喰霊-廻-   作:しなー

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第4章 泡沫 弾-うたかたはじけ-
第1話 ―戦いの明け―


 

「黄泉」

 

「あれ、凛?まだ集合時間前よ?随分早いじゃない」

 

 気持ちの良い木漏れ日が差す朝8時。木々の間を通り抜けた柔らかな光が、包帯で左腕を吊りながら片腕で座布団を運ぶ少女―――諌山黄泉の姿を照らす。

 

 埼玉にあるとは言え、首都圏からするとありえないサイズの庭。

 

 もうお察しかもしれないが、ここは諌山本邸。諫山奈落が管理する、諌山黄泉と土宮神楽が住んでいる、つまりは黄泉達の家である。

 

 そこに朝8時という、一般にはお邪魔になる時間にお邪魔していた。

 

「手伝えることあるかなと思ってさ。昨日奈落さんに連絡して、俺だけ先に来たんだよね」

 

「そんな。……これは私達の仕事なんだから気にしなくて良いのに」

 

「悪い。お節介が過ぎるかなとは思ったんだけどさ。神楽も家に戻ってるって聞いたし、男手があったほうがいいだろ?」

 

「申し出はありがたいけど……」

 

 最近良く見る、黄泉のなんとも言えない表情。ここ一ヶ月、この表情を黄泉は俺に対してよく見せている。

 

 黄泉の左腕を見やる。包帯で釣られたその腕は、あの時の怪我が今だに完治していないことを如実に示している。

 

―――あの事件から、既に一ヶ月が経過した。

 

 室長候補達を巻き込んでの―――恐らくは三途河に土宮舞がやられた時の戦闘以来の―――超大規模戦闘。

 

 かなりの力を持ったカテゴリーB五体を相手にして大立ち回りを演じたあの戦闘は、規模の割には最小限の被害しか出さず、蓋を開けて見てみれば俺たちの大勝利として幕を閉じた。

 

「封印を破られると餓者髑髏が無限に現れる」ため、その封印を強固にし、解けないようにすることが俺たちの目標だったわけなのだが、それも勿論達成済み。

 

 というより、詳しく調べた所、「あの五体のどれかが"封印された呪物"を取り込むこと」が無限髑髏が現れるための件だったらしく、あの五体を討った以上、もう無限髑髏が発生することはなくなった。

 

 そのため俺たちで封印を解除し、その呪物(ちなみに刀だった)を本部にて解呪し、むしろこちらの得物として取り込んだ……という、思った以上の戦果を上げることにすら成功したのだ。

 

 死傷者も出たが、二人に留まるという大成果。快勝という言葉がまさにふさわしいだろう。

 

 喜ばしい成果で、期せずして大トリを飾った形となった俺は、自分で言うのも何だが、至る所で英雄的扱いを受けた。称賛の嵐というやつである。

 

 正確には神楽もカテゴリーBを討ち取っているし、剣輔もかなりの戦果を上げているわけだし、他の室長候補たちも自分の担当したカテゴリーBはしっかり討ち取っているから戦果としては一緒なのだが、()()()()()()()()()()()()()()()B()()()()()()というのが非常にデカかったのだ。

 

―――あの時からだよな、この顔するようになったの。

 

 眼の前にいる諌山黄泉に意識を戻す。

 

 俺と目線は合わせず、やや下を向きながらバツの悪そうな顔をする黄泉。

 

 あの戦いで負った傷は深く、黄泉は一ヶ月たった今でもまだ刀を握れる状態にはない。

 

 上腕二頭筋が刀でサッパリ切られたのだ。いくら鋭利な切り口で処置も上手くいったとはいえ、一ヶ月程度で完全に治るような怪我でもない。

 

 そのため、黄泉はお勤めではあまり出なくなり、出たとしても後方でのバックアップを担当している。

 

 そして黄泉が抜けたということは、俺達が担当する仕事が増えるということである。

 

 特に俺は黄泉と同格扱いを受けているため、黄泉が担当していたようなやや高難度の仕事を受け持っており、一昔前よりもかなり忙しい状態が続いている。

 

 あの神宮寺室長と二階堂桐ですら「ちょっと休んだほうが……」と言ってくるぐらいには最近忙しい。とは言え俺は頼られるのが好きだし、ハードワークなど今更だ。この程度なんということはない。

 

 だが、

 

「……最近凛に甘えすぎてる気がする。私も、お義父さんも」

 

 ふっと笑みを浮かべてこちらを見る黄泉。

 

 ……思わず護ってやりたくなる儚げな笑み。

 

