喰霊-廻-   作:しなー

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第27話 -合同訓練2-

 トンファーという武器がある。柄を握りこむと腕の側面に沿って棒が伸び、腕を保護するような形を形成している武器である。

 

 それで相手の攻撃を受けることも出来るし、ヌンチャクのように使い相手を打撃することも出来る少々不思議な武器で、凛の経験上、退魔師でそれを使っている人間は殆どいなかった。使うにしても例外中の例外ぐらいなもので、ふざけて遊ぶ以外にそれと対峙したことは一度もなかった。

 

 そして、凛の目の前に居る相手は、その例外だった。

 

「……本当にやりにくいな!」

 

 トンファーのような形をした不思議な形状のブレード。トンファーの打撃部がそのまま刃に置き換わったと言えば想像に易いかもしれない。

 

 確か叉刃拐なる武器が、前世のゲーム世界では存在したと凛は記憶している。服部が使用しているのはまさにそういった形の武器だ。

 

 服部忍は相手の懐に忍び込み、その独特な形状の武器でもってほぼゼロ距離から両断する戦法を得意としていた。

 

 黄泉や神楽よりも圧倒的に敵との距離が近くなる凛の戦法。しかし服部の戦法はそれよりも遥かに相手との距離が近い。

 

 自分以上に距離を詰めて戦う相手には初めて遭遇したため、凛は正直なところかなり対処に苦労していた。  

 

 攻撃が見えない。

 

 懐に潜り込み繰り広げられる攻撃は、余りに自分との距離が近すぎるが故に自分の体で隠れて一瞬見えなくなることがある。

 

 しかもご丁寧にわざわざそれを狙って攻撃を繰り広げてくるのだから厄介なことこの上ない。

 

「うお!」

 

 ついに、服部の一撃が凛の頬をかすめる。

 

 潰した刃で尚且つ凛が回避をしていたこともあり、ほんの少し肌を掠める程度の一撃ではあったが、同時に肝を冷やすには十分な攻撃でもある。

 

 模擬戦であるはずなのだが、明らかにこちらを殺しに来るつもりの斬撃だ、と凛は思う。

 

 狙う所があまりにえげつなすぎる。首筋、顔面、金的等々、普通狙わないよねそんなところ?と言いたくなるようなところも平然と抉りにくるのだ。

 

 不思議な歩法で懐にもぐりこんでくる服部。どうもタイミングが掴みにくく、いつも間にか攻撃範囲に入られてしまっているのだ。

 

―――本当に厄介だな。

 

 抉るように繰り出される斬撃。黄泉や神楽のようにある程度の距離から攻撃を繰り出してくるのではなく、ほぼゼロ距離から繰り出される斬撃は、目で認知してから動くのでは遅すぎる。

 

 手でそれを弾き、距離を離す。

 

 機動力では明らかに凛が上だ。服部が詰めようとしても凛が離す方が早い。

 

 などと思っていると黒い物体がノーモーションで飛んでくる。目と首を狙ったその一撃は凛をして本気でヒヤッとさせられるものだった。

 

 何とかそれーーー忍者道具の一つである苦無ーーーを弾き落とすと、既に服部は攻撃範囲に入ってしまっている。先程から距離を離してもすぐに潜り込まれる。

 

 まだ回避できているが、このままだと完全にジリ貧だ。

 

 反撃に出るかどうか。それを凛が迷っていると、突如として目の前の女の姿がぶれた。

 

 目の錯覚か?そう思った瞬間には周囲を10人以上の女に囲まれていた。

 

「へぇ!これが服部の術か!」

 

 少し、感動する。

 

 影分身、という概念があるが、これはそんな優しいものではない。

 

 本当に10人以上の人間に周囲を囲まれている。そう錯覚してしまうほどのものだ。

 

 いや、実際に凛でなければそう錯覚していたに違いない。

 

「お見事」

 

「それはどうも」

 

