喰霊-廻-   作:しなー

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遅くなりました。第3章の9話を読むと冥さんが理解しやすいかもです。

あらすじ
突如現れた5体目のカテゴリーBにより黄泉が負傷。
引継ぎを終えた凛。そのままカテゴリーBの討伐に向かうが、いい感じに追い詰めたところでカテゴリーBは消えてしまう。
本部でその対策を考える凜の元に、冥と剣輔が訪れる。


第37話 -餓者髑髏9-

「諌山冥、戻りました」

 

「同じく弐村です。戻りました」

 

 小野寺凛がカテゴリーBを逃し、本部に帰投してから数分後。

 

 道中に現れるカテゴリーCたちを切り捨てながら鬱蒼とした木々をくぐり抜け、諌山冥と弐村剣輔は本部へとようやく帰投した。

 

 今回冥が本部に立ち寄った目的は情報収集。本部に居るであろう黄泉に詳細な情報を聞き、自分のプランがどの程度進んでいるかを確認するべく本部へと冥は帰投したのだ。

 

 それに黄泉がどこまでこの戦場を読めているのかも気になるポイントではあった。その確認も兼ねて本部にて直接話をしようと来てみたのだが、そこにいたのは予想外の人物であった。

 

「ああ剣輔……と冥さん?お疲れ様です」

 

 入り口の暖簾をくぐり抜けて冥が声をかけると、声をかけた対象である小野寺凛が、一瞬戸惑ったような顔を見せて労いの言葉をかけてくる。

 

 男らしいというよりは中性的な顔立ちに、男性としては一般的な背丈。やや細めではあるが鍛え上げられている体躯に、特殊な素材で出来ているという彼独自の戦闘服を身に纏っている。

 

 基本的に制服で戦いに赴いている諫山黄泉や土宮神楽とは異なり、小野寺凛は着替える余裕があれば戦闘に特化した服装に毎回着替えており、まさにそれが今冥の前で着ている服である。

 

 とは言え学校からの現場直行などの際には戦闘服を用意できないことが多いため、トータルの戦闘回数で考えると制服での戦闘回数の方が多い。

 

 黄泉などは制服で戦う凛を見慣れているのだが、冥としては馴染み深いのはこのスタイルの小野寺凛であった。私服を除けば、であるが。

 

 冥は改めて凛をみやる。

 

 ここで冥に会うとは思っていなかったとでも言いたげな表情。確かに、冥に与えられた役割は遊撃であるため、本部へと寄る必要は特段ない。無線で状況を把握し、指示があればその現場まで急行すればいいのだから、本部に寄らないほうが効率的には良い。

 

 しかも冥が任されていたのは他の室長候補生と同じ、カテゴリーBの討伐の任務。つまるところ、退魔師界隈でも名だたるエリートである室長候補生達でも未だに討伐出来ていない強敵との戦闘を任されていたわけである。

 

 だから、冥が本部に来るにしてもこんなにも早く来るとは予期していなかったのであろう。

 

 それは大分、癪に障るが。

 

 だが、それは小野寺凛にしても同じこと。小野寺凛の役割は冥と同じく遊撃、そしてカテゴリーBの討伐。室長候補生達の無線にてカテゴリーBの討伐に成功した旨の連絡が来ていたため、すでに小野寺凛がカテゴリーBの討伐に成功したこと自体は冥は把握していた。

 

 この短時間であの相手を、との驚きもあった。抜け道を知っている自分とは異なり、この男は正面から相対して討伐に成功したという訳だ。

 

 実際には討伐したのは小野寺凛ではなく土宮神楽であり、なおかつ凛が無線を入れた段階ではまだ神楽も討伐出来ていなかったのだが、諫山冥にはその事実を知る術など当然ない。

 

 故に諫山冥は自らの得物を強く握りしめる。それは本人も自覚していない、無意識の行動。

 

 一瞬名状しがたい感情に心が支配されそうになる。名前を付けるにはあまりに複雑で、しかし左右されるにはあまりに容易な感情。

 

 それを冥はぐっと押さえつける。今までと同様に、冷静な仮面で感情を押し殺す。それであれば、自分の目的には沿っている。ならばそれは喜ばしいこと。そして、それ以上に大切なことを自分は今やらなければならないのだから。

 

(そもそも何故彼はここに居る?)

