ワールドトリガー 《ASTERs》   作:うたた寝犬

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第105話「室内遊戯」

『ラウンド4、夜の部三つ巴! 全隊員転送完了!』

 

 実況席の綾辻が言い切ると同時に、市街地Dの主戦場となるショッピングモール内に転送された絵馬が、バッグワームを起動した。

 

『天候……雨! 玉狛第二は天候設定も活かしてステージに雨を降らせました!』

 

 市街地にいる絵馬を除く8人の動きは、動揺せずにショッピングモールを目指す動きと、天候に躊躇する動きの、2つに分けられた。

 

『この雨にはどういう意図が……え?』

 

 そして綾辻が解説席の2人に玉狛の狙いを推察させようとしたところで、驚くべき動きがあった。

 

 観覧席にいる全員に、程度の差はあるものの動揺が走る。

 

 ある者は、いつそれを習得したのかと驚く。

 ある者は、セオリーじゃないと訝しむ。

 ある者は、ハッタリだろうと高を括る。

 

 動揺が走る会場の中で唯一、解説席の当真勇だけが驚かず、少し前に交わした後輩との会話を思い出す。

 

 ある後輩が出穂に狙撃のイロハを教え続ける事を断念し、自分にその座を譲る時、

 

 ──私には、ほら、しーちゃんが居ますから──

 

 そう答えた言葉の本当の意味を、当真は理解する。

 

『ありゃ、勉強の事じゃなくて……こういうことだったのかよ、和水ちゃん』

 

 当真が心の中で一本取られたと思ったのと同時に、師匠(真香)譲りの綺麗な構えでイーグレットの狙いを定めた天音が、引き金を絞った。

 

 放たれた銃弾は糸を引いたような弾道で三雲の胴体……トリオン供給機関を居抜き、彼をベイルアウトへと追いやった。

 

*** *** ***

 

『え!? 神音ちゃん本当に仕留めたの!? 凄くない!?』

 

 ベイルアウトの光跡を見た彩笑が、驚きの声を通信回線に乗せる。

 

『あ、はい……。たまたま、背後取れて……そん、なに……遠くも、なかった、ので……撃ち、ました……。いい偶然、かさなりました』

 

 ホッと胸を撫で下ろしながら答えた天音に向けて、真香が淡々とした声で呼びかけた。

 

『しーちゃん? おしゃべりする前に、バッグワーム展開して隠れてね』

『う……うん』

 

 指示に従って手早くバッグワームを起動させた天音は、そのまま付近の建物の暗がりへと身を隠す。その間にマップ位置を把握した月守が、彩笑に向けて意見した。

 

『市街地Dで雨……屋内戦が玉狛の狙いだろうけど、乗る?』

『乗るっ!』

 

 迷うという概念を欠片ほども感じさせない勢いで即答した彩笑は、マップの北端付近からショッピングモール目掛けて高速で南下し始めた。

 

 正隊員トップクラスの機動力で走り始めた隊長に合わせて月守もモールへと移動を開始しつつ、天音と真香に指示を出す。

 

『じゃあ……神音は予定通りでこのまま隠れつつ、できたら索敵。真香ちゃんはそのヘルプね』

 

『了解です。しーちゃんのオペレートは隠密優先でいいんですよね?』

 

『ん、そうだね。基本は神音のオペレートメインでいいけど……屋内戦で相手が奇策の類いを仕掛けてきたり、隠れあいになるようなら、こっちの方もオペレートしてくる感じでお願い』

 

『わかりました』

 

 2人のやり取りが終わったところで、天音がおっかなびっくりな様子で月守に尋ねる。

 

『月守先輩……その……私、本当にこれで、いいんです、か……?』

 

 天音の疑問の真意を、月守は正確に察する。

 元々、今日の試合の作戦は、

『早々に合流し、地木隊最高火力が出せる状態で戦う』

 というものだったのが、試合前に急に、

『天音は開幕早々に狙撃のカードがあると見せてから隠密行動に移り、不意をつけるようなら敵を叩く』

 というものに変わったのだ。

 

 いかに鈍い天音とは言え、この急な作戦変更が、試合前に月守に見られた自身の体調不良によるものだと、わかった。

 

 実際、作戦変更の理由は天音の予想通りだ。しかし月守は、天音がそこまで予想していることを見抜いた上で、嘘を語る。本当にこの作戦で良いのかと問いかける天音に、最もらしい理由を告げる。

 

『うん、それでいいよ。マップ転送されるまでは迷ってたけど、試合始まってこの雨を見て、決めた。火力は確かに欲しいし、屋内で勝負を決めちゃいたいけど……わざわざ雨にした三雲くんの狙いが読みきれないから、1人は屋外に残した方がいい』