 心からの賞賛をこともなげにいなす服部。

 

 それは賞賛を賞賛とも思っていない証拠。つまりはその程度のこと、自分には当たり前だと思っている証拠であった。

 

―――成程。原作(喰霊)で神楽達が苦戦する訳だ。

 

 前後左右全てを敵に囲まれているというのは非常に精神的に追い詰められるものだ。

 

 10方向から同時に繰り出される攻撃。しかしその9つは偽物だ。だが、女性の術の出来は素晴らしい。偽物だと思ってもそれを信じ切ることができない。そのレベルまで昇華されている。

 

 賞賛に値する技術だ。そう凛は思う。

 

 だが、

 

「本物みっけ」

 

「―――ほう」

 

 服部の攻撃は見事に空を切る。事も無げに躱される。

 

「見事だ小野寺」

 

「それはどうも」

 

 先ほどの返しと同様の言葉で返す。同様の意味と、自負を込めて。

 

「が、甘い」

 

「え?……ってあらま」

 

 ダアンと、物体が地面に叩きつけられる音が響く。質量があり、弾力もある物体が地面に叩きつけられた音。

 

 つまりは小野寺凛が服部嬢に投げられ、地面に叩きつけられたことを示していた。

 

「……体術も得意なんだね、服部嬢は」

 

「体術は一通り修めている。当然の嗜みだ」

 

 凛は眼前に突き付けられた模造刀を見やる。その先には美しく整ってはいるが、無表情の女の顔がある。

 

 下から見ると人間の顔というのは不細工に映ることがあるものだが、これだけ美しい顔立ちをしているとその法則は当てはまらないらしい。

 

 周りから歓声が上がる。凛の敗北、つまりは服部の勝利に、周りが沸いているのだ。

 

 地面に叩きつけられ、尚且つマウントポジションを取られている状況だ。

 

 両手が自由な状態でのマウントであるとは言え、上を取られた瞬間、それは敗北であると言って問題ない。

 

 上と下。どちらが有利かなど、火を見るよりも明らかだ。子供でも分かる話である。

 

 だから周りはその瞬間に勝ちを確信し、大いに沸いたのだ。

 

「マウント取られるとは思ってなかったな」

 

「無様なまでの取られ方だ。いや、むしろ見事なまでというべきか?」

 

「どっちも嫌だな。取られたことに変わりはないから」

 

 周りが沸いているのとは対照的に、小野寺凛は涼し気な顔をしている。凛の上に跨る服部も同様に、冷静な表情で凛を見つめている。

 

「さて。マウントを取ったことだし、本来ならお前には降伏を進めたいところだが……」

 

「まぁ普通ならそうだよね。でもさ服部嬢」

 

 ポタリ、と汗が地面へと落ちる。

 

 それはマウントを取られて焦りだした凛が流した冷や汗―――ではない。

 

 それよりも高い位置から落ちたものだ。

 

「―――()()()()()()()()()?」

 

「……」

 

 服部が無言になる。いや、無言にならざるを得ない。

 

 服部の体に力が入る。

 

 いや、入るという表現はおかしい。涼し気な顔で凛を見下ろしている服部ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先ほどから眼前に突き付けている模造刀を凛に叩きつけようと全力で力を込め続けているが、その刃はピクリとも動かない。

 

 どころかマウントを解除しようと体を動かそうとしても全身が全く動かないのだ。流石に模造刀を握る指や足の指程度なら動かせるが、それ以外の部分は一切動かない。

 

「いいこと教えておいてあげるけどさ」

 

「……なんだ」

 

「対戦形式で練習するときって、東京の対策室で俺に体術で挑んでくる奴は一人も居ないんだよ」

 

「……ほう」

 

「黄泉も結構体術凄いんだけどさ、俺とやるときは絶対に使わないわけ。それは何故かというと、俺が強いってのもあるんだけど、それ以上にさ」

 

