ほむらーめん AKEMI   作:天木武

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前編「マシマシの物語」

 

 

 「魔法少女」と呼ばれる存在があった。それは絶望を振りまく存在である「魔女」と対極に位置する希望の存在。しかし魔法少女はいずれ魔女となる定めでもあった。

 そんな不条理を1人の少女の願いが打ち破った。その願いにより魔法少女も、魔女も存在しなくなり、そしてかつて魔法少女と呼ばれた少女達に普通の生活が帰ってきた。

 それから10年――。

 

「あーうんまかったー。やっぱさ、ファミレスのハンバーグって最高じゃん?」

 

 赤い髪の女性が満腹なお腹をさすりながらそう隣へと話しかける。

 

「なんでもいいけどあんた食いすぎ。昔っから変わらないよね、ほんと」

 

 青い髪の女性がそう返す。

 

「うっさいなさやか、ちゃんと自分の分は自分で金払ってんだから文句ないだろ?」

「はいはい、そうよね。杏子も今じゃ立派なOLだもんね」

「そういうお前もそうじゃんかよ」

 

 2人の名はそれぞれ佐倉杏子と美樹さやか。ともにかつては魔法少女と呼ばれた存在であった。

 

「そういやさ、ゆまって元気にしてる?」

「ああ。大学行って元気にやってるよ。あたしが学費出してやるって言ってるのにその分は借りだからいつか返すって、最近バイト始めたみたいでさ」

「いいことじゃん。『姉』思いのいい『妹』だね」

「……よせよ」

 

 照れくさそうに杏子はさやかから視線を逸らしてそっぽを向く。

 

「あはは。やっぱあんたってそういうところ素直じゃ……」

「……ど、どういうことだおい」

 

 と、突然杏子が立ち止まりそう呟く。そのいつもと違う雰囲気にさやかも足を止めた。

 

「杏子? どうした?」

 

 そう言って杏子の視線の先を追いかけたさやかが見たものは――。

 

「なっ……!?」

 

 真っ黒な地に赤ででかでかと書道家が書いた如き文字のその看板――「ほむらーめん AKEMI」。

 

「こいつ……ラーメン屋じゃねーか!」

「な、なによこれ……。ほむらーめんって……しかも『AKEMI』って……苗字じゃん!」

「こりゃどう考えてもあのほむらだよな……。さやか、お前学校とかクラスとか一緒って言ってなかったか? あいつラーメン屋にでもなったのか?」

「いや、知らない。ていうか、そもそもそれ中学の時の話だし、同窓会とかやってもあいつ全然顔出さないし。近々また同窓会あるって友達から連絡きたけど、相変わらず連絡先もわからないから来ないだろうとかって話してたし……」

 

 2人は呆然と立ち尽くし、そのラジカルでクリエイティブでオリジナリティ溢れる看板を見つめていた。中を見ようにも曇りガラスで様子が全くといっていいほど窺えない。

 

「……この店のラーメン、食うかい?」

 

 意を決したように杏子が呟く。しばらく黙っていたさやかだったが、怖いもの見たさが勝ったのだろうか、ゆっくりと頷いた。

 

 杏子の手が引き戸の取っ手にかかる。一つ唾を飲み込み、その戸を一気に開けた。

 

「へい! らっしゃ……。……美樹さやかに佐倉杏子、久しぶりね」

 

 最初の言葉のテンションは嘘だと言わんばかりに、一気にトーンダウンした声でその女店主はそう言った。

 

「や、やっぱり! ほむら! お前、暁美ほむらだろ!」

「ええ、そうよ」

「な、なんであんたこんな……」

「悪いけどまず戸を閉めてもらえる? 気温と湿度が変わると麺の機嫌も変わってしまうの」

「え? あ、ああ……」

 

 言われた通りにおとなしくさやかが後ろ手に戸を閉めた。

 

「それで……」

「それから店内では静かにお願いできるかしら。他のお客様のご迷惑になるから」

「客って……え!?」

 

 元々昼時を外した時間である。誰もいないじゃないかと言いかけて、がらりとした店内を見渡した杏子の顔に驚愕の色が浮かんだ。カウンター席の最も奥、微笑みながら2人を見つめる金髪の女性――。

 

