喰霊-廻-   作:しなー

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4か月越しの更新。
内容飛んでる方は是非前話から見直してください。
そして今回もちょっと内容がぶっ飛ぶので、あれ?ってならないようにご注意ください。

さあ。三章のラストスパートがかかります。
私が書きたかったこの一幕。是非お愉しみください。。


第22話 -起こる未来-

「……これは、どういうことです?」

 

 ゆっくりと降りしきる雪の間を、冥の言葉が進んでいく。

 

 疑問と困惑。そんな白とは無縁の感情が乗せられた声が、純白の雪の間を潜り抜けて眼前の二人に届く。

 

 血だらけのまま近くの岩に腰掛けている男と、雪の中でもその強さを欠片も揺るがさずに凛として佇む黒髪の乙女。

 

 冥が発したその声は、雪にさえぎられることなどなく、確かな重みをもってその二人に届けられた。

 

「見ての通りですよ、冥義姉さん。貴女の目の前には獅子王を抜いて、貴女に向けようとしている女がいる。……ただ、それだけの話です」

 

 黒髪の乙女の頭にはうっすらとではあるが雪が溜まっている。

 

 それはその場から一切動いていないことの証左。

 

 降りしきる雪の中、極寒の環境の中、身震い一つすることなく佇んでいることの何よりの証明。

 

「何故?と聞きたそうな顔ですね。……剣輔君が気づいてくれたんですよ、貴女が仕組んだこの一幕に」

 

 黒髪の乙女はそう続ける。

 

 10月にも関わらず降り注ぐ雪の中で、その寒さに震えることすらなく、ただ一途に目の前の()を見据えている。

 

「───だからこちらも仕組ませて貰いました」

 

 そこで、初めて黄泉の隣に腰掛けていた男が口を開く。

 

「……全く、やってくれますね。俺の行動を全部計算に入れてるとか……。完全にしてやられましたよ。……正直、屈辱だ」

 

 着ている防寒着はあちこちが破れ、赤い染みがそこから広がっている。

 

 防寒着の役割を果たせているのだろうかと疑問になるほどの裂傷がそこら中に走っている。

 

 そこから流れる血も、彼の体を芯まで冷やすのに何役も買って出ているであろう。

 

 だが、男も寒さなど度外視したかのように、それ以上の感情に身を焦がしていた。

 

「剣輔が気づいてくれなきゃどうなってたことか。……あと神楽にも感謝しなきゃな。あの子が居なきゃ、()()に俺は殺されてた」

 

 本気で悔しそうに、辛そうに。

 

 いつも飄々として自分の感情を見せない彼にしては珍しく、本気で感情をあらわにしている。

 

 その傷も、その寒さも。その激情の前には何の意味も示さない。

 

 そんな凛を見て黄泉は優しく微笑み、敵意を持って冥に再度顔を向ける。

 

「……冥義姉さんが、私のことを快く思っていないことは知っています。養子でありながら、諫山を継いだ私のことを」

 

 かちゃり、と刀が鳴く。

 

 名刀「獅子王」。諌山家に代々伝わる、千年もの歴史を持つ由緒正しき宝刀。幾多の敵を切り裂き、無数の修羅場を所持者と共に潜り抜けてきた伝説級の一品。

 

 それが、ゆっくりと肩の高さまで上げられていく。

 

「でも、それを引き摺って、諫山の名を背負えずに生きていくのは絶対にごめんです。だから───」

 

 一拍おいて、黄泉は紡ぐ。

 

「───勝負しましょう。私と、貴女で、諫山を賭けて」

 

 終焉をもたらす、その言葉()を。

 

 二人の関係を明確に切り裂く、何よりも鋭いその(言葉)を。

 

「ベットするのは互いの命。()()()()()()()()()()()()()()()。その結果がなんであれ、それは勝負の結果に生まれたもの。正々堂々、相手をねじ伏せて諫山を奪う。……そんな、勝負をしましょう」

 

 迷いも逡巡も躊躇いすらない。

 

 息を吐くかのように、正気の沙汰とは思えないようなセリフを黄泉は紡いでいく。

 

「……黄泉、一体貴女は何を言っているの?そんなこと、許されるわけがないでしょう?」

 

