「太刀川さんたちには、きっちり負けて帰ってもらう」
迅は風刃本来の能力を発動させながら、不敵にそう言った。
ここまでの太刀川たちのトリオン切れを狙った『逃げ』から、本格的な戦闘へと切り替えたのだ。
「……!」
ブラックトリガーを相手にする戦闘に空気を引き締めた太刀川に向かって、迅は言葉を投げかけた。
「そういえば太刀川さん。さっき言ってきた質問だけど…」
「ん?ああ、出水達に地木隊が勝てるかどうかってやつか?」
「そうそれ。……あの2人は確かに弱点があるかもしれない。特に彩笑ちゃんのトリオン不足っていうのは、大きな穴になるかもしれないな……」
迅はブレない、まっすぐな声で言葉を続けた。
「でも太刀川さん……、あんただって忘れてないか?」
「忘れる?何をだ?」
「……何をしてくるか分からない、地木隊の怖さを、さ」
太刀川の背中にほんの少し、寒気が走ったような気がした。
*** *** ***
「よっと!」
彩笑は掛け声と共に地面を強く踏み込み、三輪へと斬りかかった。
ギャンッ!
スピードが乗った攻撃が、受け太刀をした三輪の弧月からビリビリとした衝撃となって伝わる。
(コイツまで、斬撃が重くなってる……!?)
その三輪の背後の影から、米屋が現れる。
「オレはまだ戦えるぜ!」
残った右腕だけで槍弧月を振るったが、それに対して彩笑は反応しない。その彩笑の代わりに、
「ん」
弧月を携えた天音が米屋の前に割り込み槍弧月を防いだ。
「防いだ……、と、思うじゃん?」
「……!攻撃、来ます」
意味深な米屋の言葉を聞き、天音は瞬時に次の攻撃を視て、声をかけた。
「チッ!なんでバラすんだよ槍バカ!」
後方でキューブを展開した出水が大量の弾丸をばら撒いた。
『山なりの軌道だから多分ハウンド。警戒して』
月守は出水の弾丸を見てシールドを展開しつつ、ほぼ同時にバイパーを放った。複雑な軌道を引いたが、それは直前まで相手に狙いを絞らせないための小細工だ。狙いは、
「オレかよ」
片腕とトリオンを大きく失っている米屋だった。三輪達3人を平等に狙うと思われた軌道が、一気に米屋を囲むようなものへと変わった。
「陽介!」
「槍バカ!」
「わーってるよ!」
2人に声をかけられた米屋は全方位シールドを展開して月守のバイパーを防ぎきった。
月守のバイパーは、複雑な軌道と弾速に優れるが、その分威力に欠け、防ぐには強度に劣る全方位シールドでも十分であるというのが、彼らの認識であった。そしてそれは正しいが、今は罠だった。
「ここだよ、神音」
「はい」
シールドでバイパーを防ぎきった米屋を見て、月守は天音にそう指示を出した。
天音は右手をかざしメテオラを素早く放った。
派手な爆発音と共に攻撃が決まったように見えたが、
「そう何度も、同じ攻撃は喰らわないぞ」
直前で三輪が機転を利かせて米屋のシールドに自身のシールドを重ねてフォローした。
「あ……また、決まらなかった……」
少しだけショボンとした(ように見える)天音に彩笑が声をかける。
「惜っしい!一旦下がるよ、神音ちゃん!」
「はい」
天音が素直に頷き、月守も含めて地木隊は一度距離を取った。
『ねえ咲耶!どう出る!?』
バックステップを踏みながら、部隊の通信回線を開いて月守に問いかけた。
『仕込みは何個かあるけど、彩笑がトップギア入ってるならそれを活かそうかな。……神音、アレやってみよっか』
『あれ……?』
キョトンとする天音を見て、月守はクスッと小さく笑い、言い直した。
『新技だよ』
と。
*** *** ***
「……!三輪!地木隊が動いたぞ!」
レーダーをチェックしていた出水がそう言った。