「うふふ。佐倉さんに美樹さん。久しぶりね」

「と、巴マミ!?」

「え、ウソ!? マミさん!?」

「ええ、彼女は間違いなく巴マミよ。私の店の常連客でもあるの」

「じょ、常連……?」

「待て待て! まずい、頭の中が混乱してきた! お前今『私の店』って言ったか? じゃあやっぱここはお前のラーメン屋なのか?」

「ええ、そうよ。ここに私が立っているんだもの、それでわからないかしら」

「そ、それでマミさんはほむらの店の常連客……?」

「ええ。多い時だと週に10回は来てるかしら」

「「じゅ、10回~!?」」

 

 1週間は7日である。言うまでもなく毎日通うと7回である。

 

「じゃあマミさん1日に2回この店に来ることもあるってこと!?」

「そういうことになるわ。……暁美さんのラーメンは最高、まさに芸術よ。そう、言うなれば丼というオーケストラの中でスープという重厚な低音を響かせ、そこに麺という主旋律を奏でつつ、野菜、ニンニク、背脂という副旋律も溶け込ませ、さらにチャーシューという対旋律も纏め上げる……。その様子はさながら世界のマエストロ、とでも言うところかしら?」

「あなたにそこまで褒められるとは光栄だわ」

 

 互いに見つめあい微笑む様子を、さやかと杏子の2人は唖然とした様子で眺めていた。

 

「……それで、せっかく来たなら食べていく? 本当は取り分けは許可していないけど、顔馴染みだし特別に2人で1つでもいいわ」

「え!? いや、昼ご飯食べたばっかなんだけど……」

「……でもあたしは興味がある」

「杏子?」

「巴マミがそこまで絶賛するラーメン……。バカだと思うかもしれないけどさ、あたしはね、そのラーメンを諦めたくない」

「杏子……」

「付き合いきれないってんなら無理強いはしない……。腹いっぱいだから、結構危ない橋を渡るわけだしね」

「……わかった。でもあたしも付き合う」

 

 2人が意を決したように頷き合う。そこでほむらが話しかけてきた。

 

「お決まりでしたら、ご注文をどうぞ」

「えっと……じゃあ常連のマミさんと同じものを1つ……」

 

 さやかのその言葉にほむらとマミの表情が変わる。この女店主からは明らかに「やめておきなさい」というオーラが漂っていた。

 

「あまり関心できた話じゃないわ。美樹さん、あなたは私が食べるものを食べたいの? それとも暁美さんが作るラーメンを食べたいの? ……同じようでも全然違うことよ、これ」

「は? マミ、お前真顔で何言って……」

「その言い方は……ちょっと酷いと思う」

「お、おいさやか……」

「ごめんね。でも今のうちに言っておかないと。そこを履き違えたまま注文したら、あなたきっと後悔するから」

「……そうだね。私の考えが甘かった。ゴメン」

(……いや、たかがラーメンに考えすぎだろ、こいつら……)

 

 だが、杏子はこの時、自分のその考えは浅はかだったということを知る由もないのだった。

 

「それで、注文はどうするのかしら?」

 

 カウンターの2人と茹でている麺だろうか、その間をしきりに視線を動かしつつほむらが尋ねてくる。

 

「えーと……」

「ほむら、この店メニューとかないのか?」

「そんなものはないわ。ここはラーメンしかないもの」

「じゃあ悩みようねえじゃねえかよ!」

 

 思わず突っ込む杏子。

 

「それは違うわ。ここはトッピングとしてヤサイ、ニンニク、脂の量、麺の硬さ、味の濃さを調整できるの。あと100円追加でチャーシューも2枚ずつ増やせるわ。俗に『二郎インスパイア系』といわれる店に分類されているの。もっとも、味付けはインスパイア元と別物だけど」

「へえー」

「なん……だと……?」

 

 ただ関心するだけのさやかと対照的に、杏子は動揺したような声を上げた。

 

「何? 何か知ってるの、杏子?」

「……ああ。思い出すも恐ろしいが……。あれは……」

「杏子、悪いけど長話になりそうなら先にトッピングを聞いておきたいのだけれど」

「……ヤサイ少なめニンニク少なめの脂抜き、麺硬めで濃さ普通だ」

「ええ!? あたしら2人で1つ食べるんだよ? 普通とかでよくない? そんななんでも少なめとか……」

「ごめんなさい。当店は脂抜きは対応してないの」

「じゃあ少なめだ」

 

 注文を聞いたほむらが静かに息を吸い――。

 

