まことにすみませんでした。
一年以上ぶりの新話です。
前回までのあらすじは
・超大災害が起こってそれを対策室と室長候補総出動で鎮圧に向かう
・凛は神楽と行動するも、本部に異常とのことで本部へ
・黄泉がエージェントを守って負傷していた
・負傷させた原因であるカテゴリーBと凛が対戦
・しかしながら追い詰めた所で謎の瞬間移動を行われ、取り逃がす
といった感じになります。
前を覚えていない方がほとんどだとおもうので参考にしてください
「……負傷者が増えて来ましたね」
続々と増えてくる負傷者を見ながら、冥はぼそっと言葉を漏らす。
本部には続々と負傷者が集まってきており、冥が来た当初よりも明らかにメディックの動きが慌ただしい。これは間違いなく新しく現れたカテゴリーBの影響だと冥は分析していた。
「ただでさえ発生数が多かったり、治癒力が高かったりするカテゴリーCが居る中でのあのカテゴリーBですからね。死傷者が俺と神楽が見つけた一人だけなことに感謝すべきでしょうね」
そんな冥の言葉を、小野寺凛が拾って返す。
その言葉を受けて再度冥は負傷者達を見やる。負傷者は増えているが、よく見てみると確かに今見る限りだと死者は居ないらしい。
事実、凛の元にも死に繋がる怪我をしているものは報告なされておらず、この異常な戦場にしては比較的小規模な損害で抑えられているといえる。
だが、それも時間の問題だと冥は考える。そして、それは目の前の男も同じことを考えているだろう。
室長候補生達がカテゴリーBを倒して合流できるのも同じく時間の問題ではあるが、それまでの時間で負傷者はどんどん増えていく。
そして負傷者が増えるということは、それに割かれる人員も増えるということ。刻一刻と、こちらの余裕はなくなっていく。
「まず目的を整理しましょう。今回の目的はこの結界の強化。そしてそのためにはあのカテゴリーB達が邪魔です」
そういって、小野寺凛が指揮を始める。今回の戦闘の目的は、現れた怨霊を全て討伐し、本部の奥に配置してある祠に再度強力な封印を施すこと。
結界を壊せると推定される4体のカテゴリーB(に先程現れた一体を加えた5体)を討伐した上で、祠に結界を張り直す。それができればこちらの勝ちというシンプルなルールだ。
「カテゴリーBは既に二体が討伐されていて、残り3体のうち2体も時間の問題と信じましょう。ということは我々が対応するのはあのカテゴリーB一体で大丈夫。あのカテゴリーBを倒しさえすれば、我々の勝ちと言って問題ない」
謎の5体目が現れたといえ、やることは変わらない。危険分子を取り除いた上で、守りを固める。やることはそれだけだ。
最初に現れたカテゴリーBはそれぞれ各室長代理が対応にあたっており、鎮圧の見込みは立っている。新しく現れた1体も自分(小野寺凛)が相手をすれば問題ない。
一般のエージェントがカテゴリーBを相手するのはきついものがあるが、カテゴリーCなら訓練をしっかり積んでいれば容易に討伐が可能だ。
カテゴリーBの脅威さえなくなってしまえば、あとはただの殲滅戦。凜や冥などの凄腕のエージェントが居なくても何とかなる状態に持っていける。
だが、と凛は思考する。
多分見落としがある。それだけじゃ勝てない。
「けどどうするんすか?その黄泉さん切ったっていう敵、神出鬼没なんですよね?」
「そうだな。それが問題なんだよ……。個人的には切り込みたい所なんだが……」
そして、その問題も加わってくる。そもそも新たに出てきたカテゴリーBの討伐の難易度自体がかなり高いのだ。
単純な戦力もさることながら、神出鬼没過ぎる。
己惚れるつもりはないが、小野寺凛は人並み以上に感覚が鋭い自信がある。だが、件のカテゴリーBは自分が戦っているその目の前で忽然と姿を消したのだ。
戦っている、その目の前で、だ。
「目論見がなければ空振りになる可能性の方が高いでしょうね」
