ガンダムビルドファイターズ Evolution 作:さざなみイルカ
≪④≫
「スンドゥブチゲが食べたい」―――。
ゴールデンウィーク突入前にほのかが呟いた一言から、今日の予定が決まった。
二人が初めて出会った星見岬臨海公園である。
連休2日目である今日、ここではささやかなイベントが開催されていた。“ホシミ春の食祭”という、星見市内の人気飲食店を紹介し、その味と技を出店形式で公開する祭典だ。
時々ネタ探しのためにこの公園に足を運んでいたミコトだったが、いつもとは違った世界を映し出す景色に、新しい感覚を覚えた。
風にそよぐ木々の緑もまぶしい季節。空も、雲も、海も、全ての自然が穏やかである中、芝生の上に並べられたテントを前を行きかう人たちはとても賑やかだ。公園の空気を彩る美味しそうな香り同士の混在に、殆どの人が自分たちの足と食欲の行方を迷わしている。
ある少女は、視界に入った美味しそうな料理を迷うことなく買い、すぐに平らげる。そして、手が空くとまた別の品を買って口に運ぶ。その繰り返しだった。
かれこれ10皿近く食べているが、目的のスンドゥブチゲが売ってるブースは未だ見つけていない。
「いっぱい食べるね、ほのかちゃん……」
簡易テーブルが陳列する、イートインスペース。ほのかとミコトは、そこの一角で買った食べ物を広げていた。
卓上には、皿の他にミコトが連れてきたハロもいる。
〈フトルゾ、オマエ!フトルゾ、オマエ!〉
右に左にスピンしながら、ほのかを詰るハロ。目の点滅と連動させて、耳を羽ばたかせている。修理してもらってからというものの、ハロの言葉遣いが悪くなった気がする。ミコトは思った。
「大丈夫、ボクは太らない体質だから」
「そうなんだ。それはすごい」
様々な美食を堪能している友人に対して、ミコトは1杯の蕎麦だけで遠慮していた。元々食が細い上に、食べるスピードも速くないのだ。何より、沢山食べるほのかの姿を見ていると、それだけで満腹感を感じる。
「ミコトちゃんもこれ食べたら?豚の角煮。美味しいよ」
「い、いいよ。私はこれで十分」
苦笑いしつつ、数本の麺を啜った。
ほのかはパンフレットに目を通す。公園の入り口付近で、イベントスタッフからもらったものだ。それには、会場全体の見取り図と、出店店舗全ての名前が記載されている。
「スイーツエリアってのもあるんだね。次はそこにいこう」
「え…っと、チゲ食べたいんじゃなかったの?」
「う~ん、そうだけど……やっぱり今は甘い物が食べたい。あ、ミコトちゃん食べたかった?スンドゥブチゲ」
「いや、私は別に。でも、大丈夫なの?」
「何が?」
「お小遣い。いっぱい買ってるけど」
彼女の胃も心配だが、懐のほうがミコトにはもっと気掛かりだった。出店の食べ物は安くない。彼女が今まで食べたものを軽く見積もっても4000円以上は確実に消費している。
「平気平気。まだお札残ってるし。食べたら今度はシュークリーム食べに行こう。シュークリーム!」
彼女は笑顔で答えた。
心配が完全に消え去ったわけではないが、ミコトは微笑んで彼女の言葉を受け止める。
何気ない休日の外出。そんな中でミコトは、ほのかに対して様々な発見をしていた。
例えば、金銭の使い方。彼女の金遣いは、思考よりも感情が優先される。イソップ物語でいうところのキリギリスだった。
友里ほのかという人物は、今という時間を無邪気に惜しみ無く楽しむ人だと、ミコトには思えた。
その行動や言動に、未来に対する不安、過去に対する悲しみ、他人に対する怒り、自分に対する劣等感など、あらゆる闇を感じさせない。青空なら太陽、夜空なら星。周囲の明暗に関わらず優しい光を放つ存在、それが彼女だった。
ほのかと出会って、半月以上。
彼女と行動を共にするようになって、ミコトは毎日を楽しいと感慨していた。最近は小説の筆も良く進むし、過去を振り返ることも減った。相変わらず佐々波イルカであることは話せていないが、それ以外でなら、自分を出せるようにもなった。
ミコトは今、とても幸せなのだ。
その後、二人はスイーツエリアに足を運ぶ。そこでほのかは3個のシュークリームとケーキにモンブラン、マカロンを食べ、さらにスムージーを飲む。さすがにそれだけ食せば、その胃袋も次の品を入れる余裕が無くなった。
「あー、お腹一杯」
自然と足は止まり、次の話題がこぼれ落ちる。
「これからどうしよっか?」
この後の予定はノープランである。これまでの予定もそうだった。唯一の目的のスンドゥブチゲも、結局食べなかった。
ミコトが返事に窮していると、ほのかは何かを見つけたようで、その方角を指差す。