「……ありがとうございます! ヤサイニンニクアブラ全少、メンカタ普通一丁入ります!」

 

 突如店内に、かつて聞いた事のなかったようなほむらの気合の入った声が響き渡る。思わずさやかと杏子は一瞬身を固くした後で互いに顔を見合わせ、マミはにっこりと微笑んでいた。一方ほむらは恥ずかしそうに背を向け、厨房で作業へと入る。

 

 虚を突かれて呆然としていた杏子だったが、数秒後にようやく我を取り戻し、咳払いをしてから口を開いた。

 

「……さやか、お前は『二郎系』をなめてる」

「な、なめてる……?」

「そうさ。……さっきの話の続きだ。あれはしばらく前、ゆまの奴と遊びに街に出たときのことだ。つい遊ぶのに夢中になって飯時を大きく外しちまってさ。適当に何か食べるかとゆまと話した、その時だった。目の前に列ができている店があった。見ればそこはラーメン屋って書いてある。こんな時間帯を外した時でさえ並ぶようなラーメン屋だ、きっとうまいに違いない、とあたしとゆまはそこで昼を食べることにした」

 

 さやかもマミも杏子の方を見つめ、その話を聞いている。唯一ほむらだけが厨房の中で忙しそうに手を動かしていた。

 

「そしていざ店内に入ると、そこは異様な空気に包まれていた。『一見さんお断り』『女子供が来ていいところじゃない』、そんな空気が満ちていたように感じた。……言うなれば、魔女空間に入り込んじまった、そんな緊張感まで覚えたさ。だがこっちももう店に入っちまった、今更後戻りは出来ない。あたし達は覚悟を決めて席に着いた。

 しばらくして店員があたし達と同じタイミングで座った隣の席の男に『どうします?』と聞いてきた。男は『全マシで』とすぐに返した。次に店員は『お次のお客様は?』と今度はあたし達に聞いていた。反射的にあたしは前の男と同じく『ぜ、全マシで!』と答え、ゆまも『お、同じく!』と答えてしまった」

 

 それを聞いていたマミとほむらが思わず苦笑する。さやかだけその意味がわからずに話の続きを待っていた。

 

「……しばらくしてあたし達の前に出てきた物はまさに『山』だった。それ以外の言葉じゃ言い表せない、野菜によってできた山……。圧倒されながらも、腹が減ってたあたし達は山を崩さぬように下の方から麺を探し出しで口に運ぶ。うまい、思わずゆまと顔を見合わせた。……だがうまいはうまいんだが、如何せんその量が半端じゃない。一向に山の標高が低くならないことに絶望感を覚えて魔女化しそうな錯覚を感じつつも、あたし達は無言でひたすらそのラーメンを食った。知ってるだろうが、あたしは食い物は粗末にしたくない。残すなんて選択肢はない。数十分の格闘の末、全てをなんとか食べきった。……とはいえ、さすがにその日の夜はもう他に何も食べられなかったけどな」

「杏子がそこまで言うほどの量なんて……」

 

 普段から杏子は何かを常に食べている。そうじゃなくても食事量はさやかの倍近く食べることもある。その彼女すらそういうほどの量だ、相当なものだろう。

 

「そこがそういうラーメン屋だって知ったのは、後からだったさ。……でもな、不思議な魅力があるんだよ。とんでもないラーメンだったが、また食ってみたい……そう思わせる魔力みたいなもんがある。もしここがそういう店だと知ってたら、あたしは昼を食わずにここでそういうラーメンを食ってもいい、って思うほどにね」

「じゃあさっきの少なめって注文は……」

「賢明ね」

 

 厨房で何か作業をしつつほむらがそう言った。

 

「……本当なら1人1杯味わってもらいたかったところだけれど、今は他に客がいないし、あなたたちはもうお昼を食べたという話だし、顔見知りだから特別よ。この店の味を知ってもらえれば、それでいいわ。それでも私は自分の味もラーメンも曲げたくないから、頼まれたらそのまま出すつもりでいたけれど」

「ってことは多分あのままマミと同じって頼んだら大変なことになってたかもしれない……。最初はたかがラーメンに、とか思ったけどそういうことなら話は別だからな」

「マミさん、どんな風に頼んだんですか?」

 

 さやかの質問に答えず、マミは笑顔を返す。

 

「目に焼き付けておきなさい」

 

