地木隊が三雲と訓練した次の日。和水真香はスナイパーの合同訓練に顔を出していた。真香にとって、10フロアをぶち抜いて作られた360メートルの奥行きを誇る訓練場は慣れ親しんだ古巣であり、当然、顔見知りは多い。
時間に余裕を持って訓練場に来た真香は、端の方にいた絵馬ユズルに気づいて、近づいてニッコリと話しかけた。
「絵馬君こんにちは」
「……どうも」
真香がオペレーターにコンバートした時期に絵馬は入隊しており、直接任務を一緒にした事はないが、訓練で顔を合わせる度に真香は親しげに声をかけていた。
「和水先輩、今日は参加するんだね」
「うん、そうだよ。今日はチームでの予定は無いし、せっかくだから出穂ちゃんの指導してあげようかなって思って」
「……、ああ、あの新人の……」
これまで合同訓練で真香の近くにいる出穂を見ていた絵馬は、おぼろげながらもその姿を覚えていた。
「ところで絵馬君、今日の訓練の内容は何かな?」
「通常狙撃だよ」
「あー、奈良坂先輩が強いやつだ」
「奈良坂先輩なら、どれでも強いでしょ」
「それもそうだね」
ケラケラと笑う真香を見て、絵馬はここ最近のスナイパー界隈に流れている会話の1つを、真香に話した。
「和水先輩さ……C級のスナイパーたちに煙たがられてるの知ってる?」
「あれ、そうなの?訓練生の子とはあんまり交流しないから、知らなかったなぁ……。なんで?参加したりしなかったり不真面目だからかな?」
「いや、態度じゃなくて……。参加する度に上の順位に入り込むから、その分正隊員になれる枠が減るから、だってさ。何人も、そういうこと言ってるよ」
「へぇ……。合格ラインぎりぎりにいるような1人2人に言われるならまだわかるけど、何人にもそういうこと言わてるんだ……」
不思議だなぁ、と、小さな声で付け加えるように呟いた真香は、絵馬に1つ質問した。
「絵馬君、スナイパーって今、全体で何人だっけ?」
「……確か130人近く……」
人数をおぼろげに覚えていた絵馬は、近くの端末を操作して、正確な人数を検索した。
「128人だね」
「128人か……。合格ラインが上位15%だから、19……、じゃあ、余裕を持って25くらいにしようかな……」
ブツブツと呟く真香を見て、何を狙っているか察した絵馬は小さく溜息を吐いた。
「狙うの?」
「うん。通常狙撃だと狙いやすくて分かりやすいし……。高順位狙うより難しいから、練習には丁度いいかなって思ってね」
そう言って真香は、彩笑が時折見せるような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
そこへ、
「あれ、和水ちゃんじゃん」
スナイパーランキング1位に君臨する当真勇が現れ、真香に話しかけてきた。
「あ、お疲れさまです、当真さん」
「おう、おつかれ。なんだ、今日は和水ちゃん参加するのか?」
「はい。当真さんも、今日はサボらずに訓練に出るんですね」
「サボらないだけで、真面目にやるつもりはあんまり無いんだけどな」
「ああ、なるほど……」
実戦では圧倒的戦果を誇りつつも、訓練では遊び心を発揮する当真のことを思い出した真香は、彼の心中を察した。
(多分、また的に撃ち込む銃弾で何か絵を描くつもりなのかな……)
そんなことを真香は思いながら、
「真面目にやりなさいって言われない程度だったら、良いと思います」
特別強く咎めることはせず、微苦笑を浮かべるのに留めた。
次いで当真が絵馬と話し始めたのを見て、真香は周囲を一瞥して、横一列に並ぶブースの埋まり具合をチェックした。
(……真ん中辺りは、まだ空いてるね)
空いている場所を確認した真香は2人に、真ん中のブースを確保したい旨を伝えて、その場を離れた。
