遅くなりました。まあ社会人なんで多めに見てやってください←
話進まないですね……。
ただ、クライマックスには入りつつありますので、続編を期待してやってください。
「ダメ……来ないで……」
刃が震える。
カタカタカタカタと、音を鳴らして鋼が揺れる。
隠しきれない心の動揺を、刀身の震えが雄弁に主張する。
瞳が揺れる。呼吸が乱れる。
苦しくて、視野が狭まる。見えているはずで、すべて視界には収まっているはずなのに。
それでもその世界を見たくなくて、否定したくて。
「お願い……やめて……」
ヒールの音が一歩一歩近づいてくる。こつ、こつと、ゆっくり、明確な殺意を持って歩み寄ってくる。
腕を切られているというのに、痛みなど全く感じさせないゆったりとした歩み。
普通に日常を生活するかのような歩みで距離を詰めてくる。
それもそのはずだ。心の乱れを全身で表す少女が相対しているのはカテゴリーD。怨霊化した人間の死体。怨霊に操られた、もはや人間ではない
それに対して神楽は、足を、瞳を、刃を震わせて相対している。
退魔師ならばどんな相手であろうと、毅然として刃を向けなければならない。
どんな状況で、どんな場面で、どんな相手であろうと。向けるべきものは駆逐の意思であり、決して動揺であってはならない。退魔師が背負うのは人類の命であり、それを守る責任なのだから。
だが、そうは言っても制御しきれないのが人の感情というものだ。
感情があるが故に、感じてしまう心があるが故に人は喜び、楽しみ、そして苦しみ、悩むのだ。
「先生……っ」
今宵、
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「そう、冥ちゃんが手伝ってくれたの。彼女うちに欲しいのよね。桐ちゃん、唾つけといてくれる?」
環境省。言わずとも知れた国の機関であり、超自然災害対策室が置かれている省庁のうちの一つ。
その室長室で、神宮寺菖蒲と二階堂桐は相対して会話をしていた。
「断られました」
「あら、もうフラれたの?」
「当面はフリーで活動したいそうです。恐らく立場的に諌山黄泉と同じ現場はやりにくいのではないかと思います」
淡々と答える二階堂桐。的確に情報を集め、的確に返していく姿はとても十代の少女とは思えない。
「それもそうね。他には?」
「人間を由来とする怨霊、カテゴリーDの出現件数が、依然増加する傾向にあります。……各個に点在しているうちは祟る力も小さく、問題はありませんでしたが、最近では局地的に集中して心霊災害の原因となるケースが増えています」
「悪い気が集中すると、周りの悪霊や怨霊を呼び寄せ、さらに悪い気が集中する。……最初に呼び寄せた原因は
「恐らくはそうでしょう。……小野寺凛がアレを見つけて居なかったらと考えると少々恐ろしいものを感じます」
「……そうね。最近使い倒しちゃってもいるし、感謝しなくちゃね」
人の心を狂わせる赤い石、殺生石。九尾の狐の魂の欠片。それを手にしたものは無限の霊力を得ることが出来るといわれる、ある意味では夢の石。
それを見つけたのは小野寺凛だった。
「もう彼に諜報員はつけていないのよね?」
「はい、既に。彼も諜報員に気が付いていましたし、彼に付けていることを諌山黄泉にもバレて止めるよう打診されていましたから。それに、今更付ける意味があるとは思えません」
「同感ね。あの頃ならいざ知らず、今となってはもう疑う必要はないもの」
神宮寺菖蒲が手にもっていた
そこに書かれていた名前は小野寺凛。対策室のエースの一人。
「大人って嫌なものね。身内でも疑わなきゃいけないんだもの」
「それだけ彼の公式初陣での成果が異常であったということです。我々が気にする必要はないかと」
面識がないはずの三途河カズヒロの名前を知っていて、土宮の二人が敗北した相手と互角以上に渡り合い、秘密情報であるはずの殺生石について知りすぎている。
あくまでも偶然と小野寺凛は述べたが、怪しすぎる。
全てがこの命がけの世界で、対策室が彼を疑うには十二分だった。
「それに室長は最初から彼を疑ってはいなかったでしょう?」
「あら、よくわかったわね。……だって彼嘘つけないタイプの人間じゃない?疑うほうが難しいわ」
くすっとほほ笑む神宮寺菖蒲。
「話がずれちゃったわね。話を戻しましょうか」
「はい。カテゴリーDですが、前回の事件を受けて、当面のカテゴリーDの処理は土宮神楽を除くチームに振り分けていますが、いずれは彼女にも分担してもらわねばと」
