「
月守がそのフォーメーションの指示を叫んだ瞬間、遊真はこの戦場の
運とはまた少し違う、戦場に存在する『流れ』という概念。
遊真自身も上手く説明しきることは出来ないが……とにかく、その戦場にある『流れ』を、地木隊に持っていかれたと遊真はこの時点で強く思った。
月守と彩笑がフォーメーションを整える間に、遊真は周りに知られないように、攻撃の構えを保ったまま通信システムが拾えるギリギリの小さな声量で仲間への通信を繋げた。
「悪い、オサム。もうこのモールの中じゃ、チキ先輩たちに勝てない」
『……わかった。なら、千佳にアイビスでモールを撃たせる。その後の判断は、現場の空閑に任せる!』
「サンキュー、オサム」
通信が終わると同時に、月守がバイパーとアステロイドを放ち、その陰に彩笑が潜んで特攻を仕掛ける。二段構えの攻撃を受けきれなかった影浦に、浅くはないダメージが入った。
一連の攻撃を見た遊真は思う。
(今の連携がまぐれじゃないなら……厄介だな)
安定した連携だとしたら勝ち目が薄いと心の隅で思うが、そのタイミングで地形条件を問答無用で変更する千佳のアイビスがモールを破壊した。
離脱か継戦かの判断をその一瞬で下した遊真は、崩れてくるモールの瓦礫に紛れてグラスホッパーで跳び、一気に間合いを詰め、
「まず一点」
淡々と、北添尋の首を刈り取った。
*** *** ***
『雨取隊員のアイビスでモールが崩壊! その混乱に紛れて、同じ玉狛第二の空閑隊員が北添隊員をベイルアウトへと追い込んだ!』
試合開始直後の狙撃以降動かなかった点がようやく動き、綾辻の実況に力がこもった。
『空閑の動きは良かったが……それ以上に、大砲のタイミングが良かった』
『だな。このタイミングじゃなきゃ完全に地木隊に流れを持ってかれるから、撃つとしたらここしかねぇんだが……』
解説の三輪と当真が玉狛の動きを評価したが、
『だけどこれくらいじゃあ、地木隊が掴みかけた流れはまだ止まんないぜ?』
当真は皮肉げな笑みを見せながらそう言うと、観覧席のモニターに映る千佳のアイコン付近に黄色と黒で縁取られた『緊急脱出不可』警告のアラートが表示された。
*** *** ***
マップの北西にある戦闘区域ギリギリにそびえ立つビルの上で、千佳は崩れていくショッピングモールを見ていた。
修の指示でアイビスを撃って壊したものの、モールを破壊すること自体は試合前から決めていた流れだった。本来ならここに修がいることで、この破壊後に一波乱起こすつもりだったが、それはもう叶わない。
(修くんの予想した通りだったのに……)
千佳は崩れゆくモールを見ながら、この試合に向けて準備を重ねていた修の事を思う。
開幕直後の狙撃以外は、ミーティングの時に修が思い描いたプラン通りに試合が進んでいただけに、勿体無さにも似た思いを千佳は抱いた。
アイビスを4発撃ったところで、千佳へ通信回線越しに修が指示を出す。
『よくやった千佳! 今は空閑がフォローに来れないから、そのままベイルアウトするんだ!』
『うん……!』
言わた通りに戦場を離脱しようとしてベイルアウトを念じた千佳だったが、
『脱出不可』
という警告アラートがトリオン体の視界に表示され、驚く。
「え……っ!?」
そして同時に、自分のことを狙う人影が、見えた。
「真香の予想、合ってたね」
今ひとつな体調に鞭を打って雨の中を駆けながら、天音は淡々と呟く。
『ちょっとズレたけどね。よし、レーダーで測って距離は60切って50!』
「ん、わかったし、見えた」
標的である千佳を視認した天音はバッグワームを解き、彩笑がデザインしてくれた隊服のウサギ耳フードを被ってから、ビルの屋上に向けてグラスホッパーを展開して一直線に向かう。
雨で前髪と視界を濡らしながら空中で鞘ごと弧月を展開し、柄に指をかける。出来ればメイン側にセットしてるメテオラで牽制をしたいところだが、今日に限ってはそこにイーグレットをセットしているので、それができない。
代わりに、旋空の間合いである15メートルに届いた瞬間にすぐにでも攻撃できるよう、目測で距離を測り続ける。
(40……35……30……)
千佳も当然ビルの屋上から逃走を図ろうとするが、体調不良でいつも通りの動きができないのを差し引いても、天音の方が圧倒的に速い。
なす術なく逃げる狙撃手を追う時、天音はほんの少しだけ嫌な気持ちになる。
無抵抗な人を斬るようで少し気が引ける一方で、接近された時の対策をしてないのは何故だろう、とも思う。
(苦手なこと、に、対策する、より……狙撃で、いい仕事、しようと、する、ってこと、なの、かな……?)