真香が見た通り、フロアの真ん中付近のブースには空きがあり、その中の1つに真香は陣取った。運悪く知り合いが近くにおらず、訓練生に周囲を囲まれた状態であり、ほんの少しだけ居心地の悪さを真香は感じた。そして、その居心地の悪さを含めた余計な感情を抑えるため、真香は瞳を閉じて、周りの音を雑音と断じて意識から追いやり、意図して呼吸を取って集中力を高めていった。
吸って吐くたびに、冷静さというカバーで覆われた熱意が身体中を駆け巡るようなイメージで呼吸を繰り返す真香は、少しずつ、それでいて確実に、理想的な心境へ近づく。か細い糸が切れないようにピンと張ったような状態……、それが今の真香にとって、集中力が丁度良い状態になった時のイメージだった。
(……よし、ここ)
その状態になったところで、真香はゆっくりと目を開けた。すると眼前には、真香の顔を覗き込むようにしていた夏目出穂と雨取千佳がいて、2人は唐突に目を開けた真香に驚いた。
「うわっ、びっくりしたっ!」
「和水先輩、やっぱり起きてたんですね」
驚きを表情だけでなく声で表す出穂と、驚きつつも話しかける千佳が、それぞれ対照的だなと思いながら、真香はリラックスしながら柔らかく笑んだ。
「あはは、ごめんごめん。もしかして2人とも、何回も声かけてくれた?」
「はい。訓練に来たら『和水師匠見つけた!』ってなって声かけたんすけど、和水師匠全然反応してくれなくて……」
「そっか。少し、しゅ……、考え事してたから」
ごめんねー、と言いながら真香は2人の頭を優しく撫でようとしたが、出穂の頭には先客が……、猫がいた。出穂が大規模侵攻の時に助けた野良猫だ。
「出穂ちゃん、この猫を飼ってくれそうな人は見つかった?」
「うー、まだっす。なかなか見つかんなくて……」
「だよねえ。だから今、この子はこうして出穂ちゃんの頭の上にいるんだろうね」
真香はそう言って、出穂の頭の代わりに猫の背を撫でた。独特な表情を浮かべるその猫は、撫でられても喜んでいるのかどうか分からず、
(ウチの
そんなことを考えながら、笑顔が可愛らしい隊長のことを思い浮かべていた。
2人にそれぞれ言いたいことがありつつも、真香は先に千佳に声をかけた。
「千佳ちゃん、試合観てたよ。上位入り、おめでとう」
「あ……、ありがとうございます。でも、その……、次は、和水先輩との対戦です」
「……ふふ、なんかしおらしい言い方だね。もしかして遠慮してる?」
「えっと……、はい。少しだけ……」
素直に答える千佳を見て、真香は小さな声で『素直だね』と前置きしてから、笑みを崩さず言葉を続ける。
「まあ、気持ちはわからなくも無いけど……、でも私が直接試合に出るわけじゃないし……、それに……」
「それに……?」
「私が言うのもなんだけど…、地木隊は強いよ。だから千佳ちゃん、遠慮とかいらないから、勝つ気で挑んできていいよ」
激励にも挑発にも取れる言葉を千佳に送った真香は、千佳の返事を待つことなく視線を出穂に移した。
「出穂ちゃん、とりあえず今日はもう合同訓練始まっちゃうから、それが終わってから色々見てあげようかなって思ってるけど、それでいいかな?」
「了解っす!」
「んー、いい返事だね」
いい子いい子、と言わんばかりに真香は出穂の頭を撫でる。
「さて……、2人とも、そろそろ場所確保しなくて大丈夫かな?」
「あ!そうっすね!チカ子、2人並びで空いてる場所ありそう?」
「えっと……」
空いている場所を探して周囲を見渡す2人を見た真香は、一度首を左右に振った。
「このフロアには2つ空きはないみたい。下に行ってみたらどうかな?」
「下っすか?わかりました!」
真香の言葉を疑うことなく受け入れた出穂と千佳は一礼して、その場を離れようとした。だが、
「……ねえ、2人とも」
踵を返した2人の後ろ姿を見て、真香は一瞬迷いながらも、その背中に声をかけて一度呼び止めた。なんですかと言わんばかりの表情で振り返った2人に、真香は言葉短く、
