後ろから迫っていたカテゴリーCを、一瞥もくれることなく一刀のもとに切り伏せる。
腕に伝わる固い感覚。これは正に人の骨を断ち切った時の感触だ。
あばらから脊髄までを斜めに両断されたことでバランスを崩され、動けなくなった骸骨を見やると、念のために骨盤を踏み砕く。
足に伝わる、何度経験しても慣れることのない不気味な感覚。その悍ましさに感じ入る物があり少し止まっていると、隙と勘違いしてカテゴリーCが攻撃してくる。
そのまま攻撃してきた骸骨の腕をつかんでそのまま握り潰し、回し蹴りを放って胴体と頭をさよならさせた後、倒れたそいつの体を霊力で固定してから神楽達の元へと集合する。
「―――凛ちゃん!」
「凛さん!」
「大丈夫か神楽!」
舞蹴13号の火薬補助により骸骨を縦に両断した神楽に、舞蹴12号の空圧を利用して骸骨を斜めに両断する剣輔。
二人は俺の接近を感知すると、互いに互いの死角を埋めるべく背中合わせになるよう移動し、カテゴリーCへと相対する。
「異常だよこんなの……!これが無限髑髏って奴なの……!?」
「神楽それは多分違う。これは本当に普通のカテゴリーC、な筈だ」
「俺も剣輔の言う通りだと思う。こいつら自体はそんな驚異じゃないから、多分だけどこれはあくまでただの雑魚だ」
目の前に広がるのは恐ろしい数のカテゴリーC。
100体は間違いなくいるだろう。殺しても殺してもキリがない。
このガラクタ共が。俺は、お前らなんかを相手にしている暇はないというのに。
「……まだ湧いてきそうだね」
「……湧いてくるだろうな」
先程壊した骸骨を見やる。そこにあるのは俺の一撃によって斜めに切断された白骨の残骸、であるはずなのだが、もう既にその位置には何もない。
奴らは地面に埋まるようにして回収され、その内何処からともなくリスポーンしてくる。
現に先程俺が地面に霊力で縫い付けた奴もいつの間にか居なくなっており、どこかに回収されてしまっている。
原理は分からない。だが、確実に言えることは、やつらは地面に回収され、多分数分後にはまた地中から這いずりだしてくるのだ。
「無限湧きかよ……。レベル上げには最適かもしれないけどさ」
「RPGとかならですけどね。現実世界ではノーセンキュー過ぎますよ……」
レベルアップして能力値が上昇するRPGならいいが、ここは現実世界だ。無限にリスポーンされても体力が無くなり筋力も次第に弱まってくるだけで、当日中の成長になんぞ繋がる筈がない。
「……どうしたものやら」
本来の俺の役割は
俺、黄泉、服部、そして冥さんには一体ずつ
ちなみに人選の意図は正直よくわからないことと、帝さんが護衛役となっているのは指揮役を任されているからであり、実力云々の話ではないことだけは断っておく。
ともかく、俺の相手は
「エージェント達の避難は済んだんだよな?」
「はい、俺がやっておきました」
「優秀優秀。お前は成長したなぁ……」
弟分の成長に思わず目頭が熱くなる俺。最近俺は剣輔に指導してあげる回数が少なくなってしまっていたのだが、随分成長してくれているらしい。
まぁ、最近の黄泉が剣輔にする扱き方があまりに厳しすぎるな―と思っていたのだが、どうやら黄泉もガンガン成長していく剣輔を見るのが楽しくなったのだろう。それにしても厳しいとは思うけど。
話が逸れた。
ともかく、俺は本来ここに居るべきではないのだが、ここを受け持っていたエージェント達から「明らかに異常である」との通信が入り、剣輔を直行させた所、この現場の異常性が発覚。
それを皮切りに続々と各地から異常報告が入り、室長候補達も本来の役割以外の部分で動かなければならなくなっている状況なのだ。
ここを任されていたエージェントは意識不明の重体。あと数分剣輔が遅かったら間違いなく死んでいた。
