喰霊-廻-   作:しなー

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遅くなりすぎました。


第34話 -餓者髑髏5-

―――ずっと、読めなかった。

 

 

 頭の中で様々なことを考えながら、圧倒的な膂力を誇る餓者髑髏の攻撃を舞蹴を使って上手く受け流す。

 

 三メートルを超える巨躯から繰り出される一撃は、ただ振るわれるだけでも十分な脅威だ。

 

 格闘技において階級が厳密に分かれていることからも分かる通り、質量で勝ることは、それだけで戦闘において優位に立つことを意味する。

 

 この巨体から繰り出される一撃をまともに受けては身体も舞蹴も到底耐えることは出来ない。

 

 あの一撃を真正面から受け止めるなど、神楽どころか筋骨隆々の男どもにだって自殺行為に等しい。

 

 何度か小野寺凛が行ってはいたが、普通あれを真正面から受け止めるなんて普通の人間がやっていい行為では決してないのだ。

 

 神楽がやれば間違いなく舞蹴が砕け、体も両断されてしまう。

 

 だから神楽はその攻撃を受け流す。まともに受けることは諦め、力の流れをこちらで操作してやることで暴力から自分の身を守る。

 

 まるで、”ぬるっ”という効果音が聞こえてきそうなほど滑らかに、そして自然に力の流れを受け流す神楽。

 

 力というものは、大きくなればなるほど制御を失った時の暴走が激しいものだ。

 

 歩いている時よりも、自転車に乗っているときのほうが、自転車に乗っている時よりもバイクに乘っているときのほうが、何かアクシデントがあった時に被害が大きくなることからも容易に想像がつくだろう。

 

 そして目の前の化け物の膂力は、バイクどころか新幹線並みであった。

 

 戦闘における一瞬。それを制するために神楽たちは技を磨き、研鑽し続ける。その一瞬が、命の灯を断つには十二分過ぎる一瞬であるからだ。

 

 目の前のカテゴリーBが晒したのは、一瞬と言うなどとてもとても烏滸がましいほどの時間。人間相手であろうが、人間相手でなかろうが決定打を入れるには十分な時間であった。

 

 しかし神楽は、力を受け流しきられて無防備となった我謝髑髏に凛のそれを真似て後ろ回し蹴りを放った。

 

 クリティカルヒット。完璧なタイミングで、完璧な態勢で、放った神楽に全く衝撃が感じられない程キレイに、完璧な威力を相手にのみ伝えきった状態でヒットさせることに成功した。

 

 人間なら間違いなく悶絶物の一撃。いや、身体を鍛えていない一般人であれば当たり所次第では簡単に命を落としかねないほどの一撃であった。

 

 恐らくは女子中学生から繰り出されるとは思えない程のキレと質量を持った一撃。

 

 だが、

 

「効くわけないよね……」

 

 そんな一撃であっても餓者髑髏には一切動じない。

 

 神楽が持ちうる力をすべて込めた極限の一撃など、その身に受けた覚えはないとばかりに反撃を繰り出してくる。

 

―――やっぱり、私と凛ちゃんは全く違うんだ。

 

 相手が繰り出した反撃は、神楽の攻撃の影響などありはしなかったかのように、普段と何ら変わらなく繰り出される。

 

 体勢を崩すこともひるむことも一切なく、そよ風に吹かれたが如き反応でその剣閃は繰り出されるのだ。

 

 わかっていたことではあったが、神楽と凛では一発一発の重みが、威力が全く違う。

 

 体重が60kg台の筋肉質の男と、40kgに届くかも怪しい女子中学生とでは、その威力が違うことは自明の理だ。

 

 神楽が凛と同じようなことをするなんて出来るわけがない。

 

 小野寺凛ならば餓者髑髏を揺らがせていた一撃でも、土宮神楽では僅かに揺らがせることすら出来ない。

 

―――はっきり言ってズルいと、神楽は思う。

 

 あれだけの膂力があって、身体能力があれば、自分は誰にも負けはしないのではないかと、本当にそう思っている。

 

 多分黄泉だってそう思っているだろう。霊力による補助のおかげで男女関係ない膂力を生み出すことの出来る退魔師であっても、根本となる部分が強いに越したことはない。その根本を鍛えるべく、自分たちは常に鍛錬を行っているのだから。

 

 そしてその強さにおいて、彼のその強度は目を見張るものがある。それこそ、身体能力における男女の差を明確に意識してしまうほどには。

 

 自分は女で、彼は特別な男なのだ。そこの壁を超えることはできない。

 

 必死になって真似ようと、何度も何度も模倣した。携帯で動画を取って、それを何度も見返したりもしてみた。

 

 だが、神楽にあの動きを真似は出来なかった。模倣しようとして出来上がったのは、ただただ身体を壊すだけで似たり寄ったりの、中途半端で不出来な紛い物が出来るだけだった。

