ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第109話「ボクはみんなが羨ましい」

 狙撃によって見つけた絵馬の潜伏場所であるビルに向けて、月守は最短距離を駆けながら現状を改めて頭で整理する。

 

(影浦隊はゾエさん落ちて無得点、玉狛は三雲くんが落ちて1点、うちは落ちかけの2人がいて1点)

 

 各隊のスコアと残存人数だけなら、どこが有利不利と、はっきりと断言するのは難しい。

 

 しかし、誰がどこにいて、誰の居場所が割れていて、誰と誰が戦っているのか。そこを加味して考えると、お世辞にも自分たちが有利だとは言えない状況にいると月守は判断する。

 

(影浦さん、彩笑、遊真の戦闘がどう転ぶにしろ……ここで絵馬を殺さなきゃ、俺たちに勝ちはない)

 

 カウンタースナイプの可能性がほぼ0の今の戦場で、絵馬ユズル(スナイパー)の脅威はとても大きい。狙撃を凌げる建物の中に潜り込めたとしても、そこを再び雨取のアイビスで破壊されては意味がない。

 

 そしてその雨取は、絵馬からすれば隠れた相手を燻し出して標的を外に出してくれる上に、そうやって動いた雨取を狙った地木隊を狙い撃ちすれば安全にダメージを与えることができる。そのため、雨取が地形破壊に専念している限り、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 雨に濡れながら絵馬の潜伏しているビルへ向かう月守は、頭の片隅で微かな可能性について模索する。

 

(雨取ちゃんから絵馬に攻撃するなら別だけど……出来ないだろうな。これまでの試合を観てきた真香ちゃんに言わせれば、雨取ちゃんは人を撃てないっぽいし……何より、人を撃てるなら俺はこうしてこのビルまで辿り着けてないからね)

 

 遊真が足止めされ、雨取が絵馬を撃たない以上、絵馬を倒すには地木隊が動くしかない。そして、バッグワームでレーダーから姿を消す絵馬の居場所が分かるのも、狙撃直後のこのタイミングしかない。

 

 ビルを目前にした月守は耳元に手を当て、通信回線を開いた。

 

『……真香ちゃん。今からこのビルに入るから、この中のマップくれる?』

 

『はい! 今、転送しました!』

 

 言葉と同時にマップデータを送られた月守はそれをトリオン体の視界に表示し、マップ上に表記された絵馬の潜伏予想地点や逃走ルートの予測を見て、その仕事ぶりに舌を巻く。

 

(真香ちゃん中々マップくれないなって思ってたら……コレを付け加えてたのか)

 

 求められたデータに加えた一手間をひけらかさずに、さも当然のように仕上げる。真香のそういうところが好きだなと月守は思いながら、言葉を繋ぐ。

 

『やー、ごめんね真香ちゃん。あと……神音、今大丈夫?』

 

 月守の問いかけに、天音はすぐに反応する。

 

『はい。なん、ですか?』

 

『今神音がどこにいるかはレーダーで把握してるからさ、その位置から絵馬がいるビルを監視しててもらえるかな? 見える範囲でいいから、絵馬が逃げるのが見えたら知らせて』

 

『わかり、ました……。でも、距離、あって……雨も降ってますし……見逃す、かも、しれない……です……』

 

 淡々として平坦で抑揚が無いのに、でもどこか申し訳なさそうな天音の声を聞き、月守は微苦笑した。

 

『見逃しちゃったら仕方ないよ。そもそも、こんな状況に試合を進めたのは俺だからね』

 

 言いながら、月守はこれまでの試合運びを反省する。

 

(開幕早々に見せた神音の狙撃は絵馬に多少ハッタリが効いたかもしれないけど、それで一試合通し切ろうってのはやっぱり甘すぎたか。モールの中でごちゃごちゃしてる間にもう一点くらい欲しかったけど、結局取れなかったし……戦況の変化で絵馬の存在を忘れるなんて凡ミスもしたし……)

 

 放っておけばいくらでも浮かんできてしまう反省点を、月守は無理やり意識の底に沈めて、1つ呼吸を入れた。

 

(そういう反省は、全部後。今は……絵馬を殺すことだけに集中だ)