三輪組はしばらく距離を取り続ける地木隊をレーダーで捉えて追いかけていた。が、急に地木隊が動きを変え、三輪達に攻撃を仕掛けようとしてきたのだ。
「全員、地木の早業に気を付けろ。月守のバイパーの軌道に惑わされず、各自全方位シールドで対処する。天音はオレが止めるが、メテオラには注意しろ」
「「了解」」
三輪が素早く指示を出し、出水と米屋は戦闘態勢に入った。
3人の戦闘態勢が整った直後、塀の影から彩笑が姿を見せ、右手だけにスコーピオンを持って斬りかかってきた。
「連携してやるぞ、陽介」
「おう!」
三輪と米屋は彩笑の死角を突くように左右に散る。
それを見た彩笑は素早く次の手を打った。
「グラスホッパー!」
空いている左手側のサブトリガーにトリオンを込め、グラスホッパーを展開した。
『グラスホッパー』
外見的には、青く薄っぺらい板に見える機動力戦用のオプショントリガーだ。踏み込むと加速するという性質を持ち、主に空中で足場を作るためであったり、ここ1番でスピードが欲しい時に使われる。
なお、彩笑のイメージとして、跳び箱のロイター板が近いと思っている。
そのグラスホッパーが乱雑に配置され、彩笑はそれを踏み込み加速する。
高速で行き交う彩笑を、三輪と米屋は辛うじて目で追い、逆に死角を取られないように注意した。
ギィン!
高速移動の合間に彩笑は攻撃も織り混ぜるが、防がれた。相手はさすがのA級部隊と言ったところだろう。
(これならまだ反応できるな)
何度か斬撃を受けた三輪がそう思った瞬間、彩笑が急に退いた。
それと同時に、
ギュオンッ!
彩笑が最初に出てきた塀の影から弾丸が放たれた。不意打ちかと思われたが、
「ツメが甘いな。レーダーでそこにいるのは分かっていた」
三輪達はレーダーをしっかりとチェックして、月守と天音の2人がそこに潜んでいるのを看破していた。
3人とも慌てず、事前の打ち合わせ通りに全方位シールドを展開した。三輪と米屋はこれを防ぎきったらすぐに反撃に出られるように構えた。
だがそんな中、
(……?なんだ、これ……)
出水だけが、月守の放った攻撃に違和感を覚えた。一見、さっきと同じバイパーであり、何が、と言われても分からない。ただ、シューターとして経験が何かおかしいと警報を鳴らした。
「……!三輪!槍バカ!気を付けろ!!」
出水はその違和感の正体は分からないが、そう叫んだ。
だが、それは少しばかり遅かった。
シールドを張った3人に、月守が放った弾丸が当たった瞬間、
ドドドッ!
その弾丸が、
「っ!?」
「はぁっ!?」
「これは……!!」
全員が悟った。
(これはバイパーじゃない!)
と。
その弾丸は3人のシールドを吹き飛ばし、爆煙により視界を遮った。
『真香ちゃん!視覚支援!』
『はい!』
相手にできた隙を、彩笑は逃さない。視覚支援により爆煙の中でもサーモグラフィーのように相手の姿を捉え、右手のスコーピオンを構えて、全速力でターゲットに肉迫した。
「っ!」
相手はかろうじて気づいたが、もう遅い。
「遅いっ!!」
彩笑は今出せる最速の一振りで米屋のトリオン供給器官をトリオン体ごと斬り裂いた。
「マジかよ」
そう呟くのと同時に、
『トリオン供給器官破損。ベイルアウト』
無機質な音声が米屋の頭に響き、トリオン体が砕け、
「あとよろしく〜」
そう言い残してベイルアウトしていった。
「槍バカ!?」
「くそっ!」
仲間のベイルアウトに動揺する出水と三輪の隙を突くように、
「まだまだ!」
彩笑は追撃をかけた。
だが、それを冷静に狙う者がいた。
「ここだな」
太刀川たちと共に迅を攻撃していたはずの、当真勇だった。独断により、迅ではなく地木隊を狙いに来たのだ。
ドンッ!