 ニヤリと、マウントを取られている者とは思えない余裕の顔で笑う凛。

 

「俺にゼロ距離勝負を挑むのって、自殺と一緒なんだよね」

 

「……成程。狭間は貴様とあのままやり合わなくて正解だったようだ」

 

 今だに力を込め続けているが、ピクリとも動かない全身。鎖で全身を縛られたかのような感覚。いや、実際縛られているのだろう。体中が不思議な感触の物体に巻き付けられ、固定されているのが分かる。

 

「俺は俺が触れている物体なら俺の霊力を這わせることができてさ。頑張れば触れてなくてもできるのはできるんだけど、流石にここまで細かい作業は触れないと無理なんだよね。逆に言えば触れれば可能ってことなんだけど」

 

 まるで体が動かない。恐ろしい精度の術。投げたあの一瞬でここまでのことをされたとはとても信じがたい、と服部は思う。

 

 だが現状されているのだ。この男の実力、言い分を認めるしかない。

 

「ぶっちゃけると投げられたのは意外だったけどね。もうちょっと楽に勝てるかと思ってた」

 

「……言ってくれる」

 

 その言葉もどこまで本当なのか分からない。だが、悔しいことにほぼ事実なのだろう。

 

 出なければここまで綺麗に敗北する筈がない。

 

「―――化物。言われ慣れてきた言葉だが、自分が使いたくなるとはな」

 

 悔しさはあるが、ここまで格上だったと分かれば諦めにも似た感情すら浮かんでくるというものだ。

 

 表情には一切出さないが、もちろん腸は煮えくり返るような熱さに苛まれている。

 

 当然だ。自分の実力に一切の疑問を持たず、絶対の自信を持っていたというのにこの様だ。屈辱で死にそうな程である。

 

 だが、どこか納得している自分も居ることに服部は気が付いていた。神童という言葉は、伊達ではなかったということなのだろう。自分たちは、そんな呼称で呼ばれたことなどないのだから。

 

「俺にとってその称号は誉め言葉だからどんどん使ってくれていいぞ」

 

「変人だな。普通は蔑称と認識するだろう」

 

「まぁね。でも化物クラスに強いって意味なら恰好いいじゃん?」

 

「ふん。―――完敗だな。私の負けだ、小野寺」

 

 そういって冷笑を浮かべる服部。見方によっては恐ろしい笑みに映るそれであるが、勝者である凛から見れば単純に綺麗な、美しい笑みだった。

 

「ところで小野寺」

 

「どうした服部嬢」

 

「いつまで拘束しているつもりだ。速く解け」

 

「……いや、俺もそうしようかと思ったんだけど、問題があってだな」

 

「問題だと?」

 

「動けない美人が俺に跨ってる状況って結構悪くないなーと」

 

「……」

 

「冗談だから!そんな怖い顔すんなって!」

 

 でも黄泉とあいつの試合が終わるまで待ってくれ、と言って服部の下から這い出る凛。

 

 上体を少し起こした状態で両手を使って這い出る絵面はとても勝者とは思えぬほど滑稽ではあったが、困惑に溢れている周りにとっては問題にならなかったらしい。

 

「……最後に一つ聞かせろ小野寺」

 

「なに?」

 

「お前は―――いや、やっぱりやめておこう」

 

 口に出そうと思った言葉を、服部は飲み込む。

 

 敗者がこれ以上喋るのはただ恥を上塗りするだけだ。

 

 だから、小野寺凛が1度も攻撃に移らなかったことは、防御にリソースを回したせいなのだろうと、納得させることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っく!しつけぇな!」

 

「―――ふっ!」

 

 飛んでくる霊力で構成された弓矢を、黄泉は恐ろしい精度の剣戟で切り払う。

 

 二刀を持って三つを切り伏せる。霊力で出来たそれは、より強い霊力をまとった木刀で斬られることで形を保つことが難しくなり、空に霧散する。

 