 

 自らに言い聞かせた月守は静かにビルへ足を踏み入れていった。

 

*** *** ***

 

 余計なダメージ貰ったなと、乱戦の場を離脱していく月守を見て彩笑は思った。

 

(わざわざ右手刺されなくても、咲耶のこと蹴っ飛ばせばよかったのに)

 

 遊真、影浦と間合いを取り、互いの出方をジリジリと伺いつつ、彩笑は遊真のスコーピオンに貫かれた右腕を動かそうとして、反応を確かめる。

 

(右腕、これもうダメなやつだ。抜けかけの子供の歯みたいに、ただボクの胴体にくっついてるだけ)

 

 厳密には、右腕の伝達系が多少傷ついただけで、全く動かないわけではない。ただ、近距離でより速く一手を争うような戦闘をする彩笑にとって、満足に動かせない右腕など最早ただの重りに近かった。

 

 そして動きの低下以上に、左腕(サブ側)ではなく右腕(メイン側)でスコーピオンを使えなくなったことの方が、彩笑にとって問題だった。

 

 彩笑はトリガースロットの構成上、右腕でスコーピオンを持つ時は左腕(サブ側)にセットしたグラスホッパーを使え、左腕でスコーピオンを持つ時は右腕(メイン側)にセットしたバッグワームを使うといったように、スコーピオンを持つ手によって機動力重視のスタイル、隠密(ステルス)重視のスタイルの切り替えを行なっている。

 

 右腕がまともに動かない以上、機動力重視のスタイルは満足に扱えない。

 

(普通に考えたら、コレもう負けなんだよね……)

 

 得意のスタイルを封じられ、これまでのダメージによりベイルアウトの影が頭の中でチラつき、彩笑はおそらくこの戦いで勝ち残れないだろうと自覚する。

 

 現状の手持ちの戦力で勝てないことを自覚しながら、彩笑は一歩を踏み出す。

 

 互いの出方を窺っていた影浦と遊真は、素晴らしいとしか言えない速さで彩笑の動きに反応し、それぞれが迎撃態勢を取る。

 

 視界を遮る雨の中でマンティスを繰り出そうとして煌めいた影浦の手を見逃さず、彩笑は持ち前の反応速度で回避を成功させ初手を凌ぐ。

 

 回避しつつ左手でナイフ状のスコーピオンを投擲したが、影浦もそれを難なく回避する。

 

 影浦相手にさらに間合いを詰めてアタッカー本来の土俵である近距離へと持ち込もうとする彩笑の背後に、遊真が音もなく忍び寄る。

 

 遊真の動きに無駄は何一つなく、そこから無音で振るわれるスコーピオンを躱せる道理は無かった。

 

 しかし彩笑はその遊真の動きに勘で気づき、咄嗟に回避しつつ再展開したスコーピオンを振るい、浅いながらもカウンターの一撃を与えた。

 

「やるね」

 

「あはは! ありがと!」

 

 遊真の言葉に笑顔で答えて見せる彩笑だが、そんな彼女の心に渦巻く感情は笑顔とは到底結びつかないものだった。

 

 

 その感情を一言で表すなら、『嫉妬』が最も近い。

 

 

 地木彩笑の戦闘の持ち味は、『スピード』である。

 その事実は彼女の戦闘スタイルを知る者なら10人中10人が断言するレベルで明確。

 

 そのスピードを出すのに必要になるのは、生まれ持った類稀な反応速度と、それを実行できる運動神経と、軽くて柔軟で小さい身体。

 

()()は、間違いなく彼女の才能であり、多くの人がそれを知っている。

 

 ただそれは、彼女がスピードを持ち味に出来る理由であり、他者より抜きん出ている理由ではない。

 

 彩笑が持ち得るスピードという才能に拍車をかけているのは、嫉妬や依存といったお世辞にも綺麗とは言えない感情達と、彼女が持つスピードという才能すらも危ういバランスの上に成り立っているという事実だった。

 

 トリオンが豊富で攻撃の選択肢が多い人たちを見ると羨ましく、嫉妬する一方で、もし自分にトリオンが豊富だったなら余計な選択肢が入り彼女の才能は間違いなく死ぬ。

 