 代わりにほむらが口を開いた。――その問いに対する答えをマミの前に運びながら。

 

「なっ……!」

「うちのラーメンを食べるって、こういうことよ。……全マシマシ豚ダブルお待たせしました!」

 

 マミの眼前に運ばれたラーメンは、まさに山、あるいは霊峰と呼ぶがふさわしいか。それほどまでに高く積み上げられたのはもやしを中心とした野菜。そしてその山の麓は濃厚にしか見えない茶のスープの海によって隠れ、そこにチャーシューが6枚、さらにニンニクという魅惑のビーチが広がっている。

 

「うふふ。いつ見ても見事ね。暁美さんが作り出すこの芸術品は」

「あなたにそう言ってもらえるのは何よりも嬉しい褒め言葉よ」

 

 視線を合わせた2人が微笑む。

 

「……さあ! 伸びる前に食べるとしましょうか! 本当は今日はゆっくり食べようかとも思ったけれど、未来の後輩にあんまり格好悪いところ見せられないものね!」

 

 箸とレンゲを手に取り、ラーメンの前で両手を合わせて瞳を閉じる。

 

「いただきます」

 

 そしてカッと目が見開かれ――。

 

「ティロッ……」

 

 口に半分咥えて割った割り箸とレンゲを麺の底へと差し込む。

 

「フィナーレ!」 

 

 次の瞬間、スープの海の底に眠っていた麺が、そびえる白き霊峰とのコントラストも眩しく姿を現す。さらに流れるような、見ている者の視線を釘付けにするほどの箸とレンゲによる美麗な動きでその両方を絡み合わせて口元に運ぶと――。

 

 ズルズルズルズル!

 

 豪快な音と共に麺がすすられ、そして野菜がマミの口へと運ばれていく。

 その速さといったら見ている杏子とさやかの2人が絶句するほどで、先ほどまでは富士山と見間違えるほどであったヤサイの山が、今では槍ヶ岳という具合になっていた(なお富士山の標高は3776m、槍ヶ岳は3180mである)。

 

「いつ見ても美しいわね。巴マミの天地返し……いえ、ティロ・フィナーレは」

 

 作業の手を一時休め、ほむらはマミが食べる様子を伺う。

 

「私が作り上げたあのヤサイの山……俗に『クリームヒルト』の異名を持つあの山を、崩すことなくあれだけ華麗に食べてみせてくれる……。ひょっとしたら日本中を探しても彼女より美しく食べる人はいないかもしれないわね」

 

 そんな3人の視線の先、マミの前にあった山はまた一段と地盤を沈下させ、先ほどの富士山と比べれば今は浅間山といったところか(標高2568m、世界でも有数の活火山)。

 

「す、すげえ……あの山が崩れることなく消えていく……」

「そ、それもすごいけど……マミさんの食べるスピード……さっきから全然落ちてない……!」

 

 麺を発掘し雪の如き山のもやしをかすめつつスープをすすりさらにチャーシューも口に運ぶ。そのペースは崩れることなく、長い間時を刻み続ける時計のように一定のリズムを保っていた。

 

「あれがマミの食べるリズムよ。彼女は私のラーメンをオーケストラに例えてくれた。だとするなら、今食べている彼女はまさに奏者。あの的確で決められた、心地よいリズムで食べる彼女の食べ方もまた、芸術の域に達しているのかもしれないわ。

 ……さて、人が食べてるのを見るのもいいけど、今度はあなた達の番よ」

 

 ほむらの言葉に杏子とさやかが現実に引き戻された。

 

「ど、どうすんの杏子! あんなの出てきたら……」

「大丈夫だ、多分……。少なめって言ったんだ、いくらなんでもマミぐらいの量のヤサイがあるはずが……」

「ヤサイニンニクアブラ少なめメンカタお待たせしました!」

 

 そして、2人の運命を左右するラーメンがカウンターの上に出された。

 

「こ、これは……!」

 

 杏子が目を見開く。

 

「……思ったより普通じゃん」

 

 さやかがジト目でほむらを見つめる。が、既にこの空間、この空気、そしてこの雰囲気に飲み込まれていることにさやかは気づいていない。

 

「少なめコールならこのぐらいよ。マシマシ、と言われればマミぐらいにヤサイは盛らせてもらうけど」

 