 都度十数回。黄泉が近づいては狭間が離れながら弓を射て、それを黄泉が切り落として再度近づく、という流れが繰り返されていた。

 

「うーん。やっぱり木刀じゃ上手くいかないなぁ」

 

 木刀で肩をポンポンと叩きながら相手に聞こえないようにそう呟く黄泉。

 

 相手の弓の腕前は対したものだ。黄泉が近づこうとすると、体勢的に一番打ち込んでほしくない所に一番いやなタイミングで打ち込んでくるし、その速度も見事だ。

 

 精度、速度、タイミング。どれも一級品。達人の域に足を踏み入れていると言って過言ではないだろう。

 

―――どうしようかしら。本気でやるつもりはないんだけどなぁ。

 

 あくまで腕試し。黄泉はこの試合をそう考えていた。

 

 正直に言って、本気で踏み込めば間違いなく勝てるだろうと黄泉は思う。

 

 本当に狭間の腕は素晴らしい。ただ口が悪い男と言うだけではないということを身をもって思い知らされる。同じ退魔師として尊敬するし、そこまでの研鑽に敬意を抱かずには居られなくなった。

 

 正直本当に敵に回したく無い相手だと思う。黄泉を殺さないよう細心の注意を払ってこれなのだから、もっと広いフィールドで、曲射も含めて全力でやられたら苦戦することは間違いない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 負けるビジョンが欠片も浮かばない、と黄泉は思う。

 

 勝てるビジョンが具体的に浮かぶのかと言われれば決してそうでは無いのだが、凛や神楽と模擬戦をしているときのような、ギリギリの緊張感がないのだ。

 

 二人と手合わせをしている最中には頻繁に「これを間違えたら絶対に負ける」という感覚に肝を冷やされる。

 

 事実そこで選択をミスすれば自分が本当に不利になるし、実際にほぼほぼ負ける。

 

 でも、今はそうでは無いのだ。本当にびっくりするぐらいに肝が冷えない。

 

 多分、どこをどうしても勝てるだろう、としか思えない自分に戸惑ってすらいた。

 

 相手が全力を出せない環境なのは承知の上だ。

 

 しかし、それでもである。本気を出せないというのならば自分も乱紅蓮を出せていないし、条件で言えば対等だ。

 

「随分と余裕じゃねぇかのか?」

 

「そんなことは無いわよ。攻めあぐねてるのは貴方が一番感じてるでしょう?」

 

 とは言え、実際攻めあぐねているのも事実だ。

 

 どうしたものか、と黄泉は思う。

 

 やる気になればやれるけど、正直やりたくはない。相手には相当失礼な考えではあるけれど、温存しておきたいのだ。

 

「なら突破できるよう攻め込んできたらどうだ?呆けてないでよ」

 

「……あなたがそうさせてくれてないんじゃない」

 

 再度、黄泉が踏み込む。

 

 瞬足という表現がピッタリのそれ。一般の退魔師であるのならば接近されたという事実しか認知できずに体を滅多打ちにされていることだろう。

 

 だが、相手は一般の退魔師ではない。この世界に二人といない、弓の名手なのだ。

 

 ノーモーションからの速射。溜めの時間など殆どなかったというのに、黄泉にとって最も嫌なタイミングで繰り出される。

 

 これに当たらないようにするには足を止めるしかない。幾度と繰り返されたやり取りをなぞるかのように黄泉は矢を切り払う。

 

「面白いぐらいにあっさり切り払ってくれんじゃねぇか」

 

「そっちこそ面白いぐらいに嫌なところに撃ってくれるじゃない、の!」

 

 再度接近する黄泉。同じように接近するだけでは先程までの繰り返しと全く一緒だ。つまりは接近を阻まれて足を止める。その繰り返しになる。

 

 そうすれば不利なのは黄泉だ。

 

