ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第110話「偽蟷螂」

 月守が真香から受け取った絵馬の逃走ルート予測図は、素晴らしいの一言に尽きる出来栄えだった。

 

 逃走ルートとして適した道であるのは当然として、見つけられた場合にすぐに身を隠せて別ルートへと変更可能なポイントが多々ある。メインのルートが潰された時にオプションとなり得る選択肢が豊富にあった。

 

 これだけの選択肢を見せられたら、逃げる絵馬を探し出すのは容易なように思えた。

 

 しかし……よく出来ている、そう思えば思う程、月守の中に申し訳なさが広がる。

 

 月守は心の中でごめんねと謝りながら、絵馬が潜むビルの下層を動き回り、トリオンキューブを生成していく。

 

 土台、無理な話なのだ。

 

 ビルの中に潜む相手を1人で見つけるというのは、無理がある。

 

 下のフロアから虱潰しに探し、上のフロアに移動する際に上り下りするための階段や梯子、エレベーターやエスカレーターといった移動設備を全て壊していけば、いずれ何処かに潜む相手を見つけることはできるだろう。

 

 しかしそれは相手が生身の時の話。

 

 極論を言えば、絵馬はビルに潜み続けて月守がビルの中に入ってきたと確証が持てたなら、適当な窓から地上へと飛び降りれば月守と遭遇するリスクを限りなく減らして脱出できる。

 

 月守は天音に遠くからビルを見張らせているが、天音が見えない側から絵馬が飛び降り脱出する可能性も十分にあるため、捜索側の部が圧倒的に悪い。

 

 いくら絵馬が選び得る選択肢が見えていようとも、それを1人でカバーしきるのは無理がある。

 

 ビルに足を踏み入れその広さをマップではなく視覚で体感した月守は、絵馬を探し出して倒すのは難しいと、判断した。

 

 捜しても見逃す可能性が高いと踏んだ月守は、ビルの中で思考を切り替える。

 

(生き埋めにするか)

 

 と。

 

 ビルの下層を動き回りながら、月守はめぼしい太い柱や壁……このビルを文字通り物理的に支える上で重要な役割を果たしている場所に、メテオラのトリオンキューブをセットしていく。

 

(威力98、射程1.9、弾速0.1……威力98、射程1.91、弾速0.09……)

 

 射程と弾速をコンマ0単位で調整したキューブを全て設置し終えたところで、月守はビルを脱出する。

 

「……3……2……1……」

 

 雨を降らせる黒く重い雲を見上げながらカウントを始め、そして、

 

「0」

 

 それが0になった瞬間、ビルの下層で月守が設置した全てのメテオラが同時に柱や壁に触れ、轟音と閃光を炸裂させた。

 

「海外で古いビルを爆破で解体するっては聞いたことあるけど……こんな感じかな」

 

 構造の基盤となる柱や壁を失ったビルは背が縮むように崩れ去り、ものの十数秒で瓦礫の山と化した。

 

 生身を軽々と越える身体能力を出せるトリオン体とは言え、これだけの瓦礫に生き埋めにされれば抜け出せない。瓦礫の山で絵馬を封じることが出来たと思えた月守だったが、

 

(問題はここに絵馬がキチンと埋まってくれてるか、ってことか)

 

 肝心の絵馬がこの瓦礫の下にいるかどうか確認出来ない、という問題がある。

 

 爆破のタイミングで絵馬がビルの中にいたのなら、間違いなく生き埋めになっている。しかし月守がメテオラを設置している間や、ビルに侵入する前に絵馬が脱出していたら、月守は無駄にトリオンを消費して瓦礫の山を作っただけになる。

 

 瓦礫の山を前にして、月守は次の動きに迷う。

 

 更地にして絵馬がいるかどうかを確かめる。

 

 生き埋めになり行動不能になったとして放置する。

 

 この場に居座り色々試して周囲のリアクションを見る。

 

 いくつもの選択肢が浮かぶが、その全てにリスクが伴う。

 

 間違えた択を選べば、単に絵馬を逃すだけではなく、影浦隊に()()()()()()()()()()()()という情報が伝わる。

 

