◇
「……ってお前これ全然食ってねえじゃねえかよ」
が、一応形式的にさやかを心配した素振りは見せたものの、自分の前に持ってきた器の中身を見るなり杏子はそう口にしたのだった。豪快な音を立てていたからさぞかし食べたのだろうと思ったが、まだまだ十分残っている。これならじっくり味を堪能できるだろうと杏子は思った。
「……だってお昼食べちゃったし。あたし小食だし」
「さっきの勢いはどこいったんだよ、ったく……」
そう言いつつ、だが目の前のラーメンを一口食べると杏子の機嫌は少しよくなったようだった。
「やっぱうまいわ、これ」
「いや、おいしいのは認めるよ。でも量が多いのよ……」
「まあこれでも少なめなんだ、全マシマシとか言ったマミの奴の量は半端じゃないと思うぞ」
杏子の声にもマミは答えない、というか、ここまで一言も発していない。
「さっきの食べるリズムの話に加えて、彼女はとてもストイックな食べ方をするの。食べている間は神聖な時間として会話などという野暮なことはしない、自分のペースは乱さない、あくまで目の前のラーメンと1対1で向き合う……。そう言っていたわ。だから代わりに私が答えてあげると、あのヤサイの量はあなた達に盛り付けた量の、軽く見積もって3倍はあるわね」
「さん……!」
さやかが固まる。
「その『マシマシ』とかってので量が決まるわけ?」
「そうよ。一応この店のヤサイコールは少なめ、普通、マシ、マシマシで対応させてもらってるわ」
「へー。じゃあ『チョイマシ』とか言ったらどうなるの?」
さやかの質問にほむらが苦い表情を浮かべた。
「……それは『普通よりちょっと増してほしい』のか『マシよりちょっと多くしてほしい』のか判断に困るわね。そういうこちらで判断しかねるコールは遠慮してもらいたいわ。特にマミのようなストイックな客が多くいる場合の、その手の店でそういうよくわからないコールをすると客によって店を追い出されかねないわよ」
「そ、そんなに……?」
「言ったろ。魔女空間に迷い込んだような感覚を覚えた、って。その点ここは平和な店だ」
杏子が食べる手を一旦休めて言葉を挟む。既に先ほどまではまだスープの上にあったヤサイがなくなりつつあり、ゴールは目前になっている。
「そうでもないわよ。今は昼時を外してるからこんなものだけれど、昼時はピリピリする時もあるから」
「ふーん……」
相槌を打ちつつさやかはなんと無しにマミのほうへと視線を流した。
「いっ……!?」
そして思わず変な声を上げる。それもそのはず、彼女の視線の先ではマミが丼を持ち上げてスープを一気に飲み干しているところだった。
「……うん! 今日もおいしかったわ、ごちそうさま!」
空になった器をカウンターへ置き、布巾で机を拭いて両手を合わせて再び「ごちそうさまでした」と呟く。そこまで流れるような一連の動きだった。
「マミ、せっかくこの2人も来てて久しぶりの同窓会というところだから……今日はもう少しゆっくりしていってくれるかしら?」
「あら、あなたがそう言うなんて珍しいわ。じゃあ遠慮なくそうさせてもらうわね」
そう言い、マミは持ち込んだペットボトルのお茶を口へと運んだ。マミが食べ終えた器を流しへと運び、チラリとほむらは杏子の様子を伺う。まだ少し残っているようだ、と確認したところでカウンターを出て入り口を開ける。そこにあった「営業中」の札を「仕込み中」に切り替えると店内へと戻ってきた。
「あれ? 閉めちゃうならあたし達いたらまずいんじゃ……」
「それには及ばないわ。あなた達のために閉めるんですもの。……どの道そろそろ昼の部は終わりだし、この後スープの仕込みを最終確認しなおして夜の部の準備をしないといけないから、気にする必要はないわ」
「暁美さんも変わったわね」
そう言って微笑むマミに、どこか照れくさそうに背を向けてほむらは巨大な寸胴を覗き込み、その様子を確認している。
「何それ?」
「ラーメンの命、今言ったスープよ。豚骨と魚介、それに野菜を数時間煮込んでるわ」
「す、数時間……!?」
「豚骨は長時間煮込まないとダシが出ないの。だから夜の部のスープは開店前に仕込んで、この準備時間にようやく出来上がってくるぐらいよ。……それでも自分で納得がいかなかったらその日の営業をやめるぐらいの覚悟で作っているけど」