 

 リスクがあるからチームを分けるという月守の考えに、天音は反論できない。そして、彩笑と真香も、天音の今の状態を知っているからこそ、反論を出さない。

 

 誰もが真実と嘘に気付きながらも見て見ぬ振りをして行動する中、

 

「……さて、やろうか」

 

 月守咲耶、ショッピングモールに到達。

 

*** *** ***

 

『転送時にショッピングモールに送られた絵馬隊員に続き、地木隊の月守隊員がモールに到着! 他のメンバーも、雨取隊員と天音隊員を除き、全員がモールへと直行しています!』

 

『妥当な動きですね。空閑、地木の2人はスピード型アタッカーなので、雨でスリップしやすくなった屋外は嫌うでしょうし、屋内で乱戦になれば、感情受信体質のサイドエフェクトを持つ影浦隊長が有利とするところ……』

 

『ついでに、ユズルが外で目を光らせてるかもって思えば、玉狛も地木隊も屋外戦は嫌うだろうな。このくらいの雨なら、ユズルは問題なく当てるぜ』

 

 綾辻の実況を補足する形で、三輪と当真が解説したところで、モール内への移動を目指している戦場は戦闘が一時収まった。

 その間に、綾辻は試合開始直後に起こった動きを振り返ることにした。

 

『試合開始直後、天音隊員がイーグレットを起動して、三雲隊長を狙撃するというまさかの展開に驚かされましたね』

 

『だな。構えるまでの動きを見るに、まだ付け焼き刃レベルだろうけどよ……和水ちゃんが教えてるだけあって、構え方は文句無しに綺麗だな』

 

『和水隊員仕込みなんですか?』

 

『構えを見ればわかる』

 

 自信を持って断言した後、当真は楽しそうな視線をモニターへと向ける。

 

『にしても、開幕スナイプか……地木隊はよく変なことを仕掛けてくるから気は抜けねぇんだが……。まあ、この辺は三輪の方がよく知ってるんじゃねえか?』

『……そうですね』

 

 答えながら三輪はB級だった頃や東隊にいた頃の苦い思い出が蘇り舌打ちをしそうになったが、そこをグッと堪えた。

 

 三輪が押し黙った心境を察した綾辻が、沈黙が流れないように言葉を紡ぐ。

 

『しかし……天音隊員の狙撃は随分とセオリーから外れたものでしたね。バッグワームを起動せずに、開幕とほぼ同時に狙撃……この辺の動きを、当真さんはどう見ますか?』

 

 狙撃について意見を求められたナンバーワンスナイパーは、心なしかを目輝かせながら綾辻の問いに答える。

 

『普通なら、無しだな。警戒されて当たるわけねえし……狙撃する以前に、位置がバレてるんだから寄ってこられる』

 

 当真が語るのはスナイパーの基礎の基礎なのだが、それはあくまで純狙撃手(ピュアスナイパー)に当てはまるものであり、

 

『……けど、天音ちゃんはむしろアタッカーが本領だ。あの子からしたら、寄れるもんなら寄ってこいって感じだろうな』

 

 エースアタッカー並みの近接戦闘ができる天音には当てはまらないものだった。

 

 今の動きは天音だからこそ、という解説を当真がする裏で三輪はこの狙撃がもたらす影響を思案していた。

 

(1点を取れた以上に、『狙撃もあるぞ』と牽制されたのが面倒だな……。モニターで見れば動きが拙く、まだ付け焼き刃程度の練度しかないのは判るが……影浦隊と玉狛には狙撃の圧がかかる)

 

 加えて、バッグワーム無しで狙撃をしたことにより、地木隊以外には『レーダー反応があって射線が通っていれば狙撃が来る()()()()()()』という、普段なら気にしなくていい余計なプレッシャーがかかる。

 

 その事にも気付いた三輪は、地木隊らしい……月守らしい策だなと、苛立ちのこもった思いを胸に抱いた。

 

(ラウンド2の時もそうだったが……あいつの得意技だな。普通なら警戒しなくてもいい事を警戒させてくる)

 

 三輪がその事を解説として言及しようとしたところで、試合が動き言葉を遮られた。

 

 影浦雅人

 空閑遊真

 地木彩笑

 

 スコーピオンの使い手3人が、ほぼ同時にショッピングモールにたどり着いた。

 

*** *** ***

 

『咲耶、合流する?』

 

 バッグワームを展開したり解除したりを繰り返しつつモール内に隠れていた月守に、彩笑から通信が入る。

 

