本日あと一話更新します。次の話は戦闘回になります。
見るものを一瞬で魅了させる、細部までこだわりぬかれて作られた美麗なシャンデリア。
そこからもたらされる普段とは一味違う光はその空間をまるで普通の空間とは別物であるかのように装飾し、現実と創作の世界との境界を曖昧にさせるかのように錯覚させる。
中央に美しく並べられたテーブルには純白のテーブルクロスが一ミリの皴もなくかけられており、その上には芸術作品と見間違うほどの料理が整然と並べられている。
その周りを歩くのはこれまた美しい服装に身を包んだ老若男女。普段は絶対に着ないような人に見せるためだけの服装でテーブルの周りに集っている。
まさに映画などでよく見る舞踏会。それを想像してもらえれば問題ない。
時刻は20:00。二階堂が言っていた通りにマジで俺が乾杯の音頭をやらされた懇親会が始まってから1時間が経過した。
「……戦闘より疲れるわこれ」
懇親会には先の会議に参加しなかった人間達も大量に参加しており、正確な数は把握していないが、それこそ100名は軽く超える人数がこの会場に集っている。
その中でも俺たち室長候補は主役級なので常に誰かしらから声をかけられて話し相手になってやらなければならず、俺もようやく一時間ほどたって解放されたというわけだ。
俺は生前(というのも語弊があるが)、社会人を経験しておらず、こういったオフィシャルな場には全然耐性がないので非常に疲れる。
……これを日常の飲み会とかでやっているのか社会人は。疲れるよな本当に。
手にしたノンアルをちびちびと口に運ぶ。
飲めればまだよかったのだが、こんなフォーマルな場所で流石に飲むわけにもいかず、常駐のバーテンにノンアルのおしゃれなのを作ってもらって飲んでいるというわけだ。
「随分お疲れだな、小野寺」
「……はい?ってああ、服部嬢」
疲れて端の方のところに避難していると、少々面倒なのに絡まれる俺。
近づいて来たのは黒いゴスロリ風ドレスの、多分喰霊-零-だけをみている人は本当に関りがないであろう茶髪の美人。
室長候補の一人で、この人は服部忍。北海道支部の室長候補だ。
まぁ茶髪のナイスバディなねぇちゃんが話しかけてきたという訳だ。
「こういう場所には慣れていないのだな」
「まぁねぇ。あんま経験しないじゃん?黄泉とかはうまく立ち回ってるみたいだけどさ」
「女だというのもあるのだろう。麗しい見た目だけで老齢の男の評価など上に振り切れるものだ」
「確かに」
わかるわかると頷く俺。
「俺が話しても受けないネタが黄泉だと受ける……なんてことは普通にありそう」
「逆にお前が話した方が納得させやすい話もあるが、そういった意味では我々の方がやりやすいのかもしれんな」
そう言って手にした飲み物を一口口に運ぶ服部嬢。
黄泉しかり冥さんしかりなのだが、美しい女性って飲み物を飲むだけで絵になるのだからずるいと思う。美人税は導入されてもいいんじゃ……?
……というよりこの人が俺に話しかけてくるなんて珍しい。
室長候補は
あくまで候補なので、表立って候補と言われている奴以外にも何人かはいるわけだ。
この人は正当に候補として周りに認められている人間の一人で、多分順当に行けば北海道の室長になることは間違いないだろう。
俺が嫌う面倒な室長候補達というのは、
まぁこの人も自分の実力に一切の疑問を持っておらず我が強いので、ぶっちゃけ面倒なのは面倒なんだけどね。
「それにしても見違えたな小野寺。あのチンチクリンに抜かされているとは思わなかったぞ」
「男子三日会わざれば、っていうだろ?そういう服部嬢も随分綺麗になってたからビックリしたよ」
「良く言う」
「お世辞ではないんだけどね。それにしても珍しいじゃん。服部嬢から俺に話しかけてくるなんてさ」
「祖母にそそのかされてな。見ろ。若人同士の会話を楽しそうに眺めている」
そう言われてチラリと視線を向けると、数人で談笑しながらもこちらに視線を飛ばしてくる老婆が一人。服部嬢の祖母、つまりは北海道の現室長だった。
「……縁談持ち込んでたのって服部嬢の所もだったっけ」