「その通りです冥義姉さん。こんな馬鹿げたこと普通は許されない」

 

 黒鉄の刀身に雪が降り注ぎ、ほんの少しではあるがその厚さを増していく。

 

 僅かばかりの幅しかない刀身に雪が積もるということは、その持ち主が欠片も動かずにその刀身を構え続けていることを表す。

 

 つまりそれは、黒鉄の刀身を持つ少女は一切揺るぐことのない意志の下でその刀身を相手に向けているということを指していた。

 

「分かっているなら尚更貴女は何を言っているの?そんなこと、あまりにも馬鹿げている。……普通じゃない。気でも狂いましたか?正気の沙汰とはとても思えません」

 

 それを理解しながらも、冥は一般論を紡ぐ。

 

 一般論とは便利なものだ。正論に近しいものがあり、その弁を受ける相手の芯が定まっていない時、相手に有無を言わさぬ力を持つ。

 

 だが。

 

「ええ。冥義姉さんの言うことは最もです。気が触れていると思われても仕方がない。……普通じゃ、ない」

 

―――それは相手が並みである場合に限る。

 

「そう、普通じゃないんですよ冥姉さん。まるで爆心地の巣をつついたかのような、対策室を総動員しなければならない程の怨霊の大量発生。しかも、絶対に守り抜かなければならない結界の一つは、私や凛が死を覚悟しなければならないレベルの戦場。……そんな状況、普通な訳がない」

 

 北海道にて行われた今回の作戦は過去最大クラスの規模を誇るものであり、対策室が東京から出ていかなければ北海道は壊滅の危機にあったといっても過言ではないものであった。

 

 九州などの遠方地を除いて、各支部の室長候補も今回は参戦しており、各々が浅くない傷を負っていると言えばその大きさもしれるであろう。

 

 現に、小野寺凛も浅くない傷を負っている。彼が相対した存在が規格外であったことを考慮に入れても、今回の一見はそれだけの大きさであったということだ。

 

 そう、そんな異常な状況なのだ。

 

「そんな異常な状況なんです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ーーー例え、この場で誰かが殺しあったとしても、その事実はこの異常事態により上書きされる。。

 

「……でもここには小野寺凛がいるでしょう。その()()()()はきかないでしょう」

 

 だが、諌山冥は反論する。

 

 人知れず死んでいたのならばまだしも、ここには小野寺凛が、目撃者がいるのだ。怨霊に殺されたなどという嘘は通用しなくなるからだ。

 

()()()()冥義姉さん。凛がいるからこそ死体があっても怪しまれない。凛が怨霊の仕業だと証言すれば、私たちのどちらが死んだとしても、諫山の怨恨で争ったことを互いに怪しまれることは無い」

 

 だが、諌山黄泉はそれを否定する。

 

 小野寺凛が見ている、つまり第三者が目撃しているという状況。

 

 それは事実ありのままの証言を引き出せるということでもあり、同時に虚飾に満ちた事実を作りだす人物が一人増えるということでもあるのだ。

 

 つまりは偽装工作の信憑性を高める人間が一人増えるということ。そして小野寺凛はまさに嘘の証言をするためだけにここに居るのだ。

 

「……そういう、ことですか」 

 

「ええ。そういうことです。―――そう、凛はこの場において最もフェアで、同時にアンフェアな存在なんですよ」

 

 納得した、とばかりに嘆息する冥。 そう。この場において、小野寺凛は最も矛盾をはらんだ存在なのだ。

 

 小野寺凛は諌山黄泉と約束をした。

 

 あの月の綺麗な、美しく輝くあの晩に。

 

 二人で広縁で語り合ったあの晩に。

 

―――二人の殺し合いのことを決して口外せず、勝ち残った方を支援するように、と。

 

 もし諌山冥が勝ってもその事実を公言せずに諌山冥を支え、諌山を二人の子供に託してほしいと。

 

 もし諌山黄泉が勝ったなら今まで通り諌山黄泉を支え、ともに戦ってほしいと。

 

 そう諌山黄泉は願い、小野寺凛は承諾した。

 

 それが諌山の命運を託すという言葉の意味。

 

 黄泉を贔屓することも、冥を贔屓することもなく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()あることを望まれたのだ。

 