「そうね。でも当分かかりそうね」
「はい」
土宮雅楽も討伐に参加した、旧銀座線新橋駅での戦闘。
そこで神楽はカテゴリーDを切る事ができず、自らの身を危険に晒すという失態を見せてしまった。
退魔師がカテゴリーDを切れないなど、本来ならあってはならない。あり得ないレベルの失態だ。下手をすれば、もう任務を任されなくなる可能性だって浮上してくる。
だが、神楽はまだ14歳だ。子供を前線に立たせる異常な世界であっても、流石に神楽の年齢は考慮されたのだ。
しかしながら、それも時間の問題だ。神楽が退魔師である以上、カテゴリーDを切れないなどという甘えたことは言っていられない。
今の異常な霊現象を考慮する限り、近い未来、神楽もカテゴリーDの討伐を担当しなければならなくなることは明確である。
「黄泉ちゃんがいいお姉ちゃん過ぎたかしら」
「……神楽は優しくていい子に育ちすぎました」
「二人は本当にいい関係なのにね。……堅気の人間なら」
堅気の人間なら。つまりは退魔師ではなく一般の、この世界を知らない普通の姉妹なら。
二人の関係は理想的な姉妹で、羨まれる程のものだ。
しかし、それがこの世界で必ずしも良いものであるとは限らない。強い縁は何より強い力であると同時に、何よりも強い鎖でもあるのだ。
「我々の仕事では、時として命取りとなります」
呟かれた二階堂桐の言葉には、そんな重みが含まれていた。
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―――霊獣を相続する家系にあるからと言って、継承する資格があるとは限りませんよ。
「厳しいよなー、冥さん」
今朝、冥さんに言われたことを私は思い出す。
山彦に苦戦していた私たちにかけられた痛烈な言葉。
黄泉に対して向けられていたことはわかっている。でも、あの言葉は私にも直接関係するものだ。
喰霊白叡。土宮家が代々宿してきた、最強の霊獣。
霊獣を相続する家系にあるのは、鵺を継ぐ黄泉だけじゃなくて私もなのだ。
正直、重さで言えば私のほうが上かもしれない。まだ、実感が出来ていないのが正直なところではあるけど。
「土宮ー!」
「?」
突然名前を呼ばれて、考え事をしていた私の意識はプールで元気に泳ぐ二人の友人へと向けられる。
柳瀬千鶴と真鍋美紅。水泳部に所属する、私のクラスメイト。
「土宮も泳ごうよ!昼休み終わっちゃうよ?」
「私、水泳部じゃないし―」
「いいじゃん!別に!」
「私たちだって自主練だし」
「怪我だってしてるしぃー」
「……塩素消毒になるかもよっ!」
「わっ!」
突然、やっちが私に向って水を被せてくる。
こっちは制服で、向こうは水着。だというのに容赦のない水かけで全身はびちゃびちゃだ。
「やったなぁ!このお!」
やられてやられっぱなしというわけにはいかない。こちらもバタ足で応戦!
もう全身も傷口もびちょびちょだけど、そんなのかまうもんか!
そこから始まるかけてかけられての応戦。その瞬間は、退魔師の使命なんて忘れられるぐらい、楽しくて、貴重な時間だった。
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「もう、ガーゼびしょびしょじゃない。気を付けないと化膿するわよ?」
「……すみません」
「ばーか」
「誰のせいよ!」
「保健室で騒がない!」
「「はーい」」
この状況を作り出した張本人だというのに、私を煽ってきたやっち。そんなやっちとやりとりをしていると、保健室の先生からお咎めを受けてしまう。
「それにしても、どうしたのこの傷?」
「えっと、ガラス、わっちゃって」
私の傷を見た先生が、当然の疑問を口にする。
太ももの表部分にぱっくりとした切り傷が刻まれているのだ。
この業界にいると感覚がマヒしてしまうけど、普通の女子高生がこんな怪我するなんて普通は有り得ない。
いや、それどころか男子高校生だって流血沙汰になるような怪我、普通ならしないのだ。
それなのにこんなおっきな切り傷を私は負っている。普通の感覚からすれば異常なほど大きな傷を。
まさか自分を模倣した敵に切られましたーなんて言えるわけもない。右斜め上を見ながらガラス片で切ったととりあえずの嘘をつく。
「気をつけなさい、女の子なんだから」
「はぁい」
とりあえずは誤魔化せたようで安心する。
「ガラスって言えば今朝のニュースでビルの窓がいっぺんに割れる事件があったって」