現在支給されている無線は入り乱れまくっており、指示を出すことも聞くことも叶わない程カオスな状況が生まれてしまっている。
「……やってくれるじゃん三途河」
無線が混線しているのはマジで痛い。
俺と本部、そして帝さんを筆頭とする室長候補には特別な回線を与えられているので俺らが話し合いをする分には全く問題が無いのだが、問題はそれ以外のメンツなのだ。
下の方の方々が今回一気に混乱に陥ってしまっている。
一応きちんと訓練を受けた人間なんだからもっとしっかりしてくれ……とは思うが、生命の危機に瀕するとそうもいかないのが人間というものだ。
「どうすっかなー」
一応本部の指示では、戦況が判明するまでこの場に留まり、剣輔と神楽のサポートをすること。別途指示があればすぐにするのでいつでも動けるようにしておくこと、とのことだが……。
正直俺の判断としてはさっさと俺辺りをフリーにして、
先に敵のデカいのを倒しきっちゃえば、その分後が楽になるのだ。カテゴリーCで消耗しきった後にカテゴリーAと喧嘩するなんて考えたくもない。
でもなぁ。この数を相手に大立ち回りが出来て尚且つ指示もこなせる奴なんて俺か黄泉ぐらいしか思いつかないし……。
「凛さん」
「どした?剣輔」
そんなことを考えていると、剣輔が俺に話しかけてくる。
軽い感じで俺は返したのだが、そこに居たのは思いつめた顔の剣輔。
少々思いつめた、何かを決意したような男の顔で、じっと俺を見据えてくる。
突然そんな顔をされるとは思っていなかったので、俺は少々面食らってしまう。一体どうしたというのだろうか。
「……ここの怨霊なんですけど」
「おう」
「俺に、任せて貰えませんかね」
舞蹴を構えながらそう話す剣輔。
そこには強い決意と、意思があるのが見て取れる。
本気も本気。剣輔は本気でこの数を一人で相手にしようと考えているのだろう。
俺の能力を応用し、近付いて来た骸骨の頭蓋骨を握りつぶす。そのまま崩れ落ちる骸骨の背骨らしき所を掴み、骸骨が密集している部分に本気で放り投げる。
鈍い音を立てて崩れ落ちていく骸骨共。
常時100体近くの怨霊に襲われ、ほぼほぼ無限に近いリスポーン。骸骨一体一体の動きが鈍いとは言え、奴らは数の暴力に頼って俺達をじわりじわりと追い詰めてくる。
「……下手すりゃ無限リスポーンだぞ、これ」
「ええ、分かってます」
思考する。本部とも連絡が取りにくい現在、俺の意見は上の意見とほぼ同義だ。
つまりはここを任せるのも、任せないのも、俺の一声で決定してしまう。
そう、そしてそれは俺の決定で剣輔を殺してしまう可能性があろうということでもある。ここで剣輔が死ぬか生きるか。それはもしかすると、今からの俺の一言にかかっているのだ。
決断が速いことに定評のある俺だが、流石に悩む。どうしたものか、と決めあぐねていると、剣輔が静かに語りだす。
「さっき凛さんが踏み砕いた骸骨、まだリスポンしてないんすよ」
「ん?」
「そして凛さんが今握りつぶして投げた奴、俺が二分ぐらい前に袈裟切りにした奴です」
「……剣輔、お前」
「他にも今体を組み立ててるあそこの奴、来たばっかの時に神楽が峰打ちで脊髄を折ったやつですし、今神楽が切り捨てた奴はさっき俺が足を切った奴です」
そう言って、俺と神楽よりも一歩先に出る剣輔。
「ある程度法則性は見えてきました。だから大丈夫です」
「……」
「凛さんには役割がある。ならここは俺に任せてください。そう簡単に死ぬつもりは無いんで」
全部、見てたのか。俺は素直に驚いてしまう。
この乱戦の状況で、この数の髑髏を仮説を立てて検証を行いながら戦っていたのか。
正直俺もそれはやっていた。頭を砕いたり骨盤を砕いたりしたのはリスポンの法則性を手繰るためだし、色々仮説検証しながら戦ってはいたが、それはあくまで自分が倒した相手のみの話だ。