 この表情を前にして、護ってやると言えない男は、男じゃない。そんな印象をもたせる、折れてしまいそうな表情。

 

 俺だからこそ、黄泉は弱みを見せてくれている。そう考えれば、俺は約得なのかもしれない。こんな表情、紀さん以外の他の人間になんて黄泉は見せないはずだから。

 

―――だからこそ、俺は黄泉にこんな表情を浮かべて貰いたくは無かった。

 

「そんなことないさ。それに、頼られて喜ぶのが男って生き物だよ、黄泉」

 

 この言葉が正解なのか。もしかしたら突き放してやるのが正解だったのか。

 

 俺にそれはわからない。喰霊-零-を見て、黄泉や神楽の心境を推察するなんてことは散々やってきた。物語の主人公として介入して、黄泉達を救う妄想なんて、死ぬほどやってきた。

 

 だが、実際に目の前にすると、何をしたら良いかわからない。わかるのは、やっちゃだめなことぐらいだ。

 

「……」

 

「そんな顔するなって。この前高熱出してる時に見舞いに来てくれた礼だよ、礼」

 

 どんっと胸を張って「流石私の弟分。私が居ない間の留守を埋めてもらおうかしらん?」とか言ってくれれば良いのに、黄泉から返ってくるのは申し訳無さと遠慮、そして負い目だ。

 

 今の心の内を、黄泉は紀さんにも話してない。多分、神楽にもだろう。

 

 強い子だ。気丈に振る舞って隠そうとしているが、その陰を隠しきれていない。

 

 それに気づかないフリは出来ない。何故なら、黄泉は俺がそんなことに気が付かない程鈍いやつだとは思っていないからだ。

 

 けど、あえて無視をする。それを黄泉は望むから。

 

「……まったく強引よね凛は。でもありがとう。それじゃ、これもお願いして良いかしら?」

 

「任せろって」

 

 置いてある座布団を纏めてばばっと拾い上げる。大量だと確かに持ちにくいが、こんなもの鍛えている男子からすればなんの重りにもなりやしない。

 

「凛って見た目より大分パワフルよね」

 

「力仕事は得意だよ」

 

「それでいて頭脳労働も得意なんだから、貴方って結構ずるいわよね。同い年には思えない」

 

「同い年ではないけどね」

 

「そう言えば年下だった」

 

 ケラケラと笑う黄泉。そういう表情の方が、黄泉には似合う。

 

 ちなみに年下とおっしゃいますが、私、貴女の2倍以上は生きてるんですよねぇ。

 

 とは言え俺が前世で黄泉と同じ年齢のときに同じような考え方・立ち振舞い・対応が出来たかと言われれば全くの否なんだけどね。

 

「凛って見た目よりは大人っぽいし」

 

「そりゃ実年齢30超えてるからね、俺。今34歳くらいだよ」

 

「またいつもの適当言って。好きよねその件。そんなに面白くないわよん?」

 

「うわひっでぇ」

 

 俺も笑いながら、この前あった室長候補生達のことも思い出す。

 

 退魔師業界に生きる俺らの周りの子供達って、俺の前世の人間と比べてやたらと精神年齢が高い。あんま認めたくないけど、前世プラス今の経験値で、俺と黄泉達の精神年齢って同じくらいか俺がちょっと上ぐらいになっている気がする。

 

 年相応に子供な部分は当然あるが、彼らは責任に対する覚悟が違う。

 

 実際そこら辺を歩いている大人を捕まえてきて、精神年齢どっちが高いか勝負をしたら、道行く殆どの大人よりも黄泉のほうがよっぽど高いだろう。それだけ黄泉や俺がいる世界は重いのだ。

 

 そのまま、黄泉の手伝いをして、数時間後に行われるとある催しの準備を進める。

 

 数時間後に行われる催し。諫山家で俺が手伝っていることからだいたい察しが付くだろうか。

 

――そう、分家会議である。

 

 

 

 

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『分家会議』

 

 喰霊-零-を見ていた人でこの言葉に聞き覚えがないという人は居ないだろう。

 

 分家会議とは、土宮の分家である諫山や飯綱などの家々が一同に集まり、近々であった重要な事項に関する報告を取りまとめて行う会議であり、不定期で開催されているものである。

 

 そもそも分家とは「土宮を大本とする親戚の集まり」であるため、分家会議をよりざっくり言うと「親戚が集まって近況報告する会のかたっ苦しい版」と考えてもらえれば問題ない。

 