「す、すごい……」
「まさに職人魂ね」
さやかに続いてマミも感心したような声を上げた。
「あー! 食った! うまかった、ごちそうさん!」
麺とヤサイが綺麗さっぱりなくなった器を机に置き、杏子は満腹そうにお腹をさすった。
「……悪い、ほむら。そんな自慢のスープ残しちまった」
「いいえ、気にしなくていいわ。健康のことを考えたら本当は飲まない方がいいかと思うもの。もう魔法少女じゃないんだから健康には気を使った方がいいわ」
「あら、それは私が健康に気を使ってないと言いたいのかしら?」
笑顔を浮かべたままマミがそう言ったが、しかしどこかその笑顔が逆に怖い。
「いえ……そんなつもりは……。飲んで美味しいと言ってもらえるのは嬉しいけど、無理してもらったら逆に申し訳ない、と言いたかったのよ」
(いや、ここに週10で来て濃厚スープを飲み干してる人間がそれで健康に気を使ってる、って言っても説得力全然ねえだろうよ……)
そう思った杏子だったが、口に出したら「ティロ・フィナーレ!」なんて言われて殴られかねないと判断して心の内にとどめておくことにした。
「あたしが知ってるほむらと、なんか変わったなー……」
と、机に頬杖をついてさやか。
「……どういう意味よ?」
「いや、悪い意味じゃなくてさ。なんかあたしの知ってるほむらって、良く言えばクール、悪く言えば無愛想、って感じだったし。でも今は昔より愛想よくなったし、言葉の棘もなくなったなーって」
「客商売をしているんだから、愛想悪くちゃ話にならないでしょう」
「じゃあその客商売、しかもラーメン屋になろうなんて思ったきっかけはなんなんだ?」
ピクッ、とほむらの瞼が一瞬動いた気がした。
「あ、いや、悪い……。言いたくないなら……」
「いいえ。……少し長くなるけど、あなたたちの食休みには丁度いいかもね」
杏子が食べ終えた食器を流しに移し、洗いながらほむらは話し始めた。
「そもそものきっかけは高校生の時、私が趣味でサバゲーをやっていた時のことよ」
「サバゲー?」
「サバイバルゲームのことね。エアガンを使って撃ち合う競技、といったところかしら」
「……なんでマミさんそういうことも詳しいの?」
さやかの質問には答えず、マミはにっこり微笑みを返すだけだった。
(……まさかマスケットでサバゲーやったことある、とか言うんじゃないんだろうな……?)
そもそもマスケット銃のモデルガンがあるのかも怪しいな、とかそんな考えが杏子の頭をよぎったが、滅多なことを言うと「ティロ・フィナーレ!」なんて言われて殴られかねないと判断して心の内にとどめておくことにした。
「あ、でも私も銃はちょっと知ってるかも。この間ゾンビを片っ端から撃つゲームやってたら『ベレッタ』っていうの出てきたけど、それって実在するんでしょ?」
「……M9なんてアイドルハンドガンじゃない。知ってる、といううちに入らないわよ。まあ確かに15発装弾できるから使いやすかったし、アメリカ軍の正式サイドアームになって有名になったのも納得だったけれど」
「ああ、使いやすかったってサバゲーの話?」
「いえ、本物の話よ」
「ほ、本物……!?」
「驚くこともねーだろ、さやか。こいつハリウッドスターが出てる映画よろしく、魔法少女時代は随分派手に色んなもの使ってたじゃねえか」
ほむらが苦笑を浮かべる。いくら手段を問わない魔法少女時代の話とはいえ、やはり胸を張って話すような内容ではない。
「……まあつまり、そんな風に私は銃器に詳しく『なってしまった』わけで、それでサバゲーにも興味を持ったのだけれど、いざゲームとして模造品ではあるけど扱ってみると……意外と楽しかったのよ。……ああ、でも本音をいうと模造品とはいえかつて使ったことのあるM249MINIMIを使いたかったわね。でも高いのよ。モデルガンといえども
「お、おい、ほむら……?」
「……さらに欲を言えばそんなややこしいことせずにグレネードや迫撃砲やC4を使えば全部吹っ飛ばせるから本当に楽よね。まあ無理だろうけれど、サバゲーにRPGが登場するのもきっと遠い話じゃないと……」