 

 何故小野寺凛はそれが出来て、自分にはどうしてそれが出来ないのかと何度も何度も考えていた。

 

 でも、そんなの当たり前だったのだ。

 

 あの動きは彼の異常なまでの身体能力と、異常なまでの反復練習に基づいている。(身体能力)が違う神楽に、同じことが出来る筈もなかったのだ。

 

 全身の力を抜き、神楽は戦闘中に相応しくないとも思えるような脱力状態に入る。

 

 彼我の差は、悔しいがハッキリと理解した。いや、元から理解していた。

 

 自分には小野寺凛の動きを完全に真似することなど当然できやしない。

 

 その筋肉の絶対量があまりに違い過ぎる。埋めようがない、圧倒的な筋力差と体格差が存在するのだから。真似ようとしても体が壊れるだけだ。

 

 凛が一度の跳躍で行ける所を、神楽は二度の跳躍で行わなければならない。

 

 小野寺凛が僅かな力みで行える行為を、神楽はより強く力まねば行えないのだ。

 

―――ならば、それを真似して、自分に合う形で変換してやればどうだろう?

 

 より繊細に、より"簡単"に。

 

 小野寺凛の動きの欠点(無駄)を排除し、より()()()型へ落とし込めばどうだろう?

 

 少ない力で、少ない労力で。

 

 より彼の動きを良いものにして洗練(模倣)してあげれば。

 

 自分でも彼のあれを真似ることができるのではないだろうか。

 

「―――違う」

 

 右腕に僅かばかりの衝撃と、一瞬遅れて熱さが襲いくる。

 

 どうやら足さばきに意識を集中するあまり、避け損なったらしい。

 

 制服と、薄皮が切られてしまった。

 

「痛いけど、大丈夫。刀は振れる」

 

 薄皮一枚。血は多少出るが、そんなもの簡単に無視できる。そんなことや()()()()()()()()()、今は集中すべきことがある。

 

「―――これも違う」

 

 餓者髑髏とすれ違いざまに刃を振るう。

 

 本来なら手首を切り落としてやろうと思っていたのだが、少々踏み込みが浅かった。その一閃は餓者髑髏が被っていたボロボロの篭手のようなものを切り裂くに留まった。

 

「―――こうでもない。違う」

 

 次いで餓者髑髏の肋が切断される。それに数瞬遅れて襲いくる足の痛み。

 

 どうやら踏み込みする際に少々力みすぎたらしい。足が折れたとか、捻挫をしたということはないけれど、少し高いところから着地した時のような鈍い痛みが足に響く。踏み込み過ぎた。

 

 でも、少しわかってきた。

 

 小野寺凛によるあのタイミング、呼吸、テンポ。相手の意識外から放たれる、対処のしようの無いあの速さ。

 

 でもどこか()()()()()()()()()()()あの速さ。

 

 今までは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、自分は小野寺凛の動きを再現することが出来ていなかっただけだったのだ。

 

 イメージとは全く違う踏み込みの距離。

 

 小野寺凛を基調とした剣閃とは違うが故に自分の想像から1テンポ以上遅れて振られる舞蹴。

 

 けど、自分には最もぴったりな速度のそれ。

 

「―――ああ、こういうことだったんだ」

 

 模倣なんて、そんなレベルの低いことなどしなくて良い。

 

 簡単なことだったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トン、と、地面をける音を立てたかどうかすら怪しい軽やかさで、神楽は相手との距離を詰める。

 

 羽毛が舞うような軽やかさで、しかし猫のようなしなやかな速さで、認知すら許さずに相手の懐に入り込む。

 

 神楽の目の前にあるのは、相手が自分を殺すことの出来る位置に入り込んだことに間抜けにも気が付いていない骸骨の姿。

 

 先程まで神楽と凛の二人がかりで討伐しようとして、悉くその攻撃を防がれていた髑髏。

 

 一太刀でこの世とおさらばするかもしれない。そんな状況に自分が居ることを自覚できていない弱者。

 

 軽く、本当に軽く舞蹴を振るう。

 

 何万回、何十万回も繰り返してきたその動作。

 

 手まめができても、それが潰れようとも。女子として美しくない手のひらになろうとも、何度も何度も同じ動作を来り返してきた。

 

 その中で、時折自分に出来る最高の一太刀を感じるときがある。

 

 自分に出来る今の一番の動きはこれだと、はっきり認識できる。そんな一太刀が、刀を振るっていれば必ず一度は訪れるものだ。

 

 そして今の一太刀は、神楽が今まで感じていた理想の一太刀の悉くを凌駕するものであった。

 

 豆腐に刃を通したかの如く、両断される餓者髑髏の尺骨。

 

 世界がそのままズレたのかと錯覚するほど滑らかに、その先端は地面へとその質量を主張するべく落ちていく。

 

 餓者髑髏の目には一体どう映ったのであろうか。

 