冥の指摘に、凜はその通りだと頷く。
行き当たりばったりで突入していいのは、無能が過ぎる雑兵のみだ。
まともな兵士なら、ましてや人の命を預かる側にある指揮官側の人間であれば、とてもではないが何の考えもなしに戦場に踏み入ることはあってはならない。
「それなんですよね……空振りになった挙句後ろから刺されたとかあったら堪ったもんじゃないですし。出来れば俺はここを離れたくない」
情けない話ではあるが、小野寺凛には今勝つための絵が描けていない。
新たに現れたカテゴリーB。黄泉の負傷。自身の不調。そのすべてが重なり、
―――結果論ではあるが、完全に下手を打った。
心の中でそうぼやきながら、親指の関節で眉間を叩きながらぐぬぬと唸る小野寺凛。
黄泉を本部に待機させるように進言したのは小野寺凛だ。
どうせ今回のこの事象も引き起こしたのは三途河の可能性がある、という恐れを小野寺凛は持っていたため、指揮系統の拠点である本部を攻めさせるわけにはいかなかったのだ。
だから本部には対策室の一部のみ残して室長候補達は全員でカテゴリーBの討伐に当たるという話になった時、横から口を出して黄泉と対策室全員を無理やり推薦して本部に残した。
凛には他の人には無い特殊な能力とでもいえるものがあり、殺生石に近づくと胸のあたりが騒ぐような、生物としての拒否反応とでもいうような、どことない違和感を胸に感じることができる。
それは室長と共に諸々実験を行っており、ほぼ100発100中で当てることができるのだが、どうもこの森ではその感覚を感じることができない。
三途河が以前使っていた認識阻害の術とやらを使っている可能性は否めない。
あの時は確かに凛は気がつくことができていなかったため、今回もその可能性は往々にしてある。
だが、なんとなくではあるが、凛は気がついていた。
つまり、黄泉を本部に置いて予備選力として待機させておく意味は、正直ほとんどなかった。
それであれば本部が最初に作戦を立てていた通り、さっさとカテゴリーBを討伐していればより被害は抑えられたはずだ。
もしかするとの話ではあるが、黄泉の怪我も、下手をすると人的被害も今より少なかった可能性すらある。
「黄泉もいない、新しく出てきたカテゴリーBへの対処もわからない。結構詰みんでるなこれ」
「かといって、ここで立ち止まっている時間もない。どうされるのです?」
「……どうしましょうね」
小野寺凛にしては珍しく動揺した様子を見せる。
相当行き詰っているのだろうと、冥はその仕草から判断する。
小野寺凛は基本的に肝の据わった男ではあるが、時折見せる所作に小心者特有の特徴を見せることがある。
データは少ないが、眉間かこめかみを叩く仕草は本当に切羽詰まっているときの小野寺凛が行う仕草であった。
悩んでいる凜に近づき、凜が凝視している地図に目を落とす冥。先ほどからずっと眺めている地図。そこにしきりにマーカーを付けながら唸っているが、一向に進展はない。
その横顔を流し見た後、冥は目を閉じて思考する。
―――現状は自分に対して著しく有利だ。想定よりも遥かに上手くいっている。
正直なところ、もう少し対策室の手際を見ていたくはある。その長である神宮寺菖蒲やそのメンバー達の手腕が十分に見れたかというと、そうでもない。
冥が見てみたかったのはここから。新たな敵の出現により後手に回っている状況。果たして、これを打開する機転と判断を神宮寺菖蒲たち対策室が取れるのか。
それを冥は期待したのだが――――
(潮時、でしょうね)
今回の戦場においては普通の通信機が中々うまく稼働せず、室長候補達が使っている特殊な通信機しか安定稼働できていないというエラーが発生している。
これは冥も予期していなかったエラーであり、指示がうまく通らない中でこの状況を収める難易度は想像を絶する。
