ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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 町の中央広場に、人が集まっていた。。

 今夜の聖金曜日祭に向けて装飾された屋外舞台。その壇上に身を乗り出した一団の中には、昨日アクアに絡んできた男達の姿もあった。そして、縄で縛りつけられたクリオの姿も。

「さぁ、人魚!出てこい!!さもなくば、明日市場に世にも珍しいペンギンの肉が売りに出されることになるぜ!!」

 眼帯の偉丈夫が、見上げる群衆に叫んだ。ゆうに2メートルはある巨体に、顔半分を覆う赤髭。纏っている衣服をみれば、彼がその海賊団の長であることは明白だ。

 両手の自由が奪われ、頭を掴まれているクリオ。必死に足をバタつかせ抵抗している。

「何度もいってるだろ!オイラは通りすがりの深海ペンギンだ!人魚なんて知らない!水の国なんて知らない!」

 叫ぶ仲間の姿を、人混みの中で静観することしかできないアクア。名乗りを上げ、クリオを救いたいが、自分が人魚であることを知られれば水の国が危ない。
 胸の上で拳を握り、焦慮する気持ちを必死にこらえる。

「おーおー。オウムよりよく喋るじゃねーか、ペンギンさんよー」

 海賊の船長は、腹に仕込んでいたサーベルナイフを抜く。クリオに鋭利な先端を光らせて見せた。

「だが、お喋りなヤツってのは嘘つきが多い。お前が嘘つきじゃないかどうか、喉を裂いて調べないとなぁ?」
「ひぃぃぃ!!」

 怯えるクリオを見て、不潔な笑みを浮かべる船長。長い舌で、自らの赤髭を嘗め回す。サーベルナイフを、クリオの喉元に押し付けた。

「ほれほれ~?裂くぞ~?裂くぞ~?」

 光景に耐えられなくなったアクアは、翡翠色の瞳を瞼で隠す。恐怖と無念の狭間で、彼女は神に救いを求めた。


 その時、空気が一変する。人々が、急にざわめき始めたのだ。

 アクアはそっと目を開けた。海賊の1人が、群れの中の1人を指差していた。

「お頭!手を挙げている奴が……」

 広場中の全て視線が、その手の主に集約された。

 快晴の空よりも透き通った蒼い瞳。白皙の肌。昨日、アクアを助けてくれた少年・フィリオだった。

 無言の名乗りを上げた彼に、船長はナイフを向けて問い叫ぶ。

「てめーが人魚とでも言う気か?」

 すると、フィリオは不敵に笑いながら答えた。

「悪ぃな。半裸の女じゃなくて。だが、俺は水の国場所を知っている」

 彼の言葉は、壇上の海賊達だけでなく、広場中の人たちの驚きと動揺を一挙に誘った。アクアも、例外ではない。

「いいだろう。こっちまで上がってこい、小僧」
「やだね」
「何ィ?」

「水の国は海にあるんだぜ?そんな舞台に上ったって辿り着けやしねぇ。付いてきな、案内してやるよ。深海の楽園に」

 赤髭の船長に一瞥くれると、彼は人混みの中を颯爽と歩き去っていった。海賊達も、すぐさま舞台を降り、彼の後を追う。

 アクアも、彼らに気づかれないよう、後をつけた。





 ~ 未公表『水の国のアクアと嘘つき少年』より ~



01話-09「再動する物語」

 

≪⑨≫

 

 

「あれ、ハロちゃんは?」

 

 部屋に入ってきた母が、最初に気づいたのはそれだった。

 

 先刻までディスプレイに釘付けになっていたミコト。持ってこられた洗濯物を受け取る。

 

「今日海に行ったときに落としてしまって……」

「あら!大丈夫だったの?」

「はい。その……と……」

 

 言葉が詰まった。自分が彼女に、この名称を使ってもいいのか、一瞬ためらってしまったのだ。

 

「と、友達が、修理できる人に預けたみたいで……」

「そう、お友達が」

「はい…」

 

 義理の親子の、自然な会話。なのに、ミコトの心は開放された気分だった。

 

「もうすぐお夕飯よ。今日はハヤシライスにしてみたの」

「はい、わかりました」

 

 母が去った後、ミコトはノートパソコンの画面を見遣る。書き差しの原稿を見つめた。ドラックし、シーンをアクアが海賊の2人組に絡まれる所まで引き戻した。

 初めて訪れた港町で、アクアは何も知らず、1人治安の悪い地区に脚を踏み入れてしまう。そこで、後にクリオを浚う海賊団の一員達に絡まれるのだ。一度は逃げ出し、その手を逃れるアクアだが、手に入れたばかりの脚をまだ上手く扱えず、転び、追い詰められてしまう。

 幼い人魚姫のピンチを救ったのは、蒼い瞳をもつ、新聞売りの少年・フィリオだった。

 

 自らを“嘘つき”と名乗る彼こそ、ほのかとの出会いの中で生まれたイメージを形にしたキャラクターだった。

 

 「ハロの修理は数日かかるらしいから、出来たらまた連絡するねー!」―――。

 

 その言葉を最後に、ほのかは帰っていった。連絡先として、スマートフォンの通信アプリのIDを交換していた。

 友達登録された彼女のページを見ると、そこにはほのか自身の顔写真が載っていた。そのボーイッシュで蒼い瞳を持つクォーターの少女の顔を見て、ミコトは思う。

 

 

 また、彼女に会いたい、と。

 

 

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 

 町の東にある、断崖。

 

 アクアは、少し離れた林の中から状況を覗う。

 