 身体の大きいアタッカーを見ると力強く頼もしそうで羨ましいと思いながら、もし背が伸びてしまってこの身体が大きく重くなったなら、彼女はもう二度とこの速さを再現できなくなる。

 

 速さ以外のものを求め過ぎたなら、彩笑唯一の才能はあっさりその手から溢れてしまうだろう。

 

 美味しいものを食べ過ぎた次の日、身体がわずかに重く鈍いと思うと、その違和感が気持ち悪くて満足に動けない。だから彩笑は、過度に食べ過ぎたなと思った時は身体がそれを消化してしまう前に、こっそりとトイレで吐き出す。

 

 小さいと言われる事に怒るそぶりを見せながら、毎晩寝る前には背が伸びて感覚がおかしくならないかと怖くて怖くてたまらない。だから彩笑は、睡眠を削る夜更かしを時々する。

 

 速さ以外を捨て続けたとしても、彩笑唯一の才能はある日唐突に手から溢れてしまうかもしれない。

 

 速さ以外の才能を手にすることが許されない彩笑は、自分も気づかないほど心の奥底で、身近にいる才能達に嫉妬する。

 

 豊富なトリオンと攻めの引き出しを持つ相棒(月守)に。

 

 やろうとすれば何でも出来てしまう天才(天音)に。

 

 誰よりも広い視野を持つ狙撃手(真香)に。

 

 飽きることなく戦い続け莫大な経験値を積み重ねるNo. 1(太刀川)に。

 

 鋼のような理性で己を律して戦闘を組み立てることができる師匠(風間)に。

 

 眠ることで誰よりも早く成長していく天敵(村上)に。

 

 中距離の間合いで苦もなくスコーピオンを扱える唯一の感性(影浦)に。

 

 命をかけた戦いを潜り抜け、強かな戦闘ができる後輩(遊真)に。

 

 地木彩笑は彼らを羨ましく思い、心の奥底で嫉妬する。

 

 彼ら全員が例外なく。

 彼女の持つ速さという唯一無二の才能を羨ましいと思っていることを知らずに。

 そしてその才能を活かすために毎日鍛錬を重ねている事を心から称賛していることを知らずに。

 地木彩笑はそんな彼らに嫉妬しながら才能とスコーピオンを振るう。

 

 

 

 

 

 片腕が使えずに体の重さといったバランスが崩れているにも関わらず、気を抜けば即死(ベイルアウト)必至の斬撃を彩笑は繋ぎ続け、遊真はそれを紙一重で避け、反撃をねじ込む。

 

 遊真がこれまで経験してきた戦場にいた並の兵士相手ならば決まっていたであろう鋭い刺突を、彩笑はまるで息をするように自然に躱す。

 

 そんな彩笑の回避を見て、遊真は心からの称賛を送る。彼女は間違いなく、今まで戦場で出会ったどの兵士よりも速い反応速度を持っていた。

 

(ちき先輩は、本当に速い。なら……)

 

 コマ送りにしなければどのような攻撃の応酬が起こっているか判断しにくいほどの速さで切り結ぶ中で、遊真は一瞬だけ視線を彩笑から外し、彼女の右後方に目線を送った。

 

 彩笑にはその目線がまるで、影浦が攻撃してくる事に気付いたような目線のように、見えた。

 そういう視線を作った遊真に向けて、彩笑は声に出さずに悔しがる。

 

 −分かっている−

 −ゆまちならそんな露骨に見なくても、視界にカゲさんを収めることはできる−

 −だからその視線の動きは、そこにカゲさんがいるように見せかけてボクの動きをコントロールするためのフェイクだって、分かってる−

 −でも−

 −でも……! −

 −でもっ!! −

 

 フェイクだと分かっているのに疑わざるを得ないほどの見事なフェイクに、彩笑は笑顔で騙されにかかる。

 

「振り返っちゃうよねぇ」

 

 言葉と共に半歩素早く下がって遊真のスコーピオンの間合いを外してから、彩笑はまともに動かない右腕を疎ましく思いながら身体を時計回りに反転させて後方を見る。

 