「それ知ってる!テロ攻撃かなぁ」
「不思議な話で、その事件のあと、今までなかなか治らなかった通信障害がピタッと収まったんですって」
「通信障害?」
「丸の内のオフィス街であの通信障害がずっと続いてたら株とか取引きとかが滞って、恐ろしい額の経済損失になってたそうよ」
黄泉と凛ちゃんも言ってたことだ。
通信障害って言葉は軽く見られることが多いけど、実はそんなことない。丸の内なんて一等地でそれが起こったら考えたくもないぐらいの額が発生するだろうって熱にうなされながら言っていたのを覚えている。
「そしたら景気に影響して、みんなのお小遣いも減っちゃってたかもね」
「えーまじでー!よかったー!」
そう言って安堵するやっち。とても口には出せないけれど、それを解決したのが自分たちだと考えると凄い誇らしい。
「はい、おしまい。今度から気を付けてね」
「……ありがとう、先生」
あったかい感じのする人だと、私は思った。
お母さんみたいで、何か胸が温かい。
「何にやにやしてるのぉ、土宮」
「え、ニヤニヤなんてしてないよ」
「わかった、美鈴先生に包帯巻いてもらって嬉しいんだ」
「土宮、年上好きだから」
「あら嬉しい」
どうやらほおが緩んでしまっていたらしい私を、畳みかけるように三人が煽ってくる。
「もう、なんでそうなるのよ!」
私の叫びに呼応するかのようにチャイムが鳴り響く。
もう、みんなったら勝手に言ってくれちゃって!
「ほら、もう帰らないと、午後の授業が始まるわよ」
「やっば!また遊びに来るねー!」
「もう、遊びに来るところじゃないわよー。あ、土宮さん、包帯が気になったらいらっしゃい。何時でも変えてあげるから」
「はい、ありがとうございました!」
そういって、授業に向って走っていく私たち。
その時は欠片も思っていなかった。
忘れていた。知っていたはずなのに。楽しい時なんて一瞬でなくなるって。絶望は、常に希望に寄り添っているってことを知っていたはずなのに。
だから、思いもしなかった。
当たり前に続くと思ったこの時間が、先生と話すことのできた、最後の時間なんだってことを。
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「……きっつい」
ぼやける頭で、天井を眺めやる。
今は午後5時ごろ。みんな学校が終わって、帰宅している時間帯。
そんな時間帯に、俺は布団の中でもがき苦しんでいた。
「……凛。熱、一向に下がらないじゃない。やっぱり入院したほうがいいんじゃないの?」
「……そう、な。このまま下がらなかったらそうするしかないか。なんだこれ、本当に普通じゃないぞ」
41℃。インフルエンザでも出ないような、そんな高熱。
それに俺は侵されていた。
「呪術の気配は、全くない。それは黄泉も、同意してくれた。ということは、これは、純粋に、体調の異変?でも有り得るのか?こんな高熱。インフルでも、麻疹でも、水疱瘡でも何でもない。だっていうのに、この熱って……」
「千景さん、おかゆ作ってきました。凛の容態は?」
「黄泉ちゃんありがとう!……良くないみたい。救急車を呼んだほうがいいかもしれない」
「そうですね……。凛がここまで動けないなんて普通じゃない。私たちの知らない呪術?でも私達が関知できないなんて、そんなことあるはずが……」
「俺も、さっきからずっと、体内の気を探ってるけど、呪術の気配は感じられない。かといって、普通の風邪って断言するには、熱が、高すぎるな……。一過性ならいいんだけど……」
息も絶え絶えに答える。
現在は午後の2時。一応俺の家にはかかりつけの医者がいるので、わざわざ呼び寄せて検診をしてもらったのだが、結果はわからずじまい。
血液検査やらインフルエンザの検査など心当たりのあるものは一通り検査したのだが、全く持って原因がわからない。
結論としてはただの風邪。それに落ち着いてしまった。
だがただの風邪で40℃を超えるなど普通はありえない。可能性として他に考えられるのは呪術、つまりは第三者による呪いだ。
なので対策室に連絡して、黄泉を始めとする呪術に明るい人間を呼んでもらって解析も試してみた。
しかしそれも該当せず。少し前まで雅楽さんにも手伝ってもらって解析したりしたのだが、それでも何も見つからなかった。
「千景さん、これ以上熱があがるなら迷わず救急車を。この電話番号に連絡すればお抱えの病院に繋がります」
「ありがとう黄泉ちゃん……!本当に何から何まで……」