「あれ何だろう?」
指差された先の区画では、食祭とは別の催しが開催されていた。
フリーマーケットである。
「何か良いものがあるかも。行ってみよう」
食欲を満たした二人の少女は、出店が立ち並ぶ区画から、ピクニックシートが敷き並ぶ区画に移動した。
食祭ほどではないにせよ、こちらもかなりの人で賑わっている。彼女達と同じように、腹の内を満たした人がこちらに流れ込んでいるのかもしれない。
ほのかとミコトは、二畳ほどしかない店々を見回る。
値切りに値切りを重ねれた値札に、生活感溢れる品の数々。殆どが服や日用品ばかりだが、中には壺や絵画などを売ってる所もある。
「あっ!」
すると突然、ほのかの足が止まった。彼女に合わせてミコトも立ち止まったので、付いてきていたハロが靴の踵に軽くぶつかる。
駆け出したほのかを追うと、沢山のガンプラが並ぶシートに辿りついた。
「いらっしゃい」
それらを売る男性が、二人に声をかける。
小太りの縁眼鏡をかけた中年男性だ。半袖のポロシャツにジーンズ。頭は剃髪していて、つるつるの頭皮が春の日光を反射し輝いている。
携帯椅子に腰を掛ける彼の足元には、色とりどりのガンプラ達が、直立不動で佇んでいた。そして、シートの一角には店舗で売られているような未開封の箱も幾つか積み上げられている。
それ以外にも、関連したアイテムが幾つかあるようだが、それらがどのようなものかはミコトには分からなかった。
「組み立て済みのモノは大体300円、未開封の箱は500円だよ」
ほのかは、シート上のガンプラ達を眺め回している。ある1体を手に取ったが、すぐに戻した。
〈カワナイノカ?カワナイノカ?〉
ハロが足元で問う。
「これはいいや」
今度はミコトが尋ねた。
「何か探しているの?」
「うんとね。前の河川敷公園でのバトルでさ、対戦相手がよく乱入制度を使ってたでしょ?」
「あ、うん。覚えてる」
「あれボクもやってみようかと思うの。だから、何かフェアリーノーベルと一緒に闘う仲間を探そうと思って」
「なるほど」
それは面白い、とミコトは思った。
彼女のガンダムは動きが良く、ほのかの技量や機転と相まって、曲芸に似た奇想天外なバトルを展開する。そこに、別の機体が加われば、もっと違う場面を作り出すかもしれない。
アシスタントを得たフェアリーが、どんな戦いを繰り広げるのか、ミコトも大いに興味があった。
「だから、ミコトちゃんも何か良さそうなの見つけたら教えて」
「うん、わかった」
〈サガセ!サガセ!〉
ミコトも、大量のモビルスーツ達に目を向けた。
こうやって見ると、やはりその種類の多さと多様性には感興されざるをえない。しかし、今ここにあるのはあくまで全シリーズの一部に過ぎない筈だ。
一体どれくらいのガンプラがこの世に存在するのか。人魚姫の冒険を描ける彼女の想像力であっても、それは予想できなかった。
「ねぇ、ほのかちゃん。ガンダムのロボットってどれくらいの種類があるの?」
「うーん、わかんない。ボクもあんまり詳しくないし」
すると、男性が口を挟んで教えてくれた。
「正確じゃないが、約8万種類位の機体がいるらしいよ」
「えっ、8万!?そんなにも!?」
「まぁね。1タイトルだけで20種類以上の機体が出るし、MSVなんかでよりラインナップも増えるしねー」
「本当に沢山あるんですね」
「何より、ガンプラバトルが始まって以来、愛好家の間で、オリジナル機体の創作が盛んに行われているからね。ガンプラブームが落ち着いた今でも、ね。中にはオフィシャルに昇格するものもあって、モビルスーツの種類は日に日に増殖する一方さ。まさに、無限に膨張する宇宙だな」
「へぇー……」
ということは、今ここに立ち並ぶロボット達は、その宇宙の一端ということなのか。ミコトは思った。
ガンプラを愛する人達は、この宇宙に想像力を注ぎ、新たな地平を切り開いているのだろうか。ただの推測だが、ミコトにはそんな気がした。
ほのかのバトルを観るとき、自分はあの粒子の空間に新世界を見たような気分に度々襲われる。創意が凝らされし人形達の繰り広げる闘いには、新境地を切り開く力があるのかもしれない。
ふと、1体のガンダムを見つけた。たしかエクシアという、昔兄が使っていた機体と同じものだ。
兄は、今もこの宇宙……ガンプラバトルの世界にいるのだろうか。
少し、考えてみた。
わからない。わかるはずなんてない。ただ……、
「あっ!ミコトちゃん、これ見て!可愛い!」
「なあに?」
ミコトはエクシアを元に戻した。
ただ……、ミコトにはほのかと過ごす“今”がある。だから、兄の影を求める必要なんてないのだ。