『なるべくそうしたいな。こっちは一階の東口から入った』

『ボクは1番上!』

『1番上……外か。じゃあ……』

『『吹き抜けを突っ切()』』

 

 示し合わせたわけではないが疎通の取れたお互いの意見を聞き、どちらともなく笑みをこぼす。

 

『はは! りょーっかい! すぐ行くよ!』

 

 楽しげな声でアンサーバックを返した彩笑は、スコーピオンをスタンバイ状態に切り替える。

 

 市街地Dのショッピングモールの屋上は、中に通じる出入り口以外にも、太陽光パネルや空調用の換気扇、客用のちょっとした広場……そして、採光用の天窓もきちんと再現されている。

 

 彩笑は天窓から少し距離を開けて助走を開始し、跳躍する。トリオン体の身体能力を生かした、軽やかながらも力強さを感じさせる前方宙返りを決めて、

 

「せーっの!」

 

 掛け声と共に、脚に纏うように展開したスコーピオンを叩きつけた。

 

 遠心力が乗った踵落としは、甲高い音を響かせながら天窓を砕き、彩笑はそのままモール内へと落ちていく。

 

 割れたガラス片と雨粒と共にモール中央の吹き抜けを落下し、7階分の高さを物ともせずに1階に……相棒の隣に着地する。

 

「ごめん、待った?」

「いや、今来たとこ」

 

 おふざけ半分の質問に付き合ってくれた月守に、彩笑はとびきりの笑顔とブイサインをプレゼントする。

 

 その瞬間、月守は理解した。

 

 何故、と問われても答えられない。

 

 ただ、彼の中にある三年間隣に居続けた時間と経験が、()()だと告げる。

 

「彩笑、今日絶好調だろ?」

 

 確信めいた月守の問いかけに対して、彩笑は雨に濡れた髪を照明の光で輝かせながら、

 

「うん! 最高に絶好調!」

 

 モニター越しに見ている多くの観客の心を鷲掴みにする笑顔で、答えた。

 

 そうして彩笑は笑顔を振りまくが、それが出来たのは、ほんの一瞬。

 

 彩笑の背後、死角になる2階の踊り場から好戦的な笑みを浮かべた影浦雅人が身を乗り出し、挨拶がわりと言わんばかりに攻撃を仕掛ける。

 

 マンティス

 

 両手に展開したスコーピオンを繋げて伸ばし、アタッカーとして破格のリーチを誇る影浦の代名詞とも言える技が、彩笑を狩るべく迫る。

 

「彩笑!」

 

 と、月守が声をかけるよりも早く、

 

「わかってる!」

 

 彩笑は身体を反転させて両の手にそれぞれ長さが違うスコーピオンを展開して振り抜き、眼前まで迫った影浦のスコーピオンを砕いた。

 

 奇襲を防がれた影浦だが、それは織り込み済み……むしろ、防がれるものと思っていたため、さして慌てることなく着地し、体勢を整える。

 

「相変わらずいい動きだな! 地木!」

「でっしょー! 今日は特に調子いいよ!」

 

 久々に会って腕前を褒め合うバンド仲間のようなノリで会話する後ろで、月守は彩笑の一連の動きに舌を巻いた。

 

(普通に考えれば視界の中のレーダーをきちっと見てたんだろうけど……それにしては動き出しが遅いんだよな。でも、不意打ちに後から気付いたんだとしたら、逆に速すぎる)

 

 影浦の奇襲に対して彩笑は、誘ったにしては遅いが、何かしらで察知したにしては速すぎる、そんなタイミングで迎撃した。

 

 果たしてそこにどういう理屈があるのか月守は考えるが、実のところ、彩笑本人もなぜ反応できたかわかっていない。

 

 ちょっとだけ物音が聞こえた。

 殺気にも似た気配があった。

 自分の背後を見ててくれた月守の瞳に影浦の姿が見えた。

 月守が警戒体勢に入った瞬間を見て、後出しで警戒体勢を取った。

 

 どれもこれも、正解(そう)であるとも言えるし、正解(そう)でないとも言える。

 

 ただ漠然と、後ろから影浦が迫ってきた。

 

 その事実だけを、彩笑は何故か認識できて動き、迎撃した。

 

 再現性の無い挙動に、言葉で説明できない感覚。

 

 サポートする月守からすれば、それは少し困りものだ。しかし、当の本人……彩笑にとってそれができる時は例外なく、絶好調。

 

 誰よりも速く動ける。

 どんな攻撃でも避けれる。

 些細な挙動も見逃さない。

 負ける気が、しない。

 

