ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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02話-04「モビルアシスト・アドバンテージ」

≪④≫

 

 

 頽廃した未来都市。ジオン軍の度重なる空襲によって廃墟となったその街には、一年戦争の激しさを物語る傷跡が残る。

 荒れ果てた摩天楼の頂点に着地したガンキャノン。それをコマンドデバイザーで操る仲吉カイは、目前の見慣れぬガンプラに、目を丸くする。

 

「げっ、なんじゃありゃ!?」

 

 降り立った地点から、幾つものビルを挟んだ向こう。ネオ・エンパイアステートビルの破壊された電波塔跡に、その機体は佇んでいた。

 

 青のカラーリングに、鋭利なフォルム。駿馬に似た脚はその機体に優美な印象を付加し、右手の120mmライフルと左手袖のハサミ状の武器が脅威を彩る。左脇には黒金色のバトルアックス。騎士を思わせる、勇壮な風格を持ったモビルスーツだ。

 

「じぇっじぇっじぇ。これこそ俺様のガンプラ、シュヴァルベ・グレイズだじぇ!」

 

 線状のセンサーアイが、薄暗い曇天の空の中で光り、ガンキャノンを見下ろす。心理的圧力が、無音の風に乗って、ガンキャノンを通してカイを僅かに尻込みさせる。

 

 対峙する様を粒子ドームの外で見ていたハヤトが、傍らの姉に尋ねた。

 

「姉ちゃん。あれ何のガンプラ?」

「えっと……たしか……」

「EB-05s シュヴァルベ・グレイズ。2015年から放送された『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』にするモビルスーツです」

 

 失念していた理穂に変わって答えたのは、眼帯で右目を隠した面長の男性だった。

 

「マ、店長(マスター)!?」

 

 突然のG-MAX店長の出現に、思わず声を上げてしまう理穂。力み過ぎて、右手に持っていた紙パックから、オレンジジュースが噴き出す。

 

「もしよろしければ、あの機体について解説させていただきましょう」

 

 曲がったストローを銜え、リンゴジュースを一口飲む店長。エプロンを身に纏い、左手には大量の雑草が詰まったゴミ袋の口が握られている。

 

「……なんでここに?同じ班じゃないですよね?」

 

 手にこぼれたジュースをハンカチで吹きながら、理穂は訊く。店長は質問を意に介せず、解説を始める。

 

「あのガンプラ――シュヴァルベ・グレイズは、劇中の治安維持組織“ギャラルホルン”の最新鋭主力MS“グレイズ”を指揮官用にカスタム機体です。惑星間航行艦の技術を用いた高出力フライトユニットによって実現した飛行能力が最大の強みで、高い機動力を誇る高性能MSでもあります。しかし癖も多く、使いこなすには高度な技術が求められます。“世界レベルの山田”は、そんな機体を果たして使いこなせることができるのでしょうか。どうやら、今回のガンプラバトルも見どころ満載のようです」

 

 

「……もしかして、ガンプラバトルが始まる度に解説に現れるんですか?」

 

 

 ニューヤーク上空に、勝負開始3秒前を示す7つのアルファベットが出現する。

 

 〈Standby(スタンバイ)――……3!――……2!――……1!GO!!〉

 

 次の瞬間、ガンキャノンのバイザー型カメラが映し出す広い視界から、敵の姿が消失した。

 

 カイは瞬時に首の向きを操作して、シュヴァルベ・グレイズを再度捉える。高層ビルの林を、縫うようにして低空飛行していたのだ。幾つものバーニアを駆使して器用に、かつ、素早く距離を縮めていくその動きは、超凡なものを感じさせる。

 

「先手はもらうじぇ!」

 

 間合いを詰めた山田は、摩天楼の森林から畝雲の空に跳び出させる。ガンキャノンの頭上を取った刹那、ライフルから3発の光軸を放つ。

 

 ガンキャノンは臀部を引く様にして、背後に跳ぶ。自らの身をニューヤークの地面に落とすことで、ビームを回避したのだ。

 

「グレイズだか、カレーライスだか知らないけど、こういうのって慌てた方が負けなのよね」

 

