ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第14話「疑心」

『「……まあ、そんなわけで今日は玉狛との合同任務に参加することになりました。三雲くんに宇佐美先輩、今日はよろしくお願いします』」

「『よろしく、おねがい、します』」

 

翌朝の10時に差し掛かる、ほんの少し前に防衛任務の現場に到着した月守と天音は、先に現場にスタンバイしていた修と、サポートしてくれるオペレーターの宇佐美へと通信回線のチェックがてら挨拶をした。

 

『つっきーに天音ちゃん、こちらこそよろしく。急な頼み事なのにありがとね』

宇佐美の答える声は明るく、聞こえてくる音声もクリアなため回線の調子は良好であると月守は判断した。

 

「『いやー、全然大丈夫ですよ。任務入ってなきゃ、俺は基本暇ですからね』」

 

月守は小さく笑いながら答えたところで、

「あの……」

出会い頭から沈黙していた修が口を開いた。

 

「ん?何かな?」

 

「……いえ、なんでもないです」

何かを言いかけた素振りを見せた三雲だがそれを諦めて、

「今日の合同任務はよろしくお願いします」

しっかりと月守を見据えてそう言った。

 

月守はやんわりと笑みを作りつつも、

「こちらこそよろしくな、三雲くん」

修の目をしっかりと見て答えた。

 

握手を終えたところで時間を示す短針が10時を指した。

「月守先輩、10時です」

「ん、了解。それじゃ、防衛任務始めよっか」

 

玉狛支部と地木隊の合同任務が始まった。

 

*** *** ***

 

冬休み中のシフトを決める会議のために彩笑は本部内の会議室を訪れていた。意外な事に一番乗りであり、他にまだ人がおらず彩笑は寂しい思いを味わっていた。

 

(誰も来ない……。もしかして部屋間違えたかな……)

一番乗り特有の不安に彩笑は一瞬襲われたが、

「あら、彩笑ちゃん早いのね」

タイミング良く二番乗りとなる人物が部屋に入ってきた。

 

現れたのはボーダーA級6位加古隊の隊長である加古望だった。

「加古さん!おはようございます!」

「ふふ、おはよう」

彩笑はにこやかに笑いながら挨拶をして、隊服姿の加古は柔らかく微笑みながらそれに答えた。

 

加古は適当な椅子に腰掛けると同時に、

「今日は私服なのね」

そう彩笑に問いかけた。

 

今日の彩笑の服装は、ざっくりとしたニットにふんわりとしたスカート、ショートブーツという私服だった。

「はい。会議で私服ダメでしたっけ?」

「今日集まるのは隊長だけだし、別にいいんじゃないかしら?もしダメならトリオン体に換装して隊服着てる姿を選べばいいんだし」

「確かにそうですね」

そう言って彩笑はいつの間にか手元に持っていたトリガーホルダーをペン回しの要領でクルっと回した。

 

「彩笑ちゃんの私服って、何気に初めて見たかも……」

「あれ?そうですか?」

「多分……。彩笑ちゃんって、本部にいる時は学校の制服かチームの隊服じゃない?」

「確かに普段はその2択ですねぇ」

加古が言う通り、彩笑は本部にいる時は基本的に制服か隊服である。

 

「何か理由でもあるの?」

なんの気なしに加古は尋ねた。

 

彩笑は頬を掻きながら気恥ずかしそうに口を開いた。

「んー……、ケジメですかね」

「ケジメ?」

「はい。ボクは隊長っぽい振る舞いがあんまりできないので、せめて服装くらいはそれっぽくしようかなー、みたいな感じです」

 

苦笑いを浮かべながら言う彩笑に向かって、加古は呆れたような声を発した。

「振る舞いなんてあんまり気にしなくていいのよ。太刀川くんとか全然隊長っぽくないでしょ?」

「え、でも……。太刀川さんは戦闘指揮がすごく上手いですし….」

「それ戦ってる時だけじゃない。

戦闘以外の太刀川くんは色々とピンチよ。本人の名誉のために言わないけど、将来もし一緒にお酒でも飲む機会があればその辺りのエピソードを聞いときなさい。彼の逸話だけで一晩お酒飲めるから」

ズバッと切り捨てるように言ってみせる加古を見て、彩笑は思わず笑った。

 

そこへ、

「お、地木に加古さん。2人とも早いな」

タイミング良く噂の本人である太刀川が現れた。

 

「太刀川さんこんにちはー」

「おう。この前バトって以来だな」

「ですねー」

「あの時はしてやられたぜ」

「あはは、ごめんなさーい」

太刀川と彩笑はにこやかに笑いながら言葉を交わす。

 