「あ、あの暁美さん? 自分の世界に入ってるところ悪いのだけれど、話進めてもらっていいかしら……?」
ハッとした様子でほむらが我に返った。
「……ごめんなさい、時々発作みたいにこうなってしまうの。今も休止はしてないけど、昔よりはサバゲーに参加できる時間がめっきり減ったしまったせいで……」
「難儀だな……。それで、そのサバゲーとラーメンと、どう繋がるんだ?」
「私が参加していたチームの中に、ラーメン屋の店主の人がいたのよ。私がさっきみたいな具合で銃について話してたら意気投合して、そのうち自分の店のラーメンを食べてほしいって言われたの。……そこで出された一杯を食べて衝撃を受けたわ。この世の中にこれほどまでにおいしい食べ物があったのか、と。……私はその店主、つまり今では私の師匠だけれど、その人に頼み込んで高校卒業と同時に店に弟子入りした。それから5年の修行期間を経て、師匠のお墨付きをもらった私は自分の店を持つことが出来、今こうしてここでラーメンを作っている、ってわけよ」
思わず3人が言葉を失う。予想以上に波乱万丈な人生だったからだろうか。
「……お前、苦労したんだな」
「そうかしら? やりたいことをやって生きている、今の私は幸せよ。……少なくとも、何かをやらなければならないという観念に押しつぶされそうになって……いえ、それを唯一の生きがいとして生きていたときよりは何倍も、ね」
「ほむら……」
そこでさやかは気づいた。これまで己の目的のためだけに何度も限られた時間の中を遡行し、1人で苦悩し続けてきたほむらがそこから解放されれば、いや、ほむらだけでないだろう、人間であれば何人たりとも解放されれば、このように変わるに違いないのだと。
「だから私はまどかに感謝している。こんな私を……いいえ、私だけじゃない、全ての魔法少女を救ってくれたのだから」
再び3人が黙り込む。中学まではさやか、ほむらと一緒のクラスだったまどかだったが、高校進学と同時に母の仕事の都合で一度見滝原を離れ、その後連絡がつかなくなっていた。
「……もっとも、私がまどかに感謝するのはそれだけはないのだけれどね」
チラリ、とほむらが壁にかかった時計を見上げた。
「……そろそろかしら?」
「何がだ?」
杏子の問いに答えずほむらは微笑む。
と、その時、「仕込み中」という札を掲げておいたはずの入り口が開いた。
「ごめーん! 遅くなっちゃって……」
入り口を開けたその人物の姿を見て――3人は「あっ!」と同時に声を上げた。
「えっ……? あ、あれ? ひょっとして……みんな、どうして……」
「な、なんであんたがここに……!」
さやかにそう言われ、入り口を開けた人物は困ったような笑顔を浮かべてこう言ったのだった。
「……いきなり秘密がバレちゃったね……!」
「まどか!? あんたなんでここを……!」
「そういうさやかあちゃん達こそどうして……」
「皆客として食べに来たのよ。マミは常連だけど、杏子とさやかはたまたまここを店を見つけたみたい」
「私もほとんどたまたまよ。いつも時間帯はばらばらだから、今日は偶然この時間だったってだけだし。……つまり皆、円環の理に導かれて、この時間に集まった、ってわけね」
「また始まったよ」という具合に3人が苦笑を浮かべる。が、まどかだけが素直に笑顔を浮かべていた。
「そうですね。まさに魔法少女の同窓会、ってところですね。ウェヒヒ」
「……それはそうとしてまどか、あんたも食べに来たの?」
「ううん。私はお仕事」
「仕事?」
一度入り口からまどかが外に姿を消し、次いでトレイを数段両手で抱えて店の中へと戻ってきた。
「これだよ。……はい、ほむらちゃん」
「いつもありがとう、まどか」
さやかが、いや、3人が立ち上がりそのトレイの中を覗き込んだ。
「これは……」
「麺……だと……?」
「ええ、そうよ。ラーメンにとってスープに次いで大切といってもいい麺よ。鹿目製麺所から朝と夕方前の2回、まどかが直々に持ってきてくれるの」
「ちょ、ちょっと待って! 今『鹿目製麺所』って言った!?」
「言ったわよ」
「ウェヒヒ、今私製麺所の社長なんだ」
「「な、なんだってー!?」」