 動く距離を最小限に、ただ弓を射ればいい者と、長い距離を刀を振り回しながら詰めるもの。どっちが疲れるかなど明確にもほどがあるだろう。

 

 だから一応、そのための布石は一応打ってきた。

 

 ただ。

 

 チラリと後ろをみる。そこには腕を組んでこちらの試合を眺める凛の姿があり、マウントの体制のまま固まっている服部忍の姿もあった。

 

 どうやらいつの間にか戦闘を終わらせてこちらの戦闘を観察しているらしい。

 

―――出来ればこれ、凛には見せたくなかったんだけどなぁ。

 

 そんなことを思いながら、一気に自分の速度をトップに上げる。今までは抑えていたそれを、ほんの一瞬だけ開放する。

 

 自分がやっていたのを真似て、最近凛がよく使う戦法だ。直前までワザと自分の速度を抑えて戦い、イザという時にほんの一瞬だけ速度を上げてやる。

 

 するとどうだろうか。面白いぐらいに相手は引っかかってくれるのだ。

 

 果たして、それは目の前の相手でも同じだったらしい。

 

 普通ならば単純な緩急など室長候補に効きやしない。凛にやられても自分が対処しきれるのと同様だ。

 

 だが、この戦法は非常に奥が深い。単純であるがゆえに、人間の認知を使った手段であるがゆえに、簡単に対処できるものではないのだ。

 

 狭間の目が驚愕に見開かれる。単純に驚いたのだろう。その速度の速さに。

 

 黄泉は徐々に、狭間には認知されないように()()()()()()()()()戦っていた。

 

 この緩急をつけるやり方の狙いは単純に一瞬だけ力を開放することで意表をつくことにことにある。

 

 だが、()()()()()()()()()()

 

 自分が望むように、自分の望むタイミングで相手が攻撃をしてくるように意識を調整してやるぐらいしてやらないと美しくない。ただ緩急をつけるぐらいなら、素人にだって出来るのだから。

 

 数メートルあった距離が、文字通り一瞬で詰まる。

 

 やられた側である狭間としてはどうしようもないだろう。第三者の視点から見ているギャラリーでさえ、その移動を目で追うことすら出来なかったのだから。

 

 弓を構える暇すらない。完全に弓に手をかける前の状態で、黄泉に接近を許す狭間。

 

 誰もが黄泉の勝ちを確信した瞬間、黄泉が突如停止する。

 

 それだけではない。少しよろけながら、喉元に手を添えて二歩、ふらつきながら後ずさりをした。

 

「……あっぶねぇな。今のは本気で肝が冷えたぜ」

 

 僅かに冷や汗を流しながら、狭間慶太はそうつぶやく。

 

 そしてその呟きが終わると同時に、カーンと、何か固い物体が壁に跳ね返り、地面へと落ちる音が響く。

 

 数度バウンドした後、球体の形をとるそれは他の球体がそうなるようにコロコロと転がり、訓練場の地面を伝っていく。

 

 それは偶然にも凛の足元へとたどり着く。銀色の、直径一センチほどの物体。多分、だれでもこの存在は知っているだろう。

 

「―――指弾か」 

 

 足元に転がるパチンコ玉を拾い上げ、そう呟く。

 

 指弾。簡単に言えば指の僅かな動作で物体を弾き、相手にそれをぶつける技術である。

 

 一見地味であり大したことのないように見えるその技術であるが、使うものが使えばかなり脅威であり、急所を狙えば相手の動きを充分な時間止めることも出来る。

 

 決定打になることは非常に少ない一撃であるが、()()()()()()()()()()()()として使うには非常に有効な一撃。

 

 それを狭間は放ったのだ。あのとっさの状況で、恐らくは2射。

 

 凛の足元に転がってきた分と、黄泉の喉元に。

 

「危なかったが、残念だったな。その程度の接近に対処する方法は身に着けてんだ」

 

 ゆっくりと黄泉の元へと歩みを進める狭間。

 