 一応小野寺もだーーーいぶ遠いが、土宮の分家には当たるらしい。つまり俺と神楽は実は親戚なのだ。ほぼ他人と言えるぐらいには血の繋がりは薄いけど。

 

 なので小野寺も一応分家会議には呼ばれている。基本的には当主が一同に介する場であるため、現当主である親父が一人で出ており、俺は必要に応じて(例えば三途河戦の後とかの俺の報告が必要な時などに)参加している。

 

 作中で一番最初に開かれたのは作中でいうと第3話の黄泉と神楽が出会うシーンである。

 

 あの時の分家会議の内容を要約すると

 

「土宮雅楽が盟主として分家会議を仕切っていたが、土宮舞が死亡したためお役目を継ぐこととなり、諫山奈落が分家会議のまとめ・進行役を担うこととなった。そのための顔合わせです」

 

 という報告を分家の皆に行っており、視聴者に対して地味に奈落が分家会議の取りまとめ役となったとう設定が明かされたわけだ。

 

 ちなみに第3話だと黄泉は分家会議に参加しておらず、第8話だと黄泉は分家会議に参加しているなど、諫山での黄泉の立場が数年で変わっていることも見て取れる。

 

 ここら辺、色々と細かい差異があったりして、よく見てみると面白い。

 

 そして現在、俺が生きてきたこの世界線においても、分家会議における現取りまとめは奈落さんが行っている。

 

 理由としては喰霊-零-とほぼ同じだ。

 

 土宮舞がこの世界では命を取り留めたと言えど、植物状態であったため直近までお務めの履行は不可能だった(最近ちょいちょい動いているみたいで何よりだが……)。

 

 代わりに土宮雅楽がお務めに専念しているため、喰霊-零-と同じく奈落さんに一時的に分家取りまとめの役目を任せることになっている状態だ。

 

 俺が知る限りまだ雅楽さんにその役目が戻るという話は無く、土宮舞が完全にお役目に戻った時にその話がでるのだろうとは予測している。

 

 そのため今回の分家会議も「土宮家」ではなく「諫山家」で行われており、その手伝いに馳せ参じたわけである。

 

 ただ、今回は手伝いのために諫山家に来たわけではなく、実は俺も分家会議に「参加者として」呼ばれている。発言の機会があるから、黄泉の隣に座っておけとのお達しが出ているのだ。

 

(分家会議には、紀さんだって出てないっていうのに、俺だけ出すぎじゃない?)

 

 分家会議は各家の代表が出るところなので、基本的に俺等年代は出ないのだ。例外は主催である諫山家のみで、それ以外は全員俺らの親もしくは祖父母世代のみ参加する。

 

 今回も勿論そうだ。

 

 俺にはこの前の討伐の報告などが求められているのだろう。あとは関東の退魔師が、他地域の退魔師よりも成果を上げたというのを皆で再確認するためというのもあるのだろうか。

 

 退魔師には縄張り意識みたいなものが、少なからずどころか結構強めにある。

 

 俺たちだって北海道のやつらとかに喧嘩売られたら「お?東京の退魔師馬鹿にする?やりますか?」って感じにはなるんだから、況や大人をやというやつである。

 

 今回は俺と冥さんが結構な戦果を上げたので、地味に他地域の退魔師は悔しがっているはずだ。模擬戦でも狭間と服部さんを俺と黄泉でボコしてるしね。

 

―――そういうの面倒だけど、奈落さんと黄泉の顔潰すわけにも行けないしな。

 

 俺は大学生で死んでしまったのでそういった大人の世界はわからないのだが、きっと一般の大人の世界もこうなのだろう。

 

 そんな感じでアンニュイになりながら黄泉と分家会議の準備をしていると、いつの間にか開始時間が迫ってきたらしい。

 

 無駄に早く最低限必要な準備を終わらせてしまったため、細部に神は宿る理論でやたら細かい所を掃除し始めた俺の目に、ちらほらと参加する当主の皆様が映る。

 

 それを手伝って家具のヤスリがけをしている黄泉の位置からだと当主の人たちは見えないし、しゃーない。代わりに俺が行っておこう。ヤスリがけ終わらしてほしいし。

 

「お久しぶりです」

 

「おお、小野寺の!今回は分家会議に参加するのだな」

 

「ええ。奈落さんに呼ばれてまして」

 

 黄泉がやや離れた位置にいたため、俺が先んじて挨拶をしにいく。

 

 あんまり礼儀作法とか仁義みたいなものは得意じゃなのだが、こういった社会を渡って行くには非常に大切なものだ。社内政治とかと同じで、ここらを馬鹿にしていると痛い目を見るので、やっておいて損はない。

 

「あら、小野寺さん家の!大活躍だったそうじゃない!」

 

「私も聞いたわ!縦横無尽に戦場を走り回ったとか」

 

 挨拶をしていると、追加で2人ほどやってくる当主の方がやってくる。

 

 ……おっとぉ。かるーく挨拶してさくっと戻る予定だったのに、長くなるか……これ?