3人の叫びが店内に木霊する。
「ど、どういうことだおい……。確かさやかからは母親の仕事の都合で高校進学と同時に引っ越したって聞いたんだが……」
「うん、引っ越したよ。ママが異動になった地域の責任者になって、そこに引っ越したの。で、メーカーと取引してた時に製麺所の人と出会って、気が合っちゃったらしくて、会社を辞めてその人のところで製麺のノウハウを習ったの」
「……どっかで聞いたような展開だな」
横目に杏子がほむらを見つめる。が、本人は全く気にしていない。
「それでその後パパと一緒に小麦粉の産地から配合から色々研究して会社を立ち上げた。元々主夫だったパパのアドバイスがかなり生きたみたい。業界の評判も良かったんだよ」
「鹿目製麺所の麺の素晴らしさは何と言ってもまずスープが絡む麺よ。食べてもらったからわかると思うけど、私の濃厚スープがよく絡むから、見た目のインパクトに負けない味を生み出している。そしてしっかりとしたコシ。ヤサイと合わさることで空腹が満たされる、最高の相性となるの」
「だよね、ほむらちゃん。まるで私とほむらちゃんみたいだよね、ウェヒヒ」
まどかにそう微笑みかけられ思わず頬を染めるほむら。
「はいはいごちそうさま。……それで、引越し先遠かったと思うけど、まさかそこから運んでるわけじゃないわよね?」
「うん、今は前の家とは違うけど見滝原周辺だよ。まあ工場抱えてるから外れの方だけど」
「それで見かけなかったのね。いつこっちに?」
「2年前ですかね。大学卒業して母が会長になって私が社長になったときに戻ってきたんです」
「私とまどかが再会したのもその時よ。修行中だった私の店にまどかが自社の麺を売り込みに来て……。あそこはずっと得意先の麺を使ってたからと断ったんだけど、その時に私はまどかの麺に合うスープを、まどかの麺のためのラーメンを作るって決めたのよ」
「でもあの時のほむらちゃんすごく驚いてたよねー。久しぶりだったからって、はしゃいじゃって」
「だって……。本当に会ったのは久しぶりだったから……」
互いに見つめあい、まどかは嬉しそうな、ほむらはうっとりした表情を浮かべる。
「はいはい、ごちそうさまって言ってんじゃん。……でもそっか、まどかがこんなことになってたとはねえ……」
「鹿目製麺所の麺は品質を保つために大量生産できない。だから使っている店舗こそそこまで多くないものの、使っている店は例外なく人気店にのし上がっているの。今じゃそのおかげで『
「いや、ほむらちゃん……。最後のはちょっと……」
「でも、ま、あれから10年、なんだかんだで皆元気にやってたんじゃん」
と、コップの水を飲み干して杏子。
「10年ね……。そうやって考えるとこの円環の理に導かれた魔法少女の同窓会も、なんだか久しぶりね」
「あの頃はマミの家だったけど、今じゃほむらの店だしな」
「……あ! 同窓会といえば」
さやかが思い出したように口を開いた。
「まどか、ほむら、来月末の土曜日夜に同窓会あるんだけど、あんた達来ない?」
話を振られた2人が考え込むような表情を見せる。
「……ごめんなさい。翌日の仕込みがあるから難しいわ。日曜日は来客数が多いから気合を入れないといけないし……」
「私もちょっと厳しいかな……。ほむらちゃんが言ったとおり日曜日は多く麺を出荷しないといけなくて、土曜夜はライン止めらんないんだ。だから私が抜けることは難しいし」
「そっか……。今回は珍しく仁美と恭介が両方来るらしくて修羅場見れそうだったから、オススメだったんだけどなあ……」
「あれ? あの2人どうなったの?」
「結婚した後恭介の浮気がバレて今別居中。まったくプロのバイオリニストになっておきながらあいつは何やってんだか……」
「よかったなさやか、そんな男にひっかからないで」
「うっさい。あんたこそ1回ぐらい恋とかしてみなさいよ」
「ハァ!? あたしだってそんなのあるっつーの!」
「いつ? どこで? 誰と? どんな風に?」
「う……! そ、そういう話はマミの専門だ! おい、マミ、どうなんだ!?」
「え、ええ!? 私に振るわけ?」
(杏子にしては珍しい……。地雷踏んだわね、そんなに余裕なかったのかしら……?)