 背部のブースターで落下速度を和らげる。コンクリートの地面に両足をつくと、両肩の240mm低反動キャノン砲を瞬時に放つ。標的は、さっきまで自分が乗っていた高層ビルだ。

 

 中間層に着弾。爆砕されたビルは、轟音と共に自らの頭先を都市の床にぶちまけた。土煙と粉塵が、荒廃した街の道路を瞬く間に呑み込んでいく。

 

 全ての摩天楼の根元が、灰色の闇に隠された。

 

「なんのつもりじぇ?」

「こういうことさ!」

 

 土煙を穿ち、2つの砲弾が空中に停留するシュヴァルベ目掛けて飛び出てきた。

 

「じぇ!?」

 

 反射的に、躱す。しかし、続けて複数の砲弾が彼に迫った。土煙に姿を紛らせたガンキャノンが、奇襲を仕掛けて来たのだ。

 

 機体の高機動性能を活かしてなんとか全ての攻撃を避ける山田。間髪入れず、ビームライフルで反撃を仕掛ける。

 しかし、粉塵の霧が照準を阻んでいるため、当てられようもない。

 

 さらに、砲撃が放たれた。先刻と違う方角からだ。

 

「じぇじぇ!?」

 

 回避。

 

 全ての砲弾を躱し切った刹那、一筋の閃光が冷たい空を貫き、シュヴァルベの片足を掠めた。ガンキャノンが右手に携帯していた、長距離狙撃用ビームライフルだ。

 

 

「上手いな。カイ」

 

 観戦していた城ヶ崎が呟く。彼はもう、もらったジュースを飲み乾していた。底に残る一滴でも吸いあげようと、ストローで紙パックを膨らませたり、萎ませたりしている。

 

「まぁ、昔から器用な子だったから」

 

 カイは、ガンキャノンの扱いをよく心得ている。状況に応じたキャノン砲の様々な使い方、間合い調節のためのフィールドエフェクトの利用、馬力を活かした肉弾戦。状況や先も読めていて、その戦い方には慧敏さすら感じられる。

 最近その腕前は、城ヶ崎の実力に肉薄している位だった(それを察知してか、城ヶ崎は最近カイと戦うのを避けている)。

 

「てか、押されてるじゃん。世界レベルの山田」

 

「フッ。山田はこんなんじゃ簡単にやられねーよ。見てな」

 

 

 幾多の砲弾とビームに追われたシュヴァルベ。虚空の中で、地上への警戒を止められずにいた。土煙は晴れつつあるが、敵の姿を完全に見失った。

 

「ちっ、空中じゃ分が悪いじぇ!地表におりるじぇ!」

 

 ドーム前のメインストリートに、その樋爪のような足をつく。

 

 視界は良好とは言えないが、うっすら見える。目の前には、ジオンの空襲によってできたであろう巨大なクレーター。その対岸で、小さな光が煌いた。

 

「かかったなっ!喰らえ!」

 

 次の瞬間、目いっぱいの砲弾と閃光がシュヴァルベ・グレイズを襲う。右と左を建物で挟まれていた彼に、回避ルートは限られていた。

 しかし、山田は自らの機体を宙返りさせ、それらを回避。さらに、空気を蹴るようにしてクレーターの向こうのガンキャノンに迫る。

 

 さらなる射撃の嵐が、彼を出迎えたが、意に介さない。

 

「なめるなっ!世界レベールの俺様に、そんな砲撃は当たらんじぇ!!」

 

 ガンキャノンに近接武器はない。接近戦の方が有利と踏んだ自称世界レベルは、ライフルを捨て、左脇のバトルアックスを機体に持たせた。

 

「げっ、狙ってやがる!」

 

 近接距離。もはや、ビームライフルもキャノン砲も使えないハズだ。上方から迫るグレイズは、手斧を振り上げる。

 

「もらうじぇーー!!」

「なんてな!」

 

 黒金色の刃が落ちる瞬間、ガンキャノンは自らの足元に向かって砲弾を放つ。すると、発射の反動でその身体は大きく後ろに飛ばされた。

 

「じぇじぇじぇ!?」

 

 突然の相手の奇策に、驚嘆する山田。バトルアックスの刃は空を切る。

 

 一方、ドームの屋根に足をついたガンキャノンはそのままキャノン砲を再び見舞う。両肩2発同時に。

 