当真は追撃をかけた彩笑目掛けてい引き金を引き、狙撃用トリガー「イーグレット」による1発を放った。
胸部のトリオン供給器官を狙った1発は、これ以上なく正確な狙いだったが、
「っ!!?」
狙われた彩笑はそれに反応し、回避行動に転じるという早業に出た。しかし、
パァン!
さすがに躱しきれずに、トリオン体の右腕が吹き飛んだ。
「痛ったいなぁ、もう!」
思わずそう叫びながらも彩笑はとっさにスコーピオンを展開し、傷口を覆うようにしてトリオンの漏出を防いだ。
『彩笑、一旦下がって!』
『言われなくても!』
月守に通信越しに言われ、地木隊は再度距離を取った。
*** *** ***
『ふー、すまんな、仕留めきれなかった』
再び逃げるような動きをし始めた地木隊を追う三輪の通信回線に、当真からの声が届いた。
『いえ。当真さんの1発で地木の奴のトリオンはさらに削れました。十分です』
三輪は言葉使いこそ平静だが、内心ではさっきの攻撃の疑問が渦巻いていた。
「出水、確認するぞ」
「おう。さっきの月守の攻撃か?」
「そうだ」
三輪は1度、自身を落ち着けるように一呼吸したあと、出水に問いかけた。
「あれは、合成弾か?」
と。
「だな。ありゃ、バイパーの自由自在な弾道にメテオラの威力を掛け合わせた『変化炸裂弾(トマホーク)』だ」
出水はそう即答した。
合成弾。
2つのトリオンキューブを生成し、それを掛け合わせることにより生成された、2つの射撃用トリガーの長所を併せ持った弾丸のことだ。
生成に手間がかかり隙が生まれるため乱発はできないが、使えれば相当強力なカードになり得る。
月守ほどのレベルの技術があれば、使えてもなんらおかしくはない。
出水から肯定された三輪の意見だが、まだ疑問は残る。三輪はそれを尋ねた。
「たが出水…。さっきのが合成弾だとして、月守の奴はどうやって合成したんだ?」
と。
そう。当たり前だが、合成弾を作るためには2つのトリオンキューブが必要になる。だが月守はシューターとガンナーを併用するダブルスタイルであり、キューブは1つしか作れない。故に月守は合成弾は撃てないはずだった。
「それなんだけどさ……。一応、あるんだよ、方法」
三輪の問いかけに対して、出水は控えめな声で答えた。
「なに?」
「……まあ、これは言っちまえば簡単なんだよ。ただ、いざやるとなればスゲーむずい。つか、技術的に無理なはずなんだ」
「やけにもったいぶるが、結局どんな方法なんだ?」
急かすように言われた出水は、率直に結論を言った。
「ざっくり言えば、2人がかりで合成するんだよ」
と。
「……2人がかり?」
三輪の訝しむ様子を見て、出水の説明は再開された。
「そ。2人がかり。さっきのは多分、月守がバイパーで天音ちゃんがメテオラをそれぞれ合成したんだ。月守は普段通りの威力捨てたバイパーでも、その分天音ちゃんのメテオラを高威力に設定すれば、月守のバイパーの速度と弾道をそのままにしたふざけた威力のトマホークの出来上がりってわけだ」
説明を聞いた三輪は、
「ずいぶん便利だな」
思ったことを率直に言った。しかし、出水はすぐに口を挟んだ。
「便利じゃねーよ。言ったろ、ムズいって。2つのキューブを1つにするのって、どっちか片方にもう片方を混ぜるって感じなんだよ。元々ある物に、合流させる、みたいな感じな。……イメージとしてはアレだ、大縄跳びがイメージしやすいな」
言われて三輪は、大縄跳びをイメージした。
