ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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02話-06「桃戦状」

≪⑥≫

 

 

 開星高等学校の南館一階の一角に、その教室はある。

 

 黒板よりもモダンなホワイトボートに、床はフローリングではなく緑とグレーのカーペット。窓際にある木の棚は新品同様に綺麗で、その上には観葉植物のアイビーやアロマぺぺなどが置かれ、室内に入る春の日光をより心地良いものに深めてくれている。

 

 その教室に陳列する学校机はない。あるのはアーティスティックな形をしたテーブルと、それを囲う5つの椅子だけだ。

 

 昼休みのみ開放されるこの部屋は“カイセイ・スクウェア”といい、一般的な言葉に言い換えると“教育相談教室”である。

 学校生活で何かしらの悩みを抱える生徒がここに来て、当番の教師や非常勤のスクールカウンセラーに悩みを相談する……というのがこの教室のコンセプトだが、利用者はまったくといっていいほどいない。

 それだけこの学校が平和というわけではなく、ただ単に、生徒間にこの教室が何のためにあるのかよく伝わっていないのである。

 

 友里ほのかは、入学して間もない頃に先生以外だれもいないこの教室を見つけた。とても綺麗な教室で、昼休みを過ごすにはとても快適な空間だと思った。それ以降、ほのかは大抵の昼休みをそこで過ごす。利用者名簿に毎回名前を書き、そこで昼食を食べたり、当直の教師と会話したりする。

 

 そんな彼女の前に城ヶ崎が現れたのは、教師が手洗いで席を外している時だった。

 弁当を食べ終えたほのかは、食後のお菓子をつまんでいる真っ最中だ。

 

「見つけたぞ!友里ほのかっ!」

 

 その声に、口に入れる直前だったクッキーをピタリと止める。静止した動きの中で、瞬きを一つして、ほのかは言葉を返した。

 

「次、ボクが鬼?」

 

「かくれんぼじゃねーよっ!」

 

 刹那、ほのかは爆笑した。

 即席で放ったジョークに、キレの良いツッコミが返ってきた。まるで、海外ドラマの掛け合いのように。唐突な奇跡が産んだ上質なコントが、不意打ちのように彼女の笑いの感覚を刺激したのだ。

 

 印象的な茶髪のエアリーヘアに、目鼻整った顔立ち。背はやや高く、捲られたシャツの袖からは肉筋がくっきりと見える細腕が露わになっている。

 

 ほのかは、その男子生徒を記憶していた。以前会った時は、指貫グローブをしていたが、さすがに学校ではしてこないらしい。代わりに、何か封筒のようなものを一通手にしていた。

 

「で、何の用?えっと………田辺くん」

 

「城ヶ崎だ!城ヶ崎 進!誰だ、田辺って!適当な名前で呼ぶなっ!」

 

「あはは。ごめんごめん。名前よく覚えてなくって。で、何の用?じょ……じょ……城之内くん」

 

「城ヶ崎だっつってんだろっ!早速間違えるな!なんだ、城之内って!凡骨デュエリストか、俺は!」

 

「まぁまぁ、落ち着いて。このおみくじクッキーあげるから」

 

「欧米かッ!」

 

「あはは。面白いね、君」

 

 破顔の少女に、首を振り、頭を掻きむしる城ヶ崎。常識外のその反応や言動に、会って60秒も待たず相手のペースに乗せられている。それは、十日近く前のガンプラバトルのときの様だった。

 

「ああ、もうっ!調子狂う!……要件は、これだ!これ!」

 

 相手のテンポと敗北の記憶を振り払うように叩きつけたのは、“桃戦状”と書かれた白い封筒だった。

 

「何これ、ラブレター?」

 

「違うわっ。挑戦状だ、挑戦状。見りゃわかるだろ」

 

「字間違ってるよ」

 

「なにっ!?」

 

「ほら、これ……」

 

 ほのかは、その白魚のような細い指で、封筒の真ん中に書かれた三文字を指差した。

 

 ×桃戦状(○挑戦状)

 

「うげっ!なんじゃ、こりゃ!桃戦状って何!?なんか卑猥な単語になってんじゃねーか!」

 

 両目に近づけ、自らの凡ミスを嘆く城ヶ崎。その様子に、腹を抱えさらに笑うほのか

 

「あはは。ホント面白いよ、君」

 

