ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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02話-03「その名は“城ヶ崎フォース”」

≪③≫

 

 

 オーブントースターが鳴った。

 

 開くと、中からこんがり焼けた春キャベツと新玉ねぎの香しい香りが溢れ出す。

 2枚のそれを、あらかじめアスパラを添えたそれぞれの皿にうつすと、仕上げの乾燥パセリを振りかけた。理穂特製、春野菜をつかったチーズトーストだ。

 既に出来ていた、セロリと人参のコンソメスープをよそう。牛乳と2杯のコップを出すと、理穂は2人を呼んだ。

 

「カイ!ハヤト!朝ごはんできたわよ」

「はーい」

 

 気の抜けた返事を返したのはハヤト。カイは返事すらせず、椅子に腰を下ろす。

 

 たとえ姉が彼らより早く起床して、季節感満載の手作り料理を用意していても、弟たちの意識はテレビの向こうの特撮ヒーローに奪われていた。トーストにもスープにも目をくれず、無名の新人俳優の変身シーンに釘付けになっている。

 

 マンション“コアティ星見”の702号室。

 日曜朝8時。仲吉家のいつもの風景だが、弟達の態度にはいつも微弱な不満を感じずにはいられない。姉とは損な役割だ。理穂はいつも悟っていた。

 

 母親は仕事で、早朝に出て行ってしまった。ほとんど毎日そうなので、弟達の食事を準備するのは理穂の役割だった。

 

 父親は5年前に急死した。大手企業のエンジニアで、出張先の東南アジアで強盗に遭い、殺されてしまったのだ。当時、理穂は小学5年生。カイは保育園、ハヤトに至っては世に生をうけて2年も経っていない。

 幸い、母には手に職があり、2種類の生命保険も滞りなく下りたので、経済的に不自由することはなかった。小さい弟達がいたが、同じマンションの707号室の一家が子育てに協力してくれたので、深刻な問題に直面することなく今日ま平穏な日々を過ごすことができたのだ。

 

「カイ、ハヤト。テレビばっか観てないで準備しなさいよ。今日は町内清掃活動の日なんだから」

 

 自分の分のトーストを焼き始める理穂。時間を持て余す必要なんてないので、出来上がるまでの間使った調理器具を洗う。

 

「うん」 

「大丈夫だろ。始まるの9時だし。観終ってからでも十分間に合うよ」

 

 2ヶ月に1回、町内会で定められた清掃当番が仲吉家の所属する班にまわってくる。無縁社会の風潮に紛れてサボることもできなくはないが、世話になっている707号室のおばさんが町内会役員のため、無視できなかった。良心の呵責に耐えられるほど理穂は図太くないし、何より近所からの体裁を悪くしたくない。

 

 洗い物を終えた。

 トーストが出来上がると、理穂はスープを持って席につく。弟達が熱中する特撮番組に、彼女も目をやった。

 

 弟達の影響で、こういった番組を観る機会に恵まれた理穂。彼女の目から見ても、最近の特撮ヒーローには圧巻させられるものがある。物語の内容、キャラクターの人間性、変身シーンの耳に残る軽妙な音楽など。とりわけ、戦闘のアクションは海外の映画と一風違った、シンプルな緊張感がある。

 

 仮面のヒーローと怪人のバトルアクションを観て、理穂の頭の中で何かが引っかかった。

 

 先週も弟達とこの番組を観た。そのとき、自分は些細な事に気が付いたのだ。それが何だったのか、忘れてしまった。ただ、それほど大切な事ではないということだけは覚えている。

 

 思い出せないことは不快だった。しかし気にせず、彼女はスープと一緒に、それを喉の奥に流し込んだ。

 

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 ゲートボール場沿いの桜並木。

 

 人が集まっていた。ある婦人はトングとゴミ袋を手に持ち、ある初老男性は電動草刈機を調整している。ここと道の向かいにある川の土手が、今日自分達の班が掃除する場所だ。

 

 殆ど散った無数の花びら。黒土に同化されつつあるその様は、4月も後半に差し掛かったことを暗示しているようだった。

 

 姉が用意した軍手をはめてやって来た2人の弟は当然、やる気の欠片すら持ち合わせていなかった。

 

「ったく、なんで日曜の朝から桜並木の掃除なんてしなきゃならないんだよ。え?姉ちゃん」

「つべこべ言わない。1時間だけなんだからいいでしょーが」

「僕も、ガンプラバトルがしたいなぁ」

「終わってからすればいいでしょーが。見なさい、同じ班の人みんな真面目に掃除始めてるわよ」

 