 万能感の海に心を浸しながら、彩笑は、

 

「カゲさん! 今日はいっぱい遊ぼうよ!」

 

 幼く純粋で無邪気な声で口火を切って、影浦との間合いを詰めた。

 

 瞬きすら許されない速さで接近した彩笑めがけて、影浦の手が再び煌めく。

 

 油断していれば目視すらできない速さで振るわれたスコーピオンの剣先が高速接近する彩笑に迫る。

 

 体感としては普段以上の速さになっている影浦のマンティスを彩笑は身を低くして最小限の動きだけで躱す。

 

 一見、難なく回避できたように思えたが回避後、彩笑は大きく左に跳んだ。

 

「ちぃ!」

 

 余計なワンアクションに見えたそれに、影浦だけが意味を見出された。

 

 元々躱される前提で放った攻撃を囮にし、彩笑の視界の外でスコーピオンの形を鉤爪状に変化させた影浦は、それを腕ごと引いて彩笑の死角からの攻撃へと繋ぐつもりだった。

 

 しかし大きく横に跳ばれたために鉤爪の攻撃範囲外に逃げられ、影浦の2撃目は虚しく宙を切る。

 

 彩笑は回避による一瞬の滞空の直後に左手を着き、跳躍のエネルギーを無理に殺さず空中で一回転を経てから着地し、再び影浦との間合いを詰めにかかる。

 

 その距離、おおよそ7メートル。バスケットボールの3ポイントラインほどのその距離は、スコーピオンを扱うアタッカーにしてみれば僅かに遠い。

 

 踏み込んでも絶妙に詰めきれないその距離こそ、影浦のマンティスが強さを発揮する距離の1つだ。

 

 鞭のような、高速でしなりながら襲い来る斬撃の嵐を、彩笑は躱し、防ぎ、いなす。少しのミスでダメージを負う気の抜けない状況にも関わらず、彩笑の顔から笑顔は消えない。

 

 まるで、そのプレッシャーすら楽しいよと言いたげに、彼女は笑う。

 

 防戦一方になってもおかしくない中、斬撃と斬撃の間……隙というには短すぎるが確かに存在する、呼吸ともいうべき繋ぎ目の瞬間にスコーピオンの投擲や、影浦と同じようにマンティスによる反撃を織り交ぜ始める。

 

 戦闘開始からのこの僅かなやり取りで、影浦は察する。

 

(今日の地木と近くでまともにやり合うのはマズイ……!)

 

 スコーピオンのソロポイントこそペナルティで没収されているものの、影浦の実力的にはランカークラスのアタッカーである。マンティスを抜きにしたブレード本来の間合いでの斬り合いも、当然のように一級品だ。

 

 だがそれでも、今日の彩笑とブレードでまともに斬り合うのは旗色が悪い。影浦はそう判断した。

 

 ただでさえ油断していられない相手と対峙して膠着状態になる中、影浦に更なるプレッシャーがかかる。

 

 チリ……チリ……チリ……

 

 と、苛立ちを覚える視線が、感情受信体質のサイドエフェクトを持つ影浦の肌に刺さる。

 

(月守……! あのクソ野郎……!)

 

 今の攻防の間に月守が影浦の死角に移動し、キューブを生成して攻撃体勢に入った事を、影浦は見るまでもなく理解した。

 

 影浦は自身のサイドエフェクトをあまり好ましく思っていないが、こと戦闘においては別だ。

 普通の人間ならば「今から攻撃するぞ」という思いが隠しきれず視線に乗ってしまう以上、影浦には不意打ちや奇襲の類いは効かない。本人もそれをアドバンテージであると、自覚している。

 

 しかしそんなサイドエフェクトを、月守は逆手に取る。

 

『俺は攻撃体勢に入ったぞ』

『でもすぐには撃たない』

『隙を見せたり、戦況を変えようとしたら、撃つ』

 

 そんな思惑を隠すことなく視線に乗せ、影浦へと圧をかける。

 

 そうして、直接攻撃してくることなく意識を散らしてくる月守の事を、影浦は好ましく思っていない。

 

 正確には、まともに戦えるだけの技量がありながらトリックスター気取りで自身を小者ぶらせる月守の性根が、殴りたくなる程度に嫌いなのだ。

 

 しかし、影浦のそんな心のうちは戦況になんの影響も及ぼさない。

 

 どれだけ月守の行動に苛立っても、数の有利と位置の有利を取られ、攻めるしか無いという選択肢を()()()()()いる事に変わりはない。

 

 このまま続けばジリ貧でしかないが、影浦は焦る事はしなかった。

 

 彼は知っていた。

 

 そいつが、A級入りのためにこのランク戦を戦っていることを。

 自分の親友が、そいつの事を『カゲに似ている』と評したことを。

 そいつが、自身と同じタイミングでショッピングモール内に侵入してきたことを。

 

 だから、影浦は心の中で叫ぶ。

 

(混ざるなら今しかねえぜ?)

