ガンダムビルドファイターズ Evolution   作:さざなみイルカ

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 レンガの遊歩道。坂道を下りながら、左に見える景色を眺めた。爽快な青空と紺碧の海に、オレンジ色のレンガ屋根が映え、整然と配置された街路や建造物の美しさをより引き立てている。
 不意に、風が吹く。海からやって来た潮風が、アクアの長髪を優しく靡かせる。太陽の日差しは、その翡翠色の瞳に映る世界を一層輝かせてみせた。

 大衆紙を販売している店は、その遊歩道の途中にあった。店内をのぞき込んだとき、彼女の鼻孔をあるかなしかの微かな臭気が刺激する。新聞紙とインクが混じり合った、特有の匂いだ。

 毛深い大柄の男性が、活版印刷機を使って作業していた。彼がレバーを引くと共に、大きな駆動音が店に響く。律動的なその動作は、まるで彼自身も印刷機と同化している様だ。

 フィリオの姿は、ここにはない。

 男性に訊こうと思ったが、躊躇った。仕事中の大人に声を掛けていいものか、アクアは悩んだのだ。

 すると、「失礼」のひと言と共に、ハンチング帽を被った小柄な初老男性が、アクアと入口の間に割り込んできた。
 初老男性はポケットから数枚の貨幣を取り出し、近くの机の上に置く。そして、その傍で積み上げられていた新聞を1部、抜き取った。

「新聞もらっていくよ」

 そういって、初老男性は歩き去っていった。

 作業がひと段落ついたのか、大柄の男性は手を止め。入口の方に歩いてきた。さっきの客が置いていった代金を取りに来たのだ。

「ん?お嬢ちゃん、新聞が欲しいのかい?」

 入り口で立ち尽くすアクアを見て、男性は言った。色黒で、鼻の上に髭がある。

「いえ、その……フィリオって人に……」
「ああ、フィリオか。アイツなら今、繁華街のほうに出てるぞ。そうだな、時間的にもうすぐ戻るな。アイツに何か用かい?」
「えっと、彼にお礼を言いたくて……」
「ああ。お嬢ちゃんか。スラムで海賊に襲われていた女の子ってのは。二階にアイツの部屋があるから、そこで待っているといい」

 男性はそう言ってアクアを二階に続く階段に案内した。|


 ~ 『水の国のアクアと嘘つき少年』 第一章「港町アネスタ」より ~


02話-02「孤独の情景」

 

≪②≫

 

 

 この日、雲の流れる青空に忘却されかかっていた冬が突然再来していた。まるで、4月半ばに差し掛かったこの地に何か忘れ物をしたかのように。

 寒気の唐突な再訪問に、油断して防寒対策を家に忘れて登校してきた生徒たちは静かに困惑した。

 

 昼過ぎになって、日差しが増しても寒気は空に居座り、学食前に陳列する自動販売機の暖かい飲み物たちは、久々に自分たちの需要を取り戻した。

 

 昼休みの教室は、クラス内外の生徒でごった返し、騒がしい喋り声と各々が持参した昼食の入り混じった匂いで溢れかえっていた。所属する1年D組内に昼食を共にする友人を持たないミコトは耐えられず、弁当を持って教室を後にした。

 

 ふと、A組の教室を覗いてみる。状況は、D組と変わらない。彼女の友人がいないことも。

 

 ほのかの姿はなかった。彼女はA組らしいが、昼休みはいつもいない。行方がわからないので、食事を一緒にとることもできない。彼女と出会って4日。先週の土曜日以来、ミコトは彼女に話しかけるタイミングを得ていない。

 

 日曜日に、コミュニケーションアプリで連絡を送ってみたが、返事がなかった。既読のサインは出ていたのだが。

 

 

 南館の二階渡り廊下入り口にある階段に、足を運んだ。人気のないそこで腰を下ろし、膝の上にランチボックスを広げた。

 

 吹き曝しのため、冷ややかな風がブレザーを通して彼女を襲う。

 

 彼女の通う開星高等学校は、去年から老朽化した校舎の建て替えに着工していた。建て替え工事は学期をまたぐ程の大掛かりなものなので、南館、北館、本館の順に段階的に行われる計画だった。そのため、現在工事を終え一新された南館の二階と、着工すらされていない本館の二階には若干の高低差がある。故に、両館二階を繋ぐ渡り廊下の出入り口には階段が設けられているのだ。