 

 そのまま挨拶から立ち話に移行する俺たち。四人で円を囲むようにして立ち話が始まる。普段からちゃんと礼儀正しく「可愛がられる」年下を演じてはいるので、大人たちから俺は結構人気者なのだ。

 

「流石は当代一の才能と呼ばれるだけある。我々男退魔師の希望の星だな」

 

「いえいえ、いくらなんでも皆さん最近持ち上げすぎですよ。そんな大層なものじゃないですって」

 

「謙遜も嫌味じゃないのねぇ。どう?うちの孫をお嫁に」

 

「ははは……。ありがたいことに色々お話いただくのですが、大学卒業するまで身を固めるつもりはなくて」

 

「勉強もすごいらしいじゃない。大学はいくの?」

 

「もったいない。高校を出たら身を固めてお努めに専念すれば良いのに」

 

「環境省で仕事するなら国家総合……一種は持っておこうと思いまして。省庁なんて学歴社会ですし」

 

 予想通りというと自惚れに聞こえてしまうが、もっぱら出るのが俺の話題だった。

 

 この世界は携帯電話こそ普及しているものの、時代背景は2008年〜2009年だ。インターネットが普及してはいるものの、LINEやzoomのようなコミュニケーションツールはまだまだ出てきていない。

 

 そのため情報の伝達が現代よりも大分遅く狭くなっているため、こういった井戸端会議みたいなものは馬鹿にできないのだ。

 

 俺がこの人達とお話する機会って殆どないから(あって年一ぐらいだ)、当然俺に関する情報とかも人伝に聞いた伝聞情報が殆どなのだろう。知りたい情報が多いらしく、中々な質問攻めを食らう俺。

 

 その後も

 

「室長候補達どうだった?」

 

とか

 

「彼女いるの?」

 

 とかの若干答えにくい質問をガンガン入れてくる皆さまをのらりくらりと交わすこと数分。

 

「凛、ヤスリがけ終わったわよ。もうニス塗ってもいいんじゃないかしら―――」

 

 そろそろ開放されたいな―と思っていた俺の後ろから、黄泉の声が聞こえてくる。

 

 パタパタと音を立てて俺の方にやってきたのだが、俺の眼の前にいる三人を見て、すっと表情を変える。

 

「―――あら?皆様、到着に気が付かずすみません。本日はわざわざご足労いただき、誠にありがとうございます」

 

 俺と謎に家具のニス塗りをし始めていたわんぱく小娘な感じの黄泉とは打って変わり、諫山の令嬢モードに一瞬で切り替わり優雅に頭を下げる黄泉。

 

 高校生なのにしっかりしてるわぁ……と同じ高校生の俺が思ってしみじみしていると、眼の前の三人から返ってきた反応が予想していた感じとは大分違うものだということに気がつく。

 

 なんというか神妙な顔をして、「あぁ……」「ええ……」みたいな反応をしている。

 

……なんだその気まずい親戚にでもあったかのような反応は。雅楽さんが神楽と会った時にしてる顔と似てるぞ。母ちゃん目覚めたんだからさっさと和解しろよアイツら。

 

「……お勤めで怪我をしたというのは本当だったのね」

 

え、これ俺がフォロー入らないと行けないやつ?と思っていると、眼の前に居た一人が、ぼそっと呟く。

 

 同時に、三人が三人、不躾に黄泉の右腕を見る。じろっという効果音が当てはまりそうな視線。

 

―――そうか、実物を見るのは今日が初めてなのか。

 

 黄泉は負傷した際も基本的に見舞いを断っており、対策室の人間と身内以外で負傷したこの姿を人前に晒すのはほぼ初めてのことのはず。

 

 だからこの三人は噂でしか聞いておらず、実物を見て驚いたのであろう。

 

「……はい。お恥ずかしながら」

 

 本当に恥じ入るように顔を落とす黄泉。

 

 いや、本当に恥じ入っているのだろう。

 

 病院に見舞いに行ったときも何度も謝られたし、さっきも散々この顔をされた。黄泉の負傷は元々は黄泉のせいではなく、殺されそうなエージェントを庇った時に出来たものだ。

 