(この状況ならば対策室は十分によくやっている。実力はあると認めて問題ないでしょう。)
その中でこの対応速度。諸々不手際もあるにはあるが、無視していいレベルだ。つまりこの時点での判断材料から、対策室は優秀と結論を下して問題ないと冥は評価を決定する。
もう少し見ていたいのが正直なところではあるが、徒に長引かせてウルトラCが出てくるのを期待するより、この状況を利用したほうが圧倒的に冥にはメリットがある。
そして何より
「あなたが付けているこの点とこの点、何を指しているのですか?」
諌山冥は小野寺凛の隣に立つと、白魚の腹のような美しい指を、地図に滑らせる。
その指がたどるのは、彼の思考の歴史。凜が地図上に付けていた赤のマーカーを、冥はその意味を粗方推測していながら、あえて凜へと質問を投げかける。
「これですか?これは5体目のカテゴリーBに部隊が襲われた位置ですよ。俺が報告を受けているのはこの3か所です」
「理解しました。……では、この本部を入れれば4か所になりますね」
凜の手からマーカーを奪い取り、本部にも同じマークを冥は付ける。
今自分たちが居るが、まだ印の入っていなかった本部にマークが付く。
点が2つしかない場合、その点が描く軌跡の可能性は無数に存在する。つまり、その点と点が描く図形の法則性を導き出すことは不可能に近い。
しかしその
「……そうか。俺が居るから忘れてましたが、この本部も襲われてる。でも、そうなるとこの形」
自分の書いたマークと、冥の書いたマーク。
その数は4つではあるが、凛が書いていた3つであったときよりも大分その形がはっきりと浮かび上がってくる。
「法則性はあるでしょうね。超常の現象と言えど、規則性が無いわけでは無い。むしろ高度に練り上げられたそれほど整合性を持つ」
「台形、って推測するのは流石に馬鹿が過ぎる。お約束ってのは案外正しい。この手の法則性なんて、
「円と推測するのが妥当でしょうね。この4点を綺麗に結ぶなら」
机の上に置いてあった鉛筆を用いて、4点を通るような円を描く。
4点から導き出せる形は無数にあると言えば無数にあるが、普通に考えてこの形であれば円が妥当だ。
霊術はオカルト的な要素が強いのは強いが、何だかんだ言って高度なものになればなるほど円などの基本的な概念をしっかりと含有し利用しているものだ。
今回もそう推測するのが妥当であろうと凛は辺りをつける。
「そうなると瞬間移動出来るはずのあのカテゴリーBが、何故俺たちが他のカテゴリーB達との戦闘中に介入して来なかったのかっていう疑問にも回答ができる」
「なぜなら、この円と室長候補生達が戦っている場所は、全く重ならない」
「ええ、それです。……そしてこの円が正しいとすれば、あのカテゴリーBは」
「この奥にある石の周りを動いているのでしょう」
冥が書いた円。それは凛たちが死守しなければならない、無限髑髏の封印である石をぐるっと囲むように記されている。
「……可能性は高いか」
「そのしかめ面をここで呈しているだけよりかは、この可能性を検討する方が随分有意義かと」
凛から奪った赤ペンで、円周上に×を付けていく。
「私がここまでくる最中、何箇所かこのバツ印で記したところにこの本部と共通するものを見かけました」
ラフな形ではあるが、徐々に円形に近づいていく×印の集合体。正円というよりは楕円に近い形を描いていく。
「入り組んだ山の中ですから確実にこの場所とは断言できませんが、大体この辺りでしょうか。正確な円というよりは円形に並んでいると言った方が正しい状態ではありますが」
知識として把握しているものではなく、今日この時点までで自分が歩いて、実際に見た箇所に丁寧に印を記載していく。
冥が歩いた位置。そこに置いてあったとあるもの。それは―――
「―――あの小さい祠、っすか」
言葉を発そうとした冥に割り込んで言葉紡いだ弐村剣輔に、諫山冥は多少の驚きを表明する。