 

 

 昼食をとりながら、ミコトは『水の国のアクア』の続きを考えた。

 

 フィリオが住み込みで働く新聞屋を訪れたアクア。店の主人の計らいで、彼の部屋で待つことになる。待っている間、彼女は何をしているのだろうか。何を見て、何を知るのだろうか。

 

 小説やドラマでは、他人の部屋に訪れた場合、大抵その人物の秘密や人となりに纏わる品なんかを見つける。例えば、大事な人と写った写真立てとか。

 

 大事な人……。

 

 そういえば、何故フィリオには家族がいないのだろう。ミコトは思った。

 イメージに基づいてなんとなく設定したことであるが、重要なことでもあった。家庭環境は、その人物のルーツとなる大切な背景。それがない、または、失われたということは、フィリオの人格――“嘘つき”を自称する現在の彼に多大な影響を及ぼしていることに間違いないだろう。

 

 ミコトはサンドイッチを口にしつつ、感性の泉に答えを求めた。

 

 フィリオの母親は彼を産むと同時に死亡。彼は、母親という存在を知らずに育った。

 

 では、父親はどうか。フィリオの性格から、父親の人物像を辿ってみた。

 

 性格は果敢。頭もよく、懐も深い。職業は……そう、探検家。

 持ち前の知恵と勇気で、あの広い広い世界を歩き回り、様々な土地を調査したのだろう。そして家に帰ると、いつも息子に土産話を聞かせる。毎回面白い話を聞かせてくれる父に、フィリオは憧れ、誇りを抱いていたに違いない。

 

 一度火がつくと、あとは紙や油に引火して燃え広がるように、彼女の想像は勢いを増した。

 

 

 しかし、フィリオの父親は海難事故に遭い消息が途絶える。尊敬する父をフィリオはここで失う。しかし、悲劇はここからだ。父は王国公認の探検家だとフィリオに話していたが、それは真っ赤な嘘だった。本当の職業は密猟、違法薬物の採取、果てには人身売買。裏で犯罪行為を生業とする会社に勤めていたのだ。

 

 その事実を幼少のフィリオは信じなかった。頑なに真実を拒んだが、周囲の人間は彼を蔑み、彼と彼の父親を“嘘つき”呼ばわりした。中には、父親が海外に行っていたことすら疑う者もいた。

 

 非難罵倒の中で、フィリオは偽りの父ではなく、真実という存在そのものを恨んだ。それから、である。彼が水からを“嘘つき”と名乗り始めたは。

 彼が虚言を使うのは、真実に対する反抗姿勢。たとえ偽りであっても、自分を愛し、世界に対する夢を与え、人間としての生き方を教えてくれた事実を、真実から守るための切実な抵抗なのだ。

 

 

 昼食を終え、D組の教室に帰るミコト。本館一階の職員室前で、尋ね人の後ろ姿を見かけた。

 

「ゆ、友里さん!」

 

 呼ぶと、彼女は振り返り、その蒼い瞳を見せてくれた。

 

「あっ。ミコトちゃん!チェキ♪」

 

 笑顔で額右からピースを投げるほのか。左手には移動教室で使う教科書や筆記用具を抱えていた。

 

「ごめんね。ハロの修理はまだ時間かかるみたい」

 

 ミコトのもとに駆け寄る。そして、肩を並べて歩き始めた。

 

 ほのかの次の授業が行われる理科室は南館二階。北館にあるD組の教室と真反対に位置する。それでもミコトは、彼女と少しでも話がしたかったので、彼女に付いて歩いた。

 

「そうそう、日曜日連絡返せなくてごめんね。見たんだけど、返すのすっかり忘れちゃって」

「ううん、いいの。気にしないで」

 

 本館を抜け、学食の前を横切る2人。

 

「今日は寒いね」

「うん。そうだね」

 

「この前食べに行ったケーキ美味しかったね」

「うん」

 

「…………」

「…………」

 

 会話が続かない。

 何を話せばいいのか、ミコトにはわからなかったのだ。聞きたい事、知りたい事。沢山あるはずなのに、実際彼女を前にすると、どのように話題を切り出せばいいのか皆目がつかない。