「25。この数字を覚えておいて」
それだけ言って、ヒラヒラと手を振った。2人は訝しみながらも返事をして、真香の手を振る動作を「バイバイ」だと解釈して、空いているブースを探しに行った。
「……さて、と」
2人の姿が見えなくなったところで、真香は的を見据えながら、静かにイーグレットを展開して、それを立てかける。
「……」
無言で眼鏡を外して丁寧な所作で畳んだ真香は、訓練開始のその瞬間まで、限りなく息と闘争心を殺して待機していた。
千佳と出穂は真香に言われた通りに下のフロアも探索したが、そこにも2つ並びの空きはもう無かった。しぶしぶ上のフロアに戻ってきて、念のため端から順番に確認していくが、2つ並びの空きはやはり見つからなかった。
「あー、やっぱり2つ並びの空きはないわ」
「そうだね。今回は、離れて訓練する?」
「そうしよっか」
今回は並んで練習できないと2人が思った矢先、端から2番目のブースに場所を取っていた絵馬が、右隣のブースにいた当真に声をかけた。
「当真さん、端っこに行ってあげてよ」
「ん?どうしたユズル?」
当真の問いかけに対してユズルは千佳たちを指差し、当真はそれで彼の意図を察した。
「なるほどねえ。オッケーオッケー」
当真は荷物を持って空いていた左端のブースに移り、移動しようとしていた2人に声をかけた。
「そこのお嬢さん方、場所無かったんだろ?そこ使っていいぞ」
空いている2人分のブースを指差しながら言われて、出穂は少し躊躇ってから確認するように言った。
「いいんすか?」
「おう。俺は別にどこでも構わないからな」
「あざっす!」
「ありがとうございます」
勢いよく頭を下げてお礼を言う出穂に続き、千佳もペコっと頭を下げてお礼を言った。中学生2人にお礼を言われた当真はそれを否定するように手を振って、隣にいる絵馬を指差した。
「礼ならこいつに言いな。絵馬ユズル、14歳。仲良くしてやってな」
「いや、お礼とか別に……」
気恥ずかしそうにゴネる絵馬だが、2人は気にすることなく「ありがとう」とお礼を言った。
絵馬に近い方に千佳、その右隣に出穂が座り、2人はイーグレットを展開して訓練開始の時間を待つ。
「ねえ」
そうして待っていた千佳に、絵馬が小さな声で話しかけた。
「うん?」
「……和水先輩と、知り合いなの?」
絵馬の口から出た名前に千佳は少し驚くものの、質問には素直に答えた。
「うん。知り合いというか……、仲が良い先輩、みたいな感じだけど……」
「ふうん……。あの人、どう?良い人?」
「えっと……、良い人だと思うよ」
質問の真意が読めない千佳だが、返す答えは偽りのない本心だった。
千佳の答えを聞いた絵馬は「そっか」とかすれるような小さな声で呟いた後、
「……オレは正直、あの先輩が怖いよ」
と、千佳と同じような偽りのない本心からの言葉を吐露した。
「え……?」
それはどういう意味か……、千佳はそのことを尋ねようとしたが、そのタイミングで訓練開始を知らせるベルが鳴ったため、千佳は質問を後にして、訓練へと意識を集中させた。
*** *** ***
通常狙撃訓練。
100メートル先にある50センチ程度の大きさの的を撃ち、スコアを競う訓練だ。的は5発撃つごとに遠く離れていき、その状況下でもいかに的の中央を射抜けるか、ということを養うことを目的としている。
訓練を終えると、仲の良いメンバーは集まり、自然と互いのスコアを見せ合った。それは千佳と出穂も例外ではなく、
「出穂ちゃん、今までで1番いい順位取ったね」
「32位ねー。動かない的なら、それなりにまともに……。チカ子は?」
「……18位」
「すご!もう立派に正隊員の順位じゃん」
お互いのスコアと射抜かれた的の状態を見て、それぞれ相手のことを褒めあった。