「わぁ、可愛い……」
ほのかが見つけたのは、他の機体よりもはるかに小さい、二頭身ガンプラだった。
焦げ茶色とクリームブラウンに塗装された胴体に、デフォルメ化された短い手足。荷物の詰まった風呂敷を背負い、どら焼きのようなその頭には何故か矢が刺さっている。
「これなんて言うモビルスーツですか?」
「ユーモ・アッガイ。SDガンダム劇場『
「SDガンダム劇場?」
「デフォルメ化されたモビルスーツたちの、空気系コメディーアニメだよ。8年前に放送した、隠れ名作さ」
「これってガンプラバトルで使えるんですか?」
「使えるよ。元々このアッガイは、この“DXユーモ・アッガイ庵”の付属品なんだ」
男性が取り出して見せたのは、虫籠くらいの大きさの、玩具の家だった。その片面は硝子張りで、中の様子が伺えるようになっている。
畳の部屋に、机と本棚、あと押入れもある。
「このユーモ・アッガイ庵は、中にプラフスキー粒子を散布できる仕組みになっていて、散布した状態でこのアッガイを入れると動いて喋りだす」
「おぉ~、すごい」
「もっとも、こっちは壊れてて使えないけど」
そう聞くと、ほのかはユーモ・アッガイ庵を受け取り、側面のスイッチを押してみる。
「本当だ。全然動かない」
「だから売りにだした」
「うーん。まぁ、いいや。まどかに頼めば直してくれるだろうし」
「買うのか?ユーモ・アッガイは、この家と付属小道具20点をセットして、600円だ」
小道具には、ヤカンや釣竿、バナナといった、生活感溢れるアッガイ用の品物が揃っている。そこもほのかが惚れたポイントのひとつらしい。
「600円あったっけ……あ!小銭が丁度600円!買いますっ!」
「あいよ。毎度あり」
◇ ◆ ◇ ◆
時刻は午後3時過ぎ。夕暮れには早いが、二人はバス停に足を運んでいた。
「今日は楽しかったねー。いっぱい食べたし、いい買い物もしたし♪」
ほのかは満足げだった。そんな彼女と一緒で、ミコトも今日一日を充実して過ごせた。
二人はベンチに腰を降ろし、バスを待っている。ハロは睡眠モードに入っており、ミコトの傍らで機能を休ませていた。
「あー、なんだかミルクティーが飲みたい」
ほのかは立ち上がり、ベンチの斜め後ろにある赤い自動販売機の方に歩いていった。
彼女と出会えて本当によかった――。
ミコトはそう思いつつ、そのきっかけとなったハロを眺める。青いその球体を、優しく撫でた。
すると、後ろからほのかの叫びがする。
「きゃーーー!」
ビクリとしたミコトはすぐに振り返った。ハロも目を覚まし、再び活動を再開させる。
「ど、どうしたの!?」
〈ドウシタ?ドウシタ?〉
ほのかは自分の財布を開き、それを見つめたまま固まっていた。
「お金がない……」
「へっ?」
「もう1枚千円札が入っていると思ってたのに、無かった……がっくしっ」
ミコトは駆け寄り、彼女の財布を覗き込む。確かに、札入れ部分は空だ。
ほのか曰く、手持ちの残高に無くなり、それに気付かなかった理由は以下の通りらしい。
①スムージー購入時:「あっ、小銭足りない。じゃあ、千円札で」「帰りのバス代があればいいや~」
②移動時:①を忘却。最後の千円札を使用したことを忘れる
③アッガイ購入時:最後の小銭を使いきる
「か、帰りのバス代がぁ~~~」
自販機の前に膝まつき、沈むような嘆きの声をあげるほのか。
ハロは飛び跳ねながら、彼女の浪費癖を詰る。
〈ムダヅカイ、ムダヅカイ。セツヤクシロ〉
「うぇーん!ボクは駅まで、どうやって帰れば……!」
コンクリートの地面に顔を伏せて、泣き真似をするほのか。その丸まった背中は、まるで寒気に晒されて縮こまる蛙のようだ。
「わ、私がバス代出そうか?」
「えっ、本当!?」
ミコトの言葉に、彼女は即座に顔を上げた。察していたが、本当に泣いていたわけではない。泣きたい気持ちを、オーバーに表現していただけなのだろう。
「いいよ。私まだお金残っているし」
ほのかは立ち上がり、ミコトの両手を掴む。
「ありがとう、ミコトちゃん!大好きっ!明日には必ず返すからっ!」
頬擦りし、その感謝と愛情を表現する彼女。
本来、金銭の貸し借りは避けるミコトだったが、ほのかを見ているとそれを許してしまう。ほのかは、甘え上手なのだろう。
もっとも、ミコトは貸すつもりで言ったのではなく、あげるつもりで言ったのだ。
ここから駅まで210円。ミコトが彼女に対する感謝の気持ちはその額を遥かに上回る。バス代を出すくらい、どうということもなかった。
今日は友人の様々な一面が見れた。それは何にも勝る収穫だった。
◇ ◆ ◇ ◆