 緊張というのとは少し違う重圧が、彼女の喉を塞いでしまっていた。

 

 南館に差し掛かり、二階に続く階段に足を踏み入れる。

 

 

 そうだ、この間のバトルの感想を話そう。二階に上がったとき、ミコトは意を決した。声帯を絞める恐怖感を押しのけるように声を上げる。

 

「あ、あのっ!友里さ……」

「いたいたっ!ほのかー!」

 

 別の声に、遮られた。理科室の前。そこにいた複数人の女子生徒が、ほのかに話しかけてきたのだ。

 

「どうしたの?」

「ほのかって、課題やって来た?」

「うん。ばっちり」

「お願いっ、写させて!」

「いいよー」

「やった、ありがとう」

「その次あたし!」

「私もー」

「ところで、ほのかアレ読んだ?新しい……」

 

 彼女が女子の輪に取り込まれ、そのまま教室に入っていってしまった。

 取り残されたミコトは、1人廊下で立ち尽くす。教室に入り、他のクラスの女子を遮ってもう一度彼女に話しかける勇気なんて、ある筈もない。

 

 間もなく、予鈴が鳴る。

 

 

 

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 

 

 

 昔から、自分から話を展開するのは得意ではなかった。

 いつも相手から訊かれ、それに受け答えするという形で他人と会話していた。故に、友人関係は乏しく、自己主張は下手なまま。

 

 そんな自分が、ミコトは嫌だった。

 

 アクアのような、勇気や行動力、強さや社交性が欲しい。常々、彼女は思った。

 

 下校時刻。上履きから下足に履き替え、校門に向かう。

 途中、大きな声が運動場から聞こえた。サッカー部の練習だ。体操着の上にゼッケンを着た男子達が、泥だらけになりながらも、ボールを奪い合う。声の主は、後方から支持をだすゴールキーパーだ。

 練習試合か。詳しくはわからないが、彼らは闘志を纏いながらも活き活きしていた。

 

 駐輪場前では、化粧をした派手目の女子達が携帯電話を片手に、雑談で盛り上がっている。止めた自転車をベンチ代わりにして大声で喋る彼女達は決して上品そうではないが、とても楽しそうだ。

 

 

 一方、自分はいつも独り。

 

 校門を過ぎて、ミコトは思った。

 学校の誰もが自分の居場所を見つけては、授業の合間や放課後の時間を仲間たちと満喫している。それなのに、自分は今日も1人、夕暮れの歩道を歩きながら自分の内面だけを見つめていた。

 これから3年間。こんな日々が続くのかと思うと、彼女はひどい息苦しさを感じずにはいられない。

 

 何とかしたい―――。彼女は思う。

 

 

 帰りの電車が来るまで少し時間があったので、駅前の本屋に寄る。

 いつもここで、何か読みたい本や小説のネタに使えるものはないかを探すのが、ミコトの日課になりつつあった。

 

 本棚を眺めつつも、彼女の意識は悩みに囚われたままだった。『皆に好かれる自分になる9つの心得』というタイトルの本が視界に飛び込んできたが、自分の弱みにつけ込まれているような気がしたので手を伸ばす気になれなかった。

 

 しかし、その露骨な表題はミコトに「努力するべきではないか」と苦言を呈しているようでもあった。孤独でいないために、ほのかと楽しく話せるために。

 そのためには、何をするべきなのか。

 

 考えながら、書籍売り場を後にする。すると、今度は併設されたレンタルDVDショップの棚が目に入った。『機動戦士ガンダム』シリーズのDVDが並べられた棚だ。

 

「すごい。ガンダムのアニメってこんなにもあるんだ」

 

 歩み寄り、1枚適当に取り出し眺める。これが、シリーズ初期の作品なのか、あるいは、最近の作品なのか、まったく見当がつかない。

 ほのかはガンプラバトルをする。ガンダムが、好きなのかもしれない。彼女ともっと会話したいのならば、彼女の好きなものを知る必要があるのではないか。『新機動戦記ガンダムW』と題された、そのパッケージを見てミコトは思った。

 

 

 1巻から3巻までを手に取り、レジに持っていった。

 

 

  ◇    ◆    ◇    ◆

 


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