それから2人は、高順位の人のスコアと的を見ていく。1位はA級7位三輪隊所属の奈良坂透であり、射抜かれた的の状態は、ど真ん中に1発しか撃ってないと言われれば信じてしまいそうなもので、全ての銃弾が測ったようにど真ん中を射抜いていた。
「アタシさ、訓練で1位2位取る人ってマジでバケモノだと思うわ」
「うーん……」
バケモノは言い過ぎだと思った千佳だが、他に適切な言葉が思い浮かばず、口をつぐんだ。
2人がその奈良坂に視線を向けると、弟子である日浦茜と談笑していた。その師弟の会話が、2人の耳に届く。
「さすが奈良坂先輩!今日もダントツ1位ですね!」
誇らしげに言う日浦だが、奈良坂はクールな表情を崩さないまま首を左右に振って否定する。
「そんなことないさ。当真さんと……、あと、絵馬の的を見てみるといい」
その声が聞こえた2人は傍にある端末を操作して、当真と絵馬の的をチェックする。彼らの順位は、126位と99位で、そこまで高くない。だが、その射抜かれた的はそれぞれ笑顔の絵文字と星型に射抜かれており、点数を求めて訓練に参加してないことは明らかだった。
「うっわ、これすご!」
「どこを狙うのも自由自在、って感じだね」
高得点を取るのとはまた別な凄さに関心する2人の背後に、
「あはは。これ当真さんの的?相変わらず絵心があるね」
乾いた声で笑う、和水真香がいた。
気配を絶って背後にいた真香に2人は驚くが、真香はそれを気にせず2人のスコアを見る。
「おー、2人ともだいぶ良くなったね。きっちり弾痕が真ん中に集まってて、的外れなミスが無い。ただ、千佳ちゃんはやや上下、出穂ちゃんは左右にブレがちになってるから、そこを次は気をつけてみよっか」
「やっぱ左右に散ってますよね。どうすればいいですかね?」
「うーん……、意識の問題なんだけど、50センチの的の真ん中を狙うよりは、5メートルの的の真ん中を狙うつもりで撃った方が、強張らないで撃てるかな。狙う的の周りに、さらに大きな的をイメージする感覚」
「なるほど……、やってみます!」
模範的な指摘を受けた2人は返事を返した後、出穂は真香のスコアが気になり、尋ねた。
「あのー、ちなみに和水師匠は何位でした?」
「25位だよ」
25位。それを聞いた出穂は、「低い」と思った。だがすぐに、その25という数字が訓練が始まる前に真香自身が口にしていたものだと気づき、もしかしてと思いながら確認しようとすると、
「……和水先輩、本当に25位狙ったんだね」
訓練室の端から移動してきた絵馬が会話に割って入り、出穂が言おうとしたことを尋ねた。その問いかけに対して真香は、
「うん、そうだよ」
躊躇うことなく、絵馬の疑問を肯定した。
高順位を取るのでもなく、当真や絵馬のようにある種の遊び心を持つのでもなく、狙った順位を取る。その芸当をやってのけた真香を見て、出穂は咄嗟に「バケモノじゃないですか」と言いそうになった口を閉ざした。その代わりを担うように、千佳が真香に疑問をぶつける。
「順位って、狙って取れるんですか?」
「取れるよ。どこを撃てば何点入るのかと、他の人が何発撃って何点取ってるのか分かってれば、調整できる」
真香はなんてことないように言うが、スナイパー全体の人数は128人である。例え方法が分かっていたとしても、全員のスコアを把握しながら点数を調整することはとても難しいことに思えた。
そんな千佳の心境を察したのか、真香は補足するように説明を加える。
「あと、私の場合はサイドエフェクトがそういうことするのに向いてるから、狙いやすいっていうのはあるかもね」
「え……?和水先輩、サイドエフェクトを持ってるんですか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
「初耳です」
言ってなかったっけなぁと真香は呟きつつ、自分のサイドエフェクトをどう説明すればいいか考える。