しかし剣輔は、この乱戦の中で自分だけではなく味方が倒した相手まで分析しながら戦い抜いていたのだ。
素晴らしいと、そう言わざるを得ない。
俺に、神楽に向けられる背中。そこに感じられるのは自身の力に対する自信と自負。ちょっと前に対策室に入ってきた若造などではなく、一人の退魔師としての確かな誇りがそこにはあった。
「―――分かった。任せる」
「ありがとうございます」
だから、俺も任せた。
「行くぞ神楽。ついて来い」
「……うん。剣ちゃん、無理はしないでね」
「大丈夫。限界は弁えてる」
そう言うと剣輔は走り出す。俺達から髑髏を引き離すように誘導し、そして屠りやすくなるよう計算して髑髏を誘う。
「行くぞ」
「うん」
剣輔の背中を見やって、俺達は駆け出す。
……本当に成長したものだ。ちょっと目頭が熱くなる。
弐村剣輔。
正直ある程度の役割は任せる予定でいたし、
……頑張れよ。
そう思い、俺と神楽はカテゴリーBの元へと走り抜けるのであった。
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「―――ふっ!」
舞蹴の空圧を使い、目の前の骸を斜めに両断する。
殆ど手ごたえ無く骨を通り抜ける刃。自分でも感心する程の一閃ではあったが、剣輔は油断なく剣を構え、残りの敵に相対する。
100を優に超える骸骨の群れ。1人で討伐するにはあまりに数が多すぎる。
無謀も無謀。実際にここに居たエージェントは三人がかりでもこの群れに敗北し、剣輔たちがここに来ていなかったら間違いなく死を免れ得なかっただろう。
それだけの戦場。一般の世界に居ればSPとして間違いなく名を馳せるであろうエージェントが三人がかりで殺されかかるような恐るべき戦場。
その中で剣輔は、1人で大立ち回りを演じていた。
「はぁ……!はぁ……!」
凛と神楽が立ち去ってから凡そ10分は経過しただろうか。
無線は今だに混乱を極めており、戦況は全く読むことが出来ない。
無線の混乱を防ぐため、特殊な電波を使って室長達と直接繋がることの出来る回線は室長候補以上以外に教えられていない。というよりも機材自体が違うらしい。
そして基本一般の退魔師に割り振られたチャンネルは、何故かほぼほぼ接続することが出来ない。まるで、ジャミングをされているかのように無線が通じないのだ。
人為的な物を疑ってしまう程の無線の混乱。だから現在の凛の位置を剣輔は把握することが出来ていない。
―――けどまぁ、あの人なら間違いなく目的地までたどり着いただろう。
そう剣輔は思考し、頭を振る。
まず今考えるべきは自分の目の前のことだ。
すっと目を細め、目の前の光景を見つめる。
そこにあるのは相も変わらず骸骨の山。ゆったりとした動きで、しかしこちらを殺すために遠慮なく的確に距離を詰めてくる殺人骸だ。
剣輔の視界の端の方で、骸骨が一体、地中から湧き出てくる。
リスポーン機能。この骸骨達は倒しても倒しても再生されて湧き上がってくる。
無限湧き。その恐ろしさは体力という概念を持つ生物であれば、説明等されずとも理解が可能だろう。
多分、エージェントもこれにやられたのだろうと剣輔は思う。
倒しても倒しても湧き上がってくる。そんな恐怖、普通の人間の精神では耐えることの出来ない。
そんな終わりの無い恐怖に耐えることが出来るのは、諌山黄泉や小野寺凛のような精神力が化物の域に属する人間ぐらいだろう。
だが、と心の中で独り言ち、剣輔を殺そうと得物を振り下ろしてくる骸骨を見事な動きで躱すと、新たにリスポーンをしてくる骸骨の元へと走り抜ける。
その道中で二体の骸骨を二刀の太刀筋を持って切り捨て、凛を真似てリスポーンしてくる骸骨を踏み砕く。
凛のように術を使って物理攻撃力を上げている訳ではないが、靴に軽い鉄板を仕込んでいる剣輔の足は、容易に人間の骨の中で最高の硬度を持つといわれる頭蓋を粉砕する。