 そこにはやはり影浦の姿は無い。

 

 彩笑は視界のギリギリ端に影浦を捕らえらたが、その距離は一歩や二歩では埋めようがないものだった。

 

 彩笑の攻撃の間合いの外から影浦は必殺の一撃を繰り出す。

 

「ワリィな、地木」

 

 彩笑からの攻撃が届かない間合いから影浦はマンティスを振るい、仕留めるための一撃を放った。

 

 鞭のようにしなやかで、それでいて獲物を狙うという意思を持った生き物のような影浦の必殺の一撃(マンティス)は、確かに彩笑を捉える。

 

 攻撃の出所を捉えた彩笑はそれすらも回避しようと試みて跳躍したが、跳躍の直後に鈍い痛みが彩笑の左足を駆け巡った。

 

(さすがに避けきんない……っ)

 

 肉付きが薄い自分の脚に影浦のマンティスが突き刺さったの視認した彩笑は、そこで一瞬、完全に動きが止まった。

 

 この試合で敵味方問わず脅威だと感じ続けていた『最速』の動きが、ここでようやく止まった。

 

 その停滞を、遊真は逃さない。

 

 何の感情も映さない目で彩笑を見据えながら、遊真は淡々とスコーピオンを振るい、彩笑のトリオン供給器官ごと真一文字にトリオン体を切り裂いた。

 

『戦闘体活動限界』

 

 無機質な音声が流れ、瞬く間にトリオン体のヒビ割れが広がっていく彩笑に向けて、遊真はただ呟く。

 

「最後の目線、ちき先輩だから気づけたんだよ」

 

 遊真が黙々と事実を述べた言葉に込めた称賛を、彩笑は違える事なく受け取り、

 

「あー……そっか……。悔しいなぁ、もう……っ!」

 

 笑顔をほんの少し歪めながら、戦場を後に(ベイルアウト)した。

 

 しとしとと、絶え間なく雨が降る戦場に残った影浦と遊真の2人は、ゆっくりとスコーピオンを展開する。

 

「さて……やるか、チビ」

 

「空閑遊真だよ、かげうら先輩」

 

 言葉を交わし、2人は同時に動く。

 

 影浦は獲物を前にした獣のように力強く踏み込み、遊真は無駄なく軽く素早く踏み込み、それぞれが相手の間合いでへと飛び込む。

 

 B級最強のスコーピオン使いを決める戦いは、佳境を迎えた。

 

*** *** ***

 

 右脚を狙撃で失った天音は真香に言われるがまま、バッグワームを展開したまま弧月を杖代わりにして移動し、1つのビルへとたどり着いていた。

 

 真香に言わせれば、そのビルは絵馬がいるビルから見れば狙撃しにくい高さや位置関係にあるらしく、そこに潜んでいればしばらく安全らしい。

 

 月守からビルを監視しておくように指示を受けた天音は、すぐにイーグレットを展開してスコープを取り外し、それを単眼鏡代わりに使って絵馬がいるビルを淡々と監視していた。

 

 雨は思った以上に視界を遮る。

 短い距離ならまだしも、長い距離、遠い距離を雨の中見ようとすればするほど、それは顕著になっていく。

 

 天音は1キロも離れていないビルすら満足に見えないもどかしさと、月守の元に駆けつけて加勢できない歯痒さを感じながらも、息を殺してビルを監視し続ける。

 

 途中、彩笑がベイルアウトした時に、ついスコープを握り潰しそうにしたものの、それでも動かずにビルを見続けた。

 

 そして、モール跡地に残った影浦と遊真の戦いに決着が着き、ベイルアウトの光跡が瞬いたのと同時に、

 

「え……?」

 

 絵馬と月守がいたビルが、爆発した。

 




ここから後書きです。

書いてて、彩笑くらいの歳の頃に自分が他人からどんな風に見られてるかを正確に把握できてる人ってどれくらいいるんだろうなって思ってました。

最近、毎月のワールドトリガー(200話近辺)が情報過多でスクエア発売日の夜は、もぎゃあああ!ってなってます。私たちはワールドトリガーの何を理解した気になっていたのか……。

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