 

 そしてその心の呼び声に答えるかのように、

 

 

 

 

 息と気配を殺していた遊真が音もなく、月守の背後を取った。




ここから後書きです。

ちょっと前の話なんですけど、Twitterで個人的に面白い事がありまして。
フォローしてくれてる人とかをランダムにピックアップして家系図みたいなのを作るやつがあって、とある人がそれをやったら私のアイコンが選ばれました。で、私Twitterのアイコンは頂いた彩笑のイラストにしてるんですよ。なのでその家系図見た瞬間、
「なんかこれ、彩笑がママみたいな構図だな」
って思ったんですよ。

そして、突如うたた寝犬の脳内に溢れ出す、存在しない記憶(物語)

私が思い描くASTERsのエンディングの遥か遠く先の物語が……早い話が彩笑がママになった話がとんでもない速さで脳内に構築されました。

そしてその家系図作った人に「書けばええんやで?」って唆されて、その物語を書きました。でも、わざわざ本編に枠作るような物語じゃないな……って思ったので、この後書きに載せます。

注意点として、
・ほぼ勢い
・ASTERsで必ず行き着くというわけではない
この2つが挙げられます。

迅さん的にいう「未来は無限に広がっている」の中の1つ、くらいに捉えてほしい物語になります。

こんな可能性もあるよね?くらいに読んでもらえたら幸いです。





*** *** ***


『もしもの未来』



「ママ!聞いて聞いて!」

玄関の扉が開くなり、娘の元気いっぱいな声が家中に響く。続いてドタドタとした騒がしい足音がリビングに向かってくるのを聞き、彩笑はクスっと笑みをこぼす。

この元気の良さは間違いなくボク……私似だなぁと思いながら、

「んー?なになに〜?ココア飲みながら聞いてあげる」

彩笑はマグカップに注いだココアを揺ら揺らと揺らしながら、リビングの扉を勢いよく開けた娘に、柔らかな笑顔と言葉を向ける。

息を切らしたままランドセルをその辺に放り投げて、彼女は彩笑の隣の椅子に座る。

「あのね!今日ね!」

「でもその前に……ちゃんと手洗いうがいしなさい?じゃないとママはみーちゃんのお話、ちゃんと聞いてあげないよ?」

「うー……はーい」

しぶしぶ、と言った様子で手を洗いに行く娘の後ろ姿がいかにもしょんぼりしていて、彩笑は再びクスっと笑った。

「手洗いうがいしたら、美味しいお菓子、一緒に食べよっか!」

「ん!食べる!」

くるっと振り返り、目をキラキラさせながら返事をする娘につられて無邪気な笑みになった彩笑は、軽やかな足取りで冷蔵庫に向かい、手作りのパウンドケーキを切り分けた。

ケーキとココアを交互に口に運びながら、彩笑は娘の話を、うんうんと頷きながら聞く。

身振り手振りを交えながら、学校であった楽しい事、叱られた事、嬉しかった事……色んな話を、彼女は一生懸命に伝える。そして娘と同じか、もしかするとそれ以上に大げさな反応を彩笑は返す。小学校生活自体は体験していても、娘が小学校生活を送るというのは完全に別物で、彩笑にとっては娘の体験一つ一つが、この上なく新鮮なものだったのだ。

「それでね、あとはね……んっと……」

一通り娘が言いたい事を言い終えた頃に、彩笑は陽だまりのような暖かい笑みを見せながら、娘の頭に手を伸ばす。柔らかくサラサラな幼子特有の髪の毛をわしゃわしゃと撫でながら、彩笑は問いかける。

「ふふ……。みーちゃん、今日も学校、楽しかった?」

「うん!楽しかった!」

迷わず答えた娘に対して、彩笑は昔から変わらない屈託のない笑顔を向けて、

「そっかそっか!じゃあ今日もみーちゃんは百点満点だね!」

花丸満点を授けたのであった。

*** *** ***

娘の学校冒険譚を聴き終わってから、彩笑は夕ご飯の支度を再開する。下準備は済ませてあるがゆえに、そこまで大変という訳ではないのだが……

「……うわちゃあ……、卵、切らしてる」

たまに、そう言ったミスをする。冷蔵庫を開けて、卵のストックがない事に気付いた彩笑は、ゆっくりと冷蔵庫を閉めてから思案する。

(卵……まあ、無くても今夜は最悪なんとかなるけど、明日がね……。お昼は防衛任務だから帰りに買う……あー、でも明日の朝は卵欲しいし……今のうちにササっと買いに行った方がいいかな……)