 攻撃モーションで回避行動に遅れてしまったグレイズは被弾。破裂した砲弾に吹き飛ばされ、クレーターに落とされる。

 

「へっ!俺にだってこれくらいは!」

 

 カイは、ガンキャノンをクレーターの淵まで走らせる。追撃を仕掛けるためだ。敵は、クレーターの中央で立ち上がろうとしてまごついている。

 それを好機と踏んだカイは、傍らにあった瓦礫の塊をガンキャノンに持ち上げさせる。

 

「フォゥーーー!!」

 

 巨大な残骸を投擲した。近接武器を持たないが、射撃・装甲に並んでガンキャノンには馬力も定評があった。オブジェクト投げは、そんな力自慢のガンキャノンならではの芸当である。

 

「まだまだぁ!!」

 

 間一髪で立ち上がったシュヴァルベ・グレイズは咄嗟に宙返り。下敷きになるのをなんとか回避した。

 

「甘いよ!」

「じぇ!?」 

 

 しかし、跳んだ先には拳を握ったガンキャノンが迫る。

 

 一発の拳打。さらに総重量の全てを込めた踵落としが炸裂。

 

「じぇじぇーー!!」

 

 抉るように、グレイズの身体が螺旋を描いてクレーターに叩き落とされる。大ダメージは必至だ。

 

 渾身の格闘攻撃をきめたガンキャノンは地面に着地。その様はどこか、誇らしげだった。土煙は完全に晴れている。

 

「何が世界レベルだよ。大したことないじゃん。え?進」

 

 勝利を確信した小学生3年生は、傍観していた姉の幼馴染に嘲笑を贈る。城ヶ崎はしつこく口にしていたストローを取り外し、言葉を返す。

 

「フッ。油断するな、カイ。山田の本領はここからだ」

 

「その通りだじぇ!」

 

 刹那、クレーターの底から何かが、ガンキャノンに放たれた。シュヴァル・ベグレイズの左腕についていたハサミ状の有線武器―――ワイヤークローである。

 藪から突出した蛇の如く飛ばされたそれは、右肩のキャノン砲を瞬時に捉えた。その力で砲身を挟み破壊する。

 

「な、何!?」

 

 さらに、高速移動で距離を詰める。そしてバトルアックスの一閃。ガンキャノンの身体を切り裂き抉ると同時に、叩き飛ばした。

 

「ちくしょー、油断したぜ」

 

 大打撃を受けたガンキャノンはすぐには立ち上がれない。

 

 半壊したニューヤークドームの目前で寝そべる相手に、シュヴァルベ・グレイズはゆっくりと歩み寄る。

 

「じぇーじぇっじぇっ。もう遊びは終りじぇ。ここから俺様の本領を見せてやるじぇ」

 

 コントローラーをコマンドデバイザー本体のホルダーに差す山田。持参していたガンプラケースを開き、2体のガンプラを取り出す。

 

「いけ、ワラビーども!目にもの見せてやるじぇ!」

「なっ!?」

 

 その2体のガンプラを粒子ドームに投げ込む。

 

 〈乱入ペナルティ!70%!〉 〈乱入ペナルティ!70%!〉

 

 青白い粒子の壁を通過したそれは二秒間、稲妻の洗礼を受ける。

 解放されると、脚部のバーニアを噴射させて、シュヴァルベの背後に降り立った。

 

 特徴的な三つ目の頭部に、茶色の体色。背中にはドラム缶のようなバックパック。上半身は普遍的なMSなのに、両脚が極端に太いため、そのシェルエットを異常に大型化させている。その機体の特徴の一つである、ホバリング専用スラスターだ。

 『機動新世紀ガンダムX』に登場するMS、DHMファイヤーワラビーだ。

 

 敵の増援を目前にしたカイは、なんとか自らのガンプラを立たせることに成功させる。

 

「アイツのガンプラが増えた!何あれ!?」

 

 彼の弟は、驚きを隠せない。

 

 戸惑うハヤトに、店長が再び解説を始める。

 

 コマンドデバイザーを使ったスタンディングバトルの場合には、旧式のバトルシステムにない新ルールが追加されたのだ。

 

