということは、地木隊全員が今年のうちに揃っているのはこの丁字路までだ。

 

「じゃあここでお別れかな。みんな、お疲れ様」

いつものように明るい声で彩笑がそう言い、それにつられるように月守は笑顔を浮かべた。

 

「ん、おつかれ。あ、彩笑、正月だからって油断しないでちゃんと課題やってよ?」

 

「お正月くらいは休ませてよ!」

 

「えー、去年もそれ聞いたよ?それで去年、サボったよね?」

 

「ナ、ナンノコトカナー?ボク、チョットワカラナイナー?」

 

「なるほど。じゃあ後で彩笑の師匠にお前が課題サボってるってメールしとく」

 

「それは止めて!ボクのお正月休みが本格的に無くなるから!」

 

月守がさっそくその場でスマホを取り出しメールを作成し始めるが彩笑がそれを全力で阻止しながら言い争う光景を横目で見ながら、

「真香、今年一年、おつかれ、さま」

「しーちゃんこそおつかれ。っていうか、しーちゃんも休み中でも試験勉強してよ?志望校、ギリギリなんだから」

「う……。が、頑張り、ます……」

中学生2人もこの時期相応の話題で会話をしていた。

 

ちなみに2人とも志望校は月守や彩笑、出水や米屋といった面子が通っているボーダーと提携している普通校である。

正直、真香の方はもう1つの提携校で、宇佐美や奈良坂が通う進学校を余裕で狙える成績なのだが、

『わざわざ周りが成績でピリピリしてるストレス満載な環境で勉強するなんて嫌です』

という理由で普通校を志望校に選んでいた。

 

さらに余談だが、去年の月守も今の真香のように進学校の方を狙えるだけの成績はあったのだが、

『こっちの方が家から近いから』

という理由で普通校を志望し、無事に入学していた。

 

お互いに会話を終えるとその足は帰り道へと自然と向かった。

「じゃあ、来年もよろしく!」

「月守先輩、しーちゃん、お疲れさま。良いお年を」

商店街方面へ向かう彩笑と真香が手を振りながらそう言い、

「ああ、来年も頑張ろっか」

「良い、年越しを、お過ごし、ください」

住宅地方面へ向かう月守と天音も手を振りながらそれに答えた。

 

丁字路を曲がった彩笑たちが見えなくなった所で、

「……じゃあ、帰ります、か?」

天音が隣にいる月守の顔を上目遣いで見ながら、そう言った。

「そうだね、帰ろっか。途中まで、送ってくよ」

月守は天音の柔らかな黒髪を撫でながらそれに答えた。

 

 

落ちかけた夕日に照らされる道を、月守と天音は並んで歩いた。

「神音は毎年大晦日はどう過ごしてるの?」

 

「えっと……お母さんと、テレビ見て、過ごして、ます。普段忙しい、けど、年末年始は、毎年、お休みとって、くれる、ので」

 

「あはは、仲良い親子なんだね。じゃあ元旦は?」

月守はやんわりと笑顔を見せて天音に質問を続けた。

 

「元旦は……毎年、色々、です。家でゆっくり、する時もあれば、初詣に、行く時も、ありますし。この前は、初日の出、見ました」

 

「本当に色々なんだね」

 

「はい。……あの、月守先輩は、どんな、年末年始を、過ごしてます、か?」

咄嗟にそれが気になった天音は問いかけた。

 

それを受けた月守は困ったような笑みを浮かべつつ、

「んー、あんまり覚えてない、かな?」

と、答えた。

 

しかし、

「……月守先輩、なんで、誤魔化したん、です、か?」

天音はキョトンとしながら月守のウソを見破った。

 

月守は一瞬目を見開き、それから思い出したように言った。

「そっか。ウソついたり誤魔化したりしても皆分かるんだった…」

 

「ごめんなさい」

 