 それがもし人間であったのなら、どのような顔を浮かべたのだろうか。

 

 ……もし、小野寺凛が今の踏み込みをみたら、どう思うだろうか。

 

 きっとその表情は、驚愕に違いない。

 

 踏み込んだ神楽に対し、数瞬も遅れて餓者髑髏は後退を選択する。

 

 選択としては間違いなく正解であろう。このままその位置に留まっていたのならば、待っているのは明確な死なのだから。 

 

 だが、その後退という選択は、ついぞ叶うことなどありはしなかった。

 

 後退しようとして、餓者髑髏の右足が滑る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()、足が空滑りしたのだ。

 

 無様な音を立てて地面へとしりもちをついて倒れこむ餓者髑髏。片方の手首が切断されているため、まともな受け身を取ることは叶わず、人間でいう臀部を強かに地面に打ち付ける。

 

 硬い石に当たりその骨が削れ、衝撃によって脆くなっていた部分が砕け、骨が周囲に散らばる。

 

 立とうと骨で構成された体を動かしても一切動けず、自分の負けを認識すらできていない弱者のような、そんな無様な姿。

 

 それに比べ、"美しい"と、神楽は思った。

 

 自分の今の一太刀を何よりも美しいと。凛の技術を昇華させて、より高次元で融合させて放った自分の一太刀は、今までの人生で見た太刀筋の中で最も美しい物だと感じたのだ。

 

 呆けるように自分の太刀を眺める神楽を、倒れ動けない餓者髑髏は見やる。

 

 瞳も何もないその頭部。果たしてその眼孔で神楽を捉えているのか、それは定かではない。

 

 だが、1つだけ確かなことがあるとすれば。

 

 今餓者髑髏が眼前に捉えている存在は。

 彼にとって、少女の姿をした、美しく可憐な死神であったということだ。

 

 再度、音もなく舞蹴が振られる。

 

 大腿骨は人の持つ骨の中でも最も太い骨だ。その切断は当然容易ではない。

 

 例えば素人に日本一切れる日本刀を持たせた所でその半分も断ち切ること等能わないであろう。

 

 しかも相手は常人の2倍以上の背丈を誇る化け物骸骨である。その骨の太さは単純に2倍では収まらないことは推して量れるであろう。

 

 神楽の刃は抵抗という概念が無いかの如く餓者髑髏の大腿骨を撫で、容易に切断する。

 

 続いて数閃、銀色の刃が空間を凪ぐ。

 

 それに合わせ、元よりその形として世界に存在していたかの如く、骨が餓者髑髏より切り離される。 

 

「舞蹴師匠には悪いけど、この火薬、もう要らなくなっちゃった」

 

 この戦いにおいてついぞ使うことの無い、そして使わる予定もないカートリッジを見ながら、神楽はそう呟く。

 

 神楽の膂力の無さを補うべく、火薬による補助で刃の切り返し、威力の増幅を図った武器が舞蹴13号である。アニメにおいて黄泉との戦いやその前哨戦で多様されたその火薬だが、最早今の神楽には無用の長物と化してしまった。

 

 カチャ、という音をたて、舞蹴の刃がその宿主()に収納される。

 

 そしてそれと同時に響く、骨が硬い地面に崩れ落ちる不快な音。連鎖的にそれは響き、数秒の後に終焉を迎える。

 

 流し目でその音の発生源を見やる神楽。

 

 そこにあるのは、切り刻まれ、最早動くための体裁を成していない骨のフラグメント。自身が切り刻み、スクラップにした存在だった。

 

「凛ちゃんはやっぱすごいなぁ。真似しようと思ったけど、結局自分のやり方でしかできなかった……」

 

 そう独り言つ神楽。やはり肉体的な才能、努力の差は大きいと。小野寺凛に対しての賞賛の言葉。それを無意識のうちに神楽の口は発していた。

 

 それは本心からの言葉であることの何よりの証左。小野寺凛を敬愛し、尊敬しているから起こりうる、尊い言葉。

 

 そして神楽は、敵であった餓者髑髏に対しても、成仏出来るようにと念仏を唱え、その行く末へと思いを馳せる。

 

 いくら敵であったとしても、弔うべき死者には変わりない。心を込めて、成仏出来るよう、言葉を紡ぐ。

 

 本心からの、心の底からの賞賛と、そして哀れみ。

 

―――しかしながら、その純粋さこそ、に実は一番悲惨で、残酷なものであるのだ。

 

 兄とも言える存在である小野寺凛が戦う戦場へと、あっさりと終えてしまった勝利の余韻を携えながら、神楽はゆったりと歩き出す。

 

 

 

―――既にその実力が、小野寺凛を超えつつあるという残酷さを、幸か不幸か、欠片も理解せぬままに。

 

 

 





※本作品はハッピーエンドです。が、多少欝要素ぐらいはあったりなかったり。

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