「そういうことだ。今日のお前の振舞いを見て本気で欲しくなったらしい」
「また面倒な……」
「縁談を申し込んでいる乙女を前にして面倒とは中々言ってくれる」
「そんな無表情で言われてもな。もう少し表情筋を鍛えて出直してこい」
お嫁は欲しいけど、婿に行く気は一切ないんだよ俺……。
そして服部嬢は本当に表情が変わらないので、冥さん以上にその心情が読みにくいから、一体どんな意図でこの話をしてきているのかも分からず、非常にやりづらい。
ちなみにだが、服部という名前から想像できた人もいるだろうが、服部は所謂忍者の家系だ。
服部半蔵の名前を知っている人間は非常に多いだろう。この服部家はその一門というか直系であり、代々忍術を引き継いできている家系なのだ。
一度その技を見たことがあるが、正にNinjaといった感じだ。影分身してみたりクナイを大量に分裂させてみたり。相対することになったら苦戦はしないだろうがだいぶ面倒な戦いになることは間違いない。
俺が霊術を使えるようになったとしたら是非習得してみたい術のトップクラスにランクインする。
ちなみに最下位は巫蠱術な。アレは絶対に習得しない。きもいもん。
「今度忍術教えてよ。多分俺のスタイルに結構合うと思うんだよね」
「馬鹿か貴様は。門外不出だ」
「成程。婿入りすれば教えてもらえるってことか」
「下るか?服部に」
「それこそ馬鹿言え。俺は嫁さんを取るつもりなんだよ」
冗談めかしては居るが、正直忍術には興味がある。
俺のスタイルと忍術って相当にドンピシャリだと思うんだよな。体に暗器を隠し持つ必要のない、最高の隠密になれる気がする。
その後も少し服部嬢と談笑する。
「……凛さん、さっき言われたの持ってきたんすけど」
服部嬢と(楽しくはないけど)それなりに会話を弾ませて色々話していると、丁度話題が尽きかけたか尽きかけていないかぐらいのタイミングで剣輔と黄泉が飲み物を携えてやってきた。
服部嬢に絡まれるちょっと前、飲み物が無くなりかけていたので取りに行こうとしたら、剣輔が気を利かせて持ってきてくれたのだ。絡まれる数分前ぐらいだったはずだから、タイミングを見計らって会話に入ってきてくれたのだろう。
「大丈夫。丁度会話もひと段落したところだし」
こいこいと手招きして、俺の隣、つまりは服部嬢から遠い位置に黄泉と剣輔を誘う。
何というか、やらないとは思うんだけど、こいつら室長候補って隙あらばこちらに攻撃をかましてくるような雰囲気を纏ってるからあんまり近寄らせたくないんだよね。
ちなみに神楽はいい年のおじさま方と楽しく談笑している。なかなか年上キラーな娘様であることよ。
と、そんなことを思いながら俺は剣輔を服部嬢に紹介する。
「知ってると思うけど諌山黄泉。そしてこちら弐村剣輔。うちの新入りで将来のうちの筆頭候補」
「諌山黄泉です。あまりお話できてなかったわね」
「……ども、弐村剣輔です」
「服部だ。……そうか、新たに入った退魔師とはお前のことか」
ほう、といった様子で、俺と話している時よりか興味深そうな顔で剣輔を見る服部嬢。
「何?剣輔の名前って北海道まで響いてるの?正直意外なんだけど」
「男の退魔師が新たに入ってくるなど何年ぶりだかわからないからな。話題ぐらいには上がっている」
「確かにバイトとはいえ一般組からこっちに入ってきた人間って数えるぐらいしかいないもんな。ナブーさんとか岩端さんとかも一応そうだけどさ」
ここ数年で俺が知る限りだと本当に剣輔ぐらいな気がする。
一応俺もフリーから対策室入りしたと考えれば新人なのかもしれないけど、俺の一家は元々退魔師の家系だ。
剣輔みたいに本当に純粋な一般家庭からこっちに足を踏み入れた人間なんて、ここ十年くらいに区切ってみても右手の指で十二分に足りる数しかいないはずだ。
「言っとくけど、北海道にはあげないからな」
「別に欲しいなどとは一言も言っていない。くれるというのならば喜んで貰うが」
そう言って再度剣輔を見る服部嬢。
「……お?意外と高評価?」
ボソッと呟いてしまう俺。
確かに剣輔のことは非常に熱心に鍛えているし、色々親身になって指導しているのは事実だ。そして剣輔もかなりの気概を持ってそれについてきている。