 

 小野寺凛が今いるのは、彼が圧倒的な信を置く諌山黄泉が守っている本部だ。

 

 特段本部に居たとしても不思議ではない人間ではあるが、今回の戦力と凛の役割を考えれば現場に居るほうが効率が良い。……ということは本部でなにかあったのだろう。

 

 冥がそう思考しているうちに、小野寺凛は冥の後ろにいるもう1人の来訪者に向き合う。

 

 冥のその後ろに佇む少年、弐村剣輔。まだ未熟かつ難しい戦場を任せたこともあって、切り傷ドロなどの汚れが全身に散在しているものの、全くの軽傷で、戦闘に支障が出るような怪我は一個もない。

 

 小野寺凛は弐村剣輔に、少々難度が高いと思われる戦場を任せた。そして五体満足でこの場に、小野寺凛の前に立っているということは、無事乗り切ってみせたという訳だ。退魔師歴数ヶ月の、ルーキーが、ベテランのエージェントでも命を落としているこの戦場を。

 

「よくやった、剣輔」

 

「……うっす」

 

 冥の脇を通り抜け、剣輔の胸を軽く拳で小突く小野寺凛。少し前まで鉄仮面の如く表情が固まっていた凛の顔に、笑みという名の綻びが生じる。

 

「あの場を任せてよかった。……そんな中早速で悪いが、またこき使わせてもらうぞ」

 

「相変わらず人使いが荒いっすね……。わかりました。使ってやってください」

 

「頼らせてもらう。早速色々動いてもらうぞ」

 

 弟をみるかのような、どこか慈愛に満ちたような評定をする小野寺凛。その顔を横目で流し見て、自分には見せない顔だと思いながらも、本部の状況を視認する。

 

 一見してわかる異常は、明らかに重度の負傷者が居たであろうことがわかる大量の血痕。このベースキャンプの入り口から点々と続いているそれは、小野寺凛の後ろにある簡易ベッドで特にその存在を主張している。

 

「酷い血ですね」

 

「ええ。……結構手酷くやられまして」

 

「でもあなたの血ではない。その程度の怪我でこの出血はありえない」

 

 背中に一文字の薄い傷があるのと、恐らく擦過傷は身体のあちこちに存在するだろうか。その他にも傷を負っているかもしれないが、これだけの血を流すにはあまりにも役者が不足している。

 

 ということは怪我を負ったらひとまずこの本部で治療を受けるような人物が怪我をしたのだろう。恐らくは東京の対策室の誰かだろうと冥は当たりをつける。

 

 その中で先程歩いてくる途中に見なかった人物は……とまで考えて、ふと冥は一つの思考に至る。

 

 このテントで自分が会おうとしていた人物、それは誰だったか。

 

「まさか、黄泉が?」

 

「……正解です。黄泉が手痛く負傷しましてね。飯綱紀之とともに戦線を離脱してもらいました」

 

「……やはり」

 

 弐村剣輔への激励の後、再び穴が空くように地図を眺め続けていた小野寺凛の口から出たその言葉に、珍しく冥はそのポーカーフェイスを驚きに歪ませる。

 

 対策室の誰かが負傷したのだろうと、冥は当たりをつけていた。だがまさか、黄泉だとは。

 

 退魔師としての黄泉の腕は誰もが認めるほどの領域にあり、この程度の戦場で負傷するとはとても思えない。

 

 今回、冥がこの騒動を引き起こしたのも、黄泉の負傷を願ってのことでは無い。

 

 負傷してくれればと考えていなかったかと言われるとそれは明確に否ではあるが、諌山黄泉は大した障害もなくこの戦場を切り抜けるだろうと冥は予測していた。

 

 むしろその可能性がある戦場に立つのは小野寺凛であり、その采配を黄泉にこそさせようと思っていたのだが……

 

 冥の後ろからも息を呑む音が聞こえてくる。自分の剣の師匠とも言える人が、最も身近と言える人の1人が負傷した。その事実を突きつけられて面食らっているのだろう。

 

「ちょ、黄泉さんが離脱って、大丈夫なんすか……?」

 

「ああ。手酷くはあったが、腕を切られただけだ。数ヶ月はお勤めが出来ないだろうが、命に別状はまったくないよ」

 

「なら良かったっすけど……いや、良かったって、言えるんですかねそれ」

 

「命があるだけ儲けものだ。黄泉の話は衝撃的ではあるだろうが、とにかく今はこの戦場の平定が優先だ。話を進めよう」

 

 集まってくれ、というと、穴が空くように見ていた地図を元に、凛は現状の説明を始める。

 

 現在の人員配置、人員の状況、カテゴリーBの討伐数。得ている情報を要領よく剣輔と冥に伝えてくる。

 

(概ね、予定通りですね)

 

 凛の説明を聞きながら、冥は自分のプランと進捗を照らし合わせる。

 