「ああ、いや。別に謝んなくてもいいよ。誤魔化した俺が悪いから」

こっちこそごめんね、と言いながら月守は再度天音の柔らかな黒髪を撫でた。なぜだか、ついつい撫でたくなる撫で心地の髪だな、と、月守は日頃から思っていた。

 

撫で終えた月守は、天音の僅かに碧みがかった黒の瞳を見ながら気まずそうに口を開いた。

「……聞きたい?」

 

「はい。ぜひ」

天音は即答する。心なしか、どこか楽しそうにしているように見えた。

 

少し間を空けてから月守は、

「記憶にある限りだと、毎年酔っ払いの介抱して過ごしてるよ」

苦笑しつつそう告げた。

 

「あ……」

それを聞いた天音は心覚えがあるのか、何かを察したように、

「……おつかれさま、です?」

若干疑問系で月守を労った。

 

「ん、ありがと。……頼むから、今年は節度を持ってお酒飲んできてほしいなぁ」

 

「お酒……私たちも、20歳になったら、一緒に、飲みましょう、ね」

切実に言う月守とは対照的に、天音は不思議と無邪気に言った。

 

「……そう、だね」

月守は天音ではなく沈んだ夕日を見ながら呟くようにそう答えた。

 

 

 

そうして会話をしている間に、2人は最後の分かれ道にたどり着いた。

 

「……月守先輩。今年一年、おつかれさまでした」

 

「うん、おつかれ。この一年、どうだった?」

 

「楽しかった、です。色々、ありました、けど、楽しかった、です」

楽しかった、と、天音は即答した。

 

「そっか。良かった」

 

安堵したような月守に向かって天音は問いかけた。

「あの、月守先輩は、どうでした、か?」

 

「俺?……んー、神音が言うように楽しかったってのはもちろんなんだけど……。それ以上に、あっという間だった、って感じかな」

 

「あっという間、ですか?」

 

「うん、あっという間。……去年の今頃は、まだ俺と彩笑は神音に出会ってなかったのにーって考えれば、そんな感じがしないかな?」

 

「あ、確かに、そうです、ね」

 

「でしょ?」

月守はクスっと笑いそう言った。

 

月守が言うように、天音と月守や彩笑が出会ってからまだ一年も経っておらず、ましてやチームを組み今の形になったのは2月のことだ。

この4人で『地木隊』となったあの日から今日の今日まで、あっという間でもあったが長かったとも思える不思議な感覚を感じていたが、それでもやはり、今年はあっという間であったと月守は言った。

 

 

 

もうすっかり沈んだ夕日ではなく街灯が照らす道で月守は、

「……今年一年間、ありがとう、神音。こんな頼りない先輩だけど、来年もよろしくね」

やんわりとした笑顔で天音を見つめながらそう言った。

 

天音は何も言わずそんな月守を見てから、小さく、本当に小さく微笑み、

「こちらこそ、ありがとう、ございました。私こそ、来年も…、そのまた来年も、できればずっと、よろしくおねがい、します」

ぺこりと頭を下げながら言い、その頭を上げると同時に、

「では、良いお年を……」

小さな声で言い、帰り道をパタパタとした小走りで駆けて行った。

 

「良いお年を……」

遠く、小さくなっていく天音の背中が見えなくなったところで、

「来年も、そのまた来年も、できればずっと、か……」

天音の言った言葉を反芻し、

「……そうできるように、頑張んなきゃな」

どこか悲しそうな声で、そう言った。

 

*** *** ***

 

地木彩笑。

月守咲耶。

天音神音。

和水真香。

 

2月に発足した『地木隊』にとって激動とも言えたこの一年はこうして幕を閉じた。

 

しかし、幕を閉じたと言っても、あくまでそれは小休止。

 

再び、物語が大きく動くまで、あと僅か。

 

 

 

 

 




ここから後書きです。

何気に玉狛第二やレプリカと地木隊が初めてしっかり絡んだお話になりました。

これを含めて、あと2話だけオリジナル展開のお話を載せた後、本編に戻ります。

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