 フィリオが海賊達を案内したのは、吊り橋だった。その先には、背の高い離れ岩が、海面の上でぽつんと佇んでいるだけだ。

 

「なんだここは」

 

 離れ岩の上には、小さな草が生えているくらいで、あとは何もない。その何もない場所と、そこに行くため掛けられた吊り橋が、返って意味深な装いを醸し出していた。

 

「見ての通り、水の国に続く道さ」

 

 フィリオは離れ岩のを指さしてさらに話した。

 

「あの離れ岩の上で手を3回叩けば、海が割れて水の国への道が開ける」

「ほぅ、なるほど」

 

 彼の話に納得した船長は、部下の1人に顎を差し向ける。

 

「お前、さっそく試してみろ」

「おっと、待った!水の国に入れるのは1日に1人だけだ」

「何?」

「それに、真に勇気のあるものしか入国できない。見ろよ、この吊り橋。もしもこれが切れたら、真下のサメの巣に真っ逆さまだぜ?」

「フン!いいだろう。俺様は海賊船の船長だ。荒れ狂う海に比べればこんな吊り橋屁でもねぇ」

 

 フィリオの身体をその太い腕で押し退け、船長は吊り橋に足を踏み入れる。樋熊にも匹敵するその巨体がかける加重に、吊り橋は軋み、大きく振動する。

 

「どうだ、俺様の勇気は!」

 

 吊り橋の中間。船長は振り返って叫んだ。フィリオは、そんな大男の勇姿に3つの拍手を送る。

 

「ああ……見事だよ」

 

「これなら、文句なく水の国に招かれるだろう!」

「そうかもなッ」

 

 フィリオは隠し持っていたナイフで、岸に掛けられたロープの一本を、切り落とした。

 傾いたハシゴ状の桁に、船長は足を踏み外すももう一本の綱を掴んで転落を防いだ。

 

「なッ!?」「てめぇッ!?」

 

「動くな!動いたらもう一本の綱も切り落とすぞ。いいのか?お前たちの船長、サメの餌になっちまうぞ?」

「嵌めやがったのか!?」

「ああそうさ。俺は嘘つき。嘘つきフィリオ。お前らの船長の言うとおりだな。お喋りなヤツってのは嘘つきが多い。喉を裂いて確かめるべきだったな」

「クソっ!」

「さぁ、その鳥を開放してやれ!さもないと、船長は水の国じゃなくてサメの胃袋に招待される羽目になるぞ?」

「ちくしょうッ」

 

 海賊は、クリオを掴んでいた手を放す。彼は縄に胴体と両腕を縛られたまま、林に隠れるアクアのもとに駆け込んできた。

 

「これでいいだろ!?」

「ああ……」

 

 フィリオは、もう一本のロープも切り落とした。桁は、船長共々対岸の岩壁に叩きつけられる。

 

「てめぇ!」

 

 手下の1人が叫び、海賊全員がサーベルを抜いた。幾つもの眼と刃に睨まれても、フィリオは怯まない。

 

「俺は嘘つき。嘘つきフィリオ。約束は、守らない」

 

「舐めやがって!」

 

 1人が駆け出し、彼に刃を振るう。

 

 フィリオは、ひらりと躱し、猪突してきた海賊の足を引っかける。海賊は地面を転がり、そのまま崖の下に転落する。

 

「野郎……ッ!」

「ケンカなら相手になるが、いいのか?船長救出しなくて。早く助けないと、本当にお前らの船長サメに喰われるぞ」 

 

「……くそっ!覚えてやがれ!!」

 

 

 垂れた橋に必死に縋り付いて助けを求める船長の姿が、よほど効いたのか、海賊たちは町の方に引き返していった。

 

「あの…!……あ、ありがとう」

 

 林から出て、姿を見せるアクア。

 フィリオは、少し微笑み、彼女の抱くクリオの嘴を指で突っついた。

 

「よう。無事に帰ってこれたみたいだな、鳥」

 

 嫌がるクリオは、彼の指を噛みつき返す。しかし、その乏しい咀嚼力では、彼から「痛い」の言葉を引き出せなかった。

 クリオをからかう少年に、アクアは尋ねた。

 

「あの、大丈夫なの?あの船長さん……」

「ん?ああ……。俺は嘘つき。嘘つきフィリオ。あんなところにサメの巣なんてねーよ。それと、水の国に続く道もな。どこに水の国があるのかも知らねえ」

 

 その言葉を聞いて、アクアはホッとした。彼は、人魚でも、自分の秘密を知る者でもなく、ただの“嘘つき”だったのだ。

 

 なのに、何故だろう―――。

 

 アクアは、その嘘つきに不思議な魅力を感じていた。本来、嘘は忌み嫌うべき所業であり、嘘つきは避けるべき存在なのに。彼の嘘には悪意が感じられず、彼の存在には引きつけられる。

 

「ま、水の国だの人魚だの興味ねぇや。じゃ、またな」

 

 

 フィリオは、そう言って颯爽と歩き去っていった。

 

 彼の背中を見つめて、アクアは彼の最後の言葉を脳内で反復させる。「またな」―――。

 

 何故か、その陳腐な言葉が嬉しかった。

 

 

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 最新話を書き終えたミコト。

 

 読み返してみると、ストーリーの随所に今日の経験の影響を受けたであろうシーンが数多くある。

 

 

 アクアの物語は再び動き始めた。それは、止まっていた彼女の時間が未来の方向に動き出したことを示す。

 

 ふと、机の向かいにある窓から夜空を見上げた。雲はなく、そこには満点の星が暗闇を照らしている。

 

 ミコトは、投稿サイトに書き上げた小説を上げる。

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 


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