 冬真っ只中だった前回に比べたら何万倍も楽なはずだが、それでも強制参加させられているという意識は、小学生男児の気力を最大まで白けさせていた。

 

 そんな仲吉姉弟に声を掛けたのは、707号室のおばさんだった。

 

「あらぁ~、リボンちゃん。それに、カイ君ハヤト君。来てくれたのね」

 

 張った肢体に、出尻、鳩胸、アンコウ腹。化粧を一切纏わないその顔は、濃いシミが目立つ。その姿はまさに、美への執着を過去世界に忘れてきた中年女性(おばさん)。しかし、その親しみ易い笑顔と可愛らしい仕草は、どこか対峙する者に安らぎを与える。声はアニメ声優のようで、年齢よりもかなり若く、というより、幼く聞こえる。

 名前は、城ヶ崎光江。

 

「おはようございます、おばさん」

「「おはようございます」」

「おはよう。終わったらジュース用意してるから、頑張ってね」

 

 可憐な動作と微笑みで激励を送る光江だったが、カイは不満そうな表情を解かない。

 

「紙パックのフルーツジュース1本で人の休日奪おうなんて、随分人使い荒いじゃないか」

 

 刹那、彼の足に姉の足裏が雷の如く叩き落とされる。

 

「痛ぁッ!」

「……あはは。頑張らせていただきます」

 

 上の弟の足を踏みつけても、理穂は愛想笑いを崩さなかった。一方、小学一年生のハヤトは光江に尋ねる。

 

「おばさん、進は来てるの?」

「進ちゃんなら、あっちで……」

 

 光江は息子のいる方角に一瞥やった。

 

「いけよッ!!ファングッ!!」

 

 ゲートボール場の一角で展開されているプラフスキー粒子のドーム。コマンドデバイザーのコントローラーを片手に持った彼が、そこにいた

 

「ガンプラバトルをしてるわ」

 

 一瞬にして距離を詰める理穂。

 

「今だ!!必殺の城ヶ崎バース……ぐはッ!」

 

 月刊ホビージ●パン5月号が、そのエアリーヘアに叩きつけられた。

 突然の奇襲に、バトルを放り出して、城ヶ崎は振り返る。

 

「何しやがる!」

「アンタこそ何してんのよッ!町内会役員の息子でしょうが!掃除しなさい、掃除をッ!!」

 

「進、スローネ直ったんだね」

 

 急に飛んで行った姉のもとに、ハヤトとカイも歩きついてくる。

 バトルを中断。コントローラーをしまい、城ヶ崎は自らのガンプラを手に持つ。

 

「まぁな。修復まで一週間もかかりやがった。くそう、あのノーベル女め」

「いい気味よ」

「修復記念にこの俺様とバトルしていたんだじぇ」

「てか誰よ、アンタ」

 

 城ヶ崎の対戦相手である。

 

 短身で、髪は癖が強くまとまりに欠ける。目は垂れていて、鼻は小さい。そして特徴的な口から突き出た二本の前歯。チンチクリンのネズミ小僧といった風貌だ。

 

「フッ、コイツを紹介する前にこれを見ろ。リボン」

 

 城ヶ崎は、自らのスマートフォンを取り出し、幼馴染である彼女にみせる。

 そのディスプレイには、ソーシャルゲームのデジタル画が表示されていた。桜並木を走る電車の車内で、デジカメを回す茶髪の美少女。左上にはハートにURと書かれている。

 

「小泉●陽ちゃんじゃない。ラブ●イブの。これがどうしたの?」

「間違えた!これは俺の宝物だった」

「アンタらしい好みね」

「見せたいのはこれだ、これ」

 

 改めて見せられたのは、コミュニケーションアプリのトーク画面だった。空色の画面を背景に、吹き出しがかなり陳列されている。

 

「L●NEじゃない。どのみち意味わかんないわよ」

「見るのはこのグループだ。左上の数字に注目」

「参加人数49人!?」

「そう、俺が星見市中から集めた48人のガンプラファイター達。その名も“城ヶ崎フォース”!!」

「A●B!?A●Bなの!?」

「そして俺様はそのA●B……もとい、城ヶ崎フォースのナンバー33!山田コージ様だじぇ!」

 

 