 俯いて足を止めている黄泉は、後退すらしようとしない。ただただ狭間が近づくのを許している。

 

―――流石だ、と凛は思う。あの一瞬でとっさの判断。あんなもの中々出来るものではない。

 

 正直に言うのならば、凛ですらあの一瞬だったのならば反応しきれたかは自信がない。

 

 狭間は完璧に、黄泉の一番嫌なところに嫌なタイミングで弓を射ていたように見えたが、多分それは誘導されてのことだ。

 

 あれだけ綺麗に嵌められて、あの瞬間のカウンターは見事だと言わざるを得ない。自分なら下手をすればあれで終わっていた可能性もある。

 

 流石は室長候補と呼ばれるだけはある。口先と態度だけの男ではないらしい。

 

「おい、小野寺。ちょっとそこで待ってろ。こっちを片づけたら次はテメェだ」

 

 凛へと顔を向けて、好戦的な表情を浮かべる狭間。

 

 そこには凛と戦いたくて仕方がないという感情が満ち溢れており、凛としてもそれだけ好戦的な感情を向けられるのは悪い気分はしなかった。

 

 認めたくはないが、凛は戦闘狂の気質がある。売られた喧嘩は買ってやりたくなってしまうのだ。

 

「いや、別にいいんだけどさ」

 

「あ?けどなんだよ」

 

「なんていうか、その。言いにくいんだけど、多分片付かないと思うぞ?いや、ある意味では片付くのか」

 

「はぁ?」

 

 そう言われた狭間は、諌山黄泉へと視線を戻す。

 

 すると、平然とした表情で、少し前かがみになった状況で狭間を見上げている黄泉とばっちりと視線が絡み合う。

 

 じーっと、真顔で狭間の顔を見つめている黄泉。それを狭間も見返してしまう。

 

 所謂上目遣いに近い表情。別に甘えているわけでも媚を売っている訳でもないため、目が潤んだり頬が上気しているわけでもないが、その角度は黄泉の顔立ちの美しさをより際立てるものだった。

 

 綺麗な顔立ちをしてやがる、と狭間は戦闘中にも関わらず思ってしまう。絶世の美少女とは聞いていたが、成程、その下馬評通りだとそう思う。

 

 それと同時に、とてつもない違和感に襲われる。どうしようもない違和感。体の芯のほうが警鐘を鳴らす。

 

 なんだ、どこに自分は違和感を感じて―――

 

「な……!」

 

 思考に浸っていたのは一秒にも満たない時間であったであろう。

 

 違和感の正体に気が付いた時にはもう遅い。

 

 喉元にパチンコ玉をぶち込まれた女が、あんな平然とした顔をしているわけがないと、遅すぎる結論にたどり着いた瞬間には既に手から弓は弾き飛ばされていた。

 

「いったー。手の平に痣できちゃったじゃない」

 

 いつの間に振り切ったのだろうか。剣を振り切った体勢から、ゆっくりと自然体に戻ると黄泉はそう呟く。

 

 握りこまれた左手を開くと、そこにあったのは銀色の玉。凛が拾い上げたものと全く一緒のものだ。

 

「あの一瞬でキャッチしてたのかよ……。ホントに性格悪いねお前は」

 

 狭間に一礼をしてから背を向けて凛のもとに歩き出した黄泉に向かって、凛が声をかける。

 

「あら。あんな体勢で女の子を縛り付けてる鬼畜男には言われたくないわね」

 

「後ろから襲い掛かられると怖いからな。忍者ってほら、暗殺得意だし」

 

「忍者より暗殺得意な男に言われてもって話よね」

 

 ぽいっと手に持っていたパチンコ玉を放り投げる黄泉。

 

 あの一瞬で、黄泉は投じられた指弾を防ぐことに成功していたのだ。

 

 流石に威力があったため足は止めざるを得なかったが、掌にぶつかった程度では当然決定打になどなりえるわけがない。   

 