「そ、そうね! 浮気相手になったこともあるけど、今の彼で、えっと……ああ! 何人目だか忘れちゃったわ! まあ男なんてそんな掃いて捨てるほどいるんだもの、気にすることなんてないわ!」
「そ、そうですよね! さっすがマミさん!」
(……結局さやかも気づいてるんじゃないの)
さやかが大きくため息をこぼす。
「……とにかく、2人とも元気だったって、皆に伝えておくわ」
「よろしくお願いするわ」
「ありがと、さやかちゃん。……あ、でも」
「ん?」
「私が……その、社長だ、ってことは……」
少し恥ずかしそうに目を伏せて一瞬間を空けた後、まどかは口を開いた。
「……クラスの皆には、ナイショだよ!」
◇
「あ……もうこんな時間」
それから少しの間話が弾んだが、まどかが壁にかかった時計を見て、思ったより時間が過ぎていたことに気づいた。
「次の店にも麺を配達しないといけないから……そろそろ行かないと」
「そっか……。名残惜しいけど仕方ないよね」
「また今度、お酒でも飲みながら話そ。杏子ちゃん、その時はゆまちゃんも連れてきてよ」
「そうだな」
「じゃあ私はもう行くね。ほむらちゃん、さやかちゃん、杏子ちゃん、マミさん、またね!」
4人に笑顔で手を振り、まどかが店を後にする。
「さてと……じゃああたしらもそろそろ帰るか」
「そうね。暁美さんの夜のための仕込みを邪魔しちゃ悪いものね」
「あたし小食だからあんまり食べられなかったけど……おいしかったよ、ほむら」
「ありがとう。……よかったらまた来て頂戴。それに……今日は話せて楽しかったわ」
予想もしなかった一言にさやかと杏子が思わず顔を見合わせる。
「……ったく調子狂うよな、お前がそういうこと言うと」
「いけないかしら?」
「いいえ。いいことだと思うわよ。楽しいことは楽しい、嬉しいことは嬉しいって素直に言えることが一番だと思うし」
「マミさんの言う通り! もっとこのさやかちゃんのように素直に生きるといいのだ!」
「お前の場合素直って言うか……」
「……『馬鹿』正直と言ったところかしら」
「ちょっと、ほむら! あんた今『馬鹿』の部分だけ強調したでしょ!」
「さあ? どうかしら?」
そんな2人のやり取りを見ていたマミから思わず笑いがこぼれた。
「マミさん! マミさんまで笑わないでくださいよ!」
「うふふ、ごめんなさい。ケンカするほど仲がいい、って言葉を思い出して」
「「誰と誰がよ(ですか)!」」
(やっぱ仲いいんじゃねえかよ……)
そう思わず心の中で呟く杏子。
「フン! 帰るよ、杏子!」
「はいはい。……って危ねえ、タダ食いするところだった。いくらだい?」
「その必要はないわ。今日のラーメンは同窓会の差し入れ、とでも思って頂戴」
「なんだそりゃ? どういう意味だ?」
「私が奢る、と言ってるのよ。久しぶりの再開の祝いよ。それじゃ納得できない、というなら……また食べに来て頂戴。それだけで私は十分嬉しいわ」
「……じゃあ遠慮なくそうさせてもらうとするか」
「マミも今日はいいわ。いつも食べに来てもらってるお得意さんですものね」
「あら、本当? それじゃお言葉に甘えさせてもらうわ」
3人が席を立つ。
「じゃあな、ほむら、ごちそうさま。また来るよ」
「あたしは来るかわからないけど……。まあ機会があったら来るよ」
「私はもしかしたら夜来るかもしれないから、その時はよろしくね。……じゃあ仕込み、頑張ってね」
入り口を開け、かつて魔法少女だった3人が店を後にする。
「ありがとうございましたー!」
その背を見送りながら、ほむらは他の客にかけるようないつも通りの元気な挨拶を返した。
「……さて、仕込みを始めないとね」
1人店内に残されたほむらは夜のために準備を始める。
かつては同じ魔法少女であったが、それぞれの道を歩んだ5人。久しぶりに全員と顔を合わせ、短い時間だったが、やはり楽しい時間だった。
そして皆が自分が作ったラーメンを美味しいと言ってくれた。その笑顔を見れたことが、ほむらは何よりも嬉しかった。
(だから私は、作り続ける――)
決意も新たに、ほむらはスープの入った寸胴と向かい合った。
後に「ラーメン界伝説の女主人」としてその名を轟かせ、「AKEMI系」と呼ばれる新たなラーメンがラーメン界に一大旋風を巻き起こし、社会現象にまで発展することになる。しかしそれはまた別のお話――。