 だからこの場において凛は諌山黄泉と諌山冥の二人に対しては最もフェアであり、同時に()()()()()()()()()()()()()に対して最もアンフェアな存在なのだ。

 

「凛が約束を違える男ではないことは冥義姉さんも知っているでしょう?この人は私たちを裏切らない。たとえそれがどんな結果になろうとも、彼は私たちのために最善を尽くしてくれる」

 

 黄泉は小野寺凛という男が約束を違えることのない存在だと確信しているし、冥が凛に信頼を寄せていることも知っている。

 

 ここにすべての条件は整った。

 

 誰にも見られることは無く、誰にも邪魔をされることはない理想的なシチュエーション。

 

 正々堂々と、一対一で信念をぶつけることのできる状況。これ以上に二人にとって最善の状況はこれから先存在しないであろう。

 

 そう。だから。

 

「───だから、つべこべ言わずに私と勝負しろ、諫山冥。お膳立ては十二分にしてやったんだ。これ以上文句は言わせない」

 

 諌山黄泉は静かに、しかし苛烈にそう告げる。

 

 空気が震える。

 

 怒鳴り声でもなんでもない、静かでしかし明朗な声。しかしその声は威力をもって空間を震わせる。

 

「もう何も言わせない。私の道は私が決める。誰にも何も言わせてたまるものか。邪魔なんてさせてたまるものか」

 

 初めて黄泉は刀を構える。

 

 ただ突き出していただけの格好から、刀を振るうための格好に。

 

 敵意を示すためにしていたそれを、相手を殺すためのそれへと変貌させる。

 

 黒鉄の刀身を、冥に向けてゆっくり突き出す。

 

 分水嶺はとうに越えた。待つのはただの殺し合いのみ。

 

「―――構えろ諌山冥」

 

 降りしきる雪よりも冷たい、絶対零度の声。

 

 決別を意味したその声音で。聞いた誰もが震えあがる声色で。

 

「お前が諌山足らぬことを。そして私こそが諌山であることを」

 

 諌山黄泉は、 

 

「―――私の刀で教えてやる」

 

 諌山冥(彼女の敵)にそう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「そうそう。これ難しく感じるんだけど、定義を理解していればそんなに難しくないんだよ。一回やり方を覚えちゃえば簡単だから、この機会に理解しちゃうといい」

 

「うん、理解したわ。ありがとう。でも、いっつも思うけど、なんでアンタこのレベルの問題解けるのよ。これ高校一年生が出来るレベル超えてるでしょ?」

 

「強いて言うなら一般の高校二年生でもいらないレベルだな。全国一桁台の化け物と競り合ってるとこういう知識が自然と増えていくんだよ」

 

 正確にはそれだけじゃなく前世の知識が大きいんだけど、とは絶対に口には出さない。

 

 環境省超自然災害対策室の一角。昼間であるが故に暇を持て余し、皆だらだらしている今この頃。

 

 ようやく一週間寝込むような風邪から復帰した俺は仕事場で黄泉に数学の問題を教えていた。

 

「つうか黄泉は大学に行かないんだろ?なんで大学行かないのにこのレベルの問題にチャレンジしてんの?流石に中間とか期末でも出ないでしょこんなレベル」

 

 黄泉に教えてほしいと言われていた他の問題に目を通しながら、俺はそう問いかける。

 

 教えてくれと言われたのはパッと見るだけでも相当な難易度を誇る問題ばかりで、ある程度の難関大学に挑戦でもしない限り縁がないような問題ばかりだ。

 

 とても普通の高校でやるような問題には見えない。というより受験生だってやらないような問題も含まれている。

 シュワルツの不等式なんて言われて知っている人間が何人いるかという話だ。多分文系の99.9%は知らないだろう。

 

「……まぁちょっとね。大学に行ってみようかなぁなんて思ってみたり」

 

「……え?大学?行こうと思ってんの?何で?」

 

 日本語的におかしいかもしれないが、少し驚愕する。

 

 黄泉が大学?なんだそれは。

 

 喰霊-零-の流れだと、高校卒業と同時に家督を継いで紀之と結婚し、この道に完全に入りなおすんじゃなかったか?