「一応呼び方は、『拡張視野』って言うんだけど、ピンと来ないよね?」
「えっと……、はい」
「だよねえ。じゃあ、説明しよっかな」
真香はそう言って、ボーダー正隊員に配られる携帯端末を取り出した。
「千佳ちゃん、歩きスマホってなんで危険なんだと思う?」
「え?……えっと……スマートフォンばっかり見て、周りの危険に気付けないから……だと思います」
「うん、正解。でもちょっと待って。仮に、スマホを見てたとしても、何も視界いっぱいになるくらいスマホの画面を目に近づけてるわけじゃないよね?他のものだって、周りのものだって視界に入ってるよ?視界に入ってるのに、周りの危険に気付けないのは、なんでだと思う?」
「それは……、その……」
上手く説明できない様子の千佳を見て、真香は『いじわるな事言ったね』と謝ってから、その理由を答えた。
「歩きスマホしてて周りの危険に気付けないのは、眼球の構造上の問題でね。人の目って、『何か』を『見よう』とした時はそれにピントを合わせて、その『何か』をはっきり見ることができるの。例えばスマホで小説を読んでる時、今読んでる部分はちゃんと
一息で話していた真香は、事前にサイドエフェクトのことを知っていた絵馬はともかくとして、千佳と出穂がキョトンとした表情を浮かべてるのを見て、理解が完全ではないことを悟った。
「んー……、ざっくり言うと、人の視野には2種類あります。視野が狭いけどちゃんと見える『中心視野』と、視野が広いけどぼんやりとしか見えない『周辺視野』。とりあえず、これが分かればいいんだけど、大丈夫?」
「あ、はい」
「それなら大丈夫っす」
2人の理解を得たところで、真香は自身のサイドエフェクトの真髄を語る。
「それで、私のサイドエフェクトの『拡張視野』なんだけど……、ざっくり言うと、周辺視野と中心視野のいいとこ取りな視野を使えるの。広い視野で見えてるもの全部がクリアに見える……正確には、認識できるって感じ」
見えるものすべてをクリアに見ることができる。それが真香のサイドエフェクトだった。
説明を受けてなお、2人は真香の視界がどんなものなのか理解できなかった。というより、イメージできなかった。
「私の眼球と脳、どうなってるんだろうねー?」
トボけた様子で自虐する真香に出穂は問いかけた。
「……和水師匠には、どんな風に景色が見えてるんすか?」
「どんな風に……って言われると難しいな。……今、見えてる範囲で誰がどんなことをしてるのかが、全部分かる……、としか、言えない。ああでも、アレは得意だよ。写真とか動画の一部が不自然に変わっていくのを見つけるやつ」
真香は笑顔で言うが、出穂にはやはりそれが正確に理解できなかった。理解できなくとも、その代わりに1つ疑問が生まれ、出穂はそれを躊躇いなく真香にぶつける。
「んー、正直、和水師匠の視界がどんなもんか分かんないんすけど……、そのサイドエフェクトって、めっちゃ戦闘向きじゃないですか?師匠、なんでオペレーターやってるんですか?」
「……」
弟子の素朴な疑問に、真香は笑んだまま口を閉ざした。
(さて、どう答えようかな……)
素直に事件のことを言うか、誤魔化すか。迷った末に真香は、とても狡い答えを選択した。
「知りたい?」
「知りたいっす!」
「どうしても知りたい?」
「どうしても知りたいっす!」
「よし、じゃあ……。これから先の訓練で、出穂ちゃんが私より上の順位を取ったら教えてあげる。どう?モチベーション上がりそうじゃない?」
にしし、と、真香は悪戯っぽく笑う。彩笑の近くに居すぎたせいか、真香のそれはまるで血が繋がる姉妹のように似通っていた。彩笑のことをあまり知らない出穂は、日に日に似通う笑みに気づくことなく、真香から提示された
「うわぁ……、師匠、すごい高いハードル設定してきましたね」
「うーん、そう?下げたげよっか?」