 2人の前に出されたラーメンはそこらへんにある山、程度にヤサイが盛られており、マミのラーメンとは比べようがないほど普通のラーメンのように見えた。

 

「あー必要以上に身構えて損した。じゃあうまそうだし早速食べてみようかな」

 

 割り箸を割って食べようとするさやかだったが、

 

「待てさやか」

「待ちなさい、美樹さやか」

 

 2人に同時に呼び止められた。

 

「な、何よ……」

 

 ほむらが目で杏子に先を譲る。

 

「食い物にちゃんと感謝してから食え。感謝せずに食うなんてそんなの、あたしが許さない」

「杏子の言う通りよ。食事というのは他の命をいただくということ。だからちゃんと『いただきます』は言って頂戴」

「わ、わかってるわよ、今言おうとしてたんだって。……いただきます」

「どうぞ、召し上がれ。麺とスープをよく絡めて、その上でヤサイも一緒に食べるといいわ」

 

 言われた通りさやかはヤサイの下から麺を発掘し、スープとよく絡める。そしてレンゲにヤサイと一緒に乗せてそれを口に運んだ。

 

「……! お、おいしい……」

「ちょっ、さやか、あたしにも食べさせろよ!」

 

 器を奪うように自分の手元に寄せた杏子も一口その麺とヤサイを口に入れる。

 

「こ、これは……!」

 

 その時、杏子に雷に打たれたような衝撃が走る。

 

「うまい! がっしりとした太麺にしっかり濃厚スープが絡みついていて、さらにそこにニンニクのパンチが効いている……。そしてそこで一緒にヤサイを食べることによって第二のシャキシャキとした食感も味わえて飽きがこない……。何より太麺にヤサイ、まさに空腹を満たすのにうってつけ、これこそ腹が減ってるときに一気に掻きこみたいラーメン……!」

「ありがとう。いつも何か食べてるだけあってなかなか嬉しいこと言ってくれるわね」

「お世辞じゃなくうまい……。10年前のあのクールなあんたからは全く想像できないような魂のこもった味だ……」

 

 そう言われてほむらは喜びとも苦笑ともいえない、そんな表情を浮かべた。

 

「杏子、通ぶるのはいいけど、そうやって固まってるならあたしが食べちゃうからね」

 

 さやかが自分の手元に器を戻す。

 

「お、おい」

「あんたファミレスのハンバーグでお腹一杯とか言ってたでしょ? だからあたしが全部食べてあげるよ」

「ハァ!? あたしだってちょっとは食べたいっつーの!」

「残ったら食べてよ。だからそれまでは、このさやかちゃんがガンガン食べまくっちゃいますからねー!」

 

 マミに負けじとさやかも食べ始める。不満そうではあったがおそらく残すだろうと判断した杏子はその様子を眺めることにした。

 

 ズルズルズルズル!

 

「あー!ほんとおいしいわ、これ!」

 

 ズルズルズル!

 

「野菜もシャキシャキしてておいしいし!」

 

「……わかったから食うか喋るかどっちかにしろ」

 

 ズルズル!

 

 杏子の言葉を無視し、なおもさやかは麺をすする。

 

 ズル……。

 

 が、不意にさやかの手が止まった。

 

「……ねえ」

「あん?」

「確かにこれ、マミさんのと比べたら普通に見えるけど……。でも他のラーメン屋さんでいったら、十分大盛りじゃない……?」

「それはそうでしょうね。小といったけど、あくまでここでいうところの小だから」

「見た瞬間わかるだろうが。一応ヤサイは山になってたんだぞ?」

「杏子……気づいてたの……?」

「お前、マミのと比較するから気づかないんだよ。来た瞬間に他の店でいうところの大盛りサイズだってわかるだろ」

「じゃあ……あたしだけが気づいてなかったんだ……」

 

 ショックを受けたような、自嘲的な笑いを浮かべたような、そんな表情を浮かべてさやかは杏子を見つめた。

 

「……満腹になると美味しくても食べられない……。あたしたちのお腹って、そういう仕組みだったんだね……」

「さやか、あんたまさか……!」

「あたしって、ほんと小食」

 

 そう言って苦しそうにさやかは机に突っ伏し、

 

「さやかー!」

 

 杏子の叫び声が店に木霊した。

 




ゆま……スピンオフ作品「魔法少女おりこ☆マギカ」に登場する杏子の妹分のキャラ。フルネームは千歳ゆま。

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