多分それは少し前に一度、神楽が結構危ない目にあったことが起因しているのだろう。
これは黄泉や雅楽さんにはひた隠しにしている事実なので、知っているのは俺と神楽と剣輔の三人だけであるが、とにかく一度本当にやばい状況になったことがあるのだ。
実際は問題なかったし、かすり傷ひとつすら負わなかったのだが、あの場に居たのが神楽一人であったのならば大怪我くらいは負っていただろう。それだけの出来事だった。
実力は抜群であるし、センスも光るものしかない。使命に対しても前向きだし、あの若さで自分の立場を十二分にわきまえている。
だが、神楽は未だにカテゴリーDの呪縛から逃れられていない。特に、あの教師を斬ってからはそれが顕著になってしまった。
少し前にあったお勤めで、格下のただのクソ雑魚相手に体が動かなくなってしまったのだ。
正直あれは俺も予想外だった。剣輔にサポートをさせていたから問題なかったものの、一人だったらどうなっていたことやら。
そんな神楽を見て多分剣輔は色々思う所があったのだろう。それからは訓練に対する熱の入れようが明らかに変わった。
俺よりスパルタなんじゃ?という程の黄泉のしごきにも食らいついて行っているし、将来が楽しみではあるのだが……。
「退魔師界に居る若い男で、骨のあるやつなど両手の指で充分に足りる。その男はそこに入っている。ただそれだけのことだ」
「……へー」
まさか室長候補から認められるくらいになっているとは。
「神楽と並んでうちの期待のルーキーですから」
ちょっと誇らしげに黄泉がそう言う。俺より黄泉のほうが完全に戦闘スタイルが似通っているので、技術関連は大体黄泉が指導しているので、弟子が褒められたみたいな感じで非常に嬉しいのだろう。
黄泉が多少どや顔をしているのを華麗にスルーすると、服部嬢は剣輔へと改めて目線を向ける。
相変わらずその無表情は何を考えているのか全く分からないが、意外にも興味を持っていることは確かだった。
「弐村剣輔。もしお前が北海道に来るというのなら歓迎しよう。検討しておけ」
剣輔に対して何を言うのか、と思いきや、意外や意外。それは勧誘のお言葉だった。
そうとだけ言って、その場から立ち去っていく服部嬢。
歩く姿と立ち振る舞いで大体相手の実力がわかるというのは俺の持論だが、成程、自分に自信があるのが納得なぐらいの実力は持ち合わせているらしい。
「……えっと、今の何なんですかね」
「……さてねぇ。少なくとも俺や黄泉より剣輔に興味を持って帰っていったのは確からしいよ」
「ホントね。私なんて一言ぐらいしか会話してないわよ」
失礼しちゃうとばかりに頬を膨らませる黄泉。
「あいつはああいう奴だからな。帝さん曰く興味がないことには一切興味を示さないらしい」
「剣輔君には興味津々だったみたいだけどね」
「それなんだよなぁ。相変わらず不思議な女だ」
腕を組みながら少し唸る俺。黄泉や俺に噛みついてくる奴が居るとすれば服部嬢ともう一人辺りが濃厚だと思っていたのだが、予想が外れたらしい。
「まぁどうでもいいか。剣輔は絶対にやらないし」
「そうね。剣輔君が抜けられたら困るわ」
「……あの少し恥ずかしいんでやめてもらってもいいっすか」
恥ずかしそうに照れた様子を見せる剣輔。満更でもなさげな様子だが、確かにこんなにべた褒めされたら普通に恥ずかしいわな。
その後もわざわざ剣輔を褒めて黄泉と二人で後輩をからかっていると、二階堂のアナウンスが響き、このパーティーの終わりを告げ始めた。
しかしまぁ、退屈なパーティーだったな本当に。
本当ならもっと室長候補の輩と話をしてみようと思ったのだが、老害どもに捕まって話す時間もほとんどなかったし、飯も大して食えなかったし。
帰りに剣輔でも誘ってラーメンでも食って帰ろう。そうしよう。
そんなことを思っていると二階堂桐とばっちり目が合った。
「では、閉会の音頭も小野寺凛にお願いしようと思います」
「いい加減にしろよお前」
流石に今回のは冗談だったらしく、帝さんが締めの挨拶をすることとなった。
二階堂は一度締める必要があるな、やっぱり。