 

 ……俺の記憶が薄れている可能性も否定できないが、それでも断言できる。俺が覚えている流れで間違いなかったはずだ。

 

「あくまで行こうかなって話よ?紀之がね、言ってくれたの。行ってもいいんじゃないか?って」

 

「紀さんが?でもそれって黄泉からその話を持ち掛けたってことだろ?」

 

「まぁそうね。……どっかの誰かさんが大学に行って官僚になって私たちを支えたいなんて言うから触発されちゃったのかもね」

 

 ほら、私って成績は優秀な方だし、と黄泉。

 

 ……どっかの誰かさんって間違いなく俺じゃん。こんな所で俺の存在が影響を与えてるのか。

 

「でもさ、黄泉は高校卒業したらさっさと家督継いだ方がいいんじゃないか?」

 

 それを望むやつも多いだろうし、立場的にもそっちの方が安定するだろう。

 

 学業に現を抜かして云々、みたいな小言も言われにくくなるわけだし、別にわざわざ大学に行く必要もないだろう。

 

「俺が思うに学歴っていうのは一つのツールなんだよ。なんの実力も目的もない奴が取り合えず得ておくには最高の称号で、かつ実績だ。そしてそれが結構後々の人生で役に立つことになる。……でも、黄泉には当てはまらないだろ?」

 

 主観だが、大学を出ておくのは人生経験としてありだと俺は思う。

 

 正直堕落することが多いのが大学生活ではあるが、同時に得るものも多いのがあの世界だ。少なくとも俺はいい経験が出来たと思う。

 

 だが、それは自分の道が決まっていない人間にとっての話だ。

 

 大学でこれを本気で学びたい!ということが決まっているのならば当然大学は選択として正解だが、黄泉のように学歴なんて一切関係ない世界に生きている人間にとって、大学は足かせになる可能性がある。

 

 行ったからには単位を取らなければならないし、四年間通わなければならない。

 

 立場のある人間である黄泉にとって、それは足かせになるはずだ。有っても無くてもいい称号のために4年間を無駄にする必要は別にないだろう。

 

 特に黄泉は繊細な立場なわけだし。

 

「個人的な意見にはなるけど、行く必要あるか?俺としては行かずにさっさと家督を継ぐことをオススメするかな。黄泉には別に行くメリットがないと思う。退魔師と大学の両立ってキツいだろ?」

 

「それはわかってるんだけどね。でも、今も女子高生と退魔師の両立をしてるわけだし変わらないでしょ?」

 

「……まぁそれは確かに」

 

「それに、凛はやるつもりなんでしょう?なら将来の退魔師筆頭として負けてられないかなってね」

 

 穏やかに、しかし少々凄みのある笑みを浮かべる黄泉。

 

 この笑みは俺に対して黄泉が時々向ける笑みだ。

 

 恐らくは対等に見てくれているという事なのだろう。しばしば俺に友好的でありながら敵意も含めた目線を飛ばしてくるのだ。まさに今回のように。

 

「まぁあと一年以上あるわけだし、ゆっくり考えるわ。教えてくれてありがとね。また聞くー」

 

 そういって参考書を閉じる黄泉。

 

 ……ゆっくり考えるとか言いつつその本気の入れ具合は明らかに答えが決まっているよな。なんて野暮なツッコミは俺の胸にしまっておこう。

 

「そういえばさ」

 

「ん?」

 

「室長候補たちが今度東京に集まるって話知ってる?」

 

「え?マジで?」

 

 この業界でも俺は情報通な方だと自負しているが、その情報は今初めて聞いた。

 

 室長候補。それは対策室の各支部においてトップをはる事を有望視されている人材のことだ。

 

 室長候補たちは喰霊-零-には登場せず、原作である喰霊において登場した存在だ。なので室長候補なんて言われてもピンと来ない人が多いだろう。

 

 その実力は折り紙付きであり、俺と黄泉でも結構苦戦するレベルではある。つまり一般の退魔師に比べれば化け物クラスの若者たちだ。

 

「俺って一応室長候補のはずだよな。何にも聞いてないんだけど」

 

「私だって聞いたの昨日だもん。急遽決まったらしいわよ」

 

「あー。殺生石だなんだって結構あったもんな。その元凶も俺に直接コンタクトとってきてるわけだし、そりゃあってもおかしくはないか」

 