チラっと時計を見た彩笑は、旦那が帰ってくるまで時間は十分すぎるくらいにあると判断し、買い物に行く事に決めた。

「みーちゃ〜ん?」

「んー?なにー?」

リビングでコツコツ真面目に宿題をしているみーちゃんに問いかける。

「ママは今からお買い物行くけど、みーちゃんも一緒n「行くっ!」

「あはは、じゃあ一緒に行こっか」

食い気味で答えた娘を見て、やっぱり私の子だなぁと思いながら、彩笑はエプロンを解き、手早く外出の準備を済ませて、二人で家を出た。

娘の手を引いて商店街に徒歩で向かいながら、彩笑は笑顔を絶やさぬまま問いかける。

「みーちゃん、宿題はもう1人でできそう?」
「うん!1人でできるよ!」
「ふふ、そっか。1人で宿題できるなんて、みーちゃんは凄いね〜。ママ、何かご褒美買っちゃおうかな?」

ご褒美、という言葉を聞き、みーちゃんの目がキラキラと輝く。

「ほんと!?やったぁ!」

そうして娘の眩い笑顔を見てる間に、二人は夕暮れの光に照らされる商店街にたどり着いた。

第一次侵攻から街並みは復興し、真新しいものになった。にもかかわらず、どうしてだか昔ながらの懐かしさを覚えてしまうのは何故だろうと思いながら、彩笑は小さな手を引きながら歩く。