「うるさい、うるさい、うるさーい!」

 

 再び“桃戦状”をテーブルに叩きつける。顔は赤くなっていた。

 

「いいかっ!?明日の放課後、アマノガワ河川敷公園で、俺が呼んだガンプラファイターとバトルしろッ!」

 

「ほえ?対戦相手は君じゃないの?えっと……じょ、城浅木くん」

 

「もういいわ!そのネタっ!……そうだ。今回の対戦相手は俺じゃない。……まぁ、再戦したら俺が勝つけどな。前回はその……実力の3分の1も出してなかったんだ」

 

「ふーん。じゃあ、またいつか君ともバトルしたいな。今度は前回の3倍の力で」

 

「フッ。言ってろ。だがその前に明日、その挑戦を受けてもらうぜ」

 

「“挑戦”じゃなくて、“桃戦”でしょ?」

 

「やめろっ!恥ずかしいから、もう言うなっ!……用件は以上だ。邪魔したな。クッキーもらってくぞ」

 

 差し出されていた袋から1つだけ摘むと、「じゃーな」のひと言を添えて城ヶ崎は背を向けた。そんな彼を、ほのかは立ち上がって呼び止めた。

 

「待って!」

 

「なんだよ」

 

「アマノガワ河川敷ってどこ?」

 

「うっ……。知らねーのかよ」

 

「うん。ボクこの辺の土地勘ないし」

 

「ググれよ、それくらい」

 

「え~。携帯の地図見るの苦手。君、案内してよ」

 

「なんでじゃ!」

 

「じゃないと、決闘受けられないし」

 

「ああっ、もうっ!わかった!じゃあ当日案内人よこすから、それでいいだろ?」

 

「うん、いいよ。待ち合わせは?」

 

「じゃあ、校門に4時」

 

「OK。わかった♪ありあとう」

 

「遅れるなよ。じゃーな」

 

 踵を返し、城ヶ崎は歩き去った。

 

 ほのかは再び椅子に腰を下ろし、クッキーをつまむ。半分だけ食べ、中のおみくじの紙片を抜いて、書かれた内容に目を通した。

 「度重なる再会は、人生のターニングポイント」。

 

 彼が自分の人生に何か変化をもたらしてくれるのだろうか。ほのかは考えた。クッキーに入れられた紙片に未来を予見する力があるとは思えないが、与えられた言葉の意味を加味せずにはいられない。

 

 城ヶ崎の存在がターニングポイントになるのかそうでないのかは別として、ほのかは彼との“度重なる再会”を拒むつもりはなかった。むしろ、歓迎するくらいだ。

 

 彼は、とても面白い。放つ言葉は良くないが、その人となりに脅威性がない。見栄っ張りなきらいはあるが、いやらしくなく、裏表がないと言ってもいいほど単純で分かりやすい。何より、ガンプラバトルからも滲み出ていた、そのまっすぐな純粋さに、ほのかは好感を抱いていた。

 

 彼からもらった“桃戦状”。それに微笑みをあげつつ、ほのかは次のクッキーをつまんだ。

 

 

 

   ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 その日。家に帰ったほのかを迎えたのは、美味しそうなシチューの香りだった。

 

 日が傾きだし、橙色が混じった日差しが差し込む廊下。その向こうのリビングから漏れる夕飯の匂いは、無意識下にあった空腹感の存在を教えてくれた。普遍的な家庭の安らぎとともに。

 

 少し開いていた扉を、「ただいま」のひと言と共に押す。ダイニングキッチンに立つ父の姿があった。

 

「おかえり、ほのか」

 

 静かな笑顔をにっこりと浮かべ、洗い終わった手をタオルで拭く父。

 

 彼は現在仕事をしていないが、家事をするくらいまで精神は回復していた。最近になって多忙を極めるようになった母親や姉妹に代わり、夕飯を作るのも日常化しつつあった。

 

「今日はシチュー?具はなあに?」

 

「ウィンナー。もうすぐできるよ」

 

 蓋を開き、お玉でかき回す。ブロッコリーや人参を浮かべる白乳色のホワイトシチューが、静かな沸騰音と香ばしい香りを放って、少女の食欲をさらに掻き立てる。

 

「ボクのは3本入れて」

 

「はいはい。あと、まどかが用があるみたいだよ。帰ってきたら部屋までくるようにだって」

 