疑問には思うけれども、天音の身体は止まることなく空中を駆け上がり続け、2人の距離が20を切る。
天音が旋空弧月の間合いに千佳を捉えかけたその時、
「この程度なら、大して支障は無いね」
南東方面の端、マップの位置で対角線上にいた絵馬ユズルがイーグレットの引き金を絞った。
イーグレットの銃弾はまるで糸を引くような軌道で飛び、空中にいた天音を穿つ。
「…っ、みぎ、あし……!」
背後からの狙撃で右脚を根本から吹き飛ばされた天音は空中で態勢を崩しながら、反射的に狙撃された方向を確認して、驚愕した。
(どう見ても、600は距離、ある、のに……!)
驚いたのは、その距離。
脚を穿たれた弾道から逆算して、絵馬が狙撃に使ったであろうビルまでの距離は、天音の目測でおおよそ600メートル。
そしてその600メートルという距離が、自分の中でどういう意味を持っていたのか理解した天音は、己の未熟さを噛み締めた。
普段の天音なら……いや、1週間前のラウンド3時点の天音なら、この雨の中でこの距離の長距離狙撃にもっと警戒を払えていたかもしれない。
だが、真香から狙撃を学び、長距離狙撃や、悪天候時の狙撃の難しさを、天音は多少なりとも理解した。ただ漠然と難しいと思っていた技術の、難しさの全体像を掴めた天音は無意識のうちに今の絵馬がいる位置からの狙撃の難易度の高さから、狙撃の可能性を切り捨ててしまっていた。
被弾するギリギリ……本当のギリギリになって、危険予知のサイドエフェクトが発動して身体を捻らせたからこそ致命傷は避けたが、機動力は大きく削がれた。
(これじゃ、もう……雨取さん、追えないかな……)
鈍い痛みが走る中で思考を巡らす天音に、通信が入る。
『しーちゃんダメージは!?』
「右脚。もう、追えない」
端的な言葉だけで真香と、共通回線で聞いていた月守と彩笑は天音の状態を理解する。
「一回、下がる、ね」
天音はそう言って、南東のビルから瞬く2発目のマズルフラッシュから逃げるべく、グラスホッパーを展開して右手で思いっきり叩いて真下へと急速に落下する。
濡れたアスファルトへ転がるように着地し、建物で射線を切った天音はバッグワームを展開しつつ這うように移動して、建物に背中を預ける。右脚の痛々しい断面に両手を当ててトリオンの漏出を抑えつつ、遮蔽物となっている建物の先にいる絵馬に向けて、
「絵馬くん……変態……」
心からの褒め言葉を送った。
*** *** ***
「ゾエさん取られた!」
崩壊するモールの中で遊真が北添を仕留めたのを見て、彩笑は悔しそうに叫び、そのまま視線が北添と遊真に向いていた影浦へと肉薄した。
死角をついた突撃だったが、影浦は肌に刺さるような視線を感じ取り反応し、振り向きざまにマンティスを繰り出して鞭のような揺らぐ斬撃を彩笑に向けて放つ。
彩笑はそれを機動力で回避こそするが、その動きの中に鈍さを見せた彩笑に向けて影浦は声を張り上げる。
「はっ! どうした地木! 集中力が切れてんじゃねえのか!」
「うるっ! さい!」
挑発するような影浦の言葉に図星を突かれた彩笑は、ムキになって言い返す。
影浦の言葉通りとまではいかないが……今の彩笑は、ついさっきまでの最速モードが解けてしまっている。
最速モードは、彩笑自身も把握しきれていないメンタル的な部分の作用もあって成り立っていたものである。危ういバランスの上に成り立つそれは、一度崩れると再度手にするのは難しく……さっきまで満たせていた精神の条件が何かで崩れ、今の彩笑の速さは一段階、落ちてしまった。
しかしあくまで、絶好調が試合開始直後の好調に落ちただけであり、全く戦えなくなったわけではない。
(まだ……まだ! やれる!)