「……この前?それっていつの話かしら?」

いつの話かピンと来ていない加古は2人に問いかけた。

 

2人が言っているのは、18日の黒トリガー争奪戦のことであったが、あれは一応極秘任務であったため加古が知らないのはある意味当然だった。

そして、

 

((あ、やっば。これって口に出したらダメなやつだった))

 

2人は同時にその事を思い出した。

 

なんとかしなければ、その思いで太刀川と彩笑はアイコンタクトを交わした。

(地木、なんとか誤魔化すぞ)

(あいあいさー)

意思疎通を果たした2人はアドリブで誤魔化すことにした。

 

「えっと……、この前ソロランク戦やったんです」

彩笑はとっさに一番怪しまれないであろう無難な案を出し、太刀川はそれに話を合わせた。

 

「あ、ああ。オレの任務終わった直後を狙われて、ちょっと焦ったぜ。まさか……、3本も取られるなんて思ってもみなかった」

「最終スコアは3対7ですし、ボクの負けですけどね」

「惜しかったけど、まだまだだったな」

即興にしては上手くいったような気がした2人は、加古の反応を待った。

 

「……ふぅん。そうだったのね」

とりあえず加古は納得したように言い、座った態勢でゆっくりと足を組んだ。

 

2人はひとまず誤魔化せたことにそっと胸をなでおろした。

 

しかしそれは罠だった。

 

加古はその様子を見てニヤリと笑い、

「2人とも、まだ嘘が下手ね」

虚をつくように言い放った。

 

「なっ……!?」

意表を突かれて太刀川は焦った。

(なんでだ?どこでバレた?)

太刀川の思考はグルグルと回るが、加古はそんな彼をあざ笑うかのように、

「……なんてね。カマをかけてみただけよ。でもその反応からすると、本当にウソついてたのね?」

にこやかに笑いながらそう告げた。

 

言われた瞬間、彩笑は脱力した目で太刀川に視線を送り、その太刀川は頭を抱えて近くの椅子に座り込んだ。

「こりゃ1本取られた」

「太刀川くんはまだまだね。その点、彩笑ちゃんはこれに引っかからなかったわ」

加古は横目で彩笑を見ながら感心したように言った。

 

彩笑は苦笑いを浮かべながら、引っかからなかった理由を口にした。

「最近はあんまりやらなくなりましたけど、その手のフェイクは咲耶がやるので、警戒してました」

「ああ、そういう事ね。昔、シューターの戦い方について研鑽してた頃、半分おふざけで月守くんにコレ教えたんだったわ」

自身のほおに人差し指を当てながら加古は懐かしむように言った。

 

「あ、そうだったんですか?」

意外なところで人と人とのつながりを見た彩笑は素直にそう口に出したが、

 

「うん、ウソよ」

 

加古はサラリと笑顔で答えた。

 

「………」

「………」

騙された太刀川と彩笑は目を見開いて唖然として加古を見つめた。

 

「……ぷっ!あっははははは!2人とも面白い顔してるわね!」

加古はその2人の視線に耐えかねて盛大に笑い出した。

 

「いや、加古さん流石にそれは無いわ」

「加古さんのイジワル!」

太刀川と彩笑に交互に抗議され、加古は両手をプラプラさせて反論した。

 

「ごめんなさいね。でも、最初に騙そうとしたのはあなた達よ?」

 

「ぐっ!」

「それはそうですけど……」

バツが悪そうに2人は視線を逸らす。

 

「……」

そんな2人を温かい目で見つめた加古は、柔らかな声で言った。

「まあ、何か事情があるみたいだし、それは聞かない事にするわ」

「ああ、サンキュー」

「加古さんすみません……」

 

それぞれ一言もらったところで、

「ああ、それと彩笑ちゃん。さっきの月守くんの話は本当よ。昔、ちょっとだけ指導してあげた時に教えたわ」

加古は訂正の言葉を付け加えた。

 

「……本当に本当ですか?」

「本当に本当よ。彩笑ちゃんは疑ってる顔も可愛いわね」

疑心暗鬼の表情をみせる彩笑だが、加古には人を警戒する子猫のように思え、たまらず頬を緩めた。

 

「ところで、その月守くんは元気かしら?」

話題を逸らすように加古は首を傾げながら質問した。

 

彩笑は依然としてむくれていたが、

「……ええ、まあ。今は玉狛支部と合同で防衛任務やってるハズです」

しぶしぶそう答えた。

 

*** *** ***

 

「はっくしょい!」

警戒区域内を巡回していた月守は不意にくしゃみをした。

 