「で、どうする?2体1になってるけど、タイマンでもいいぞ。やるなら拾えよ、それ」

 

 目の前で呆然と佇む大男にそう問いかける。

 

 やるなら付き合うぜ、と好戦的に微笑む凛。

 

 それを見て狭間は一瞬憤怒に顔を歪めるが、額に手を当て、首を横に数度振る。苦々し気な表情を浮かべてはいるが、どうやら襲い掛かってくるということは無いらしい。

 

「……負けだ。無様に足掻いてこれ以上恥はかきたくねぇ」

 

「……へぇ」

 

 てっきり素手でも殴り掛かってくるかと予想してたのにな、と凛は思う。

 

 弓を拾ったら拾ったでその瞬間に特攻をかけようと画策していた凛にとってはその回答は意外も意外だった。

 

 ……そのためにさり気なく霊力で地面に弓を固定していたというのに。

 

 凛の予想に反してそうとだけ言うと、背中を向けて狭間はさっさと訓練場から出ていく。

 

 負けは負けだが、無様に足掻くよりああして出ていく方が確かに男らしい。恥を考えるのならば最適の回答だっただろう。

 

「はいはい、それじゃあ余興も終わったことだし、訓練も終わりにしようかしらね」

 

「余興っつったか室長」

 

 いつの間にかスピーカー越しに指示を出すのではなく、訓練場に降りてきていた室長を睨みつけるが、相も変わらずその柔和な笑みで流されてしまう。

 

 実年齢ならば凛と同じくらいであるというのに、掴みどころがない。流石はドロドロした大人の世界を生き抜いてきた猛者なだけはあるのだろう。

 

「では、これにて合同訓練を終わります。本日はこの後予定がございませんので、各自散開してください。お疲れさまでした」

 

 二階堂が頭を下げ、皆も一斉に頭を下げる。

 

 自然と拍手が起き、それが静まった後は三々五々でみな訓練場を後にしていく。

 

「ふう、疲れたな」

 

「ご苦労様だったな、凛」

 

「ども。流石に疲れるなあの超人を相手にするのは」

 

 流れていく人を見やりながら、近づいて来た帝にそう話しかける凛。

 

「余裕を残している癖によく言う」

 

「んなことないって。帝さんはよかったの?俺とか黄泉と戦わなくて」

 

「興味はあるが、別に見せびらかして誇るものでもないからな、強さは」

 

 そういって自嘲気味に笑うと、帝も踵を返して出口へと向かっていく。

 

 不思議な笑みだ、と凛は思う。そして笑み以上に強さに彼が拘っていないことにも改めて驚きを感じる。

 

「時系列だと完全に強さにとらわれてる時期なんだけどなぁ。まだ追儺に会ってないだろうし」

 

 彼が両親を亡くした呪縛から解放された要因は追儺というキャラクターにある。帝同様原作(喰霊)にしか出ないキャラクターで、彼女との出会いで徐々に彼は変わっていくハズなのだが……。

 

「随分流れが変わり過ぎてマジ分かんねぇ。地雷がどこに埋まってるのかいよいよわかんないぞこれ……」

 

 誰にも聞こえないように呟きながら内心頭をかきむしる。

 

 自分の体調とかいう爆弾も抱えさせられているし、生まれながらのデバフチートまでかかってると来た。

 

―――ま、考えていても仕方ないし帰るか。

 

 凛も皆と同様に出口へと向かっていく。今だとシャワーが混んでいるだろうから、対策室に備え付けのほうを使おう、などと考えていると、またしても後ろから声がかけられる。

 

「小野寺」

 

「何?どしたの服部嬢……って、あっ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……とりあえず土下座でいいですか?」

 

 

 

 ちなみにこの後、狭間以外の室長候補同士で食事に行ったのだが、終始服部には口を聞いてもらえなかったらしい。

 

 

 

 


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