クル、クル、と規則的に縄を回す人と、それに自分がタイミングを合わせて跳び込む姿がイメージできた。
「……イメージはできた」
「おう。んで、それが1人で合成弾作る時のイメージな。これが2人ってなると、跳び込む方前もってバット回りして目が回ってる上に、目にハンパない曇りガラス付けて更に耳栓もしてるって感じだな」
「……」
三輪は目を閉じて、それを想像し、
「……無理だろ」
と、言った。
「だろ?」
出水は薄っすら笑いながら肯定して言葉を続けた。
「そう、本来無理なハズなんだ。
異なるトリオンを合成するなんてできるハズが無いし、やろうとすればトリオンが混ざり合って機能障害が起こる。やるにしても、呼吸と合わせなきゃ出来ないから、1人の時の何倍もの集中力が必要になる。そもそも、合成弾使いたきゃ両手シューターにすりゃいいだけだし、本来ならこの2人がかりの合成弾の実用性はほぼ無いんだよ」
説明を終えた出水は、呆れたようにこう付け加えた。
「実戦で使おうと思えば、途方もないくらいの練習の時間と、よほどの相性のいいトリオン同士じゃないと使えもしない技さ」
と。
*** *** ***
追いかけてくる三輪達から距離を保ちながら移動していた。
「地木隊長、腕、大丈夫です、か?」
「腕は別に大丈夫だけど、問題なのはトリオンかな。もう2割弱ってとこ」
彩笑の言葉を聞いて、月守は意外そうに言葉を返した。
「意外と残ってるね。とっさにスコーピオンで抑えたから?」
「まあね♪ボクの早業の賜物だよ」
「すごいです、地木隊長」
「神音ちゃんありがとー。……ってか、神音ちゃん凄かった!何あの合成弾!?あんなの出来たの!?」
「はい。月守先輩と、たくさん練習、しました」
天音はこの時、いつもの無表情をほんの少しだけ崩して、小さくはにかみながらそう言った。
その笑顔を見て、
(神音ちゃんの笑顔、久々!やっぱり可愛いなぁ)
(神音みたいないい後輩がいて良かった)
彩笑と月守はそれぞれそう思い、空気が和んだ。
もう少しこうして和んでいたかったが、月守は気を取り直して、この先の展開を思案した。
(米屋先輩は倒したけど、当真さんが合流してきたから、3対3は変わらない。むしろ、こっちは彩笑のトリオンが尽きそうだから不利だな。合成弾も向こうには見せたし、警戒はしてるはず…。まあ、成功したのがホントに奇跡みたいなものだったし、合成弾は手札として数えない方がいいな……)
自陣の状況と相手の状況を考えて、月守は幾つか策を思いついた。その上で、使う策を決めるために助言を求めた。
『真香ちゃん、ちょっといい?』
『はい、何なりとどうぞ』
月守は通信回線を開き、真香に1つ質問した。
『元スナイパーの真香ちゃんなら、このフィールドで俺たちを殲滅しようとしたら、どこに陣取る?』
と。
決着が着くまで、あと僅か……。
ここから後書きです。
今回登場した天音と月守2人がかりの合成弾は、割と構想初期段階からあったので、やっと出せて嬉しいです。ただ、天音は射撃用トリガーをメテオラしかセットしていないので、レパートリーはトマホークだけです。
そろそろブラックトリガー争奪戦、決着が見えて来ました。頑張ります。
追記。
2016年3月4日に発売したデータブックより、他人同士の合成弾は不可能となっておりました。もう書いてしまったものは仕方ないので、ここはこのままとして今後はワールドトリガー本編で2人がかりの合成弾が実現、もしくは可能になるまでは2人がかりの合成弾は地木隊で使わないことにします。