「で?それが何なのよ?ガンプラファイター仲間が多いことを自慢したかっただけ?」

「フッ。先週の戦闘で俺は、不調だったとはいえ、あのノーベル女に煮え湯を呑まされた」

「絶好調だったのにね」

「この屈辱は必ず果たす」

「へぇ、リベンジマッチでも仕掛けるの?」

「フッ。俺が何の策もなく突っ込む奴に見えるのか?リボン」

「そうじゃなかったら、ただの清掃活動サボってるバカ」

 

「俺を慕う城ヶ崎フォースの仲間たちと奴を戦わせて、あのノーベル女の力量を計るのさ。そして、その戦闘能力を分析する。そう、ガ●ツ星人のようにな」

「アイツ結局、ウル●ラセブンに負けたじゃない。で?そこの山田君はさしずめ、怪獣●ロンという名の当て馬?」

「じぇーじぇっじぇっ。それは違うじぇ」

「それ何弁?」

「メンバー48人にとっても、進の仇は自分達の仇!スローネタイラントの無念は俺様達が晴らすじぇ!」

「必要なの!?それ!言っとくけど、コイツがただ後先考えずに突っ込んで負けただけだからね!?仇討つほどの価値ないからね、コイツには!」

 

 するとカイが、理穂の隣から尋ねた。

 

「で、強いの?ソイツ」

「フッ。コイツのことを人はこう呼ぶ。“世界レベルの山田”と」

「世界レベル?ってことは世界大会出場者?」

 

 ハヤトからの質問に、山田は答えた。

 

「じぇっじぇ。全国地区大会は2回戦敗退だじぇ」

「ダメじゃんッ!なんで世界レベルなんて呼ばれてるの!?」

 

 理穂のツッコミが再び炸裂。

 

「フッ。世界大会出場とか、全国大会優勝なんて肩書、所詮は飾りだ」

「一般人にはそれがわからないんだじぇ」

 

「いや、実力の証明ができてないじゃない!」

 

「あっ。もしかして、ビルダーとしては世界レベルだけど、ファイターとしては弱いとか?」

「いや。全メンバーのガンプラを制作したのはナンバー05だ。山田はまったく作らない」

「俺様が世界レベルと呼ばれる所以は、その華麗な操縦技術からだじぇ」

「地区大会2回戦敗退なのに!?」

 

「フッ。それが山田の恐ろしいところだ。世界大会にも出たことないのに、世界レベルの操縦技術を持っていると周囲に思わせる」

「ただのホラ吹きじゃない!何!?アンタのフォーティーエイトってそんな奴らばっかり!?」

「大体がこいつと同じ水準だ」

「ただのザコ集団じゃない!」

 

「ちょっと待てよ。ザコとは失礼だろ」

「そうだじぇ。俺様の華麗なるガンプラバトルを見たこともないくせに」

「ま、まぁ……そうだけど」

 

「じゃあさ、本当に強いか俺が確かめるよ。姉ちゃん」

「は!?」

「実は持ってきてるのよね。コマンドデバイザーとガンキャノン」

「ちょ、カイ!掃除は!?」

「さすがは俺の弟分だ。用意がいい」

「コラ!人の弟を勝手に弟分にすなッ!」

「じぇっじぇっじぇ。いいだろう。世界レベールの俺様の実力、とくと見るじぇ」

「ああ、もう!」

 

 頭を掻く理穂。

 

「やるのはいいけど、まず掃除終わらせなさいよ?」

 

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 清掃活動は終わり、参加した人々は雑談にふける。

 

 城ヶ崎がバトルしていた所と同じゲートボール場の一角で、カイと山田は対峙する。それぞれの腕には持参したコマンドデバイザー。

 2人の対決を、理穂達3人は町内会からもらったジュースを片手に観戦する。

 

「それじゃ、準備はいいかじぇ?」

「よろしくも、よろしくもないんだろ?いつでもいいよー」

「いくじぇ!粒子発生装置発動っ!!」

「発動!」

 

 地面にセットしていた、プラフスキー粒子発生装置。そこから、青白い粒子が散布される。その光の粒子たちは、やがて、カマクラ状のドームを形成し、両者の間にバトルフィールドを形成した。

 

 フィールドは、廃墟と化したニューヤーク市街。アニメ『機動戦士ガンダム』の初期に登場した場所を再現したフィールドだ。曇天の空の下、戦火と粉塵に彩られた高層ビル街は、世紀末を思わせる。

 

「それじゃ、いくじぇ!ガンプラバトルッ!!」

「レディィィィィ、ゴォッ!!」

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 


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