 生き埋めになっていないのに瓦礫にメテオラを打ち込んでしまえば。

 生き埋めになっているのにその場を後にしてしまえば。

 

 間違った選択肢を選んだなら、それは月守が絵馬を見失っているという証明に他ならず、影浦隊にとってそれは有利な情報になる。

 

 そしてその情報を与えてしまったのなら、恐らくこの後の戦闘で影浦隊がどんな動きをしても、その行動の裏に絵馬がいるのではないかと嫌でも勘ぐる。

 

 どの選択肢が最良なのか、月守は判断を迫られる。

 

 しかし迷っている時間は、無い。

 

『咲耶っ! レーダー見てっ!』

 

 開きっぱなしになっていた通信回線から聞こえてきた相棒の切羽詰まった声が、そのことを知らせてくれた。

 

*** *** ***

 

 空閑遊真と影浦雅人の戦いは、決着へ向けて熱を増していった。

 

 スコーピオン2本を繋げてブレードとして破格のリーチを得るマンティスを軸にして攻め立てる影浦に対し、小柄な体格ゆえの高い機動力と的の小ささを生かせる軽やかなフットワークで遊真は対抗する。

 

 攻撃の手数は影浦の方が多いが、遊真はその多くを見切りヒットアンドアウェイの動きでダメージを与えようと目論む。

 

 モニター越しで見る分には五分五分の戦いに見えるが、当人達の心情はだいぶ違う。現状は影浦雅人が優位であった。

 

 もしこれが初めから2人きりの個人戦ならば話が変わるが、この戦場にはつい先程まで彩笑(最速)がいたのだ。2人の中の速さの基準は、そこにある。

 

 遊真が機動力を軸にする戦いを続ける限り、彩笑の速さが目に焼き付いている影浦を出し抜くことは、できない。

 

 遊真は確かに速い。だがそれは捉えきれないほどではなく、じきに影浦に捕まる。

 

 もちろんその事を、遊真も分かっている。

 

 現状では影浦に部があることも、戦闘スタイルのせいで自分が不利なことも、しっかりと理解している。理解した上で、

 

『有利な部分で勝負する』

『不利な部分では戦わない』

 

 有吾(父親)から教わった勝負の心得が心身に染み込んでいる遊真は、どうやって影浦を殺し切るかの策を、息をするように自然と考える。

 

(こっちが不利だけど、何から何まで不利なわけじゃない。不意打ちでも、技でも……何でもいいから、どこかでかげうら先輩を出し抜け)

 

 圧倒する必要などない。

 ほんの一瞬。

 たった一度。

 影浦の虚を突く為の一手を、遊真は模索する。

 

 テクニックか? 

 技か? 

 相打ち覚悟の特攻か? 

 速さか? 

 

 あらゆる手を模索する中で『速さ』という要素に触れた時、遊真の中に小さな小さな口惜しさが芽生えた。

 

 ついさっきまで、この戦場には絶対的な速さを誇る彩笑がいた。その残像が残っている限り、速さを軸にした戦いをしてしまえば、その速さは霞んでしまう。

 

 今この戦いに限っては、速さで影浦の虚を突くことは出来ない。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 もしこの場に修が残っていたら。

 残っていなくても、ほんの少しでも長く戦場に留まっていられたなら。

 遊真は彩笑をも上回る速さを手に入れることが出来ていた。

 速さで影浦の虚を、確実に突くことができたのだから。

 

 もう叶わない可能性に一瞬だけ引っ張られた遊真だったが、すぐに思考を切り替える。

 

(速さじゃないとすると……技か。技と言えはちき先輩だけど……)

 

 遊真の脳裏によぎったのは先日彩笑に教えてもらった空白(ブランク)ブレードだが、あれは彩笑本人が言っていたように相手が受け太刀するのが前提の技であるため、スコーピオン同士の戦闘では狙うのが難しい。

 

 そもそもマンティスという技巧を息をするように使いこなす影浦に技で対抗するのも旗色が悪い。

 

 しかし、

 

(……!)

 

 彩笑と影浦というB級屈指のスコーピオン使いの技を頭に思い浮かべた遊真に一筋の光明が差した。

 

 影浦を出し抜けるかもしれない策と技を、思いついたのだ。

 

(これなら……でも、出来るか……?)