「うん。わかったー」

 

 父は、背後の食器棚から皿を三枚取り出す。母は仕事の為、今日も遅い。

 

「手伝おうか?」

 

「いいや、大丈夫。それより手洗いとうがい済まして、まどかの所行ってあげなさい」

 

「はーい」

 

 ほのかは、ドアノブに手をかけた。そのままリビングを後にしようとしたとき、振り返った。

 

「ねえ、お父さん……」

 

「ん、何だ?」

 

「……ううん、なんでもない。それじゃ」

 

 一瞬、言おうと思った。自分がガンプラバトルを始めていることを。

 

 喉元まで言葉が出かかったが、すぐに呑み込んだ。今の父に、まだ話すべきではないと判断したからだ。

 

 父は、精神失調の原因は仕事上の問題に他ならないが、そこにガンプラは大きく関わりすぎていた。ガンプラを見たり、関連した話を聞いたりすると、当時の苦しみや悲しみ、未来に対する虚無感などを呼び覚ますきっかけにもなりかねない。だから姉や母も、ガンプラバトルを捨てたのだ。

 

 ほのかは、コマンドデバイザーとフェアリーノーベルを持っていることを両親に黙っていた。

 

 父は、ガンプラバトルに未練を持っているに違いない。ほのかは思っていた。

 30年も付き合い、人生に多くの実りを与えてくれた存在を、そんな簡単に忘れられるはずがない。ただ今は、起こってしまった悲劇故に、残留する未練と向き合うことができないだけなのだ。いつか、父が自分の本当の気持ちと向き合えるようになったとき、戻れるきっかけを与えたい。そう願って、ほのかはバトルを続けている。

 

 

 二階に上がり、自分の部屋に鞄を投げ込んだ後、ほのかは姉の部屋をノックした。

 

「まどか。ただいま」

 

 ドアを開けたとき、青い球体が彼女に向かって飛んできた。反射神経の良いほのかは、瞬時にそれをキャッチ。受け止められたそれは、ゴマ粒のような目を光らせ、羽状の耳を羽ばたかせる。

 

〈ハロ、ゲンキ!ハロ、フッカツ!〉

 

 ミコトから預かっていた、ハロである。

 

「直ったぞ。ソイツ」

 

 妹にそれを投げつけた姉は、回転椅子に腰と脚を乗っけてコーラをラッパ飲みしていた。

 スタンドライトの光。室内灯はついておらず、カーテンも閉め切られていたので、それが唯一の光だ。そんな部屋で、タンクトップ・短パン姿で飲料を貪り飲む彼女は、まるで不健康なヴァンパイアの様だ。

 

「ありがとう。ところで、部屋の明かりつけたら?」

 

「嫌だ。暗いところにいると落ち着くんだ。私は」

 

「コーラばっかりのんでたら太るよ」

 

「父さんが言っていた。“太ることも、痩せることも気にしなくていい。お前の体重は、お前が好きなものを食べた結果であればそれで十分だ”と」

 

「それで骨まで溶かされたら十分とは言えないと思うけど?」

 

「確かに、歯や骨の成分であるカルシウムやマグネシウムは、コーラにも含まれている酸味料に溶ける性質を持っているが、飲み物であるコーラが直接骨にふれることはない。ふれるのはせいぜい歯くらいだが、浸す訳じゃないから大丈夫さ。コーラを飲んだら骨が溶けるっていう噂は、完全なデマカセだよ」

 

「でも、そのうち飲み過ぎでフラ●キーになったりして」

 

「そのときは、麦わら船長に頼んで海賊に入れてもらうまでだ。考古学者救出に手を貸して、ちょちょいと新しい船を製造すれば、入団資格は得られるだろ」

 

「そのときは、そ●キングのサインもらっておいて。それじゃあね」

 

「あいよ」

 

 無意味な漫画談義を切り上げて、未来の鉄人将軍の住む吸血鬼部屋を後にするほのか。

 

 自分の部屋に戻った彼女は、ハロを机に置きスマートフォンを取り出した。コミュニケーションアプリを開きつつ靴下を脱ぎ捨て、ロフトベットの階段を上る。

 布団の上に身体を横にすると、ハロが直った旨を打った文章をミコトに送る。

 

 

 既読のサインはすぐについたが、返事が返ってきたのは30分も過ぎた後からだった。

 

 

 

   ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 


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