卵を買うのはマストだとして、他にも何か安くてお買い得なものがあれば買いたいと目を光らせる彩笑に対して、みーちゃんの目は店ではなく道行く人に向けられている。

そして、

「あ!まなか先生だ!」

よく知る顔を見つけるやいなや、母の手を振り切って駆け足で向かっていった。

娘の手が離れた事に一瞬焦った彩笑だったが、その先にいるのが真香である事に気付き、安堵の息を吐いた。

あの頃よりもジワリと背が伸びて170センチに達した後輩が娘と戯れているところに、彩笑は近寄り声をかける。

「真香ちゃん、久しぶり」

「ええ。久しぶりですね、地木先輩」

あの頃よりも更に落ち着いた雰囲気と大人の女性の顔つきになった真香の口から紡がれる「地木先輩」という呼び方に、彩笑は未だに慣れない。

何度も何度も呼ばれているのだけれども、それでも慣れないなと思いつつ、彩笑は一児の母として、娘が通う小学校の先生と会話する。

「どう?仕事は大変?」

「もー、色々大変ですよ。この前の遠足の時とか、忍田さんところの息子さんが川に落ちちゃって……私と太刀川さんで慌てて助けました」

「あはは、やんちゃくんだね、忍田さんとこの子」

「しかも落ちた理由を、『川は本当に走れないか試したかった』って真剣に言うので……」

言い方やら行動力の高さから、さすが親子だなと彩笑はしみじみと実感した。

いつのまにか自分のそばに戻ってきて、ぎゅっと手を握りしめていた娘の手の温かさを感じながら、二人の世間話は続く。

「あとは……学校でのうちの子はどう?いい子にしてる?」

「みーちゃんはいい子ですよ〜。たまにみーちゃんの担任の先生の代理で授業やりますけど、積極的に手を上げてくれますし、クラスの中心にいるみたいですね。……なにより」


真香はそこで言葉を区切り、視線をしっかりと彩笑の瞳に合わせた。

「……なんというか、こう……ああ、地木隊長の子なんだな……っていうのを、見てて感じますね」

「……そっか」

真香に呼ばれて、彩笑は改めて思った。

やっぱり真香ちゃんには、隊長って呼ばれるのが一番しっくりくるなぁ……と。

「……ああ、でも」

懐かしさに浸る彩笑だったが、真香はそれをたった一言で現実へと引き戻す。

「どうにもみーちゃんは、好き嫌いする傾向がありますね。ピーマン残しがちです」

「……へえ?」

こめかみにピキッと音を立てながら血管を浮かべると同時に、彩笑の握る手の力が強くなり、みーちゃんはママが怒ったことを理解する。

「みーちゃん?学校のご飯は残さず食べてるって、言ってたよね?」

「い、いつもは食べてるもん!まなか先生がいる時だけ、たまたまだもん!」

「ふーん……。あと、みーちゃん。先生のこと、名前呼びしないの。ちゃんと和水先生、って呼びなさい」

真剣味のある表情でみーちゃんを嗜める彩笑だが、それには真香が待ったをかけた。

「あ、地木先輩……。その、名前呼びについては、私からお願いしたんです」

「真香ちゃんから?なんで?」

ジト目を向けて彩笑が尋ねると、真香はほんの少しためらったそぶりを見せてから、笑みを浮かべた。照れと嬉しさが入り混じったはにかんだ笑顔で、真香は告げる。

「その……今年の秋くらいに、苗字が変わるので……」

「……!」

一拍の間を開けてから彩笑は、真香が言わんとする事を理解して、

「真香ちゃん!おめでと!」

ランク戦を戦っていたあの頃のような笑顔で抱きつき、立派で頼りになる後輩への祝いの気持ちを伝えた。

*** *** ***

卵にピーマンと、きっちり必要な物を買い揃えて、後は帰るだけというタイミングになったところで、

「ママ!パン屋さん行きたい!」

みーちゃんが、天使のような笑顔で彩笑におねだりをした。

「……」

えー、本当に行くの?と言いたげな気持ちを十二分に表情で表現しながら、彩笑はみーちゃんへと確認を取る。

「パン屋さんって、いつものパン屋さんだよね?」

「うん!いつものパン屋さん!」

「どうしても行きたいの?」

「うん!どうしても行きたい!ほら、ママがさっき言ったご褒美、パンがいい!」

こうなるとテコでも曲がらないんだよな、リトル私……と思いながら、彩笑は娘に屈した。

商店街を外れて、人通りが少し減る路地にあるパン屋にたどり着くと、みーちゃんは元気よく店内へと突入する。

「いらっしゃい……って、やたら元気で可愛らしいお客さんだと思ったらみーちゃんじゃん」

「さくや!パン買いに来た!」

コックコートを着た咲耶にじゃれつく娘にため息を吐きながら彩笑は店内に入ると、咲耶はあの頃よりも大人びた顔で、やんわりとした笑顔を見せた。

「いらっしゃい、彩笑」

「みーちゃんが行きたいってせがむから、仕方なく来たよ」

「はは、仕方なくかよ。うちのパン、美味しいぞ?」

「知ってる。ただ……」

みーちゃんが過剰に咲耶に懐いてるのにちょっと嫉妬してる、という言葉を彩笑は飲み込んだ。

付き合いが長い人が見ればわかる程度にムッとしてる彩笑に向けて、みーちゃんはそんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに笑顔を向ける。