傍を歩く天音が心配したように問いかける。

「風邪、ですか?」

「違うと思うけど……。まあ、気を付けとく」

「そうして、ください」

「了解……。っと、それで何の話だったっけ?」

月守は自身のくしゃみで逸れた話題を戻そうと天音とは逆側にいる修に尋ねた。

 

「……フォーメーションの話です。即興チームでどう戦うかっていう話でした」

「そうそれ」

修に言われて月守は思い出し、そのまま言葉を続けた。

 

「それでさ三雲くん。君って結局ポジションどこなのかな?装備的にはオールラウンダーっぽいけど、そういう扱いで考えていいの?」

月守は以前、監視任務中に修の戦い方を見ている。その時は、ブレードと弾を()()()()()戦闘員という印象であり、月守は修がどんなスタイルなのかまだ判断がついていなかった。

 

「……」

修は月守の問いかけにわずかな間を空けてから、

「えっと、気持ち的にはシューター……、のつもりです」

そう答えた。

 

(ポジションを言葉にすることに、躊躇いがある、か……)

月守は修のその言動に潜む意味を少々計り兼ねたが、今はそれを後回しにして話を進めることにした。

 

「シューターね。なら俺と同じだ。じゃあまずはポピュラーな布陣にしようか。神音がアタッカーの役割で前衛でメイン張って、俺と三雲くんでそれをフォロー。指揮はとりあえず俺がやる。これで1回様子を見るけど、それでいい?」

確認するように月守は尋ね、

「りょうかい、です」

「……分かりました」

天音と修はそれぞれ肯定した。

 

「ん、オッケー」

月守もそれに答え、3人の巡回は続いた。

 

 

「………」

「………」

「………」

会話も無く、3人は淡々と警戒区域内を歩きまわった。

 

「………」

「………」

「………」

一言も無く、3人は黙々と警戒区域内を歩きまわった。

 

「………」

「………」

「………」

無言のまま、3人は延々と警戒区域内を歩きまわったところで、

 

『宇佐美先輩助けてください。会話の糸口が掴めません』

月守は個別に通信回線を開いて宇佐美にヘルプを求めた。

 

『いやー、こっちでも観てたけど、ちょっとビックリ。天音ちゃんはともかく、つっきーはそんなに口数少ない子だったっけ?』

宇佐美は笑いの成分を含んだ声で月守の通信に応じた。

 

『話のネタならたくさんありますけど、三雲くんに話しかけられないです』

『うん?どゆこと?』

 

月守はポーカーフェイスのまま宇佐美の問いかけに答えた。

『……なんか、三雲くんが俺のことガッツリ警戒してるんです。こう、身構えるというか、俺の一挙手一投足を全部観察してる感じです』

と。

 

『警戒って……、なんで?』

『分かんないっす。しかも、彩笑がたまにやる露骨な警戒じゃなくて中途半端に隠された警戒なんで、余計謎です』

月守は困惑した様子で答えた。肩をすくめたいくらいであったが、それをすると天音や修に感づかれるため断念した。

 

相談を受けた宇佐美も真剣に理由を考え始めた。

(修くん、ちょっと大人しめだけど人見知りするような子ではないし、ましてやあんまり接点の無い人を警戒するような子でもない。となると、つっきーが何か言っちゃったのかな?でもそんなに変なことは少なくとも任務中は言ってないし……)

原因はもしかしたら月守の言動にあるかもしれない。宇佐美がそこまで考えついたところで、目の前のモニターにある表示とアラームが鳴り響いた。

 

それは仕事が始まる合図。

つまり、

『警戒して!近くにゲートが開くよ!』

ネイバーが警戒区域に現れる合図だった。

 

「今ばかりはネイバーが来てくれて助かった」

三門市を守るボーダー正隊員として、本来は言ってはいけないと分かっていても月守は思わずそう言い、そのまま指示をつなげた。

 

「じゃあ、2人とも。さっきの打ち合わせ通りにいくよ」

「りょうかい、です。月守先輩、フォロー、お願いします、ね」

「三雲、了解しました」

 

3人の視界にゲートが開き、それぞれが構え、戦闘が始まった。




後書きです。

加古さんがどういう性格なのかまだ掴み切っていないのですが、登場させてみました。戦い方を見ればそのキャラの性格が出るので、本格的に加古さんが戦う場面を早く見たいです。

あと先日、夢の中で奈良坂先輩にイーグレットで撃たれる夢をみました。しかも至近距離。これは出番を増やせということなのでしょうか。

読んでいただきありがとうございます。今後とも頑張っていきます。

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