「いえ、当然のことをしているまでですから。……凛、これ以上熱が上がったら本当に救急車呼ばなきゃだめよ?」
「わかってる。ただ、呪術の線が、捨てきれない以上、俺の家以上に安全なとこは、ないからな。病院に移るのは、少しリスキーだ」
しゃべるのも辛いが、俺はそう答える。
正直言って俺も病院に移りたいのだ。
この熱だと下手したらぽっくり死ぬ可能性を捨てきれない。まじめな話、この熱だと生殖関係にも影響が出る可能性もあるし、脳などに障害が残る可能性だってある。
40℃を超えてくると流石に俺としても怖い。それにとんでもなく辛い。
「……流石に心配ね。凛、もし呪術の反応があるだとか、違和感を感じたら私にすぐ連絡するのよ?いい?」
「りょーかい。そうするわ」
頭がグラグラする。息苦しいし、喉も痛いし、踏んだり蹴ったりだ。
「凛、おかゆ食べれる?痛いところは?水は大丈夫?」
「ちょ、母さん、落ち着いてくれ」
オロオロしながら俺のそばを離れずつきっきりで看病してくれる母親。
非常にありがたいし嬉しいのだが、少し焦り過ぎである。……とはいえ40℃超えの熱が出ていたら流石に家の母親じゃなくても焦るか。
「……ほんと、杞憂なら、いいんだけど」
呪術の解析ついでに黄泉が作ってくれた粥。母親が食べさせようとお椀に持ってくれている。
……幸いなことにこれだけの熱がありながらも食欲はあり、腹も減っていたのでありがたい。
母親が食べさせてくれようとするのをやんわり断り、盛られた粥を受け取って食べ始める。
「お、凄い美味い」
「そう、それは良かった。作ったかいがあるわね」
粥を勢い良く食べる俺を見て黄泉がそう言う。非常に美味しい。梅干しが入っているのも梅干し愛好家の俺としてはポイントが高い。
「その熱でよくそんなに食べれるわね。相変わらず化け物染みた体してるけど、無理はしちゃだめよ?」
前かがみになって黄泉がそう言ってくる。
「そうよ凛!胃腸も弱ってるんだからゆっくり食べないと!」
母親も便乗して色々言ってくるが、食べれるときに食べておいたほうがいいに決まっている。
幸い、食欲はかなりある。
これだけの熱を出しながら不思議なものだが、それはやはり身体を鍛えていたからというのが大きいのだろう。
これだけ丹念に鍛え上げた身体だ。胃腸の強さも並ではないというわけだ。
「……おかわりちょうだい」
「うわ、もう食べたの。よそってくるから待ってて」
「黄泉ちゃん何から何までありがとうね。黄泉ちゃん、私も手伝うね」
落ち着いた動作で俺の部屋を出ていく黄泉と、パタパタと落ち着きなく俺の部屋を出ていく母親。
黄泉のオカン力が凄すぎて、うちの母親がまるで娘のようである。
身長もまあ黄泉のほうが高いんだけどさ。
「あー喉いたい」
本当に節々も辛いし、身体が辛い。
しかし、よく山彦相手に、無事だったもんだ。
この体調で行ったんだから、かなりの負傷を覚悟をしていたのだが、幸いなことに無傷で済んだ。
「出来ればこの次の戦いにも参加したかったけど、流石に無理があるな」
せき込みながら、そう独り言つ。
この次。つまりは神楽のカテゴリーDを初めて切る機会となる戦闘。
この世界は俺の知る喰霊-零-からはとうに乖離している。
そのため、あの保険医の先生を駆除するイベントが起きるかどうかは全くもってわからない。
もしかしたら起きないのかもしれない。
だが、神楽は傷を負った。
それに神楽の友人関係は喰霊-零-と変わりがないらしい。
「ということはあの事件も起こる可能性が高いというわけだ」
重い頭で思考する。
友人関係も、展開も大差がない。つまりは起こる可能性が非常に高いということだ。
そして神楽の一件が起こるということは……。
「
瞼に白銀の女性を思い浮かべる。
諌山冥。黄泉の義従姉にして、俺の想い人。
この世界に生まれて軽く10年以上が経過している。
そうなのにまだ脳裏に蠢く映像がある。
その映像が実現されるとしたらまさに今日。神楽が試練を乗り越える、まさに今日なのだ。
「―――頼むから、
心から願う。
なんだってこんな日に俺はこんな状態なのだ。
正直、もう身体は動かない。戦場に出たら防衛省の一般兵にだって勝てるか怪しい所だ。
力を持ったというのに、寝ていることしかできないなんて。
拳を握り締める。力が入らないこの手がなんと情けないことか。
力を有しながら無力を噛みしめるという矛盾を抱えながら、俺は黄泉が持ってきてくれた粥をほうばったのであった。