 

 見えた一筋の光(思いつき)はあまりにも儚く、それを辿るのを、遊真は一瞬だけ躊躇い、自問した。

 

 だが、躊躇ったのは本当に一瞬だけ。

 

「出来るか?」という自問の言葉を振り払ったのは、相棒の言葉。

 

 ずっと隣にいて……今は遠い国にいるであろう、レプリカの言葉だった。

 

 もしも今、レプリカがここにいたなら。

 

『それを決めるのは私ではない。ユーマ自身だ』

 

 必ず、そう言う。

 

 自分が正しいと思う解決策で現状を突破しろと、背中を押してくれる。

 

 遊真は意識して一つ呼吸をしてから、それを実行に移した。

 

「グラスホッパー」

 

 足下に展開したグラスホッパーを踏みつけ、後方に下がり影浦と距離を取る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、取る。

 

 まるで、マンティスで斬りつけてこいと言わんばかりの距離を取られた影浦は、考える。

 

 現状、近距離戦よりもこの中距離戦の方が……マンティスで一方的に攻撃できるこの間合いの方が、影浦にとって圧倒的に有利である。

 

 それを踏まえての、この距離。

 

(明らかに罠……攻めるのは、ちょいと危ねえな)

 

 先ほど地木隊にやられたのも相まって攻めるのを躊躇して思考の時間を取った影浦だったが、そんな余裕はすぐに吹き飛んだ。

 

 雨音に紛れて聴こえてくる、確かな爆音。

 

 絵馬が潜むビルで月守が攻撃を仕掛けたのを察した影浦は、選択を迫られる。

 

 数の利を失う覚悟で、ここで時間をかけて確実に遊真を倒すか。

 罠に飛び込みダメージを負う覚悟で遊真を倒し、絵馬のフォローに向かうか。

 

 その一瞬の戸惑いを、遊真は見逃さない。

 

 半身に構え、一瞬だけ両手を触れ合わせ、左手から何かを投げるように素早く動かす。

 

 その左手の先から、スコーピオンがしなるように伸びる。

 

(マンティス!)

 

 初めて試すが故の鈍さはあるものの、己の技の模倣であることを、影浦はすぐに気付いた。

 

 虚を突かれた影浦は反応が僅かに遅れる。本来であれば同じマンティスでの迎撃を図るが、出足が遅れたためにそれは間に合わない。

 

 迎撃が間に合わないのを半ば本能で察知した影浦は、回避に転じる。薙ぐような線の斬撃ではなく、一点を狙った刺突にも似た遊真のマンティスを影浦は右にステップを踏んで回避した。

 

 が、

 

「勝った」

 

 遊真は勝ちを確信する。

 

 遊真が勝ちを確信したと同時に、影浦の身体に何かが当たったような感触が走り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!?」

 

 弾かれた影浦の身体は宙を舞うように横に飛ばされ、滞空していたその僅かな時間で影浦は気付く。

 

(この感じ、グラスホッパーか!? いや、だが……!)

 

 気づくと同時に芽生えるのは疑問。

 

 マンティスはスコーピオンを2本繋げて成立する技。使っている間は両手(両枠)のトリガーを潰すフルアタックだ。

 

 マンティス中は他のトリガーを使えない。

 

 にも関わらず、遊真はグラスホッパーで影浦を弾き飛ばしたのだ。

 

 言うなれば今の一連の攻撃は、フルアタックしながらグラスホッパーというオプショントリガーを使ったものだった。トリガー3枠を必要とする攻撃がなぜ成立したのか、影浦には理解できなかった。

 

 影浦雅人は、最後の攻防で何が起こったか分からぬまま受け身を取れずに着地する。そして身体を起こそうとしたところを、

 

「悪いね、かげうら先輩」

 

 白く小さな後輩にとどめを刺され、戦場を後にした。




ここから後書きです。

遊真が思いつきそうな新技で私自身が納得できるものを考えてたらこんなに時間がかかりました。他にも色々技候補はあったのですが、遊真よりも彩笑が使いそうな技になりがちだったので、いっぱいボツにしました。
解説は次回です。

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