 ちなみに、俺と黄泉も次期室長候補であったりする。

 

 何か万が一が無ければ神宮司室長が引き続き室長を続けるが、万が一があった場合、引退した不死子ちゃんの次に役目が回って来る予定なのが俺ら二人だ。

 

 そして恐らく優先度が高いのは俺だ。周りからは黄泉が有力視されているが、室長が俺に色々教えてくれてるのも含めると、多分俺になるだろう。

 

 黄泉は立場が重い人間だし、前線に立つことこそ求められる役割だ。

 

 一方で俺は家督のしがらみなんてないし、実力的にも家柄的にも非常に扱いやすい人材なのだ。

 

 だからあくまでも俺の予想ではあるが、本当に万が一があった場合なるのは俺だろう。そう予測している。

 

「凛は各支部の室長候補にあったことあるんだっけ?」

 

「帝君は何回か。それ以外は一回だけぐらいかな。正直殆ど知らない」

 

 ちなみに「帝」とは退魔師会でもかなり有名な家系であり、あの土宮と対を成す家系だ。

 

 土宮が裏の実力者だとすると、帝は表の実力者。

 

 歴史の表に出て事象を解決するのが帝家で、裏方で荒事を担うのが土宮だ。本当にやばいくらいの事が表立って起こった時、俺たちは帝家の指示を仰ぐこともあるらしい。

 

「正直室長候補って面倒なんだよなぁ。なまじ実力があるからプライド高いし」

 

 室長は結構この業界で力を持っているため、当然それに選ばれるような退魔師は非常に腕がたつし、頭も切れる奴らが多い。

 

 流石に黄泉と比べれば数段落ちるにせよ、神童と言われてなんら遜色のない若者たちだ。

 

 こっちが友好的に接しようとしてるのに、そっけなくされたり喧嘩腰で来られたりすることが有ったりもしたので、正直あまりいい感情は抱いていないのだ。

 

「そういうこと言わないの。丁度一か月後の土曜日に会合が開かれるんだって。わかってるとは思うけど凛も呼ばれてるわよ」

 

「それはわかってるけどさ……。どうせメインで話すの俺なんだろ?」

 

「そこまでは聞いてないけど、可能性は高いわね」

 

 はぁ、と溜息をつく。

 

 わざわざ東京に人を集めてまで話すような内容何て特にないんだけどな。

 

「とにかくわかった。今度その会合があることだけは覚えておくよ」

 

「よろしくお願いね。私としても凛が居ると結構助かるから」

 

「あいよー」

 

 首を鳴らしながら黄泉にそう返答する。

 

 実を言うと俺の体調はまだ万全ではない。

 

 のどの痛みだとか吐き気は既に治まったものの、あの高熱は時折再発し、訓練もままならない状況だ。

 

 今は平熱だが、体の切れはいつもの半分にも達していないし、いつあの高熱が再発するかわからない。

 

 世界の抑止力とやらが原因なのであれば、恐らくこれは何度でも再発する。

 

 何かしらのターニングポイントを乗り越えない限り、俺にとって最悪な形で何度も降りかかるのだろう。

 

 黄泉には体の調子が万全でないことを悟らせないようにはしているが、喰霊-零-時点の黄泉よりも明らかにスペックが高くなっているこの黄泉がどこまで騙されてくれているのかが不明だ。

 

 気が付いていて黙っていてくれる可能性も往々にしてあるし、俺がそれに感づいているということも考慮して対応している可能性もある。

 

 神楽もなんだかしれないけどやたら鋭いし、剣輔も絶対原作(喰霊)より有能だ。

 

 ……嬉しいことのはずなんだが、素直に喜べない。いや、本当に素直に喜ぶべきことなんだけどな。

 

「さてと。私今日実は非番だし、お暇するわね。勉強教えてくれてありがとー」

 

「お前非番だったのか。まあいつでも聞いてくれ。わかる範囲で教えるよ」

 

 手をプラプラさせながら「お疲れさまでーす」と言って出ていく黄泉。

 

 何気なく話した室長候補が東京に訪れるという話。

 

 それが後に重大な出来事を引き起こすきっかけに使われるとは、この時の俺は想像もしていなかったのだった。

 


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