 冥が支給されているイヤホンは室長候補生たちが支給されているのものと同じもので、一般の退魔師には伝わらないような情報に関しても共有できるよう、特別な調整をさせたものだ。

 

 なのでどのように室長候補生たちが動いて、現在どこの地域を担当しているか、などに関しても、共有が入ったものであれば冥は一通り理解している。

 

 当初予定していたプランと、無線で聞く戦況から推測していた進捗、そして実際の進捗にそう違いはない。概ね予想通りの展開と言ってしまって問題ないだろう。

 

 関西の室長候補生、帝は今だカテゴリーBと戦闘中。黄泉が抜けて一対一の戦闘を続けているのだろうか。こちらに関しては続報がないためまだ動きを追えていない。もしかしたら室長たちと直に連絡を取り合っている可能性はあるが、恐らくはまだ戦闘中なのだろう。

 

 戦況はおおよそ冥の読み通りに進んできている。負傷者、死者も想定の範囲内だ。自分が引き起こした事象が人の命を左右するというのは心苦しいことだが、結局は遅いか早いかだ。

 

 自分が緩めずとも、この封印は数年後には間違いなく開放されていた。何かしらの外的な要因があれば数年と言わず、明日にでも爆発していたような、致命的な綻びが生じていた結界だ。

 

 その綻びを、今自分が解いてやっただけのこと。

 

 それに、室長候補生達が居る今の方が戦力が多く、東京の退魔師だけで対応するよりも圧倒的に戦いやすい。

 

 このタイミング以上に、この結界を開放して良い時など存在しないであろう。ある意味では人の命を救ったのだ。

 

 そして、この事態を解決できる方法は既に自分が持っている。あとは少々手を加えて上げるだけだったのだが……

 

(まさか黄泉が負傷するとは……)

 

 現状冥のプランと比較して最も外れているのが、黄泉の負傷だ。それだけは冥の予定に存在しなかった。

 

 今回の冥の目的は情報収集がメイン。それと小野寺凛の補助の二つ。対策室のレベルを肌で感じ、今後自分が立ち回るための情報をえることが出来れば十分。

 

 そしてこの大騒動の花を諌山黄泉持たせない。

 

 それが出来れば尚良し。

 

 最近の対策室は、良くも悪くも小野寺凛が中心となって動く場面が増えている。

 

 退魔師というのは古い業界だ。それこそ血や家督のような、現代の若者からすればどうでも良いと思えるようなものに執着する人間は少なくない。

 

 そして、その血や家督のような論争には、性別の問題も入ってくることがある。

 

 繰り返すが、退魔師は古い業界だ。そして古い業界ということは、古い考えの男が多いということである。

 

 男尊女卑、という言葉の体現のように振る舞う者も一定数存在し、冥や黄泉のような女でありながら上に上り詰めようとするものをよく思わない者が居るのは確かだ。

 

 そして、そういった層から小野寺凛のウケは悪くない。最近有名な退魔師として名の挙がるのは女の退魔師の割合が高く、唯一とも言っていいそれに対抗できる人間が、小野寺凛だからだ。

 

 しかも、小野寺というのが大した血筋ではないというのがまたポイントが高い。諫山のような圧倒的な血筋を持つ黄泉は、ほぼ間違いなく婿を取ることが予測されている。

 

 事実、諌山黄泉が高校を卒業するのと同時に、飯綱紀之は諫山に婿入りすることがほぼ決まっている。既に婚姻を結べる年齢である黄泉が結婚していない理由は、高校を卒業するまではという黄泉の希望と、奈落の配慮の二点のみ。これもまた遅いか早いかの違いでしかない。

 

 だが、小野寺凛は違う。浮ついた話の一つも無く、どの派閥に下る等の話もほぼ一切ない。

 

 そう、つまりは、

 

(―――小野寺凛は、モノにしやすい)

 

 後ろ盾も何もない。だが、力はその後ろ盾を補って余るほどある。

 

 なら、取り込めばいい。

 

 そう考える浅慮な大人たちが蔓延る世界なのだ、この世界は。

 

 だから、小野寺凛が実績を上げる度、喜ぶ大人が一定数居る。

 

 自分のものに出来る可能性のある他人が、育ってくれることに喜ぶ愚かな人間が少なからず居るのだ。

 

 そしてそれは、自分(諫山冥)も例外ではない。

 

「―――現状はという感じです。質問は?」

 

「いえ、大丈夫です。()()()()()()()()()

 

 疲労もあるだろうに、室長達とのやり取りや、本部に時折入ってくる緊急の対応を淀みなくこなしながら説明を終えた凛からの質問に、冥はそう返す。

 

 次の一手を虎視眈々と考えながら。


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