それを絶対に出穂は受け入れないと確信しながら、真香は親切心を装って提案する。
「いや!いらないっす!その代わり、約束無しにはしないで下さいよ!」
「ん、りょーかい」
真香から提示された課題を少しでも早く超えるべく、出穂は早速訓練に移った。意気込んで的を射抜いていく弟子の後ろ姿を真香が穏やかな笑みで見ていると、話を聞いていた当真が真香の隣に並んだ。
「和水ちゃん、さらっとキツい条件出したな」
「そうですか?」
「『狙撃卿』なんて厳つい呼び名がついた和水ちゃんを超えろってのは、無理があるんじゃねえか?」
「個人的には『C・Sniper』の方が好きなんですけど……、まあでも、そんなに無理なことじゃないですよ。現に、私が現役だった頃より、今の絵馬君の方がポイントは上ですし」
「ユズルと比べるなよ。和水ちゃん、ずっとソロだったからポイントはマスタークラスあたりで止まってただろ」
「ふふ、そうですねぇ」
肩を揺らして真香が笑うと、十分に伸びた黒髪もそれに合わせてゆらゆらと揺れる。出穂の頭から解放された猫が、その揺れる毛先を猫じゃらしのように見立てて猫パンチを繰り出すが、悲しいことに全て届かず空振りに終わった。
「少なくとも、今のままじゃ無理だと、当真さんは思うんですね?」
「まあな。せめて、オペと兼業してる和水ちゃんじゃなくて、ちゃんとした本職スナイパーが指導してやれば、ワンチャンあるんじゃねえかとは思うけど……」
「あはは。当真先輩、フラグ建設お疲れさまです」
茶目っ気たっぷりに真香が言うと、当真が豆鉄砲を食らった鳩のような表情を一瞬だけ浮かべた。
「俺が教えろってか?」
「できませんか?私の見立てでは、出穂ちゃんには当真さんが適任だと思うんですけど……」
「そうか?」
「はい。まあひとまず、騙されたと思って一回指導してみませんか?」
教えるのって、案外楽しいですよ?と、真香は言葉を添える。
楽しそうに教えることは楽しいと説く真香を見て、当真はこめかみの辺りを軽く掻いた。
「そこまでいうなら、一回お試しでやってみるかね」
「ありがとうございます。でもきっと、お試しじゃ終わらなくなりますよ?」
「そんなに楽しいなら、和水ちゃんがそのまま教えてあげれば良くないか?」
「私には、ほら、しーちゃんが居ますから。受験生なのにあの子、ちょっと色々ヤバめなので……」
「ああ、なるほど……」
天音の成績のヤバさの一端を知る当真は、それだけで察した。以前ラウンジで2人が隣の席で勉強していた時の会話を当真は聞いたことがあるが、
「しーちゃん、二次関数はどう?できそう?」
「……虹缶吸う?」
天音の発音が明らかにおかしかったのを、当真ははっきりと覚えていた。
回想に浸る当真だが、それを知らない真香は訓練している出穂に声をかける。
「出穂ちゃん、ちょっといい?」
「え?なんすか?」
振り返りざまに真っ直ぐな視線を向けてくる出穂に向かい、真香は、まるで卒業を祝う恩師のような穏やかな表情を浮かべて、当真に意識が向くように手のひらを向けた。
「出穂ちゃんの新しい師匠、紹介するね」
ここから後書きです。
サイドエフェクト持ってる系オペレーター真香ちゃんのサイドエフェクトお披露目回でした。他人の視界って、最も想像しにくいものの1つだと思ってます。
一応補足ですが、真香ちゃんは中心視野、周辺視野、拡張視野と使い分けしている、という感じになります。ずっと拡張視野は疲れるとのこと。
しかしまあ、本編でも出穂ちゃんが言ってますが、真香ちゃんのサイドエフェクトって中々戦闘向き……、戦いでどんな風に使うのか……。おや、どうやらチラシの裏に投稿されてる外伝も更新されてますね。しかも真香ちゃんがメインのお話で尚且つ戦闘中?これは読むしかない(巧妙なステマ)。
あと、とりあえず神音は勉強頑張ってほしい。