 だから俺からすれば黄泉は悪くないし、そのエージェントこそ攻められるべきだと思うのだが、このクソッタレな退魔師社会ではそうは問屋が卸さない。

 

 そして黄泉の性格も非常に真面目だ。俺がいくらフォローしようがなんだろうが、今回の負傷は自分の不徳の致すところと考え、真に反省している。

 

「お努めは参加しているのか?」

 

「……いえ。今はお休みさせていただいて、対策室の皆様に対応して頂いております」

 

「そうか。優秀な同僚を持って幸せだな。私の時代は一人お努めが出来なくなればかなりの人的被害がでたものだ」

 

「今は層が厚くていいわねぇ。私達の頃なんて今みたいな環境省のバックアップもなかったし」

 

眼の前のおばさん二人とおじさんの標的が俺から黄泉へと切り替わる。挨拶もそこそこに、繰り出されるのは昔は〜語り。俺の時代はという老人の自慢話。

 

……()()()()()()()()()()()()

 

―――失態だな。

 

とダイレクトに言葉にできないから、言外に黄泉を攻めている。

 

先程まで散在俺の話題で盛り上がっていた面々は、一切の盛り上がりをなくし、嫌な親戚の表情となって黄泉を見ている。

 

「―――お分かりかと思いますが、会場はあちらです。ご案内しましょうか?」

 

すっと前に出る形で、黄泉を庇う。

 

笑顔は絶やさず、決して無礼な態度と表情を出さないようにしながら、分家会議が行われる道場への道を促す。

 

人好きのする笑顔は浮かべているはずだが、当然浮かべている笑顔とその裏側にある言葉は全く違うものだ。

 

「……あ、あぁ。ありがとう。場所は大丈夫だ」

 

井戸端会議に参加していた一人であるおっさんが、流石に俺の意図を察したのだろう。他の二人を促し、踵を返して分家会議が行われる場所へと歩いていく。

 

その後ろを眺める俺と黄泉。

 

……胸糞悪いな。

 

怪我の心配もせず、まず一発目に言うことがあれかよ。まずは怪我は大丈夫?ぐらいの一言かけるところだろうが。

 

俺のことは褒めちぎっておいて、黄泉にはあれかよ。黄泉が居なくてここが他人の家じゃなかったら、唾でも吐いている所だ。ああいうの嫌いなんだよな俺。

 

「…………」

 

―――この世界は純血主義だ。

 

だから、黄泉が諫山家当主の座につくのを面白く思わない人間など何人もいる。

 

諫山ですら無いのに、外部の人間のくせに、気にする奴らが大量にいる。気に食わない奴らが居るのだ。

 

ふざけた話だが、もしかしてそうなのだろうか。

 

「……本当、これじゃおんぶに抱っこじゃない」

 

「え?」

 

ぼそっと、黄泉が何かを呟く。

 

が、その言葉は俺の耳に届く前にかき消えてしまう。あまりにか細くて、弱々しい声。

 

「大丈夫、なんでもないわ。―――私達もそろそろ行きましょ?」

 

いつも通りの表情を繕って、俺に微笑みかけてくる黄泉。

 

準備をしている途中にいつもの黄泉の笑顔に戻ってくれたのだが、今の一幕でまた一つ巻き戻ってしまった。

 

―――そんな表情じゃないんだよ。俺が、黄泉にしてほしい表情は。

 

その言葉を、俺は飲み込む。言葉にしてしまったら、黄泉の行為が無駄になるから。

 

「……そうだな。行こうか」

 

俺の前を歩き始める黄泉の背中に、俺は何も声をかけずついていく。

 

横に並ぶわけでもなく、後ろからゆっくりと着いて行く。

 

優しい言葉をかけてやりたい。本気で俺は黄泉に頼ってほしいし、かけられている負担を負担だなんて一ミリも思っちゃいない。

 

でも、だからこそ俺は黄泉に優しい言葉をかけられない。

 

黄泉は俺がそういう奴だって知っているから。黄泉に頼られることを望んでいるし、黄泉が望めば喜んで叶えてくれる男だって知っているから。

 

―――だからこそ、黄泉は今苦しいのだ。

 

その状況に甘んじている自分が。その状況に甘んじないといけない自分が。―――それが彼女には苦しいのだ。

 

黙って凛とした背中に着いて行く。無言で、ゆっくりと。

 

微雪がちらつく寒い朝。息が白く染まる初冬の朝に。

 

―――分家会議が始まった。


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