実はこの山の一部には、やたらと祠が存在する謎のエリアがある。
等間隔という訳でも、同じ祠が揃っているという訳でもないが、地図上で見るとほぼ円形状に祠が並ぶ極めて小さな不思議な一角があるのだ。
それはまさに自分が×を付けたところ。円周で3kmには達しないだろう、小さな範囲。
確かに自分はアリバイ作りのために祠が見えるルートを歩いた。そしてその証人として都合がよかった弐村剣輔を利用したのだが……。
「―――。そうです。よく見ていましたね」
あのとき拾って正解だった。あの時合流したのは偶然と、連れ回したのは冥の気まぐれではあったが、そう冥は結論づける。
議論はほぼ諫山冥が誘導した。藁をも掴みたいほどに切羽詰っている今、恐らく自分の語る話は小野寺凛にとっては背中を後押しする有益な情報でああるはずだ。
だが、この情報の信ぴょう性は、正直高くはない。
メタ的に考えれば、この情報は諌山冥が持つ情報で有るがゆえに、絶対的に信ずべきものではある。
だが、小野寺凛にはそれが信ずべきものであるかを確かめる術はない。
故に小野寺凛は確実に悩む。何故ならばその情報が絶対的に正しいことは、小野寺凛には決してわからないからだ。
だが、弐村剣輔が自発的に気が付いたことにより、冥の言葉は第三者のお墨付きを得ることとなる。
結果としてその場に出ている情報は、冥が出した時と量は全く一緒だと言うのに、信憑性に雲泥の違いが発生する。
「推測ですが、この手の術式ではこの祠を媒介にしている可能性が高いと考えるのが妥当でしょう」
確証なのだが、とは口が裂けても言わない。
「……なるほど。むやみやたらに模索するよりか、大分確率は高そうですね。……となるとやることは」
ふむ、と口に手を当てながらつぶやいた後、バッと本部の暖簾を開けると、つかつかと歩いて行く凛。
周りを見渡す。直接見た覚えは無いが、暗い森の中で弐村剣輔が発見できたぐらいのものだ。ある程度目立つものに違いないと当たりをつける。
果たしてそれは本部の近くに鎮座していた。
「……あれか。そういやバトってた時に見た覚えあったわ」
よくよく思い起こしてみると、カテゴリーBとの戦闘中、大体は自分の視界に映っていたことにようやく気がつく。
つくづく浅い洞察力だと自分に辟易しながらも、恐らくカテゴリーBの媒介になっているであろう祠に近づいていく凛。
「凛さん?何してるんですか?」
後ろから追いかけてくる弐村剣輔と、相変わらずのポーカーフェイスを保ちながら近づいてくる諫山冥。
その二人には目もくれず、小野寺凛は目の前の祠に神経を全集中し手を触れる。
「なるほど、たしかに霊力が宿ってる。……ってことは冥さんの予想通りか」
手で祠に触れてみると、たしかに霊力が宿っており、何かしらの力が働いていることがわかる。
黄泉や神楽のように術が行使出来るわけではない凛ではあるが、術の存在を感じることぐらいは可能だ。
あまり表立って言葉にするのははばかられるが、そこいらの道端にあるような祠や地蔵にこんな霊力は宿っていない。大概は皮を真似ただけのハリボテ。何も霊的な術は組まれていないものが殆どだ。
しかしながらこの祠には術が仕込まれている。つまりこんな霊力が宿っているということは、何かしらの力が働いていることの証左。現時点で持ち合わせている情報だけで考えるなら、カテゴリーBの移動はこれを通じて行われていると考えるのが最も合理的であろう。
踵に霊力を纏わせると、空手家も真っ青な美しいフォームで踵を頭よりも高く掲げる凛。
「ちょ、凛さん、待―――」
凛を追いかけて出てきた剣輔がその行為を意図を把握し、それを制止するよりも早く、重力と筋力をフルに使用して威力を付けられた踵が祠へと叩きつけられる。
雑音が轟くこの環境においても皆が振り向くほどの轟音を響かせ、カテゴリーBの媒介となっているであろう祠がバラバラに砕け散った。