心の中で自分を鼓舞した彩笑は足元にグラスホッパーを展開して踏み込み、再度影浦へと接近を試みた。
その一方で、月守は北添を仕留めた遊真相手に1対1を仕掛ける。
右手からトリオンキューブを生成しながら、好戦的な笑みを月守は浮かべた。
「モール壊されて雨取さんの居場所が割れたから、
「月守先輩、これって玉狛は間違いなく千佳ちゃんのアイビスでモール壊してきますよね?」
「だろうね。ショッピングモールなんて露骨なステージギミックがあって、その内部での戦闘になりやすいから……どっかのチームが主導権取りかけたりとか、チームの作戦上のタイミングで壊しにくるでしょ」
玉狛第二がモールを破壊しにくることを確信し、
「ですね。じゃあ月守先輩、モールの中で建物壊しちゃうくらいの威力のメテオラは我慢してくださいね? 先輩は、ちょっと不利になるとメテオラで足場やら建物壊して状況を変えようとするクセあるので」
「了解。雨取さんが撃ってくるまで、メテオラはなるべく我慢するよ。温存してる余裕がないくらいのキツい状況になったら、撃つけどね」
「だからと言って、安易にポコポコ撃たないでくださいよ?」
建物を壊してしまうような、高威力なメテオラを使うことに縛りを設けていた。
そしてモールが壊された今、月守にはメテオラを使うのをためらう理由は、何1つない。
細かくキューブを散らした月守は間合いを詰めてこない遊真へと狙いを定め、素早く攻撃に移った。
「メテオラ!」
「つまんないウソつくね!」
「あはは、バレたか」
これ見よがしにメテオラを撃つと思わせた月守だが、遊真はサイドエフェクトでメテオラではなくアステロイドだと看破し、シールドを展開しながら回避行動をとって月守のアステロイドを凌ぐ。
月守は遊真と対峙することで、この場の戦況を2つの1対1で区切り、背後で戦う彩笑に余計な負荷を与えないようにしながら状況の立て直しを図る。
(北添先輩が落ちたから、ここの盤面上はこっちが人数では有利だけど、きついな。俺は地味にダメージでトリオン持ってかれてるし、彩笑はさっきのアイビスの音か何かで集中力切れて、最速モード解けてるし……)
思考を広げていきながら、月守はトリオンが削られてることを悟らせないように、満タン状態の半分ほどになったトリオンを潤沢に使い、絶え間のない射撃を維持して遊真へと攻撃を展開する。
シールドを穿つほどの威力のアステロイド。
この試合ようやく解禁することができたメテオラ。
月守の視線の先にいる遊真をしつこく追いかけるハウンド。
意のままに操ることができるほど使い込んだバイパー。
手持ちの弾トリガーをフルに発揮、動員して遊真を近寄らせないようにする。それでいて、逃がさないように細かく間合いや立ち位置を変えて駆け引きをしながら、今の自分たちが持つ勝ち筋を模索する。
そんな中、チーム4人で使う通信回線から、天音が千佳をベイルアウト不可圏内に追い込んだという連絡を受けた。
(2人ともナイス。ここで雨取さん落として、あとは遊真と影浦隊があと……
月守の意識の端が、この試合なんの動きを見せていないどころか、姿すら見せていない絵馬に触れる。
(絵馬はどこにいる……?)
一度気になり始めたそれは、嫌な予感となって月守の全身を一気に侵食する。
不確かで言語化することはまだ出来ないが、彼の中にある『勘』が、絵馬に気をつけろと叫び声をあげる。
真香ちゃん! 絵馬がいるとしたら
月守が真香に絵馬の予想位置を聞き出そうとして口から言葉が出かけた瞬間、
雨で音の輪郭がボヤけた狙撃音が、市街地に木霊した。
半ば反射で、月守は音の出所に視線を送る。
(南東の1番高いビル! 戦闘区域ギリギリか!)
視線をビルに向けたのは……言い換えれば、月守が遊真から視線を外したのは、0.5秒にも満たない、一瞬にも等しい時間だった。
それで十分だった。
乱雑なようで緻密な射撃が途切れる瞬間が生まれたなら。
ほんの一瞬だけでも自分から目が離れたならば。
その隙があれば間合いを埋めて、詰ませることができる。
物心ついた頃から戦場で生きていた遊真にとって、月守が思わずしてしまった狙撃に対しての視線での位置確認は、十分すぎる隙だった。
淡々と、雨音に紛れて高速で接近する。
殺意も敵意もなく、『てんをとる』という事実を限りなく平坦な気持ちで受け入れて処理して、スコーピオンを握る。
月守が視線を戻して肉薄する遊真に気付いたが、もう遅すぎる。
遊真がそう確信できるほど、2人の距離は近く、月守が反撃の
月守は無意識にキューブの展開を進めるも、
(これもう落ちたな)
と、迫り来る遊真の刺突を見ながら月守は諦めつつ確信する。
玉狛にもう一点取られると腹をくくったが……、
彼の前に小さな影が……今まで何度も助けて、助けられた相棒の身体が割り込む。
「咲耶っ!」
遊真のスコーピオンに右腕を深々と貫かれながらも、月守を守った
-
-じゃないと勝てないの、わかってるよね!?-
隣に居続けたからこそ、目指す勝利のビジョンを瞬時に共有できた月守は、相棒の叫びに答える。
「わかってるっ!」
その声の中に、
-絵馬は倒すから-
-無茶させてごめんな-
決意と謝罪の思いを込め、月守は彩笑を一瞥もせずに、絵馬がいるであろうビルめがけて全速力で向かっていった。
ここから後書きです。
天音は戦闘中の通信システムのオンオフやらが適当なので、繋ぎっぱなしになった通信システムから聞こえた親友のガチトーンの「変態」を1人作戦室で聞いた真香は、何を思ったのか。