 それが“モビルアシスティング・ルール”―――通称“乱入制度”。

 

 バトル開始後に互いのファイター、及び、部外者がガンプラをフィールドに投げ込むことで、投入させたガンプラを戦いに参加させることができる。

 この制度を利用することで、複数のファイターがバトルに参加するのはもちろん、1人のファイターが複数の機体を同時に参戦させることも可能となる。

 

 例えば、試合開始後4体のガンプラを投入すれば、最初から使用していた1体と合わせて合計5体のガンプラで敵と戦うことができるのだ。

 

「じゃあ、100体ガンプラを投げ込んだら、100体の機体で敵と戦えるってこと?」

「100体は無理ですが、同時使用制限数である12体まででしたら可能ですよ」

 

「じゃあ、いっぱいガンプラを持っている方が有利なの?」

「フッ。そうとは限らねえぜ、ハヤト。」

 

「城ヶ崎君のおっしゃる通り。バトル開始後に乱入したガンプラは、ペナルティとして最大耐久値の70%を参戦時に失います。それに、1基のコマンドデバイザーで操作できる機体は1機まで。1人が複数の機体を扱う場合、操作している1機以外はすべてCPU操作に委ねることになります」

 

「つまり、戦闘補助位しかできないザコになるってわけだ」

 

 二人の説明を補助するように、理穂が質問を投げ掛ける。

 

「それに確か、敵のガンプラを撃墜したら、そのバトルの間だけ性能が上がるのよね?」

「ええ。1体撃墜につき3%能力が上昇、最大150%まで性能が上がります」

 

「それってどういうこと?姉ちゃん」

「あんたのガンタンクが1回のバトル中に27体撃墜したら、νガンダムより強くなるってことよ」

 

「逆に、味方が撃墜されると能力が2%減少。最低で、通常値の80%まで能力がダウンしてしまいます」

 

「あ。じゃあ味方にザコが多かったら……」

「相手を強化させて、自分を弱体化させる原因にもなりかねないってこと」

「つまり、機体を沢山投入すればいいってもんじゃないってことだ」

 

 

 カイは、ガンキャノンを大きく後退させる。半壊したドームを飛び越え、出来るだけ障害物の多いエリアに逃げ込んだ。

 

「こうなったら、もう一回オブジェクトを利用して……」

 

「無駄だじぇ!地上戦において、ホバースラスターを装備したファイヤーワラビーの方に分があるじぇ!」

 

 シュヴァルベは、持っていた手斧でファイヤーワラビー達に突撃を命じた。

 CPU操作の機体達は、スラスターを吹かせ、滑るようにコンクリートの上を駆ける。

 

 ニューヤークドームを左右に迂回し、ガンキャノンが身を潜めるエリアに迫る。

 

 その素早さに、カイは奇策を展開する隙を完全に喪失してしまっていた。

 やむを得ず、1門しかない低反動キャノン砲で試みる。ライフルは、瓦礫投擲の際に手放していた。

 

「くそ!捉えられねぇ!」

 

 山田のいう通り、ファイヤーワラビーの方に地の利があった。ホバリング装備の機体は、浮遊力や飛行能力に乏しいが、左右移動にはかなり優秀だ。

 

 放った砲弾が敵を捉えることなく、ガンキャノンは敵の迫撃を許してしまう。

 

 ビームサーベル。2体からそれぞれ一撃ずつ。両腕を奪われる。

 

 もはや戦闘不能目前の赤い砲撃手に、さらにファイヤーワラビーはさらなる追撃を加える。

 火炎放射。ホバリングと並ぶ、本機体のもう1つの特徴といえる武器だ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!」

 

 猛る業火が、ガンキャノンを襲う。装甲が焼かれ、間接が燃やされ、内部が熱される様が、プラフスキー粒子によってより忠実に再現される。

 

「トドメだじぇ!!」

 

 バーニアの残光で曇天に線を描くように、空を駆け抜けてくるシュヴァルベ。

 

 焼灼されきった相手に、最後の斬撃を報いた。

 

 バトルアックスのひと振りと共に、最後の耐久値を失ったガンキャノン。同時に、ニューヤークを舞台とした異作品のMS同士の戦いは終幕を迎えた。

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 


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