「ママ!パン何個買っていい!?」

「一つだけだよ」

「えー、ケチ〜」

「明日の夕飯は、ピーマンの量増やそうかn「ケチじゃない!ママ優しい!」

彩笑の機嫌が崩れるのを察してみーちゃんは素早く言い、すぐさま真剣に買うパンを選び始めた。

みーちゃんがどれにしようかなと悩む中、彩笑はすっかりパン屋として馴染んだ相方と話をする。

「調子どう?」

「まあ、ボチボチ。ボーダーとか、みーちゃんみたいな子がご贔屓してくれるから、なんとかまあやっていけてるよ」

「みーちゃんみたいな子って……女の子ってこと?」

咲耶ツラはそこそこ良いからそれを利用して女の子誑かしてんじゃ……と言いたげな視線を向ける彩笑の心を、咲耶はしっかりと違えずに察する。

「……あのな?どっちかと言うとウチの客は男客の方が多い……というか……」

そして彩笑もまた、相方の言わんとする事を疲れたような表情で理解し、言葉を補完する。

「コックさんのコスプレした、奥さん目当てのお客さんが多い?」

「……まあ、そういうこと。ちゃんとパン買ってもらってるから渋々許してはいるけど……」

咲耶の気苦労を知り、彩笑はケラケラと笑う。

「ほーらー、だからお店開く時に、そうなるよって真香ちゃんと一緒に忠告したじゃん」

「いやまあ、わかってはいたけどさ……」

このまま咲耶のメンタルをプスプスと刺して削るのも面白いかと思った彩笑だが、さすがにそれは可哀想かと思い直した。

「……で?そのお客さんをメロメロにさせちゃう、咲耶自慢の奥さんはどこ?」

その代わりに奥さんでイジろうと決めた彩笑は、ニヤニヤしながらそんな事を尋ねる。

「今日はボーダーの方。防衛任務とランク戦解説」

「へえ、忙しいね……って思ったけど、ソロ一位をキープしてるし、そのくらいの仕事は当然かな?」

「これくらいの仕事なら、ちょくちょく入ってるっぽい。……あと、本人は未だに、
『一位にいるのは、太刀川さんが、引退した、から……』
って、頑なに言い張ってるよ」

その言い分にも確かに一理あるのだが……、

「アタッカー、ガンナー、スナイパー全部でランカー入りしたパーフェクトオールラウンダーなのに、謙虚だよね」

彩笑としては、元部下には胸を張って一位なんだよと言ってほしいなと思っていたりした。



雑談という名目で互いに親バカっぷりを全開にしている間に、みーちゃんの動きが止まっていた。彩笑は買いたいパンが決まったのかなと思い、彼女のそばに近寄った。すると、

「うー……ママ……」

ちょっと困ったような目でみーちゃんは彩笑を見つめて、切実な悩みを口にした。

「パンね……2つ買うの、どうしてもダメ?……チョココロネと、メロンパン……選べないよ……」

チョココロネかメロンパン。このパン屋で人気を二分する商品のどちらを選ぶかで真剣に迷っていたみーちゃんを見て、咲耶は店主冥利につきるなぁと思うと同時に、やっぱみーちゃんは彩笑の子だな、と思っていた。

娘が悩む気持ちを痛いほど理解できる彩笑であったが、それでも、ここは母としてしっかりと言い切った。

「だーめ。選ぶのは1つだけだよ」

「うー……。なら、こっちにする……」

究極の選択を迫られたみーちゃんは、泣く泣く……本当に泣く泣くの思いでチョココロネを選んだ。

「チョココロネでいいの?」

「……うん」

みーちゃんの決意を、彩笑は真剣な面持ちで確かめる。

「本当に?後から後悔しない?」

「…………うん」

みーちゃんは次にここに来たら絶対メロンパンを買う、そう決意してチョココロネを選んだ。チョココロネを選んだ事に後悔はない。

そして……そんな娘の思いを知る母は、決意の返事を聞いてからニコッと笑みを浮かべて、救済策を出した。

「そっか……。じゃあ、ママはメロンパン買うね」

「……え?」

「ママもね、チョココロネとメロンパンどっちも食べたいな〜って思ってたの。だから、みーちゃんがチョココロネ、ママがメロンパンを買うね。そしたら、後で2人で半分こずつ、しよ?」

昔から変わらない……それこそ、咲耶と初めて会った時と同じような笑顔で、彩笑は提案した。

彩笑の提案を受けて、みーちゃんは、

「……うん!半分こする!」

母親そっくりの、お手本と言えるような笑顔を浮かべたのであった。

*** *** ***

パン屋から出て、2人は帰路につく。夕陽が落ちてすっかり暗くなった道を街灯が照らす中、迷いのない足取りで歩く。

帰るときはどうしても、商店街の中を通る必要があって、2人はさっきまで買い物していた道を戻るように歩く。

すると、途中で、

「……あ!パパ!」

仕事終わりの旦那の姿を見つけた。見つけるやいなや、みーちゃんは花屋の前にいたパパの元へと駆け寄る。

少し遅れて2人の元に駆け寄った彩笑は、自分よりも背が高い旦那に……自慢の旦那に目線を合わせた。

「おかえりなさい。……花屋に寄り道?」

「うん。……その……仕事中になんとなく、君と出会った花屋のことが頭をよぎってね……。プレゼント、買って帰ろうかなって思ってさ。……変かな?」

照れ臭そうに話す彼を見て、彩笑は改めて思う。

ちょっと説明下手なところとか。
すぐに感情が表情に出てくる素直さとか。
特別な記念日とかじゃないのに、思いを伝えようとしてくれる優しさとか。

いつまで経っても私のことを……ボクの事を大事にしてくれる、その変わらない思いが。

「……ううん、変じゃないよ。そういうところ含めて……ボクは貴方のことが好きなんだから」

全部込みで好きなんだと、彩笑は伝えた。





ありふれている、というほどではないけれでも。
特別なものは、何もない。

ただただ暖かく、幸せ。

それが地木彩笑が戦いの果てにたどり着いた、答えであり、行き着くカタチであった。

*** *** ***

今日も彩笑は、娘の帰りを待つ。

子供が帰ってくる時間には、母親としての仕事をしてる最中ではなく、ココアを飲みながら笑顔で迎え入れる。

母親になる時になんとなく決めたルールを守り、今日も今日とて彩笑は、笑顔で娘の帰宅を待つのであった。

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