脚に響く鈍い感覚。こればかりは何度やってもなれることは無いだろうと凛がよく言っているが、それは全面的に同感できる。これの感触に慣れることは絶対に無いだろう。
こんなことを何十回とエージェントは繰り返し、疲労し、やられたのだろうか。
一撃を貰ってしまい、血の流れる額をぬぐうと足元で砕けた頭蓋を見る。
―――いい加減、タネは分かってきた。
諌山黄泉との訓練で、聞いたことがある。
どんな怨霊にも、基本的には依り代となる
それが人への恨みのような形の無いものでも良いし、社のような形ある依り代でも何でもいいが、とにかく依り代となる存在がほぼほぼあるのだと。
大体は討伐すればその依り代ごと消えてしまうので、その依り代の存在が認識されることは極めて少ない。
だが。
「……見つけた」
これだけの規模の災害を起こすような怨霊の場合は別だ。
殺しても殺しても復活する。そんな永久機関のような怨霊がなんの依り代も無くこの世に存在できるはずがないのだ。
剣輔が踏み砕いた骸骨の数はおおよそ10体。この森自体の広さが相当なものであるため、10体で法則性が掴めるか、そもそもそこに法則性があるか自体が危うかったのだが、今回はそれが吉と転んでくれたらしい。
この髑髏達、
キン、という甲高い音が響く。
虫の音しか響かない森の中で、その異質な音は明瞭に軽やかに響き渡る。
それは金属が金属を断ち切った音。剣輔の舞蹴が、
三重に巻き付けられていた銀の鎖と、それに付けられていた木の札。見事なまでに二つに断ち切られたそれは、自然の法則に従って地面へと落下する。
それにワンテンポ遅れて響き渡る、骨が固い地面へと叩きつけられた音。しかもそれは一つ二つではない。
何百、いや、何千ものそれが地面に叩きつけられる、そんな音が剣輔の鼓膜を震わせる。
相手にしていた髑髏が崩れ落ちる。剣輔の視界で一つ残らず、重力に負けて地面へとその重さを直に伝え、その動きを完全に停止する。
「……終わったか」
緊張から解放されたからか、剣輔は霊樹を背にしたまま崩れ落ちる。
汗腺という汗腺からにじみ出る汗を拭いながら、剣輔は背にした霊樹を見やる。
数百年は間違いなく生きているであろう松の木。その幹の太さは自分の胴体などでは比較にならない太さであり、その生命力の強さを雄弁に高らかに語っていた。
「これが依り代か……」
裏拳で異常なまでに太い幹を叩く。
どうやらこれが媒介となっていたらしい。この霊樹が霊脈から力を引き上げ、無限に骸骨がリスポンするように仕向けられていたのだろう。
誰が組んだ術式なのだろうか。少なくとも、昔の高名な術者が組んだのだろう。
……凄い技量だと、剣輔は感心する。少なくとも自分には出来そうにはない。
そして多分小野寺凛にも出来ないのだろう。小野寺凛は尊敬に値する先輩ではあるが、こと術の行使に関しては素人以下だ。あれだけ知識と実践のレベルに差がある人間もそうはいないだろう。
一息つこうとして、ふと鎖を見やる。
綺麗な銀色の鎖に、付属する綺麗な絵馬。この二つがこの霊樹の力を活かすための媒介だったようだが……。
「―――?」
何処か、違和感を感じる。
なんかこれ、凄い違和感が―――
「意外でした。まさか貴方が自力で生き残るとは」
完全に思考が鎖に飛んでいたため、その声に反応するのが一瞬遅れてしまう。
寝起きに冷や水を浴びせられたかのような感覚。脊髄に氷を差し込まれたかのようなそんな感覚と共に、意識が芯まで一気に覚醒する。
「諫山、冥―――?」
「一対一で話すのは初めてですね、弐村剣輔。以後お見知りおきを」
夜の闇の中で、月の光を浴びて立っている銀嶺の乙女。
そこに立っていたのは、入口付近で離散し、現在カテゴリーBの相手をしているはずの、諌山冥であった。